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捏造未来長編「九州ヘボハン漫遊記」
序章「桜とカレーとジャージと鬼」
その2

(・・・・・・・・・・痛い・・・・)
ズキズキズキズキと後頭部が痛む。そこにまるで心臓があるかのように、ドックンドックン脈打つような痛みだ。
あまりの痛みに、うめき声を上げることすら億劫だ。第一、直感で今動かすのは危険だと気がついた。
ボワンボワンと水の中にいるかのように、歪んだ音が聞こえる。
(えーと・・・・なんで俺寝てるんだッけか?)
指一本動かさずに、寝そべったまま思い出す。そうだった、吹っ飛ばされたのだった。
(でも・・・誰に?)
衝撃の寸前に懐かしい声を、聞いたような・・・?
目を閉じたまま、周囲の気配を探る。目はまだ開けない方がよさそうだ。きっと眩暈が押し寄せてくるだろうから。
(・・・・えーと・・・・・。なんか増えてる気が・・)
気のせい、ではなくて。
自分が間違えるはずのない、気配が、すぐ近くにいる。
懐かしい、気配。少し前までは当たり前に傍に合った気配。
「・・・・甲太郎・・・?」
「・・・・よォ・・・いい加減に起きたらどうだ?ヘボハン」
「・・・ッ!略すなァァァァァァー!!!!」
勢い良く起きあがると、とたんに襲い掛かる眩暈。そして後頭部の鈍痛。
「ッ・・・いつつぅ」
たまらず頭を抱えて悶えた。そして聞こえてくる、騒がしい声。
「大丈夫かー!?」
「生きてるかー!?」
「多少の怪我なら、この微生物びっしりドリンクでいけるべよ〜!」
「お前な・・・俺達の今回のミッションは、ボーナスさんを無傷で拉致することなんだぞ!?そんなの飲んだら腹壊すだろうが!」
(---えっと・・・)
ツッコミたいところが、多すぎて迷う。
「えーとりあえず、一人減ってない?」
目に見えるところをとりあえず、口にした。
「そこのッ!」
「不審者が!」
びしッ!と、自分の前に立っている皆守を指差す3人。
それを不快そうに眺める皆守を、葉佩は見上げる。ピリピリと感じる尖った雰囲気。
「突然涌き出てきて暴行したんだべッ」
「ボーナスさんを蹴り飛ばして!」
「田中を蹴ったんだー!っぎゃーっ!?」
「ちッ避けたか」
(早ッ!!)
葉佩は驚いて、元の立ち位置に戻った皆守を眺めた。
ほんの一瞬の出来事だった。口々に吼えている3人のうちの一番左端の男の言葉を中断させるかのように、蹴りを放ったのだが。
(全然見えなかった・・・・)
天香に居た頃は、何度も軽く蹴られたし実際に戦ったこともある。
実際に戦ったときは、避けれずにほぼ当てられていたけれど。
(・・・あの時はまだ攻撃動作に移るのが見えた分、紙一重で急所に当てられないように出来たけど。今の、全然見えなかった・・)
今のは後ろ足に体重をかけた後の動作が、早すぎて見えなかった。
(なんか・・・・強くなってる・・?く、くやしぃッ)
「あっぶね!こッこのッ不審者めっ!」
「・・・不審者はそっちだろうがッ!」
「お、おい。とりあえず落ち着け、あの蹴りはタダ者じゃないぞ」
「んだッ」
「そ、そうだな・・」
何やらボソボソと打ち合わせをはじめた三人を皆守は面白くなさそうに見やりため息をつくと、こちらを振り向いた。
「お前な・・。その注射器とっとと抜けよ」
「えっ!?あッ忘れてた!」
「忘れるなよな・・・」
呆れたように言い、その場に立ったままこちらを見下ろしてくる。
お互いなんだが照れくさくなって、無言のまま目をそらした。
言いたいことがあるけど言葉に出来ないもどかしさとか。
久々に会うんだな〜と思うと何故だか照れくさくなって。
なんか、背も、伸びてる感じだし・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「え、えっと・・・久しぶり・・」
「あぁ」
「背、ちょっと伸びた?」
「あぁ」
「良いなァ・・俺全然伸びてないよ・・」
「・・・・そうか・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(あぁ、なんか、気恥ずかしいッ!)
なんだろう、この空気。なんで照れてくるんだろう、とか思いつつ、刺さったままの注射器を抜いた。
「あ、注射器中身がもうないや」
「・・・・昏睡薬とか言ってなかったか?」
「言ってたなァ・・でもまだ大丈夫っぽいけど。って、いつから見てたんだ!?」
「いつからだと?待ち合わせ時間を過ぎても連絡のない、どっかのバカが、ほいほいと怪しい奴についていくのを偶然みかけてからだ!」
「うッ!?えーと・・その・・ごめんッ!!」
「後で覚悟しろよ。言いたいことは山ほどあるからな」
「う、うぅ・・」
「わかったんなら、さっさと立て。立てないんなら、置いていくからな」
「え、そこは普通なら抱き上げて連れていってやるぜぇ〜とか」
「・・・・そうか、じゃぁそうしてやる。優しく連れていってやるぞ?九ちゃん」
ここで自分の失言に気がついた。
(お、お、怒ってる!!!怖ッ!)
その証拠に、とても優しげに・・・けれど胡散臭い笑顔を浮かべている皆守が両手を広げてこちらを手招いている。怖い、怖すぎる。
「え、あ、その・・・ごめんっ!!ごめんなさいでございますー!」
思わず土下座すると、長々としたため息が聞こえて腕を捕まれて引き立てられた。
「・・・・ここに・・どっかのバカなヘボハンが連れてこられて・・もとい自分でほいほいとついて来て、結構たった。いつ『迎え』とやらが来るか判らない。面倒になる前に、とっとと帰るぞ」
腕の肉を抓むように捕まれて、とても痛い。相当怒っているらしい。
(あわわ、どうしよう・・)
内心慌てていると、腕を掴んでいた手が離されそのままそっと、後頭部にまわされた。
まるで頭を抱きかかえられるかのように、相手の肩に顔を押し付けられる。
微かに懐かしいラベンダーの匂いがした。服に染み付いているらしい。
「んなッ?な・・?」
「・・・・・・・・裂けてるな。血が出てる」
「へ?」
腫れてたんこぶは出来ているだろうな、とは思ったが、出血には気がつかなかったので驚いて相手を見上げる。
(・・・・・・・・反則だ・・)
葉佩は不覚にも、皆守を見たとたん固まった。
落ち着かなかった理由。どうしてか照れてしまった訳を葉佩は瞬時に理解した。
以前、学園に居た頃は薄い幕のようなものを挟んでいるような感じがずっとしていた。何をしても何を話しても、怒りや笑いを引き出しても。どこか諦めに似た雰囲気があった。時々薄い幕の下からにじんで来る暗く強い意思をともした眼だけが、彼の一面を見せてくれていた。
笑い顔も、怒った顔も、悲しげな顔も、見ていたはずなのに。それはどこか遠くて。
(・・・・全然違うじゃん・・・反則だよ、甲太郎・・)
だが、今は。
怪我をしている個所を労わるように指で撫ぜた相手は、判りやすい表情を浮かべていた。
大丈夫か、と心配そうな表情がそこにはあった。
怪我をした相手を心底労わるような表情。
学園に居た頃だって、何度も生死の境をさ迷うほどの怪我を負ったことはある。
怪我をした自分の手当てをしてくれたのも、目の前の人物が圧倒的に多かった。その時だって、心配そうに気遣われた。
(だけど、あの時はどこか距離感が合ったんだ・・。ラインがあってそこから、それ以上は近寄れないって言うような)
心配をしている意識も、微かに感じられたくらいで。
それを察せられないように、距離を置かれていた。
(そっか・・・・・壁は壊れたんだな・・)
薄い幕ー・・壁は壊された。
(あ、なんか、泣きたいかも?)
嬉しくて、嬉しくて、遺跡崩壊以来初めて『解放』の実感が沸いてきて。
「・・・・・・・おい、何を呆けた顔をしてる」
「え、あ、うん・・・うん・・良かったよ」
それを成し遂げた自分に、「よくやった!」と言いたくなって。
自信のなかった、落ちこぼれな自分を思い返して。更にこみ上げてくる。
「はぁ?・・痛い、のか?」
一瞬戸惑って、心配そうな表情を浮かべる。
「・・・痛い。ごめん。めっちゃ痛い。痛くて痛くて、感激!もうだめだ!俺、お前好きだーッ!」
感情が溢れる。嬉しくて溜まらない。そのままぎゅうと抱きついた。
「おッおいッ!?な、なに言ってやがるッ!頭打ったからか?そうなのか!?気をしっかりもてよ!?」
「・・・・やっと会えたな、甲太郎。『お前』に会えて俺はすごく、ものすごく嬉しいぞ!」
「・・・ッ!・・・・」
「あーもー本当、グッジョブ俺!」
「・・・・・」
「あははは・・・はぁ・・・幸せかも」
「・・・・・・・」
何も言わなくなった相手を見上げると、困ったような顔をしてこちらを見ている瞳とぶつかる。
「この涙は、嬉し泣きだから。気にすんな」
「お前・・・」
「大丈夫、怪我の痛みはしないから平気。これは・・・怪我のせいじゃないから」
(ごめんな、まだ止まらないみたいだ。頭打ったせいとかじゃないからな・・・)
微笑んで、相手の肩口に頭を押し付けた。


「あのぉ・・・もしもし?」
「あ・・?あぁそういや、居たんだっけか・・」
おずおずとかけられた声に、我に返る。泣き止む気配のない葉佩を何時の間にかにじっと見ていた自分に気がつく。
「えーーーと・・・・お邪魔なのは判ってるんですけれども、こちらも仕事なので・・」
振り向くと、3人組から5人組に戻っていた。どうやら負傷者を起こしたらしい。
しかし全員一様にどこか引きつった笑顔を張りつかせている。
不思議に思い、見ていると何を勘違いしたのかとんでもないことを言い出した。
「・・えぇ・・・。・・・本当、申し訳ありませんが・・ラ、ラブシーンはそこまでで・・」
「はぁ?」
ちょっと待て。なんだそれは。
「ら、らぶしーんって・・・・・・・・」
思わぬ言葉に固まった皆守の背後で、引きつったようなうめき声を葉佩が上げた。
(泣き止んだ、か・・・・って、何を俺は安堵してるんだ!!ちょっと待て。おい。ラブシーンって待てよ、おい)
呆けていると、目の前の黒スーツ軍団は更にこちらを言葉で攻撃してきた。
「冬ソナばりのラブシーンだったべよぉ〜」
「古いぞッ!」
「でもなんか韓流メロドラマ風味だったな」
「それにしても、俺初めて見たぞ。最近では本屋にもそのスペースが確保されているのは知っていたが・・」
「あれだろ?ボーイズラボーとかいうやつだろ?」
「ラボーじゃない、ラブだ。愛だよ、愛」
「ジャンル的にも確立されてるし、女性の支持率も高いし、良いんでないか?」
「俺さ前、本屋でバイトしてたけどよ。カバーかけるとき、思い切り見ちゃって気まずかったなぁ・・知ってるか?フルカラーの絵があるんだぞ」
「あるある。まぁでも女性店員がエロ本を包むときも気まずいだろうし。お互い様ってことで」
「たまにレジに持っていくと、しげしげと眺められたりするぞ」
「侮れないべ〜!女の店員!」
「それより、なんかラブシーン邪魔されて、呆気に取られてるけどよ」
「ホント、仕事なんですよ。ボーナスさん連れて行かないとまずいんですよ!」
「ボーナスさん?あぁ葉佩九龍のことか・・なかなか良い呼び名だな。響きが良い!」
「だなだな〜、夢膨らむっーか・・ボーナスでたら車買おうかなァ」」
「それにしても、ボーナスさんと不審者、案外いけてるぞ!世間様の荒波を越えて貫いてくれ!その愛を!」
「俺さ、チュウするんじゃないかとハラハラした」
「俺も俺も」
「まぁ、理解はあるが・・・・そのな・・・見たくないというか」
「おい」
「あーまぁ、そーゆーのあるのは否定はしないけどなァ」
「まぁ・・普通のカップルのでも見たくないけどな。俺の見えないところでやってくれ!ってか、見せつけか?撃つぞ?みたいな」
「うぅ・・・俺だけか・・?娘もこーなるのかなーと思って胃が痛いのは」
「おい」
「年頃が同じぐらいだっけか?・・大変だな、オヤジも」
「ファイトだ!オヤジ!」
「馬の骨はごろごろ居るぞ!負けるな、オヤジ!」

「おいッ!!!!」

「うぉっ!びびった。なんですかー?」
「いい加減にしろ。黙れ」
「な、なんか怒ってるぞ!?不審者さん!」
「邪魔されたからだよー!きっと」
「あぁ・・馬の骨が、馬の骨がッ『俺達イチャラブであっちち〜なんだ、邪魔すんなよおっさん』って娘を攫っていく幻聴と幻覚がッ!」
「落ち着け、オヤジさん!」
「で、なんだべか〜?」
皆守は騒がしい黒スーツ軍団を睨み付けたまま、身構えていた。
「時間稼ぎのつもりか知らないが、うるさい、黙れ」
「うわっ!なんか、ものすごーく怒ってるぞ・・」
ボソボソと集まって丸聞こえなヒソヒソ会話をする5人を、皆守は更にきつい眼差しでにらむ。
「えーと・・・なんか誤解してるけどさ」
その背後から、葉佩が少しよろけながら進み出た。
「俺が好きだって言ったのを・・勘違いしてるみたいだから言うけど・・」
おずおずと、言い出した葉佩は、全員の視線を感じてか赤くなって下を向いた。
「あ、あれはっ・・・そのっ・・・・深い意味じゃなくて・・・・あーうー」
言葉を捜してもどかしそうに、葉佩は言いよどんだ。
「邪推をするな、踏み込むな。言いたいのはそれだけだ」
その前に進み出て、身構える。
「こ、甲太郎?」
「九龍、言い訳しなくても俺はお前の言った言葉は判っているつもりだ」
「へ?」
「伝わってる。安心しろ」
「・・・・・」
「とっとと、行くぞ。応援が来る前に逃げる」
「うん・・・」
背後で嬉しそうに返事をし、その気配が張り詰める。
懐かしい気配に、皆守は口元に不適な笑みを浮かべた。
(・・・・負ける気がしないな、九ちゃん)

「なんだか、分かり合ってる2人って感じだぞ!?」
「俺達ってやっぱりお邪魔虫か・・」
「おい、逃げる気満々らしいぞ。気を引き締めろ」
「おぅ!」
「逃してなるものか、ボーナス!」
「おぅ!」
掛け声に黒スーツの男達はそれぞれに武器を構えた。
「良いか?ボーナスさんは怪我させずに気絶させろよ」
「ういっす!」
「田中と山田はボーナスさんをスタンガンと麻酔銃で頼んだ」
「「ラジャー!」」
「オヤジと俺はあいつをどうにかする。援護を頼むぞ、マニア」
「オヤジって・・・定着したのか・・・とほほ」
「次は〜ムチと麻痺薬入り注射器つかうべ〜」
「では者ども・・・・・」

「2度目のッ!先手必勝ーッ!」

「な、なんとっ!?」
元気なかけ声に、振り向くが遅い。葉佩は素早く相手との距離を詰めると、身体をくるりと捻り裏拳をたたき込んだ。
「うぐっ」
「まずは一人っと〜!」
うめき、体勢を崩した相手の足元にしゃがみ足払いをしかけ、倒れ込んだところに勢い良くかかと落しをヒットさせた。
「えーい!かかれぇー!」
「おぅー!」
転がって避けるには体勢がまずい。葉佩の隙をチャンスとスタンガンを持った男が迫る。
「甘いな、俺が居ることを忘れてるんじゃないか?」
葉佩の横に素早く移動し、牽制目的で蹴りを放つ。
「う、不審者めっ」
予想通り怯んで後退した相手を見、葉佩が起き上がる。
「ありりー甲太郎」
(・・・・なんか、動きが鈍くないか?こいつ・・怪我のせいか?)
少なくとも、最初一人で戦っていたときは、同じ戦法でも隙を出すことはなかった。
動きと動きの間の動作も滑らかで、流れるように連続で素早く攻撃をしていくのが、葉佩の戦闘スタイルのはずだった。
「覚悟ォー!」
「させるかよ!」
自分に向かって背後からナイフを持って飛び掛ってきた男を、後ろ蹴りで遮る。男は背後に後退し、避ける。
あえてヒットをさせなかったのは、同時にかかってきたからで。
背後、左横、正面からナイフ、銃、そしてムチ。
(ちッムチか・・・厄介だな)
銃は見切りで避けれても、ムチは動きが変則的で避けずらい。
「・・・・・」
じりじりと、こちらの隙を伺う三人を見渡す。
カウンター攻撃を狙うので、こちらからは手を出さない。
「ッはぁぁっー!」
「なんの!」
「えいやっ!」
「よっせぇーいっ」
右側で葉佩とスタンガン男の掛け声が聞こえる。横目で見やれば、葉佩の攻撃がことごとく避けられていた。
「・・・?」
(攻撃が、当たってない・・・・?)
いや、違う。届いていない。
(まさか・・・)
思わず気を取られ隙を出してしまったらしい。
「隙ありぃー!!!」
「ッ!」
ビュウとムチが振り下ろされる気配がし、背後からはナイフ、前方からは麻酔銃が襲い掛かってきた。
ムチを避け、銃弾を見切る。斜めに体勢が崩れる隙を、ナイフが背中を狙う。
突き刺される寸前、相手に裏拳を突き出し跳ね飛ばす。そのまま身体を捻りまわし蹴りで追い討ちをし桜の木まで吹き飛ばす。
相手がうめき、がくりと落ちたのを確認すると、更に撃ってきた銃弾を避け、間合いを一息に詰め、驚き怯んだ相手に容赦なく上段蹴りを放つ。
「ぐぁぁっ」
がくり、と倒れる相手を見下ろし、次いで葉佩を探す。
ムチを持った『マニア』なる男は、こちらの様子をうかがっているだけで掛かってくる気配はない。
「・・・・・おい、九龍に射ち込んだ注射器の中身は、なんだ?」
「ボーナスさんに射ち込んだ・・?あぁ、一時的に目くらましになる効果の薬だべ〜」
「目くらまし?」
「多分、今目を開けてるのも辛い筈だべ〜太陽を常に直視しているような風になってるべ〜」
「治す薬は!?」
「1時間もすれば治るべよ〜」
「そうか、なら、お前も寝ていろッ!」
無防備に構えていない相手に重い蹴りを放つ。相手は避けもせずにその場に崩れ落ちた。

「九龍!」
「ッ!」
皆守の声に、慌てて身を引く。
ビュォという音がし、目の前に皆守が滑り込んできた。
ついで聞こえる鈍い音、そしてうめく男の声と重いものが地面に倒れる音が聞こえた。
「甲太郎?」
眼を見開いて、目の前にいる人物を見ようとするけれど。
眩しい光に眼が焼かれるような熱さが邪魔をする。もうすでに光しか見えない。
「この、バカが!眼を瞑っとけ!」
眼の上に手を置かれた。冷たい手だ。
「あー・・・冷やっこくて良い感じ」
眼が熱を持っているんだろうか・・。本当に気持ちが良い。
「いつから・・・」
「ん?」
「いつから見えてなかったんだ?」
「おじさん達が漫才してたときから、かな・・?」
そう答えると、皆守は長いため息をついた。あきれ果てた声で「バカが」と呟かれた。
ムカっと来なかったのは、それがとても優しい感じがしたからで。
「でもまぁ普段から見えてないようなものだから、最初のはちゃんと当たってただろ?」
「最初だけ、な」
「うぅ・・・いけると思ったんだけどなァ」
気配はよめたし、眩しいけど影っぽいのは見えていたから、何発かはかすったんだけど、と考えていたら腕を引かれた。
「早いとこ行くぞ。・・・・・迎えとやらが来たようだ」
「えっ!ヤバイじゃん!」
「・・・・こっちだな、行くぞ」
ぐいぐいと腕を引っ張られる。かなり力がこもっていて、痛い。
(なんだろう・・・焦ってる?)
「だぁぁっ!痛いってば!」
「あんまり大声をだすな!ヘボハン!」
「ッ!!!な、なんだとぉー!」
「うるさいって言ってるだろ!・・・・仕方がないな、これ掴んでろ」
低く押さえた声で囁かれ、何やら掴まされた。
その態度を疑問に思いつつも、それを掴む。布っぽい。
「腕じゃなくて手を引っ張るのが普通じゃないか?」
「この歳で野郎同士が手をつないで歩いてれば、どう見られるかは判るだろうが」
「う、あ、そうだなぁ・・」
「俺はイヤだからな。くだらない噂話をされたら溜まったもんじゃない」
「だなー」
さっきもそれで何やら誤解されてたみたいだし・・。
(誤解だけじゃなくて、理解までしめされてたしなぁ・・・)
別に変な深い意味があったわけじゃなくて、「好き」だから「好き」だと言ったまでで。
居なくなってしまったら、「好き」だという言葉すら伝えられない。
だから言う。何度だって伝える。生きて目の前に居るから。何度も、でも。
「友愛」でも何ででも、突き詰めればきっと【愛】に境はない。
恥ずかしいことじゃないはずだ。堂々と伝えたい。それこそ何度でも。
(・・・・・・・あぁ俺なんか、きっと今日変なんだよ・・思考が大暴走して止まらなくなるや)
自分の心の決意に、照れて握り締めた布を思わず引っ張った。
「うぉっ」
普段は絶対に言わないような奇妙なうめき声があがる。
「おい・・・・・・・いきなり引っ張るな。脱げるだろうが」
「脱げる?・・・・これさ、もしかして甲太郎のコート?」
「そうだが・・・・ちッ、お前が変なコトするから気づかれたぞ」
「え!?」
言われて気がつく。背後に人の気配。
「やァ、久しぶりだね、葉佩」
「!その声は・・・」
「覚えていてくれたのかい?嬉しいよ・・クククッ」
「モリリンだな!?」
「・・・・・・葉佩、キミは本当に癪に障る物言いが上手だね」
「え、そうかなーあはは照れるなァ」
「・・・・・・・・・・。相変わらずだね」
ふと、また腕を掴まれて前に引っ張られる。
引っ張った相手は、無言で背後に・・・つまり、喪部との間に立ちふさがった。
「ちょ、甲太郎!」
「黙ってろ」
取りつく暇もない。ピリピリとした気配に、息を呑んだ。
(・・・・なんで、そんなに警戒してるんだろ・・)
喪部が『迎え』だということは判る。油断ならない相手であることも知っている。
今でこそ穏やかに立っているが、残虐な性格も、血の匂いも、覚えている。
皆守が警戒をするのは判るのだが、それ以上に何かあるような、そんな「警戒」の仕方だった。
「クククッ、暫く見ないうちに《宝探し屋》殿は、守られる姫君にでもなってしまったようだね」
「ッ!!!」
(むかつくー!)
腹が立って言い返そうとすると、バシっと地面を蹴る音がした。
「・・・・・?」
(もしかして、遮られた?)
視界は相変わらず利かない。眼を開ければ焼け付くような痛みがするので、閉じたまま、2人の気配を伺う。
「・・・こいつに一体何の用だ?」
「おや?キミは聞いてなかったのかい?・・・皆守甲太郎」
「・・・・・」
「クククッ、それにしてもキミが生きていたとは思わなかったよ。てっきり、あの薄汚い遺跡と共に朽ち果てていたものと思っていたからね」
「こ、このッ!モガガガッ!?」
カーッと頭に来て、言い返そうとしたら頭を捕獲され腕で口を押さえられる。
(離せッ!俺はこいつに言い返さなきゃ気が済まないんだーッ!)
バシバシッと、その腕をたたくが、余計に押さえる力が篭って苦しくなる。
「話をそらすな。何が目的だ?」
「---・・・キミ、鬱陶しいね・・。まァ、せっかくの再会を祝して、特別に教えてあげるよ」
ふと、ホールドされていた腕が解かれる。離れていく前に、落ち着けとでも言うように、頭をポンポンと叩かれる。
(あぁ・・・・・そうなのか・・・・)
その優しげな仕草に、やっと皆守の態度を理解した。
喪部の狙いは、自分を誘き寄せ、捕らえることで。
皆守に遮られなければ、きっと・・・単純な自分はきっと。
(迂闊にも殴りかかって、返り討ちでお縄になってた・・・な・・)
熱くなりやすい、瞬間沸騰な性格を掴まれた挑発だったのだ。
(・・・・うぅ・・・守られてばかりで・・・・情けなさ過ぎるなァ・・・)
守られている自分を自覚して、迂闊な自分を恨んだ。けれど、落ち込んでばかりではいられない。
聞き出すだけ聞いて、この場から逃げなければ。
重荷だけには、絶対になりたくない。そう思い、喪部の言葉に耳を済ませた。


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