叔父さんと僕(オヤジ編)
第3部・その10
兄貴が先導し、扉を開く。複雑そうに俺達を見ながらそれでも何も言わない。 俺達が長い通路へ出ると、背後で扉が自動的に閉まり、ご丁寧に施錠音が聞こえた。 「・・・・・・・鍵がかかった、な・・・」 「おかしいな・・・開かない」 H.A.N.Tを持ち、調べる兄貴の傍に近づくと、九龍が腕の中で大きく震えた。 「・・・・・・・ッ・・」 「九龍ッ!?どうした!」 腕の中をのぞきこめば、苦しそうな顔をして青ざめた顔にぶつかる。 「あつ・・・・い・・・」 熱い!?九龍は右腕を左手で摩り、熱い、熱いとうわ言のように繰り返す。 ――秘文、かッ!!! 俺は咄嗟に九龍を抱えたまま、扉から離れた。 「・・・・あれ・・?熱くない・・」 「九龍・・・・」 「・・・・・・・・」 兄貴が厳しい顔つきで九龍を見、俺を見た。 視線を受けて頷き返す。 あぁ・・・・間違いないな・・秘文は九龍の右腕に宿ってる。 扉に鍵がかかったってことは・・・鬼が生存しているか、遺跡として死んでいないのだろう・・・。しかも、九龍が近づくと鍵が反応したということは、この中に入るには秘文が必須ってことか。 「おじさん・・・?」 不安そうに俺を見る九龍に笑いかけ、下ろしてやる。 「ん?なんだ?」 「・・・・どうかしたの?」 心配そうな九龍に、あえて何でもないように振舞う。 「・・・・右腕がいたいのか?」 「えっ?痛くないけど、熱かっただけ・・今は大丈夫」 九龍の右手を取り、袖を上げる・・・が、少し日に焼けた細い腕があるだけで皮膚になにも異常は見当たらない。 「どの辺が熱かったんだ?焼けどとかじゃねぇよなぁ・・・?」 「バングルの下あたりかなぁ・・・・でもヤケドとかしてないよ?」 「お前に何かあったら、俺はおちおち寝てられねぇよ」 「・・・・・じゃぁ・・・何かやろうかな・・」 茶化して言った言葉が、そう返ってくるとは思わずに慌てる。 や、やめろぉ〜!お前の「何かやる」は、恐ろしい!!!!マジで心臓に悪いんですよ!?叔父さん、呪いのまえに心臓麻痺になるぞ!? 「お、おいっ!」 「・・・・・叔父さんが呪いで寝ちゃわないように・・・できるなら・・何でもするんだけどなぁ・・」 「やめろ!いいか!?約束は忘れるなよ!」 「うん・・・叔父さんも、ちゃんと守ってね・・?待ってるから」 「・・・・・・あぁ・・・」 本当だな?信じるからな・・・・? 九龍は、透き通ったような、透明な笑みを浮かべていた。 悲しみを耐えた笑みに・・・・・・胸が痛くなる。 なんでだろうな・・・?お前の笑顔をどうすれば引き出せるんだ・・・? 抱きしめてやりたい気持ちを押さえて、薄く柔らかい素材で出来たバングルをはずす。 その下には、綺麗な皮膚があるだけで、何もなかった。 ・・・・秘文は、普段、見えてないってことか・・・。 何の拍子に現れるか判らない。 いや、必要なところへ近づけば、浮き出るのか・・・・? だが、九龍に秘文のことを知らせるわけにはいかない。この子は、自分が俺の呪いを解く鍵を持っていることをしれば・・・・・。 それだけはやらせねぇ・・・。 だからこそ、先回りして約束させたんだ。 俺の呪いは自力で解く。解いて見せる。 「何ともないようだな・・・良いか?これはお前の身を守るお守りだからな?ちゃんといつも付けておけよ?」 小振りのナイフを収納できるバングルは、俺が特注で作ってやったものだ。 肘の下から手首の下辺りまで覆うこれを付けていれば、人目に晒されなくて良いだろう・・。 この子自身の目からも見えなくなる・・。 「はい」 「んじゃ、脱出しますか、兄貴後ろ頼んだぜ」 「あぁ・・・」 兄貴は気がかりなんだろうな、いつもとは違い油断なく周囲を警戒している。 まだ何があるかわかったもんじゃない・・・しんがりを頼んだぜ。 「九龍、ほれ、手を出せ」 「うん・・・」 差し出された小さな手をぎゅっと握ってやる。 「ここは一緒に歩いて出るぞ?歩けるな?」 「・・・うん」 見上げてくる九龍の表情は、暗い。 ここを出るまでに、どれだけこの子の心を守れるだろうか・・・・。 繋いだ手に力を込めた。 歩き出して暫くして、血が乾いて地面に黒く残った場所へ来た。 矢がまだ地面に刺さったまま残されている。 「ここ・・・いや・・・」 怖い、と小さく呟き震える九龍の頭を撫でてやる。 「ここは格好いい叔父さんが愛する九龍ちゃんを守った場所記念地だ!写真撮っとくか?」 「へ・・・?」 驚いて眼を見開いた九龍に笑いかけてやる。 「俺にとっては、誇れる場所だ・・・お前を守れたからな」 その左眼を傷つけてしまったことだけが・・・悔やまれる。 お前を一人にしなければ、と陰鬱した気持ちになる。 ・・・・・・・・だが、お前を『眠りの呪い』から守れたことは俺は誇れるんだ。 「・・・・まぁもう一つ記念すべき理由はあるんだが・・・」 「え?」 「叔父さんだけの秘密です」 「・・・?」 お前の愛を、見せ付けられた場所・・・・だからだ。 あぁ・・・・いかん!顔がでれでれ崩れてくる。 嬉しいんだ、本当に。 嬉しいんだ・・。 九龍を見て俺が笑みを浮かべると、九龍は眼をそらした。顔が赤くなっている。かっかわいい・・・・ッ! 「いいかげんにしないか?」 げッ!! ゴリゴリと背後から背中に冷たい銃口を付きつけられて固まった。 ハグしようとした繋いでいない方の手を上げて、降参する。こぇーよ! 「さっさと進め」 「いぇーっさぁ・・・」 なんだよ、もう少し浸らせろよな?まぁ兄貴は兄貴で焦ってるんだろうけどな・・・。 「九龍・・・そう言えばちゃんと言ってなかったな」 「な、なに・・?」 お?少し和らいだか?強張りがぬけている。 俺は九龍の前にしゃがみ、目線を同じにした。 「良いか?本当は5時間くらいみっちり説教をしたいところなんだが」 「お説教・・?」 首を傾げて心底不思議そうに言う九龍の肩を掴んでその眼をじぃぃ〜と見つめてやる。 そう。俺がすっかり忘れていたことを、たった今思い出したのだ。 例の・・・・。 「そうだ!全部あげる発言について、だ!」 「え・・・」 「良いか?九龍・・・・そんな言葉をうかうか口にするもんじゃないぞ!?」 「な、なんで・・・」 「叔父さんはお前のことなら隅から隅まで知っている!」 「え、それなんか・・・・・・・・・・・ヤダ」 叔父さんって変態?そんな眼で九龍が俺を見た。 うぉぉぉぉい!なんだその眼は!別に変じゃねぇだろ!?普通だろ! 「ヤダじゃない!良いか?そんなことを簡単に言ってるとな?痛い目にあっちゃうんだからな!?」 「・・・・・だって・・・・・・全部あげたって良いって思ったんだ・・・」 く、九龍?急に真剣な顔で俺をじっと見つめた九龍は、俺の腕の中に飛び込んできた。 「お、おぃ?」 「今だってそんな風に思っちゃう気持ちもあるんだ・・」 「九龍・・なぁ・・・約束を忘れるなよ?」 「・・・うん」 わかってる、と腕の中で呟いた九龍を抱きしめてやる。 本当にわかってるか?心配だ・・。 「いいか?忘れるなよ?絶対に・・」 念を押すと、九龍は俺に強くしがみ付いて目を閉じた。 「あぁ心配だ・・・俺が傍に居てやれれば良いんだけどな・・」 震える、小さな身体を抱きしめて、その背中を撫でてやる。 「九龍・・・・?」 急にビクリと大きく震え、九龍は俺から離れた。 様子がおかしい。俺を見て、苦しそうに眉根を寄せた九龍は、くるりと背を向けて脱兎のごとく走り出した。 「待てッ!九龍!」 待て!!!どうしたんだ!? また何かあったのか!? 何か聞こえたのか・・・・!? 九龍はあっという間に通路を駆け抜け扉の向こうへ消えた。 「九龍ー!」 慌てて追いかけ走る。待ってくれ・・・・行くな!いくな、九龍! 「行くなーッ!!!」 「待て、小五郎」 扉を開ける寸前、背後から引きとめられて苛立つ。 「待てるかよ!九龍を1人に出来ねぇだろ!?」 「背後から何か気配がする。あっちの封印された扉の向こうからだ」 「・・・・・・なに?」 「H.A.N.Tには検出されていないが、何かあちらにいる」 「・・・・・・・・・秘文か・・」 そういえば、悪代官も矛盾した行動をしていたな・・。秘文・・鍵を宿した人間をその場で殺そうとしていた。 「鍵を外へ出したくない・・・のだろうな、恐らく」 「宿した人間はその場で食われたか、殺されたか・・・」 「あぁ・・・秘宝は恐らく手付かずにあるだろう・・・一度も、秘文を持ち出した人間が居ないと見て間違いない」 「ここを出る前に、追いかけてくる・・・ってか?」 「可能性はある」 「・・・・・・・・・・判った。九龍を無事に外へ出そう」 「あぁ・・・」 九龍を無事に、なんとしても出す! 決意を決め、扉を開けると、九龍は居た。 片足を水の中にさし入れてぼんやりとしていた。 「九龍!!」 全速力で部屋を突っ切り、九龍の脇の下に手を差し込んで思い切り引いた。 反動で俺の上に倒れてきた九龍を抱きしめる。 「九龍ッ・・・・・・・九龍・・・・、また何か、聞こえたのか!?」 どうしたんだ!?何があったんだ!? 九龍の顔を覗き込むと、息を飲んだ。 ・・・・・・悲しみにくれた顔。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんな顔をさせているのは・・・俺のせい・・・なのか・・? 「きこえない」 九龍の、感情の色をなくした固い声を、俺ははじめて聞いた。 「聞こえない・・・・叔父さんの、最後の言葉なんて、きこえない」 「九龍!?」 「気づいてないでしょ・・・ずっと、最後のお別れみたいなことばかり言ってるよ」 「・・・・・ッ」 「最後の言葉なんて、いらない」 「九龍・・・・・」 「置いていかないって、言ったのに・・・置いていくんでしょ?」 九龍・・・九龍ッ!聞いてくれ・・・頼むから聞いてくれ!!! 九龍の頭を俺の右肩に押し付け抱きしめた。 耳元に、聞こえるように、言った。 「必ず、戻る・・・ッ!信じてくれ・・」 信じてくれ。 「・・・・・・・・い・・・・・・・・・つまで・・?」 いつまでかは・・・・・言えない。 こんなにも不安になってる九龍に、俺は断言できねぇ・・・ッ! 絶対だ、必ずだ、そう言ってる俺こそが・・・怖いんだ。 「九龍・・・」 お前が信じてくれれば、叔父さんは頑張れるんだ・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いかないで・・・」 小さな、小さな声で、九龍は俺に言った。 「いかないで・・・・いかないでよ!置いていかないで!」 「九龍・・・」 「こわ・・・いよ・・・・、いつまで?いつまでまつの・・?ぜったいとける・・?こわい・・・・とけなかったら・・・どうしよう・・・とか」 九龍は包帯を剥ぎ取り、両目で俺を見上げてきた。 左目の血は止まっていたが、赤くなっていて痛ましい。 ぼろぼろと泣きながら、俺の胸をどんと叩いた。 「まつ・・・よ・・いくらだって・・・ずっと・・・まつよ!だけど!」 九龍・・・・。 「・・・・おじさ・・・・んを・・・たすけ・・・っく・・・・もう、わかん・・ない・・・」 「・・・・九龍、ありがとな?」 こみ上げてくるものが、勝手に流れ出し九龍の柔らかな頬に落ちた。 九龍を抱きしめ、力を込めた。 「ごめんな・・・お前を置いていきたくないんだ、俺だって・・」 俺を見上げてくる眼を見ながら、耳元で囁く。 「お前と別れたくないんだ・・・」 俺はお前を泣かせてばかりだな・・・。 「何時までかは、おれにも・・・わからねぇ・・・」 俺の不安が、お前にも伝わってたんだろうな・・。 「自力で解けるかどうかも、正直わからねぇ」 いつまでと約束できれば良いんだけどな・・・。 「なさけねぇが・・・俺も不安なんだ」 あぁ・・・不安なんだ。俺は・・・事実、怖い。 「お前を置いていくことも、辛い。お前を見れないのが、苦しい」 呪いが怖いんじゃねぇ・・・・お前と離れることが、怖い。 「これからどんな男になっていくんだろうな・・・傍でお前の成長を見守りたいんだ・・・俺は・・・それが楽しみなんだ」 5歳の頃からずっと成長を見守ってきた。 今、一生懸命ハンターになろうと・・・頑張っているお前を、傍で見ていたいんだ・・。 「・・・・・・こんなクソ呪いにかかった自分が心底憎い」 お前と俺を切り裂く呪いが忌々しい。 何より、お前の命を脅かすものが、お前に宿ってしまったのが・・・・苦しい。 呪いで寝ている暇はないんだ・・・それを取り除くために時間がいるんだ。 ・・・いや・・・それよりも・・・・。 「九龍、お前と離れ離れになるのが、一番辛い」 「叔父さん・・・・」 「九龍、頼む・・・生きてくれ。俺は、必ず、お前の元へ帰る」 「・・・・叔父さんも・・・・絶対、帰ってきてね・・・」 「お前が俺の帰る場所だ・・」 「うん・・・」 俺の腕の中でまどろむように目を閉じた九龍の髪の毛を梳く。 静かに泣く九龍が、愛しくて痛ましい。 |