叔父さんと僕(九龍編)
エピローグ・その2
話し終えると、甲太郎は傘の中で、上のほうを見たまま何か考え込んでいた。もしかして、眼を開けたまま寝てない? 「おーい?」 顔の前でピラピラと手を振ってみると、起きてたのかバシッと叩き落とされる。痛いなァーッ! 「九龍・・・お前、帰国子女だったか・・?」 「帰国子女?って何?」 「・・・・・・・・・・・・・・・外国から来たんだよな」 「うん。エジプトから日本に来たけど」 「そういうヤツのことを帰国子女って言うんだよ」 「へぇ〜」 凄いなぁ・・・あんなに授業とかサボってるのに、物知りなんだなぁ・・。実は部屋で勉強とかしてるのかな? 「日本語の不自由さはそのせいか・・・?」 「へ?」 「お前、何年あっちに居たんだ?」 なんか、先生とかと喋ってるみたいな気持ちになってきたけど・・・。 「合わせて半年くらいかな・・・?」 「半年・・?それまでは日本に居たのか?」 「中国とかにも言ったけど、ほとんど日本に居たよ」 どうしたんだろう?アロマを手に持ったまま、考え込んでる。あ、眉間に皺が・・・。 「・・・・九龍、悪いが・・・俺にはさっぱりわからない」 「え、何が?」 「お前の『叔父さん』の話だ。全部じゃないが・・・」 えーなんで?どうしてー? 「・・・・なんで、叔母が出てくるんだ・・。なんで鬼がパンツで肉の話になるんだ!」 「だから・・叔父さんのことお父さんが、叔母さんって言って、叔母さんだったんだって。でも、叔母さんは別にいて、ビックリしたんだ!」 「わかるかッッ!!!」 怒るというか、呆れてるような感じに、悲しくなってくる。 もう少しうまく喋れると良いのになァ・・・。通訳が欲しいよーッ! 「だ、だから・・・ええっと・・・」 どうしたらうまく伝わるんだろう?せっかく聞いて貰えてるのに・・。 慌てていると、ため息をついた甲太郎が、肩をポンと叩いて校門の近くの建物の下を指差した。あぁ、雨宿りするのかな・・? 甲太郎が歩くのを、傘を差して追いかけて建物の下に入り込んだ。あ、ここ警備員室かな。 「座れ」 「うん・・・」 警備員室のドアの前の段差に並んで座りこんで、傘を目の前に開いたまま置いた。 「お前、落ち着いてないだろ」 「・・・・・そんなことないよ」 内心ドキッとした。 ・・・落ち着いてないから。だって、長い間、叔父さんは俺を庇ってあそこで倒れたって思ってたから・・。 叔父さんが助けに来てくれたことも。 叔父さんとの約束も。 全部、忘れてた・・。どうしてなのかは、知らないけど・・。 「・・・・・・・・ようするにだ、お前の叔父は、生きてるんだな?」 「うん・・・・。ハンターになってから、会ってないけど・・・、まだ寝た・・・きりだと思う」 心臓が痛い・・・。 「ウソつきなんだよ、叔父さん・・・。約束してたのに、自力で戻るとか言ってたのに」 「・・・・・・」 「俺が・・忘れちゃったから、戻ってこれなかったのかな・・・。叔父さんが、あんなふうになったのも・・・・・ッ」 俺のせい、なんだよな・・。 遠いあの日、言われた言葉が耳にこびりついて離れない。 わかってる・・・わかってる・・。 だから、頑張ってるんだ。 「やたらと」 「え・・・?」 「やたらと、アホなことばかり言ってたのは・・・、それを言わないためにか・・」 「あ、あれも・・・本当のことだし・・・」 う、すごく疑ってるような眼で見てるよ!これが疑惑の眼差しってヤツ? 「だって・・・・嬉しかったんだよッ!」 「はぁ?」 「・・・・・今までずっと、叔父さんは、俺を庇って倒れて・・・、ずっと寝たきりなんだって思ってた」 そう・・・嬉しかった、すごく・・・。 「でもいつも、怖くて思い返したくも無い事の、続きがあって・・・」 甲太郎が一瞬、辛そうな顔をしたような気がして言うのを止めた。 「どうかした・・・?」 「何が」 「今、なんか・・・」 「・・・・・・・、夢の続きがあって、嬉しかったのか・・・」 「え・・・うん・・・・嬉しかった・・」 ・・・・今の顔は・・・・言われたくなかったのかな?本当に辛そうな、顔を・・・一瞬だけど、したのを見た。 でも言わない方が良いみたい、自分もそうだったから、今だってそうだから・・・よく判る。 「だけど、・・・・悲しかった・・・だから、真面目に言うと怖かった・・」 「そうか・・」 「うん・・・叔父さんとした約束・・・思い出せて良かった」 俯いて、右腕を胸の前で握り締める。 「約束?」 「言ってなかったっけ・・・?・・・指きりしたんだ・・叔父さんと」 「ゆびきり?」 「うん!2回したけど・・、どっちも・・・まだ・・・・ッ・・・・え・・・」 あ、わわわわッ!眼から汗がッ!イヤだ・・・ッなんでー!? 慌てて顔を逸らして、甲太郎とは違う方向いて拭うけど、止まらない。 「え・・・ええっと・・・あまもり・・してるみたい・・・・」 「違うだろ・・・」 頭の上に手を置かれて叩かれる。結構痛いよ・・・? 「・・・・・・・・・」 何も言わないでポンポンポンポン叩かれる。頭の音・・軽い音しかしないのが悲しい。脳みそ詰まってないとか、思われてたりして・・? そんなことを考えて気を逸らすけど、涙は全然止まらなくて、どうしよう・・。 「約束・・・したのに・・」 堪らなくなって、目を閉じた。 「傍に居てって・・・置いていかないって、ずっと一緒に居てくれるって・・、すぐに呪い解いてここに帰ってくるって・・・言ったのに」 うそつき・・・・ッ! 小さく、小さく、叫ぶと、眼を開けて、空を見つめた。 「だけど・・俺だって、守ってないから・・・・うそつきだ」 叔父さん、ごめんね・・・? 「自分を犠牲にしないって・・大事にするって・・・約束したんだけど・・・忘れてたから・・・全然守れてない・・」 「犠牲・・・」 「でも・・・良い。自分で決めたから。叔父さんに生きてもらうためなら・・・頑張る」 「・・・・・お前のそれは・・・」 固い声に、振り向くと、本当に辛そうな顔をした甲太郎がいて。 何を言われたか一瞬わからなかった。 「・・・・・え・・・?」 自己満足だろう、って言われた・・。 『お前のそれは俺のためじゃない。自分のためじゃないか?お前はそれで満足するだろうが、俺は辛い』 『俺のために、犠牲になった、それで満足・・・それはお前の自己満足だ』 「・・ッ・・ごめん・・・・ッ!」 ごめんなさい、叔父さん・・・。 「・・・・・・・・九龍・・」 呼ばれて顔を上げると、まだ辛そうな顔の甲太郎が、こっちを見てた。 何か、言いかけて止めている。 「どんなに飢えても、どんなに苦しくても辛くても・・、叔父さんのためならって思って・・」 「・・・・・・・・」 「守りたかったんだ・・守りたいんだ・・ッ!助けたい・・・助けたいんだよ・・・・ッ!」 「九龍・・」 「自己満足なのかも、しれないけど・・叔父さんも辛いって、絶対にするなって・・言ったけど」 右腕が熱くなって、片手で押さえた。 鍵は、ここに、ある・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・うー!あー!もー!わっかんないぃー!」 「・・・・・・・・・・・・・お前な・・・」 あれ?何脱力してるんだよ?あ、でも、さっきの・・・辛そうなのがもうないっぽい・・。 ごめん。多分と思うけど、俺にもあったみたいな傷が、あるんだろ・・? 何となくだけど、そう思った・・。ごめん・・・本当、ダメだよな。 「何時まで待てば良いのかな・・・」 いつまでだって、待つよ・・。 「会いたいな・・・」 「会いに行け、こんなとこでぐちぐち腐るくらいなら、行け」 「甲太郎・・・でも・・」 「会えないとか思ってるから、会いに行けないんだろ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・」 「叔父さんとやらは、喜ぶんじゃないか?」 「・・・・・・寝てるのに?」 「寝ていても声は聞こえてるんだ。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠てのが、あってな・・」 れむ睡眠とのんれむ睡眠?外国語? 「レム睡眠の時は脳は起きてるんだ。・・・・呪いで寝たきりだとしても、他に障害が無いなら、意識があることもあるんじゃないか?」 「え・・・?身体だけ寝てるって、ことかな・・・?」 「まぁそうだな」 「・・・・・・・・・・・・・え、えぇ・・・・・・・・・やだ・・・」 どうしよう・・・・どうしよう!? 「は?」 不思議そうな顔をした甲太郎の服を掴んで揺さぶった。 「どうしよう、俺・・・寝てる叔父さんに・・・・・あうぅ・・・」 「九龍?」 「ね、寝てるときも在るんだよね!?」 「あぁ・・・そりゃぁ・・な・・」 「あの時、デレデレしてたけど、聞こえてないよなぁ・・・どうしよう・・・?あーやばいー」 「お前、寝てる人間のとこで何したんだ・・」 「なんでもありませんッ!」 寝てると思って、子供の頃に叔父さんのために作った歌とか・・・歌っちゃったりとか・・したんだよなぁ・・・。好きだよとか、言ってたし・・。そういえば、デレデレしてたし、ぎゅっとかしてきたし・・・。起きてた!?起きてた!? いや、寝てたんだよ!きっと!そういうことにしとこう!うん・・・・。 「まぁ・・・お前が何をしたかはしらないが・・・。声をかけてやるのは重要なことらしいからな・・」 「そうなんだ・・・」 甲太郎が立ちあがったのでつられて立ちあがる。 「・・・・九龍、お前が・・・墓守を解き放ったときに・・・苦しそうなのは、思い出してたからか?」 墓守・・・?あぁ・・。気が付かれてたんだな・・・。 「羨ましいな、って思ってた」 羨ましいよ・・・墓守・・・皆の呪いを解いて、解放されて笑う顔を見てると・・・いつも叔父さんのことを思い返してた。心底から良かったねって喜んでるのに、嬉しいって思ってるのに。 ・・・・・・・・・・・・羨ましいって、思ってた。 「でもね、皆が解放された時の笑顔が、勇気をくれる」 「・・・・・・・」 「そのたびに、また頑張ろうって思うんだ・・・・力とかないけど・・」 「九龍・・」 「・・・・絶対助けてみせる。探してみせる・・・秘宝も、ここの皆も、叔父さんも」 笑いかけて、雨が少し弱くなったから歩き出した。 「・・・・、ヘボハンの癖に言うことはでかいんだな」 「ヘボハンは余計!なんか、それ、あだ名になってない?」 「あだ名になったら、正体バレバレじゃないのか?・・・・九ちゃん」 へ・・・? い、今・・・・なんて・・・・?きゅうちゃん・・・? 「日が昇ったな・・・・晴れそうだ」 「う、うんうん」 は、はじめて・・・はじめて、あだ名で呼んでもらった気がする・・・。小さい頃の幼馴染とか、友達は、「九龍」呼びだったから・・・。あだ名って・・・・うわー・・・ッ!どうしよう、嬉しくて顔が崩れそう! 「外出届は、正当な理由なら許可はだいたい下りる。《生徒会》に睨まれているお前でもな」 「うんうん・・・」 「申し込むだけ申し込んでみるんだな?」 「うん・・・ありがとう・・」 もう一回呼んでくれないかな・・・? 「あーねむぃ・・・・、朝メシ食ったら、もう一眠りするか・・・」 「うんう・・・・・ん?ダメだよッ!たまにはホームルームでなきゃ!」 「わかったよ・・・うるさいやつだな」 歩き出した甲太郎の傘を掴んで、弱くなったけど雨はまだ降ってるから背後から入れてみる。 「マミーズでいいか?」 「うん」 「おごらないからな、自分で買えよ?」 「えーーーーーーーーッ!・・・ケチ」 「蹴るぞ?」 「いえいえ、今のは雨の音ですよーッ!」 「ふん」 前に甲太郎、後ろに傘を持った俺・・・端から見たら変なのか、ちょっと視線を感じる。 「ねー?なんか人多くない?こんなもんなのかな」 「それを俺に聞くのは間違いだと思わないのか」 「あ、そうだよねー・・・・いたッ!」 後ろ足で蹴られて痛い。お前の蹴りはなんか痛いんだよ! 「おい、いたかー!?」 「こっちには居ないッ!」 バタバタと俺達の後ろを走っていった朝錬途中の皆を見送って、首を傾げる。 「猫かなにかかなー?」 「知るか・・・・って、おい!頭に傘突き刺すな!」 「つきさしてな・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぐらっと、体がゆれて、倒れ掛かった。 「おい、九ちゃん?」 あ、やっぱり・・・呼んでくれてる・・・。ありがとう・・。 「大丈夫か?」 「う・・・ん・・・・お腹減ってるからだと思うー・・・」 本当は雨水にあたりすぎたからなんだけどな・・・。言うほどじゃないからごまかされて欲しいと思う。心配をかけたくない。それにちょっと貧血みたいになるだけだから・・・たいしたことないし。 支えてくれてる甲太郎の腕を軽く叩いて、自分で立ちあがる。 「・・・・バカだろ、お前」 「えーーッ?まぁバカでいいけど、早く行こう!お腹減ったー」 ごまかして笑うと、苦笑いを浮かべて歩き出した甲太郎の背中を眺めた。 「甲太郎」 「あ?」 「・・・・・・・ありがとう・・・あのさ・・すごくね、嬉しかった」 傘を持ったまま、走って追い抜かす。 マミーズにたどり着いて、きっと茫然としてた甲太郎を思い出して自然と笑いがこみ上げてきた。 やってきた奈々子ちゃんに2人の席に案内してもらって。 もちろん、オーダーは。 「カレーを2つ!」 きっと、「当たり前だろ?カレーは基本だ」とか何とか言って、でも嬉しそうに食べるんだろうな。そんなこと言うけど全部カレー尽くしの癖にさ。本当、カレー好きなんだよなぁ・・・。 でも、何だろう?何て言うのかな・・幸せ。 こんな風に、叔父さんに会いたくなって寂しくなって雨に濡れてしまっても、何時の間にか傍に居てくれる友達も出来て、1人じゃないんだって思うから・・。 叔父さん、俺幸せだから、心配しないでね・・・? 友達、出来たよ。皆すごく優しくて面白いんだ。毎日、楽しい。 会いに行くね・・・・。暫くしたら。いっぱい話したい事あるんだ・・。友達も紹介するから・・・ね? 長い長い夢の終わりは、きっといつか、来るよね? ・・・・笑顔で「ただいま」って言うから。 「お帰りなさい」って言ったら泣いちゃうかもしれないけど、許してね。 だから、その日まで、諦めない。 <終わり> |