あなたがわたしにくれたもの(2)
土曜日の午後、その日も朝から雨が降っていた。 最近曇りか、雨が続き、体調も楽なので久々に昼食を手作りするかと寮の給湯室を訪れた。 給湯室には小さなキッチンがついている上、冷蔵庫もあるので食事を作るには向いている。 買ってきた食材を揺らしながら、部屋へ入ると、そこには先客が居た。 先日転校してきた葉佩が、寮の給湯室の椅子に座り、テーブルにごちゃごちゃと道具を広げてひたすら作業に勤しんでいた。 「よッ、こんちはッ!邪魔するぞ、葉佩」 「あ、夕薙。おはよう〜」 「おはよう・・・ってな・・・、もう昼だが?」 「あぁ、そうか・・・お昼なのか、気づかなかった」 「何をしてるんだ?」 「ん?内職」 「・・・・・・内職?」 ドサリと食材をキッチンに置き振り向くと、眼が疲れたのか眼鏡を外して眉間を揉みほぐすと、右肩をとんとんと叩いている。 再び眼鏡をかけなおし、紙袋を持つ直すと、「ふぅ」と疲れたようなため息をついた。 手に持った紙袋、テーブルに出来あがった紙袋と、未完成な材料、道具、そしてメガネをかけて肩を叩く葉佩。 ♪かぁ〜さんが〜よなべ〜をして〜てぶく〜ろあんでくれた〜♪ 何やら歌まで聞こえてきそうなほど、葉佩は様になっていた。 「・・・・・キミは、内職をするほど苦労してるのか?」 葉佩の正体は知っている。秘宝を求め、遺跡を荒らすもの。 本人の口から聞いたわけではないが、《生徒会》の連中の会話から読み取れた。 (そのような職業の人間は、道楽主義者の金持ちか、秘宝のお陰で金持ちか、と思っていたが・・・・) 「うん・・・今日も食うに困るくらいには」 グゥキュルルーと葉佩の言葉を肯定するかのように、葉佩の腹の虫がなく。 「・・・・・カップメンやインスタントは身体に良いとは言わないが・・・安いだろう?買ってきたらどうだ」 「・・・・・・うーん・・・・安いけどね・・」 葉佩は小さな声で呟くように言うと、袋貼りを再開しだした。 (何か、まずいことでも言ったか・・・?) 「・・・・・・買えないから・・・」 「・・?」 「買えなくてさ」 「・・・・・・・・100円もあれば、買えるだろう?」 「ない」 「ない!?」 「このノルマを作り終えたらお金が入るから、それで買ってこようかなァ・・と思う」 「・・・・そんなに持ってないのか?」 「うん・・・・・恥ずかしながら、ね」 「・・・・・そうなのか・・・・」 (そんなに苦労してるのか・・) 内職をするほど、儲からない仕事なのだろうかと疑問に思う。 葉佩は、手際よく紙袋を作っていたが、ふと何か気づいたように手を止めた。 「・・・・どうしたんだ?」 「今日はあるかな?」 「何が」 「え?夕薙知らないのか?」 「話が見えないのだが・・・」 「なんか、ここの寮生の善意とかで、仕送りがなくて困ったり、食費を使い込んでなくした人のために・・・」 葉佩は立ちあがると、よろけながらキッチンの前に立つ。 (・・・・・・怪我でもしてるのか・・?) 左側を庇いながら移動しているように見えて、気になった。 そういえば、最近よく葉佩と会話をしている気がする。 主に探りを入れるためだが、葉佩のあまりにも抜けた様子に思わず警告すらしてしまった。 『生きてこの学園を出たければ、誰も信じるな。』 (以前の《転校生》には関わりすら持たなかったのにな・・・) 「あーあったあった」 「・・・・・・何がだ・・?」 我に返り、葉佩に近づくとその背後から手元を覗き込んでみる。 キッチンの深めに作られた引出しの中に、レトルトカレー2箱、手作りだと思われるカレーが丸い透明な容器の中に入れ込まれているものが一つ、そして2、3合の米の袋が詰め込まれていた。 「昨日も貰っちゃったんだけど、今日も入ってるなんて・・・誰か知らないけど、ありがとうッ」 葉佩は引出しの中を拝むと、手作りカレーと米を取り出した。 「レトルトのはいらないのか?」 「え、でも・・・全部取って行っちゃったら、他に飢えたヤツが貰えないじゃん」 手作りカレーにレトルトカレーのラインナップで、これを入れた人物はおよそ間違いなく一人の人間しか浮かばない。 米までセットにしている辺りでほぼ間違いないだろう。 そして同時に先日回ってきた寮内回覧版にかかれていたことを思い出した。 まぁ、回覧版といっても寮内の掃除当番表や、細かい知らせ、はては誰かが病気だから代わりに何かをしてくれだのが書いてある。 (たしか・・・8日のヤツだったか・・・・?) 回ってきた回覧版には、キッチンの引き出しの中の食料には手を出すな、と書いてあった。それはまぁ、割りとあることだ。冷蔵庫にアイスを置いてあるが、自分のだから取らないでくれだとかは。 引出しの中の事について書いていた人物が珍しいヤツだったから覚えていた。 「キミは、食うに困ってるんだろう?だったら貰っておけ」 「良いのかなァ・・・」 「あァ、そんな滅多に飢えて困るヤツは居ないからな・・、お前が貰ってしまっても誰も困らないと思うぞ」 「じゃぁ・・貰っちゃおーっと・・・・・・頂きますッ!」 引き出しに向かって敬礼すると、ごそごそと持ち上げる。 嬉しそうに回収する姿が子供がお菓子を貰って浮かれるような姿に見えて微笑ましい思いで見守った。 「葉佩、一つ聞くが、お前にそのことを教えたのは誰なんだ?」 「ん?甲太郎だけど」 「回覧版は読んだ、か?」 「あれって読まなきゃマズイのかなぁ・・俺読まずにいつも廻してるんだけど」 「まぁ・・・掃除当番や知らせは、掲示板にも貼られているからな・・・・読まなくても良いんじゃないか?」 (なるほどな・・・・葉佩に渡すためだけに、ここを占領したのか・・・) 「足長おじさん」ではなく「カレーのおじさん」と呼んでみるべきか・・・・。 「これも愛情表現の一種なのか・・・?」 「何が?」 「・・・・・・・キミと甲太郎だが・・・・・その、つまりだな・・・・そういう関係なのか?」 「そーゆー関係?そーゆーって・・・ごめん、判らないんだけど・・・『しーゆー』なら判るんだけど・・もしかして「しょうゆ」?」 葉佩は小首を傾げ、カレーを抱きかかえて考え込んでいる。どうやらとぼけているわけではないようだ。 「・・・恋人なのか?」 「は?」 「無理やり、ではなかったんだろ・・?」 葉佩はこちらに向き直り、見上げてきた。「あぁ」と何かを思い出したような顔をして頷くと、 「甲太郎は強引だけど、優しいよ」 葉佩は心底から嬉しそうに笑った。 「そうか・・・・・・・・・・・・・そうか・・・」 何故だろうか。複雑だ。 (・・・・・・・・・甲太郎も、葉佩も・・・いつも間にかに友人だと思っていたのか、俺は・・) 「・・ん?恋人ってのは、誰と誰が?」 「は・・?キミと甲太郎だが」 「はぁぁぁっ??俺と・・・甲太郎が?いつから?」 「いつって・・・俺に聞かないでくれないか」 「えぇーっ!?いつからなんだろう・・?そんな覚えはまったくないけどなぁ・・・」 「ちょっと、待て」 「ん?」 「・・・・・・・・・・・キミは甲太郎をどう思ってるんだ?」 「友達!・・・出来れば『親友』とか呼べるようになれたら良いなっとか・・・思ってる」 葉佩はわずかに頬を染めると、視線を宙にさ迷わせてくるりとキッチンに向き直る。 そのまま貰った食材をキッチンに並べると、鍋を探し出した。どうやら暖めて食べるらしい。 「それじゃ、あの時のアレは・・・・・・・?」 (・・朱堂は葉佩が無理やり襲われていたとか言っていたが・・・) 「誰だよ、鍋上に直したの・・・」 上の戸棚に手が届かなかったらしい葉佩は、ぶつぶつと文句を言いながら台所の上に上り棚から鍋を取り出した。 瞬間、バランスを崩し背後に倒れ掛かった。 「葉佩・・・・ッ!危ないッ!」 「うわぁっ!?」 「なに!?なに!?なんなのよッ!今、葉佩ちゃんの絹を裂くような声がしたけどどどどーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 給湯室の入り口に、髪にはカラーを巻いたままネグリジェ姿の朱堂が、呆然と立ってこちらをみていた。 その姿を見て、今の状況を把握する。 葉佩は自分の真下に寝そべっている。その頭はとっさに差し出した自分の片腕の上に乗っている。 息がかかるほどの至近距離に葉佩の顔があった。どこか打ちつけたのか、眉根を寄せて苦痛に耐えるような顔をしている。 どうやら頭を打ち付けることはなかったようだ、と安堵した。 鍋や、包丁も、当たらなかったようで、周囲に散乱している。 「ここここここ・・・・・・・・・・こんげらげらぁっ!?」 朱堂の絶叫にそちらを見れば、ピカソの絵画のような顔をして滂沱の涙を流しながら、風の様に去っていった。涙の雫が、風に乗り弧を描いて落ちていく。驚くほど、絵になっていた。 「・・・・・・・・なるほどな」 それを見送ってふと気づく。何となく、先日の『事件』が見えてきたような気がする。 「うぅ・・・・ッ・・・」 葉佩の呻き声に、我に返る。そっとその頭を床に乗せ、声をかけた。 「大丈夫か・・・?どこか痛いとこがあるか?」 「べ・・・・・」 「べ?」 「別に・・・ない・・・よ。だいじょう・・・ぶ」 身を起こそうとして痛みにうめいた葉佩の肩を支える。その額には脂汗が浮いていた。 「どこが大丈夫だ・・・どこなんだ?」 貝のように口を閉ざし、歯を食いしばって痛みに耐えている。 その姿を見て、イライラしてくる自分に気がつく。 「・・・・いい加減にしろッ!大怪我だったらどうするッ!取り返しのつかない怪我だってあるんだぞッ!!」 「ッ!」 ビクリ!と驚いて、こちらを見た。その顔は怯えと驚愕の入り混じったような顔で、胸が痛んだ。 「・・・・悪いな・・・怒鳴って・・・。キミが心配なんだ、俺は医療の心得がある、ちょっと見せてくれないか?」 「・・・・・・・・・・」 こちらを呆然と見上げている葉佩の口が動き、声にならない単語を口にした。 「・・・?なんだ・・?」 (お・・・・?4文字・・・?) 口にしたときの表情は、どこか儚げで、消えうせそうな脆さを感じた。 「・・・・ごめん・・・俺なんか、意地張っちゃうみたいで・・・怪我は・・・」 俯き、迷うように躊躇った後、右手で怪我の個所・・・左足首と左鎖骨を抑える。 「4日前かな、怪我したのは・・・ちょっと、痛みが走っただけだから大丈夫」 「・・・・4日前・・・」 朱堂と戦ったあの日のことか、と思い出す。 あの夜泣いて飛び出して森へと逃げていった姿は、今でも思い出せるほど強烈なインパクトだった。 感じたのは、『この男では最深部まで行くのはムリだろう』という呆れや失望感と。 月明かりの下、拭いもせずに涙を流し、自分を剥き出しに晒した悲痛な姿。 小さな子供が、泣くのを恥じて隠れようとしているようにも見えて、胸が痛んだ。 皆守が追いかけていくのを、思わず止めてしまったほどだった。 そっとしておいてやれ、と思う気持ちと、追いかけて慰めてやれという気持ち。 (・・・・・・どちらも、葉佩を案じて・・・出てきた想い、か・・) 失望感は、今もある。 この、柔道部の1年の後輩よりも幼い顔つき、体つきも細く頼りない。 何もないところで転んでたり、階段の段差を飛ばして落下したりする様子を何度か見たことがある。 遺跡から出てくるときは、大怪我こそはしていなかったようだが、小さな怪我をいくつも作り、よろよろと疲れ果てて寮へと戻っていく姿を見ていた。 こんなに頼りないヤツに、屈強な墓守達を退け、最深部への道を開き、秘宝へたどり着くことなど不可能だ、と思っていた。 (しかし・・・俺は・・・葉佩に期待をしている・・) 実際、墓守をすでに3人も倒し解放し仲間にしている。 解放され晴れ晴れとした表情をして墓守達は、葉佩に協力を申し込んでいた。 葉佩はそれを自分のことのように喜んでいた。 墓の呪縛から解放された奴らを見る眼は、どこか羨ましげで悲しげにも思えた・・・。 (俺と、同じ眼をする理由はなんだ・・?) 『解放される者が羨ましい』そんな眼をする必要が、あるというのか? 遺跡へと向かう、ぎらぎらとした眼を時々見かけた。 疲れ果て、ぼろぼろになっても眼の輝きだけは薄れなかった。 その眼が初めて曇り、動揺を隠さず、悲嘆、悲哀、苦しみ、それを全て外へ出して泣きながら逃げていった姿が。 (・・・・・おまえコトが知りたいと、思うようになるとはな・・・) 「夕薙?」 「あぁ・・・すまない。少しぼうっとしていた・・・・怪我を見せてくれないか?」 「え・・・別にそんなに酷くないから・・・」 「また怒鳴られたいのか?」 「・・・うぅ・・・」 葉佩は観念したように眼を閉じた。その身体と向き合うと、まずは足を見てみることにした。 「・・・そこの椅子にかけてくれないか?」 「うん・・」 大人しく頷くと、立ち上がろうとよろめいた身体を抱きとめる。 大丈夫か、と顔を覗き込むと、葉佩はこちらを見上げて笑った。 「・・・・・・・・・・・・」 「葉佩?」 肩に手が伸びてきて、首に腕を廻される。 「おい?」 「・・・ごめん、ちょっとこのままで」 しがみ付かれ、少し下に見えている旋毛を見下ろして考える。 (抱きしめ返してやるべきか?) 一瞬戸惑ったが、抱きしめ返してやる。 (・・・・・・端から見たら、甲太郎の二の舞いになりそうだな・・・) その予感は的中した。 「い、今のは事故よね!?そうよねッ!?葉佩ちゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・みっ・・・・・みぎゃぁ」 出待ちでもしているかのような、ナイスタイミングに、苦笑を浮かべた。 「ゆゆゆゆゆ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゆうなぎちゃ・・・・・・・・わでれふきゃふ!?」 「はははは、朱堂、何を言っているかさっぱりだぞ」 「ひゃうそぅえおー!」 ズドドドドドドと猛烈な足音ともに、朱堂は逃げていった。その顔は何故か劇画チックだったような気がしたが、気にせず、腕の中の葉佩を見下ろした。 「『葉佩ちゃんの尻軽ーッ!』って・・・どういう意味かな」 「あれの意味がわかるのか・・・・」 「わかんないの?」 「・・・・判らないな・・」 「ふぅん・・・」 「それより、もう大丈夫そうか?」 「・・・・・うん・・・」 頷いたのを確認してそのまま抱え上げるように支えて椅子に座らせた。軽い身体に驚いた。 「軽いな、体重はどのくらいなんだ?」 「ん?食べてなかったから痩せちゃって、53くらいに落ちてたな・・この前」 「53キロ!?」 「うん・・・・。やっぱ人間食べないとダメだね〜」 葉佩の怪我をしているほうの足を掴み、靴下と脱がせる。包帯がその下に巻いてあるのを解く。 「そういえば、先ほど、『食うに困っている』と言ってたな・・一体どのくらい抜いてたんだ?」 「ここ2、3日は、甲太郎におごってもらったり、カレーをご馳走してもらったり、後は・・・善意の食料のお陰でちゃんと食べてるよ。一日二食」 「・・・・・1日二食・・・ってお前な・・・」 「朝ゴハン食べてない人は多いじゃないか。牛乳飲んでるし・・」 「2、3日は、と言ったな?その前はどうしてたんだ?・・・・・・これは酷いな」 「ッ!!」 「あぁ、すまない、痛かったか?」 怪我の個所を見れば、抉れた傷に腫れた足首、固定をしているだけで、湿布も何もされていない。 ぐいッと親指で腫れている部分を触ると、悲鳴のような声が上がる。 「痛いッ!!」 「葉佩、この手当ては自分でしたのか?」 「うん・・・」 「端麗先生には見せたのか?」 「・・・・・・・・・・学校休んだから・・」 「はぁ・・・・これは、きちんと処置しないと使い物にならなくなるぞ」 「うぅ・・・」 「後で部屋から救急箱を持ってこよう。応急処置セットは揃えてあるんだ」 「へぇ、準備が良いんだな」 「キミに処置の仕方も教え込まなくてはな。大雑把過ぎるぞ、この包帯の巻き方は」 「大雑把なO型だからなぁ・・・」 包帯を巻きなおし、とりあえず固定だけしなおすと、肩の怪我を見るべく立ちあがる。 「・・・・大雑把でもな、処置を覚えればいざというとき楽だぞ?」 「・・・・・本当にそうだよね」 ふと、葉佩が神妙な顔になり、俯いた。先ほど一瞬見せた頼りない表情だ。 (何か、あるのか・・?) 気になったが、肩の怪我の治療が先だ。 ジャージの前チャックを下ろしてもらい、左腕まで服を下げる。 「ん?キミも部屋着は体操着なのか?」 「うん。俺ジャージ好きでさ。ゆったりとしてて動きやすいし」 「あぁ、俺もそうなんだ」 そう言うと、葉佩の表情が和らいだ。 悲痛な顔や泣いた顔よりも、楽しげに笑っていたり和んでいるときの柔らかな表情の方が葉佩には似合っていると想う。 奇妙なところで、共通したものがあって、「嬉しい」と思う自分に戸惑ったが、それも良いかと思うことで納得する。 「キミは笑っているほうが良いな・・・」 「え?そ、そう?バカっぽいとか言うんじゃなくて?」 「ん?可愛らしいと思うが?」 「か、かわいらしいぃ?・・・・・・・それとバカっぽいってのと、どっちがマシなんだろう・・」 「ん?あぁ同年代に言う言葉じゃないが・・・俺は今年20歳でな、甲太郎が言ってたと思うが・・・」 「二年も先輩ってそういえば、言ってたな」 「あぁ・・・この身体のせいでな・・」 忌々しい身体のことを思い出し、眉根を寄せる。和んでいた気分が、一気に沈着した。 (この身体を治す手掛かりの為・・・葉佩、お前を利用する) どこか胸の奥で、チクリと咎めるものがあるが、抑え込む。 目的の為に、形振り構ってはいられない・・・。 「身体さ、大丈夫なのか?」 「――ッ!?」 治療の為に、近づいていたため、正面から向き合う・・・その瞳。 「平気、なのか?」 首を傾げ、心配そうに見てくる眼には・・・労わりの気持ちが合った。 (俺を通して、誰かを見ているような・・・心配しているような・・・それを俺にかぶせているような・・) 感じる違和感はそれだけではない。 心配の気持ち、労わりの気持ち、それが普通の人の持ちうるものの、倍くらいの濃さを感じる。 そう、たとえば、近しい人が重病で寝込んでいて、だからこそ身近な人の病気をも心配してしまうような。 わずかの期間携わった医療の現場でよく見た眼だと、思った。 「・・・・葉佩」 無意識にその身体を引き寄せていた。 (誰のことを、考えてるんだ・・・?) 「おい、九龍、いるのか?朱堂がお前のこと叫んでうるさ・・・・・・・・・・・ッッ!?」 「はっはははははッ葉佩ちゃんッ!?さっきのはウソだといってッッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」 服を盛大にはだけた葉佩を抱きしめて、抱き合っている形のまま、考える。 (・・・・・・・・・・・朱堂、お前は何故そこまで間が悪い時にやってくるんだ・・) いつもいつもいつもいつも、間が悪い現場に飛び込んでくるのは何故か朱堂だ。 朱堂は、物も言わずに風のように去っていった。 何故か床に、涙ではなく血が落ちているのを目にし、同じく目撃したらしい皆守と目が合った。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 深いため息をほぼ同時に吐き出した。 「それで?何をやってるんだ、お前らは」 「あぁ・・成り行きでな」 「どんな成り行きだよ」 「お前も、先日体験したような、成り行きだ」 「なるほどな」 (何か、二人仲良くて良いなァ・・・) 夕薙に抱きしめられたまま、そんなことを考える。会話のテンポもよく、ツーといえばカーと呼べるような風に、羨ましいものを感じる。 じわじわと面白くなくなってきて、目の前の逞しい身体に廻した手を動かす。 ツツーと背中を指先で撫でると、ガバッと音が出るような速さで身を離された。 「葉佩・・・・お前な・・・」 「ゆ、夕薙って、背中弱いんだ〜」 笑いながら言うと、目の前の夕薙の気配が変わった。背筋が寒くなるような笑みを浮かべる。 「・・・・・・・・・・・・葉佩、キミも試して欲しいようだな?」 「いやいやいやいやッ!もうしませんッ!ごめんッ!」 ぶんぶん、と頭を振ると、ニヤっと笑い、腕を取られた。 「怪我を見る途中だったな、少し痛いが、我慢しろよ?」 どこかで聞いたようなフレーズに、思わず口にした。 「・・・・・気持ち良くなるのか?」 「は?」 「九龍・・・・・・・・・・・・・・」 呆然とする夕薙と、頭を抱える皆守を見て、首を傾げた。 「・・・・・・言いまわし間違えたかなァ・・・痛いと後から気持ち良くなる・・んだよなぁ?」 「・・・九龍、黙らないと蹴るぞ?」 「な、なんでっ!!」 扉口から歩いてきて、足を上げる皆守に焦る。蹴りの痛さはすでに知っている。 痛いのは嫌だ。 慌てて逃げようと身体を動かすと、目の前の夕薙に睨まれる。 「傷を見てるんだ、動くな」 「・・・・・はい・・」 今の状態はまさに・・・。 (眼前の・・・・・なんだっけ・・・何とかと、後方の兎とかいう状態だよな・・) そんなことを考えて意識を飛ばしていると、ズキッと凄まじい痛みが鎖骨からして息を止める。 「ぐッ・・・・ッ!」 「あぁ・・・すまない・・・痛かったな?」 痛いどころじゃない。比喩ではなく脳天をつきぬけた、痛みが。 「・・・・・・保険医のとこ、行かなかったのか?」 「なんだ、知らなかったのか?」 「・・・・・・・・・こいつと会ったのは、7日の朝だけだからな・・」 「そうそう。酷いんだぞ!こいつ、いきなり寝てるところをベットから落とすんだぞっ!」 あの探索の後、怪我の治療をしてもらったまま皆守の部屋のベットで寝入ってたら、朝、蹴り落とされた。 怪我してる側を打ちつけたせいで、二日間も満足に動くことが出来なかったのだ。 まぁ、カレーを差し入れてくれたりとか、していたが・・。 部屋の前に、無造作に置かれたカレーを思い出して、少し怒りが緩和する。 (わざわざ、メールで外見ろとか送ってくる辺り・・・良いヤツだよなァ・・) 「・・・・・寝ていた?ベット?」 「・・・・・・・・言っとくが、妙な噂は全部ッ!違うからなッ!」 「やっぱり違うんだな?」 「当たり前だッ」 「そうか・・・・なるほどな・・・・ここ二日で聞いた噂の出所は全部朱堂か」 「あぁ・・・。言っておくが、お前らも噂になってるぞ?」 「やっぱりか・・・」 「いっ・・・たッ!」 「あぁ、すまない。大丈夫か?」 無造作に貼りつけていたサロンパスを剥がすときの痛みに声を出すと、夕薙は宥めるように頭を撫でてきた。 (あぁ・・・やっぱ、似てるなァ・・・) 優しい大きな手、怒鳴り方、労わり方、あまりにも似ていてびっくりしたものだ。 (叔父さんに・・・) 心の中で呟くと、焦燥感が溢れてくる。 夕薙の仕草に何度も懐かしさを感じていた。同時に、考えたくもない恐怖も感じる。 (・・・もう二度と、こんな風撫でてくれたり、抱きしめてくれたり、することが出来なくなったら、どうしよう・・) 「葉佩?」 夕薙が頭を撫でていた手が、頭から肩へ滑り落ち、ぽんぽんと軽く叩いた。 その腕に縋りつきたくなる気持ちを抑える。 先ほど抱きついたときに、抱き返してくれた優しさを利用しちゃいけない。 (・・・・甘えちゃダメだよな・・・夕薙だって叔父さんみたいなおっさんに似てるとか言われたら嫌だろうし・・・) 「・・・・九龍、そんなに痛いのか?」 「え・・?」 「ふむ。これは包帯が足りないな・・・ちょっと部屋へ戻って取ってくる。ここの片付け任せたぞ、甲太郎」 「なんで、俺が・・・」 「葉佩にさせられないから、だ。頼んだぞ?」 「・・・面倒くせぇなぁ・・・・・・ちッ!わかったよ」 「あ、ま、まって」 「あぁ、動くんじゃないぞ?大人しく待ってろ」 「いや、そうじゃなくて・・・・」 夕薙はこちらの声に耳を貸さずに、頭をポンと叩いていくと何故か急ぎ足で出ていった。 「・・・・・謝ろうと思ったのになぁ・・」 「何をだ?」 「えっ!?い・・いや、ちょっとね」 謝っても理由は言えないけど、「ごめん」と言いたかった。 叔父さんに似てると思って、ダブらせてしまって。 夕薙の身体を心配しながら、叔父さんとダブって見てしまって。きっと聡い夕薙は気がついているに違いない。 (夕薙のことも心配してる気持ちは本当なのに・・・な・・・・) 自己嫌悪に落ち込みかけ、俯いたとたん不機嫌な声に我に返る。 「ふん・・それより、お前何やってたんだ?なんだ、このありさまは」 皆守はさほど広くない給湯室を見渡して片手を自分の髪に当て、苛立ったように言う。 同じように見渡してその凄惨な有様に一瞬逃げようかと思った。 「・・・・ええっとなんていうっけ?ふいこうりょく?」 「不可抗力だ、バカッ!言えないくせに知った振りで言うなッ!タコ!」 「た、タコって・・・ッ!なんか、怒ってない?甲太郎」 「むかついてる」 「な、なんでだよ!」 「やかましいッ!少し黙ってろッ」 そう言いながら、床に散乱した包丁や鍋を拾って流しにおいていく。そのまま元に戻さない辺りが几帳面だな、と感心した。 (俺ならそのまま置いちゃいそうだ・・・で、神経質な人に怒られるんだよなァ・・) 「――ッ!!」 「どうしたん?」 突然息を飲んで驚いたような風な皆守を見ると、床に無残にこぼされた手作りカレーが広がっていた。 「あぁぁぁぁぁあああー!!!!お、俺のカレーがッ!!」 思わず勢いよく立ちあがって足を踏み出した。怪我したほうの足で、思いきり、椅子の足を蹴り飛ばした。 「――ッッ!!」 「ば、バカッ!」 瞬間目の前が真っ赤に染まり、派手に倒れかける。 目の前に迫るカレーの海にタイブしかけた寸前、横合いから差し出された腕に引き寄せられ、その人物とともに派手に床に倒れた。 「いったった・・・」 目を開けば、目の前に炎のマークの白いTシャツが目に入る。肩と胴体に巻きつく腕は、その持ち主のものらしい。 「はばばばばばばばばばッッ・・・・・・・・・・・・・・・・・フォォーーーーッ!」 突如響いた怒声のような絶叫のような声に驚いて顔を上げれば。 鼻から盛大に血を垂らし、可憐な涙を流しながら、叫ぶ朱堂が立っていた。 「な、何っ?」 「またか・・・・・・・・・・・」 『また?』と聞き返そうとする言葉は、朱堂の笑い声に消された。 (あれ?そう言えば、今回はどっかに行かないんだなァ・・・) 何度も何度も謎の言葉を残して、泣きながら去っていった朱堂は今回は立ち去らずに大笑いをしている。 「・・・何か知らないけど、泣くほどの悩みは解消されたんだなぁ」 「・・・・・・・・・九龍、お前な・・・もしかして、気づいてない上に心配してたのか・・?」 「何に気づくって?心配は・・・してたけど・・・?」 「・・・・もういい・・・。それより、どけ。悪い予感がする」 「う、うん」 悪い予感って、何だろうかと思いながら身体を起こす。 怪我した時よりも痛みが格段に増している怪我に、保健室か魂の井戸に行かないとなぁ・・・と意識を逸らした瞬間 「オーーーーホホホホホッ!葉佩ちゃんは頂くわッ!!!」 「わっ、わわわっ!?」 脇の下に両腕を差し込まれて引き起こされて、そのままひょいと抱きかかえられた。 一瞬地面に落ちかけて、慌てて朱堂の首に腕を廻してしがみ付く。 「あらん・・・・・・だ・い・た・んッ」 「・・・そいつを放してもらおうか」 冷たすぎる声に視線を巡らせると、皆守が立ちあがりながら声と同じくらい冷たい眼をして睨んでいる。 (・・・・こんな眼もするんだ・・・) なんでだろう怖い、と思った。その視線は朱堂を見ていて自分を見ているわけではないのに、身が竦んだ。 「戯言を抜かすなッ!いいから放せ」 「フフフフッ・・・今のアタシは愛の狩人ッ!ラブハンター!」 「はい?」 「さぁッ!呼んで頂戴ッ!ラブハンターとッ!」 「ラブ・ハンターッ!」 何処かで見たやり取りに、無意識のうちに呼んでいた。 「・・・九龍、俺はお前を見捨ててもいいか・・・?」 「え、あっ!帰らないで〜〜一緒にご飯でも食べようよ〜〜」 「・・・お前は、自分が今どんな危機なのかわかってないのか・・・?」 「え?飢えそうな・・・危機?」 「まぁまぁまぁぁぁーッ!オホホホホッ!葉佩ちゃんったら!飢えてるのね・・・?そんなところも、す・て・きv」 見上げれば頬を染めた朱堂が「んーっ」と言いながら唇を何故か突き出して、顔が近づいてきていた。 「・・・?」 「お、おいッ!」 皆守の声に、そちらを向けば、額に何か生暖かい感触がした。 「え・・・?」 「んーーっ」 視線を生暖かいモノに向ける。アゴしか見えていない。 (顎の先割れてるけど、骨も割れてるのかな?) 触ってみたい要求に駆られる。 「???」 指先を動かそうとして、額から、ブッチュウゥという音がして、そのアゴは離れていった。 「・・・・?」 「んふふふッ!恍惚としちゃって・・シゲミのセクシィーさに見惚れちゃったのねんッ」 「こ、このオカマッ・・・」 「あら、怖いッ!そんなに殺気出さないでッ!しっかり捕まっててね、ダーリン!」 「いかせるかッ!」 「シゲミ、ダァァァァーーーーッシュッ!!!」 目が回るような急カーブに、ぎゅっとしがみつく。 (な、何が何だかさっぱりなんだけど・・・・) 「・・・・・・うぅ・・・・怪我に響くゥ・・・」 |