フォントサイズを自由に変更できます

読みやすいサイズをお選びください
捏造未来長編「九州ヘボハン漫遊記」
序章「桜とカレーとジャージと鬼」
その8


「甲太郎ーッ!!!」
「大丈夫かっ!?」
葉佩と夕薙の声が微かに聞こえるが、返事をする余裕はない。
爆風に煽られ、視界が土煙で見えなくなった隙を死角から喪部の攻撃が襲いかかってくる。
「ッ!!!」
身体を捻り避けると、そこへ銃弾が飛んでくる。
紙一重で避ければ別の方向からナイフの攻撃!
「――ッ・・・・はッ!」
手の甲を掠り血が流れるが、構わずカウンターの蹴りを放ち、一撃で沈める。
(・・・数が多すぎる・・・)
「ククク・・・動きが鈍くなったんじゃないかい?皆守甲太郎」
「・・・・お前に名前を呼ばれると、虫唾が走るんだが」
「僕はキミの存在自体が目障りで虫唾が走る思いだよ」
「そりゃ、良かったな・・ッ!」
「・・・くッ!」
鬼に変生した喪部は素早い。速さ重視の蹴りは何度か当たったが、威力はないので決め手に掛けていた。
その上、20数人の黒スーツの男達が、隙を伺い武器を手に襲いかかってくるので体勢を整える暇すらなく、ひたすら避けてはカウンターを繰り返していた。
さすがに疲れ、動きも鈍るものだが、喪部に指摘されると腹立だしいことこの上もない。
斜め背後からの銃弾をしゃがんで避け、片手を地面に手をつき、近くに居た男に足払いをしかけ倒し、その勢いでかかと落しを脳天に御見舞いする。
「あ、それ、俺の得意技ー!」
少し離れた位置で叫ぶ葉佩の声を無視し、身体を起こす。
前方からの銃撃を見切り、同時に発砲された左右からの弾道は後方に下がり避け、身体を後方へ向けながら背後にまわし蹴りを放つ。
「うごぁっ・・・」
ドサリと地面に崩れ落ちる音に重なるように、暢気な声が聞こえてくる。
「12にんめー」
「・・・・・何やってるんだ、あいつは」
声の方角を一瞬見ると、夕薙の背後に立ってこちらを楽しそうに眺めている姿が目に入る。
夕薙は前方の敵と対峙していた。
「――余所見をするのは、感心しないなァ!」
ヒュッと風を切る音に、咄嗟に反応しわずかに右へ身体を捻り、空振りした相手を蹴りで吹き飛ばす。
「キミも夕薙大和も、余程『彼』のことが大事なんだね・・ククク・・・面白いよ」
「・・・・何がだ?」
「僕はね、絶望に縁取られた人間の慟哭が好きなんだよ・・彼・・・九龍を血まみれに引き裂いてやったら、キミ達はどんな風に叫ぶんだろうね・・」
「・・・・・悪趣味なヤツだな・・・」
挑発には、乗らない。怒りや殺意を、深く深く沈ませる。
殺意や強い怒りは、気を散らせる。
(挑発して相手を刺激し、隙を作らせる・・・か、姑息な手段だな)
相手をバカにしたような笑いをし、見返すと、黙り込んだ喪部が何かを指示した。
「えッ!?タクティカルL!?」
葉佩の驚く声と共に、それはまたも火を吹き爆音を轟かせた。
当てる目的ではないそれは、煙幕代わり。
先ほどの爆発音も、同じ目的で放たれた。2度目のそれは皆守の立ち位置の少し前方に着弾した。
見切りの<力>はどうやら喪部に見破られたか、情報が渡っていたらしく、執拗なほど眼潰しを重点に攻撃を仕掛けられている。
爆風の中、気配を探る。
「――ッくっ!!」
銃声の方角と、勘を頼りに避けていき、近寄り潰す。一人をなぎ倒したところで喪部の気配がすぐ背後に。
前転の要領で前に逃げ、近くに居た男を蹴り飛ばす。
「くッ!」
体勢の崩れた隙を喪部の執拗な攻撃が襲いかかる。避けきれないと瞬時に覚り、傷つく覚悟でカウンターを仕掛けようとしたが、自分の目の前に滑り込んできた影に動作を止める。
「なッ!九龍!?」
「クククッ・・・まさか跳び込んでくるとはね・・・ッ!」
「うッ・・・くッ・・・」
三節棍で喪部の爪を受け止めている当たりから、ぎりぎりと音がする。
「さぁ・・・・捕まえ・・・」
「させるかよッ!」
喪部が空いた左腕で葉佩を捕らえようとするのを、横合いから蹴り飛ばし強引に引き離す。
「はぁはぁ・・・痛かったー」
左腕を抑えため息をつく葉佩を睨み、怒鳴りつける。
「なんで、跳び込んできた!こっちに来るなと言っただろ!?」
「・・・・・お前がモリリンに怪我させられそうになってたから」
「バカか!あいつの狙いはお前なんだよ!その前にほいほいと飛び込んでくるな!ヘボハン!」
「お前が傷つくのを見てみぬ振りは、ぜっっったいに出来ないッ!誰が止めたって俺は行く。いくら甲太郎が何言っても、知らない」
「・・・・・・・・なッ!・・・・ッ九龍!」
言われた言葉に絶句し呆けていたが、喪部が跳びかかってくるのを見て葉佩を引き寄せ避ける。
「わッ!」
「――ッ!」
一撃は避けたが、素早く方向転換し返された鋭い爪が迫る。
(くそッ!!)
自分が避ければ葉佩に当たる事を読むと、身体を盾にするように葉佩を抱き込んだ。
「ば、バカッ!!!どけー!」
暴れる身体を抑え込み、背に来るであろう衝撃を待つが・・・。
「・・・?」
「あ、大和ッ!」
腕の間から皆守の背後を見た葉佩の声に、状況を悟る。
葉佩の身体を離し、振り向くと、喪部を相手に豪快に寝技で締め付けている夕薙が居た。
「・・・・悪いな、大和」
ふと、自然に出た感謝の言葉に、自分で驚く。
盾になった瞬間、思い出したのは解放の朝暁の光の中で見た葉佩の泣き笑いの表情だった。
(あれをもう見たくない、と思ったんだ・・)
するりと滑り出た感謝と安堵の気持ちに、居た堪れなくて夕薙を狙おうとする黒スーツの男を蹴り倒す。
「いや、なに、ついでだ」
そして何故か呆気に取られ力を抜いてしまったのか抵抗され、慌てて喪部を抑え込みながら短く返す夕薙の顔は心なしか、少し赤かった。


言いたいことは山ほど合った。
けれど、このチャンスを逃す手はない。
「後でゆっくり膝斬り談判しようなー甲太郎・・・」
ぼそりと呟くと、驚いたように振り向く皆守が「それを言うなら、膝詰めだ!」と叫ぶが、無視をし残る男達と向き合った。
「九龍・・・あとで日本語の勉強しような・・・本当に・・」
喪部を抑え込む夕薙がしみじみと何か言っているが、それも無視する。
「おじさん達、覚悟ぅー!」
「酷いべ〜まだ、20代だべよ〜」
「ちょ、おい、支部長殿をお助けせねばー!!!」
「おい、オヤジ、ランチャーぶっ放て!あ、でも、当てないで煙幕で」
「その隙に捕まえるッ!」
「できないッ!できるわけがないッ!娘と同じ歳の子を撃つなんて無理だ!たとえ煙幕代わりでも無理だ!」
「オヤジ、あっちの不審者さんは撃ってたじゃん」
「あれは馬の骨だからだ!」
「オヤジ、また幻聴か幻覚でも見たのか?なんか冷や汗掻いてるし顔色悪いぞ?」
「実はだな・・・・娘と2人きりで良い雰囲気の馬の骨がだ・・・・・・ぐふっ・・コレ以上言ったらパパは死ぬッ!」
「娘さんとうとう・・・・・」
「違う!違うぞッ!!妙な想像をするな!」
「オヤジ・・、何だったら俺が娘さんを彼女に・・・」
「殺ッ!!!」
「うぉっ!!ランチャー振り回すなよ!」
相変わらず、内輪で盛り上がる男達を前に葉佩は考え込んだ。
(・・・・タクティカルL良いな〜俺まだ持ってないんだよなぁ・・・・よっし・・ハントしようッ!)
ニヤリと笑い、にじり寄る。
「ね、おじさん!」
「え、はい?」
「ううん・・・・・おとうさん」
「――ッ!!!!」
オヤジと皆から呼ばれる男は、何故か動きを止めると、サングラスの下から滝のように涙を流し出した。
「お父さんと、お父さんと、呼んでくれるかッ!」
「オヤジーおーい、ボーナスさんは娘さんじゃないぞぅー?」
同僚の野次すら耳に入らないようで、オヤジはひたすら男泣きに泣いた。
「でね、お父さん。あのね・・・おれ・・じゃないな・・・私、それ、欲しいなァって」
「そうか、そうか・・・でも、これは父さんの仕事道具なんだ・・」
「・・・お父さんのケチッ!キライーッ!」
「ガガガーン!!!!!」
(そんなに俺、娘さんに似てるのか・・・?)
ふと疑問を感じつつ、背後の気配を探る。
夕薙はまだ喪部を抑えつけているようだ。
(さすが、元柔道部!もうちょい粘ってねッ!)
逃げを優先するべきなのだろうが、タクティカルLは買うととても高い。貧乏ハンターな自分にはとても手が届かない代物だ。喉から手が出るくらい欲しい。内心焦りつつも、ランチャー欲しさに泣き笑いの顔を作り、微笑む。
(物欲の為になら、仮面を被るぜー!!!!)
今なら千の仮面持つ少女とも張り合えるような気分で、オヤジに挑む。
「・・・・・・・・・・おい、九龍、アホやってないで、とっとと逃げるぞ?」
どうやら夕薙周辺の敵は倒したらしい皆守が、何時の間にかに背後に立っていた。
それを見て、ニヤリと心の中で笑う。
「パパッ!助けてッ!」
皆守の登場に驚いた振りをして、父親(仮)に助けを求める。
「なッ!?」
唖然とする皆守を無視して、父親(仮)の背後に逃げる。
「貴様ッ!!!娘は、娘はやらぬぞーッ!!」
「おいおい、オヤジ、その子は娘さんじゃないぞー息子さんだぞー」
「なんと!生き別れの息子であったかー!」
「オヤジがなんか、錯乱してるぞ・・」
「パパ・・・お父さん、お願いッ!その武器を頂戴?あいつを撃退するから・・」
言いながら肩もついでに揉んでやる。親孝行効果狙いで。
「あぁ・・・・・良い子だな・・・。ほら、これで思う存分撃退するんだよ?」
そッと手渡されてもすぐに受け取らずに、オヤジを見つめ出来るだけ可愛らしく小首を傾げる。
皆守が「げっ」と声を出したが、黙殺する。
「本当に、良いの?貰っても」
「あぁ!お前に使ってもらえるんなら、コレもきっと満足だろうさ!」
「じゃぁこれにサイン頂戴?」
「あぁっ!!!」
持っていたメモ張に手書きで譲渡書を書き、サインを貰う。
「やめろー!」とか「正気に戻れー!」とか「ダマされてるぞー!オヤジー!」とかいう叫び声が聞こえたが、笑顔で黙殺しておく。
「ありがとうッ!」
サインを貰い、タクティカルLを受け取ると、長い紐でくくり肩から下げる。
両手が開いたところで、御礼を言いながら抱きつく。
「とても嬉しいッ!ありがと、大好きッ!」
「あー父さんも幸せだぞ・・・」
滂沱の涙を流しつつ、むせび泣くオヤジを見、少々罪悪感にかられたが・・・・。
「それと・・・ごめんね?」
「へ?」
ガスッと拳を鳩尾に一発入れる。崩れ落ちたオヤジの身体をそっと地面に横たえた。
「あぁぁぁー!酷い!オヤジの純情をッ!」
「ボーナスさん、悪魔ッ!」
「子悪魔だべ〜!」
「人でなしー!」
「鬼ー!うちの上司とおんなじ鬼ー!どうだ、嫌だろッ!」
「お、お前、聞こえてるぞ・・?」
「ウソですー!」
叫ぶ男達の声を再び黙殺すると、手に入れたタクティカルLを惚れ惚れと見つめた。
「九龍・・・・・お前な・・・・・・・」
「だってさーこれ買うと、滅茶苦茶高いんだよ?良いじゃん。ちゃんと譲って貰ったんだし」
「・・・・・・どこの悪徳業者だ」
「ロゼッタのでーす!」
「ロゼッタの真面目にやってる奴らに今すぐ謝って来い」
「ふん。結果よければ全て良しなんだよ!あー嬉しい〜」
皆守はすりすりとタクティカルLに頬擦りをしている葉佩を呆れたように見ると、ふと何かに気がついたように走り出した。
「ん?どうし・・・?」
「――ッ!くぅッ!!!」
「大和ッ!」

抑えつけていた腕を鋭い爪で斬りつけられて、咄嗟に相手を地面に押しつけ飛び退いた。
斬られた腕を見ると、シャツの袖がぱっくりと切れていた。
「おい、怪我は!?」
走り寄ってきた皆守に、その腕を見せる。
「あぁ。厚手のシャツのお陰で、薄皮一枚といったところだな」
「大和、大和ッ!大丈夫か!?」
「九龍・・・・・・良かったな、その武器貰えて」
「お、怒ってる??」
「ははは・・・あとでゆっくり話をしような?」
「うぅ・・・すいません。目先の欲に弱いんですッ」
「はははは」
「あうー」
(九龍の、貧乏性にはもう慣れたからな・・)
内心では、それほど怒ってはいない。
遠目から見ていたが、やり方こそはあざといけれど、目的に対して容赦なく突き進む態度は好ましいと思っている。
思っているが、しかし、時と場合を見て欲しいというか、もう少し自分自身を労わって欲しいとも思う。
視線の先の葉佩の顔色は出血のために、青ざめていた。
「顔色が更に悪くなったな。良いからそこに居てくれ」
そう言うと、葉佩を背に、喪部と向き合う。
「――よくもこの僕を、地べたに這いつくばせてくれたね・・・・夕薙大和」
「そりゃどうも。どうだい?地面もなかなか良いだろう?」
「――・・・・クズどもがッ!」
「フン、ようやく本性を出したか、喪部」
「いい気になるなよ、下等で下賎なお前達に、優れた僕が遅れを取るはずはないんだ」
「そーやって、他人をバカにしてるから、痛い目に合うんだって」
葉佩が挑発するように、言うのを聞き、身体を何時でも迎撃できるように身構えた。
「・・・・・九龍・・・・そうか、そうだったね・・・クククッ・・・アハハハハッ」
「何がおかしいんだよ?」
皆守が不愉快そうに、言い放つ。横目で見れば、同じように身構えたまま立っている。
「今すぐに、キミの目の前でこの2人を引き裂いてあげよう・・・」
「何言ってんの。やらせるわけないだろ?断固阻止するッ!」
「九龍、お前はそこに居るんだ」
「足手まといだ。そこにいろ」
「そうだね・・・本気になってしまうと、殺戮にかられて大切なキミを誤って殺しかねない。そこで見ていると良いよ、九龍」
三人に一斉に言われて、葉佩は呆気に取られて立ち止まった。
「・・・・なんか、モリリンに言われると無償にムカツク」
「大事なキミを壊しかねないからね・・・・この2人を殺したら、キミは僕のものだよ」
「ぎょ・・・・ぎょえっ!なななな・・・なにいってんだー!」
慌てふためく葉佩を更に背後に押しやった。その背後にも黒スーツの男達が4、5人居たが、それはどうにかなるだろうと視線を前に返した。
「九龍、絶対にそこよりこちらへは来るなよ」
「お前は逃げる準備でもしとけ」
「うぅ・・・・僕のものって僕のものって・・・何・・・ジャイアニズム?ジャイアン万歳?」
(お前がそんなだから、突け込まれると思うんだがな・・九龍・・)
いちいち、喪部の発言に動揺する葉佩を見て、夕薙は再びため息をついた。
明らかに、その態度に愉悦を覚えている喪部を睨みつける。
「フフッ・・・キミをボクの所へ攫うのも、悪くはないね・・」
「喪部、お前の言い方は、まるで九龍を嫁にでも貰うような言い方だな。そんな趣味でもあるのか?」
「――面白いことを言うじゃないか、夕薙」
「どうなんだ?」
「そうだと言ったら?」
「親友をそんな危ない道に落すつもりはないからな、全力で阻止するよ」
「そうか・・・それなら、そうと言っておくか・・クククッ愛しきキミよ、我が元へ来れ、とね・・」
「甲太郎、俺がサポートする。全力でいけ」
「言われなくても、そうするさ」
「クククッ、さぁゲームの始まりだ」
飛びかかる喪部を迎え撃とうと、構える。集中する背後で、
「・・・・嫁・・・・嫁・・・って・・・・」
と愕然と呟いている葉佩と、それを慰める男達のぼそぼそ声が聞こえていた。
「ボーナスさーん!マジ逃げたほうがよくないか・・?」
「ボーナスさん、男だよな・・?上司ってそーゆー趣味!?」
「モテモテだべな〜」
「ボクのもの・・ってすごいな・・。攫うとか。女の子相手に言ってみるかな・・今度」
「やめとけ!!確実にふられる!」
(・・・・九龍のことは、気にしなくてもよさそうだな・・手出しする気配は、ないようだしな)

「・・・・・・ッハッ!」
素早い動きで飛び退る喪部を、夕薙の月の波動が襲いかかり、それを避けようとする喪部に上段蹴りをくらわす。
その連携プレイで、喪部の動きはどんどん鈍くなっていく。
(・・・・奇妙だな・・)
斬りかかってきた鋭い爪を左に回避し、カウンターで蹴り飛ばす。
「まさか・・な」
「どうした、甲太郎」
蹴りを放った後、素早く飛び退り、夕薙と並ぶ。
呟いた声を聞き止めた夕薙が、波動で喪部を追い討ちしながら小さく問い掛ける。
一度目に戦った後、符に変化したことを伝えると、夕薙は顎に手を掛けて考え込む。
「クククッ・・どうしたんだい?怖気づいたのかい?」
「いや、ちょっとした作戦会議だ」
「作戦なんて立てても無駄だと思うけどね」
応対する間も、夕薙の視線は喪部を観察するように見ている。
「・・・お前が感じた違和感は、当たりかもしれないな」
「あぁ・・」
「符は、紙だといったな?」
「そうだが・・・?」
「20秒・・・いや、30秒、ヤツを引きつけてくれ。合図したら即退避で」
「――・・・・・大和、お前まさか」
「あぁ。そのまさかだな」
「判った。30秒だな」
頷き合うと、夕薙は背後に立つ葉佩のほうへ走っていく。
その姿を見送ることはせずに、走り出す。
こちらを迎撃しようと、身構えている喪部の足を狙い払うが避けられる。その隙を爪が襲うのを見切り、飛び退り、真横へ蹴りを出す。違う方向から、素早く襲いかかってきた相手に、当たり、怯んだところを蹴り上げ、蹴り飛ばす。
(20秒・・)
相手が、立ちあがる隙を殴りつけ、その顔めがけて膝蹴りをいれる。
声もなく、地面に伏したところで、その場を飛びのき、距離を空ける。
(30秒!)
「甲太郎!爆風に気を付けろ!」
「あーーーーっ俺のタクティカルランチャーッ!」
声と共に、喪部の居た位置に、タクティカルLの爆弾が命中する。
「え?あぁぁっ!モリリン!」
「九龍、行くな!」
「殺すのはダメだって、あれだけッ!」
「殺してはいない」
「え?」
言い争う2人に近寄りながら、気配を探る。
「よく見てみろ、符だろ」
「・・・・フ??・・・・見えないよ・・・あ、見えた・・けど・・うーん?」
遠くからでは見えないのか、目を細めて爆風が収まるのを待っている葉佩の真横に立つ。
一瞬交差した視線で、夕薙が何を考えているか悟る。
「なんか、小さいのが燃えてる・・・かなぁ・・・?」
「九龍、持ってるんだろ・・・逃げるための道具」
「あぁ、うん・・・なんで知ってんの、甲太郎」
「・・・お前が丸腰で居るはずがないからな・・ソレを、あの辺に投げろ」
「・・・?うん、わかった」
小さく言った言葉に、素直に頷くと、ごそごそとジャージの上着からボールのようなものを取り出すと、振りかぶって投げた。
それは直線に勢いよく飛んでいき、フェンスに当たる直前で何かにぶつかり、弾けた。


「ぐあッッッ!!!眼がッ眼がぁッ!!!」
そこに唐突に出現した、人間の姿のままの喪部は、眼を抑えて身悶えた。
正面で弾けた閃光に眼がくらんでいるのだろう。
(・・・甲太郎と、大和、よく判ったなァ・・・。侮りがたし!)
符を喪部は自分自身に変化させ、戦わせ、疲れさせるなり何なりし油断したところを襲うつもりだったのだろう。
それを見破り、不意打ちまで成功させた2人に、拍手喝采をしたい気持ちを抑えて更に懐を探る。
手に当たる、三つのボール状の物体に、葉佩はニヤリと笑った。
「うわー眼がぁぁー!」
「眼がぁ眼がァァーー!生ム○カっぽいぞ、俺ー!」
「アホなこと言うなよ・・・でも眼が、まぶしぃー!」
「まぶしいだべ〜〜反省しただべ〜許して!ボーナスさん!」
他の男達も、眼を抑えて悶えている。
「九龍、逃げるぞ!」
ぐいっと、肩を掴まれて強引に数歩歩かせられるのを、振り払って立ち止まる。
「や、大和ッ!ごめん、ちょっとまった!」
「なんだ!早くしろ」
「大和は、先に行ってて。車何時でも出せるように待ってて」
「何を言ってる!」
「実はまだ、持ってるんだよね・・・爆弾シリーズ」
「・・・・九龍・・・お前、それ・・」
皆守が、横合いから葉佩の手元を見、一歩下がった。
「ふふふーん・・・セクハラトークの恨みを晴らしてから、追いつくよ」
「・・・・はぁ・・・なるほどな。では先に行ってる。甲太郎、九龍を頼む」
「あぁ・・・ものすごく、嫌だけどな・・」
夕薙は皆守の返事に軽く首を傾げたが、くるりと踵を返して走っていった。
「なんで嫌なん?」
「・・・・・・・・・お前が、俺と戦ったときに・・・・投げたからだろ・・・」
「あぁ、投げた投げた!」
「お陰で制服の上着からはクリーニングしても匂いが取れないしで、散々だったんだぞ・・」
「でも着てたじゃん、2着持ってたとか?」
「あれは阿門に借りてたんだ」
「あぁー、もんちゃんにかぁ・・」
「その呼び方はやめろ」
「本人も気に入ってたけどなぁ・・・んじゃ、投げます!」
「早くしろよ。そろそろ目潰しから回復する頃合だろうしな」
「大丈夫!くらえ!スタングレネード!」
ボン!と喪部の足元で爆発させると、周囲の敵が崩れ落ちる。
気絶させる効果のある爆薬は逃げるのに重宝している。
「ちなみに高い・・・自腹だぞー!!」
「良いから。さっさとやれ」
「へいへいー!んじゃ・・・よくもセクハラトークをかましてくれたなー!くらえ、痴漢めー!」
喪部は膝を付いたまま気絶をしているようで、動かない。
その頭目掛けて、牛乳爆弾を投げつけた。
「・・・・・・あれは、いつ作ったんだ?」
「いつかな?牛乳は生徒会室でハントしたヤツだけど」
「・・・・・・・哀れだな・・」
低く掠れた声でしみじみと言った皆守を、不思議に思いながら続けてもう一つの爆弾を投げた。
「えーい!傷口の恨みぃー!」
「あれは、もしかして・・・?」
「カレー爆弾」
「・・・・・・・・・・・・九龍、お前、俺に喧嘩を売っていると思って良いのか?」
「え、なんで!」
「カレーを、あれほど、粗末にするなと、何度も言ったよな?」
「笑顔が恐ろしいですッ!」
「ふん、まァ・・・あとで膝を詰めて話すんだったな?」
「そ、それは俺がお前にで・・・」
「あぁ、聞くけどな、お前にも話しがある」
「・・・うぅ・・・・・大和と甲太郎の説教コースは確定なのかぁ・・・」
うなだれる葉佩の腕を取り、皆守は歩き出した。
「とっとと、行くぞ。遠くでサイレンが聞こえてきてる」
「サイレン?」
「警察だろうな、厄介なことになる前に、行くぞ!」
「あーテロとか思われてたりしてなぁ・・よし!逃げよう!」
走り出そうと、数歩歩いたところで、足がもつれて派手に転んだ。
「あれ・・?」
地面に張り付いたまま、疑問に思う。
「・・・・・・地震?」
地面が波だった様に揺れていた。


「は?別に揺れてないぞ?気のせいじゃないか・・・・・九龍?」
いつまでも地面に張りついたまま、じっとしている相手を覗き込む。
「お、おいッ!」
「めが〜まわるぅ〜」
「ばッ・・・・バカだろお前・・・あぁバカだったな・・」
あれだけの怪我と失血で、無理をして動き回っていたのがまずかったらしい。
爆弾など投げていないで、素直に逃げていればこうはならなかったんだ、と怒鳴りつけたい気持ちを抑える。
葉佩は地面にうつ伏せたまま、じっとしている。余程眩暈が酷いようだ。
(このバカは一生治らないんだろうな・・・・)
はぁ、と何度目か判らないため息をつくと葉佩の肩を掴み、起き上がらせた。
「どうする?」
「へ?」
「抱き上げるのと、背負うのと、荷物持ちで運ぶのは、どれがいいんだ?」
「げげんッ」
「歩けないなら、抱えていくしかないだろ・・・警察も来てる、早く選べ」
「うぅぅぅぅ・・・・・・・」
「そうか・・抱き上げるのが良いんだな?」
にっこりと笑いを作りながら、目線を合わせると、葉佩は苦虫を噛み締めたような顔をして頭を振る。
「・・・・・・・背負うで・・お願いします・・」
「ッたく、仕方がないな・・」
背中に脱力した身体を乗せると、立ちあがる。軽い。
「・・・・お前、もうちょい食べないと、背、高くならないぞ」
「ほっとけー」
「お前まだ、切り詰め生活やってんのか?」
何度か飢えて倒れていたのを思い出す。
学園に居た頃は遺跡の所得物をどうにか料理して食べていたようだが、一日一食が限度で。
パンを買えなければお菓子を食べれば良い!とか言っては、安い駄菓子やパンの耳を食べていた。
「最近は大和おっかさんに食べさせられてます・・」
「・・・好き嫌いも出来ないな、それは」
「残したら食べるまで、ネチネチと御説教です・・・」
「・・・・・・お前には良い薬だろ」
「うぅ、けどなー!あいつは納豆一族なんだぞッ!」
「なんだそりゃ」
「納豆大好きな一族です」
「・・・・・未だに納豆だけはダメなのか・・」
「ダメッ!あれを食べるくらいならモリリンの嫁になったほうが、まだマシ」
「・・・・・・・嫁ってな・・お前・・・」
どうやら鬼だから納豆は食べないだろうという意味らしいが・・・・。
「モリリンで思い出した!甲太郎、走れ走れーッ!」
「なんでだよ?」
「そろそろ起きると思う。また来るよー!」
「・・・・元気そうだな、歩け、このヘボハン」
「ヘボハン言うなー!お願い!お願いしますッ!鬼が来るー!魔王が僕を攫いに来るー!」
「おいッ!じたばた動くな!落すぞッ!」
そう言うと、とたんに大人しくなって身体を預けてくる。
今までの会話も、葉佩の意地の現れだったようだ。
(相変わらず意地だけは、無駄に張りまくるヤツだな・・・)
心配をかけさせるのが嫌だ、と言っていたことを思い出してため息をつきたくなる。
(何度言っても判ってないみたいだけどな・・・)
脱力した身体が落ちないように、抱えなおして若干スピードを上げながら歩く。
「なァ・・聞いて良いか?」
「ん?」
「お前は自分が狙われていることを知ってたんだろ?」
「うん、協会からも、警告貰ってた」
「なのに、何故今日一人で来たんだ?」
「・・・・・・・・・は?」
「今日俺を呼び出した理由は何なんだ?」
「え?甲太郎、それ素でいってんの?」
「あァ・・・それにお前、なんで途中で逃げなかったんだ?」
「えーっとー」
「人気のないところへホイホイと連れて行かれている間に、なんで逃げようとしなかったんだ?」
「甲太郎さ・・・もしかしなくても、かなりお怒り?」
「当たり前だ」
「・・・・・・・・・」
「おいッ?」
「・・・・・・・・・」
「九龍?」
「・・・・・・・・・」
無言になった葉佩の気配を探るが、気を失っているわけではないようだ。
「言えないことなのか?」
「・・・・・」
「何とか言え。言わなきゃ落すぞ」
何も言わない葉佩に、苛立って、ふるい落とそうとしたとき、前方からバックしてくる車が見えた。
隣に並んでゆっくり窓が開く。
「何してるんだ、早く乗れ!」
夕薙が窓の向こう側の運転席から声を掛けつつ、ドアを開ける。
その瞬間。
「大和ーッ!!!このボケボケボケボケカレーバカになんか言ってやって!!!」
「誰がボケだッ!!!!」

信じられない。なんてヤツだ。なんだコイツは。
ぐるぐると頭の中を駆け巡るのは声に出ないほどの、脱力交じりの呆れた言葉。
車の後部座席に、皆守と並んで座りながらも、お互いそっぽを向いていた。
(もー!このカレーバカを誰かどうにかしてー!)
「九龍、車を換えるんだろ?ポイントはどこだ?」
夕薙の声に、脱力する身体に力を込める。
血を失い貧血を起こしている今の状態は、声を出すのも力がいる。
「ポイントは・・・えーと・・・Rの5614と、Yの3776の2箇所。Yポイントに救護班いるから俺事引き渡しちゃって〜」
「救難信号、いつ送ったんだ?」
「俺が狙われているのは判ってたから、何か合ったらH.A.N.Tを通じて救難信号がでるようになってたんだよ・・」
「そうか・・少し飛ばすが・・・・寒くはないか?」
「大丈夫」
夕薙の労わりに笑顔で応じる。
「おいッ」
「なんだよ、カレーボケ星人」
不機嫌そうな声に喧嘩腰で答えると、皆守はムッとしたような顔をしたが、無言でその上着を脱いで投げてきた。
「ほへ・・?」
「かけとけ」
その言葉に呆気に取られる。
「真っ青な顔で大丈夫といわれても信じられるはずがないだろ、このヘボハンッ」
「なッ!」
「血を、流しすぎて体温が落ちてるんだろ・・・・震えてるのは、ばればれだぞ」
「・・・・・・・・・・ありがと・・・」
「ふんッ」
小さく礼を言うと、またもやそっぽを向かれた。
どうやらかなり機嫌が悪いらしい。
それなのに、小さな気遣いを忘れない。その優しさを再確認して、心が温かくなる。
その事に背を押されるように、おずおずと切り出した。
「あのさ・・・・甲太郎」
「・・なんだよ・・」
「本当の本当に、今日呼び出した理由見当もつかない?」
「つかないな」
「・・・・・本当に?」
「くどいッ」
夕薙をそっとみると、彼は運転をしながら面白そうにこちらを時々、見ていた。
目が合い、肩を竦ませると、夕薙も同じ仕草で返してきた。
(・・・・・・本当に、このカレーボケをどーにかしてッ)
「じゃぁ、言う。俺・・・もうそろそろ本気で限界だから、今言う以外の聞きたいことが合ったら大和に聞いてね」
「あァ」
「うーん・・・・甲太郎、もうちょい近こうよれ」
「は?」
「いいからッ!」
膝がつくくらいの距離に来てもらったところで、強引に抱き寄せた。
「なッ!?」
驚く皆守の背をポンポンと叩いてあやしながら、今日、ずっと会って一番に言いたかった言葉を捧げる。
「誕生日、おめでとうッ・・甲太郎」
「――ッ」
「驚いた?本気で忘れてたんだな、お前・・・」
そっと、身体を離して向き合う。
その眼を見ながら微笑んだ。
「あの墓から開放されて、生き永らえて・・・初めての誕生日だよ・・」
「九龍・・・」
「お前の道は続いてる。ずっと。この先も・・・」
「・・・・」
「こうやって、ちゃんと、向き合って言いたかったんだ。本当に、おめでとう」
「――あぁ・・・」
ほんの少し、照れたような笑みを口元に浮かべた皆守を見て、葉佩は嬉しくなって微笑んだ。
微笑んで言った。実はもう、意識を保てるぎりぎりなのだが、それでも口にした。
「お・・・お祝いに・・・歌を歌いますッ」
「・・・・・・は?」
皆守はまるでイソギンチャクが空を飛びますとでも言われたかのような、奇妙な表情をして固まった。
その眼を見ながら、歌い出す。
「♪はっぴぃ〜〜ばーずでぃ〜ぢゅーゆー♪」
音感−5の皆守ですら、耳を抑えて唸りたくなったほどの、我ながら完璧な歌声だった。

「甲太郎、甲太郎、生きてるか?」
「あぁ・・・・」
脱力してぐったりと座席に背をもたらせながら返事をする。
あまりの歌の下手さに、耳が痛い。
「・・・・こいつの歌は立派な破壊音だな」
「そういうな・・、お前に歌ってやるために昨日、2時間も練習してたんだぞ」
「・・・・・お前付き合ったのか?」
「・・・・・ラブミーテンダーを歌うのをやめさせただけ、ありがたいと思っておけ」
何故誕生日のお祝いでそのチョイスなのか・・と言いたくなったが、抑え込む。
かなり短い歌ですらあの威力だ・・。夕薙の苦労は窺い知れた。
「悪かったな・・」
「ふぅ・・・・それより、九龍は眠ったか?」
「寝たというか昏睡した感じだな」
真横を見れば、皆守の肩に頭をもたらせて、静かに目を閉じたまま寝入ってしまった葉佩が目に入る。
彼は思う存分楽しげに歌い終わったとたん、「寝る。あとよろしく」と呟いて目を閉じてピクリとも動かなくなった。
「はははは・・・まァ緊張の糸が解けたんだろう・・」
「おい、大和・・・こいつは狙われているのを知ってて一人で、わざわざ・・・祝うためだけに、俺を呼び出したのか?」
「動揺してるのか?言いたいことがまとめきれていないようだが」
「うるさいッ・・いいから答えろ」
「答えを言うまでもないだろ。お前が考えていること、そのままが事実だろう」
「・・・・連れて行かれる途中で逃げなかったのも、か?」
「あぁ・・・そうだろうな。騒ぎを起こせば、お前が心配するとか考えて人気のないところでこっそりと処理しようとしたんだろうさ」
「・・・・・アホだな」
「あとで説教だ」
そう言いながらも、夕薙の声は穏やかだった。
(・・・・・俺もだな・・)
狙われているのにたった一人で公園に来たことも、人気のないところへ逃げ出さずについていったことも、怒るつもりでいたのにすっかり気が削がれてしまった。
自分がどんなに危なくても、『友』のために、ただそれだけのために。危険すらも承知の上で。
(ホントに・・・アホだな・・・)
「バカだな、ホント・・・九ちゃん」
ベシッと軽く頭をはたく。
「うぅーん・・・いや〜んセクハラァー」
「・・・・・・・甲太郎・・・・何やってる」
「なッ!!俺は軽く叩いただけだぞ!」
「・・・・・・・・・・・・叩くか・・甲太郎、目的地に着いたら、九龍の頭の怪我のこと後でじっくりと聞かせてもらうからな」
「はァ?」
「そのまえに、言い忘れてたな」
「あ?」
「誕生日おめでとう。今年もよろしく頼むぞ」
「・・・・・・・・・・・新年の挨拶とごっちゃになってるぞ・・・大和・・・」
「まぁ、お前にとっては新年迎えたようなものだろ。変わりはないさ」
「――そうだな・・・こんな始まりも・・悪くはないな」
最後の言葉は小さく呟いて、葉佩を見、窓の外を見た。
桜が時々街路樹に見え、緑は綺麗に輝いている。
黄昏だけの、閉鎖的な世界とはまるで違う、活き活きとした世界。
「うー豆ばくだーん」
寝言を暢気に呟いている葉佩を見て、皆守はそっと口元に笑みを浮かべた。
「・・・ありがとな・・九龍・・」

(終わり)



【感想切望!(拍手)

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】


<九龍妖魔TOP> <TOP>