叔父さんと僕(オヤジ編)
第3部・その12
「九龍・・・・?どうした・・・ッ?」 ヤツらか・・・?聞こえてるのか?また・・・。 九龍の手を引っ張り、幾分明るい入り口に出る。兄貴は居ない・・どうやら上にいるらしい。 「なんでもないよ、叔父さん」 うそをつくな・・・・。 「お父さん、どこ!?」 上を見上げて父親を探す九龍の背中に声をかけた。繋いだ手は離さないまま。 「・・・・・・・九龍、何が来てるんだ?また何か、聞こえてるんじゃないか?」 「何でもないよ」 「ウソをつくな!・・・・九龍、焦ってるな・・・?何があるんだ・・」 「何もないってば!」 ぶるぶる震え、青ざめている。 眼は恐怖に怯えている。 「そんなに怯えて?震えてるじゃないか・・」 なぁ・・・九龍!俺は頼りにならないのか!? 確かにまともに戦える状態じゃないが、俺を舐めるなよ!?お前を守る・・なんとしても。 「小五郎、上に上がれるか?」 兄貴が俺達を見下ろし、視線がわずかに・・・奥の通路へそれた。気づいてるんだな・・・。 「叔父さん、早く行って」 「お前から先に行け」 バカ言うな!お前が先にでねぇと、意味ないだろ! 九龍に強引にロープを持たせると、悲しそうに震えながら、 「叔父さんが先に行って・・・お願い・・」 そんなこと・・俺が出来ると思うのか・・? 「俺は大丈夫だから!」 「・・・・・・・・・・・」 この子は・・・・この子は・・・優し過ぎるんだろうな・・・。他者を守るために、どんなに怖いことでも耐えて我慢しようとする・・。それをされて、俺が嬉しいと思うなよ・・・ッ!? ため息をついて、九龍の肩に手を置いた。 「九龍、約束しただろ?自分を守って守りたい奴も守る・・・生き延びろってな」 いいか・・・?自分を守るのも・・・大事なんだぞ? 「え・・・・うん・・・」 忘れないでくれ・・。 背後の気配が近くなった。一つじゃないな・・・かなりヤバイ気配だ。 「俺の背中におぶされ」 「え・・・・・」 「何か・・きてやがる・・・、俺にもわかるんだよ」 「叔父さん・・・」 「早くしろ!」 怒鳴ってごめんな・・・?九龍。 ビクっと震えた九龍は、震えながら俺の背中に乗った。 その身体を持ち上げる。 「絶対に手を離すなよ?」 「・・・・はい・・・」 落ちたら・・・・、いや、お前狙いだ・・敵は。 誰が可愛い九龍を渡すか! 涙が俺の背中に染みていく・・・泣いてるのか・・・? 「大丈夫だ・・・お前は俺が守る」 怖がるな、大丈夫だ、俺が居るから。 『ニガサヌ』 『ミツケタ』 『ミツケタ!』 くそ・・・ッ!早い・・・ッ!まだ半分程度しか上ってない。 「・・・・・え・・・・イヤぁッ!!!」 悲鳴を上げた九龍に叫ぶ。 「九龍、見るな!」 落ちるなよ・・・?捕まっててくれ・・もう少しだ・・! 『ヒブンヲ』 『カギヲ』 『ソトヘダサヌ』 『ダシテハナラヌ』 九龍はわたさねぇ・・・・ッ! 「小五郎!早くあがれ!」 兄貴が手を伸ばし、その手を取った。 「――ッ!!!」 九龍が痛みを耐えた悲鳴を上げ、俺から手を離した。 やめてくれーーーーーーーッッ!!!!!!! 咄嗟に片手を伸ばそうとする寸前、第三者の腕が伸び、九龍の手を掴んだ。 「・・・・・・・・・・早くあがるんだ」 誰でも良い・・・九龍を助けてくれて・・・・助かった・・。 無事に地面に上がり、九龍を振り向く。 「・・・・・・う・・・・ッ」 苦しそうな声に慌てて見ると、でかい蛇が九龍の足首に噛み付いていた。 「くそ、この蛇!」 でかいそれを、九龍からはずさせると、力を込め握りつぶす。やっぱり生きているものじゃないのか、黒い煙になって消えていった。 「九龍、おい!大丈夫か!?」 青ざめている九龍に近づき、声をかける。 「大丈夫だよ・・・叔父さん・・」 バカ言うな!そんな顔して強がるな! 「見せてみろ!」 「わ・・・っ!」 右足を引っ張り、足の怪我を診る。 噛み傷から血が出ているのを拭う。 「・・・・・・・・・・くそ・・・・毒ないだろうな・・・」 毒あるようなら吸い出して、血清をつくらねぇと・・・。 慌てる俺の手元を覗きこんだ男が、ひたすら冷静に言った。 「毒はないだろうが・・・陰の気がこびりついている・・」 「・・・M+M機関の奴か?」 「えぇ、そうです・・・・陰の気は、清水で綺麗に洗い流せば消えるでしょう・・」 なるほどな、専門家の見立てなら・・大丈夫か・・。 『ヒホウハワタサヌー!』 『コロセコロセ』 『ニエヲヨコセ』 遺跡の中で、蛇どもが奇妙な声で言っている。 「大丈夫です。彼らはあそこから外へは出られません」 そうか・・・・九龍は・・もう・・大丈夫だな・・・。 「・・・・・・あ、叔父さんッッ!」 九龍の方へ倒れ掛かり、支えられる。 あぁ・・・もう・・・ねむい・・。 「やべぇ・・・・気が抜けたら・・・眠ぃ・・・・」 「叔父さんッ!」 「わりぃ・・・兄貴・・・・あとはすまねぇが・・・」 「あぁ・・・九龍は大丈夫だ。俺が守る」 あぁ・・・兄貴なら九龍を完璧に守れるだろう・・。 ロゼッタの奴らからも、敵からも。 頼んだぜ・・・。 瞼を閉じ、九龍にもたれ掛かったまま眠り落ちる・・・寸前。 「・・・・・・・・・・・・・いや・・・・ッ・・・いっちゃ・・・いや・・・」 泣くな・・・泣くな・・・泣かないでくれ・・九龍。 瞼を薄っすら開けると、驚くほど近くに九龍の顔が合った。 膝枕してくれている上に、雨がかからないようにしてくれているのか・・。 「九龍・・・泣くな。俺は必ず戻るから・・・」 「うん・・・」 「約束しただろ・・?」 「うん・・・」 「必ずお前の元へ帰ってくる・・・」 必ずだ・・・。 「こんなクソ呪いなんざに負けねぇよ」 九龍は震えている。握り合った手に、なんとか力を込める。 「叔父さん・・・・大好き・・だよ?」 「あぁ・・・俺もだ・・」 焦らないで良いぞ・・?すぐに戻るからな・・・? 「九龍・・・何も死ぬわけじゃないんだ・・・笑ってくれ・・・な?」 「・・お・・・じさん・・・」 九龍は俺を身、涙を流しながら・・・微笑んだ。 透明で綺麗な微笑み。 驚いていると、九龍は・・・。 顔を近づけ、俺の瞼に、そっと口付けした。 「だいすきだよ・・」 ――トドメ。 いまのままさしく、トドメです・・・九龍ちゃん・・・。 九龍・・・。 九龍・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・こごろうさん・・・」 首を傾げる仕草に見惚れる。可愛い。 「こ・・・小五郎さん・・・だいすきっていってくれ・・・」 「・・・・小五郎さん・・・大好き・・」 「・・・・いい・・・」 いい・・・・いいよ・・・!ちょ・・・ッ滅茶苦茶可愛いぞッ! く、九龍・・・叔父さんな・・・?ちょっと思ってたんだが・・。 「・・・・・・なぁ・・・小五郎お父さんって・・・呼んでくれ・・・」 「小五郎お父さん・・・?」 くっっ・・・ッ!か、か・・・・可愛過ぎる・・・・ッ! お父さんと・・呼んでくれるのかッ!?う、嬉しくて眩暈が・・・ッ! あぁでも・・・・。 「こごろう・・・パパでも・・いいぜ・・」 「・・・?小五郎パパ?」 くぉぉぉぉー!!この子俺の子!うちの子自慢とか出て良いか!? あぁ・・九龍、お前・・・その笑顔。 「九龍・・・・まぶしい」 向日葵だな・・太陽の下で笑ってるお前は、眩しいくらいだ。 「叔父さん・・・?何言ってるの・・・?」 ん?なんだ・・・?九龍・・・お前やっぱり・・。 「泣き顔も可愛いけどな・・・・笑顔がラブリー」 あぁ・・・夢か?これ・・・?俺の目の前にうまそうな食卓が見えてるんだが。 九龍が不思議そうに俺を見ているのが気になるが・・。 お?目玉焼きがあるな!俺は目玉焼きは・・。 「九龍・・・・塩とってくれ・・・・・」 「しお・・・?」 お塩とってくれとか・・・朝の父子の会話じゃねぇか?しかも超仲良し親子!? ご、ご近所さんに自慢してくるか!? 『噂の仲良し親子よ、まぁ微笑ましい』 『良いお父さんね〜良かったわね、九龍ちゃん』 とかいう会話のネタにされるんだぜ!言われた九龍は照れたようにはにかむんだろうな・・・あぁもぅ照れてる姿・・可愛いじゃねぇか・・ッ! 「あははーこいつぅー」 「叔父さん、叔父さん、しっかりして・・・!」 お・・・・?今俺・・夢見てた!? うっそ、今の夢!?内心ショック・・・ッ! 「叔父さん・・・・?」 「九龍・・・・・」 何泣いてるんだ・・・?不安なんだな・・? 「叔父さん」 「愛してる・・・・待っててくれるか?」 「うん・・待つから!だから・・・ッ!」 大丈夫だぜ・・・安心してくれ・・・九龍。 俺はお前の元へ必ず戻る。帰る。 お前が独りになって泣かないように・・・すぐに、な・・・? だから暫くの間・・・頑張ってくれ・・。 呪いの夢の世界に行こうとも、俺はお前を想い続けているからな・・・。 落ちていく・・・。 落ちていく・・・。 もう九龍の温もりを感じられない。 離れていくことに、耐えがたい痛みと寂しさを抱えたまま、俺は夢の世界へ落ちていく。 眠りの淵へ落ちていく。 ――・・・・・・・・意識も全て、眠りに落ちる寸前。 愛し子の悲鳴がその世界を切り裂いた。 「九龍ーーーーーーーーーッッ!!!!」 俺は叫び、強引に目の前にかかる何重もの帳をぶち破り、倒れこむ九龍を抱き込み腕の中に庇う。 「――ぐぉ・・・・」 震える小さな身体を抱きしめ、安堵した瞬間、脳みそに直接打撃を加えられたかのような痛みが走った。 「く・・・・・・ろぅ・・・・」 身体ではない、精神に直接ダメージを受けたともいうべき衝撃に、俺の意識は急速に遠のいていく。 気力をふりしぼり、九龍が無事なことを確かめる。 ・・・・良かった・・・ぶじ・・・・だ・・・。 もう・・・大丈夫だからな・・・。 世界は急激に白い世界に覆わていく。 ――・・・・・どうか、もう泣かないでくれ・・・。 最後にそう願い・・・俺の意識は完全に落ちていった・・・。 |