「九龍ッ!・・九龍、大丈夫か!?痛いのか?」 突然、自分を見てボロボロと泣き出した葉佩に焦る。 急いで走り寄り、座り込む葉佩の怪我を探る。 酷い。腕の怪我が一番酷いようだが、頭の傷も無視できない。 ただでさえ、頭は血が出やすいのだ・・・・葉佩は気にしていないようだが、彼の服の背中側の襟元には血がこびりついている。 (――・・・・・・おのれっ・・・・) 即急に手当てをしなければ、出血多量で危険なのは判った。 腹の底から煮え繰り返る怒りを、抑える。もう少し、全力で、叩きのめしておくべきだったと、視界の隅に横たわる黒服の男達を一瞥して思った。 「九龍、とりあえずここを離れるぞ。近くにトイレがあるはずだ・・・そこへ行って応急手当をしよう」 そっと傷に触らないように、立つのを手伝いながら言うと、相手は顔を上げ必死な顔で、叫んだ。 「ま、待ってッ、甲太郎は、変態で、痛くて、モリリンがモリリンなんだー!」 「・・・・・・・・・九龍、落ちつくんだ・・」 「う、あわわわ・・・え、えっと・・」 「とりあえず、移動するぞ。銃声を聞かれて人が来そうだからな」 「うん・・・あ」 「あ?」 「ありがとうッ!ホント来てくれて助かったッ!」 その泣き笑いの笑顔に、何故もう少し早く辿りつけなかったのかと、自責の念が浮かぶ。 「・・・・・もう少し早く辿りつければ良かったと、悔やんでならないよ・・」 「え?」 「行こう。歩けるか?」 「うん、多分」 「さぁ、手を」 そう言い、手を差し出した。幾分青ざめた顔色に貧血だろうと思い、手を貸そうとしたのだが・・。 頷いた葉佩は手を伸ばしたが、まるで眼が見えていないように手探りで夕薙の手を掴んだ。 悪い予感に、夕薙は戦慄し固まった。 「・・・・九龍、眼が・・・?」 「あぁ、うん。見えてない・・・というか眩しくて眼がくらんでる感じかな〜」 まぁ、普段から見えてないようなもんだけど、見えてないとやっぱり不便だよと、力説する葉佩の身体をいささか乱暴に肩の上に担ぎ上げた。 「うぁっ??」 「大人しくしてるんだ」 「え、うん・・・なんか、怒ってる?」 「・・・・・九龍、ここから脱出したら説教だからな」 「うぇ!?な、なんでだよー!」 「わからないのか?なら後で判るまでみっちり説教だな」 「うーなんかわかんないけど、ごめんー」 「わかってないのに謝るのか?」 「うぅぅぅ・・・・」 眼が見えていない訳も聞き出さねばなるまい。 こちらが気づかなければ、自分の不調は隠す傾向にある葉佩に対していつも抱く苛立ちが溢れてくる。 わかるまで何度も何度も言い聞かせるつもりで、手当てのできる場所を目指して移動した。 優しくそっと地面に下ろされ、座るように促される。 どうやらベンチがあるらしい。 「とりあえず・・・腕の怪我の止血からだな。上着を脱いでくれ」 怒りのオーラが出ているような夕薙に、怯みながらも言うとおりにジャージの上着を脱ごうとするが・・。 「ぎゃひーっ」 左腕の怪我に布が当たって悲鳴を上げた。ものすごく、痛い。 ごろごろと痛みに悶えたいのをぐっと奥歯を噛んで我慢する。歯を食いしばりながら、左腕を極力動かさないようにして袖から引きぬいた。 「かすっただけのようだが、その割に深いな」 「さ、触るならそーっとそーっとそーっと・・・・・アウチッ!」 痛みに震える腕を掴み、まっすぐに伸ばされる。 (痛い痛いッ死ぬぅぅぅー!!もうちょい優しくしてー!) 怒っているのが怖くて口に出せないので、心の中で叫んだ。 「・・・・車に戻れば包帯はあるが・・・仕方がない・・・」 暫く考え込んだ夕薙は、何やら決意をすると、ビリッビリリリッという布を力任せに裂く音がした。 「・・・・・・・・・・・・・ま、まさか・・・」 イヤな音は、自分の腹の辺りで聞こえた、おまけに着ているシャツが引っ張られた・・・と無事な右手で、着ているはずのTシャツを確認する。 長袖の薄いシャツは、腹の辺りから無残にも破られていた。 「・・・・や、やまとぉぉぉっ!」 「仕方がないだろう。止血しないと、それ以上の出血はまずい」 「そ、そうだけどっ!」 「それに見えないだろうが、俺の今日の服はシャツ1枚でな。破くと歩く猥褻物になりかねん」 「だったら俺も・・」 「お前の場合は、上着があるだろう?」 「あぁ・・・なるほどー」 「・・・・・・・・・・・・すまん」 「はへ?」 どうして謝るのだろう、と不思議に思いつつ、首を傾げた。 自分の事を省みない傾向にある葉佩に、お灸を吸えようと、あえてシャツを破くという「嫌がらせ」に出たものの、当の本人の素直さに頭が下がる思いだ。 冷静に考えれば、破くにしても「脱がせてから裂く」とか、「葉佩の上着を借りて自分のものを破く」とかが普通だと思うのだが、こちらの言い分を一欠けらも疑うことなく素直に信じるところが好ましいと思うが、それでこの世の中やっていけるのかと心配にもなる。 (・・・それが九龍の美点なのだろうが・・・) 考え込む頭を切り替え、近くの水場で布を少しぬらす。 「いっっつーあいっーたーぁー!」 目じりに涙を溜めながら、必死に痛みに耐える姿を痛ましく思う。 (とくにこの頭の傷は酷い。かなりの勢いで何かに激突しなければ、こうはならないぞ) 頭の怪我はただでさえ恐ろしいのだ。患部が腫れ、裂傷こそは数センチと小さめだが、腫れが酷い。 「九龍、眼が見えないのは頭の怪我のせいか?」 「ん?頭?あぁこれは甲太郎が・・・」 「甲太郎ッ!!!」 「うっわ!急に大声出さんどってよ〜びびった〜」 「・・・・この怪我は甲太郎が負わせたんだな?」 「え?」 「負わせたんだな?」 「は、はい・・」 「そうか・・・そうか・・・そうか・・・」 「あの、もーしもーし?」 「・・・・・・・・たたきとおろしとすりおろしは、どれが好きだ?」 「・・・・・え、な、なんで!?」 (覚悟していろよ、甲太郎・・・) どんな事情があるのにしろ、やり過ぎというものがある。 眼が見えなくなる程の頭の怪我だ。障害か何かが出ていてもおかしくはない。 (九龍がこれ以上・・・・・ば・・・いや、頭が悪く・・・いや・・・・色々・・悪くなったらどうするんだ!) 夕薙は全力で皆守を叩きのめす計画を立てつつ、頭の手当てを手早く終わらせた。 「ところで、九龍。この状況はなんなんだ?お前からメールを貰ったが・・・」 「あぁ、メールに書いた通りだよ」 「いや、それがな・・」 「どしたん?」 「お前からのメールだが・・・・・あぁ見えないんだったな。読み上げるぞ」 『受信日:2005年4月12日 送信者:九龍 件名:なし たすけてーいまれてりくふぉーんにおそらててるー こうらろうとにふぇるかtら むかえにじゅてー もえいえいんがーきた なめもっれたりそないよね でいりぐちじゃなむいかた にしのふぁんすのろこで おねふぁいいそいふぇー りょうぷんちふぁとー 』 このメールをもらった時、あまりの判らなさに正直頭を抱えた。 「・・・・手探りだけど、ちゃんと打ててるじゃん!さすが俺!」 「・・・・・そうなのか・・?とりあえず、『西のフェンスのところに迎えにきて』は判ったんで、急いで来て見たんだが・・」 今日、この場所で皆守と合流をすることを知っていたし、迎えにも来るつもりだったのだ。 「あぁ・・・ってそうそう!急いで戻らなきゃ!」 「甲太郎がモリリンと変態ッ!」 「・・・・・・・・・落ちつけ」 急に立ちあがろうとした葉佩の肩を、落ちつかせるように撫ぜた。 「怪我に障るからな。あまり・・とくに頭は動かさないほうが良い」 頭の怪我、というと、一度抑え込んだ怒りが溢れてきそうになる。 (甲太郎め・・・・・・ん?) 「・・・モリリン?」 「そう!モリリン!覚えてない?喪部だよ!ものべもりや、だから『モリリン』!」 その場合だと、モノモリが正解なんじゃないだろうかと、ふと思ったが黙っておく。 「・・・・すると、このメールの文章は・・・」 「助けてーレリックドーンに襲われてる、甲太郎と逃げるから迎えに来て、モリリンがきたー豆持ってないよね?出入り口じゃまずいから、西のフェンスのとこでお願い急いで超ピンチー」 「・・・・・・・すまないが、俺には読み解けなかったよ・・九龍」 「修行が足らないぞー」 ムリだ。これを読み解くスキルは国語や古典じゃないだろう・・・。いやそれよりも。 「・・・・・豆は一体何に使うつもりなんだ・・」 「モリリンは鬼だから豆が嫌いなんだってー」 「・・・・俺があの時、虫の息で警告した意味はないのか・・・」 半死で意識も朦朧とした中、必死に警告し忠告した過去の自分は、豆に負けたのか。 黄昏かけた夕薙に、葉佩はかまわず続ける。 「あ、それよりも!甲太郎が、モリリンと一人で戦ってるんだって!」 「・・・甲太郎が?」 「うん。あ、秘文の事は話したよな?で、レリドンに見つかっちゃって追い詰められて、眼が見えなくなって、逃げようとしたら迎えのモリリンが!」 (九龍・・・今度、一緒に日本語の勉強をしような・・?) 思わず出来の悪い弟を見るような兄貴の心境になりつつも、言われた言葉を把握する。 「もーモリリンがさ、相変わらずでさ!寒いしきもいし、鳥肌たつし。で、甲太郎が俺を逃がしてくれて・・・」 急にしょんぼりと俯く。 「どうしよう・・・負けないと思うけど、でも、でも・・・・心配だ・・」 頼りなさげな不安を浮かべた顔をしていた。 「大丈夫だ・・・・」 「わっ」 ぎゅうと、左腕には触らないように片腕だけで抱きしめた。 背中をポンポンと叩いてやる。 「大丈夫だ。あいつなら喪部にも引けは取らないだろう」 確かに心配だ。皆守は葉佩と並ぶ、大切な友人だ。すぐにでも駆け出して助けてやりたいが・・。 友人に優劣はない。ないが・・・。 (九龍は、俺にとっては、友人以上の恩人でもある。そして・・・) 光だった。憎悪という暗闇に沈みきった心に光を見せてくれた。 自分の命同等、それ以上に大切な存在だと思っている。 それは皆守にとっても、同じだろう。 それを怪我させた当人に対して今はマイナスの思考しか働かない。 信頼もしている。 (――が、この頭の怪我は・・・・・・) 九龍を庇い、逃がすことを優先としたのを差し引いて、 (・・・・たたきで勘弁するか) 眼の状態で、病院送りだがな、と、葉佩を抱きしめたままひっそりと微笑んだ。 (あーやっぱり大和って優しい〜) 不安に染まっていた心が解けていく。優しい暖かさに元気が沸いてくる。 先程までの怒りのオーラは収まっているようで、葉佩はこっそり安堵した。 (大和も怒ると怖いんだよなァ・・。笑顔のまま怒るし。もしかしたら甲太郎より怖いかも・・・) 後で説教、は出来ればこのまま忘れ去って欲しいなァと、思いながら抱きとめてくれる逞しい肩口に頭を寄せた。 「どうした?痛む、のか?」 「ううん。平気」 優しい労わりに微笑んで、首を振る。 (・・・・なんていうか・・・兄貴、みたいだよなぁ・・) 4つも年上の夕薙は時々、弟に言い聞かせるような言葉使いになるときがある。 それが嬉しいような、面白くないような微妙な心境になるのだが、それでもこうして優しくしてもらえると嬉しくなる。 友として対等に見て欲しいとも思うけれど。 「・・・・九龍、落ちついたか?」 「うん。急いで甲太郎の元へ戻らなきゃッ!」 顔を上げ身体を離そうとしたが、片腕で抱きしめられたままま身動きが取れない。 「大和?」 「・・・・あいつは大丈夫だと言っただろう?それより急いで車へ戻るぞ」 言われた言葉に、動きを止めた。 「な、何言ってんだよ・・・。甲太郎を置いていけるはずないだろ?」 「別に見捨てるとは言っていない・・・が、あいつはお前に逃げろといったんだろう?」 「言ったけど、あれは大和と合流をしろってことだと思うし・・合流したんだから助けに行かないと!」 「あいつなら、適当にかわして逃げてくるさ」 「・・・でも」 「眼が見えない手負いのお前が行っても、足手まといになるだけだ」 「・・・ッ!」 痛いところを突かれて、唇を噛み締めた。 「・・・九龍、あいつは大丈夫だ。お前も信じているんだろ?なら、お前に出来ることはなんだ?」 「・・・・・・・・・・」 「怪我を治療し、安全な場所まで逃げることだ。それをあいつも望んでいるはずだ」 「・・・・俺は・・」 「お前が嫌だと言っても、強引に車のところまで連れて行くからな」 「大和・・」 「あいつのところへは、行かせない」 愕然として見上げてくる眼に、良心が痛む。 見えてないと知りつつも、その眼を見つめて言い聞かせるように強く言い放つ。 狡猾な喪部のことだ、油断は出来ない。 葉佩の性格上、友を見捨てて逃げるような事は絶対に無理だろうということは判っているが・・・。 (・・・・九龍の意思を尊重してやりたいが、この怪我は危険だ・・) ぎゅう、と抱く力に力がこもる。 「大和・・・・俺はッ・・・・??」 強い口調で何かを言いかけた葉佩は、何かに気を取られそちらを見やった。 「どうした?あちらになにか・・・・」 視線を追い、そちらを向くと・・・そこには黒いスーツに黒いサングラスという怪しげな格好の5人の男達が、木の影に隠れるようにこちらを覗いていた。 「レリックドーンの連中か・・・まだ居たのか」 葉佩を撃った男と、同じ格好の集団を見ているだけで怒りが込み上げてくる。 「・・・また・・なんか言われてる・・・」 「九龍?」 視線を葉佩に戻すと、わずかに赤くなって俯く姿が目に入る。 (どうしたんだ・・言われてる・・・・?) 疑問に思い、問いかけようとしたとき、数メートル先の木の影から聞こえてくるヒソヒソ声が耳に入る。 |