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叔父さんと僕(九龍編)
第1部・その1

『不合格』
でかでかと書かれた薄い紙を受け取って立ち尽くした。
(あぁ・・・・どうしよう、また、ダメだったよ・・・)
ぎゅっと拳を握り締めた。ため息をつきたくなるのを我慢する。
目の前の『ハンター試験所受付』の中年の男は、紙を手渡した今も嫌味ったらしい笑みを浮かべて見ていた。
この人は嫌いだ。
叔父さんと、インネンってのがあるとかで、よく叔父さんの悪口や嫌味を言うから。
この人の前で、ため息とか、暗い顔をしたくない。
出来るだけ平気な顔をしなきゃ。
叔父さんの、ためにも・・・。

(ごめんね、叔父さん・・・・、俺また・・・落ちちゃった・・・)

ぎゅっと握り締めた手を開いて、服の下の腕のところに装着しているバングルに服の上から触れた。
「ほらほら、不合格の方は、合格者の手続きの邪魔になりますので、さっさと帰ってくれませんかねェ?」
顔と同じくらい嫌味たらしい声。
なんだよ、このッ、コンニャクみたいな顔色してるくせに!
悔しいけど、必死に抑えた。そのまま表面は普通の顔を頑張って作って、ほんの少し頭を下げて歩き出した。
周囲の人達は、皆うれしそうにしている。
俺と同じくらいの歳の子、俺より若そうな子、年取ったおじさんもいる。
すれ違うときに、目が合うと、気まずそうに逸らされた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悔しい。

早く部屋を出てしまおうと、足早に扉へ向かう。扉に手をかけたとき、背後から大声で呼ばれた。
「あ、ちょっと、そこの不合格のキミ」
(・・・・・コンニャクのくせに!)
「なんですか?」
「キミね、今回で3度目だよね?才能ないんだから、もう諦めたほうが良いと僕は思うよ」
「・・・・・・・」
「あぁ、これをキミの専属ハンターさんに・・・あぁ、叔父さんだったか?」
「・・・・・・はい・・」
書類の入った紙袋を受け取って、それに目を落とす。袋の表面に、『ハンター育成教習所』とか名前がついているのが嫌味だ。
「キミはあのハンター葉佩の息子さんなんだっけ?叔父さんも有名だけど、キミのお父さんも有名でねェ・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「その血を引いてるのに、才能は遺伝じゃないらしいな?キミもそう思うだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「まぁ、キミはあの叔父さんについてバディをしているとかじゃないか。彼の破天荒さを基本にしちゃいけないよ?彼は・・・」
「叔父さんを悪く言うなッッ!コンニャクめッ!」
「ぎゃぁッ!?」
コンニャク男の足を思いきり踏みつけて、扉を乱暴に開けて出て、走る。
廊下ですれ違う人達が奇妙なものを見る目で見るけど、構っていられない。
走って走って、逃げるようにロゼッタ日本支部局の外へ出た。

はぁはぁと息を整える。吸い込んだ空気は、排気ガスくさくて、淀んでいる。
初めて東京に来たときは、入り組んだ道路や、立ち並んでるビルや建物の多さにびっくりした。
そして何より、緑が圧倒的に少ない。
水は生水のまま飲んじゃダメだし、駅は嫌になるほど多いし、人はそれ以上に多い。
俺は12歳まで、九州の田舎を出たことがなかった。
山の近くの町は、周囲には緑しかなかった。買い出しに行くにも車じゃないと遠すぎて、とても不便だった。
コンビニに行くのだって30分はかかってた。
この東京に住んでいる人には、信じられない世界なんじゃないかな・・。
(帰りたいな・・・)
ふいにそう思った。
支部の建物が見えなくなるくらい離れると、その辺のビルの入り口前の階段に座り込んだ。
(なんか・・・疲れちゃった・・・・)
試験を受けたのはこれで3度目。今度こそいけると思ってたのに・・・。
「才能がない、なんて・・・そんなもの・・・」
とっくの昔から判ってたよ。言われなくても。誰かに言われなくても、身にしみて判ってたんだよ・・・。
ポタリ、と手の甲に何かが落ちた。
雨かな?と思って空を見上げる。
目に痛いくらい白い空、雨の気配はしない。
「・・・・・あ、なんだ・・・・」
頬に伝う涙を拭う。情けないことに、涙が出たらしい。
(・・・・・本当に、情けないなァ・・・・)
暫くは、叔父さんの所へ帰れなくなってしまった。こんな顔を叔父さんに見せるわけにはいかない。
(あの人はきっと心配してくれる・・・)
それで優しく抱き寄せて、頭を撫でてくれるに違いない。
それはとても好きだけど。
叔父さんと肩を並べて頼られるようになりたいと思っている自分としては、とっても不本意で。
だからこそ、より悔しくて溜まらなくなる。


俺が叔父さんと一緒に居るようになって、9年たった。
初めて会ったのは、5歳のとき。子供の頃だけど、その時のことはぼんやりと覚えてる。
両親が海外に仕事で行くことになったらしく、俺は叔父さんに預けられた。
泣き喚いて、お父さんの足にしがみ付いてた。
いかないで、置いていかないで、って言ってる自分の声を覚えてる。
二人が車に乗って行ってしまうシーンも覚えてる。
あの時のせいで、10歳になるまで、自分は両親に捨てられたんじゃないか?というものが消えなかった。
今はそんなこと、ちっとも思ってないけど。
あの後の記憶は薄れてしまってあまり覚えてないけど。
何故か知らないけど、叔父さんが泣いてて。びっくりして頭を撫でてみたのも・・・少し覚えてる。
その後で、叔父さんが優しく抱きしめてくれたのも。
(・・・なんだ、結構覚えてるなァ・・俺物覚え悪いはずなのにな・・・)
えーっと・・・・何て言うんだっけ・・?いもずりしき?いもずるしき?いもじき?
ともかく、そんな感じで、思い出していくような感じで思い出していく。
(なんか、日本語変だけど、良いか・・)
自己ツッコミを、片隅において、思い出を辿っていく。

叔父さんに預けられた後、すぐには懐かなかった。
だって髭生えてて野生のゴリラみたいだったし・・・・言うと絶対に泣くなァ・・叔父さん、意外とせ・・・せ・・?そうそう繊細だから。
それで、叔父さんに噛み付いたこともある。撫でようとしてくれた手にかぶり、と。
他にも引っ掻いたり、叩いたり。
叔父さんは怒らなかった。いつも苦笑いを浮かべて、何度も何度も手を差し伸べてくれた。
『あっちいけ!』とか『キライ!』とか、『ゴリラ!』とかも言った記憶がある。
叔父さんがお菓子を持ってきたのを投げつけたり、ご飯を作ってくれたのに食べなかったり。
それでも叔父さんは怒らなかった。
苦笑いを浮かべて、仕方がないって頭を掻いてた。
そんな叔父さんの姿が突然見えなくなって、家中捜しまわった。
散々嫌がらせしたから、どこかへ行ってしまったと思って。
・・・また見捨てられたと思って・・・
目の前が真っ暗になって、独りぼっちになったようで。
泣いた。大泣きしてたら、近所のおばさんが慌てて来てくれたけど、止まらなかった。
そしたら、おばさんが「叔父さんが来たわよ!」って指差して、そっち見ると叔父さんが呆然と立ってて。転がるような勢いで、抱き付いて泣きまくった。
行かないで、置いていかないで、って泣きながら言ってた・・・と思う。
そしたら、叔父さんが、優しい声で言った。

『お前を置いてどこかに行ったりしない・・・』

この言葉だけは、ずっと心の中にある。叔父さんには言わないけど、俺にとっては。大切な約束。
思えば、叔父さんは、何かにつけてずっと言ってくれている。
『傍に居る』とか『俺から離れるなよ』とか。
(いつまで、一緒に、居れるのかな・・・・)
一緒にずっと居られる道を選んだけど、その道はとても険しくて。
いつか、呆れられたりしないだろうかと不安で仕方がない。
叔父さんはとても「できる」人だった。仕事も家事も、女の人にだって、もててた。
だけど、叔父さんはいつでも俺を最優先にしてくれた。
人から『重荷になってる』とか『お荷物』とか、散々言われた。
そのたびに叔父さんが、気にするなと、少し怒りながら言ってくれるけど。
(叔父さんにくっついてまわってる・・・今も、きっと・・・甘えなんだろうな・・)
叔父さんは、俺がバディになって以来、あまり危なくない遺跡ばかり選んで行ってる。
叔父さんは言わないけど、俺のため何だって事は、誰かに言われないでも判ってる。
いつでもずっと、俺のことばかり優先してくれる。
「・・・・・・・叔父さん・・・」
ポツリと呟いたとき、ふと誰かに肩を叩かれた。

見上げると目の前に警察官が立っていた。
「え・・・・・?」
「キミ、こんな時間に何をしてるんだね?」
「こんな時間・・?」
丁度昼を少し回ったくらいの時間だろうか。そういえば、お腹が減った気がする。
「まだ学校にいる時間だろう?見たところ、中学生くらいのようだが?」
「えっと・・俺は・・・そのぉ・・・学校行ってないから」
「不登校か?サボリか?もしかして・・・家出か?詳しいことは車で聞こう、ついてくるんだ」
ぐい、と腕を掴まれて強引に立たされると、肩を引き寄せられて歩かされる。
「あ、ちょっとッ!まって・・・」
「こらッ!いいか?今からキミを補導するんだからな?大人しくついてくるように」
「もーーッッ!行かないってば!!!」
強引に振り払って、駆け出すと、警察官は笛を吹きながら追いかけてきた。
「そこの子ー!止まりなさいぃー!」
「とまりませーーーん!」
あーもぅしつこいなァっ!
全速力で、警察官を振り切るべく、走る。
目に付いたビルの中に入り、階段を上り、追いかけてきたのを確認して2階から飛び降りる。
「まちな・・・・ぎゃぁぁぁぁー!?あぶないー!」
「へへーん!ばーかばーか!」
慌てる警官の声を聞きながら、すたんと着地すると、走り出す。
「あっかんべぇーーーー!!!」
あらゆる角を曲がり、結構な距離を走って立ち止まった。
(・・・よし!ついてきてないな!)
人気のないルートを選んできたので、目撃者も少ないだろう。
ふと周囲を見渡す。お腹も減ったし、喉も乾いた。ぎゅるるーとなるお腹を抑えて、考える。
リュックの中には、叔父さんが作ってくれたお弁当が入っている。飲み物も、水筒に入れられてるはずだ。
ゆっくりと歩きながら周囲を見渡すと、小さな公園が目に入った。
(ここで食べようっと〜!)

お弁当を取り出して、蓋を開けると、ご飯にハートのマークがついていた。
「わぁ・・・・!」
二段式のお弁当箱は、おかずもびっしり詰っている。
白いご飯の上にはピンクの何かでハートマークがでかでかと描かれている・・ちょっと恥ずかしい。
おかずは、ウィンナーはタコさんウィンナー。リンゴは兎さん。野菜も好きキライの多い俺でも食べられるものばかりで。
「うーーーんッ!おいしー!」
ばぐばぐと口に詰め込む。本当においしい。
綺麗に食べ終えて、ごちそう様でしたとお弁当箱を拝んで治すと水筒を取り出す。
コポコポと注ぐと、ほかほかと暖かい緑茶が出てきた。
お弁当の中身もだけど、このお茶も、俺が好きなもので。
もたせてくれたものが全部、俺のためのものなのに、気づいて。
嬉しくなったと共に、合格できなかった自分が情けなくて落ち込んだ。
「はぁ・・・・・」
期待を、されてたのかな・・・?と思う。
そうあって欲しいと思うけど、それを裏切ってしまった自分が、嫌になる。
叔父さんは、いつも何も言わない。
テストでO点とか、20点とか取っても、苦笑するだけで怒りはしなかった。かけっこで転んで最後になっても、叔父さんは笑って撫でてくれるだけだった。
思えば、「何かをしろ」とか言われたことがない。
叔父さんはいつも結果を見て、「よくやった」とか「頑張ったな」とか誉めてくれた。
それは嬉しい事だったけど、期待をしてほしいとか思う時だってあった。
がっかりさせたくないけど・・・いつだって胸張って自慢できる子で居たかった。
「叔父さんはぁ・・・・俺のこと・・・ダメな子とか思ってんのかなぁ・・・」
はぁ、とため息をついて、膝を抱える。
「うぅぅぅ・・・・あーもぅッ!」
ぶんぶんと頭を振って暗くなる思考を追い払う。落ち込んだ顔のまま、帰ったらきっと心配する。
迎えに来るまで、あと二時間くらい・・・。
(どうしよう・・・・?うーん・・・・)
考えても仕方がないので、ごろりと座っていたベンチに横になった。
「寝よっと・・・」
この場所は木陰で、周囲に人気もなくて、風の通り道なのか気持ちがいい。目を閉じて、腕枕をして眠りについた。


ホワンホワンと白い景色の中。雪が舞い散っている。
(これは夢なんだろうな・・・)
ふと手元を見ると、両手はとても小さかった。
視界も低くて、空が高い。
――寒い・・・・・・・。
ぶるっと震えると、急に暖かいものに包まれる。
『こらッ!手袋とマフラーはちゃんとしときなさいって言っただろ?こんなに冷たくなってんじゃねぇか・・』
ぎゅううと抱きしめられて、酸欠に陥る。
あっぷあっぷともがくと、『あ、だだだだだだだだだ大丈夫かー!!!悪いッッ!』と、大慌ての声が降ってくる。
マフラーを巻かれ、手袋をつけさせて貰うと、急に身体が宙に浮いた。
『九龍?』
『おじちゃん』
(あぁ、今、昔の自分の中に居るのか・・・)
『んーーーーーーーッ!!!かわぁいぃぃぃぃぃーーーー!!!!』
絶叫。ともかく絶叫。魂の底から叫んでいる。
ビックリして、眼を丸くすると、叔父さんはデレ〜と崩れた顔をして、頬擦りをしてきた。
(あ・・髭ないや・・・)
そういえば、叔父さんもかなり若い。
『おじちゃん、僕ね、お雪で、ゆきだるまつくりたいぃー!』
『おぅ!!!でっかいの、作ろうな?』
『うん!』
(・・・・・・叔父さん・・・・なんで半そでなの・・・?)
自分と叔父の、和やかな雰囲気に懐かしく思いながらも、そんなところに眼がいった。
寒くないのか不思議だ。
ふと、視界が揺れて、次の瞬間、叔父さんの背中が見えた。
さっきの続きなのか、雪が舞い散っている。
自分は、叔父の背中を見ながら、その足跡を辿っていた。
『九龍ー?』
『おじちゃんー?』
『くろう〜〜!』
『おじちゃん!』
『くろうー!』
『おじちゃーん!』
呼び合って、笑い合う。
よくこうして呼び合って笑い合ったな、と思い出す。
(呼ばれると嬉しくて。答えてもらうと嬉しくて・・何度呼んでもちゃんと返してくれたんだよな、叔父さん・・)
優しい叔父は、とても幸せそうな顔をしているようだった。
『おじちゃん・・・』
『なんだー?くろ〜?』
『大好きッ!』
『ごふぁっ!?』
雪に鮮血が舞った。
(なんかすごい勢いで・・・鼻血が・・・・・叔父さん大丈夫かなァ・・?)
具合悪かったのかなァ・・・・と思ったとき、また視界が揺れる。思わず目を閉じた。
『可愛い可愛い可愛いかわいぃーーーー!』
後頭部にすりすりと頬擦りしている感じがして、眼を開ける。
自分は暖かい布団に横になっているようだ。
(あぁ・・・叔父さんのベッドだ・・・)
横になる自分の身体に、しっかりと叔父の腕が巻き付いている。
『おじちゃん・・・』
『お?起きたか?』
『どこにも行かないでね?・・・・・置いていかないでね・・?』
この言葉には覚えがあった。あぁ・・・・叔父さんがお仕置きをしようとして、昔合った緑の燃えないゴミを捨てるBOXに、自分を連れていって放置したことがあった。
放置と言っても、3メートルほどしか離れてなかったけど。
(本気で捨てられちゃうと、思ったんだっけ・・・)
それで、大声で泣き叫んで、慌てた叔父さんは何度も謝って。
『どこにも行かないぜ?お前の傍に、ずっと居る・・・』
『ほんと・・・?』
『あぁ』
『・・・ごめんなさい・・・悪戯ばかりして・・・・ひっく』
『あぁぁぁぁーーーな、泣くな?俺は全然怒ってないぞ!?むしろ悪戯するお前はかわいいぃー!!』
『・・・・・・こごろーおじちゃん・・・』
『おぅ〜!』
『一緒に居てね・・?』
『お、おぅッ!!!』
背後で『おっと、鼻血が』とかいう叔父の声がして、また意識が遠ざかった。

『さぁ、おいで?』
そう言って誰かに手を引かれて歩く。そっと相手を見上げても、その顔は暗くなって見えない。
(・・・・これは・・・?)
『キミは可愛いね・・?あぁ、男の子なんだね?女の子に見えたよ』
肘を掴まれて、抱き寄せられて、その人の匂いに顔を顰めた。
嫌な匂いだ。
『さぁ、おいで・・・良いものを買ってあげよう』
ぐいぐいと、前に前に歩かされる。
(なんだろう・・・・・・・イヤだ・・)
足を止めようとするのに、自分は止まらない。
前方に車が見えた。
(コワイヨ・・・アレに乗っちゃ、ダメだ)
自分は今はそう思うのに、小さな自分は何も考えずに、押されるままに車に近づいた。
扉が開く。
背を押され押し込まれそうになる寸前。
『九龍ッッッ!!!!!!』
猛烈な勢いでやってきた叔父さんに、捕獲されて抱きしめられた。
暖かい叔父さんの腕に安心する。
その心臓は凄い勢いで動いてた。
『よ、良かった・・・』
『おじちゃん・・?』
『・・・九龍・・・九龍、あそこに・・・遠くに、友達が居るだろ?お前と遊ぼうって言ってたぞ?行って来なさい・・』
『うん!わかったー』
『振り向いちゃダメだぞ?まっすぐ行くんだぞ?』
『うん!』
(・・・・・・・・・叔父さん、怒ってた・・・)
昔の自分は気づかなかったけど、今なら判った。
走り出した自分の背後で、叔父さんが、男に何か怒鳴っている声が聞こえた。
『覚悟しやがれ、・・・・・細切れにしてやる』
(・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・でも・・・なんで怒ってたんだろ・・・?)

それからずっと夢の中を漂った。場面はあちこちに飛んで、まるでドラマのようで。
運動会でかけっこの時、ビデオカメラを構える叔父さんに手を振ると、ものすごい勢いで手を振り返してくれたり。
授業参観日、母親達に混ざって来てくれたりとか。
何時だって笑いかけてくれる。
『ただいまーお腹減ったー』
『おかえりぃぃぃー!!!おやつあるぞゥ〜』
毎日、家に帰ると抱きしめてくれる叔父さんが好きだった。
友達には変だとか言われたけど・・・・・。
場面がふと、停止した。暗い家の居間だった。
『叔父さん、おそいーーー』
目の前のテーブルには、白くておいしそうなケーキがあった。
(あ、これ・・・・叔父さんがお仕事に行きだしてむかえた、叔父さんの誕生日の事だ・・)
窓の外は台風で、風に窓がゆれている。
ぎゅう〜とお腹の音が鳴る。それを撫でて我慢我慢と自分に言う。
叔父さんへのプレゼントを、膝の上に置いて、テーブルにうつ伏せになった。
『早く帰ってきて・・・・』
さびしいよ・・・・と声にならないけど、呟いた。
窓を打つ雨音しかしない部屋で、やがて自分は眠りについて。
夢の中の自分は、見たはずのない光景を見ていた。
叔父さんが慌てて家に入ってくる。
電気をつけて、自分を見つけると、荷物を放り出して近寄って。
安堵のため息をついた叔父さんは、膝の上に置いてあったプレゼントを見つけて。
そのヒモを解いて・・・・・中を見たとたん、叔父さんは、ボロボロと泣き出した。
『九龍・・・・九龍・・・・・』
優しい腕に抱き上げられる。オデコに優しくちゅッと、されて、囁かれる。
『愛してるぞ・・・・九龍・・』
(叔父さん・・・・・・・)
そうだった。いつだって叔父さんは・・・・・俺を想ってくれていた・・。

ふいに視界が明るくなった。
(桜だ・・・・)
視界に映るのは桜並木。ひらひらと落ちていく桜はとても綺麗。
卒業式の日だ、と思い出す。場面が飛びすぎて、思い出すのが大変だ。
桜並木の木の下に、叔父さんが珍しくびしっとスーツを着込んで立っていた。
遠くから見たら、とても格好良く見える。
『おじさんっ!』
『お?九龍』
駆け寄ると、嬉しそうに笑いかけてくれる。
それに少し笑って答えると、一歩ずつ、慎重に近づいた。
心臓がどきどきと動いてる。緊張で、握り締めた卒業証書の筒が、滑りそうになる。
『叔父さん、あのね・・・』
『ん?どうした?』
『これ・・・・受け取って』
卒業証書を差し出した。
(あぁ・・・そうだった、すごく緊張してたんだった・・)
『俺・・・・叔父さんと一緒にずっと居たいんだ』
叔父さんの眼を見つめて言うと、叔父さんは驚いた様に目を見開いた。
『中学校には行かない。叔父さんの、お仕事・・・手伝いたい』
『く、九龍・・・』
『もう・・・・置いて行かれるのは、嫌なんだ・・・・叔父さんと』
近づいて、叔父さんの手を掴んだ。絶対に放さないッ!と気迫をこめて続ける。
『一緒にずっと、居たい』
『九龍・・・・』
呆然とした叔父さんに抱きついた。
その腕が動いて、抱きしめ返してくれて、安心する。
『・・・・何言っても無駄みたいだな?俺はお前には、平凡で幸せな人生を歩んで欲しいと思ってるんだが・・・』
『・・・・ッ!』
『あぁ、そんな顔すんな?・・・・俺もお前と、ずっと一緒に居たいぜ・・・?』
『ホント・・・?』
『あぁ。お前は、もう決めたんだな?』
『うん!』
『・・・仕方がねェなぁ・・・・・・しっかりやれよ・・・?相棒』
『えへへへ・・・・・嬉しい・・』
『くッ・・・・・』
叔父さんが何故か、よろめいた。
『叔父さん?どうしたの?』
『いや・・・ちょっと持病の水虫がな・・・』
『・・・・?あのね、あのね?指切りしてよ』
『お?おぉ、いいぜ・・・・ぁぁかッッわッッいい・・・
指切りをかわして、笑いあった。

大切な大切な約束。

(大好きだよ、叔父さん・・・・・)
いつまで一緒にいられるだろうか・・・・・・・・・・・と、また思った。

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