「ほれ、入れ」 葉佩を部屋に入れ、素早く扉を閉める。 閉める時に、斜め向かいの《転校生》の部屋の扉が目に付いたが居るのか居ないのかは外からでは判りようがなかった。 (・・・・あいつはいつも1人で探索に行ってるみたいだからな・・) 今日も出かけているかもしれない、と思いながら葉佩に座るように促した。 自室へ戻ってきたのは、風呂へ行く準備をするためだ。 「お前、着の身着のままここへ来たのか?」 「うん・・・」 「だろうな、その汚れ方なら・・・・・、とりあえず、下着とかは買い置きのをやるから、それで我慢しろ」 「あ、ありがとう」 ベシッと放り出すように渡した袋に入ったままの下着を興味深そうに葉佩は眺めた。 「・・・・・なんだ・・?じろじろ見るなよ」 「・・・・・・紫、好き?」 どうやら部屋と下着を見ての感想なんだろうが、それを持ったまま言われるのは気恥ずかしいものがある。乱暴に葉佩の頭を無言で軽くたたき、服を物色するためにタンスを開いた。 「うー・・・痛い・・・・。あ、服!俺それがいい!」 「あ?・・・どれだ?」 急に元気良く指差されて驚く。指先を眼で辿っていくと、先日洗濯した後放り出したままの学園指定のジャージがあった。 「ジャージで良いのか?学校指定のだぞ?」 「うん!それがいい!」 「まぁ・・・暫く体育はサボるからな・・・構わないが・・・」 「良い?やったーッ」 万歳して喜ぶ葉佩を呆れた眼で見る。 「そんなもんで喜ぶか?普通・・」 「ここの学校のジャージって格好いいしさ。本当なら俺・・それ着てたのにって思ってた」 「本当なら?」 「あ・・・・・えっと・・・・」 言いよどんだ葉佩は、目線を宙に漂わせた。 あきからかに怪しい。 「お前、隠し事下手だろ?」 「ぎくりッ」 「口で言うな、アホ。事情は後で聞かれるだろう・・・覚悟しておくんだな?」 「うん・・・・助けてもらった恩もあるから・・・」 「助けてもらった?さっきのカレーのことなら、別に恩を着せたつもりはない」 「ううん・・・それもだけど、他にもあるんだ」 「そうなのか?まぁ・・・俺には関係ないがな・・」 「・・・・・・・・」 (・・・・なんでそんなに辛い顔するんだ・・・) 怯えているかのような表情に、酷いことを言っているような気分になる。 笑った顔や嬉しそうな顔とのギャップのせいなのかもしれないな、と冷静に判断しながら立ちあがる。 「そろそろ混み出す時間になる。早めに行くぞ」 「あ、はーい」 立ちあがろうとしてふらついた葉佩に手を貸してやりながら、ふと気付いたことがある。 (・・・・・こいつ歩き方が変だな・・) 左側に身体が傾いているのだ。立ちあがるときも、そちらを庇うように立ちあがってふらついた。 「お前、どこか怪我してるのか?」 「へ?・・・ううん、してないよ」 (気のせいか・・?) 部屋を出て、浴室のある1階に下りる。 まだ夕飯時と呼ばれる時間帯であるせいか、寮内の人気はまばらだ。それでも用心するに越したことないと、人気を避けながら浴室まで進む。 「ここが風呂場だ」 葉佩にそう声をかけながら、更衣室に繋がる扉を開いた。 (入ってる奴が2人か・・・) 出来るだけ他の生徒と接触させるな、と遠まわしに言った神鳳の言葉を思い出すが気にせず中に入る。 (まぁどうせ一年と思われるだろうしな・・) 「適当に空いているところを使え」 「はーい」 きょろきょろと見まわっていた葉佩に声をかけると、元気に返事をし、部屋の隅の棚の前に走っていった。 人の着替えをじろじろ見るつもりはない。葉佩に背を向ける位置の棚の前に立ち、着替えを置いてある籠の中に突っ込んだ。 上着を脱いだところで、ガラッと浴室を開ける音がした。 どうやら中に居た人間が上がったらしい、何とはなしにそちらを見るとよく見知った顔と眼が合った。 「お?ここで会うとは珍しいな、甲太郎」 「大和・・・」 (ちッ・・・厄介な奴に会っちまった・・) 内心舌打ちをしたい気分だが、妙に勘ぐられても困るので抑える。 「お前も空いてるこの時間を狙ってきたんだな・・俺は毎日この時間だが・・」 「俺は適当に気が向いた時間に入ってる。今日はたまたまだ」 「そうか」 夕薙は会話をしつつ、自分の着替えのある場所まで移動していた。どうやら葉佩の隣らしい、と目の端で確認する。 (・・・まぁ気にしないとは思うが・・) 「知ってるか?こんな時間でも窓の外には・・・・・ん?」 何かを気にするように言いかけた夕薙は葉佩に気付いたようだった。 脱衣所に人がいるのは珍しいことではない。それにいくら寮生活とはいえ、全学年の顔を知っているということはないだろう。 (一体何が目に付いたって言うんだ・・?) 夕薙の視線を追うように、葉佩を見ると・・。 「・・・ッ!お前・・ッ!」 「へ?」 注目されていることに気付いた葉佩は首を傾げた。 「その怪我・・・ッ」 「え、あちゃー」 「あちゃーじゃないッ!なんだその内出血はッ!」 ばれちゃった、と気まずそうに身じろぎした葉佩の身体に殴られたような痣がついていた。特に腹から肋骨にかけての内出血は酷く、肌色もどす黒く変色していた。 「えー・・っと・・、転んじゃって・・」 「転んだ程度でそんな風になるかッ!」 「知り合いなのか?甲太郎」 「・・・・ッ・・・あぁ、ちょっとな」 (そういや、大和が居たっけか・・・まずいな・・) あまりの打身の酷さに夕薙の存在をすっかり忘れていた。軽く返事をしながら見れば、いつの間にかに服を着込んだ夕薙が上半身だけ脱いだ葉佩の一番内出血が酷い腹に手を当てていた。 「お前が後輩と知り合うとは珍しいな。・・・それより、これはマズイな・・」 「マズイ?」 どういうことだ?と聞こうとする前に葉佩の悲鳴に遮られる。 「痛いッ!」 「おっと、悪い。力を入れすぎた」 「・・・うん・・・」 一瞬暴れた葉佩は、大人しくなる。痛いのか唇を噛み締めている。 「ヒビ・・・いや、折れてる可能性が高いな・・。この色具合からすると治りかけてはいるようだが・・・、よく放置できたな」 「え、折れてるって・・・ええーッ!」 「本気で気付いていなかったのか?」 「うん・・痛いなって思ってたけど・・」 「かなり痛みが響くはずなんだが・・・よほど痛みに慣れているのか、鈍いのかのどちらかだな」 夕薙の呆れた声に、葉佩は嬉しそうに頷いた。 「誉めてないぞ。アホ」 「えッ!?そうなの?」 思わずツッコミをいれると、本気で喜んでいたらしい葉佩は残念そうな顔をした。 「・・・・・・他の部位の打ち身は・・・、肋骨ほど酷くはないが・・・」 こちらのやり取りを気に止めずに、夕薙は葉佩から離れ顎に手を当てた。 「少し痛いかな〜ってくらいだから、大丈夫」 「・・・・・キミは誰かに・・・」 「え?」 「・・・・・いや、何でもない。その怪我は放置していると危険だ。保健室で叱るべき治療を受けることだ」 言いよどんだ夕薙の言いたいことは判る。 (・・・・誰にやられたんだ・・・。『助けてもらった』ってのは、関係あるのか?) 顔や服から外に出ている部分には一切傷がないところから、明きらかにボディ狙いの殴る蹴るの暴行を受けた後だ。 夕薙が言いかけたのはそのことだろう。 「うん・・・ありがとう」 「俺は三年の夕薙だ。これでも柔道部主将でな・・・、何かあったら来るといい。鍛えてやることはできるからな」 「しゅしょー?よく判らないけど、ありがとう!」 満面の笑顔で礼を言われた夕薙は一瞬眼を見張り、微かに笑い頷いた。 「・・・・・甲太郎、お前の部屋の前に俺が持っている湿布などを置いておく。ちょっとした知り合いなら面倒みてやれ」 「ちッ・・面倒くさいな・・」 「それじゃ、頼んだぞ」 片手を上げ、出ていった夕薙を見送る。 「・・・むっきむきー・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・なんだそりゃ」 葉佩の小さなどこか憧れを含んだ呟きに思わず突っ込んで、その頭を叩く。 「う-ッ・・また叩くし・・・」 ぶすくれた声を無視して、浴室の扉を開く。 色々聞きたいことは合ったが、いつまでも脱衣所にいては風邪を引く。人がそろそろ増えてくる時間でもある。 ガラリと、扉を開け・・・・・眼が合ったのは、窓の外にへばりついている地球外生物もどきだった。 「・・・・・・・・・・・・」 「あいたッ・・・・鼻打った。なんで立ち止ま・・・・・・・・」 あれ、何・・・・と驚いた声が背後から聞こえる。まぁ、確かに誰もがはじめて見たときは眼を疑っただろう。 (・・・俺も驚いたからな・・・・) まず人間に見えない。窓ガラスにへばりついているせいか、興奮して広がった鼻の穴が目の様に見える。その上、鼻息と息で窓が曇り、所々の合間から血走った眼が見える。 (・・・なんで鼻息が荒いかとか、目が血走っているかとかは考えたくもない・・) 葉佩もきっと驚いてるんだろう何も言わない。一応注意を促すかと振り向くと、眼をきらきらさせた葉佩がそこに居た。 「あれ何?何?すごいーッ!東京ってあんなかべちょろ・・・じゃない、えっとヤモリ?メモリ?まぁどっちでもいいけど、居るんだぁ・・すごいすごい!」 「・・・・・・・・・・・・・・」 (なんで、カレーを食べてたときと同じ顔するんだ・・・ッ!っか、その前にかべちょろって何だッ!いや、それよりも、メモリは違うだろッ!メモリはパソコンの部品だろッッ!・・・・・いや待て俺。落ち着け・・・) 言いたいことが溢れて止まらなくなるのを、深呼吸で抑える。 「・・・あれは、妙な生物じゃない。一応人間だ」 「えッ!?ウソー!?だってここ、二階でしょ?なんで窓に貼りついてんの?」 「・・・そういえば、そうだな・・・」 (確か、足場といえるものは、数センチしかない壁のでっぱりだけだったよな・・・) 女子寮も同じ作りなので、覗きを警戒した作りのはずだ。 「もしかして・・手に吸盤ついてるとか?」 「・・・・・・・・・ッ!」 「顔の真中の・・・あれって鼻の穴?あれがそうだったりして・・・」 「・・・・・・んなわけあるか・・・」 (まさか・・・そんなはずは・・ッ) 嫌な考えと、昔見た映画の記憶がまざまざと蘇ってくる。 「でも、何見てるのかなァ・・・」 葉佩が暢気に手を振ると、相手も熱烈に振り返している。 「お、おい・・・ッ!」 やめろ、と言いかけた言葉は、第三者の声で遮られた。 「いい加減、そこ閉めてもらえますか?先輩」 (・・・よりにもよって・・・先客はこいつか・・・) 嫌味たらしい物言いは、皆守の癪に障った。 「あ、ごめんなさいー」 葉佩は軽く頭を下げると、開けっぱなしてあった扉を閉めた。 「あ?あぁ、お前一年か・・・そこの先輩と話してたから気付かなかったぜ」 急に態度を格下の相手に対するものへと変えた《生徒会》副会長補佐の夷澤は、こちらを一瞬見た後で葉佩に視線を戻した。 「ったく、せっかく1人でくつろいでたってのに」 ぶちぶちと文句を言い募る目障りな夷澤を睨みつけ、立ちつくしてる葉佩を呼ぶ。 「おい、冷える前にとっとと洗え」 「あ・・・うん」 「そうっすよ、そんな汚いなりで湯船に入るなよ」 湯船の中から聞こえてくる声に、備え付けの椅子に座りながら葉佩は苦笑いをして答えた。 「あいつには構うな」 言いながら背後を見て睨む。眼が合った瞬間、相手は一瞬怯んだがすぐに睨み返してきた。 視線をはずし、葉佩の前にシャンプーとリンスを置く。 「シャンプーとリンスは貸してやる」 「ありがとー・・・って、これも紫だ」 「ラベンダーのヤツだからな」 「へぇ・・あ、匂いもそうだし」 手にとって匂いを嗅いだ葉佩に水をかける。 「良いからとっとと洗え」 「冷ッ!うー・・・はいはいッ!」 髪を洗い出した葉佩の隣で自分も洗うかと、シャンプーを手に取る時に、ふと葉佩の右腕が目に入った。 (なんだ・・・?赤い文様・・?) タトゥーのように見えるそれは、何かの文字らしい。 「お前それは何だ?」 「え、どれ?」 「それだ、それ」 「あぁ・・・・・これ・・・えーっと、アレ!」 「アレで判るかッ!」 「アレだよあれ!」 「・・・・で?」 「た・・・・・たのつくヤツなんだけど・・タ・・タ・・・タイタニック!」 「それは沈没した豪華客船の名前だッッ!」 思わずツッコミ、溜め息をつきながら「タトゥーだろ」と教えてやる。 「うん、そうそう!それらしきもの!」 「らしきものって・・・あのなぁ・・・」 「だってそうだし・・・だけど・・・」 「葉佩?」 髪を洗う手を止めて、右腕に浮かぶ文字を撫でる葉佩は驚くほど真剣に見えた。 (そんな顔も・・・するんだな) 葉佩はそのまま2秒ほど瞼を閉じて、「はふ〜久々のお風呂は良いねーッ」とはしゃいだ声を出した。 それまであった真剣で、必死さを感じさせたものがなくなっている。 (・・・・・こいつは単なる迷子じゃなさそうだな・・・) 神鳳が直々に助けたということ、わざわざ自分を呼び出して面倒を見させていることから何かあるのは気付いていたが・・・。 「おーい、身体冷えちゃうよ?」 「あぁ・・・・そうだな」 (・・・まぁどうせ話を聞けば判ることか・・・) 気を切り替えて、身体を洗うことに専念した。 「おい、湯がぬるすぎるぞ」 湯船につかり、一番蛇口に近い夷澤に言った。 「・・・・・オレはこれで丁度良いんです」 「お前のはぬるすぎるんだよ。良いから湯を足せ」 「これ以上熱くするとのぼせるんですけどね」 「上がれば良いだろ」 「上がれない理由がわからないっすかッ!」 「あれは無視しときゃいいだろうが」 「まぁ・・・そりゃぁ・・・あんま見えないと思うっすけどね・・」 心情的に嫌っていうか・・・とぶつぶつと独り言を言い出した夷澤から視線をはずし、葉佩を見た。 「・・・・おい、何ぼーっと座ってんだ」 「え?俺?」 「もう洗い終えたんだろ?さっさと入って来い」 「うーん・・・浸かるの、苦手だから・・」 「シャワーも必要最低限しか使ってないだろ。身体が冷える前に来い」 「えっと・・・ほら、溺れるかも・・だし・・」 「アホかッ!良いから入れ」 「・・・・判った・・」 しぶしぶと湯船に葉佩が入る。広い湯船は3人入ってもまだ余裕がある。 「ふぅ・・・温ったかい・・」 「ほら見ろ、冷えてたんだろうが」 「・・・・うん」 身体を伸ばして風呂の縁に顎を乗せてくつろぎだした葉佩を見、再び視線を夷澤に返した。 「ぬるいぞ」 「・・・・なんでオレが・・・・」 ぶちぶちと文句を言いながらお湯を継ぎ足した。 「そろそろ出るか・・・」 寝ていたわけではないが閉じていた瞼を開くと、目に移ったのは風呂の縁に体を預けて茹っている夷澤と葉佩の2人の姿だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・何やってんだ・・お前ら」 「・・・・・・言ったじゃないすか・・・、出るに出れないって・・・」 ちらっと、外を見た夷澤は大げさな溜め息をついた。 つられて見ると、鼻息荒く見つめてくる地球外生物と眼が合う。 「・・・・・・・・、まだいたのか」 「あんた、気付いてなかったんすかッ!」 「慣れたくないが、慣れた」 「・・・・・・・・・3年も居ればそうなるんっすかね・・」 「知るかよ」 冷たく言い捨て、葉佩に近づく。さっきから一言も喋らないのが気になった。 「おい?」 「・・・・・・・・・・うー・・・・」 「具合でも悪いのか?」 夷澤と同じ理由でのぼせたのかと思ったが、どうやら違うらしかった。 「大丈夫か?」 「・・・・・・うん・・・多分・・」 (のぼせたというより、貧血を起こしている感じだな・・) 「ったく・・・・ほれ、手を貸せ」 ぐったりと、全身に力が入らないという風な葉佩の手を取り、立ちあがった瞬間。 「うわッ!!!」 夷澤が驚いたような悲鳴を上げ、外を見ると窓の外が真っ赤に染まっていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・落ちたか?」 赤いものが何なのかとか考えたくもない、と思いながら見るが、窓の外の生き物はしぶとく貼りついたままらしかった。 「・・・・・?葉佩?」 窓の外の生物を見て、しつこいと眉を潜めた時、葉佩が震えそのまま座り込んだ。 「おい?」 震えている葉佩に、立つのも辛いのか?と声をかけようとして・・・気付く。 「・・・・・なんで泣いてんだ・・。そんなに具合が悪いのか?」 「・・・・ち、ちがう・・・」 どうやら喋れるらしいと、安堵した自分に違和感を覚えながらも聞いてやる。 「血が・・・」 「血?」 (血が怖いのか・・・?) そのまま黙り込んだ葉佩を見、窓を戦々恐々と見つめる夷澤を見、深々と溜め息をついた。 「ち・・・ッ」 (面倒くさいな・・・・ったく・・) 皆守はあることを決意すると、立ちあがり更衣室へ移動する。手早く着替え携帯を手にした。携帯を開くと時間が目に入る。 (この時間ならメールより電話が良いか・・・・、なんで俺が・・) 面倒だが仕方ない。このままでは夷澤はどうでもいいが葉佩は動けなくなりそうだ。 電話をかけ、2度目のコールで相手は出た。 「・・・・あぁ、俺だ。まだ外に居るのか?・・・・なら頼みがあるんだけどな」 そう言うと、相手は更に驚いた声を上げた。あまりの煩さに携帯を耳から離す。 「・・・・うるさいッ!」 『えーッ!だ、だって皆守君があたしに電話してきてくれるだけでも珍しいのに、その上頼みごとなんて・・・明日大雨?大雪?もしかして桜が咲いちゃったりして!?』 「八千穂・・・切るぞ」 『あっ!ごめんごめんッ!冗談だよッ!ホントはね、かけてきてくれてすごく嬉しいよ。それで何なの?頼みたいことって』 「男子寮の風呂場の窓あるところ知ってるか?」 『うん。知ってるけど、どうかしたの?』 「窓に張り付いてる地球外生物のせいで、のぼせてぶっ倒れそうなヤツがいるんだが・・・」 『地球外生物?よくわかんないけど、退治すれば良いのかな?』 「あぁ、スマッシュなら届くだろうからな」 『うん、判ったよ!任せといてッ!』 「窓は割らないでくれ」 『大丈夫ッ!コントロールには自信あるから!』 「じゃあ頼んだ」 『うん!・・・えへへ、電話ありがとね!』 じゃあね!と元気よい声の後切れた携帯をポケットに入れ、風呂場へ続く扉を開けしばし待つこと3分後。 『ギャァァァァァーーッ!!!』という悲鳴があがり、地球外生物の頬にテニスボールがぶち当たり、真横に落ちていくのが見えた。 「おい、いい加減出るぞ」 湯船に使ったまま顔を伏せている葉佩に声をかけ、強引に腕を引っ張る。 「あ・・・うん・・・・・・あれ?居ない?」 「窓の外の生物なら帰ったぞ」 「あんなに血が出てたのに・・・生きてたんだ・・」 「あれはしぶといナマモノなんだよ」 「そっか・・・良かった」 ほっと安心したように笑う。 (こいつは泣いたり笑ったり・・・ころころ表情が変わるな・・) 呆れるほどバカ正直に感情を表に出してくる。 今だってそうだ。貧血なのか湯当たりしたのか判らないが自分の具合が悪いのに、地球外生物が無事だと知って安心している。あんな得体のしれない生物相手に心から。 「・・・・そういうのは・・・・・ッ」 嫌いじゃないかもな、と無意識に言いかけて慌ててとめる。葉佩を見れば、皆守の腕にすがって立ちあがった後、よろよろしながら浴場の扉を開けたところだった。 (聞こえていないか・・・・・・ちッ・・・さっきから調子が狂いっぱなしだッ・・・) 神鳳に頼まれて嫌々ながら面倒を見ているはずだったのに、気がつけば驚くほど自然に面倒を見ていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちッ!」 (カレーだ!カレー!カレーをあんなに美味そうに食うからだッ!) 暗示のように繰り返して、頭を振る。 もしかしたら自分も湯あたりしたのかもしれない。 「・・・・・・・・・・・・・・熱い・・っす・・・」 ふと、今まで存在をすっかり忘れ去っていた第三者の声にはっとする。 (そういえば、居たか・・) 見れば夷澤はぐったりと湯船の縁にへばりついていた。 「おい、自力で戻れよ」 「・・・・・・・・・・・・・ほっと・・・いて・・く・・ッス・・」 「・・・ちッ」 のぼせて立ちあがれなさそうな夷澤を見て、いらいらと髪をかき乱してから溜め息をつく。 放っておきたいがどうするかと一瞬迷ってからシャワーホースを手に取った。 「これで頭が冷えるだろ。さっさと出ろよ」 「冷たッッッ!」 夷澤の頭目掛けてシャワーがかかるように出しっぱなしにして、風呂場を出た。悲鳴が聞こえたが気のせいだということにする。 |