叔父さんと僕・オヤジ編
第一部その1
「ほれっ!なぁ?よく見ろって・・可愛いだろ?」 顔と同じくらいにやけきった声が店内に響き渡った。 酔っ払い特有の大声なのだが、周囲も皆酔っ払いだらけなので誰一人とて気に止めた風はいない。 ニヤニヤと目尻まで下がりきっているオヤジ以上に、コンパで盛り上がる学生集団のほうが賑やかでうるさい。 「お〜こりゃぁ・・可愛い女のコっすね、旦那」 店の親父がカウンターに身を乗り出す様にして、オヤジの手元にあるパスケースを覗き込んだ。 「そう見えるだろ?実はな、男の子なんだ」 「えっ!?そうなんですかい!?可愛らしいスカートを履いているからてっきり・・」 「似合うから着せてみたんだ。可愛いだろォ!?」 「着せるなッッ」 憮然とした、どこか怒っているような声がオヤジの隣で声と同じく不機嫌そうな男からした。 オヤジはそんな風情の男をニヤニヤと眺めて、更に懐から写真を取り出した。 「さっきのは、あいつがチビっちゃい頃のでな。これはその1年後、こっちは小学校に上がった頃のだ」 「旦那、一体何枚お持ちなんですかい・・・」 「あ?全部見るか?」 「え、いや・・・・」 今にも取り出しそうなオヤジを店の親父は手で制すると、オヤジは不服そうに酒を煽った。 そしてどこか遠くを見るような視線をして、語り出した。 俺がガキと出会ったのは、俺が30になった年だった。 あん?俺のガキじゃなかったのかって?それはな、ものすごく、凄まじく残念な事ながら違うんだよ。俺はいつでも貰いうける準備は出来てるんだけどな・・・って、痛えよ!蹴るんじゃねェ! でだ。ガキと会った時・・・あぁ、ガキはバカタレアホタレ兄貴のガキでな・・・・痛えッ!!だから、蹴るなって言っただろーがッ!まぁともかく、そのガキは兄貴のガキで、夫婦仕事で海外に行くからってんで、俺が預かることになったわけよ。 まだ5歳でな、俺の膝丈よりちっちゃくてなぁ・・。手の平なんか紅葉だよ。紅葉。 ちっちゃい手の平をぎゅっと握り締めて、父ちゃんと母ちゃんに行かないでくれって泣いて・・・・・・・・・・てな。 ・・・うっ・・・ううっ・・・・・。 おっと・・・すまねぇな・・・台拭き借りるぜ・・・・・年取ると涙もろくてしょうがねェ・・・。 ふぅ・・・俺は当時、若い頃に在りがちな挫折感を抱いてて、それでガキの面倒を見ることを了承したんだが・・・、あ?30は若くないだと?おいおい、男はな、30からが旬なんだよ。八百屋に並べたら速攻で売れるくらい新鮮なんだぞッ! 話のこしを折るなよ、いい所なんだからな。 で、だ・・俺は当時目に見えるほど荒れてたんだ。人には言えないヤバイ事にも手を出したさ。 そんな俺に、田舎・・・九州のド田舎だ。ぶっちゃけ山しかないな・・・そこへ戻ってガキの面倒を見てくれと言われた時は驚いたさ。 兄貴は俺の所業を耳にしてたはずなのにな。 『落ちついて綺麗な空気でも吸いながら、子供の面倒でも見てくれないか』って言われた時は、おいおい、こいつ正気かよ?と思ったぜ。 それを言うと、俺のことを信頼してるとか言うしよ・・・柄にもなく本気で照れたな、あれは。 それでまぁ、それまで居たところに居辛くなってたからよ、ついでだからってんで、受けたんだ。 ガキは、ひょろひょろと痩せててちびっこくて、それなのにどこからそんな力が?と思うくらい全力で兄貴の足にしがみ付いてた。 行かないでくれ、置いていかないでくれと、でっかい目からぼろぼろと大粒の涙を流しながら泣き叫ぶんだよ。 始めは、うるさいガキだとか思ってた荒んだ俺ですら、しまいにはもらい泣きさ。 ・・・・・あの時は兄貴とその奥さんが鬼に見えたな。血も涙もない妖怪人間とか・・・・ッ!!痛ッ!踏むなッ! それで、兄貴達が行っちまった後、暫く泣いてたガキは涙が枯れたんだろうな・・・ぽやっとした顔して嗚咽を上げながら座り込んで丸くなったんだ。ちっちゃい肩がぶるぶる震えてよ・・。あまりの可哀想さに俺まで泣いちまって。 そしたらだ!!!!!ガキは俺をまんまるとした眼で見つめて、俺に近づいてきたんだよ! あのちっちゃな紅葉の手で、ヨシヨシと俺の頭を頑張って撫でようと背伸びするんだぞ!?もうなんか、あまりの可愛らしさと可哀想さと優しさに、思いきりハグハグしたさ! あ・・・?ハグってなんだって?ぎゅむっとこぅっ!抱きしめることだよ。 あの瞬間、俺の心はな癒されたんだよ。あぁ、俺が求めてたのは、こんな愛だったかと・・。 全力でこの子の面倒を見ようと決めた瞬間でもあったな。 「いいお話ですなァ・・・・」 ふとオヤジの隣、スーツ姿の男とは逆の方に、これまたくたびれた風のサラリーマンが立っていた。 知りあいではないらしいが、酒場で話があって雑談するのは普通のことだ。 オヤジは、その男に椅子を勧め気前良く焼酎を告いでやりながら話を進めた。 最初の晩は、抱きしめて寝た。・・泣き疲れたんだろうな。子供の体温ってのは暖かくてなぁ・・ちっちゃくて、潰さないかと冷や冷やしたもんだ。 翌日からの共同生活は最初から順調だった・・・わけじゃねぇ。 最初の日は、親との別れで混乱してたんだろうな。俺を認識していたわけじゃなかったみたいで。 母親を捜して泣き出すわ、で大変だったんだぞ・・? しまいには、俺が居るから父ちゃんと母ちゃんが帰ってこないって思ったらしく噛みつくしよ。ありゃ子猫どころか子狼だったな・・。 お菓子を上げても、おもちゃを上げても、いらない!の一点張り。 そりゃ・・そうだよな。5歳なんてまだ親と離れる歳じゃねェよな・・。 寂しくて仕方がなかったんだろうな。それでも俺の手前、ピリピリと毛を逆立てて威嚇するんだよ。 一歩近づけば3歩下がられるしよ。 俺に「帰れ」って何度も何度も言って、取り付く島もなかったな。 数日はそんなやり取りが続いたさ。 俺がやった飯は食わねぇし。近所のおばさんが見かねて持ってきてくれたおにぎりは食べてたがな・・。おばさんにジェラシー感じたぞ、俺は。 懐かないガキとの生活は本当に大変でよ・・。 俺はどうすればガキと仲良くなれるか考えたさ。それで思いついたんだよ。ガキんちょの好きな玩具をプレゼントしよう、ってな。 早速街に買いに出たんだが・・・・帰ったとき後悔したぜ。 家の敷地外まで聞こえるくらいの大声でガキが泣いてたんだよ。 慌てて家に入ると、隣のおばさんがガキの傍で慌ててた。おばさんが俺を指差して「叔父さん来たわよ!」と言うとだ・・。イノシシみたいな勢いでガキんちょが特攻してきた。慌てて抱きとめたさ。 わんわん泣くガキは、泣きながら俺の服をぎゅうと握り締めてしがみ付いて、行かないでと泣くんだよ。 俺まで出ていったと思われたらしいな・・。 全力でしがみ付くガキを力いっぱい抱きしめてやって俺は言ったんだ。 『お前を置いてどこかに行ったりしない』 女にも言った事のないような台詞だぞ!?恥ずかしかったが、その時俺は心底そう思ったんだよ。あれは俺の一生の誓いで良いとすら思うな。 「ベタ惚れですなぁ・・・旦那」 「あぁ、そりゃもうベタベタ惚れよッ!」 「そうですよね・・・私にも娘が居ますが、同じくベタベタベタ惚れです」 「あ?俺だってベタベタベタベタベタ惚れよ!」 「いや私のほうこそッ!ベタベタベタベタベタベタベタ惚れなんです」 「フッ、あんたもやるな・・」 「あなたこそ、ですが、愛では負けません」 酒屋の親父は、意気投合する親バカと甥バカを見つめ、迷った挙句、オヤジの話の先を促した。 オヤジを挟んで一人暗いスーツの男は、どこか苦渋の顔をして酒を飲んでいた。 あ?こっちの暗いヤツは気にすんなって。耳に痛い話なんだろうよ・・・って踏むなッ!ったくよ・・・。 んでだ。ガキと俺は少し仲良くなった。まだ距離感はあったが・・・・。 それがなッ!可愛いんだよ! 俺が歩くと数歩離れてガキが付いてくるんだが・・、家中付いて回るわけだ。俺が振り向くと、頭を抱えて隠れてる振りをするんだよ。 それがもぅ可愛らしくてなぁぁぁぁー!! はぁはぁ、いけねェ。焼き鳥屋の中心で愛を叫んじまったぜ。 でだ、その次の日俺が洗濯物を干してるとエプロンを引っ張るんだよ、ガキが。 ん・・・・?あぁエプロンは持参だ。フリフリの可愛らしい黄色いエプロンだったぞ?今は全部甥っ子の父の日のプレゼントのヤツだがな・・。 へへへへへっ、羨ましいか?はははははッ! ――っぐぉっ!?け・・・蹴るな・・・そこマジ痛てぇ・・・。そんな顔しなくても、ちゃんと数年分溜まってあるんだよ、実父の分も。あの子は優しいからな。 それで俺のエプロンを引っ張って、その子は言ったんだ。 「おじちゃんのお名前はー?」ってな。初日に名乗ったんだが、やっぱり混乱してたんだな・・。 俺はそのチビと同じ目線になって名乗った。 「俺は叔父ちゃんだが、お兄さんなんだ。小五郎お兄ちゃんと呼んでくれ」とな。 あ・・?あぁ俺の名前は葉佩小五郎っていうんだよ。イカシタ名前だろ? だよな、だよな、あんた判ってるな!まぁ飲めよ! で・・・そう言ったらあのチビは、舌足らずな声で「こごろーおじちゃん」と言い出した。何度「お兄さんだ」と訂正しても、「おじちゃん」で定着したらしい。 まぁでも、可愛いから許す! それから・・・。小首を傾げながら、今度は自分の名前を名乗ったんだよ。 「はばきくろーっていうの・・、おじちゃん・・・おじちゃんどこにもいかない?」ってな。 あぁぁぁぁああああー!!!可愛いッ!めっちゃ可愛い!そう思うだろ!?俺が頷くと「くろーね・・おなかすいた!」って笑うんだよ。 「あぁぁっもーーーッ!ラブリーッッ!」 「お客さんッッ!落ちついてッ!」 「判ります。わかりますよぅー!その気持ちッ!」 オヤジとその隣の親父が、2人して叫ぶ。合コンをやっていた学生集団すら、騒ぐのを止めてこちらを見ていた。 「お客さんも、お連れの旦那を止めてくださいよッ!」 「・・・・・あの子は可愛いんだよ・・」 「はい?」 「こいつが虜になるのもよくわかる・・」 「はいぃ?」 暗いスーツの男は静かに語ると、隣の話を促した。どうやら聞く気になっているらしい。 店の親父は渋い顔をしながらも、同じく聞きに入った。 それでガキ・・いや、九龍は、俺に懐いた。 一旦懐くと甘えたい盛りなんだろうな。両親と離れてしまったせいでもあるだろうけどよ。 本当にもう懐きまくった。どこへ行くにも付いて来て、しょっちゅう俺の名前を呼ぶんだ。 そのたびに返事してやって呼び返すと、満面の笑顔で喜ぶんだぜ?何度あまりの可愛らしさに骨抜きになったことか・・。 あ?まるで新婚さんだと?あぁ・・・それもいいんじゃねぇか?痛ッッ!つ、抓るなッ!!まったく・・・。 しかしだ。ふわふわのさらさらの髪の毛の、笑顔の愛らしい九龍は、確かに天使なんだが。小悪魔でもあったんだ・・。 始まりはおたまじゃくしだった。 洗濯をしようと、ポケットを点検したら中に大量の・・・・・・おたまじゃくしがッッッッ! 俺は色々なものを見てきた。あぁ、綺麗なものから汚いものまでありとあらゆるモノを見てきたはずで、悲鳴なんて上げるほど柔な精神じゃないはずなのにだ。 情けないことに悲鳴を上げた。ホントマジで気持ち悪いんだって!想像してみろ?まだ微妙に動いてる大量のおたまじゃくし・・しかも羽化したての小さいのから足の生えたヤツまで、ポケットいっぱいにだぞ!? あぁ・・・・いかん・・・思い出しちまった。 暫く、イクラ丼は食えねぇよ・・・・。 「それは結局どうしたんですか・・・?」 「捨てたさ。洗濯する気にもならなかったしな・・・・」 「それで怒ったのか?」 「・・・・・・・・・・・あいつにな、どうしてそんなことをしたか怒って問い詰めたんだ」 オヤジはまたちょっとにやけた顔をして、コップの酒を煽った。 「『ぼく、しらないもーん』とかそっぽ向いて言うから怒って、ごめんなさいと言わせようとしたんだ」 「悪戯小僧だったんですねぇ・・うちの娘もわんぱくものでしたが・・」 「どこも一緒だなァ・・・まぁ、でもな、怒れば怒るほど、どっか嬉しそうなんだよ」 「泣かなかったんですかい?」 「なんかな、両親に捨てられたとか思ってたらしくてよ・・俺に見捨てられたらどうしようかって子供ながら思ってたんだろうな・・」 隣のスーツ男が目に見えて落ち込んだ。 「俺が怒ったことで、まだ自分に興味があるんだとか、思ったのかもな。笑いながら『ごめんなちゃい』だぞ?」 「あぁ・・怒られて安心したんですね?」 「またまたそれが可愛くてよぉ・・・次やったらお尻叩くぞッ!と脅したけど、俺絶対にやけてたな・・」 顔がまたもでれ〜と崩れた。 で。その天使の顔をした小悪魔ちゃんは、わんぱく小僧でな? 俺達が住んでいたところは、周辺は山と田んぼしかない。子供の遊び場は自然の中に限られた。 九龍はよく田んぼで遊んでた。 近所のじーさんやらばーさんにも可愛がられてたから、俺が家の仕事をしてても誰かがついでに見てくれてたんだ。 田んぼでいつも泥だらけになってた。 そうそう。悪戯だが、おたまじゃくし事件の数日後、今度もポケットに何かが入ってたんで、恐る恐る見てみたさ。 何だと思う?俺は心底たまげたぞ・・。 なんとな、でっかいカエルが生きたままはいってたんだよ。まだ元気でゲコゲコないてやがるんだよ。 俺は吃驚したな。・・・考えても見ろ。進化してるだろ? だから俺は九龍にカエルと捕まえていって言ってやった。 「おたまじゃくしが成長すると何になるか知ってるのか?」ってな。 そしたら、「おたたじゃくしは、カエルにかえるゆーとった!」だぞ!? 多分、じーさんかばーさんが教えたんだろうけどな、この子は物覚えが良くて、きっと将来頭が良くなるな!と思ったもんだ。 まぁ・・・・・・・実際は・・・・・うん。バカな子ほど可愛いって言うしな! まぁ本当。今でもマイスィートハニィーなんだがよっ!へへへへ・・・・っておい、ナイフを持つなッ!殺す気かッ! ・・・・・・ごほんっ、それでなッ! 小悪魔ちゃんの悪戯はエスカレートする一方でよ、夏はセミを家中に放されて大変だったし、田んぼに埋まって抜け出せなくなってぎゃんぎゃん泣いてたり、高い木に登って降りれなくなったり。 俺のベットにカマキリや、蝙蝠や、セミの抜け殻や、ヘビとか投げ込まれてたり。 さすがにヘビはびっくりしたが・・・。俺が驚く姿が面白いらしい。 あまりにも悪戯ばかりするので、ちょいと気を引き締めて怒るかとお尻を叩いてみたり、説教をしてみたり、外に立たせてみたりしたが・・・。 ・・・・・一番堪えたのは、ちょっとした仕返しのつもりでやったやつで。 緑のBOXって在っただろ?不燃物を回収するBOX。あれに「捨ててくるぞ!」と脅して、裸足の九龍をその上に置いて放置してみたんだ。 勿論、ちょっとしたお灸を吸えるだけのつもりで。 そしたらな・・・泣くんだよ。 それも悲痛な泣き叫びでよ。 行かないでくれ、置いていかないでくれ、って。もうしないから、これはイヤだって。 俺は慌てて抱き上げて、どこにも行かない。傍に居る。『お前を置いてどこにも行かない』って言っただろ?って言い聞かせたさ。 その日はずっと泣いて、しがみ付いて離れないから抱きしめて寝た。 ふにゃっとした小さい身体は柔らかくてよ、プニプニしたほっぺは赤くてよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・可愛かったなァ・・・・・・・ 「・・・・・お前の言い方は何故そんなにも卑猥なんだッッ!!!!!!!」 「はぁ!?どこがだ!!!俺の愛情はどこへ出しても立派な愛だぞ!?」 「お前、前々から前々から前々から、思ってたが・・・ロリコンじゃないだろうな!?」 スーツの男がぎりぎりと音を立てて、オヤジの首を締めつける。オヤジはギブギブと、その手を叩きながらも反論する。 酒屋の親父は、それを見て「お客さんー乱闘なら外でお願いしますデスー」と、テキパキと焼き鳥を焼きながら言う。 オヤジの隣のサラリーマンは、「うちの娘も寝ている姿は天使ですよ・・・あ、起きてても天使ですが・・」と惚気ていた。 騒がしい一角を周囲は幾分迷惑そうな顔をして見ていたが、やがて自分たちの会話へと戻っていった。 誰も助けてくれないとしると、オヤジは首をしめる手を掴み力任せに引き抜いた。 「げほほっ・・・だ、誰がロリコンだッ!」 「じゃぁ、しょ・・・・ショタコンとかいうんじゃないだろうな?」 「俺にそんな趣味はないッッ!俺は単なる甥ッ子ラバーなだけだッ!」 「本当だろうなァ・・・?」 「当たり前だろッ!てかッ『前々から』が何で3度も繰り返されてるんだ!」 「それだけ怪しんでるからだ」 「えーっ!?」 「えーじゃないッ!!!」 「ったくよ・・・・人がせっかく可愛い可愛い甥っ子ちゃんの話してるのによー邪推するなよなー」 「うるさいッ!・・・・それで・・?悪戯は減ったのか?」 あぁ、と頷いたオヤジは、疑念を抱かせそうな、でれ〜〜〜〜っとしまりのない顔をして話を続けた。 あれ以来悪戯は格段に減ったが、6歳7歳といえば、ガキんちょは生意気になっていくもんだ。 九龍もそれなりに生意気だった。幼稚園で友達とやれ喧嘩しただの、悪ガキ集団で近所の柿の木から柿を盗っただの。 まぁ色々しでかしてくれた。 けど、元々素直でどこかのんびりとした性格のせいか、悪い事をしたら謝るという事はきちんと出来ていた。 7歳のとき、七五三の御祝いに両親が帰ってきた。 可愛らしく着飾らせたのに、不機嫌な顔をしてるんで不思議に思いながら写真を撮ったんだが。 笑わないんだよ。 それで「笑ってごらん?」と母親が言うんだが、むすっとした顔のまま九龍は、棒読みで「あーはははははははは」と笑い声だけ出した。 どうやら、両親が戻ってきて嬉しいけど照れくさかったみたいでよ。 あと着飾るのが気恥ずかしかったんだろうな。 ・・・・・あーもーヤベーくらいに可愛いなッ! あん?旦那、どうした?え?自分の娘も、七五三の時着飾らせて写真取ったらぐずった? おいおい旦那。あんたもベタ惚れだな?顔が崩れてるぞー!まぁ俺も人のこと言えねぇけどなッ! そいつはうちと同じで、多分、「可愛い可愛い」言われて照れてたのもあるんじゃないか?あーもぅ可愛いよなァ・・・。 それで、七五三のお祝いに鎧武者の人形と、こいのぼりを買ってやったんだが・・。 ちなみにこいのぼりは、俺の自腹だ!普段の九龍の服も俺が全部選んで買ってやってる! 九龍の両親から貰ってはいるが、それは食費にまわしてる。 服とかそんなのは俺が買ってやりたくてよ・・。俺が長年溜めてきた貯金はほとんど、九龍のためだけに消費されたなァ・・。 悔いはないけどな!むしろ喜びですらある。 ・・・でだ。こいのぼりも鎧武者も、喜んだかというと・・・・残念なだがそうじゃないんだよなぁ・・。 鎧武者は見たとたん、怖い怖いって俺にしがみ付いて泣くし・・・・ん?俺に、だぜ?父親の膝に乗ってたりしたけど、怖いものを目の前にしたとき、頼れるのは俺だったらしい。はははははッ!!!おい、落ち込むなって!仕方がないだろ! で。こいのぼりも、上げる前に広げたら、目が怖いって泣くし。 九龍は笑う顔が一番可愛らしいが、怯えて泣く姿もそりゃもぅ可愛らしいんだよ!秘宝だ、秘宝! いつかそのうち、どっかの鬼が攫いにこないかと心配でならん・・・・・・・。 攫うといえば・・・・実はあったんだ。あ?ちょっっ!落ちつけ!!!落ちつけって!座れッ!!! 今もちゃんとピンピンしてるだろ!? ・・・って旦那まで、なんで泣いてるんだ?あ?娘も人攫いに合いそうで、想像したら泣けた? おっさん、あんたの気持ちは俺もよッッッッッッく判るぞっ!? 俺も想像したら、泣くどころか震えるくらいだぜ・・・。 それで、一度あったんだ。 山側の寺で遊んでたところを、あの忌々しい変質者が連れて行こうとしたんだよ。 九龍はワケがわからなくて、ぽわんとしながらついていったそうだ・・・。 変なヤツにはアレほどついていくなと言い聞かせてたのにな。 偶然近所の子供がそれを見ていて、慌てて教えに来てくれて。 俺はあの時ほど走った覚えはないな。ぶっちゃけ変質者は死滅していいとすら思うぞ。問答無用に殴り殺し・・・てはないが。 見つけたときは本当にぎりぎりだった。車に乗せられたらどうなったかわからない。 まぁ・・・もちろん・・あらゆる手を俺は持っているが・・。 俺はもう無我夢中で相手を殴り飛ばして、九龍を助けた。 九龍は自分のピンチをまったく理解してなくて、今も言い聞かせてるが・・・本当にわかっているかが謎だ。 あ?勿論その変態は顔が変わるほど殴って警察に突き出したけどな。 目当ては変なもんじゃなくて身代金目当てだったみたいだが・・・・。 「あーーーー今思い出しても・・・・・・・・・ッッ!」 焼き鳥の串を持つオヤジは、先ほどのデレデレ顔から一転、般若のような顔になった。 その拳は白くなるほど握り締められている。 「わかります・・・えぇ・・・そんな輩は・・・むしってしまいたいです」 それに相槌を打っていた隣のサラリーマンも、同じように般若顔になり、低い低い声で言った。 「え・・・?むし・・・?」 「はい、むしります」 周囲はその声が聞こえていたのか、シーンと静まり返った。 誰も聞かない言葉は一つだった。 『どこを!?』 しかし、サラリーマン風のオヤジは薄笑いを浮かべたまま、答えを出した。 「全身満遍なくつるつるにします」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「あぁッ!俺もそうしておくべきだったか!?」 「殴るだけなんて生ぬるいですよ!命は取らなくても一生外へ出るのが憚れるくらいにやらないと」 「そうだよな!」 「ええ!」 意気投合するオヤジと親父。 この場に居たものたちは思った。心は一つだった。 (こいつらは、実行するに違いない・・・) 深々とため息をついたのは、最初から少し暗めの無口な男だった。 「・・・・・・・・・それで、続きはどうなんだ?」 周囲の人間はまたもや口にしない思いを抱いた。 『スルーするのかよッ!』 誰も、暴走する甥バカと親バカにツッコミをする者は居なかった・・・。 |