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叔父さんと僕(オヤジ編)
第2部・その1

「どうして・・・どうしてそんな事言うんだよ!」
車の中で、九龍のよく通る声が響き渡った。
俺達は、兄貴の車に便乗して宿泊先のホテルへと戻っている途中だ。運転は兄貴がしている。
その後部座席に並んで座って、九龍と向かい合って、俺は言いたくなかった言葉を告げた。
「あのオジさんが、言ったからッ!?」
「聞いてたんだろ?その通りだ。今度の遺跡は今までとは段違いに危険だ」
「・・・・でも、危険度は低めだって・・・」
「あいつは・・・あの野郎はな、そう簡単に危険だとか口にはしないんだよ・・そいつがわざわざ忠告に来るほどのことなんだよ」
九龍は、俺を見ているが、目線が定まらずあっていない。可哀想なくらい動揺していた。
これだけは、しっかりと言っておかねばならない、九龍と共に生きていくために。
ぎゅっと寄せられた眉根や、震える肩、泣きそうな顔を見ていたら、抱き寄せて落ちつかせてやりたくなるのを、ぐっとこらえる。
今は心を鬼にしなくてはッッ!!!
しかし俺だけではとても、九龍を説得できそうにない。
ちらりと、運転席を見たが兄貴は前を向いたまま何もいわない。
お、お兄ちゃん・・・・可愛い弟とべらぼうに可愛らしい息子さんが困ってたり泣きそうだったりするんだが。
もしもーし?・・・・だめだ。ヤツは完全に蚊帳の外モードに入ってる。
今のヤツは、タクシーの運ちゃん以下だ。
お前も関係者なんだけどなぁ・・・・この野郎めッ!
背後からその頭を叩きたくなる衝動を押さえて、九龍に向き直った。
「いいか?説明するからな?よく聞いとけ」
「・・・・はい・・」
「今度の遺跡の場所は、険しい山奥になる。遺跡の規模はそれほどでもないんだが・・」
実際、発見された遺跡自体は小規模だ。直線に長々と伸びながら、地下に下がっていくタイプらしいな。
H.A.N.Tの情報を見る限り、この規模ならハンターは一人で良いはずなのだ。
「・・・・あの野郎が言いやがった危険の意味は何となくだが、わかる」
「そうだな」
運ちゃん以下が、重々しく頷いた。
「・・・この規模の遺跡に、メインハンター一人、サポートとしてもう一人つける時点で、『何か』あるんだろ」
だよなぁ・・・万年人材不足な協会に、たかが日本のこんな小さな遺跡に二人だぞ?
怪し過ぎだ。
「あぁ・・・、しかもサポートに入るハンターが、お前だもんな・・」
「お父さんが・・・?」
九龍が不思議そうな顔をして、自分の父親のほうを見た。
それもそのはずだ。俺よりも、ハンターランキング上位の兄貴がメインではなく、サポートだという辺りが、おかしいんだ。
サポートはいわゆる命綱係みたいなもんで、外で待機することが多い。
もしくは分かれ道があって、同時に攻略する必要があるだとか、ともかくメインに比べると仕事はかなり楽なんだ。
たいていは、なり立ての新米ハンターがその役柄をやらせられるもんだ。
まぁサポートも、この規模じゃ入ることは稀だな。簡単なサポートなら、バディ増員すれば良いことだしな。
「よっぽど深い『何か』があって、サポートが必須ってことだろうが・・・」
「そんな事だ、だから九龍・・・お前は今回は残れ」
「嫌だよッ!俺は叔父さんのバディなんだよ!?一緒に行く!」
このやり取りは何度目だ?仕方ない。
キツイ言葉を言うしか、ないか・・・。
かなり言いたくない。もうすでに言う前から俺の胃はじくじく痛んでいる。
あぁ・・・九龍・・・お前を傷つけてしまう、泣かせてしまう!
・・・・後で、どんな償いもするからな・・・?
「ダメだ・・・九龍、良いか?何故サポート必要なのか、その意味を当ててみろ」
「え・・・・えっと・・・」
九龍は一生懸命考えている。考え込んでいる顔つきが、可愛い。
・・・この子はかなり勘が良いが、協会のきな臭い思惑を読み解けることはないだろう・・。
人を疑うことを知らない優しい子だからな・・・、大人の汚さを見せたくない。いずれ・・、判るコトだとしても・・。俺は、出来ればまだ教えたくない。
協会が二名、しかもベテランハンターを導入した意味は、憶測だが・・・・。
先に入ったハンターの命の危険性が高い、生還をする確率が低い。
もしくは、最初に入ったヤツが、罠を解除し入れる様にしなければ到達できない、とかか・・・?
推測の域を出ないが、危険性が高いことは間違いないだろう。
つまりは「捨て駒」ってことだな・・・。
危険を一人に集中させて、もう一人が秘宝を手にいれる。
協会がよくやる手だな・・・まぁ俺は、この手のはキライじゃないんだけどな。
そんな手を使われたら、意地でも自力で秘宝を手に取ろうと思う、舐めてんなよ?とな。
だが・・・・・今は一人じゃない。昔はバディを連れて行かない主義で勝手気ままに思う存分暴れられたが。
九龍を、そんな危険の中に連れて行きたくない。
俺一人ならどうにかなるかもしれないが・・・・・・・・・・。
「判らないだろ?お前はまだ・・・・まだ半人前だ・・足手まといだ」
「――ッ!お、俺だって、ハンターになろうって・・・頑張ってるッ!」
ここまで言っても判らないのか!?俺はお前を心配してるんだぞ!?
なんで判ってくれないんだッ!?
俺は、ついカッとなって・・・、はっと気がついたときには口に出していた。
「・・・・・落ちただろうがッ・・・・・・・・・・あッ・・」
ヤベェェーーッ!
「ッ・・・・・!」
その瞬間、九龍は息を飲んだ。目を大きく見開いて俺を呆然と見つめた。
あぁぁぁぁああああーーッ!お、俺ってヤツは・・・。
言っちゃならないことを言っちまった!!!
九龍が一番、ものすごく、ものすごーーーく気にしてたのにッッ!!!
あぁ、見ていたくない。なんて顔をするんだ・・・・。すまないすまないすまないすまないッッ!
泣くならまだ、救いはあるんだが・・・。
九龍は、表情を硬くして、指先は震えている。
ぎりぎりぎりぎりと痛む胃が、悲鳴を上げる。傷つけた、思いきり傷つけたよな?あぁ・・・・・・・・、九龍・・・・、悪かったッッ!!
「九龍・・あ、あのよ・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・叔父さん・・・なんて・・・」
「く、九龍・・?」

「叔父さんなんて、大ッッッ嫌いだッ!!!ばかッッ!」


「アホだな、お前は」
声と共に、頭に硬い小さな金属が飛んで来てぶち当たった。
いてぇ・・・なんだ、一体!コブ出来てるかもしれないぞ!?それを手にとって見ると、どこかのカギだった。番号札がついている。
「お前の部屋のカギだ。部屋番号はそれで確認しろ」
「お、おい、九龍は!?」
俺が呆けてた間に隣居たはずの九龍は影も形も見えない。
どこ行った!?一体俺はどれだけ呆けてたんだ!?今すぐ追いかけて、謝って、抱きしめてやんねぇと!きっと泣いてるぞ!?
あの子の傷ついた顔が脳裏に浮かぶ。ダメだ、あんな顔をしてるあの子を、放っておくことなんざとても出来ない。
それをするくらいなら、俺は豆腐の角に頭をぶつけて死んだほうがマシだ!
「お前が突き放したんだろ?九龍は、俺の部屋にいる」
「お前の部屋だぁぁ!?・・・・ってここどこだ、おいッ!」
車外に出ると、海が見えた。斜め背後には高級旅館。
「はぁ・・・?お前はどこまで呆けてるんだ・・今日はホテルか旅館に泊まるといっただろ?」
「そ・・・そうだったな・・・それで九龍は!?お前の部屋はどこだ!」
「・・・うるさいヤツだな・・九龍は部屋に置いてきた」
「置いて来ただぁ!?あの子はいま・・・・・・・・・・・・・傷ついて・・泣いているだろ・・・一人にするなよ・・」
俺が傷つけた。
あぁ、俺が傷つけたんだ。
俺が・・・俺が・・・・あぁぁッ!!!!
「頼む!殴ってくれ!」
「そうか、じゃぁ遠慮なく・・・・ッ!!!」
「うぉッ!?」
俺は慌てて避けた。俺は殴れと言ったんだが・・・なんだその蹴りは。あきらかに頭狙ってただろ、お前!
「殺す気かよ!」
「いっそ、海に沈めてやろうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・悪かった・・」
滅茶苦茶怒ってる兄貴は裏路地で見た大魔神よりグレードアップしてやがる・・。
「お前は、九龍に言ってはならないことを言った」
「あぁ・・・」
そうだよ・・・あの子は、あんなにも気に病んでたのに。
試験に落ちて、俺に呆れられないかと、ありえない心配をしてた九龍に、俺は・・・俺は、何て事を言ったんだ・・・。
あぁ・・・そこの崖が俺を呼んでる気がするぜ。いっそ死んだほうがまだマシだ・・。
心臓がキリキリと痛む。
九龍はもっと痛かっただろうな・・・。
「くそッッ!!!」
バギッとコンクリートの壁を殴りつけた。
「器物を壊すな」
「壊してねぇよ!」
「九龍は、泣いてたぞ」
「・・・・・・・・・・ッ!!」
「声を殺して泣いていた。あんな泣き方をさせたお前を俺は恨むぞ」
「・・・・・・・・・・・・くそッ!」
もう一度殴りつけると、そこの部分が少し凹んだ。
「手を引いて部屋まで連れていったが・・・・お陰で妙な目で見られる・・・・・しなッ!!」
「ぐおッ!」
痛恨の右ストレートに俺は吹っ飛んだ。
駐車場の硬い地面に倒れ込む。痛てぇ・・・・今の、全力で殴りやがったな・・・。
「言っておくが、九龍には会わせんぞ。少なくとも今日一日はな」
「な、なんだと!?」
「あの子はまだ落ちついていない・・・落ちついて話ができるまでは、会わせない」
「横暴だろ!くそッ!無理やりにでも会いに行くぞ!」
九龍に今すぐにでもあって、土下座せねばッ!!!許してもらえなくても、何度だって言ってやらねぇと!
「誰が行かせるか、バカ者!」
容赦なく足を蹴られて痛みにうめく。
「あの子の心をこれ以上乱してみろ・・・・弟だろうと容赦しないからな」
「兄貴・・・」
すまねぇ・・・と呟いた声は、さっさと歩き出した背中に届いたかどうか・・・。
見送ってその場に寝転んだ。あぁ・・・・もう夜なんだな・・・。
「九龍・・・・・・・・・」
あんなことを言うつもりはなかったんだ・・。
あんなに気にしてたのになぁ・・・・。
九龍は快活で、元気で、人の心を思いやれる素直で良い子だ・・。
可愛い上に前向きだ・・・それなのに、あることに関わるととたんに脆くなる。

『一人にしないで』
『置いていかないで』

あの子の、トラウマなんだろうな・・・。
置いて行かれるのが怖い、一人にされるのが怖い。
兄貴も自分達が5歳のときに連れて行かなかったことが原因だと気づいてるんだろうな。
あれは本能から来る恐怖心だ。あれだけ深く根付いているものを克服させるのは、余程のことがなければ無理だろう。
「くそッ・・・・」
起き上がると、身体がきしむ。
口の中の錆びた血を、吐き出して酔っ払いの様に身体を引きずりながら、歩き出す。
『愛してます』と言った顔を思い出して、身体に力を込めた。
九龍に会いに行くために。

エレベーターで5階に上がる。さすがに最上階の部屋ではなく二番目にいい部屋だというあたりがイヤミったらしい。
俺が九龍をつれて泊まるとしたら国民宿舎とかビジネスホテル辺りだ。安さで決めるからなァ。
部屋番号を確認して進む。
部屋は割と簡単に見つかった。開けて中に入る前に考える。
・・・・どこだ?兄貴の事だ。隣部屋か近くに部屋を取ってあるだろう。
周辺の部屋は物音一つしない。人気のない廊下は明るく静かだ。
くそっ・・・・どこだ?どこに居る?九龍、九龍、九龍ちゃーーーん!出ておいでー!
自分の部屋の左右隣部屋、前部屋をノックしまくってみるか?
いや・・・俺の漲る溢れるばかりの愛で探し出してやる!会うなとか言われたが、誰か聞くか!
1分1秒も無駄にしたくない。時間がたてば立つほど、あの子の心の傷は深くなってしまうんだ。
「・・・・・・・ん?」
ふと、呼ばれた気がして顔を上げた。声はしないが、呼ばれた。
九龍が、呼んでる・・・気がするんだよ!俺にはなんせ、九龍アンテナがついてるからなッ!
どこだ・・・?この部屋か?
自分の部屋の左隣の前に立つが、気配はしねぇ・・・。
でも、何ていうか・・・俺の勘が、九龍がここに居たと告げる。
もしかして中に、居るのか・・・?あいつ、気配の消し方まだ知らないはずだよな・・?
ドアノブを掴み、開けてみた。
「おい・・・無用心だな」
ドアはすんなりと開いた。先にノックしてみるべきだったか・・・?
いや・・・でも多分、身内の部屋だしな!間違ってたら大問題だろうが。まぁ、いい、入るぞッ!
「九龍・・・?居るか?」
おいおい、ドアの後にまたドアかよ!さすが高い部屋だな。
扉を開けると、部屋中荒らされていた。
な、なんだ!?泥棒でも入ったのか!?
片隅の床に落ちている旅行バックに見覚えがある、多分兄貴のだな。
ベットの横に無造作に置いてあるのは九龍が背負ってたリュックだ。
間違いないんだが・・・・部屋を見渡し、トイレを開けてみても、居ない。押入れの中にもいねぇ。ベットのカバーをめくってみたが、居ない。
どこ言ったんだ・・?というか、この部屋のありさまはなんだ!?
またなんかあったんじゃねぇだろうな!?
俺が荒らしたせいで、いっそう酷くなった部屋を見渡してため息をついた。
「くそ・・・・どこいったんだ・・・」
その時、背後でがちゃっと音がしてドアが開いた。
「九龍?部屋のカギはかけておきなさいと・・・・・・・・・・・貴様」
「・・・・・・よ・・・よォ・・・ごきげんよう・・・」
兄貴は俺を見たとたん、盛大に顔を顰めた。おいおい、なんだよ、その顔。
とても実の弟を見てする顔じゃねェぞ!?
「九龍をどこにやった」
「お兄様・・・殺気を出すのは・・やめとこうぜ・・・?」
「九龍に、何かしたのか?また懲りずに泣かせたか!」
すっと身体の重心を片足にかけたので、慌てて後退して距離を取る。
「俺が来たときから、こうだぞ!?ドアだって開いてたしな・・・九龍は居なかった」
俺がそう言うと、兄貴は何も言わずに走って出ていった。
「はえぇー・・・」
兄貴もあれだな、親バカだよなぁ・・・?
まぁずっと離れて暮らしてるから、なぁ・・・負い目があるのは知っていたが。
ギクシャクせずにいられるのは、九龍が無条件に懐いてるからなんだろうな。
あんな風に可愛らしく懐かれたら、邪見に出来ねェよ!出来るヤツがいたら、あれだ、そいつの血は緑だな。
「っと、そんな事を言ってる場合じゃないな!」
俺も探さねぇとな!兄貴より先に見つけ出さないと、九龍に会うチャンスがなくなっちまう!!
部屋を出るととりあえず1階に向かった。
そろそろお腹を減らしていると予想して売店あたりを探してみるつもりで。
九龍ッ!居てくれよ・・・!

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