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叔父さんと僕(九龍編)
第2部・その1
「どうして・・・どうしてそんな事言うんだよ!」 お父さんが運転する車の中で、大声を張り上げた。 俺と叔父さんは、後部座席に座って向かい合っている。 そこで叔父さんは、『次の遺跡にはお前を連れて行かない』って言ったんだ・・。 嫌だ、嫌だよ。どうしてだよ!? そんな事を言われたのは初めてで、だからショックだった。 「あのオジさんが、言ったからッ!?」 「聞いてたんだろ?その通りだ。今度の遺跡は今までとは段違いに危険だ」 「・・・・でも、危険度は低めだって・・・」 「あいつは・・・あの野郎はな、そう簡単に危険だとか口にはしないんだよ・・そいつがわざわざ忠告に来るほどのことなんだよ」 あいつ、あいつって・・・、叔父さん、そんなにあのオジさんの事を信頼してるんだ? 良い人だったし格好良かったけど、でも、でも・・・・あの人が言ったから、俺を置いて行くんだ・・? 今まで一度もそんな事を言ったことなかったのに・・。 あのひとのせいで・・。 ・・・・嫌だ、なんか、嫌な気持ちになる。 人のせいにしてしまう自分も嫌だし、叔父さんの言うことに、反論できない自分も嫌だった。 なんで強くないんだろう? 強かったらきっと、叔父さんだって危ないからとかは言わないのに。 泣かないように必死に耐える。 叔父さんが、はぁと大きなため息をついて、冷静な声で言った。 「いいか?説明するからな?よく聞いとけ」 「・・・・はい・・」 「今度の遺跡の場所は、険しい山奥になる。遺跡の規模はそれほどでもないんだが・・」 叔父さんがH.A.N.Tを開いて地図を見せてくれた。 ここだ、と指で教えてくれてる叔父さんの大きな手には、沢山の傷がある。 古い傷ばかりの中で、一つだけ大きい傷跡があった。 ・・・・俺を護って出来た傷跡。 初めて行った遺跡で、罠で飛んできた槍に突き刺されそうになったのを、叔父さんが庇ってくれた時に、できた傷跡。 叔父さんは気にするなと、言ってくれたけど。 俺がもっとしっかりしてたら、叔父さんは怪我なんてしなくてすんだのに。 だから、近くにいて今度は俺が護りたいんだ、叔父さんを。 足手まといにしかなってないけど・・・。 だけど、近くにいないと護れない。 頑張るから・・・だから・・・・。ぎゅっと服の裾を掴んだ。 いけない、叔父さんの説明をちゃんと聞いてないと・・・。 「・・・・あの野郎が言いやがった危険の意味は何となくだが、わかる」 「そうだな・・・この規模の遺跡に、メインハンター一人、サポートとしてもう一人つける時点で、『何か」あるんだろ」 「あぁ・・・、しかもサポートに入るハンターが、お前だもんな・・」 「お父さんが・・・?」 え・・・・・お父さんがサポート? 俺だって簡単な仕組みは知ってる。 お父さんは、叔父さんと違って海外の遺跡に行くことが多い。 だから、1年に何度かしか会えないんだど・・寂しい・・・・けどね。 でも、叔父さんに見せてもらったインターネットで見れるランキング表では、お父さんは上位にいることが多い。 格好良くて自慢のお父さんなんだよ。すごく優しいし。 叔父さんだって昔は上位によく居たとか聞いた。自慢気に話す叔父さんの話をよく聞いた。 今は・・・俺が居るから、あまりクエストも受けてない・・・・んだよね。 ・・・・・・・足引っ張りまくりだよなぁ・・、うぅ、落ち込む。 叔父さんが上位にあがるのを手伝いたいのに、お荷物になってる・・。 え・・でもあれ? サポートは普通は・・、新米ハンターがよくやる仕事なんじゃなかったっけ・・・? もしくはバディとか。お父さんみたいなベテランのすごい人を、サポートって、おかしいんじゃ・・? 「よっぽど深い『何か』があって、サポートが必須ってことだろうが・・・」 「そんな事だ、だから九龍・・・お前は今回は残れ」 「嫌だよッ!俺は叔父さんのバディなんだよ!?一緒に行く!」 確かにおかしいけど、でも嫌だ。 叔父さんの『相棒』になりたいのに、危険だからって外されたくないッ! 頑張るから! お願いだから・・・・危ないトコに一人で行かないで。 叔父さんが戻らなかったら・・・・、嫌だよ、待つのは・・・怖い。 我侭なのかもしれないけど、でもイヤだ・・・置いていかないで・・・・。 叔父さんに首をぶんぶんと振って、嫌だって伝えると、その顔が怒ったような顔になった。 「ダメだ・・・九龍、良いか?何故サポート必要なのか、その意味を当てて見ろ」 「え・・・・えっと・・・」 サポートが必要なのは、危険だからとか、同時攻略が必要だからとか聞いてる。 それだけじゃない理由が、あるのかな・・・? どうしてだろう・・・・・うーんうーん・・・早く答えなきゃ。 お父さんを叔父さんと組ませたかったとか? ・・・・それだとお父さんがライバルになるのかな? むぅ・・・お父さんがライバルだったら、勝てないよ・・・。 お父さん強いし格好良いし・・・・、お父さんみたいになりたいのに・・・。 「判らないだろ?お前はまだ・・・・まだ半人前だ・・足手まといだ」 「――ッ!お、俺だって、ハンターになろうって・・・頑張ってるッ!」 ・・・・足手まといって言われた・・・・・。 本当のことだけど、本当のことなんだけど、酷いよ・・。 誰かに言われるのはまだいいけど、叔父さんにだけは言われたくないのに! 顔を上げて叔父さんを思わず睨みつけると、叔父さんはおこった顔をして言った。 「・・・・・落ちただろうがッ・・・・・・あ・・」 「ッ・・・・・!」 息が止まるかと思った。 目の前が真っ暗になった。 酷いよ・・。 ひどいよ・・・ひどすぎるよ・・・ッ! 気にしてたのに、叔父さん、励ましてくれたのに。 本当はそんな風に思って・・・たんだ・・・・・・・・? 落ちても這い上がれば良い、って言ってくれたことも。 愛してるっていってくれたことも・・・・・俺が子供だから、言いくるめようとした・・・? 全部、上辺だけの・・・言葉だったの? 涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。 身体中が震えて止まらないけど、心が震えてる。 「九龍・・あ、あのよ・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・叔父さん・・・なんて・・・」 「く、九龍・・?」 「叔父さんなんて、大ッッッ嫌いだッ!!!ばかッ!」 思わず叫んで、口を押さえた。 今、・・・何を言った・・・? 酷いこと言っちゃった。イヤだイヤだイヤだ・・・どうしよう。 叔父さんは、こちらを見たまま何も言わなかった。 俺が嫌いって言ったから・・怒っちゃった・・・? 俺を見ているのに、見てくれない、そんな叔父さんを見て居たくなくて顔をそむけた。 見るのも・・・イヤ・・・とか・・? ちが・・・ちがう・・・ちがうんだよッ! 叔父さんから目をそらすと、車が止まってることに気がついた。 「九龍、降りなさい」 お父さんがドアを開いて、手を差し出してくれた。 見上げると優しく微笑みかけてくれた。 ・・・・・怒らない、の・・・? 「・・・・・・・・・ッ」 喋ろうとして失敗する。あぁもう、どうしようどうしよう。 慌ててると、お父さんに手を取られて優しい仕草で引き寄せられた。 車を降りて、お父さんを見上げる。 「あぁ、判ってるから・・・さっ、おいで」 そのまま、手を引かれて歩き出す。 叔父さんは、車から降りてこなかった・・・・。 もう・・・嫌われちゃったかな・・・・。 イヤだ・・・違うのに・・・ごめ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさいッ・・・・。 振り向き振り向き確認する。車からかなり離れたところで、とうとう我慢してた涙がボロボロと落ちてきて止まらなくなる。 イヤだよ・・・怖いよ・・。 お父さんが手をつないでくれてなかったら、きっと座り込んで動けなくなってたと思う・・。 「九龍・・・・、あんまり泣いてると笑われるぞ?」 「・・・ひっく・・・」 お父さんが頭を優しく撫でてくれて、少し収まった。 何時の間にかに、建物の中に入ってた。 ここどこだろう・・・・?ホテルじゃないなぁ・・旅館?しかもすごく高そう。 「いらっしゃいませ」 声と共に、お姉さんが丁寧なお辞儀をしてくれたので、反射的に頭を下げる。 俺の顔を見た旅館のお姉さんが、一瞬はっとして俺とお父さんを見比べた。 なんだろう・・・?泣いてるからみっともないと思われたのかな・・? 「失礼ですか・・ご家族の方で・・・?」 「あぁ・・・ええ、そうですよ。息子です」 「左様でございましたか、失礼いたしました・・・あちらがカウンターとなっております」 何だったんだろう? 涙を拭いながら、お父さんの後についていく。片方の手を握られているので、少し歩きにくい。 「お父さん・・?」 「九龍・・・・お父さんは、父親には見えないか・・?」 「え!?そんな事ないよ?お父さんは、お父さんだもん・・・」 「なら・・・良いんだが・・・・」 どうしたのかな?お父さんまで落ち込んでる気がする。 首を傾げて、お父さんを見ていると、視線を感じて見渡した。 「ねぇ・・なんか皆見てるけど・・・そんなにおかしいかな・・・?」 目元をごしごしとこする。もう涙は出てないと思うんだけど。 「・・・・・・・気のせいだよ、九龍。さぁ、部屋を取るが、お父さんと同じ部屋で良いか?」 「・・・・・・うん」 「叔父さんと一緒のほうが、良いのか・・?」 お父さんを見上げると、少し寂しそうな顔をしてた。 慌てて首を振って、違うって言うと、安心したように笑ってくれた。 前を向いて、カウンターの人と話しているお父さんから目をそらす。 ・・・・叔父さんは、きっと、同じ部屋はイヤだって言うんじゃないかな・・・・。 ぎゅっと両手をお腹の前で組んで、握り締めた。 もう、一緒にいられないかも・・・。 (叔父さん・・・・) 「九龍、お父さんはちょっと粗大・・いや生ゴミを拾ってくるからな?部屋から出たらダメだぞ」 「うん・・・判った」 お父さんにそう返事すると、満足したように頷いて部屋のカギをかけて出ていった。 部屋の外から「チェーンもかけておきなさい」と聞こえたので、かけておく。 生ゴミ?粗大ゴミ? お父さんこんなところに来てまでゴミ拾いするなんて凄いなァ・・・手伝いに行かなくて良いかなァ・・。 少し迷って、外へ行くのはやめた。部屋を見渡すと中はかなり広かった。 和洋揃った部屋で。大きなベットは大きくてふかふかしている。ばふっとその上に飛び乗って寝転ぶ。 「あー・・・・・ぁ・・」 叔父さんに、嫌われちゃった・・・・。 足手まといって言われちゃった・・・・・・・。 『落ちただろ』その声が、離れない。 「叔父さんの・・・ばか・・」 ごろごろと寝返りを打ちながら、枕を抱き込んだ。 きっと、あの言葉は・・・思わず出ちゃっただけだよ・・きっとそうだよね? あの時叔父さんが励ましてくれた言葉は今も、ここにあって・・すごく暖かい。 これもウソとか・・・上辺だけとか・・・そんな事ない!そう信じる・・・。 ん・・?でも叔父さんは今まで俺にウソをついたことはない・・・よね? いつもホントのこと言ってくれてた・・・・・ってことは・・本当に思ってたこと、なのかな・・・。 そんなことない!そんなことない・・よね? だけど・・・。 でも・・・・。 嫌いとかいっちゃったし・・・・。 イヤだ・・・嫌わないで・・違うんだ、つい出ちゃったんだ・・。 もうダメかな・・。 一緒に居たいのに、傍に居たいのに・・・。 「・・・・・・ごめんなさい・・・」 またポロッと涙が溢れてきて枕にしみ込んでいく。 もう考えれば考えるほど、ぐちゃぐちゃと混乱してしまって泣くしか出来ない自分が嫌だなと思った。 こんなんじゃ、ダメだよね・・・。 枕にぐりぐりと顔をつけて、涙を拭った。 よっし! 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お風呂いこ」 お風呂に行ってさっぱり流してこよう! そうしよう〜! 不安だし、遺跡に置いて行かれそうだし・・・・・・・悔しい。 全部流してこよう。さっぱりしてから・・・考えよう、そうしよう。 起き上がって部屋風呂を覗き込んでみる。ユニットバスだった。 「うぇ・・・嫌いなんだよなァ・・・」 お湯にゆっくり浸かって温まりたいし。 あ!そういえば、露天風呂があるとかだっけ?行ってみよっと〜! 浴衣とタオルを部屋を荒らして探し出す。 チェーンをはずしてドアを開けて廊下を覗くけど、誰も居ない。 「あ、カギ・・・・うーんうーん・・・まぁ・・・大丈夫かなぁ?」 お父さんゴミ拾いから早く帰ってきてくれると良いんだけどなぁ・・。 まぁ、いいか、とドアだけ閉めて、お風呂目指して歩き出した。 この旅館の露天風呂はとても広かった。 屋内にもお風呂はあって、露天風呂の方からも中が見えるんだけど。 屋内のお風呂には、おじいちゃんばかり15人くらい、みっちり入ってた。 (・・・・・・・・なんか、すごい・・) しかも全員熱いお湯が好みなのか、お風呂の温度はとても熱くて入れない。 みっちり浸かったおじいちゃん達は、皆ほっかりと赤くなっている。 露天風呂側は、屋内風呂に入れない人達が入っている。 10月もそろそろ終わりだから寒くて、肩まで浸からないと風邪を引いちゃいそうだ。 「くっろぉぉぉーーーーう!!!」 ガラガラバーン!と派手に音がした。 「へふ?」 今なんか呼ばれた? 「あぁすみません、すみません、ちょっと失礼します・・・九龍ー!?うちの息子いませんかッ!?」 屋内の入り口から入ってきたのはお父さんだった。 お父さんったら・・・・、洋服着たままじゃん。 「お父さん」 露天風呂と屋内風呂を隔ててあるガラス戸の所から呼ぶと、お父さんは急いで歩み寄ってきた。 「九龍!!!部屋から出るなと、あれだけ言ってただろう!?」 「ごめんなさいー」 「・・・・はぁ・・・、心配したんだぞ?」 「ごめんなさいー」 お父さんは急いできたのか、息が乱れていた。心配してくれたのかぁ・・と嬉しくなる。 「・・・外で待ってるから、温まってきなさい」 「お父さんも入ろうよ」 「えっ!?いや浴衣もないしな・・」 「脱衣所に予備で置いてあったよ」 「いや、しかしだな・・」 「お父さんと、お風呂入りたい」 「うッ!?」 「お父さんと背中流し合いってずっと、夢だったんだー」 「ううッ!」 「ダメ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判った・・」 「やったー!」 憧れのお父さんと背中の流し合いっこが出来そうで、嬉しくて飛び跳ねたのがダメだった。 「うぎゃぁ!?」 ずるっと滑って視界が横に流れる。 「九龍!?」 慌ててお父さんが腕を掴むけど、とても支えきれない。 二人して、おじいちゃん集団みっちりお風呂に頭から飛び込んだ。 お風呂は、とてつもなく、熱くて、少し飲んだお湯は・・・・・・・・おじいちゃん出し汁味だったかもしれない・・。 |