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叔父さんと僕(九龍編)
第3部・その1

雨の音が聞こえる。まだ止みそうにない・・。


もうッ!このレインコートぶかぶかで動き難い!
雨が叩きつけるように降ってくる。自分の長い前髪が目にかかってよく見えない。視界も狭い。
雨に滑らないように注意しながら、荷物を一つずつ下ろしていく。
「九龍、てつだお・・・・」
「だめーッ!」
同じようにレインコートを着込んだ叔父さんがクマのように背後をうろうろとしている。
何度も何度も手伝いを言ってくれたけど、全部断る。絶対に譲れない。
「叔父さん、荷物を運ぶのもバディの仕事なんだからねっ!」
「でもよー重いだろ?」
「重いけど、筋肉つくからいいの!」
「叔父さんはムキムキよりムッチムチがこの・・・」
「もぉー!さっさと行っちゃってー!」

(いかないで)

「へいへい。あぁ・・九龍ちゃんったらつれないわ〜」
目の前の山の斜面の岩と岩の間にあいた穴が遺跡への入り口で、しくしくとわざとらしく泣きまねまでして、叔父さんは中へ入っていった。
荷物を全部下ろして、一息ついた。あぁ疲れた。
叔父さんに先に行ってもらったのにはワケがある。
「・・・体力つけなきゃだなぁ〜」
へたりと、その場に座り込む。疲れた・・・・。こんな姿はあんまり見せたくない。だって、情けないし・・。
ここまで、徒歩で雨の中山登り、獣道を降りて、やっと辿りついた。
「なんでお父さんも叔父さんも、疲れてないんだろう・・」
おかしいよッ!もういい年したおじさん達のはずなのにー!
雨がレインコートに当たって音がする。今日で雨嫌いになったような感じ。あーもう、早く脱いじゃいたい!

「おーい?九龍ー!降りて来れるか?」

叔父さん本当元気だなァ・・・。疲れてないのかな・・・。
あぁやっぱり体力つけなきゃ!
「大丈夫〜!」
穴から顔を出して見下ろすと、2、3階くらいの高さかな・・・?下のほうに叔父さんとお父さんが見えた
「そうかー怖いかぁ〜、ほれ、叔父さんの胸に飛び込んでおいで〜」
「怖くないってば!叔父さん邪魔ー!」
「じゃ、邪魔だとぉ〜!?ん?照れてるのか?照れてるんだな?ほれ、気にせずこいこい!」
何故か装備を全部解いて身軽になった叔父さんが、両腕を広げておいでおいでと手招きしている。
「叔父さん、遺跡行く前にぎっくり腰になっちゃうよ〜?」
「うッ!」
それでも抱きとめるポーズのままの叔父さんを見ていたら笑みが浮かぶ。
叔父さんのこんな優しいところが、すごく好きだな。
甘やかされすぎるような気がするけどね。時々ちょっと・・・鬱陶しかったりするけど。
頼りないロープを掴むと、するすると降りていく。
うぎゃっ!雨ですべ・・・・滑るッ!
途中までロープを伝ってきたけど、滑って落ちそうだなぁ・・・。
うーん、飛び降りたほうが早いかなぁ?
「よい・・・・しょっと!」
ロープを揺らして壁を蹴って反動をつけると、パッと手を離す。
落下しながら目に付いた岩を軽く蹴って、スタン!と着地成功ー!
「サルみたいだな・・・お前」
ムッカァー!なんで叔父さん、そんなことをしみじみと言うんだよー!
多分叔父さんは心底そう思ったんだろうけど、サルって何だか嫌だ。
「じゃぁ・・・叔父さんは、ゴリラだね!」
「なッ!!誰がゴリラだ!」
「叔父さんが」
「お前は子ザルじゃねぇか!」
「むかーっ!ゴリラよりはマシ!」
「ゴリラはやめろ!せめてオラウータンにしてくれ!」
へ?オラウータンって・・・ゴリラとそんなに変わらないじゃん!
叔父さんって時々よく判らないなぁ・・・変なのー!
「いい加減にしないかッ!」
うわっ!お父さんに怒られた!
振り向くと腕組みをしてギロリと睨んでいるお父さんが目に入る。
「ごめんなさーい」
咄嗟に謝ると、お父さんの眼が優しくなった。お父さんは怒ると怖いけど、不思議と安心感があるんだよなぁ。叔父さんとの喧嘩は、本当に怖くてドキドキするのに。
なんでかなぁ・・・?よく、判らない。


(・・・だって、叔父さんはどこにだって一人で行ける人だから・・。嫌になってどこかに行ってしまったら、会えなくなるかもって・・・ずっと思ってたんだ。だから、怒らせて困らせて嫌われたらどうしようって、ずっと怖かった・・・)


んーあ、そうだ、これ早く脱いじゃおう。
レインコートは雨に濡れていて少し重い。前のボタンをはずしていると、叔父さんが何か言いたそうな顔をした。
なんだろう?と脱ぎながら見ていると、なんと叔父さんはH.A.N.Tを取り出してカメラをこちらに向けてきた。
「・・・・・・・・・・九龍ちゃーん、ハイチーズv」
なッ!やめてよー!
写真を撮られるのは好きじゃないのに、やめてったらー!
脱いだばかりのレインコートをえいやっ!と投げつけてみた。「いてぇ!」とかうめく叔父さんをじっと睨みつけて言う。
「そんなコトに使っちゃダメだって言われてただろッ!」
「うぐッ・・」
この前だってH.A.N.Tのデジタルカメラを勝手に使ってるのがばれちゃって、怒られて嫌味を言われてたのにッ!
「しかも全部俺が写ってるしさ〜!恥ずかしかったんだよ!判ってる!?」
『甥っ子さんばかりですねぇ』とか『キミは叔父さんに、愛されてるんだね?』とか嫌味ったらしく言われてどれだけ、恥ずかしくて腹が立ったか・・。
何も言わない叔父さんを見上げると、こっちを見たまま何か考え事をしているようだった。
「叔父さん!・・・おっさーーん!また聞いてないしッ!」
腰に手を当てて叔父さんを、じぃ〜っと睨むと、急に両腕を広げて近づいてきた。
えッ、な、なんだよー!びっくりして仰け反って身を引くのと、ビシッ!という音は同時だった。
「・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・あぶなッ!」
「誤作動をしたようだ・・・怪我はないか?九龍」
「うん、大丈夫」
あぁ、なんだー!お父さん銃の扱いとっても上手いはずなのに、うっかりな人なんだなァ・・。
完璧な人ってイメージがあったから、少し間が抜けてて嬉しくなった。
あぁやっぱり、お父さんは、お父さん・・・なんだなぁ。
俺はよく叔父さんに「うっかり者めー!」とか言われるけど・・・まぁ実際、すぐに物をどっかにやっちゃうし。少し前まで手に持ってたものをどこかに置いてしまって探すこととか多いし。怪我とかも多いんだよなァ・・。
これって、遺伝なのかな?だったら、嬉しいかも・・?
「九龍、怒ったときは、叔父さんやおっさんではなく『赤の他人のどこかのおじさん』とでも呼ぶと良いぞ?」
「そっかーわかったー!」
「うぅ・・・苛めだな・・?泣くぞー?」
お父さんに元気に頷いて見せると、叔父さんがいじいじとしだした。
あぁ、もうー!肩を竦めて、今にも座り込みそう・・。叔父さんって本当にわかりやすい人だなァ・・・。
足元に落ちてた叔父さんが投げ出した装備を拾って差し出す。
仕方がないなぁ・・・これから遺跡探索するのに気落ちしてどうするんだよ、もうッ!
「俺、格好いい叔父さんが見たいなァ〜?」
「よっしゃー!いくぞー!」
・・・・・・叔父さんって・・・。お、面白い・・。
知ってたけど、何度も引っかかる叔父さんって面白い。
「単純だろ?」
お父さんがにこやかに言うので、頷いて笑った。
「ホントだねー」
でもあんなところを見ていると、安心するんだ。
・・・・・叔父さんなんだなぁ〜って。

(・・・会いたいよ・・)

叔父さんが石碑のところに向かったから、お父さんと一緒に近づいた。
背の高い叔父さんとお父さんが並んでたつと、石碑・・・って言っても、単なる岩みたいなのに刻まれている字があるだけなんだけど・・・がまったく見えやしない。
「・・・・・・・・・・・うぉッ・・・・おい、兄貴」
「・・・・・なるほどな・・」
なんだかお父さんと叔父さん二人して頷き合っている。
なにー!?どうかしたのー!?見せて見せてッ!ぴょんぴょんとジャンプしてみようとするけど、全然見えない。
「どうしたの?」
叔父さんが顔だけ振り向いて、言った。
「九龍、ちゃんと聞いとけよ?」
「うん」
「ここの遺跡はかなぁぁぁりぃ、胡散臭い」
「うさんくさい?」
「きな臭い」
「きなくさい?」
うさんくさい・・・・・は聞いたことあるけど、きなくさい・・・はなんだろうか。
うさんくさい、はTVで聞いたことがあるけど、ちゃんとした意味を知ってるかというと、そうじゃない・・と思う。
変だ、とかいう意味だっけ?首を傾げて考えていると、叔父さんが何故か「いてッ!」と小さく悲鳴を上げた。
どうしたのかな・・?虫でもいた?
不思議に思っていると、お父さんが意味を教えてくれた。
「・・・・要するに、怪しいってコトだ」
「そうか、ありがとう〜お父さん」
「今度国語辞書をあげよう」
「あははは・・・頑張る」
やだなぁ・・・バカって思われた・・?うぅ、やだなぁ・・・。
ゴメンナサイ。勉強嫌いだから・・・あんまり・・・。中学も行ってないしなぁ・・。
叔父さんが教えてくれることはほとんど、サバイバル知識とか戦い方とかだし。
通信教育とか、受けてみたほうが良いのかなァ・・・。
日本語は・・・難しい言い方とか多くて困る。
国語辞書かぁ・・・それより日本語の本でも買ってもらおうかな?あ、勉強教えてもらおうかな。お父さんならしっかり教えてくれそうだし。
判らないこと、多くて・・・正直自分でも困ってるし。
「・・・それで、この遺跡はかなり怪しいワケだ。何故だと思う?」
叔父さんに言われて気を引き締めた。
ここでちゃんと答えて、見直してもらいたい!
「ほれ、これが石碑の文章・・ところどころ欠けてるけどな・・・でこっちが訳文」
H.A.N.Tをの訳文を指でなぞって教えてくれる。
真剣になって考える。えーとええっとぉ・・・あ、あぁっ!多分こうかな?
「・・・・んと・・・あ、人数制限がある・・よね?二人しか入れないってある・・と思う」
どうどう!?叔父さんあってる?
見上げて答えを待ってみる。でも叔父さんはにやけたまま、何も言わない。
間違えてる・・・?でも叔父さんのニタニタ顔は・・・うーん?
もう!どっちなんだよ・・・とぶすっとむくれると、お父さんが頭を撫でてくれた。
「よくやったな、合ってるぞー」
本当に?良かった!俺だって簡単な訳から読み解くくらいはできるんだからねッ!
本当に嬉しくて・・・笑った。だって、頑張ってるから・・嬉しくて!
叔父さんも誉めてくれないかな・・・でも、判るのが当たり前とか・・言われたり・・・?
こそっと伺うと、叔父さんはどこか遠くを見る眼で俺を見ていた。
どうしてそんな眼でこっちをみているのかわからなくて、叔父さんの顔の前で手をヒラヒラとしてみた。
「叔父さん?おーい?」
覗き込んでもっとよく見ようとしたら、急に引き寄せられて抱きしめられた。
「うわっ」
「んーっ!よくできましたッッ!」
・・・・・嬉しいな。そう言ってもらえると・・・頑張ってる自分を誉めてやりたくなる。
でも恥ずかしくて、顔を見せたくなかったから叔父さんの胸に熱い顔を押し付けて隠した。
「・・・お前は誉めるたびにそんな事してるのか・・・」
お父さんの呆れ声が聞こえたけど、知らない。
叔父さんにこうして抱きしめてもらうのは、とても好きだから。


(・・・・・・・・・もう抱きしめてくれない・・・かも・・・しれないけど・・・・。考えるな・・・考えるな・・・溢れて止まらなくなるから・・・・。この優しい夢をもっと味わいたい・・)


「で・・だ、怪しい意味は?判るか?」
「・・・・わからない・・ごめんなさい」
「まぁ訳文には、二人しか入れないとしか書かれてないからな・・」
優しく頭を撫でてくれる叔父さんの、服の匂いが好きだった。
暖かくて、いつまでも、ここに居たくなる。
「胡散臭い理由はだ。二人しか入れないという人数制限の理由。見たところ、そこの穴から進めるんだろうが、別に二人以上でも余裕で進めるはずだ・・」

(うん・・・今なら、わかる・・・あの時なんでもっときちんと聞かなかったんだろう?あの時なんで、もっと考えなかったんだろう?後悔ばかり・・・ずっとしてる。気がついて、行かないでって言って、対処をすれば・・・きっと変わってたのに・・)


「九龍、とりあえず進むが、俺が撤退を判断したら速やかに逃げること、いいな?」
「はい」
「俺より前には出ないこと、判ってるな?」
「はい!」
「お前の力頼りにしてるぞ?相棒」
「うん!」
どうしよう。叔父さんはこの前からうれしいことばかり言ってくれる。
欲しいと願った言葉ばかりくれるから、無意識にねだってるんじゃないかと心配してしまう。
でも・・・嬉しいんだ。頑張る!頑張るよ〜!
叔父さんに笑いかけて、自分の装備を準備する。
叔父さんから貰ったバングルを服の下に装備して、小振りのナイフを装着する。これは俺の宝物だから、使わなくてもいつも身につけている。
腰のベルトには、コンバットナイフをさし込んだ。ちゃんとこっちもホルダーがついてて、怪我の心配はない。
装備していると、お父さんと叔父さんの会話が聞こえてきて、ついつい耳をすませて聞いてみる。
「新情報だ。M+M機関もこちらへ向かっているようだ」
「あッ!?なんだって?」
「奥に大物がいるそうだ」
「・・・・・大物、ねぇ・・・・なんだって今まで手出ししなかったんだ?」
「危険度が重視されてなかったんだろう。秘宝もあるとは思っていなかったようだしな」
「・・・ちょっとまて。それ俺は聞いてないぞ!てか、秘宝は・・・ないのか?」
「秘宝はない・・が、秘宝への在り処を指し示す『モノ』があるらしい。それが何かはわからないが・・」
「なんだそりゃ・・・・くそッ!これ終わったらちっと九龍を任せて良いか?協会で暴れてくるからよー」
「まぁ、ともかく・・・無事でもどれ」
「あぁ、安心しろ。危険だと判断したらすぐ戻る」
「変わったな?昔は、無茶無謀無鉄砲の代名詞だったのにな」
「大事なもんができたからだな・・・・・な?九龍」
え・・・・・ええええっ!?
なんで、なんで・・・?気づかれてたの!?
除け者にされるんじゃないかって、不安に思ってるのも・・・ばれたかなぁ・・・?
そっと伺うと、鼻をつままれた。咄嗟に払いのけるみたいにして仰け反ると、叔父さんは笑いながら言ってくれた。
「ほれ、行くぞ?相棒」
叔父さんが背中を向けて、次のエリアへ続いている穴の方へ向かう。
暗い暗い、闇の穴。
瞬間、とてつもない恐怖が、身体を突き抜けた。
「・・・・・・・・・・ッ!」
咄嗟に袖を掴んで、引っ張った。
「・・・・・・・どどどどどど・・・・・・どぉあ・・・・どうした?」
叔父さんがどんな顔をしているか知らないけど、動揺している、と思った。
あぁでも。
でも。

お願いだから。

『・・・・・・行かないで・・』

(行かないで・・・この先に、行かないで・・・・・・・、イヤダ・・・行かないで)

「九龍?」
「え・・・?あ、え?今・・・・・え・・?」
「どうした、何か怖いのか?」
「・・・判らない・・・でも・・・叔父さんの背中見てると・・怖くなっちゃって」
「背後にいなくても良いぞ?横にいろ、な?」
「うん・・」
優しく頭を撫でられて、少し落ちついた。
「兄貴、俺達は先に行くが・・・大丈夫そうなら連絡をいれる」
「あぁ・・・先へ進まねば、判らないだろうからな・・」
「んじゃ、行くぞ?相棒?行けるか?」
「うん・・・」
「覇気がないぞー!?気合をいれろぉー!」
「はいっ!」
そうだよ。頑張らなくちゃ・・・。足手まといにはなりたくない。
気合だ気合ぃ〜!気合を入れろゥー!
「九龍・・・気をつけてな・・?」
目の前に来たお父さんに両肩を掴まれる。
見上げるとどこか心配そうな、労わるような顔をしていた。
「はい」
「危なかったらすぐに逃げるんだぞ?」
「はい」
大丈夫・・・叔父さんがいるから。
頑張ってくるよ。
「・・・・・九龍、いっておいで」
頭を撫でてくれるお父さんに笑って頷いた。
「いってきます」
走り出すと、叔父さんの元へ向かった。
あれ?どうしたのかな・・・怖い顔をしてる・・気がする?
「叔父さん、お待たせ」
「おぅ、行けるか?」
「うん!」
気のせい、だったのかな?
笑顔で頷くと、叔父さんはいつものデレ〜としたにやけた顔じゃなくて、引き締まった迫力のある笑みを浮かべた。



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