叔父さんと僕(オヤジ編)
エピローグ・その4
■第三章〜別れの日(父親編)〜 「叔父さん・・・・・少し・・出かけてくるね・・・・」 九龍を連れ、日本を出立する朝。 九龍は朝早くから起き出して、叔父の枕元で一生懸命に話しかけている。 手を握り合わせて、ゆっくりと静かに・・・・。 それを俺は窓辺から眺めていた。 こうしてみると、一見立ち直ったように見えるが・・・悲しみは癒えていない。 九龍を助けるためだけに一時的に目覚めた小五郎の言葉が、九龍を支えている。 たった一言・・短い一言。 それだけで、悲しみの底に居た九龍を救い出した・・。 ガサッと手に持った紙を広げてみる。 薄い紙にはこう書かれている。 『養子縁組届』 これを小五郎のジャケットの懐から見つけ出したときは、咄嗟に破りかけた。 ・・・自分でも把握できない感情に駆られた。 書類にはすでに九龍の名前が書かれているが・・、あいつ自身の名前は途中までしか書かれていない。どんな想いで書くのを止めたのだろうか・・・。 九龍を任せる前の小五郎は、いつも何かに苛立っているようだった。 破天荒で、傲慢で、強引な男だった。 かなり荒れていた時に、命を落しかねない事故に合い、ハンターとして挫折し、更に荒れていた弟に、九龍を任せることは正直不安だった。 しかし連れていけば危険に晒してしまう・・・、それにこの弟は元々はそう悪い奴ではなかったはずだ。 それに賭けた。一縷の望み・・・・他に選択肢はなく、已む無くではあるが・・・。 しかし、不安はすぐに払拭された。 数日後かけた国際電話から響いてきたのは、九龍の楽しそうな声だった。 まだ5歳だった子供は、たどたどしく喋っていたが・・・とても楽しそうだった・・・。 当時俺は、長期間に渡る大規模な遺跡の発掘調査に妻共々関わっていて、日本に戻れるのは半年に1度あれば良い方で、滞在時間も2日がやっとというほどの忙しさだった。それでも合間を見つけてはたびたび日本に戻り、九龍に会いに行った。 会うたびに九龍は成長していた。 俺を無邪気に慕ってくれるが、時々怯えたように逃げられた。 それはいつも・・・、別れのときで・・・、叔父の背中に隠れて泣いていた。 何故だろうか・・・。 その時の小さな姿が、今の九龍に重なって見えた。 「九龍・・そろそろ時間だ」 「うん・・・」 九龍を呼び、荷物を持つ。 扉を開け、振りかえると九龍は・・・・、眠る小五郎の手を取って泣いていた。 「叔父さん・・・・・・・・行ってきます・・・」 必死に笑おうとして、くしゃくしゃの顔。 あぁ・・・・・・、あの時の顔だ・・・。 「九龍・・・・」 呼びかけると振り向いて、涙を拭った。 「お待たせ・・お父さん」 頷いて抱き寄せる。 腕の中にたやすく収まる小さな身体は、ここ数日で痩せ細ってしまった。 「・・・・・九龍・・、必ず呪いを解く方法を探してみせる・・だから、安心しなさい」 「うん・・・・俺も・・」 こちらを見上げてくる眼は、意思の強さが現れていた。 「俺も・・・、手伝うから・・・。絶対助けて見せるから・・・」 「あぁ・・・そうだな」 この子は自分にその鍵が眠っていると知ったらどうするだろうか・・。 叔父との大事な『約束』を忘れ去っている今・・・は、きっと、ためらいもなく自分を犠牲にする道を選んでしまうんだろうな・・。 それだけ、『叔父』の存在が大きいということ・・・・か。 ・・・・・・・・・・父親――俺よりも・・・。 部屋を出て、歩き出したところで・・・立ち止まる。 「九龍・・・1階のロビーで待っていなさい」 「忘れ物・・・?うん、判った」 九龍を見送り、病室に戻る。 静かに眠る小五郎の傍らに歩み寄り、その顔面めがけて書類を投げた。 「・・・・・お前の気持ちはわかった」 出す気は、なかったんだろう・・・?勿論、許可できるものではないが・・。 それでも大事に持っていたのは、九龍を自分の子供のように思っていたからだろう・・? ・・・・・九龍を、九龍という・・俺の大事な息子を。 愛し、慈しみ、それこそ・・・。 父親と母親が、与えるべき愛情を九龍に与えてやったのは・・・間違いなく、お前だろう。 あんなに素直で優しい子に育てたのは、お前だろう・・? 「・・・・・言った事がなかったが・・・、俺はお前に感謝してるんだ・・」 あえて言わなかったんだがな・・・・。 「俺の・・・いや、俺達にとって、大事な・・・九龍は、俺が護る」 約束する。 九龍を、ずっと大切に育ててくれたお前に。 「だから早く・・・自力で戻れ」 無茶なことを言っている自分に笑みが浮かぶ。 何故だろうか、お前なら出来るんじゃないかという気になってくるんだ・・・。 「九龍の元へ、帰って来い」 ・・・まぁ、九龍をすんなり渡せるかどうかは知らないが。 「九龍を待たせるな・・・」 そう言うと、書類の下から見える顔が、不敵に笑ったように見えた。 まるで、『当たり前だろ?』とでも言うような笑みだった。 こいつも、こいつなりに戦っているということか。 そうなんだろう・・・? ならば、俺も・・・俺がすべきことをしよう。 くだらない嫉妬に、身を刻むより、有意義だ。 「お前には負けない」 だから、お前も・・・、頑張れよ・・。 「・・・・・・・く・・・ろうを・・・・」 「・・ッ!?小五郎!?」 慌てて近寄り、顔を見るが・・・・目を閉じたままだ・・・。 だが・・・・何か言おうとしている。 「・・・・・・・むすこさんを・・むすこにください・・・大事にするぜ・・・・・・」 「は?」 「・・・九龍・・・パパvでも・・・・・・お父さんでも・・・好き呼んでくれ照れてるのか・・?可愛いな・・・・・」 「すまん、今、何を言ったか俺は聞き取れなかったんだがぁッ!?」 「・・・ろう・・・・あいしてる・・・・・・ん?ほっぺに・・・ちゅーしてくれ・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・うさん!お父さん!!!!やめてッ!やめてったらー!」 「はッ!?九龍!?」 何故ここに!ここは危ないから今すぐ速やかに速急に退避するんだ!危ないからなッッッッ!!!!! 俺が再び拳を振り上げると、九龍がどん!と体当たりしてきて慌てて抱きとめる。 「九龍、危ないだろう・・・?いい子だからロビーで待ってなさい」 「お父さん!いい加減にして!叔父さん怪我してるじゃないか!」 ふと見ると、ベッドから投げ出されて簀巻きにされた生ゴミが転がっていた。 「は、葉佩さん・・・・お、落ち着いてッ!」 「お父さん、どうしたの?落ち着いてよー!」 九龍の後ろに誰かが居た。よく見れば医者と看護婦だ。 はッ!?俺は一体何を!? 「や、やっと落ち着いてくれたかね・・・葉佩さん」 「先生!患者が!」 「こ、これはいかん!早く処置をせねば!!」 慌しく動く看護婦と医者を眺めて、自分が何をしたか思い出す。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁいいか」 むしろ九龍にたかる虫を始末したと想えばいい。 お、拳に血が・・・、服にも返り血が・・・いかんいかん。これから空港に行くのにな・・・着替えるか・・。 「お父さん・・・酷いよ・・」 「・・ッ!?」 え、ちょ、ちょっと待て九龍!な、ななななな・・・・なぜ泣く!? 「叔父さん・・・病気なのに・・・・酷いよ・・」 「く、九龍これにはワケが・・・ッ!」 慌てて九龍の肩を掴み、目を合わせたがそらされた。 「ごめんなさい・・・暫くお父さんと話したくない」 「く・・・ろう・・・」 ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。 こ、これか・・・・これがお前も味わっていた・・・ものか、小五郎・・。 なんと言うか、かなり・・凄まじく・・・ショックだな・・・。 九龍は悲しげに泣きながら、俺に背を向けた。 「・・・叔父さん・・・」 悲しげに叔父を見て、その手を取る。 「お父さんを許してね・・・?ごめんね・・・」 大事そうにあいつを抱きしめる九龍を俺は茫然と眺めていた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 |