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叔父さんと僕・オヤジ編
第一部その4

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よ、よォ・・・」
やべぇ・・・九龍、お前を置いて逝くことになるかもしれない叔父さんを許してくれ・・・。
俺の目の前に立つ、殺意のオーラを撒き散らす背の高い男は、静かな声で言った。
「・・・・覚悟は出来ているな?小五郎」
「あ、お父さん!」
九龍が無邪気に呼ぶと、「お父さん」と呼ばれた、俺の実の兄貴は、九龍にだけ優しい笑顔を見せた。
「九龍、久しぶりだな・・・?お父さんは今から、叔父さんとお話があるから、先に車に乗ってなさい・・・この道を右に曲がったところの駐車場にあるからな?」
「叔父さんの車?お父さんの車?どっちー?」
「勿論お父さんの方だ」
「うん!わかったー」
「夜道は危ないから気をつけて行くんだよ?何かあったら叫びなさい」
「はーい」
九龍は身軽な仕草で俺から離れると、こちらを向いてニコっと笑って走っていった。
その笑顔に、呼びとめようとした俺は金縛りにあったように動けなくなった。
最後の「ニコッ」が、俺の最後のメモリアルになるかもしれねぇな・・・・あぁでも可愛い・・・。
あんな無邪気な笑顔だと、こっちまで癒されるというか・・・・。

・・・・・・・判ってる。現実逃避だっつーことは・・・・・。

俺はそっと、自分の前に立ちはだかる大魔神を見上げてみた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
こ、こぇぇえええーーーーッ!!!
とても身内を見る眼じゃないですヨ?お兄様。
「へ・・・・へへへへへ・・・・じゃぁ・・・俺も、このへんで・・・・ッ」
「どこへ行くつもりだ?話があると、言った、だろうッッ!!」
「――ッ・・・ぐおッ!!」
鋭い蹴りを避けた瞬間、顎の下に拳がきた。
殴り飛ばされて吹っ飛ぶ。壁にゴツンと頭を打つ、痛ぇ・・・・。
「・・・・容赦ねぇなぁ・・・兄貴」
「お前、今さっき何をしようとした?」
「え・・・・えー?なんだっけ?忘れちまっ・・・・・・ッ!」
ビシッビシッと俺の両耳すれすれに弾丸が飛んできた。
何時の間に構えたのか、二丁銃を構えていた。
こりゃぁ・・・・・少しでも誤魔化すと、マジで殺されるかもしれねぇな・・・。ヘドロ海に俺が沈むことになりそうだ。
「すいません。一瞬血迷いそうになりました!」
「一片死んでみるのも悪くないぞ?弟よ」
怖い、怖いよ!お兄ちゃん!マジでその微笑みは心臓に悪いッ!
「いや・・・一片でも死んだらさすがに俺でも生き返れないザマス」
「安心しろ。骨は海に流してやる。九龍は俺が健やかに育ててやる」
「いや、九龍は俺のもんだから!」
「うちの子だッッ!!!」
ビシッビシビシビッ!と消音されてるので銃声こそはしないが、鋭い弾の音が鳴り響く。
あぶねぇ・・・・・全部避けたが、一個掠ったぞ・・・。
「そ、そうでしたわね、宅の坊ちゃんで在らせられましたわね」
「九龍をあんなにも真っ直ぐ育ててくれたことには感謝しているが・・・・」
あの、お兄様、何故に銃弾をリロードしますんでございますか・・・・?
「手を出せとは言ってないぞ?」
「手出してませんって・・・」
「ほぉー?」
「お、お、おれ、俺だってな、びびったんだぞ!?」
あ、いかん。命の危機を前にして、それよりもさっきのアレのほうが、命の危機だったような気がしてきた。
い、今ごろ思い出したら、動悸が・・・・来たッ!
「う・・・・うぅぅぅ・・・」
「おい?」
「兄貴・・・・・・・・九龍は本気で危険だぞ・・・」
「・・・・・・・・・・・・良いから鼻血拭け!このバカ叔父!」
ベシッと投げつけられたのは、酒屋の台拭きだ。血がついてるので間違いない。どうやら押しつけられたらしい。
有難く顔を拭きながら、俺はため息をついた。
「・・・・愛してます、とはさすがに言われるとは思ってなかったさ・・」
「お前が言うから、同じように返したんだろうが!!!」
「・・・うッ!お、俺が悪かったァァァー!」
『叔父さん大好き』ってのなら、何度か聞いたことがあったんだが。
愛してます、はさすがに・・・爆弾だ、爆弾。
「言っておくが、九龍に妙なことをしてみろ。今度は本気で殺るからな?」
「しませんって!さっきのは・・・・」
さっきのはなぁ・・・・あの子がまさか、あんな切ない顔をするとは思わず・・・。
あれで血迷う男や女が出てくるんじゃないだろうな・・・。あれは庇護欲というか、抱擁したくなるというか。
あれほんと、危険だ、危険!
「・・・・さっきのは?」
えっ!?お、お兄様!?
「お、おい・・・・・なんで銃口頭に突き付けてんのかなぁー?」
「お前がでれっとした顔をしてるからだ」
「キノセイデス」
「やっぱり、ここで消しとくほうが、あの子のためか・・・?」
「お兄様・・・・眼がマジですよ?」
「あぁ、ほんきだか・・・・・・・・ッ!?」
ふと、兄貴が動作を止めた。
俺も息を呑む。
遠くでかすかに聞こえた悲鳴のような声は、俺の大事な大事な九龍の声だった。

「――ッ!九龍!!!!!」

ダッと走り出した。そりゃもう、さっき不良達について行ったとわかったとき以上のスピードだ。
さっき聞こえたあの声は、本気で怖がっている声だった。
九龍は驚いたりすることは多いが、恐怖で悲鳴を上げることは少ない。
例えば階段を落ちて怪我する直前とか、大嫌いなハチが近くに居るときとか、ともかく身の危険を感じたときしか悲鳴を上げないからなんだが。
さっきのあれは、本気で怖がってた。
どうした・・何があったんだ・・・。
あぁ、無事で居てくれよ?
俺も兄貴も全速力で走る。競争しているわけじゃないが、追い越されたり追い抜いたりしながら、駐車場まで辿りついた。
九龍!九龍!?どこだ!?
駐車場前の道路に、黒いスーツを着た奴らが6人ばかりたむろしていた。
兄貴が傍らで「まさか・・・もう嗅ぎ付けたのか・・ッ!レリックドーンめ・・」と呟くのを聞き、大方の事情を察した。
それよりも、九龍だ!どこだ・・・・・・・いたッ!
「――ッ!?な、なッ!?」
九龍は、居た。
レリックドーンの黒スーツの男達の一人、でかいマッチョな男に抱きかかえられて。
九龍の小さな身体はその腕にすっぽり納まっている。
しかも、何故か敵と和やかな雰囲気だぞ・・・・・・?
俗に言う、「花嫁抱き」をしているせいだろうか、先ほどのぶっ飛んだ妄想の名残だろうか。
九龍とマッチョ男の背景に教会が見える気がしてきた。
いかん、俺。止めろ、俺。考えるなァァァーーーー!
リーンゴーンと鳴り響く鐘の音、ウェディングマーチ。
『私達幸せになります』
そ、その役は俺だっつーの!!!!
あぁ、いかないでくれ九龍!
てか、叔父さんは許さんぞ、そんなタコみたいな頭のマッチョは!!!
「おい、怪我させるなって言ってただろ!?怒れるリサールウェポン二人組みが降臨するぞ!?」
俺のぶっとんだ妄想は、レリックドーンの男達の声でやっと止まった。
なんだと・・・・!?九龍に怪我させただと・・・!?
てめぇら、許せねぇッ!全員地獄の5番街に送ってやる!!!

「おぅ!登場してやったぜ!!てめェーーら・・・・・・・俺の九龍に、何してやがる・・?」
「九龍ーーーッ!!!お、お前ら、俺の息子を、傷物にしやがったな!?」

「あ、お父さん!・・・・と、叔父さん」
俺達が姿をあらわすと、九龍は嬉しそうな声をあげた・・・・が。
が・・・だ。
「ちょ、ちょっと待て九龍・・・。何故俺を先に呼ばないんだ!」
「えーっと・・何となく?」
く、九龍ちゃん・・・・、叔父さんのガラスのハートを粉微塵に砕くのはやめときなさい・・・?叔父さん保護法違反だぞ〜?
叔父さんは、泣くぞ?泣いちゃうぞ?
痛む胸を押さえたら、兄貴が愉快そうな眼をして見てきた。
その口元がニヤリと笑う・・・・・・この野郎・・・。
さっき酒屋でさんざん自慢した腹いせか・・・?お前宛ての父の日のプレゼント燃やしちゃうぞ・・?
ちょっと危険な思考に陥っていたら、九龍を抱えたマッチョ男は、こともあろうに・・・・九龍にナイフを突き付けた。
しかもつき付けられた九龍は、ナイフをちょっと不安そうに見て、可憐な仕草で、マッチョ男にしがみ付いた。
「うぅぅぅぅぅ・・・・・・・・・・・・・・」
唸る。唸りまくる。ちょっとまてぇぇいいぃぃぃー!
なんだその絵になる構図は!う、うらやま・・・・いやいやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃなくてな?
「くくく・・・九龍ッ!離れろッ!!!」
ともかく、しがみ付くのはやめてくれ。叔父さんの精神保護のためにも!
九龍にそう叫ぶと、顔を上げて俺を見た。
小首を傾げている・・・・判ってない・・・・・。
その仕草も可愛いぜ、九龍・・・・・。
ふと、マッチョ男が九龍に何か囁いている。
むがぁぁーーー!九龍の耳元で喋ってんじゃねぇーーー!
九龍も俺を見とけー!
ところが俺の心の声なんてまったく聞こえていない九龍は、兄貴のほうを見て、一言。
「お父さん、格好良いんだ〜」
と、言った。微かに兄貴が反応している。あ、顔が赤い。
う、羨ましい・・・・・。俺も九龍に憧れの眼差しで見てもらいたいッ!
叔父さんはな?お前の親父より格好いいんだぞー!?
しかも独身39歳だぞー!?まだ若い。若いんだ、若いに違いないんだ。
「お、叔父さんだって、格好良いんだぞー!見てろよー!九龍ー!」
くそぅ、しっかり見ろよ!これが俺だ!
近場に居た男を華麗な一撃で沈める。一撃だぜ?一撃。
どうだ!?と殴りつけたポーズのまま、九龍を見る。
「格好・・・・・いい?」
お・・・・・・おい・・・・。
「な、なんで疑問系!?」
「だってなんか、変」
「変!?」
へ、へ、へへへへ・・・変!?変ですと!?
俺の心に大打撃・・・・九龍、お前実はレリドンの味方か!?叔父さんを再起不能にする作戦か!?
ガクーンと口を開けて間抜け面をしていると、九龍の鋭い声が上がった。
「叔父さん!」
はっ!?意識が飛んでだぜ!
慌てて背後から襲いかかってきたヤツの攻撃をかわす。兄貴がニヤっと笑っているのが目に入る。
・・・あの野郎、手助けもしないつもりか・・・。
蹴り上げて、浮いたところを素早く掴んで投げ飛ばす。一丁上がりッ!
「九龍、どうだ?叔父さんは無敵だろ?」
格好いいー!とか言ってくれ。叔父さんはそれだけで頑張っちゃうんデスヨ!
ところが・・・九龍は、何故か怒っている。
「叔父さん・・・ばかッ!危なかったじゃん!」
「ば、ばか・・・・・!?叔父さん・・・泣くぞ・・・」
な、なんでだよ・・・・。マジで泣くぞ?本気だぞ?
暫し呆然として九龍とにらめっこしていると、ふいに九龍を抱えたままのマッチョ男が静かに言った。
「・・・我々は撤退する。とてもじゃないが、キミの保護者達には敵わないようだ」
よく判ってるじゃねェか。そもそも俺たちがきた時点で作戦失敗だろうに、バカだろ、お前ら。
九龍さえ無事なら別に追いかけないのにな、面倒くせぇしよ。
「・・・放してくれる・・・・・?」
不安そうな九龍の声に、気を引き締めた。
九龍、安心してくれ。何があってもお前は助ける。俺を信じてくれ。
「その子を放せ。あとはお前だけだぞ?」
「今すぐ放しやがれッッ!てか、何やってんだ〜ッ!」
九龍に何か囁いているマッチョに俺は切れた。何故わざわざ囁く必要がある!
というか、さっさと九龍を下ろせ!放せ!その頭、オイルで磨くぞ!?
「この子は解放しよう。降参だ」
俺の怒りを眼にして、何故かため息をついたマッチョ男は、九龍をそっと地面に下ろすと、何かをまた囁きながら九龍の腕を取った。
――ッッ!!!触るなァァーーーーッ!!!!
ダッシュで九龍に駆け寄ると、片腕で抱きかかえる。
「べ・・・・・ベタベタベタベタベタ触りやがってッッ!!!!」
威嚇する様に唸ると、マッチョ男は肩を竦めた。
「怪我を見ようとしただけだ」
「うるせぇッ!!!九龍に触った時点で有罪だ!レリドンめッ!」
「・・・・・お前な、この距離でまだ俺がわからないのか?」
「は・・・?誰だおま・・・・・え・・・・ってあぁぁッ!?」
「なんだ、知り合いか?」
兄貴の声に、俺は頷いた。知り合いも知り合いというか、腐れ縁だ。
「あぁ・・・・まぁ、腐れ縁なライバルってとこか・・?なんでお前がここにいるんだ・・・・こんなしょぼいトコに・・・」
「しょぼい言うな・・・最近、若造に俺の座席を奪われてな、日本に流れて来ってワケだ」
「お前が・・・?若造に負けただと?年とったもんだな」
こいつは俺が若い頃何度も闘い、秘宝を挟んで争った相手だった。
レリックドーンなんぞにいるくせに、妙に実直な男で俺とたまに酒を飲み会う仲でも合った。
「今回の任務は、お前ら兄弟の邪魔をすることだ。この子を拉致して押さえようとしたんだが・・・うちの若いものが怪我をさせてしまった様だ、すまなかった」
「まぁ、そうだろうとは思ったが・・・」
兄貴が俺が抱きかかえたままの九龍の腕を横から手に取り、怪我を確かめている。
少し切れただけみたいだな・・。安心した。
「それで?言いたいことでもあるのか?」
俺達が来た時点で、この男が撤退を指示しないのが不自然だ。何かあるから最後まで自分が残っていたんだろう。
「忠告を、しようと思ってな・・・お前達が次に赴く遺跡だが。かなり危険だ」
「・・・・なんだと?」
「我らもまだ詳細は掴んでいないが・・・・、その子は、バディなのだろう?」
「ん?あぁ、良いだろ!可愛いだろ!」
「お前が田舎に帰って子供の世話を始めたと聞いたときは耳を疑ったが。なるほどな」
「・・・・・やらないぞ?俺のだから」
「うちの子だッッ!!!」
ゲシッと足を蹴られる。
「痛てぇ・・・・ッ!九龍もいるんだぞ!?倒れたらどうする!」
「だから手加減しただろうが」
兄貴を睨みつけると、視線を戻した。
「その子は、連れて行かないほうが良い。あまりにも危険だ」
「・・・・・・なるほどな、そんなにやばい山なのか」
九龍がしがみ付く手に力を込めた。あぁ、もう、お前が今どんな顔をしているか叔父さんはよく判るぞ。
あとでちゃんと話すからな?心配するな。
そんな気持ちをこめて、ポンポンと背中を叩いてやる。
「危険度は低めに設定されてはいるが・・・最後まで到達できた者がいない」
「まぁ、その方が俺としてはありがたいが」
「腐れ縁としての忠告だ。まぁ、ついででもあったがな」
「ついで?」
「俺は今日ここでお前らに倒されたことになる」
「は?」
「レリックドーンは年々やり方がエスカレートしている。もうすでにいっぱしのテロリスト以上だ」
「抜けるのか?」
「あぁ・・・・どこかで傭兵にでもなるさ」
「お前も子供つくって育ててみたらどうだ?可愛いぞー」
「それも良いかもしれないな・・・・それじゃ、九龍君、すまなかったな?」
おい、なんで九龍にだけ挨拶するんだ、お前は。
しかも、九龍の手を取って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おいぃぃぃッ!
ヤツはどこの英国紳士だと突っ込みたくなるほど、優雅に九龍の手の甲に口付けした。
その頭を撫でで、ひらひらと手を上げて去っていく。
あの野郎め・・・今度合ったら蹴り入れてやる。
「格好いいおじさんだったねー」
「九龍ちゃん・・・叔父さんの方が5万倍は格好良いから!叔父さん、格好いいーっていってみ?」
「お父さんも格好いいよー」
「九龍、お前は良い子だな」
「えへへー」
九龍・・・・・俺を苛めて楽しんでないか?
俺は本気で泣きたくなった。
それでも父親に誉められて、嬉しそうにはにかむ姿は非常に可愛らしい。俺はそれを脳内メモリィーに念写しながら、考えていた。
きっと、この顔はまた曇ってしまうんだろうな、と。
曇らせてしまうんだろうな、と。
下手したら泣く、か・・・?いや、きっと泣くだろうな・・・。
それを思うと、胸が痛んで仕方がない。
いや、俺が、気が重いのか・・・・?
「叔父さん・・・?どうかした?」
九龍が間近くで俺の顔をのぞき込んでいた。あぁ、そういえば、抱き上げてたんだったな。
怒って悲しませてしまう前に、九龍、笑ってくれないか・・・?
口にせずに、そう願う。
九龍は、どこか照れた様に首を振って。
「叔父さんも格好良いよ!」
花が綻ぶ様に可愛らしく笑った。


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【その1】 【その2】 【その3】


【感想切望中(拍手)


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