叔父さんと僕(オヤジ編)
第3部・その1
「よっっとぉッ!」 スタンッとナイスな着地をして、俺は周囲を見渡した。 ちッ暗いな・・・、片手でH.A.N.Tを起動し、頭に付けてある暗視ゴーグルを装着して、再度確認をする。 周囲はごつごつとした岩に囲まれているが、車二台分くらいは余裕で入りそうな広間になっていた。 「ここは天然洞窟か・・・」 「そうらしいな。・・明かりをつけるぞ」 「おぅ」 ゴーグルを頭の上に押しやり、兄貴が持つハンドライトに明かりが点るともう一度周囲を見渡した。 「こりゃぁ・・・地震が起きたらやべーな。プチだぞ?プチッ」 天井から壁まですべて岩だ。 よく今まで地震などで崩れなかったな、と感心する。 頼むから、今地震は来ないでくれよ?プチッはいやだぞー!? 「不吉なことを言うな・・雨はここまで入ってきてないようだな」 「こんなとこに来てまで濡れたくねぇよ・・・おーい?九龍ー!降りて来れるか?」 俺は入ってきたばかりの頭上にある洞窟の入り口を見上げて、可愛い甥っ子を呼ぶ。 呼びながら、俺は装備を解いていく。足で銃だの何だのを遠ざけると、抱きとめる準備は万端だ。 「大丈夫〜!」 ひょこっと顔を出した九龍は、レインコートを着ている。俺が買ってやった水色のそれは、九龍によく似合ってた。 「そうかー怖いかぁ〜、ほれ、叔父さんの胸に飛び込んでおいで〜」 「怖くないってば!叔父さん邪魔ー!」 「じゃ、邪魔だとぉ〜!?ん?照れてるのか?照れてるんだな?ほれ、気にせずこいこい!」 カモンカモンと両腕を広げて呼び寄せる。 「叔父さん、遺跡行く前にぎっくり腰になっちゃうよ〜?」 「うッ!」 そうだった、俺は最近腰痛が酷かったんだった・・・。 俺がひるむと、九龍は危なげなくするすると、ロープを伝い、途中から壁を蹴って飛び降りてきた。 「サルみたいだな・・・お前」 凄まじく身軽だ。サルというより、猫か? 思わず呟いた俺をじろ〜りと怒ったように見て、九龍は可愛い眼を細めてニタリと笑った。 「じゃぁ・・・叔父さんは、ゴリラだね!」 「なッ!!誰がゴリラだ!」 「叔父さんが」 「お前は子ザルじゃねぇか!」 「むかーっ!ゴリラよりはマシ!」 「ゴリラはやめろ!せめてオラウータンにしてくれ!」 「いい加減にしないかッ!」 うぉっ!忘れてたぜ!兄貴は一人着々と準備をすすめながら、俺達を呆れたように見ていた。 「ごめんなさーい」 九龍は素直に兄貴に謝ると、レインコートを脱ごうとする。 もう脱ぐのか?可愛いのに。まぁ遺跡でそれは動きにくしなぁ・・・。 「・・・・・・・・・・九龍ちゃーん、ハイチーズv」 H.A.N.Tの撮影機能で撮ろうと構えると、ベシッ!とレインコートが飛んできた・・・顔に当たって痛い・・。 「そんなコトに使っちゃダメだって言われてただろッ!」 「うぐッ・・」 H.A.N.Tについているデジタルカメラの機能は、かなり性能が良いので、こっそり使っていたんだが先日バレて厳重注意を受けたんだった。 九龍は見てないようで、結構鋭く見ている。 時々気負い過ぎなところもあるが、俺のバディとして頑張っている姿は頼もしい。 そのうち、尻に引かれるなとか考えてみたりしてしまう。 「・・・さん!おっさーーん!また聞いてないしッ!」 あぁ?おっさんはやめろっ!てか、聞こえてるぞ?九龍。 俺がお前の声を聞き逃すはずないだろう?ベイベー!アイウォンチュー! ハグをしようと、両腕を広げて近づこうとすると、俺の鼻先をかすって銃弾が飛んできた。 「・・・・・・・・・・・・あぶなッ!」 「誤作動をしたようだ・・・怪我はないか?九龍」 「うん、大丈夫」 仲良し親子ラブラブオーラを醸し出すの止めませんか・・・? 「九龍、怒ったときは、叔父さんやおっさんではなく『赤の他人のどこかのおじさん』とでも呼ぶと良いぞ?」 「そっかーわかったー!」 「うぅ・・・苛めだな・・?泣くぞー?」 俺がいじいじと座り込もうとすると、九龍が俺の装備を拾い上げて差し出してきた。 「俺、格好いい叔父さんが見たいなァ〜?」 「よっしゃー!いくぞー!」 あぁ、愛しのエリー!じゃねぇ、愛しの九龍!そのでっかくて可愛らしい眼を見開いて、しっかり俺の勇姿を見ておけよ? 俺ははりきって、準備を終えると入ったときから目に付いていた石碑へと向かった。 俺の背後で、仲良し親子の「単純だろ?」「ホントだねー」とか言う声が聞こえたが、気のせいだということにしておいた。 H.A.N.Tの翻訳機能で簡単に訳す。 「・・・・・・・・・・・うぉッ」 なんじゃこりゃ・・・。俺は自分の眼を疑った。 「おい、兄貴」 「・・・・・なるほどな・・」 「どうしたの?」 俺と兄貴が並んで石碑前に立っているので、見えない九龍は背後でぴょんぴょん飛びながら覗き込もうとしている。 それをちょっと横目でみて、可愛いなァとか思いながらも目の前の石碑の結果に眉根を寄せた。 「九龍、ちゃんと聞いとけよ?」 「うん」 「ここの遺跡はかなぁぁぁりぃ、胡散臭い」 「うさんくさい?」 「きな臭い」 「きなくさい?」 首を傾げて復唱する九龍は、可愛かった。 俺はちょっと説明を放り出して、この可愛いのに構おうと手を伸ばす寸前、隣の男に足を踏みつけられた。 「いてっ!」 「・・・・要するに、怪しいってコトだ」 「そうか、ありがとう〜お父さん」 「今度国語辞書をあげよう」 「あははは・・・頑張る」 九龍は赤くなって俯いた。まぁ普段あまり使わないからな・・胡散臭いとか。 あんま、恥ずかしがらないで良いぞ?可愛いけどな。 「・・・それで、この遺跡はかなり怪しいワケだ。何故だと思う?」 俺の言葉に、九龍は真剣な顔をして考え込んだ。 「ほれ、これが石碑の文章・・ところどころ欠けてるけどな・・・でこっちが訳文」 「・・・・んと・・・あ、人数制限がある・・よね?二人しか入れないってある・・と思う」 どうどう?と俺を見上げて答えを待つ仕草は、まるで生徒だ。先生って呼んでみないか?と俺の意識がまた飛ぶと、九龍がぶす〜っとむくれた。あ、やべ、怒った! 慌てる俺を無視して、九龍は兄貴を見て「よくやったな、合ってるぞー」と言われて嬉しそうに笑った。 お、俺の位置がッッ!!!く、くそぅぅぅー! 何て言うんだ?好きな子に意地悪して、他のヤツにいいとこ取りされたヤツみたいな心境、か? さ、寂しいぞ・・・。 「叔父さん?おーい?」 目の前で俺を覗き込んでヒラヒラと手を振る九龍を抱き寄せてその頭に頬擦りした。 「うわっ」 「んーっ!よくできましたッッ!」 「・・・お前は誉めるたびにそんな事してるのか・・・」 いいじゃねぇか、ほっとけよ〜!兄貴の呆れた声が聞こえたが、構ってられるか〜! 「で・・だ、怪しい意味は?判るか?」 「・・・・わからない・・ごめんなさい」 「まぁ訳文には、二人しか入れないとしか書かれてないからな・・」 判らなくても大丈夫だぞ、と頭を撫でてやる。 「胡散臭い理由はだ。二人しか入れないという人数制限の理由。見たところ、そこの穴から進めるんだろうが、別に二人以上でも余裕で進めるはずだ・・」 二人と指定されている理由はどこにあるのか?ってことだな。 それだけじゃねぇ・・・。九龍を無駄に怖がらせるのは本意じゃねぇから言わねぇけどな・・。 協会はあきらかに、この情報をしっていたはずなんだよな。 その上で、兄貴のようなランキング上位のベテランをサポートに指名してきている。先に入る二名の生還率は低い、ってことか・・・。 俺と兄貴が同時に入ることは、ここに来る前に入った連絡で却下された。 俺が捨て駒、秘宝奪取は兄貴に、か・・・。判りやすくて泣けてくる。 協会のクソ野郎どもめ・・生還したら暴れに行くから覚悟しとけよ?燃えないゴミの日に捨ててやる! 「九龍、とりあえず進むが、俺が撤退を判断したら速やかに逃げること、いいな?」 「はい」 「俺より前には出ないこと、判ってるな?」 「はい!」 「お前の力頼りにしてるぞ?相棒」 「うん!」 九龍を離して、ポンと肩を叩いてやる。 俺を見上げて嬉しそうに笑って、自分の装備を整える九龍を可愛いなァと眺めていると。 兄貴が真横から地を這うような声で呼んだ。 「・・・・・くろうをたのんだぞ・・・」 こ、怖いですよ、お兄様!なんだそのホラーな喋りは! 「新情報だ。M+M機関もこちらへ向かっているようだ」 「あッ!?なんだって?」 「奥に大物がいるそうだ」 「・・・・・大物、ねぇ・・・・なんだって今まで手出ししなかったんだ?」 特に隠された遺跡でもないのだ。見つかったのは最近らしいが、少なくとも数ヶ月は猶予があっただろうに。 「危険度が重視されてなかったんだろう。秘宝もあるとは思っていなかったようだしな」 「・・・ちょっとまて。それ俺は聞いてないぞ!てか、秘宝は・・・ないのか?」 「秘宝はない・・が、秘宝への在り処を指し示す『モノ』があるらしい。それが何かはわからないが・・」 「なんだそりゃ・・・・くそッ!これ終わったらちっと九龍を任せて良いか?協会で暴れてくるからよー」 上層部のヤツらめ、大暴れして全員締め上げてやるッ! 「まぁ、ともかく・・・無事でもどれ」 「あぁ、安心しろ。危険だと判断したらすぐ戻る」 「変わったな?昔は、無茶無謀無鉄砲の代名詞だったのにな」 「大事なもんができたからだな・・・・・な?九龍」 俺達を見ないようにしてこっそり盗み聞いていた九龍に愛しさが募る。 自分を除け者にされないか、と一人で怖がるなよな・・・。 不安そうな顔の可愛い鼻をつまむと、九龍は慌てて俺から離れた。 「ほれ、行くぞ?相棒」 「・・・・・・・・・・ッ!」 数歩踏み出した足は、背後に引っ張られて止まった。 振り向いて自分の袖を引っ張る小さな手を見て、動揺する。 なんだその無茶苦茶可愛い仕草はー!叔父さんを殺す気ですかー! 九龍は赤い顔をして俯いていた。俺の袖をしっかりと掴んでいる。 「・・・・・・・どどどどどど・・・・・・どぉあ・・・・どうした?」 「・・・・・行かないで・・」 様子がおかしい。 「九龍?」 「え・・・?あ、え?今・・・・・え・・?」 「どうした、何か怖いのか?」 「・・・判らない・・・でも・・・叔父さんの背中見てると・・怖くなっちゃって」 自分でもよく判っていないようで、混乱する九龍を落ちつかせようと抱きしめてやる。 「背後にいなくても良いぞ?横にいろ、な?」 「うん・・」 大丈夫だ。どんなことがあっても、お前は俺が守るからな? 九龍の頭を撫でて離してやる。 「兄貴、俺達は先に行くが・・・大丈夫そうなら連絡をいれる」 何も協会や石碑の思惑通り二人縛りにこだわらなくてもいいだろう。 二人しか通れない通路とかあるなら、別だが・・。 「あぁ・・・先へ進まねば、判らないだろうからな・・」 「んじゃ、行くぞ?相棒?行けるか?」 「うん・・・」 「覇気がないぞー!?気合をいれろぉー!」 「はいっ!」 元気良く頷いた九龍が可愛くて撫でてやろうと伸ばした手は、横合いからベシッと払われた。いてぇよ! 「九龍・・・気をつけてな・・?」 「はい」 「危なかったらすぐに逃げるんだぞ?」 「はい」 仲良し親子、暫しのお別れ、ってか・・・。 邪魔できねぇしなぁ・・・。暗い穴の中を覗き込んで調査している風を装って待った。 兄貴も、辛いんだろうな。くそ・・・・、どんな思惑があるにせよ・・覚悟しとけよ、ロゼッタ協会。 「叔父さん、お待たせ」 「おぅ、行けるか?」 「うん!」 その可愛い笑顔を心の中でメモリィーしながら、俺は足を踏み出した。 |