さり気なく神鳳と双樹がいつでも飛び出せるように身構えた。 緊張が走る中、葉佩は阿門を何も言わずに見つめている。動いているのは治療を続けている千貫のみだ。 「葉佩、速やかにこの地を去るのならば、見逃してやろう・・・」 「悪いけど、それは出来ないんだ」 「みすみす命を投げ出すのか?今ここには《生徒会》が揃っている・・・。緋勇とは違い、何の《力》も持たないお前が1人で敵うとでも思っているのか?」 「・・・・やってみなきゃ、判らない」 「ほぉ?」 「俺さ・・・ハンターとして成り立てほやほやで、実は初任務もまだなんだけど・・。でも、やりたいこととか、絶対に譲れないことがある。ずっと《宝探し屋》になるために頑張ってきたんだ」 処置をし終わった千貫が下がり、葉佩が立ちあがり身構える。 その瞳は1歩も譲らないといった意思を宿したまま、輝いていた。 「絶対に譲らない」 「我らに、勝つとでも言うのか・・?」 「ううん。勝たない・・・というか、今は勝てない。だから・・・・・・全力で逃げるッ!」 「ここから手負いのお前が逃げ出せると思っているのか?」 「そーやって舐めてると、その油断がアラになるんだよーッ!」 「アラ・・?」 「仇、だッ!」 「仇です」 「仇だな」 「うッ!・・・あ、仇になるんだよーッ!・・・・・皆で言わなくても・・」 勢いがそがれたのか、急に情けない顔になった葉佩は大きな溜め息をついてソファーに座りなおした。 「逃げてもなんかまた、お腹へって倒れて神鳳さんに拾われそうだなぁ・・」 「大丈夫です。逃げる前に捕獲しますので」 「うーん・・・逃げ足には自信あるけど。捕まっちゃいそうだなぁ〜・・」 「お前が忠告を聞き、この地を去るのなら見逃してやろう」 「それはいやだって言って・・」 膠着状態が続きそうな気配を、神鳳が前に出て止める。 「・・・阿門様・・よろしいでしょうか?」 「神鳳か。構わん・・・言ってみろ」 阿門から許可を得ると、一瞬だけ目線が合った。 (・・・邪魔をするなよってか・・・) それに目を細め、アロマを吸い傍観の体制を取ることで答えた。 「はい。それでは葉佩君・・・君に聞いておきたいことがあります」 「ん?」 「君がこの学園に着た理由、先ほどは質問で返していましたが・・・、実際のところはどうなんですか」 神鳳の静かな尋問に、葉佩は驚いたような顔をした後、気まずけに視線をさ迷わせた。 先ほどは阿門の問いに挑発するような風に答え、はっきりと答えていたわけではないことに気付く。どうやら上手く話を逸らしていたらしい。 「・・・・本当は」 「本当は?」 長い沈黙に絶えかねたように、葉佩はため息をつきながら疲れたように口を開いた。 「俺とすりかわった人・・緋勇さんに会いに来たんだ」 「何故、すりかわったんですか?」 「・・・・えっとー・・・・言いたくないってのは、なし・・?」 「なしです」 「なしにしようよッ!」 「ダメです」 「うぅぅ・・・。・・・・・・・・・・・・H.A.N.Tを・・・」 「聞こえませんよ」 葉佩の小さな声に、神鳳が強く促す。葉佩はよほど言いたくないのか、ソファーに座ったまま肩を落した。 「H.A.N.Tを落しちゃったから・・・」 「H.A.N.Tを?」 「あぁ・・・・緋勇が持ってるとかいう、小型のPCみたいなの?」 「それ、です」 「落したから、ハンターの資格を剥奪されちゃって、代わりに緋勇が来た・・・ってことかしら?」 双樹の言葉に、葉佩は首を振って無言で答えた。 「どういうことなの?」 双樹の質問に、葉佩は大きくため息をついて、辺りを見渡した。 出入り口、窓を見た後、逃げ出すことは困難だと把握したのか、しぶしぶ話の続きを話し出した。 「・・9月のはじめ頃、念願のハンターになって初めての任務を貰って、うきうきして現地に向かってたんだ」 「それはどこの話だ」 エジプトだろう、と予測はつくが一応聞いてみた。 「エジプト」 「・・・・・緋勇とそこで会ったのか?」 「うん・・・。その、向かってる途中で、知らない変な黒服着たおっさん集団に襲われちゃって」 「変な黒服のおっさん集団?」 「サングラスかけて、赤いネクタイの黒いスーツっぽいの!おっさん!」 「・・・・それで?」 「同じ格好のおっさんが10人くらい沸いてきて」 「沸いて・・・ってお前なぁ・・・・」 本気で嫌そうな顔をして、葉佩が言うと、双樹が自分を抱き締めるようにしながらこれまた嫌そうに言った。 「やだわ・・・ストーカー?」 「違うだろッ!」 「最近は物騒ですからね・・・海外は特に。それで、どうなったんですか?」 話がそれそうになったのを、神鳳が冷静に戻す。 葉佩はそれに頷いた後、憂鬱そうなため息をついて話を続けた。 「頑張って逃げて、曲がり角を曲がったところで人にぶつかりそうになっちゃって」 「ぶつかりそうに?」 「ぶつかる前に肘打ち食らって吹っ飛んじゃったから」 「・・・・・・おい、まさか、その肋骨を折ったのは・・・・・・」 「緋勇、なのか?」 阿門が聞くと、葉佩は顔をしかめて肋骨を抑えながら頷いた。 「受身とって、慌ててその人から離れて逃げたけど・・・その時H.A.N.Tを落しちゃったみたいでさ・・・」 「そりゃぁ・・攻撃されたと思っても仕方がないが・・・」 「ものすごッッッく痛いし、それでもどうにか逃げ延びて、安心したら気を失っちゃって。1日くらい寝てて、起きたら・・・H.A.N.Tないし、連絡取れないから《宝探し屋》の本部に言ったら偽者だって言われるし・・」 「偽者?」 「本部に入るためにIDがいるんだけど、それを言っても通してくれなかった・・」 「・・・・・緋勇君が、貴方のH.A.N.Tを着服した、ということですか・・・」 「おうりょう?」 「人のものを勝手に使うことですよ」 「そう・・・なってるみたい・・?」 「俺に聞くなよ・・・。まぁ、確かに緋勇はH.A.N.T使ってるけどな・・」 首を傾げて聞いてきた葉佩に答え、アロマを吸う。 (・・・ん?葉佩のH.A.N.Tを着服して使用しているのが本当ならば) 「緋勇は元は《宝探し屋》でもなんでもないわけか?」 「そうだよ。黒い服のおっちゃん集団の仲間なのかも・・・って俺は思ってるけど・・」 「なるほどな・・・・ようやく理解できた」 「えぇ・・・阿門様」 頷き合う神鳳と阿門を見て、葉佩は不思議そうな顔をした。 「え・・・?何が・・・?」 「お前はどこからみても、何の特殊な《力》も持たない普通の生身の人間だ」 「特殊な《力》・・・・?」 「そうだ・・・《生徒会》、そして執行委員共々、特殊な《力》を持っている。・・・呪われし《力》をな・・」 「呪わ・・れた・・・」 葉佩の表情が強張った。動揺した葉佩を、誰もが鋭い眼で見ている。 (なんだ・・・?心当たりがあるのか・・?) 「・・・だが、緋勇の持つ《力》は違う。あれはもっと強く・・そう真の魔人とも言うべき《力》だ」 「まじん・・・・・・・」 「魔法使いの魔に、人という字ですよ。葉佩君」 「・・・・・あ・・ありがとう・・って何で判るんだよ〜ッ」 「フフ。素直に顔に出ちゃうからよ、ボウヤ」 「うぅ・・・ッ・・・・」 頭を抱えて嘆いて、ソファーに体を預けた。 「そんなに強いんだ、緋勇さん・・・」 「あれでかなり手加減してるみたいだけどな・・・」 思い出すのは緋勇と遺跡に潜った2度の過去。初めての探索のときと、朱堂のときの2度しか一緒に行っていない。 緋勇は仲間を連れて潜ることに抵抗感があるのか、それともこちらの監視に気付いているのか・・・、バディはこの2回以外は一度も連れていって居ないそうだ。 『緋勇君、普段優しいけど遺跡には絶対連れていってくれないんだよ』と不満げに八千穂が愚痴っていたので間違いないだろう。 (緋勇に力を貸すと言って断られたと取手が言ってたな、確か・・・) 協力者は今のところ八千穂と自分の2人だけらしいが、今後も声がかかることはないだろう。 だが、2度で垣間見た緋勇の強さは目に焼き付いている。 初めての探索の日手加減が判らなかったのか、素手で壁を壊すは、化人は一瞬で消し炭にするは・・。 さすがに対人戦の取手相手の時は苦労していたようだが・・・。 その時のことをは忘れない。というかむしろ悪夢だ。 緋勇は取手が敵対し攻撃をしかけて来た時、避けながら長い間考えていた。 『勁』がどうのとか、氣を使わなければいけるか、とか呟いた時、取手は目前に迫っていた。避けさせようと襟首を掴もうとした手が空振りしたかと思ったときには、すでに取手の懐に入っていた。 あまりの早さに八千穂は何をしたのかわからなかったと言っていたが、特殊な《力》を持った皆守の眼にはかろうじて見えていた。 (・・・なんでデコピンで吹っ飛ぶんだよ・・・) 朱堂のときは触りたくなかったのか、かなり遠くから特殊な《力》・・炎を纏うもので吹き飛ばしていた。 「あの《力》は異常だ」 「えぇ・・・・、僕も一度だけ彼が戦うのを遠くから見ましたが、正直我々の《力》すべてで相対したとしても、互角に持ち込めるか持ち込めないか・・・底が知れませんからね・・・あの《力》は・・」 「だが、墓へ潜る《転校生》を見過ごすわけには行かない・・・」 阿門の重々しい言葉に、神鳳と双樹は頷いた。 「葉佩、緋勇に合うためと言ったな?」 「うん」 話ながら、葉佩の仕草が最小限になっていることに気付く。 よく見れば、額に脂汗が浮かんでいる。 (・・・ッ・・・肋骨か・・・) かなりの痛みがあるのだろうが、平然としている振りをしていて気付かなかった。 胸のどこかが罪悪感で痛んだ。 「・・・会って、H.A.N.Tとやらを取り戻すためにか・・?」 「そうだよ・・・早く取り・・戻さなきゃならないんだ」 「どうやって取り戻すんだ。お前を襲った黒服のおっさんどもと仲間かもしれないんだろ?」 「そうだよ・・・それに、俺は緋勇さんがどんな顔してるとか、どんな人なのかとか、名前すら知らなかった」 「今まで何してたんだ・・お前は・・。何時頃からこの学園に居たんだ?」 「来たのは1週間くらい前・・かな・・、校舎に忍び込んでみたり、色々してみたけど・・・誰があの時ぶつかった人なのかとか・・・わからなくて・・」 「それで神鳳に拾われたのか・・・腹をすかせて」 「うッ・・・・」 「正確には、空腹で倒れていたところを拾ったわけじゃないんですよ」 「神鳳・・・・やっぱり、あれか?」 「えぇ・・・」 「アレって何なの?あたし達にもわかるように説明してくれない?」 双樹はそう言い、組んだ足を入れ替えた。 「葉佩君は素行の悪い2年の生徒に見つかっていたらしく、彼らから逃げているときに出会ったのです」 「・・・あら、大丈夫なの?葉佩」 「・・・・・・・」 葉佩は顔を赤くして無言で頷いた。どうやら恥ずかしいらしい。 ゴホン、と咳払いをし、阿門が立ちあがる。 「葉佩、お前はそれを取り戻した後はどうするつもりだ・・・?」 「緋勇さんが受けてる任務をやり遂げるよ」 「・・・そうか・・・」 頷き、阿門は窓辺から漏れる明かりの下へ移動した。 「取引をしないか?葉佩」 「取引き・・・?」 「お前が緋勇からH.A.N.Tとやらを取り戻せる場を用意してやろう」 「・・・・え・・」 「お膳立てをしてやると言ってるのだ」 「その代わりに、何かをしなきゃ・・・なんだよね?」 「緋勇と戦え」 「な・・・ッ!こいつに緋勇が倒せるわけ・・ッ!」 ない、と続けようとした言葉は、神鳳が目の前に手を伸ばしてきたことで遮られた。 「戦って取り戻せ」 「・・・・・さっき俺が言った言葉が返ってきたってワケかぁ・・・・」 「やってみなければ判らない・・・だったな?諦めないというのならば、証明して見せろ・・・悪い話ではないだろう?」 「取り戻したら、《生徒会》の敵になるよ?」 「お前が緋勇に勝ち、取り戻せたら・・・な。その時は存分に相手をしよう」 (・・・・なるほどな・・。緋勇には俺達が束になってかかっても勝てるかどうかもわからないが・・・) 葉佩にならば、勝つことはたやすいだろう・・。 それに、エジプトで葉佩を狙った集団であるのならば、葉佩を待つためにH.A.N.Tを持っているのかもしれない。 行方がわからなくなった葉佩は、必ず取り戻しに現れる。 それを見越した罠だとも考えられる。 (エサである葉佩を矢面に立たせることで、撤退か、相射ちか・・・を狙うわけか) もし葉佩が勝つか、取り戻すかしても、相手は葉佩だ。 (こいつはどこから見ても、生身の普通の人間だからな・・・) 簡単に――・・・・。 瞼の裏に、赤い光景が浮かぶのを、頭を振って散らす。 気がつけば、心臓の動悸が、嫌になるほど聞こえていた。 「・・・・・面白いじゃんッ!乗ったッ!」 葉佩は軽く返事をして、立ちあがろうとしたが敵わず座り込んだ。 「・・ッ・・・・葉佩ッ!」 肋骨を抑えて、前かがみになって座り込んでいる葉佩の傍らに行き、肩に手をかけた。 「だい・・・じょうぶ・・・・」 「バカかッ!良いから、手を貸せッ!」 葉佩支えながらソファーに座らせる。ぐったりと背もたれに凭れ掛かる葉佩は、青ざめていた。 「うー・・・・皆守さんが、容赦なく、蹴るから・・・悪いんだぁ〜」 「・・・悪かったよ・・・」 「良い人だ〜カレーの人だ〜って思ってたのに、暴れん坊だったなんてさぁ・・」 「・・・・・お前なぁ・・・」 喋るのも多分辛いはずだ。肋骨に響いて痛いはずなのに、葉佩は軽口を止めない。 軽くなじる事で、気にするなと伝えたいような風に、眼を見張った。 「バカなんだな・・・お前は」 「バカって言うなぁ〜ッ・・・・イタッイタタ」 大声を出して響いて痛がる葉佩を支えたまま、阿門に視線をやった。 「それでどうするんだ?」 「屋敷で面倒を見よう・・・然るべき日に緋勇と相対する日までな・・・厳十郎」 「判っております。坊ちゃま」 ずっと黙って静観していた千貫が、葉佩に近づきその身体を軽々と抱き上げた。 「ひゃ・・ッ・・・・びっくりしたッ!」 「失礼しました。傷は痛まなかったですか?葉佩さん」 「あ、はい・・・・」 千貫にしがみ付いたまま、葉佩は頷いた。 「・・・・何だか、お爺さんとその孫、という風に見えますね・・・」 「そうね、微笑ましいわね」 神鳳と双樹の言葉すら、耳に入ってないほど、葉佩は慌てているらしかった。 「あの、重いから・・・」 「いけません」 「歩いて行けるから・・」 「傷に触ります・・・それでは坊ちゃん、先に失礼いたします」 「葉佩のことは任せた。厳十郎」 「畏まりました」 大人しくなった葉佩を抱えて出ていったのを見送って、口を開く。 「葉佩が緋勇に勝てるとでも思ってるのか?」 「・・・・戦力面で見れば、まずありえないだろう・・・・」 「そうですね・・・。葉佩君は、見のこなしは軽く足も速いです。機転も利きますし、勘も良いようですが・・・・、《宝探し屋》としては成り立てだと言っていましね・・」 「そうね、その葉佩が、あの《転校生》に勝てるとは・・・思えないわね」 葉佩の座っていたソファーに腰をかけながら、アロマを深く吸い込んだ。ラベンダーの香りが室内に広がっていく。 「それに葉佩は何か隠してる」 「・・・呪いですか?」 「何か気付いたのか?神鳳」 葉佩は『呪い』という言葉に怯えていた。何かあるというのか・・・。 「いいえ・・・何も。ですが・・彼は普通の人間なのでしょうか・・?」 「どういうこと?」 「気配がおかしい、と言いたいのか・・」 「そうです。阿門様・・・。彼は確かに生身の普通の人間です。何の特別な《力》も持たない・・・ですが、禍々しい何かを身の内に宿しているかのような・・・」 「葉佩のそれもだが・・・、あいつは自分が狙われる心当たりがあるみたいだな」 葉佩は自分が狙われているといい、緋勇がその一味じゃないかと言った。 つまり、『狙われている心当たり』があるのだろう。 「緋勇も、葉佩を待っているような節があるな」 「やはり阿門様も、同じ考えでしたか・・」 「フフ。私も気付いてたわよ」 「そうだな・・・緋勇の行動は確かにおかしい。あいつの目的は墓に眠る秘宝ではないみたいだしな」 そう、最初から緋勇は『やる気がなかった』のだ。自分から進んで遺跡へと行くこともしない。 本人も『言われたから行ってるだけ。行かないで良いならこんなとこ、最初から来ない』と初日にぼやいていたのは報告済みだ。 「それにもう一つ、その考えを後押しすると思わせるものがあります」 「緋勇が探索に乗り気じゃないことか?」 「えぇ、そうです。君の報告書を見て常々思っていたのですが・・・、彼は執行委員が仕掛けたとき以外は墓に近づいていません」 「それにこれはアタシの勘だけど・・・、緋勇は年上ね。少なくとも、20歳以上だと思うわ・・若く見えてもね」 神鳳と双樹の言葉を聞き、阿門が手を顔に当てて考える。 静粛が場を支配した。 「・・・・葉佩と、緋勇が共謀しているということもありえるかもしれんな・・」 「そうですわね・・・阿門様」 「十分ありえることでしょう・・」 頷く2人を見て、阿門はソファーに腰掛けた。そして全員を一度見渡して厳かに口を開いた。 「暫く様子を見るとしよう・・・。《転校生》、そして葉佩九龍・・・、監視を怠るな」 「判りました。阿門様」 「皆守、葉佩の監視も、お前に任せる」 「――なッ!なんで俺がッ!」 慌てて立ちあがり、阿門に詰め寄ろうとするか、阿門の両サイドにいた神鳳と双樹に睨まれ動きを止める。 「〜〜〜〜ッ!ふざけんなッ!俺はやらないからな」 「葉佩はお前に懐いている」 「そうですね。餌付けが成功してましたね」 「神鳳・・・ッ!まさか、俺にカレーをもって来させたのは・・・ッ!」 「餌付けのため以外に理由はありませんよ。食事なら僕だって簡単になら作れますし、マミーズから出前を取る事だって出来たわけですから」 「――ッ!!!」 「まさかここまで上手くいくとは思えませんでしたが・・。助けたときは警戒心の強い野良猫のような感じでしたから」 神鳳に言葉に頭を掻き毟る。 「まぁそんなにイラつかないで下さい。君のお陰で、スムーズに話が出来たのですから」 「フフ。そうよ、皆守。あんな可愛い子の面倒を見れるなんて、良いことじゃない」 「なら、お前がやれよ」 「あら、やってもいいわよ?ただし、あたしの会計の仕事、貴方にお願いすることになっちゃうけど?」 楽しそうに微笑みながら言う双樹を睨みつけ、視線を阿門に移す。 相変わらずの無表情が癪に障る。 「俺はすでに緋勇の監視を引きうけてる。報告だってしてるだろ・・・・これ以上の仕事はするつもりはない」 「葉佩も元々は《転校生》だ・・・。監視の命は《転校生》の監視だったはずだ・・・」 「・・・・・ッ」 「まァ良い。好きにして構わん。暫くは葉佩は屋敷の外へは一切出さないつもりだからな」 「・・・・・・あぁ、好きにさせてもらう。やるかどうかは判らないがな」 「構わん」 「ふん・・・それじゃ俺はもう行く。ったく、あいつのせいで俺の貴重な睡眠時間を無駄にしちまった・・・」 「葉佩と居たお前は楽しげだったがな」 「・・・・・・言ってろよ」 踵を返し、扉へ向かう。 片手をドアノブにかけた時、背中に声をかけられた。 「皆守、緋勇と葉佩を会わせないようにすることだけは忘れるな」 「・・・・・・・・わかったよ」 バタンと扉を閉め、暗がりに身を隠し歩き出す。 「・・・ちッ・・・厄介なことにならなければいいけどな・・・」 ただ、日々穏やかに眠りに身を任せてまどろみさえ出来ればそれで良い。 時より押し寄せる悪夢に、身を苛まれて、眠りに落ちる。 太陽が昇り、沈む。毎日繰り返し。 どこまでも青い大空の向こうを眺めたまま、狭い囚われた空間で。 何一つ望むことなく、来年の今頃のことなど・・・予測も出来ない。 先なんて、いらない。 変化なんて望んでいない。 この穏やかな日々を、苛まれつづける悪夢を、終わらせないでくれ。 そう思ったのは、これから起こることへの不安を感じたからだろうか? 屋敷の方角を一度だけ振り向き、再び暗い星さえ見えない夜空を見上げた。 【序章・完】 *****恒例のおまけ**** (阿門家までの道のりで/おじいちゃんと孫) 葉佩「・・・・・・・・・あのぅ・・・」 千貫「なんでしょう?」 葉佩「どこ・・行く・・・んですか?」 千貫「先ほど葉佩さんがお会いになられた阿門様のお屋敷でございますよ」 葉佩「お屋敷?」 千貫「はい・・ここをまっすぐ・・・ほら見えてまいりました」 葉佩「え・・・・わ、でっかいー・・・・すごい・・」 千貫「お褒め頂きありがとうございます」 葉佩「俺、こんな立派な家って見たことないよ?日本に住んでたけど、田舎だったから・・・古い家の大きなのならみたことあるんだけど・・」 千貫「そうでございますか・・。このお屋敷は幾度か改築はいたしましたが、戦後からのものでして」 葉佩「凄いなァ・・・・」 千貫「・・・・・それにしても葉佩さん、失礼ですが・・・お食事はなさっていらっしゃいますか?」 葉佩「えッ・・・・えっと・・・さっき皆守さんにすっごくおいしいカレー貰ったけど?」 千貫「そうですか・・・あの方もたまには何かなさるですね・・」 葉佩「?(たまにはって強調してたよーな・・・?)」 千貫「しかし、カレー・・・ですか・・。その前は何をお食べになられたのでしょうか?」 葉佩「その前は・・・、マミーズのウェイトレスさんがこっそりくれたハンバーグと、境さんって人がくれたパンのミミと、白衣の女の人がくれたヒヨコまんじゅうと、髪の毛を髪留めで止めた女の人がオレンジスコーンってのを、分けてくれた・・のを食べた」 千貫「・・・・色々な方にお会いしていたんですね」 葉佩「一応拾った制服着てたよ?でも、なくしちゃって一昨日から食べてなかったんだ」 千貫「そうですか・・・。だからでしょうか・・・、軽い、ですね」 葉佩「へ?軽い?」 千貫「貴方様のような若人が、これほど痩せているのは・・・成長を妨げることであり、健康にもよろしくありません」 葉佩「え、身長伸びないのって、そのせい!?」 千貫「間違いなく、そうでしょう。牛乳はお好きでしょうか?」 葉佩「・・・・・・・・・・・・・・・・あんまり好きじゃない・・」 千貫「いけませんッッ!!!若人には牛乳が一番です。成長を促進するだけではなく、胃の粘膜の保護など、牛乳ほど大切な栄養源はありません」 葉佩「は・・・はい・・・」 千貫「骨も、牛乳を飲むことでカルシウムを得られます。きっと丈夫になります。治りも早まりますよ」 葉佩「頑張って、飲みます・・・」 千貫「えぇ、ご用意させていただきます・・・そしてようこそ、当お屋敷へ。名乗っていませんでしたね。わたくしは当屋敷の執事をしております。千貫厳十郎と申します」 葉佩「葉佩九龍です・・・千貫さん、そろそろ下ろしても・・」 千貫「いけません。その顔色で何をおっしゃってるのですか・・・」 葉佩「・・・・・そんなに痛くないから・・」 千貫「いけませんッ!安静にしていなくてはいけません・・・さっ、階段を上ります故、しっかり掴まっていてください」 葉佩「うん・・・・」 千貫「お部屋は・・・・そうですね、こちらの客室にいたしましょう・・・2階ですし、東側のこちらは・・・」 (窓辺に近づく) 千貫「このように、こちらからは学園を一望することが出来ます」 葉佩「え・・・えっと、こんな広い部屋良いんですか?」 千貫「えぇ・・・坊ちゃんのお客様ですから。さっ下ろしますよ」 葉佩「・・・・・・・・ありがとう・・・ございます・・・。ベッドもふかふかだぁ・・・」 千貫「いえいえ・・・これがわたくしの仕事でございますから」 葉佩「そう、ですか・・・そうだよね・・・うん」【憂】 千貫「・・・・・ですが、個人的に、あなたに何か・・・・・。そう、在りし日の、坊ちゃんを思い出してしまうのです」 葉佩「阿門さんを・・・?」 千貫「はい。幼い日の・・・坊ちゃんを。だからでしょうか、仕事という枠を越えて、こうしてお世話させていただきたくなります」 葉佩「本当に『坊ちゃん』が好きなんですね・・・羨ましいな・・」 千貫「・・・・・・あなたもお1人ではありませんよ・・?」(頭をなでなで) 葉佩「ありがとう・・・・」 (おまけ完) |
++後書き++ またしてもシリーズものです・・。長編とかほっぽり出してるのに別シリーズ始めてどうするんだろうか・・。 さてはてこの話は黄龍モードに置ける九龍の話です。 他のサイトさんで似たような設定があったとしても(ありそうですよね・・)気にしないで下さい。一応自分の行動範囲内では見たことはないですが・・ありえそーなので恐ろしい(ぶるぶる) そうそう一つご注意を。 この話の葉佩は『叔父さんと僕』の設定を強く引き継いでいます。まぁ私の書く話の主人公は全て同じ設定なので、読んでいない方は当サイトの葉佩九龍設定をお読みください。 それさえ読んでいれば『叔父さん』の大長編読まずにすみます。 設定と言っても九龍の設定のみでオリジナルキャラが登場とかはしませんので(笑)神鳳さんには見えてそうですが・・守護背後生霊(笑) それでこの話を書くことになった由来ですが。拍手で「神鳳さんは?」とリクエストしてくれたあなたにささげます! その一言で生まれた話です【感謝】 さて緋勇さん。魔人をやってない方にご説明すると、彼は東京魔人学園の主人公です。同じ今井監督の作品です。面白いので是非やってみてください! クリスマスEDはサルと寂しくラーメンです。怖いものは菩薩な美里様と、えへへな看護婦さんです。 次の話以降は割と出番増える・・はずです。 九龍の内面は本当に「迷い子」って感じなので、これも次ぎ辺りに書きたいです。 楽しみにしてるぜ!とかいう奇特な方は是非拍手をお願いしますー。 やる気に繋がります〜! |