叔父さんと僕(オヤジ編)
エピローグ・その2
■第二章〜目覚め〜 ロゼッタ協会の日本にある専属病院に来てから、はや7日立った。 「今日も、雨か・・」 毎日雨は降り続き、空気は湿り気を帯びて気温も下がっている。 窓から見える歩道では、道行く人の装いもコートが多くなっているのが見えた。 冬が来る前に、九龍を連れ日本を離れた方が良い・・・。 判っているんだが、それが出来ない現状に・・・、苛立っている。 ドアを開けると、カタンと軽い音を立てて九龍がこちらを警戒する目で見た。 「九龍、お腹が減っただろう・・・?おにぎりを作ってもらったから、食べなさい」 呼びかけ扉を閉めると、とたんに警戒を緩め・・・、いや、興味を失ったかのように、九龍は俯いてパイプ椅子に座りなおした。 「九龍・・・」 「・・・・・・・・」 まるでこちらの声が聞こえていないように、空ろな眼差しでベットを眺めていた。 ベットで寝ている男・・・、小五郎は健やかな寝息を立て眠っている。 「全然食べていないだろう・・?食べなさい」 近寄り手に持っていた弁当箱を差し出すが、見向きもしない。 「食べなさいッ!」 「・・・・・・・・・」 強引に九龍の手を取り、持たせるが、身動きすらしない。 「頼むから・・・・食べてくれ・・・」 「・・・・・・・」 九龍は、身じろぎすらせず静かにベットと見つめたまま何も言わない。 まるで壊れてしまった人形のように・・・・・。 ・・・・・・・・・・・違うッ!この子はまだ・・・・壊れていない・・・ッ! まだきっと・・・大丈夫だ・・・。 九龍の手を握り締めて暖めた。 あの日・・・遺跡からこの病院に駆け込んで翌日、九龍は目覚めた。 その時俺は協会の人間と会っていて外に居た。 ・・・傍に居てやるべきだったんだ・・・と、悔やんでも悔やみきれない。 目覚めてすぐ九龍は叔父・・・小五郎を呼びながら走り出し、病室を見つけ部屋の中で泣き叫んだらしい。 俺が戻ると、医者に押さえ付けられ沈静剤を打たれていた。 『叔父さん・・・・うそ・・・叔父さん・・・・・・ッ』 うわ言のように繰り返す九龍はそのまま眠りにつき、目を覚ました時には、もう言葉をなくしていた。 小五郎のベットの脇に座り、静かに泣きつづけた。 泣いて泣いて泣きつづけて、やがて涙が枯れたように動かなくなった。 水分だけは取るが、食事もしない、喋らない。 動くのは叔父を守ろうとして警戒するときだけだった・・・。 「九龍、一口で良いから食べてくれ・・」 「・・・・・・・」 青ざめた顔、その左目は眼帯で覆われている。検査の結果、眼球に傷が入っていて視力低下は否めないそうだ・・。 あれほど、頑張っていたのにな・・。ハンターとして、そのハンデはかなりの痛手だろう。 「九龍・・・・」 何度も呼びかけたが、返事もしない。 泣き叫んだ日以来九龍は声もなく、嘆いている。 今もずっと、嘆き悲しんでいる。 俺に出来ることは九龍を抱きしめてやることと、傍に居てやることしか出来ない。 「・・・・・すまない・・・お前の父親の癖に・・お前に何もしてやれない・・」 九龍がこんな状態になっているのは・・・俺のせいかもしれない。 九龍を守るためとはいえ、記憶を奪う決断をしたのは俺だ。 協会の目から隠すために・・・秘文を隠すために・・・仕方が無かったんだ・・・。 ・・・・なんて様だ。言い訳をしてどうなる・・。 自身に嫌悪感を抱きながら・・・いや、どちらかというと罪悪感、だな・・。 九龍は、聞こえていないのか身動きもせずに・・・じっとしている。 「・・・・・・許してくれ・・・・・・・九龍・・」 きっとこの声も届いては・・・・・・・・。 そう思ったときだった、九龍がこちらを見た。 「九龍?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・い・・・じゃ・・・・・い」 何かを呟いて、九龍は首を振った。 声が、出ないのか・・? 「九龍・・どうした?」 「・・・・・・・・・・・・ぃッ!」 頑張って声を出そうとして、出ないのだろう・・、眉根を寄せて焦っている。 「九龍!良いから・・・大丈夫だから・・落ち着きなさい」 肩を抱いてやり背中を撫でてやる。 何でもいい。こうして感情を出してくれれば、それで良い。 ここ数日の感情のない虚ろな姿より、こうして・・・例え震えていても、泣きそうになっていても、何もないより安心できる。 「・・・・ッく・・・」 「大丈夫・・大丈夫だ・・・焦らなくていい・・」 ゆっくりでいいんだ。何を言いたいか判らないが・・、焦らなくて良い。 すがりついてきた九龍を抱きしめて更に優しく背中を撫でてやると、震えが少し収まった。 色々と限界だったのかもしれない。ずっと、気を張り詰めてもいたからな・・。 「九・・」 九龍、と呼びかけたとき、扉がノックされこちらが返事をする暇もなく開かれた。 「――ッ!」 九龍がとたんに毛を逆立てた猫のように警戒をする。 扉を開け、入ってきたのは・・・・・・。 「・・・・ロゼッタの幹部が、直々にお越しとは・・・よほど暇なのか?」 「お元気そうで何よりです・・・葉佩さん」 ロゼッタ本部の幹部・・・唯一の日本人。名前こそは知らないが、かなりのやり手だ。 ・・・・かなりあくどいやり方で伸し上がったと聞いた。パッと見、外見は物静かな壮年の男という感じだが・・・油断ならない人物。 「・・・任務報告は・・終えたはずですが?」 「今日は見舞いですよ・・彼とは旧知の仲ですから」 「旧知の・・?」 初耳だぞ・・・? だが、ありうる。小五郎は俺以上に顔が広い・・・まぁ、敵も多いのだが・・。 「・・・このようなことになってしまって、残念です」 小五郎を見、悼むように静かに話しかけ、小五郎に触ろうとすると、瞬間、バチン!という音とともに、その手は払われた。 「九龍ッ!」 九龍が、男と小五郎との間に入り、睨みつけていた。 「・・・・・・・・キミが、九龍君だね・・・大丈夫、私はキミの叔父さんに対して何かをするつもりはない」 「・・・・・・・・」 九龍は睨みつけたまま警戒を解かない。 男はそれを楽しげに見て、穏やかに微笑んだ。 「おやおや、嫌われてしまったようだ」 「・・・九龍」 近寄り九龍を引き寄せる。すんなりと腕の中に収まっても九龍は警戒を緩めない。 ・・・精神的にボロボロだろうに・・・、お前はまだ守るというのだな・・。 大丈夫だ。俺が居るから・・・、お前は1人じゃないのだから・・・。 想いをこめて九龍の肩を撫でてやると緊張がいささか和らいだ。 「この子はまだ・・・ショックから立ち直っていない。見舞いがすんだら退室願いたい」 「・・・・そうですね・・そうしましょう」 意外にも男はすんなり頷き、穏やかに笑った。 「・・・・・・あぁ、そうでした。話があります、お時間頂けますか?」 話だと?秘文のことか・・? 「先日の任務のことならば・・・話は通したはずだが・・」 「えぇ、それもですが・・今後のことについても・・・ですよ。外、良いですか?」 外、か・・・。九龍から離れたくないのだが、連れていくわけには行かないだろう。協会関係者とはあまり関わらせたくない。 「九龍・・・父さんは少し出てくる。何かあったらすぐに呼ぶんだぞ?」 九龍に携帯を持たせて頭をなでてやる。 すると、ほんの少し・・・微かだが・・・九龍は微笑んだ。 (ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・) ないて・・・・・いる・・。 (おれの・・・・おれのせいで・・・ッ) く・・・ろう・・・? (おじさ・・・ん・・・・ごめんなさ・・・・い・・・) おまえのせいじゃ・・・・ない。 (俺のせいなんだ) ちがう。 (・・・・・・・こわい・・・・・よ・・・) くろう・・・。 遠く、遠くで・・・、泣き声が聞こえた。 水の流れる音。 涼やかな音。 ・・・・・・・・・・・泣き声。 泣いている。 愛し子が・・・泣いている・・・。 起きなければ。 目覚めなければ。 九龍が・・・・、泣いている。 まるで鉛のような重たい意識を、苦労して保つ。 目覚めているわけではないくせに、夢の中で意識すること自体・・・重たくて仕方ない。 だが。 だが・・・・・・・・・。 九龍が、泣いている。 慟哭している声が、聞こえる。 起きろ。起きるんだ・・・、九龍に違うと言ってやらなくては・・・。 ふと、空気・・・いや、この意識の世界が、揺れた。 響いてきたのは。 悲痛な、叫びだった。 |