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長編幕間
〜HAPPY BIRTHDAY!〜
(4)

「九龍、甲太郎をバディに誘うのか?」

「――ッ!聞こえてたんだ」
そう言うと驚いて振り向いた九龍は、迷ったように視線を落した。
(聞こえるも何も・・・)
サラとかいう彼女は、わざと声を潜めずに話していたようだったと思うがな、と自分の顎を片手で触りながら苦く笑う。
「卒業後、甲太郎に余裕があるようなら誘うと言っていたな」
「うん・・・」
「誘うのか?」
「・・・・・それは・・」
九龍が迷っていることには、とっくの昔から気付いている。
(問題は何が邪魔をして素直になれないのか、だな・・・おもしろくはないが)
バディは自分1人で十分だろう、と言いたいが、九龍の力になれる人間は多ければ多い方が良い。
九龍は元々それを望んでいたわけだし、今は狙われていて実際こうして怪我までしている。
自分1人で守りきれればそれでいいが、どうしてもカバーできない場面だって出てくる。
俯く九龍の頭と左腕には包帯が痛々しい包帯が巻かれている。つい数時間前に負った怪我のせいで、顔色も悪い。
(・・・・甲太郎が居なければ、九龍はここに居なかったかもな・・)
まぁ甲太郎が居たからこそ、頭の怪我が出来てしまったのだろうが、居なければ今ごろは暢気に桜を見ている場合ではなくなっていただろう。
それを考えると、とても1人で十分だなどとは言えない。
(だが、俺がどうのこうのと言うべきではないな・・・)
自分から甲太郎を誘え、と言い出すのは・・・・正直気が重いというか、口が重くなる。
「・・・・・・まだ時間はあるんだ。ゆっくり考えるんだな」
九龍が無言で頷くのを見て、その頭の怪我に触らないようにしながら撫でる。
「それじゃ、帰るか。みんな待ってるぞ?」
「・・・うんッ!」
話を変えてやると、一瞬だけこちらを伺うようにした九龍は安心したように笑顔になると車を止めてある方面へと走り出した。
その後姿を見て気付かれないようにそっとため息をつく。
(・・・九龍の抱えているものを少しでも軽く出来れば良いんだがな・・・)
何に思い悩んでいるか、何を苦しんでいるのか。
「・・・すべての元凶は、ここにあるんだろうけどな・・」
病院を見上げ、ある病室のある窓を眺めた。

「大和ー、早く行こうよー」

遠くで九龍の呼ぶ声に応え手を振った。
「・・・・さて、まずは説教だな」
血のにじんだ包帯に包まれた腕を降りまわす九龍を見て、呟いた。


「皆守さん・・・ここに居たのね」
「白岐?」
大和が自慢をしていた庭に出ていた甲太郎は、自分を呼ぶ声に振り向いた。
丁度家の縁側に立ってこちらをみている白岐と眼が合う。
「何か用か?」
「えぇ・・・・そちらへ行ってもいいかしら」
「あぁ」
白岐がそれに頷き、置いてあったサンダルを履くのを目の端で見てから、正面へと視線を戻す。
眼窩に広がる風景は、大和が自慢するだけのことはある。
「立派な庭ね・・・」
「そうだな」
広い庭は春の風景を見事に表していた。
色とりどりの花々と、自家菜園となっている部分では野菜らしきものまで植えられている。
「ここの半分くらいの苗は学園の温室から分けたものなの」
「そうなのか?」
白岐にしては珍しい嬉しそうな声に、驚いてみると表情が柔らかい笑みを浮かべていた。
(笑えるようになったんだな・・・)
自分が見ていなかっただけなのかもしれないが、以前は見たこともないような微笑みだった。
「・・・それで、話はなんだ?」
「九龍さんのことで・・・貴方に話があるの」
「九龍の怪我のことなら、聞かないからな」
説教はもううんざりだ、と暗に言うと、白岐はあっさりと首を降った。
「・・・そのことは、八千穂さんが言ってくれていたし・・・、仕方がなかったことなのでしょう?」
「何故そう思う」
「あなたは、あの遺跡が崩壊して全て終わったとき、彼が倒れて八千穂さんが泣いていた・・・あの時の」
「・・・・・・」
「貴方の表情を私は覚えているわ」
「そんな話はもういい。聞きたくない」
脳裏にあの時の九龍を思い出してしまいそうになり、頭を振って遮る。
「そんな貴方があえて九龍さんを怪我させることなんて、ありえない。だから私は何も言わない」
「・・・・・」
聞きたくない、と伝えたんだからな、と白岐に背中を向け家の中へ入ろうと歩き出す。
「話は、このことではないの」
「――・・・だったら、早く話してくれないか」
「さっき玄関で八千穂さんが言っていたことなのだけど」
「玄関で?」
「九龍さんが言う、《好き》という言葉のことよ」
「あぁ・・・覚えてるが・・お前があの時何か気にしていたのは、そのことなのか?」
「えぇ」
白岐があの時何か真剣に考えていたことに気付き、水を向けると白岐はあっさり頷いた。
「私の気のせいなら・・いいのだけれど、何故かしら、とても危ういように思えるの」
「危うい?」
「・・・九龍さんのあの言葉は・・・、まるで最後を意識しているように聞こえる」
「最後・・・?」
「あなたも・・・覚えがあるのではないの?最後、死を意識した言葉を、大事な人へ伝えることを・・・」
「――ッ」
最後を意識した言葉、それを言われ真っ先に思い出したのはあの遺跡の最後の封印が解かれた日、クリスマスイブの夜のことだった。
(あの時は、俺が死ぬかあいつが死ぬか、共倒れになるか・・・)
そのどれかしかないと思っていた。
ただ願ったのは――共に在った事を忘れないでくれという思い・・・。
「まさか・・・・」
九龍が、だれかれ構わず好きだのなんだの言うのは・・・。
「まるで、その言葉を遺して行くように思えてならないの・・・」
「何故、そう思う」
考え過ぎだろ、と言う言葉がでなかった。
言われてから気付いた。九龍は、あの遺跡が崩壊する前から、よく口にしていた。
言われてみれば判る。九龍のその言葉の危うさに。
「夕薙さんに聞いたわ・・・、九龍さんも《呪い》に囚われていると」
「呪い・・・?」
「彼の右腕に宿る秘文。ずっと前から気付いていたのだけれど・・・」
白岐が長い髪を揺らして俯き、しゃがみこむ。足元の白い花をそっと細い指先で撫でた。
「学園にいるときは、彼自身が強い輝きを放っていた。何かを抱えていても前を向く姿は、力強かった」
「・・・・・白岐」
「でも今は、《呪い》が強くなってしまって、彼を蝕んでいるように感じる」
「蝕む・・?」
言われてから、思い当たった。
「あいつは雨や水場に弱い・・・そのことか?」
「詳しくはしらないわ・・だけど、九龍さんの右腕に宿るものは、火の性質、水に弱いのはそのせいだと思うの・・」
「――それで俺にどうしろって言いたいんだ?白岐」
「今囚われているのは彼だわ・・・・、だからこそ、今度は私達が力を貸すときではないかしら」
立ちあがりこちらを正面から見た白岐は力強い瞳をしていた。
学園に居た頃感じた消えうせてしまいそうな儚さの翳りもない。
「あの人は、あなたに傍に居て欲しいと、願っている」
「・・・・・」
「八千穂さんや私、阿門さんも・・・そうして欲しいと思っている」
「俺が九龍のバディになるかどうかは、あいつがそれを願うかどうかだ」
視線を逸らし、大和と九龍の二人が作り上げた庭を眺めた。
「あいつが自分で言うのなら、考えなくもない」
「・・・・不器用な人ね」
「・・・・・・うるさいな」
その時庭とは反対側で大きな声がした。八千穂の声のようだった。
「帰って来たようね」
「みたいだな」
おかえりー!とかいう声が途切れ途切れに聞こえてくる。八千穂よりも騒がしい声の持ち主は言わずとも判った。
「それじゃぁ・・・私も行くわ・・」
「あぁ」
来たときと同じように静かに家の中へ入っていった白岐を見送ってからため息をついた。
「・・・・・言えるわけないだろうが・・・」
自分から九龍のバディになりたい、といえるものなら、九龍が学園を去る間際に言っていた。
実際に口に出せたのは、学園に戻って来いということだけだった
「言えるわけが・・・」



「・・・・・・・ただいま」
「おかえり!九チャン!って、あれ、なんでそんなに泣きそうなの?」
「う・・・・うぅぅ・・・やっちーッ!」
「ど、どうしたの?」
出迎えてくれたやっちーの顔を見て、一気に緩んだ涙腺から涙がこぼれて慌てて目をこすった。
「帰ったのか・・・」
「お帰りなさい」
「龍さん、お邪魔してます」
「センパイッ!」
玄関から出てきた皆を見上げて、更に泣きそうになって激しく困る。
泣きそうなのは、久しぶりに会えた感動もあるのだけど、本当の原因は・・・。

「ははは、少々苛め過ぎたか?」

「大和・・・」
「え、苛めるって?」
首を傾げたやっちーに、大和は爽やかに笑った。
「怪我をきちんと治さずに、その上安静にしようともしないのでな・・・説教をしたんだが・・・九龍」
「・・・ッ!大和、嫌い」
こっちに向かって手を伸ばしてくる大和から後退りして逃げる。
(何が少々説教だッ!もうお小言は聞きたくないよッ!)
本当に怖かった。静かに怒りつづける大和と、短い時間だけど2人きりって、とんでもなく辛かった。
「言い過ぎたかもしれないな、悪かった。だが・・・・九龍、お前は怪我をしているのに・・」
「あーッ!もう聞きたくないッ!」
また愚痴愚痴と言われ出したので、慌てて家の中に入ってしまおうとするとボスッと誰かにぶつかった。
「・・・龍さん、夕薙君が言うことは正しいことですよ。見たところ、傷口が開いたようですね」
「み、充さん・・・だって・・」
「だって、ではありませんよ」
これまた静かに睨まれる。心配してくれてると判っていても、怖いものは怖い。
慌てて離れて、玄関への段差を昇ろうとすると、また誰かにぶつかった。
「え、あ・・・もんちゃん・・」
「・・・・・・九龍、久方ぶりだな・・・」
「あ、うん。久しぶり!」
「怪我か・・・・」
「うッ・・・べ、別に平気だよ」
「・・・・・・・」
(うぅぅ・・・無言で睨まないでッ!)
「・・・・・・・・」
(あうぅぅ・・・)
もんちゃん・・・阿門の重苦しい視線から眼をそらすことも出来ない。何故だろうか、逸らしたらいけない気がしてしまう。
阿門とはあの遺跡が崩壊した後から仲がかなり良くなったと自分では思っているけれど、本当はどうなんだろう?
(聞いてみたいけど・・・)
無言で睨まれている今は、居心地も悪いし、正直怖い・・・・けれど、どうしてか嬉しいと思う気持ちも・・・・ある。
「・・・・ごめん」
「・・・・・・・・」
「反省、してる・・」
もんちゃんだけじゃない、皆の視線にも感じる。
(すごく心配されてるって・・・判る)
怪我をしたのは自分が迂闊だったからだ、油断していたし、最近自分が強くなったと思ってたことで自惚れていたのかもしれない。
だから余計、心配をかけたくなくて平気なふりをしていたけれど、本当は・・・心配してもらうことがくすぐったいくらいに・・・嬉しい。

――ズキン、と胸の奥が痛くなる。

心配されればされるほど、想われれば想われるほど・・・・苦しくなっていく。嬉しいのに、苦しい。
自分が隠している《コト》を知ったら、ここにいる皆はどんな顔をするんだろう・・・。

ズキンズキンと、痛い音がする。

(気付かれちゃだめだ)

そうでなくても、ここにいる皆は勘が良い。

「九龍?どうかしたのか?」
ポン、と急に肩を叩かれて慌てて顔を上げると、大和が怪訝な顔をして覗っていた。
「うん・・・なんか、ちょっとね」
ごまかすように言うと、視線が強くなった。
「ちょっと?」
「・・・・心配してもらう・・って、嬉しいなって・・」
「・・・・それだけか?」
「え?」
肩を掴む手に力が加わって、痛い。
(気付かれた・・・?)
「ゆ、夕薙クン、もうそのくらいで良いじゃない、ね?九チャンだって反省してるみたいだし」
「そうっス!言い過ぎですよッ!!」
「・・・・そうだな」
肩から手を離されて背中をポンと押された。
「ほら、先に入ってろ。ちゃんと手を洗えよ、それとその格好じゃ寒いだろう、着替えて来い」
「え、あぁうん、わかった!」
内心胸を撫で下ろして、走り出りだした。
(良かった、やっちーのお陰でなんとか誤魔化せた・・)



「何を隠してるんだかな・・・」
足早にまるで逃げるように家の中へ入っていった背中を見送ってため息混じりに呟いた。
「え?何か言った?夕薙クン」
「いや、独り言だ。それより八千穂、白岐、料理の温めなおしにそろそろかかる、手伝ってくれないか?」
「うん!わかった」
「えぇ・・」
しっかりと頷いた2人に笑いかけ、家の中へ入るように誘導すると、2人は楽しそうに中へ入っていった。
それを見送り玄関にある門柱の鍵をつける。
ここの家は外見こそは普通の住宅だが、腐っても《ロゼッタ協会》の貸家だ。
それも特別ランキングが高いベテランや、幹部用の一軒家だ。外敵に対する供え・・・というかセキュリティも万全だった。
この門柱も一見普通に見えるがこじ開けようとしたり、乗り越えようとすれば警報がなるようになっている。
(・・・九龍がこの家を与えられた理由・・・・か)
「あの・・・ちょっと!」
九龍は気付いていないが、この家を与えられた理由こそが九龍の境遇を物語っている。

――《協会》に守られている九龍。
守られながら、その上で束縛されていることに本人は気付いていない。
いや、気付いているのか?そこまで疎くは無いはずだ。

「ちょっと!聞いてるッスか!?」

――狙われている九龍。
そのことは、九龍自身からバディになる時に聞かされていたが、理由については『秘宝の在り処を指し示して、開く鍵を持っているから』ということだけしか聞かされていない。
秘文についても、鍵と道標だということ以外のことは、聞いていない。

「あの・・・ちょっと、締め出し!?有り得ないっすよ!」

(・・・そうだ、それ以外は何一つ、な・・・)
九龍がひた隠す『何か』に気付いていた。笑顔に暗い影を落す、何か。
それが何なのかは・・・。

「・・・・・・い、いい加減腹が立ってきたッ!不意打ち上等ッ!くらいやがれッ!!!」

「やれやれ、参ったな」
煩い騒音を撒き散らして近づいて来た相手を軽くいなし、その勢いを借り投げ飛ばす。
「ぎゃぁーーッ!!!!」
「・・・考え事をしてるんだ、邪魔をしないで貰おうか」
締め出した相手を投げるときに玄関の中へおとしてやった。感謝するんだな、と意識がなくなった相手に捨て言い玄関から家に入る。
鍵をかけながら、思わずため息がこぼれた。
(・・・・・さっきの九龍は、気になるな・・)
今まではほんの少し、時々しか見せていなかった・・・翳りの表情をありありと出していた。
「時々・・・・・か」
それを見た時はいつでもあの病院でだったなと思い出して再びため息をついた。
(何かあるのか・・・)
思いつめた表情に、心が揺れる。
今まで、ほんの数週間2人で過ごしたが・・・その間はいつもの九龍だった。
あの表情を見せるのは、あの場所以外ないのだと思っていただけに、自分が考えていたようなことではないのかもしれないと気付き眉を潜めた。
(・・・今はまだ様子見だな・・)
いつまでも考えていても仕方ない、と気持ちを切り替え華やかになっているだろうキッチンへと急いだ。


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