叔父さんと僕(オヤジ編)
エピローグ・その8
■第四章〜護りの翼(九龍編)〜 病室の窓から見える景色はもうすっかり春だった。 中庭に立っている大きな桜の木は、全部散っちゃって、緑色の葉っぱが太陽に反射して眩しいくらい。 「見える・・?外、良い天気だよ」 窓を開けて、暖かい空気が病室に流れ込んでくる。 眠ったままの叔父さんは、何も反応しないけど・・・、きっとわかるよね・・? 今は4月。もうすぐ、ハンターの試験がある。 毎日病室で勉強してるけど、進み具合とかは全然かもしれない。どうしよう?急がなきゃいけないのに・・・。 お父さんの所から逃げるみたいにお別れしてきて・・・、啓介さんに頼んで日本に帰国させてもらった。 お母さんとも話をしていない。新しい遺跡のことで忙しいみたいで、会えなかったから・・・。 でも、ちょっと・・・安心してる。 会うのが怖いから、1人の方が良いから・・・。 本当は、叔父さんの元へも来るのは怖かった。 だけど、行くところがなくて、一人で叔父さんと過ごした家に帰りたくなくて、困っていたら啓介さんのツテで病院に寝泊りしていいことになった。 病院って言ってもロゼッタ協会の病院だから、そんなに入院してる人も居ないみたいで、静かで誰にも会わないで良いから気楽だった。 今は、誰かと話すことも、怖い。だから、1人が良い。 お父さんの、本音を聞いてしまってから・・・いっぱい考えた。いっぱい泣いたし、いっぱい・・・・苦しんだ。死んでしまいたいって思ったけど、出来なかった。 だって、叔父さんをこのままにして置けないから。 俺のせいで、叔父さんがこうなってしまったんだから。 自分の手で、助けるんだ。 だから、ハンターになる。絶対に。 きっと、目覚めさせて見せるから・・・叔父さん。 起きた時なんて言うかな・・・。 叔父さんの優しさも・・・もしかしたら・・・って思ったりして。怖い。ううん、ずっと・・・怖かったんだ。 いつまで傍に居てもいいのか、怖くて仕方がなかった。 叔父さんの優しさに甘えてたから、こうなったんだ・・・。 だから、どんなに苦しくても、何があっても、どんなことしても、助けるから。 呼びかけることすら、怖い。 声をかけるのも本当は怖いけど、呼びかけると・・・少し叔父さんが笑ったりするから、頑張ってる。 「・・・・・頑張るから・・」 助けてみせるから・・・叔父さん。 暖かい風が吹き込んできて、ちょっと落ちついた。 それから2週間たって、試験の結果が出た。 『不合格』 貰った紙を穴があくんじゃないかなってくらい見つめたけど、『不合格』の『不』は消えそうにないみたいだ。すごく頑張ったんだけどなぁ・・・、前回より絶対いけると思ったのに。何がダメだったんだろう・・? なんでこんなにダメなんだろう・・?自分が嫌で嫌で仕方がない。 ハンターにならなきゃいけないのに。 時間なんてないのに。 気持ちばかりが焦ってる。 ・・・・・次の試験は、来年の春・・・。 それまでどうしたらいいんだろう?こっちで生活するお金ももうないし・・・。お父さんから貰ったお金や貯金は、使わないって決めたから。 叔父さんが作ってくれた口座から下ろして使ってたけど・・・、それももうなくなっちゃいそうだし・・・。 啓介さんに頼むのも気が引けるし。 アルバイトとか探そうかなァ・・? 「アルバイト・・・・かぁ・・・」 「アルバイト?やりたいのかな?」 「えっ!?」 急に声をかけられて、慌てて振り向くと扉を開けて中には言ってくる人が居た。 この人・・・、エジプトに行く前にお見舞いに来た事がある人・・かな? 「覚えていないかな?以前も会っただろう?私はロゼッタ協会の者だ・・・キミのお父さん、叔父さんとも古くからの知りあいだよ」 「あ・・・えっと、覚えてます。こんにちは・・」 「あぁ、こんにちは」 あの時は、叔父さんを守らなきゃってそれだけしか考えてなかったと思う・・・、たしかこの人の手を叩いたりした・・・ような? うー・・・・あの時は、ちょっと混乱してたんだと思うんだよね・・。 怒ってるかな?この人・・。失礼なことしちゃったし・・・。 「ん?何かな?」 じっと見上げてたら不思議そうな顔をされた。 「あ、いえ、何もないです・・・・お見舞いに来てくださったんですか?」 敬語使い慣れてないから、緊張する・・。 「あぁ・・・そうだよ」 「そうですか・・・ありがとうございます」 なんだろう・・?この人・・、ちょっと怖い感じがする・・。 「えっと・・・ごゆっくりどうぞ・・」 ロゼッタの人なら、叔父さんに何かしたりとかしないよね? あんまりこの人と居たくないから、部屋を出てようとしたら腕を掴まれて引きとめられた。び、びっくりした・・・。 「あのぉ・・?」 「キミに話があるんだ。大事な話だ・・・ここでは邪魔が入るかもしれないから、外へ・・・来てくれるかな?」 「え・・・?」 俺に?何の話・・・? 多分顔に出てたんだと思う。おじさんはこっちをみて苦笑した。 「キミの叔父さんのことだ」 「叔父さんの・・・?」 「ここでは・・・その当人に聞かれてしまう。眠っていても・・・それはあまり良くない」 「あ・・・そうですね・・」 確かに叔父さんは、こっちの言葉が聞こえてるみたいで呼びかけると笑ったりしてくれる。 手に触ると握り締めてくれたりするし・・。 「それじゃ、外に・・・・・・わっ!」 行こうとしたら、何かに引っ張られて倒れそうになった。もう・・・なんだよ・・・って・・叔父さん? 「・・・?どうしたのかな?」 「ええっと・・・・って・・・い・・・痛いッ!」 不思議そうに聞かれて、返事しようとしたけど、 「九龍君?」 おじさんが、こっちに一歩近づくたびに、ぎゅうって掴まれた腕に力がこもってくる。もう、どうしたんだよー!ものすごく痛いよ! 「離してッ!痛い!」 バチン!って叔父さんの手を叩いてみたけど、全然力が弱くならないどころか、どんどん力が強くなってくる。しかももう片方の腕が持ちあがってて、こっちに伸びてくる。 「叔父さん・・・?起きてるの?」 このままだとぎゅうとされるなぁ、と見てたら、ぐいっと背後に引っ張られた。 「わわっ!」 乱暴な動作で、叔父さんの手を引き離された。 「さすが・・・キミの叔父さんだね。こうなってしまっても元気だ」 「え・・?あ、はい」 なんかものすごく乱暴だった気がしたけど、気のせいかな・・。 「・・・・・・・・・い・・・・・」 「叔父さん?気がついたの?叔父さん!」 声がしたから、慌てて顔を見ようとしたら・・・・、通せんぼするように前に立たれた。何だよ、邪魔だよッ!! 「どいてください」 「・・・・たんなる寝言のようだよ?」 「でも・・・」 寝言多いほうだけど、今のは少し違った気がする。 「大事な話なんだ。キミの叔父さんの命に関わる・・」 「え・・・?」 いの・・・・ち? 「外へ出よう・・・、この話は急いで聞いてもらわなくてはならなくてね・・・」 「わかりました」 頷いたら、前からどいてもらえた。 扉の方へ歩いていくおじさんを見てから、視線を叔父さんに向けた。 ・・・ちょっと苦しそうだけど、起きてるわけじゃないみたいだ・・・・。 それに、叔父さんの命に関わることらしいから・・・、行ってくるね、叔父さん。心の中で呼びかけて、扉に向かう。 「いくな・・・・九龍・・・」 「・・・・ッ!叔父さん!」 今度ははっきり聞こえた。行くなって言った!目覚めた・・・? 「・・・・寝言ですよ」 「離して!起きてるかもしれないじゃないか・・・・離してッ!」 また腕を掴まれて引っ張られたから、暴れて腕を離そうとしてみるけど・・・外れない。 「話は後で聞くから・・・」 「私は急いでるんだ・・・来たまえ」 「いやだっていって・・・・」 「・・・・・・・・キミの叔父さんの命に関わることだと、言っただろう・・?」 「・・・・・わかりました・・・」 行くなって・・・・言ってたのに・・。ごめんね、叔父さん・・・・。 でも心配なんだ。検査とかで何か見つかったのかな・・・? 不安になる。怖い・・・。 暫く歩いて、屋上に出た。 今日の天気は朝から雨で、今はどんよりとした曇り空だ・・。今にも雨が降ってきそう。 「ちょうどいいな」 「・・・え?」 「いや・・・・、それで、九龍君」 「はい」 「叔父さんのことなのだがね・・・」 あれ・・・・?人の気配・・・?正面に立つおじさんを見たまま、横目で周囲を見てみた。 あ、居る・・・・。4人、かな・・・? 隠れるみたいにしてこっちを見ている。何だろう・・・・?ここ協会の病院だし、危ないことはないと思うんだけど。 「九龍君?聞いてるかな?」 「あ・・・ごめんなさい」 「彼らは、私の護衛だよ。気にしないでくれたまえ」 あ、見てたのばれてた。気がつかれないように見てたのに・・・。 「キミの叔父さんをこの病院で見る費用だが、持ってあと半年もないようだ」 「え・・・・・・?どういうことですか・・?」 「彼は確かに優秀なハンターで、ある程度なら怪我の面倒も病気の面倒も、協会負担で診る事が出来るが・・・、キミの叔父さんの場合特殊なケースでね・・・、呪いのせいで、生命を維持する費用が倍かかるんだよ」 「そんなに・・・?」 「あぁ・・・、今までは協会の負担及び、キミの叔父さんの財産を使ってきたが・・・」 そんなこと全然考えたこともなかったからびっくりだ。 そんなにお金がかかってたんだ・・・。 「それももう、半年も持たない。協会も負担が大きいからね・・・、打ち切り案も出ている」 それって、それってつまり・・・。 「叔父さんを協会は見捨てるって・・・ことですか?」 「あぁ・・・残念なことだが・・」 「そんな・・・」 「そこで早急にキミのお父さんと連絡を取ろうとしたんだが、関係ないと言われてしまってね・・・」 「え・・・・・お父さん・・・が?」 突き刺すみたいな痛みに、心臓が痛い。 そんなの・・・そんなの・・・ウソだよ・・・。 叔父さんは、お父さんの弟だよ・・?家族だよ・・・? 「本当だ。丁度私の携帯の留守電に入っててね・・・、まだ残っているんだが・・・聞いてみるかな?」 「・・・・聞かせて・・くだ・・・さい」 だって信じられない。 お父さんが叔父さんを見捨てるなんて・・・そんなこと。信じないッ! 「あった・・・これだ」 携帯を受け取って耳に当てる。 『・・・小五郎の件だが、あいつと俺は関係ない。他人だ。あいつと家族なのは九龍だけだろ?あの子とも俺は関係ない。・・・どうせ無理だろうが、ハンターになりたいそうだ・・、出世払いでもしてもらったらどうだ・・?』 ゴトッって、人のなのに・・・携帯を落としてしまった。足に当たったみたい・・・痛い・・。 座り込んで携帯を拾い上げて・・・、足をさすった。 ポタッポタって・・・足元に雨が・・・。 違う。 自分の涙だ・・・、人前なのに・・・また・・・泣くなんて・・・。 わかってたはずだろ? お父さんに、憎まれてるって・・・・。 わかってたけど、わかってたけど・・・・。 付き付けられると、こんなにも痛い。わかってたけど・・・・、苦しい。 「薄情な父親だね・・」 「ち・・・がうッ!お父さんは・・・ッ!」 そんな人じゃない・・・っ言いたいのに、どうしてかな・・・声が出ない。 お父さんは、優しい人で・・・。 家族、みんな、仲が良くて・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が、壊しちゃった・・・・んだ・・・。 「違う?信じているのか?これでも・・・」 「・・・・・」 信じてるけど・・・・・・・・、だけど・・・・・、これが現実。 お父さんの前から逃げてきたけど、何一つ変わってなかったんだ・・・。 少しくらい、赦してくれるかなって思ってたのに・・・。 関係ないだって・・・。 そうか、もう・・・・、俺は、お父さんの子じゃ・・・ないんだ・・・。 「・・・・ッ・・・・ひ・・っ・・・」 喉が張り裂けそうに、痛い。 どうしたら良いんだろう?俺がどうしたら、お父さんは赦してくれるんだろう? ・・・・もう、消えちゃいたい・・・。 俺なんか・・・・・。 ・・・・ッ!ダメっ!叔父さんを・・・・・・あの人を、助けるまで・・・・生きていかなきゃ。 もう俺にはそれしかないんだから・・・。 だから、だから・・・・。 冷たい雨が身体に当たって、気がついた。 「え・・・・?」 護衛だって言ってた人達が、周りに居た。何時の間に・・・? 「九龍君。キミは父親に捨てられた」 「・・・・・・・・・や・・・めて・・・」 言わないで・・・。 「キミのお父さんは言ってたよ・・・」 聞きたくないッ! 耳を塞ごうとしたけど、がっちりと押さえ込まれてしまって身動きが取れない・。 「キミが、目障りだって」 イヤ・・・・。 「才能のない、クズだと」 いやだよ・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・可哀想だね」 パキン・・・って・・・硬い音がした。 「――ッ!!」 頭を突き刺されたみたいな、もの凄い痛みが駆け巡って、何かが身体の奥から飛び出してくるみたいな・・・・痛みが。 「・・・・・・いッ・・・・」 イタイ。 遠く、遠くで・・・・、誰かが呼んでる。 優しい、暖かい・・・・・何かがそこにあるのに、触れない。 大事な『何か』。 後少しで手が届きそうなのに・・。 『・・・・く・・・・・ろう・・・・・にげろ・・・』 誰の声・・・? 『・・・・ワ・・ルナッ!!』 懐かしい優しい声・・・。 『クロ・・・・ウ・・・・モドレ・・ッ!』 逢いたいよ。逢いたいよッ! 寂しいんだ。 辛くて、悲しくて、寂しくて、苦しい。 助けて欲しい。 もう、イヤ。 何もかも、イヤ。 苦しいよ、苦しいよ・・・・叔父さんッ!!! ここに来てよ!助けてよ!! もう、イヤだよ・・・・辛いよ。 『九龍・・・・・大丈夫だ。惑わされるな。お前は・・・』 誰かに抱きしめられてる・・・そんな温もりを感じて目を開けた。 その時遠くで小さい声が・・・でも、確かに聞こえた。 『愛されてるのを、忘れるな・・・』 |