叔父さんと僕(九龍編)
エピローグ・その1
「――ッ!!」 飛び起きて、息苦しさに胸元に手をやった。 ハァハァ・・・と乱れている息をなんとか、整えようとする。 心臓の音が、すごく早い。 全力疾走で遺跡を駆けまわった後みたいに、息苦しい。 それも暫くしてたら、だんだんと落ち着いてきて、ふと気付く。雨、まだ・・・止んでないんだ・・。窓を叩く雨の音が激しくて、嫌になった。 「・・・・のど・・・・かわいた・・」 立ちあがって水を飲もうと、床に足をついたとたん。 「え・・・・?」 どうして・・・・。 足に力が入らなくて、座りこんだ。どうして・・・・? パニックを起こしそうになるのを、必死に我慢した。 震える手足を身体を丸めて抱きしめるみたいに横になった。 夢を見た。 懐かしくて・・・優しくて、悲しくて、痛い、夢。 途中までは記憶の再現・・・って感じのものだった。 叔父さんに庇われて、叔父さんが呪いを受けて・・・力なく地面に落ちた腕、足・・身体。 そこまでしか、覚えてなかった・・・。 だけど・・・。 「思い出した・・・」 あの後のことを、どうしてすっかり忘れてたんだろう・・・・?叔父さんの約束も全部、忘れてた・・。 夢で見たのが、都合の良いものなのかもしれないけど、微かに覚えてる。あれは・・・あの後あった出来事は・・・本当にあった事だ。 あのとき感じてた想いも全部、ちゃんと自分のものだ。 (叔父さん・・・・・) シーツを握り締めて、押し寄せてくる記憶の波に耐える。 苦しい・・・。どうしてだろう、すごく、苦しい。 雨の音・・。何となく、外に行きたくなった。身体を起こしてジャージの上着を手にとって羽織る。 ゆっくり歩いてドアを開けて、音を立てないようにして外に出た。 まだ太陽も昇ってない、明け方だから・・・皆寝てるみたいだ。一階に降りて雨が降り続いている外へ、そのまま歩き出す。 「・・・・冷たい・・」 だけど、今は丁度良い・・・。 手のひらを上に向けて、雨水を受け止める。冷たい。 手のひらを下に向けると、少しだけ溜まってた雨水が、こぼれ落ちて地面に跳ねた。 顔を巡らせて、周囲を眺める。 足元のコンクリートの地面の、くぼんだところに、水溜りができていた。 道の脇に植えてある街路樹とか、寮の周囲にある綺麗に整えられた庭の植物に雨が当たって弾いてた。見上げた空は、黒い雲がかかってるけど、少し明るい。 あぁ・・そうか、もう少ししたら日が昇るんだ・・・。 晴れたら良いのに・・・・・。 雨なんて嫌い。 歩きながら、自分はどこに行こうとしてるんだろうと思った。 「・・・・・あ・・・」 無意識に自分が向かっていたところが判って、立ち止まる。 ・・・・・遠くに見えるのは、校門だった。 厳重にしまっているけど、まだ太陽も昇ってないから・・・見張っている人も誰もいない。 ・・・・・誰も、いない。 俺、外に出ようとしてたんだ・・・な・・。 ううん、違う。外じゃなくて・・・。 「・・・・・・病院に行こうとしてたんだ・・」 一歩一歩ゆっくり歩いて、近づく。 今なら誰も居ないから・・・・外へ出れる・・。 外へ勝手に出たら停学とか、悪ければ最悪退学とか・・・聞いたけど。 でも・・・。 でも・・・。 会いたい。 すごく、会いたい。 「会いたいよ・・・・」 「誰にだ?」 え・・・・? 「誰ッ!?」 急いで振り向いて、袖を上げる。肌に直接つけてたバングルに触れるようにして構える。 背後に、堂々と立っていたのは・・・。 「えぇぇえッ!?ウソ・・・なんでこんな早くに起きてんのッ!?」 「・・・驚くのは、そこにか」 「だって、いつも起こしたって起きないじゃん!甲太郎」 傘の色も紫なんだなーと・・・構えたまま思った。 身の回りの全部紫なんじゃないかな・・。 まだ少し眠そうな眼で立っていた。あ、でも眠そうなのはいつもと変わらないかな。 「昨日は探索行かなかっただろ・・お陰で早寝出来たんだが・・・・・早く寝過ぎて目が覚めたんだよ」 雨の日は、俺が体調を崩しやすいから探索をしない日にしてたんだっけ・・。そうか・・・、なるほどなぁ〜。 「何時間寝たんだ?」 「昨日は、夜8時からだな・・・9時間、か?」 「うわぁ・・・寝過ぎ!」 「そうか?俺にとっては普通だけどな」 構えを解いて、雨に当たって浮き出ている文字を袖で隠す。 見るのも正直嫌だ・・・だけど、これがあるから・・・助けられるかもしれない・・。 「どうした?怪我でもしてるのか?」 「え・・・?ううん、濡れちゃったなって思ってただけ」 「そうか・・・?お前は怪我を隠すからな、いつも」 怪我してるんじゃないのか?って思ってるのかな、右手すごく見られてる。 「いつも・・・って・・・うぅ、言い返せないーッ!」 近づいてきた甲太郎は、傘を少し上に持ち上げて入れてくれた。 「・・・・・、ありがとう」 もう濡れてるからなくても、大丈夫なんだけなぁ・・さりげなく、この友達はいつも優しい。 「なんで傘もささないで、ぼけーとこんなとこにいるんだよ」 「・・・・ちょっと、ね」 眼を見て、逸らした・・・。心配してくれてるんだな・・って思って、気まずくて。 「外へは出れないぞ?」 「・・・・判ってるよ・・」 校門の鍵のとこを指先で弾いて、撫でる。このくらいの鍵なら、今の自分になら簡単に開けられる。 今の自分になら・・・・・・、助けることができたかもしれない・・・。 ううん・・、まだ無理かな・・。まだ手も足も、細くてひょろひょろだし、銃だって下手だし。 きっとまだ、足手まとい・・・だよね・・。 「九龍?」 「え?あ、うん?」 「・・・・・、どこへ行こうとしてたんだ?」 言いにくそうに切り出した甲太郎を、見上げた。 「別に、どこにも・・・・・、行けるなら行きたいけど・・・」 「・・・・・・」 「行けない。まだ会えない」 会いたい。 会いたい。 いますぐに、会いたい。 だけど、まだ・・・・会えない。 会うのが、怖い・・・・。沈んでいく気持ちを、見ないようにして、話題を変える。 「そういえば、甲太郎はこんなとこで何してたんだ?」 何でもないように、出来てるかな・・。 「お前は気がつかなかっただろうが、自販機の前に居たんだよ・・・声かけたんだがな・・」 「そうなんだ・・」 気がつかなかった・・。 「ふらふら外へ傘もささないで、出ていくしな・・・寝ぼけてんのかと思って、わざわざ追いかけてきてやったんだ」 「そっか・・・ありがとう」 少しだけ・・・ほんの少しだけ、放っておいて欲しかったと思った。 それとまた別に、来てくれて嬉しいとも。 「・・・何か、あったのか?」 静かに、雨の音に紛れそうになるくらい小さな声で呟くように聞かれる。 口に出して、すぐに後悔してるような顔になってる。 ・・・・・良いヤツだよな・・・。 「夢を、見たんだ」 「夢?」 「うん・・・昔あったこと・・」 返事はないけど、静かに聞いてくれている。 校門を触りながら、雨に手を濡らす。 「どうしてかな・・・ずっと忘れてたんだ。大事な・・・・ことだったのに」 そう、とても大事なことばかりだった。 約束も・・・何もかも、忘れてた。 「思い出したんだ・・・全部・・・・・」 「・・・・・そうか」 「うん・・・、本当・・・幸せだった・・・」 「・・・・・」 「叔父さん・・・・」 言えた・・・ッ!今まで言えなかったのに、言えた。 ・・・・いつから、呼べなくなってたんだろう・・。 どうしてか、呼ぶ、資格がないって思ってた。呼ぶのが、怖かったんだ・・。 どうして怖かったんだろう・・。 お父さんと空港で別れたときは・・・呼んでた・・よね? あれ、でも・・・空港でお父さんと別れた記憶が・・・あれはいつだった? 何か変。よくわからない・・・。 「九龍?」 「・・・・ごめん、なんか・・頭がわやわやしてて・・・あれぇ・・・?」 「落ち着け、寝ぼけてんのか?」 バチッ!とデコピンされる。 「アイタッ!も・・・もうッ!痛いだろッ!?」 「目を覚まさせてやろうと思ってな」 「お蔭様でバッッチリ目が覚めたよッ!・・・でも、やっと・・・呼べた。今までずっと、呼べなかったんだ・・」 嬉しくて笑う。ずっと、ずっと・・・呼べなくて、苦しかった。 混乱してる記憶のことは、きっと俺の脳みそが容量少ないからだよね。やだなぁ・・・。うぅ、バカだってわかってるけど、大切な思い出くらい・・覚えておこうよ、俺ッ! まぁ、でもいいかッ!思い出せたし・・呼べるようになったし。 「おじさん、か・・・。父方か、母方の血縁者か?」 「うん、お父さんの方の・・俺を5歳のときから、育ててくれた親代わりなんだ」 「叔父、か・・」 「ずっと一緒に居たんだ。いつも一緒だった・・・、こうやって・・」 振り向いて甲太郎を見ると、驚いたように見ている眼と目が合った。 「振り向いたら、いつだって、そこに・・・居てくれた・・・・・いつもね、笑ってくれてた」 「そうか」 「うん・・・・ずっと・・・、優しい眼で見てくれてた。照れくさくていつも見てると恥ずかしくて、見ていられなかったけど・・」 きっと怖かったんだ。 今もずっと怖い。叔父さんのために頑張ってる。叔父さんみたいになりたくて強くなろうとしてるけど・・・。 「本当は、自信がなかったんだ・・・叔父さんの信頼に応えられる自信が・・」 「九龍・・」 「ごめん・・・話して良い?なんか今、すごく話したい」 言うと、甲太郎は傘を突き出してきた。 え・・・?どういうことかな・・・? 「何・・・?」 「話すんだろ?お前が傘持っとけ。いい加減手が疲れてきたんだよ」 「あ・・・・うん!」 うわー・・・・、なんか、凄く・・・嬉しいな。長くなりそうなのに、聞いてくれるんだ・・。 「なんだよ。人を珍獣みたいな目で見やがって」 「え・・・えぇーっと気のせい気のせい!」 「ふん、俺が眠くなる前に・・、話したいなら話せよ、ヘボハン」 いつもムカッとくるヘボハンも気にならない。 ・・・・でも、それ・・・あだ名になってない・・・?ちょっと気になったけど、言うのは止めて、傘をしっかり握って持ち上げた。 気を取りなおして、話そうとして・・・考える。 「どうしたんだ?」 「えっと・・・何話そう・・・としてたんだっけ・・・」 「・・・・・・・・・・・・・やっぱりお前トリ頭だろ・・・」 呆れたように言われたけど、判らない。 「え?トサカはないよ?」 「・・・・・・・・・・・H.A.N.Tに電子辞書も入れてもらえ」 「なんか、それよく言われる・・・」 「そりゃそうだろ・・・・」 なんだよー!ちょっとムッとすると、大げさなため息を付かれた。 疲れたようにアロマを取り出して慣れた手つきで火をつける。 「話すんなら、さっさとしてくれないか?」 「うん・・・・・えー・・・とぉ・・・・」 何から話したら良いんだろう・・・・?早くしないと帰っちゃいそう!焦るーッ!あまりにも色々多過ぎて、言いたいことがまとめきれない。どうしよう・・・・? 「はぁ・・・・、お前な・・・」 ちッ!と舌打ちして、ポケットから何かを取り出して傘を持ってる手とは別の方に、何かを持たされた。 「・・・・・お茶・・・」 珍しい。いつもコーヒーを飲んでる気がしてたのに・・。 「・・・間違えて買っただけだ。どうせ捨てるかどうか迷ってたんだ・・・・・やる。ありがたく思うんだな」 「・・・・・・・・・ありがたや〜」 あぁだめだ、笑ってしまう。だってこれ、多分・・・・間違えたんじゃないんだろうなって思うから。 ・・・・・これ、俺の好きなヤツだしさ・・・本当に、ありがとう・・・。 一口飲んで、喉が乾いてたんだなって思った。一気に半分くらい飲んでしまう。 「あー・・・すごく、おいしい」 「感謝しろよ」 「するするー」 「してるようには、全然見えないな」 「えーこんなに心込めてるのになぁ〜」 「見えないな・・・・それよりお前な、いい加減、話さないなら帰るぞ、俺は」 「あーーっ、待ってッ!えーと・・・えーとね、俺さぁ・・・叔父さんのこと愛してた」 「ゴホッゲホッ・・・・ッ!」 急にむせた甲太郎は、息をするのも辛そうにしてる。 「ちょ、大丈夫?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九龍、お前・・・・まさかそんな趣味が・・・・!?」 驚いてる感じで、俺を指差して、一歩ずつ後退して行く。あ、傘から出ちゃうじゃん、濡れちゃうよー? 傘を持って一歩一歩距離を詰めると、同じくらい下がっていく。 「ちょっと!なんで逃げるんだよ!」 「お前・・・前に朱堂に仲間だとか言ってたが・・・これか!?このことなのか!?」 このことって、どのことかな?わからない。 「しげみちゃんとは、仲間だけど・・・このことってどのことー?」 「あ・・・い・・・・くッ!」 何か言いかけて赤くなった甲太郎は逃げようとこっちに背を向けたので・・、 「あ、逃がさないよッ!」 と言って、背中に乗るように抱きついた。 「お、おいッ!やめろぉぉー!」 背中に半分俺が乗ってるから動けないかと思ったら、ぶんぶんと振り落とそうと暴れ出した。 「あぶなッ!」 転びそうになったんで、飛び退いて距離を取る。 「・・・・いいか・・・?俺にはそんな趣味はない」 「どんな趣味?」 てか、なんでそんなに動揺してるんだろう・・・? 「別に・・・偏見はないが・・・、俺にかかわらなければ、な・・・」 カチカチとライターの蓋を開けたり閉めたりしてる。よく判らない。愛してるってのがダメだったのかな・・・?あぁ、もしかして、餅を妬けるとか言う・・・アレかな!? 「えっと、甲太郎も愛してるよ」 「・・・・・・・・・・・ッ!」 今度は大きく仰け反って、酸欠状態みたいになってる。青くなったり赤くなったり、具合でも悪いのかな? 「なぁ・・・具合悪いなら、端麗先生起こして診てもらおうよ・・?大丈夫か?」 きっと珍しい時間に起きてるから身体が、体調不良起こしてるんじゃないかな?貧血とか・・。 「あ、貧血にはレバーがいいって!レバー炒め食べに行こうか?あんまりないけど、奢るくらいはできるし・・」 「レバー・・・・朝からそんな重いもの食えるか!」 「カレーは食べれるでしょーに」 「カレーは良いんだよ・・それより、お前のソレは・・・・・・九龍」 急に、逃げたそうにしてた身体を元に戻して、俺が持ったままの傘の中に入ってきたから、少し上に持ち上げて入れてやると、じぃ〜と観察するような目でこっちを見てきた。 「穴が開きそうなんだけど、何だよ?」 「八千穂の事はどう思う?」 やっちーのこと? 「そりゃもちろん、愛してるよ」 「・・・・・・白岐のことは?」 「愛してるけど・・・?」 どうしたんだろう。眉間に皺が・・。 「大和のことは?」 「大和?あんな風になりたいなァ・・、憧れる!」 「その・・・あれなのか?」 あれ?あぁ・・・。 「うん、愛してるー!」 「・・・・・・・・・黒塚もか?」 「うん!」 笑って言うと、何故かまたも大きなため息をつかれてムッとする。文句を言おうとしたら、何故か頭を撫でられた。 「え・・・?」 「・・・保険医に、常識を教えてもらえ・・・頼んどくから・・・」 「え、なんか、また・・・なんか変なことやったっけ・・?」 「はぁ・・・・良いか?」 良いけど、なんでそんなに小さい子に言うような風になってんの?ムカムカきたけど、おとなしく頷いた。後で蹴ってやる。 「・・・愛・・・とかは・・・だな、・・・日本ではあまり言わない。それこそ安売りして叩きうる言葉じゃないんだ」 「安売り?叩き売り・・?よく判らないけど・・、叔父さんはよく愛してるって言ってくれてたんだけど・・」 言うと、顔に手を当てて、またため息。 「お前の叔父・・は・・・、いや・・もう保険医に言っとくから、常識を叩きこんで来い」 「う・・・ん?よく判らないけど、判った」 「・・・・・それで、叔父さんとやらが、どうしたって?」 「えっと・・・・つまりね・・」 |