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長編幕間
〜HAPPY BIRTHDAY!〜
(6)

誕生パーティーも終わり、招待された皆が名残惜しそうに去って行った。
八千穂と白岐を大和が送り、阿門と神鳳と夷澤は迎えに来た車で帰っていった。
宴の後片付けを終え、やっと一息ついた九龍は静粛に包まれた居間のソファに身を投げ出した。
「あー・・・疲れた」
今日は1日本当にいろいろとありすぎて、終わった後どっと疲れを感じたほどだ。本気で疲れた。
後片付けは大和がやると言っていたけれど、最後まできちんとやり遂げたかった。
(さすがに疲れたけど・・)
寝そべったまま髪の毛を掻き揚げて、何とはなしに天井を見上げる。
黙り込むと、シンとした静けさが逆に気になって仕方がない。さっきまでの賑やかな空間がウソのようだ。
(・・・楽しかったなァ・・)
ソファから手を伸ばせばすぐそこのテーブルに置きっぱなしになっているプレゼントを見て微笑んだ。
本当に、本当に、ほんとうに・・・・嬉しかった。
きっと何度もお礼を言っても、嬉しいといっても、足りないくらい嬉しかった。
一番手前に置いてあった大きなクマのぬいぐるみを寝そべったまま引き寄せて抱き締める。温かくて柔らかくて気持ちが良い。
そのまま眠りそうになった時・・

ガタン、バザッ

何かが落ちた音に慌てて閉じていた瞼を開いて、音がした方を見ると阿門に貰った卒業アルバムが落ちてページが開いていた。
「あぁッ!大事なものなのにッ!」
慌てて起き上がって床の上に広がった卒業アルバムを手に取ると、何かがページの隙間から落ちた。
「なんだろう?」
大きなクマのぬいぐるみをそっと足元に置いて拾い上げる。
「これ・・!」
卒業アルバムより落ちたそれは、1枚の色紙だった。
それには皆の寄せ書きが白い色紙を生め尽くすくらいに書かれてある。


『卒業おめでとう!九チャン!卒業しても友達だよッ!八千穂明日香』

『九龍さん、卒業おめでとう。最後まで一緒にこの日を迎えたいと思っていたのだけれど・・、この場に居なくても貴方は私の大事な生徒です。忘れないで  雛川亜柚子』

『九龍さん、卒業おめでとうございます。一緒に卒業式、迎えたかったです・・ですが、古人曰く、別れとは再会へのスパイスである、とも言います。きっとまだどこかで出会える。そう信じています。お元気で。 七瀬月魅』

『九チャン、マタキット会エマス。アラーノ加護ヲ・・・ トト』

『隊長から教わったことを自分は一生忘れない所存であります!墨木砲介』



バディ達や、他の先生や、同じクラスの友達の名前まである。白い色紙には色とりどりの文字が想いを込められて詰まっていた。
ポタっと何かが落ちる音がした。眼もにじんでよく見えない。
「あ・・・・」
何時の間にかに泣いてた自分に驚いて、慌てて拭うけど、後から後から涙が出てくる。止まらない。
「う・・・ッ」
どうしよう、と思った。
どうしよう、どうしよう、嬉しくて・・・・・・怖い。
震えが止まらなくなって、立っていられなくて床に座り込む。視界がほとんど見えないのでメガネもはずす。
「・・ッ・・・」
どんなに拭っても涙が止まらない。どうしようもなくて、傍らのクマを抱き寄せてそのふわっとした毛並みに顔を埋めた。
「九龍?」
「――ッ!こ、甲太郎・・」
急に声をかけられて慌てて顔を上げると、居間の入り口から戸惑ったように見ている甲太郎が立っていた。
(そういえば、今日は泊まって行くことになってたんだっけ・・)
「また泣いてんのか?」
「ま、またって・・・ッ!」
(そりゃ確かに涙もろいけど、そんなにしょっちゅう泣いてないッ!)
ムッとして睨みつけると、近づいて来た甲太郎は呆れたようにため息をついた。
「お前はホントよく泣くよな・・・涙腺壊れてるんじゃないか?」
また泣いていると呆れられているのかと思ったが、『しょうがないな』って感じで笑っていた。
「・・・甲太郎・・」
「そのクマ、気に入ったのか?」
「え、あぁ、うん・・・・ふかふかして気持ちが良くて」
「そうか・・・」
頷きながらソファに座り込んだ甲太郎を、床に座ったまま見つめると、視線が合う。
「な、何・・?」
「いや・・・・・、さすがに疲れたなと思ってな」
(気を使ってくれてるのかな・・?)
もしかして心配してくれてるのかもしれない。いつも『どうでもいい』とか『面倒くさい』とか『眠い』とかそんなばっかりだけど、本当にさり気なく気遣う人だということは、学園にいた頃から知ってる。
(本当、優しいな・・・蹴りとかは痛いけど)
「ホント疲れたぁ」
「・・・・何笑ってるんだ?さっきまで泣いてたくせに」
「あ、え?笑ってた?」
「ったく・・・・お前のトリ頭加減には呆れるよ」
ビシッと音が出るくらい、またも額を指で弾かれる。
「いたッ!!!」
「少しは気が引き締まっただろ」
「ちょっとくらい容赦してよ、それ、すごく痛い」
「うるさいな、またしてやろうか?」
「遠慮しますッ!」
慌てて首を振ると、「遠慮するなよ」とニヤッを笑った顔が目に入る。
(あ、いつもの顔だ・・・)
よく考えたら再会してからは、こんな風にリラックスした、学園の頃よく見ていたこの表情を見ることがなかったなと思った。
「へへ・・・ッ」
「だから、何笑ってんだ、気持ち悪い」
「あ、酷い!それヒドイ!」
「うるさいな、気持ち悪いから気持ち悪いって言ってるんだろうが!」
「むぅッ!えぇーいッ!ハントくんアターック!」
持っていた巨大クマで攻撃する。
「ッ!!」
「あ、避けたなーッ!えいッ!」
バシッとクマを弾こうとする甲太郎と、負けん気を発揮した九龍がそのまま暫くやりあい、終わりを告げたのはクマを取り上げられてからだった。
「あッ!取られた!」
「ふん、生憎と人形遊びには興味ないんでな・・それより、なんだ?ハントくんってのは・・」
「あぁ、トレジャーハンターご用達の人形劇・・みたいなもの・・・かなぁ」
「・・・人形劇がか?」
「うん」
「まぁ、良いけどな・・・、それより、それも貰ったものか?」
「え・・・・?」
クマを乱暴に押しつけられて受け取りながら、それ、と指されたものを見ると、床に置いたままのアルバムと色紙が見えた。
「うん、アルバムの中に挟まってたんだ」
「そうか・・まだ受け取ってなかったんだな」
「・・・・?」
甲太郎の意味深な言葉に首を傾げるが、何も言わずに黙って色紙を見つめていた。
(そういえば、甲太郎のは見てなかったな・・)
色紙を手にとって顔に近づける。メガネを外してしまうとあまりよく見えないのが難点だ。
「見なくて良い」
よく見ようとしたとたん、ぐいっと色紙から引き離されてしまう。
「いやだッ!」
腕を掴む手を振り払って持っていたクマを盾にして見ると・・。
(あ、あった・・・)
ようやく見つけた甲太郎の名前のところには、自分の汚い字とはかけ離れた綺麗な字でこう書いてあった。

『結局、戻ってくることは出来なかったみたいだな・・・。これを見るのはいつになるかは判らないが、お前を待っていたやつは大勢居たことを忘れないでくれ。今でも叶うのなら、お前と一緒にあの美しい夕陽を眺めてみたい。あの時の言葉を忘れないでくれ 皆守甲太郎』

「甲太郎・・・」
茫然として見つめると、顔を背けられる。
「お前は知らないだろうが・・・・卒業式の日、今日来た連中だけじゃない・・・他の連中も・・・、待ってたんだ・・・」
「・・・・・・」
「戻ってくると信じてたヤツも居た・・」
「・・・・・」
「別に責めてるわけじゃない。戻れない理由は合ったんだろう?」
「・・・・・・・・・」
胸が絞めつけられるように痛くて、声が出ない。
(・・ごめん、みんな・・ッ)
違う。戻れなかったわけじゃない。戻らなかっただけだ。
戻りたい、そう思ってた。戻りたい、帰りたいって、願っていた。
(――・・・だけど、出来なかった・・)
今日の出来事のことを思い出す。狙われていると、警告を受けていたのにどうしても甲太郎に会いたくて、1人で会いに行って巻き込んでしまった。
本当は今日皆に会うこと自体、危険なことだとわかっていたはずなのに、会いたくて・・どうしようもなくて。
(だって、もしかしたら・・・これが最後かもって・・・ッ)
そう思って・・・。


最後・・・・?


「九龍?」
「・・・・どうして」
「九龍・・・?」
「どうして俺は、いつも・・・こんなに弱いのかな・・」
無意識に自分が思ってたことに気付いて、愕然とした。
『諦めない』それが自分の原動力、そう思えるくらい、誇りに思っていることなのに。
「いつから・・・こんなに・・」
「・・・・・・・」
「強くなろうって決めたのに・・・」

『最後』だから、『最後』のチャンスだから・・・・・会いたかった。
そう思った自分の心が、信じられない。

「バカだって判ってたけど、本当に大バカで、嫌になるッ!」
「落ちつけ、九龍」
「うわッ!?」
急にクマを顔に押しつけられて危うく窒息しかける。
「こ、甲太郎ッ!」
「何に対して、憤っているかは知らないが、いいから落ちつけ」
「・・・・・」
ふかふかしたクマに顔を埋めたまま、こそっと様子を伺うと、真剣な顔つきでこっちを見ている瞳とぶつかる。
(あ・・・ッ!)
落ちつけと言われて、自分が動揺していたことに気づいた。
そして同時に誰よりも何よりも隠していたかった相手の目の前だということに慌てる。
「落ちついたか?」
「う、うん・・もう大丈夫」
そう思わないと・・・大和や甲太郎は鋭いからバレかねない。
(ど、どうしよう・・)
「あ!え、えっと・・・、喉乾いたからお茶を・・ッ」
「逃げるな」
「ッ!」
別に捕まえられているわけじゃないのに、身動きができなくなった。


「何か、あるのか?」
クマのぬいぐるみをまるで盾のように持ったままの九龍はそのまま固まったように動かなくなった。
(図星か)
「・・な、何かって・・何が・・」
よく見れば、顔色が悪く青ざめている。微かに震えるぬいぐるみを持つ手は力を入れすぎたためか白くなっている。
「何か、あるんだろ?」
「な、何もないよッ」
「・・・本当か?」
重ねて聞くと、嘘をつくことが苦手な九龍は目に見えてうろたえた。視線が宙を彷徨い、無意識なのか逃げ場を探しているようだった。
はぁ・・・とため息をつくと、居たたまれなくなったのか本格的に逃げ出そうと立ち上がりそうになった。咄嗟に腕を掴み遮る。
「おいッ!」
「痛ッ!」
その声に慌てて掴む手の力を緩めると、九龍は顔をしかめたままその場に座り込んだ。
「おい・・・傷開いてるじゃないか!」
ジャージの上着の袖をあげると、血のにじんだ包帯が見えた。
「それは・・甲太郎が力一杯掴むから・・だろッ!」
「ごまかすな。これはだいぶ前から開いてたんだろ・・包帯に血がこびり付いて乾いてる」
「バレたか!」
「わかるに決まってるだろ!この、ヘボハンッ!」
バシッ!と思わず手加減なしに頭を叩いてハッとする。そういえば、頭も怪我をしていた。
「ひぐぅーーッ!」
「あ、悪い・・」
「う・・・うぅぅ・・暴力反対・・」
「あ、謝ってるだろ!」
「えーどこが〜?どのへんが〜?」
「・・うるさいッ!良いから大人しくしてろ」
「おーぼー」
「・・・それ、漢字で書けるならいくらでも言え」
「・・・・・・・・えっと・・・応じるって字と・・なんだっけ?」
「お前は本当にバカなんだな・・」
だいたい最初の文字から間違えてどうするんだ。『横暴』なんて、小学生でも書けるだろう・・そんな風に憐れんで見ると九龍は顔を赤くして拗ねたように俯いた。
「バカにしてるし・・いいよ、どうせバカだもんな・・」
ブチブチッと手元に抱えたままのクマの毛を千切りながら拗ねる姿はどこから見ても子供だ。
(まぁまだ17だしな、こいつ・・)
いや、誕生日まで後2日あるらしいから16か、と九龍を眺める。
今の九龍には先ほどまでの切羽詰った感じは見えない。
(いったい何を抱えてるんだろうな・・)
自分がバカで嫌になる、とか言っていた。弱さを嘆いてもいた。
あれは何か大きな自己嫌悪に陥ってたのだろうと推測するが、何に対してそこまで自分を責めたのか・・。
(卒業式の日に帰ってこれなかった理由もそれにあるのか・・)
何かを抱えているのは間違いない。白岐の懸念は信じてはいないが・・先ほどの動揺の時、九龍は何かに怯えているようにも見えた。

「もしもーし、甲太郎さん?もしもーし?・・・甲太郎のバカ、カレーバカ、アロマバカ」

(―――傍にいれば、理由がわかるのか・・・?)

「む、無視してるし!バーカバーカ!レトルトカレーで作った地上最強のカレーに感動してたくせに!」

「なんだとーッ!!!!!!!」
聞き捨てならない言葉に反応して九龍の肩を掴むと、びっくりしたのか眼を丸くする間抜けな表情にぶつかる。
「うわ!びっくりした!」
「お、おまえ・・ッ!地上最強のカレーの原料がレトルトカレーってのはなんなんだ!」
「え、えええ?なんのことかなぁー」
「しばらっくれるな!本当のことなのか?どうなんだッ?」
「あはは、まさかーそんなことあるわけないだろ?やだなぁ・・レトルトだったら匂いで判るでしょ?甲太郎なら」
棒読みと目が宙を泳いでるのが気になるが・・、自分がまさかレトルトカレーをあのカレーと間違えるはずがない。
「・・・あぁ、そうだな」
「・・・ふぅ」
汗をかいたとでもいうように額の汗を拭う九龍に何か引っかかるが、自分が間違えるはずがないという自信から見なかったことにした。
(とりあえず・・・さっきのことは今は言及しない方がいいな・・)
九龍自身抱えているものに動揺していた節がある。
今迂闊に踏み込めばこのどこか思い込みの激しい暴走気質の《宝探し屋》は、一人で突っ走りかねない・・そんな気がする。
(俺も白岐も確信があったわけじゃないからな・・)
ため息を一つつき、ぼやっと座っている九龍の額を指ではねる。
「それよりも、バカやってないで・・さっさと救急箱持って来い」
「いたっ!・・え?」
「左腕、診てやる」
「・・・・・・」
「おい、呆けてないでさっさと取って来いよ。大和にやってもらうってんなら、それでもいいけどな」
「あ、そうか・・またお説教される!」
「判ったらさっさといけ!」
「はーい!」
慌てて居間を出て行く九龍を見送って、静かにアロマを取り出した。
ゆっくり火をつけながら、考える。
「傍に、居れば・・・か」


「・・・びっくりした」
救急箱を取りに自分の部屋に戻ってドアを閉めてからその場に座り込んだ。
「あれって、反則技だよな・・」
持っていたクマを抱きしめて、顔をうずめた。ふかふかした毛の一部分がちぎってしまって禿げてしまっているのを見ながらため息をついた。
甲太郎はたぶん、気づいていなかったのだろうが・・、彼が時々浮かべる笑顔は咄嗟にどうしていいのか判らなくなるくらい、見ていて戸惑ってしまう。
(優しいってのは判るし、よく知ってるけど・・)
初めは、カレー限定で向けられているものだと思っていたけれど、徐々に自分へ向けられだした。
けれど何度見ても慣れないのだ。見るたびにびっくりしてしまう。
(きっと・・うれしいのと恥ずかしいのと、両方だよなぁ・・)
今のだって、こちらを心配してくれているのがよく判ったから、ぼけっと見てしまった。
(・・それに、学園で見た頃のと違うしさ・・)
正しくはクリスマスの日見た笑顔と、戦いが終わった後の笑顔が、違う。
終わった後・・解放された後の彼の笑顔は、どこか清々しいくせに、『甲太郎らしい』笑顔だった。
「あんなの見たら・・・言いそうになるじゃないかッ!」

一緒に居たい、と願ってしまいたくなる。
傍に居て、一緒に色々なものを見て、笑ったり、怒ったり、綺麗なものに感動したりしたくなってしまう。

(大和に来てもらっている理由は、一緒に居たかったということもあるけれど・・だけどそれよりも・・)
右腕を掴み、そっと袖を上げた。今は綺麗に文字は消えている。
この秘文が指し示す場所にある《秘宝》、叔父の呪い・・眠りにつく《呪い》を解くと言われる『解呪の秘宝』―――それさえあれば・・。
(大和の呪いも解けるかもしれない・・ううん、解けるはず・・)
だからこそ、頼み込んでついてきてもらった。
けれど、危険が伴う。それは今日の出来事で身をもってよく理解した。
「だから・・だから・・一緒に行こうなんて、言えない」
そう口に出しても、来てほしいという想いは止まらない。
「一緒に、だなんて・・望んでいいはずないのに」
一緒に行けない理由のもう一つは、無意識に自分が思っていたことで、それに気づいて、本当に心底自分で自分に呆れ返った。
(諦めるつもりも妥協するつもりも、なかった・・・はずだったんだけどな・・)
思いかけず自覚した自分の中の弱さに、自分で自分を殴り飛ばしたいくらい自己嫌悪を覚える。
「ああああッ!もうッ!」
バチバチッ!と自分の足を自分で叩く。怪我した左腕に響いたけれど構わない。
「しっかりしろッ!」
バチン!と最後に大きく叩いて、立ち上がり放り出していた救急箱を手に取った。
(明日まで・・ううん、出来れば出発するまででいいから・・・一緒に過ごしたい・・)
そのくらいは、願っても・・良いよね、と鏡に写った自分に笑いかけた。


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