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長編幕間
〜HAPPY BIRTHDAY!〜
(5)

「あ、発見!甲太郎」

ふいに声をかけられて見ていたタンポポから視線を上げた。

「九龍、帰って来たのか」
「うん!ただいまー!」
嬉しそうに元気良く笑いながら返事をすると、九龍はピョンとジャンプし庭へと降り立った。
「・・・そこに突っ掛けがあるだろ、裸足で降りるな」
「あー。しまった。ついうっかり」
「あとで足、洗えよ」
「はーい!」
子供のように元気良く返事をした九龍を眉を寄せて眺めると、視線の先で照れたように赤くなって顔を背けられた。
「・・・?どうした」
「え、あ・・・うーん・・・」
「九龍?」
様子がおかしい九龍に近づくと、同じ分だけ後退りされる。
「・・・・・おい」
「あ、ご、ごめん!えっと、ええっと・・・その照れちゃうなぁって・・・」
「はぁ?」
「だ、だってさ!ずっと、その・・・おめでとうって、言う時をしゅ、しゅ、シュミレ・・・?」
「シュミレーションか?」
「そうそう!してて、練習とか大和に付き合ってもらって、やっと言えたんだけど・・なんか朦朧としててあんまり覚えて無くてさ」
「下手くそな歌だったな」
「うぅ・・・・酷い」
「・・・・・嬉しかったさ、それなりにな」
自分でも不思議になるくらいすんなりと言葉に出来て、続けて伝える。
「お前もだろ?誕生日・・・3日後か?」
「うん。そうだよ」
「まだ早いが、先に言っておく」
「え?」
眼を丸くした九龍の手を掴み引き寄せると、慌てたような声がした。構わずに緩く抱き締める。あの時、九龍がしたように。
こうすると、少しだけだが相手の身長が伸びていることに気付く。
(俺も伸びたらしいから、差は開いたままだが・・・)
言うときっと図に乗るだろうから言わないでおくことにして、固まっている耳元で小さく言った。
「・・・・・おめでとう、九龍」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「九龍?」
硬直したままで身動きすらしない相手が気になって、顔を覗き込む。
「お、おいッ!?」
思わず慌てて身を離して、その肩をおそるおそる揺さぶると、茫然としたままの目線とかち合った。
「・・・・・・・なんで泣くんだよ」
九龍は泣いていた。それも滝のように涙を流している。
「おい・・・・?」
「・・・・・・・・・・ごめん・・・」
「九龍?」
「・・・ごめ・・・・ん・・・」
小さく謝りながら涙を拭おうともしない姿に戸惑う。
(何を謝ってるんだ・・・?)
「嬉しい・・・、すごく、嬉しい」
涙を流しながら九龍はそう言うと、泣き笑いの笑顔を見せた。
「ありがとう・・・」
「九龍・・・」
唐突に先ほど白岐との会話を思い出す。
(・・・・最後・・・?)
そんなはずはないと思いながら、不可解な『ごめん』という言葉に眉根を寄せる。
(謝る理由は何だ・・?)
嬉しくて泣いてしまったせいという謝罪ではないことは、感覚で判る。嬉し涙にしては変だ。
「九龍、お前・・・」
何を隠してる?と続けようとすると、九龍が無造作に涙を拭い笑った。
「甲太郎って、不意打ちばっかしてくるよな」
「・・・・・・・」
「公園で再会した時もだったけど、あーもぅッ!泣かされてばっかりだ」
そう言って笑うが、目は先ほどと同じ悲しそうな眼差しのまま、こちらに背を向け花々の方へ近づいていった。
「・・・・ここの庭の半分くらいは、白岐さんに分けてもらったものだけど・・・半分は、叔父さんが植えたものなんだ」
「あぁ・・・・お前の”叔父さん”か」
「うん・・・。この怪我治すために病院に連れていかれたから・・・会って来たよ」
「・・・そうか」
九龍の『叔父さん』のことは聞いている。軽くだが。
寝たきりだということと、それは《呪い》のせいだということ・・・・・自分のせいだと、責めつづけている九龍の姿を思い出す。
「・・・・・痩せてた」

「九龍」
「顔色も・・・すごく悪くて、痩せちゃってて・・・」
「・・・・・・・」
顔は見えないが、その背が小さく震えているのは判った。
「・・・・叔父さん・・・」
苦しそうに振り絞った声に、思わず近寄りその肩に手をかけようた時だった、派手な轟音が背後から聞こえて思わず動きを止める。

「な、なにやってんっすかー!」

「夷澤ッ!?」
振り向くと家へ上がるための段差の下に転げ落ちた夷澤を見つけ、思わず眉を潜めた。
「え・・・?と、凍也ッ!大丈夫ッ!?」
九龍が素早く立ちあがり、夷澤を助け起こす。
「ほっとけばいいだろ、そんなのは」
「凍也は甲太郎の弟子だろ?可哀想じゃないか!」
「・・・・は?弟子?」
「で、弟子・・ってセンパイ、何の冗談っすか・・・」
「弟子・・・じゃなかったっけ・・?」
首を傾げる九龍の顔には先ほどの翳りはもうない。
その事に気付き内心ほっとした自分に、心の中で『そうじゃないだろ』とツッコミをいれながら、誤魔化すようにあえて冷たく「補佐とかいう雑用係なだけだろ」と言ってやる。
「な、なんだとッ!?」
「本当のことだろうが・・それとも金魚の水変え係りって言ってやろうか?」
「――ッ!てめぇ・・・ッ!」
「ちょ、凍也!落ちつけって!甲太郎もッ!」
「ふん、こいつがうるさいのは図星をさされたからだろ・・・」
「センパイッ!止めないで下さいよ・・・こいつは、俺が今度こそ絞めてやるッ!」
「やれるもんならやってみるんだな」

「――いい加減にッしろーーーッ!」

「九龍・・・」
「センパイ・・・」
臨戦体勢を取った自分達の間に身を割り込ませて来た九龍は、そのまま俯いた。
「・・・・・甲太郎、凍也!」
「は、はいッ!?」
夷澤は条件反射のようにピシッと硬直する、その姿を横目で見ながら・・・漂ってくる不吉な気配に後退する。
「今日はせっかく、みんなで集まってお祝いする日なんだからな!」
「・・・・・・そ、そうですね!」
「それなのに喧嘩とか、何考えてるんだよ!いい加減にしないと、俺本気で怒るからな!」
「え、い、いや・・・・その」
腰が引けている夷澤を横目で見て笑ってやると、九龍に思いきり睨まれる。
「甲太郎も、判ってる!?」
「あ・・・あぁ・・」
「ホントに?」
そう聞き返した九龍の眼が一瞬先ほどの泣いた顔とかぶる。
(・・・それは卑怯だろ・・・)
そう思うが仕方が無い。九龍の泣き顔は、見たくないと思うのは何よりも正直な気持ちだ。
「・・・・・・あぁ」
不承不承頷くと、九龍は意外そうな顔をしたあと、嬉しそうに微笑んだ。


「皆守クン、九チャン、誕生日おめでとう〜!!!」
八千穂の第一声の後、続けて皆に口々に「おめでとう」と続き、全員で乾杯をする。
つい今しがた戻ってきて席についたばかりの九龍は、テーブルに並んだ料理の数々を嬉しそうに見て、『おめでとう』の言葉にくすぐったそうにしながらも喜んでいた。
(・・・・その隣の甲太郎は・・・こんな時くらい喜びを露にすれば良いものを・・・まったく素直じゃない)
九龍の隣に座った甲太郎は、八千穂のおめでとう攻撃を邪険にしつつ、乾杯のコップを勢い良くぶつけられたせいで毀れてしまったジュースを拭きながら何か文句を言っている。
はぁ、と大和は思わず溜め息をつくと、隣にいる九龍が袖を引っ張って来た。
「どうしたの?」
「・・・いや、甲太郎は相変らずだと思ってな」
「あはは、そりゃいきなり甲太郎が愛想良くなったら、毎日雨だよ?きっと・・・って痛いッ!!!」
「おっとッ」
九龍の隣に座っていた甲太郎がその頭を思いきり殴りつけた勢いで、こちらに倒れて来るのを慌てて抱きとめると、よほど痛いのか顔を上げずに悶絶していた。
「悪かったな、愛想なくて」
「うぅー・・・痛い・・・酷い」
「甲太郎・・・、少しは手加減しないか。怪我してるんだぞ」
「・・・・そういえば、そうだったな。見せてみろよ」
「え、うわぁッ!?」
乱暴に引っ張られて九龍が引き剥がされる。
(・・・・怪我をしていると、今言ったばかりだろうがッ!)
ムッとして口を開こうとした時、視線の先の九龍の表情が嬉しそうに綻んだ。
「びっくりした!」
「うるさい。大人しくしてろ」
「はーいはい」
「・・・・・・・・・・・」
(・・・・まぁ、誕生日だしな。多めに見るか・・)
ふッと笑って、視線を転じると2人を見ていたのは自分だけではなかったことに気付いた。
八千穂は嬉しそうに笑い、白岐は和らいだ瞳で見ている。阿門も無表情に見えるが2人を見る眼は優しげだ、神鳳は微笑ましそうに見ている。視界の隅にもう一人移ったが、さっと視線を巡らし見渡す。
(良かったな、九龍・・・)
ここに居る皆の笑顔を、楽しげな笑い声を取り戻したのは、間違いなく《宝探し屋》として転校して来た葉佩九龍――今目の前で嬉しそうに笑っている九龍の成果だ。
九龍を一見不機嫌そうにしながら構っている甲太郎も、その眼差しは楽しげに和んでいる。
その中には学園に居た頃のような、荒み乾き、悲嘆に暮れ・・・すべてを手放してしまったかのような空虚なものを抱いていたものは欠片も見えない。
良かったな、と再び思い、心からそのことに拍手を送りたい気持ちになった。
それを言葉にかえて言うべく、そっと九龍の手を取った。

「本当に・・おめでとう、九龍。・・・・・・・・・・・・ついでに甲太郎」

「・・ッ!あ、ありがとうッ!大和」
「俺はついでかよッ!」
一瞬驚いたように眼を丸くして、次の瞬間喜んでくれたのか微笑んでくれた九龍と、苦虫を潰したような顔をしながらも照れくさいのか目線を合わせない甲太郎に笑いかけた。


「そろそろいいかな?」
その声に甲太郎は顔を上げると、八千穂が何時の間にかにキッチンから持ってきたらしい大きなケーキを抱えていた。
「そうだな。九龍、甲太郎、こっちに来てくれ」
大和が立ちあがりケーキを受け取ると、ジュースなどのコップが置いてあるテーブルの上に載せる。
白いケーキは大量のイチゴでデコレートされており、その上プレートで『九龍・甲太郎 誕生日おめでとう!』と書かれてあるのが目に入る。
(覚悟はしていたが・・・大きすぎだろ・・)
誕生パーティーと聞いたときから、この手の祝い事の行事はあるだろうと予想していたが。実際にロウソクまでつけられているのを見ると、気後れしてしまう。
「・・・・・・・・・・・・・俺はいい」
「えっ!?そんな・・一緒に消そうよ、ほらケーキだって、名前入りだしさ!」
そう言うと、大げさなくらいの仕草と表情でがっかりしたことを表した九龍が、素早い動作で腕を掴んで来たから堪らない。
「――ッ!腕を引っ張るなッ!」
「やだ!一緒にやーるーのッ!」
「やらないッッて言ってんだろうが!」
「やるー!やるやるやるッ!」
「やらないッッ!」
「――ッ・・・・・・せっかく、用意したのに・・・」
ピタッと動きを止めて、九龍は甲太郎をじっと見つめた。腕はまだ掴まれたままだ。
「今日は・・・今日しかないんだよ?甲太郎とお祝いできる日って、今日しか・・」
(今日、しか・・・?)
ふと大和に視線を流すと、九龍を真剣な眼で見つめていた。同じ事に引っかかったらしい。
「・・・・お願いだから」
(・・・・・・・・・・また、か・・)
先程庭で見せた表情と同じものを感じる。
見ているこちらが居たたまれなくなるくらい、切羽詰った・・・悲しげな眼差しに、はぁ・・・と大きくため息をついた。
(何かが、あるんだろうな・・・・確実に)
九龍の態度は、天香に居た頃よりも切羽詰っているように感じた。
大和も、それに気付いている節がある。
『何があるのか』と聞き出したい気持ちを再び抑えて、髪の毛を掻き毟り、深々とため息をついた。
「ケーキを切り分けるくらいなら・・・・してやってもいい」
「うん!それでもいいよ!」
不承不承応えると、嬉しそうに笑った九龍が腕を引っ張りそのままケーキの元へ歩かされる。
近くで見ると、ケーキはかなり凝ったデコレーションをしていたが、手作り感漂うものがあった。
「・・・これは手作りか?」
火をつけ終わったライターを収めながら、大和が頷く。
「俺と九龍が作ったんだ、よく出来ているだろう?味も保証する」
「そうなのか・・・・」
「うん!おいしそうでしょ?あ、大丈夫。あの文字書いたのは大和だから」
「・・・・お前が書いたらへたくそで読めないかもしれないからな」
「酷いッ!鬼ッ!」
「ふん、ほらロウソク消すならさっさとしろ」
「うん!・・・・・えっと、歌う?」
「・・・・・・・・・・・勝手にしろッ!」
そこまで付き合う気は無い。そっぽを向くと九龍がむくれたが、八千穂が嬉しそうに居間に集まった面々に合図をした。
「それじゃ、いくよーッ!さん、はいッ!」

♪ハッピーバースディトゥーユー♪ハッピーバースディトゥーユー♪

九龍が驚いたように立ち尽くした。そのまま歌う周囲をくるりと見渡している。
「おめでとう!龍さん・・・ついでに皆守くん」
「おめでとう・・・九龍さん、皆守さん」
「おめでとうっす!センパイッ!・・・・そっちのセンパイも」
口々に祝いの言葉を九龍と甲太郎へ告げると、八千穂が一番最初に手に持ったプレゼントと思われる包みを差し出して来た。
「これ、プレゼント!本当におめでとう!」
「あぁ、ありがとな」
八千穂を筆頭に、続々とプレゼントを渡される。
その間も九龍は、あたふたとしながら受け取っていた・・・、目尻に涙を浮かべながら。
(・・・・・・・九龍・・・)
自分もこんな大勢から祝われたことはない、初めての経験だ。
胸の底でじんわりとした喜びを感じるが、それを表せるほど素直な性格ではないことは自覚している。
その上九龍と共に祝われていることが、夢のように感じる。
あの頃の自分からは想像もつかない、《未来》だろう。
その感情のまま、微笑を浮かべた。


(甲太郎もみんなも笑ってる・・・どうしよう、すごく幸せ)
九龍は真横に立ち、いつもは滅多に見せない心からの笑みを浮かべた甲太郎を見て、周囲を見渡した。
大和と眼が合うと、ちらりと甲太郎を見たので、彼もまた気付いているらしい。
「・・・すごく、嬉しい・・・ッ」
胸一杯に溢れてくる喜びをどう表現すれば良いか判らない。嬉しさのあまりに涙が止まらない。
「・・・・何泣いてるんだ・・・ほら、みっともないからふけ」
「あ、ありがと・・・ごめん・・・」
甲太郎が見かねたようにテッシュを山ほど押しつけてきたのを受けとって涙を拭うけど、止まらない。
「ほらほら、九チャン!ロウソク消しちゃって!」
「うん!」
大きく息を吸ってロウソクを消す。本数は甲太郎に合わせて18本、それが全部綺麗に消える。
「おめでとう!!!」
パチパチと拍手されて、照れくさくなる。もう一度皆を見渡して、
「ありがとう・・・・甲太郎も、おめでとう」
「あぁ・・・・おまえもな」
そう返してくれた甲太郎を見て笑いかけると、恥ずかしがったのかデコピンされる。・・・痛い。
「いたッ!」
「ふんッ」
「もう皆守クンったら照れ隠しに九チャン苛めちゃだめでしょ!」
「は・・・はぁ?何言ってんだ・・八千穂」
「それより、ね、あけてみて!」
八千穂に促されて、さっき渡されたた明るいオレンジ色の包みを見た。すごく可愛らしい薄い水色のリボンがついてる。
「ありがとう、やっちー」
「うん!はい、皆守クンも開けてみてよ!」
「・・・・・あぁ」
甲太郎の手元をみると、同じ感じの包みだったけど色違いだった。紫の包みにピンクのリボンだ。
言われてゆっくり綺麗にリボンを解いて包みを開けると、大き目のマグカップが現れた。色は包みとお揃いのオレンジだ。
「どう?気に入ってくれた?皆守クンのと九チャンのはペアマグカップなんだよ!」
「ペアって・・・八千穂・・」
「ははは、良いものを貰ったじゃないか甲太郎。良かったな、九龍」
「うん!すごく良いよ!嬉しいッ!あ、ちゃんと甲太郎のは紫なんだ・・・そっちもなんかいいなぁ」
「・・・まぁ、悪くはないな」
「もうッ!皆守クンってば・・・あ、白岐さん」
その言葉に振り向くと白岐が何かを差し出して来た。少し微笑みを浮かべてる。
「え、あ・・・ありがとう・・ッ」
差し出されたそれを受けとると、小さいけど可愛い巾着袋に包まれた拳くらいの大きさのものだった。
「それは守護石。貴方を守ってくれるわ・・」
「ありがとう・・・白岐さん」
巾着袋を開くと、石が入ってた。不思議と温かい。
(これ・・・アンクの護符とか心臓の護符とかと同じような感じがする・・・)
「皆守さんへは・・・これを」
「・・・・・これ・・・・・か?」
「えぇ」
甲太郎が戸惑っているのをみて、手元を覗き込むと首のところに蛍光紫のリボンをつけられた・・・・こけしだった。
「・・・・・こけし・・・」
「貴方に似合うと思って・・・帰郷した時に買って来たの」
「わぁ、すごい!俺はじめてみたかも!」
「九龍さん・・・見たことがなかったのね・・・・知らなかったわ」
「テレビとかでは見たことあったけど、実物見たのははじめてだった」
「そうなの・・」
「甲太郎、良かったな!」
そう声をかけると、こけしを手に持ったまま固まってるような甲太郎が何やら青ざめてこっちを見た。
「・・・・・・お前に譲ってもいいぞ・・」
「え、そんな酷い!ダメだよ、ちゃんと大事にしなきゃ」
「そうだぞ、甲太郎・・・・それで次は俺からだが・・・・」
「え・・・・大和、こ、これッ!」
「前一緒に買出しに出たときに見てただろう?」
大和が差し出して来たのは、透明の包みに黄色いリボンをつけられた大きなクマのぬいぐるみだった。大和が抱えても顔が見えなくなるくらいの大きさ・・・つまり特大サイズ。
「う・・・うん、気になってたけど・・・・」
「嬉しくないのか?」
「ううん・・・嬉しい・・・ありがとうッ!」
クマの顔は愛嬌があって可愛らしい。けれど、気になっていたのはそれだけじゃなくて・・・。
(どことなく、叔父さんに似てるかな・・って思ってたんだ・・)
叔父に一番似ている動物といえばクマだと思っていたので、店先でこれを見たときもふかふかな手触りにぎゅっとしたくなって我慢したものだった。
(・・・・これ、しかも顔つきっていうのかな・・目が優しいんだよね・・・)
茶色のふかふかしたクマを抱き締める。なんだかとても落ちつく。
「ありがとう、大和」
「あぁ、喜んでくれて嬉しい・・・・それで、甲太郎へはこれだ」
「なんだ・・?」
「思い浮かばなかったのでな・・・カレーのスパイスセットだ・・・」
「――ッ!」
「こ、甲太郎・・・眼の色変わってる・・・・」
思わず茫然としてしてしまうくらい、大和の差し出した木箱を受け取ると素早く中身を確認してる。眼が驚くくらい真剣。
「こ、これは・・・ッ!サフランじゃないか!」
「サフラン?」
「あぁ、サフランは番紅花とも言う。スパイスの中では一番高価だ・・・・」
「そう・・・なんだ・・」
「これは10グラムの乾燥したサフランを取るために100本以上の花が必要なんだ・・・しかもこれは・・・結構な量だな」
「あぁ・・・わりと高かったな」
「大和・・・・、ありがとな」
「えっ・・・・・・!?」
甲太郎があまりにも素直にお礼を良い、嬉しそうに笑ったのでビックリする。見ると他の皆も茫然と見ていた。言われた大和も眼を見開いて呆然と突っ立っている。
「あ・・・あぁ・・・喜んで貰えて、嬉しい」
良い感じに笑い合う2人を見てると、天香に居た時時々感じてたムカムカというか、イライラというか、そんなモヤモヤしたものが浮かんできて嫌になる。
「・・・・・・大和ずるっこい」
「はぁ!?なんだいきなり・・・」
「・・・・・・・・・・なんでもない」
(やだなぁ・・・なんでこんな風に思うんだろう・・)
目を合わせたくなくてそっぽを向き、思わず口にした言葉へ罪悪感を抱えていると、目の前にひょいと何かを差し出されて驚いた。
「え・・・ッ?」
「九龍・・・・おめでとう」
「も、もんちゃん・・・これ?」
「誕生日の、プレゼントだ・・」
「え、あ・・・ありがとう」
どこから持ってきたのか、いきなり目の前に大きくて大量の真っ赤なバラの花束を差し出された。
(や、大和から貰ったクマと同じくらい・・・大きい・・・)
おずおずと受け取ると、眼が合った阿門がフッと笑った。はじめてみる笑顔だった。
「・・・・・・もんちゃん・・・」
びっくりしたのと嬉しさで固まると、阿門は甲太郎の方へ向かい同じように何かを差し出した。小さな紺色の包みでリボンは白の箱だった。
「皆守・・・・、おめでとう」
「あぁ、悪いな・・開けて良いか?」
甲太郎の言葉に頷いたもんちゃんは、じっとこっちを見てきた。
(・・・・・なんだろう?)
「ジッポ、か・・・なかなかいいな」
「厳十郎の見立てだ」
「なら、かなり良いものだな」
「そうだろう・・・・それと九龍、これはプレゼントというわけではないが・・・・渡しておく」
「え・・・?何、これ・・」
何か本みたいなのと赤いリボンのついた細長い筒を貰って戸惑う。
「それは卒業アルバムと卒業証明書だ・・・」
「え・・・・?ちょ、ちょっと大和これ持ってて!」
「おっとっ・・・・いきなり渡すのは止めてくれないか・・九龍」
花束とクマで両手がふさがった大和はそんな風に不満そうに言ったけど、それに応える余裕がない。
だって・・・・・だって、これは・・・。
震える手で細長い筒の蓋を開けると、1枚の賞状が出てきた。
卒業証明書って書かれたそれには、クラスと番号と名前が達筆な筆文字で書かれていた。
「・・・・・俺、卒業まで・・・居なかったのに・・」
「お前は呪われた《学園》を解き放った・・・誰も成し遂げなかった偉業を・・・成し遂げた」
「もんちゃん・・・・阿門・・・」
「これはそのお前に対しての賞賛の気持ちだ・・・受けとる資格は誰よりもある」
「ほんとうに・・・貰って良い・・?」
「あぁ」
「どうしよう、すごく嬉しいかも・・・」
本当は最後までずっとあの学園に居たかった。本当に毎日、幸せな日々だった・・。
だけど、《秘宝の夜明け》が学園に潜入してきた時に、それは叶わないことに気付いた。
(大切な人を、もう・・・・なくしたくないから・・・)
守りたかった平和な日常を壊したのは、他の誰でもない・・・自分だったから、その時に別れを覚悟した。
卒業式の日も、遠くから見ているだけだった。
嬉しそうにしている皆を・・・、1人遠くから見つめていた。
(これを受け取ることはないんだよな・・って思ってた・・・のに・・)
卒業アルバムと賞状を抱き締める。すごく温かいと感じた。

「ありがとう・・・・」

アルバムを抱えたまま泣き出した九龍を阿門が静かに見つめている。
甲太郎も心配そうに九龍を見つめ、乱暴にその肩を引き寄せ自分の肩口に九龍の顔を押し付けた。
「・・・・誕生日と卒業、良かったな・・・」
小さく、きっと周囲には聞こえていないだろう・・そのくらい小さな声で甲太郎が九龍へ言った。
(・・・・・良かったな、九龍・・・)
卒業式の日に九龍と会うことが出来たのは大和だけだ。学校内に忍び込んでいた九龍は、どんなに促しても他の皆とは会おうとはしなかった。
まだ咲いていない桜の木の下で寂しそうに校舎を見つめていた九龍を思い出す。

――九龍・・・・待たせたな。
『ううん・・・大丈夫。それより・・・卒業おめでとう、大和』

――あぁ・・・ありがとう。ようやく卒業できてほっとしているよ。
『あはは、良かったね、りょうねん?しなくて』

――留年だ・・・、していたのは探るためだったからな・・・・。
『学校が好きなのかなって思ってたよ』

――まぁ嫌いではないが・・・九龍は好きだろう?学校。
『うん・・・大好き・・・』

――・・皆に会わなくて良いのか・・?八千穂が気にしていたぞ。
そう言うと、九龍は悲しそうに校舎を眺めた。
『・・・・ううん・・・・今日は良い・・・』

――本当にいいのか?
『うん・・・・・』

愛しそうに学園を見ていた横顔と、今の表情がたぶる。
(・・・何故、会いに行けなかったんだ・・?何故踏みとどまった・・)
この家に九龍が戻ってきたとき、八千穂達に心配されて・・・浮かべた顔も、今の顔も、底にある想いは同じモノのような気がしてならない。
あの日学園を見つめていた時、会えないと言ったときの表情も・・・・そうなのだろう。
(一体何を抱えている・・・?そんな表情をさせる理由はなんなんだ・・?)
ふと視線を上げると甲太郎もこちらを見ていた。同じ事を考えているらしい。
(さすがに鋭いな・・・・)
「九チャン・・・・誕生日も卒業も一緒にお祝いできるなんて、良かったね!」
「あらためて、おめでとう・・・九龍さん」
八千穂と白岐が震える背中を撫でてそう言うと、九龍は顔をあげた。
「・・・・ありがとう・・・どうしよう、ものすごく嬉しいんだ・・」
「良かったね!九チャン!」
「うん・・ッ!もんちゃん・・・ありがとう」
「ふふ、龍さん、良かったですね・・・」
「これセンパイ達と同じ年代になってますね・・・お、オレと今年卒業とか、どうっすか!?」
「・・・・お黙りなさい、夷澤。それより龍さん・・・、僕のプレゼントですが・・・」
九龍は神鳳の言葉に、甲太郎から身体を離すと向き直った。涙はどうやら止まったらしい。
「白岐さんの守護石と似てしまって申し訳ないのですが・・・これも守護石です。《邪氣》を払い《呪い》を防ぐことができるものです・・・」
神鳳の言葉に九龍が目に見えて動揺した。九龍だけではない、自分もまた興味を引かれた。
「え・・・《呪い》を・・・?」
「えぇ・・・どこまで防げるかは判りませんが・・・」
「ううん・・・・すごく、ありがたいよ・・」
(・・・その小さな石にどれだけの力があるんだ・・・?)
確かに普通の石ではないことは判る。物には力が宿る・・・そういったものも存在していることを、《宝探し屋》のバディになって嫌になるほど付き付けられてきた。あまりにも突飛な非現実的なことは今でも信じないが、実際に手にし体感したものを拒絶するほど考えが狭いわけではない。
九龍はそれを大事そうに持ち、誠意を込めた声で「ありがとう」と呟いた。
「それで皆守君にはこれを」
ポケットから取り出したらしい簡易な包みのものを甲太郎へ差し出す。
「なんだこりゃ・・」
「霊山・恐山のキーホルダーです。とても貴重なものですよ」
甲太郎は受け取ったそれを嫌そうに見つめ、それをポケットになおした。
一応今日という日を考慮したのか不満を言わない姿に成長したんだなとどこか親のような気分で眺めた。
「それじゃ、次はオレっすね!まぁ今日呼ばれたんで仕方なく用意したんですけどね!」
夷澤は相変らずのへらず口を叩くと、偉そうに九龍に手に持っていたものを差し出した。
「ありがとう・・・これ、開けて良い?」
九龍は素直に受け取ると、首を傾げて聞いた。中から出てきたのは、薄汚れたスニーカーだった。
「これ・・・?あの時のじゃないよね・・?」
(あの時の・・?あぁ、夷澤の記憶を縛っていたスニーカーか・・・)
見たところ、あの時のそれよりも使い古されているように見える。
「それはオレのなんです。去年まで履いてたヤツなんですよ・・・センパイと戦ったときもそれを」
「つまり履き古したものか・・・」
思わず茶々を入れると、生意気そうに睨みつけてくる。
「あ、あんたは黙っててくださいッ!オレにとっては・・・センパイと戦ったときの思い出が・・・・っ・・いや、思い出とかになってるわけじゃないですけどね!思いあがら・・・」
「凍也、これ・・・大事にするね。ありがとう」
「――ッ!」
九龍は多分素直に気持ちを尊重したのだろう・・・嬉しそうに笑いかけると夷澤は目に見えて絶句した。
「う、あ・・・そ、それで・・・皆守センパイにはこれを」
「なんだ?こりゃ・・・」
動揺したことを誤魔化すように無造作に甲太郎へ差し出したのは、何の変哲もない茶封筒だった。
「なになに?それ・・」
「生徒会活動ファイル・・・?」
中に入っていたのは1冊のノートだった。表紙にそんなタイトルが書かれている。
「あんたが去年どれだけさぼってたかがよく判る証拠っすよ!」
ふん、と鼻で笑い胸を逸らす夷澤は気付かなかったのだろう・・・甲太郎の気配が冷たく冷え切っていることに。
「・・・・九龍」
「うわぁ?大和なに?」
1人気付かない鈍感な九龍を引き寄せ自分の背後にやる。見ると白岐も八千穂も、神鳳や阿門までもが遠巻きに非難していた。
「・・・・・・くれるんなら、貰っておくさ・・・その代わり・・」
「な、なんっすか・・やるんっすか!?」
夷澤が目に見えて青ざめる。ようやく自分が甲太郎の地雷を踏みしめてしまったことに気付いたらしい。逃げ腰になるがもう遅い。
「・・・・受けとれよ、俺からの特別な礼だッ!」
「がふッ!!!!」
見事としか言いようがない蹴りが夷澤の顎にヒットし、夷澤は少し吹き飛び床に伸びた。白目を剥いている。
「一撃か・・・さすがだな」
「うるさい、大和」
冷たく言い放ち、だるそうに髪を掻き揚げた甲太郎へ何かが突進する。
「こーーーうたろうッッ!!!なんでこんなことしたんだよッ!」
「――ッ!お、おいッ!服引っ張るな!首がしまるッ!」
「はぁ・・・やれやれ・・・九龍、落ちつけ」
「だって・・・」
「ちょっとしたじゃれあいだ。お前も甲太郎には散々蹴られてただろう?」
「え・・・・うん、そうだけど・・」
「今日だって、蹴られただろ?」
「あ、うん・・痛かった」
包帯をしたままの頭に触れ、そう言うが何故嬉しそうなのかが理解できない。
そんな九龍を見て甲太郎が「ニヤニヤ笑うな」と額を指で弾くと、九龍は痛いと言いながらも、やっぱり嬉しそうだ。
(まったく・・・理解できないな・・)
はぁとため息をついて、白目を剥いて伸びている夷澤を居間の端っこにどかす。抱えてソファに寝せておこうか、とも考えたが、そこまでしてやるほどこの生意気な後輩に好意は抱いていないので却下した。
「ね、そろそろケーキ食べようよ!」
「えぇ、そうね・・・」
八千穂の言葉に白岐が頷き、人数分の皿をテーブルに広げる。
「切り分けるくらいならしてもいいんだったよね?甲太郎」
「・・・・あぁ。そのくらいならな」
「じゃ、やってやって!」
九龍が小さなナイフを手渡すと甲太郎は面倒くさそうにそれを受け取った。
「面倒だな・・・大きさは適当でいいんだろ?」
「あ、はい!はいはいはいッ!アタシは大きいのが良いなー!そこのイチゴ一杯のとこね、皆守クン!」
「え、それじゃ・・・俺はそのプレートが欲しいなァ・・」
ケーキを切り分けようとする甲太郎の左右を九龍を八千穂が陣取り両脇からそれぞれどこが食べたいだの注文をつけている。
「あ、もう少し大きく!そこのイチゴもいれてね!」
「うん、大きい方が良いなぁ・・」
「うっるっさいッ!離れろッ!」
「あ、そこじゃないってば!」
「ちょっと皆守クン、小さく切り過ぎ!」
甲太郎がどんなに言おうと、ぬかに釘とも言うべきか・・・、九龍と八千穂はまったく聞いていないのか、大きなケーキを指差して切り方についてあれこれ注文をつけ続けた。
甲太郎は邪険にしているつもりだろうが、表情が柔らかい。
九龍も八千穂もそれに気付いているからこそ、じゃれついてるのだろう。
「・・・・・久しぶりに見る光景ね・・・」
「白岐・・・・あぁ、そうだな」
いつの間にかに近づいてきていた白岐の言葉が何を指しているかはすぐにわかった。
学園にいたあの頃、よく見ていた光景だ。
(俺も白岐も、3人が仲良くこうしているのを、見ていた・・)
「私は、遠くから見ているのが、好きだった・・」
「白岐・・」
「貴方も・・・でしょう?夕薙さん」
「そうだな・・・」
白岐の微かに浮かぶ笑みに驚きながら、もう一度3人を見た。
あの学園を卒業してもなお、在り続ける・・・代わらない光景。
確かにそれは幸せなものだと思った。
卒業とは別れだ。どんなに仲良くても疎遠になってしまうこともある。
だからこそ、卒業後も変わらない絆こそ、深く確かな――今目の前に在るものなのだろう・・。
「・・・・だが、あの中に入っていく方が幸せじゃないか?」
「え・・?」
疑問に首を傾げる白岐に横目で笑いかけ、九龍と八千穂に何か言っている甲太郎に大声で呼びかけた。
「おい、甲太郎。俺は甘いものは苦手なのでな、出きれば苺が多めでクリームが少ない端っこにしてくれ」
「はぁ?お前まで注文つける気か?」
「良いじゃないか。それより、白岐はどこがいい?」
「え・・・・?」
「あ、そうだよね!白岐サン、こことかどうかな?苺多いし!」
「甲太郎、ほらほら切って切って」
八千穂と九龍が嬉しそうに笑い、2人で甲太郎をせかす。
「・・・・皆守」
「あ?まさか、お前まで注文つけるんじゃないだろうな・・・阿門」
「なるべくクリームが多いところにしてくれ。苺は少なめで構わん」
「・・・・・・・・・・・・あぁ・・・」
「皆守君、僕はそこの・・端の方が良いです」
「おまえもか!」
「ははは、頼んだぞ、甲太郎」
そう言うと、嫌そうに顔を顰める。本当に面白い。
吹き出しながら横目で白岐を見ると、同じように無邪気に笑っていた。
視線を正面に向ければ、ここに居る誰よりも嬉しそうな九龍が笑っていた。

――本当に、おめでとう・・九龍。


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