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叔父さんと僕(オヤジ編)
エピローグ・その6

■第四章〜すれ違い(父親編)〜

それ以来九龍は俺と眼を合わせようとしない。
寝たきりで、九龍が誰よりも何よりも護ろうとしていた相手をぶちのめしていた現場を見られたのだ・・・、自業自得なのは・・判っている・・。
何度謝っても宥めてみても、九龍は悲しそうに俺を見てすぐに眼をそらす。
日本を出立する時も、行きたくないと言い張られた。
正直・・・・・・・・・・、豆腐の角に頭をぶつけたいくらいに、辛い。
こんなに堪えるのは、妻を怒らせた時以来かもしれない。
・・・・・・母親とは違い、九龍は静かに怒る。
先日の小五郎が九龍のパフェを食べて怒らせたものとは訳が違う。心の底から怒っているらしい。

・・・・・・・いや悲しんでいるのか・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・辛い・・・。

思えば、九龍にこんな態度を取られるのは初めてかもしれない・・・いや初めてだ。親子なら当たり前にあるはずの・・・ものなのだろうが・・、14年目にして初めて、か・・・・。

親として、失格だな・・・。

自己嫌悪の沼にどっぷり浸かった俺は、九龍を母親に預け、ロゼッタ本部へと向かった。
九龍も俺と向き合っているよりは、母親と居た方がいいだろう。
・・・むろん、当初から九龍は母親の元へ隠そうと考えていたので予定に変更はないのだが・・。
九龍も俺がいるよりは良いだろう・・・。

しかし俺は気づかなかった。
九龍が、背を向けた俺をどんな眼で見つめていたかなど気づきもしなかったんだ・・・・・。




それから毎日、協会の貸しホテルの一室を借り、寝るのも惜しんで文献を漁った。
協会のデータベースにもアクセスし、ひたすら情報を求めた。少しでも手を休めると、九龍の悲しげな眼差しが浮かんでくる。あれから一度も会いに行っていないし、電話すらしていない。
・・・妻・・・九乃香(このか)さんも、怒っているだろうな・・・。
妻や息子の近くに居るくせに、1ヶ月以上も会いに行かない・・・父親か・・。
なんと言うか、ますます自己嫌悪に陥っていく。

「はぁ・・・・・・気が重いな・・・」

結局俺は九龍と向き合うことを避けてるんだろう。
弟に嫉妬していた自分を、見せたくないんだろう。
そんなことを思いながらふと、PCのメーラーにメールが入っていることに気がついた。何気なしに開いてみる。

「・・・・本部に行け・・・?」

送信者はフリーメールアドレスから出された名無し。
書いてあるのは、14時に協会本部へ迎え。それだけだった。このアドレスを知っているのは、協会の人間か、家族だけだ・・。

「罠か・・・?」

それにしては、指定してある場所がおかしい。
本部の中で襲われる可能性はないとは言いきれないが、そんなことをすればハンター資格は剥奪だろうし、何より他の荒くれ者どもが参加してきて収容が付かなくなるだろう・・・。
むしろ襲った側が襲われる羽目になる・・・そんな危険性を犯してまでやろうとするバカはいまい・・・。
一体何の目的なんだ・・?
まぁ、とりあえず、行ってみるか。
どうせこのままでは、気ばかりが滅入って何も手につかない。


本部に着き、顔見知りの警備員に挨拶し中に入ろうとすると声をかけられた。
「なんだ?」
「今日は息子さんと待ち合わせですか?良いですなァ。俺のとこは息子、口も聞いてくれませんよ」
「は・・・・?」
息子・・・・?
この警備員は元々は日本に居た人で、九龍とも面識はあるが・・・・。
「九龍が・・・・来てるのか?」
「おや?知らなかったんですか?あぁ、そう言えば知らない男性と一緒でしたねぇ・・」
「・・・・・・なに?」
知らない男と一緒?
「・・・・ッ!九龍は、どこへ行った!?」
「え?あぁ・・・・奥の階段を上に上っていきましたけど・・・」
「上だな!?」
九龍がここへ1人で来れる筈がない。
俺に会いに来るはずもない・・・だろう・・。
九乃香・・・妻にも、九龍をここへ近寄らせるなと言ってある。彼女自身も協会を毛嫌いしている。あえて寄越すはずがない。

・・・・・ならば、連れてこられたとしか考えられない。

まさか・・・もう、秘文のことがバレたとでもいうのか?
こんなに早く手を出してくるなど・・・ッ!!

階段を3段ほど飛ばしながら駆け登り、2階をぐるりと回り探すが居ない。
「上か・・ッ!」
3階に駆け上ると、待合所から渡り廊下へと出る扉の前に九龍は居た。

知らない男に縋り付いて、悲しそうに泣いていた。
震えて、青ざめて・・・苦しそうに。

「く、九龍ッッ!!!」
「・・・・・ッ!」

声をかけ、走り寄ると、背中を向けていた男もこちらを向いた。
ふと床に落ちたバングルが目に入る。
九龍の右腕の袖は上げられ、その腕に今まで当てられていたらしい水晶の玉を、男は隠すようにポケットに入れた。
何をしていた・・・ッ!
目の前が真っ赤に染まる。
九龍の右腕には秘文が隠されている。封印をしているが・・・あの水晶はなんだ・・・?この男は何をしていた?言いたいことは山のように合ったが、縋り付き泣く九龍が怯えているように震えているのを無視できない。

「九龍から離れろッ!!!!」

そういうと、ビクッと大きく肩を揺らした九龍は、男の影に隠れるように身体を移動させた。
九龍・・・ッ、そんなに俺が・・・嫌なのか・・・?
九龍を俺がどんなに傷つけたかを知り、感傷に浸りそうになるのを男の声が遮った。
「何の用ですか?・・・葉佩さん」
「お前こそ、誰だッッ!!九龍をどうするつもりだ!」
男は、俺や小五郎と同じくらいの年代に見える。体つきもがっしりしている。
一見、温和そうな顔つきだが・・・・、眼だけはこちらを睨みつけていた。
「俺は葉佩さん、・・・九乃香さんの同僚です。九龍・・・・貴方の息子さんの面倒を頼まれてます」
「九乃香さん・・・だと!?な、馴れ馴れしい・・・ッ!そ、それより九龍から離れろ!」
人の妻を名前呼びか!?
俺だって名前で呼べるまでに数年・・・正しくは7年もかかったんだぞッ!?
気安く呼ぶと鉄拳が飛んでくるんだぞッ!?
それを馴れ馴れしく・・・ッ!それに、九乃香の同僚!?こんなヤツ見たことないぞ・・・ッ!
俺も考古学者の資格を持っていて、九乃香と同じ発掘チームに属している。最近はあまり参加はしていないが・・・、日本人は少なく、俺や九乃香以外は数人ばかりしか知らない。新しいやつが入れば、そのことは確実に耳に入る。
・・・・しかし、俺はこいつを知らない。
九乃香があえて言わなかったのか・・・?
それはともかく、九龍から離れんか!!九龍は泣いていて混乱しているのか、自分の状態を把握していないようだが・・・、逃がさないと言いたげに身体を捕まえられている。
「九龍は、貴方と話したくないそうです・・・」
「なッ!」
何だと!?ふざけるな・・ッ!嘘もたいがいにしろ・・・ッ!と怒鳴ろうとする声は、またも遮られる。
「突き放しておいて・・・」
突き放す?
・・・・先日のことか・・・・?
それで、泣いてるのか・・・・?
「な、何の事だ・・・」
「・・・・可哀想に・・・」
そう言って男は九龍の頭を見せつけるように優しそうな仕草で撫でた。
言われた九龍は、その言葉に更に涙が溢れてきたらしく、縋り付く力を緩めない。
「・・・・・・・・・・・ッ・・・」
俺を見、微かに男は笑った。
拳を握る。
今すぐにこいつを殴り叩き伏せたい・・・ッ!
それをしないのは、九龍の様子がおかしいからだ。
男にしがみ付くように隠れた九龍はずっと震えている。

俺が・・・脅かしてるのか・・・・?

「九龍ッ!こっちに来るんだ!」
頼む、俺を見てくれ!
俺は、お前を脅かす存在ではないッ!

頼むから、俺を見てくれ・・・ッ!

「何してるんだ、おいで」

声をかければかけるほど、九龍の心は硬化していくようだ。

「九龍・・・?」

なにがあったんだ・・・何を泣いているんだ・・。

「・・・・・・かない・・・」

小さな声は、掠れていた。

「くろ・・・」

九龍は静かに、俺を見上げた。

「行かない」

時が止まったように、見詰め合った。
溢れ流れる涙もそのままに、九龍は俺を見たまま、言った。

「さようなら・・・お父さん」

微かに浮かべた微笑は、とても儚く・・・悲しげで。
俺は思考も身体も、固まって茫然とそれを見ていた。

男が、九龍を支えながら去っていくのを・・・・・止めることが出来なかった。

「九龍ッ!?」

行くな!行かないでくれ!!

「九龍ーッ!!」

九龍の背中は、俺が追いかけることを拒絶していた。


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