長編幕間
〜HAPPY BIRTHDAY!〜
(2)
「桜、綺麗だよ・・・叔父さん」 ロゼッタ協会の日本支部の近くにある協会の病院の窓から、綺麗な桜並木が見えている。 深い眠りについている叔父のベッドの傍らに座って、九龍はじっと外を眺めていた。 「3度目の、春だよ・・・」 叔父が眠りにつく呪いに倒れてから2年。 1度目の春は、苦しくて悲しくて、あまり覚えていない。 2度目の春は、《宝探し屋》の資格を取るため4度目の挑戦をする直前で、必死だったから覚えていない。 (今年の春は・・・・・、やっと・・・・) 「やっと挑戦できるんだよ・・・叔父さん」 叔父の手を、そっと握り締める。 昔は、握り締めると反応が返ってきていたのに、最近はほとんど何も感じない。 寝言も少なくなったし、寝相も大人しくなって、ひたすら静かに眠っているだけだ。 (・・・・・弱く、なってきてるのかな・・・) 少しずつ少しずつ、弱くなっていくような叔父を見ているのが辛くて、顔を柔らかいシーツに埋めた。 「もう少しだから・・・」 (もう少しで、《秘宝》手に入るから・・・) 泣きそうになる自分を必死に押しとめる。泣いたらダメだ、泣いたらきっと、意識がなくても、心配してしまう。 「待ってて・・・」 何の反応も返ってこない冷たくかさついた手を握り締めて、誓った。 コンコンコン、と控えめなノックの音に顔を上げた。 (あれ、何時の間にかに寝ちゃってたのか・・) 一番安心するところだから、かな・・・と小さく呟いて、立ちあがる。 「はい・・・?だれですかー?」 病院でも、完全に安全じゃないのは判っている。少し身構えて扉の前で聞く。 「私だ、九龍」 「あ、なんだ・・・はいはい。今開ける」 「すまないな、失礼する」 入ってきたのは、白衣を着た若い女性だった。髪は肩までで綺麗に切りそろえてある。 「サラ、何かあった・・・?」 サラ、と呼びかけた彼女は、九龍の担当官で、《宝探し屋》になってからずっとH.A.N.Tを通じて情報をやり取りしている。任務のメールや、依頼人からの手紙やお礼の品物、報酬金を送ってくるのも彼女の仕事だ。 「君がこの病院に搬送されたのはわかっていたからな・・・出向いた方が早かろうと来たまでだ」 「あぁ、うん。ちょっと、ドジっちゃってさ」 「頭と、腕か・・・・魂の井戸を利用した治療はしなかったのか?」 「うん、そんなに酷いわけじゃないしね」 「・・・・そうは見えなかったが・・・」 「大丈夫だよ」 「そうか、ならいいが・・・・・九龍、無理はするなよ」 労わるような言葉に、笑いかけると、滅多に表情を変えないサラは微かに笑ったようだった。 「言っても無駄だったな。君は無茶無謀の代名詞とも言うべき性格だったのを思い出した」 「・・・・・・むちゃむぼう?」 「君の優秀なバディに後で聞くといい。それよりも、九龍・・・君を襲ったのは《秘宝の夜明け》だな?」 「うん、そう。モリリンだった」 「モリリンか、それは厄介だな・・・」 「・・・・あの、サラ・・・」 「なんだ?」 「まさか、H.A.N.Tにモリリンで登録してたりしないよね?」 目の前にいるサラは、時々冗談を冗談とも思わない行動に出る。 H.A.N.Tに追加された情報をデーターベースに登録しなおし、整理しまとめるのも仕事の彼女は、あっさりと頷いた。 「あぁ、喪部銛矢で登録しているが、愛称モリリンと追加しておいた。あと君のことを愛しているらしいとも」 とんでもないことをさらりと言い出したサラに、思わず呆気に取られる。 「あ、あいし・・・・・って!」 「あれは【愛】だろう。まさしく」 「え、あれって・・・?」 「狂暴なほどの執着心、それも【愛】だろう」 「・・・・・・・えっと、サラ・・・それ、変だから・・多分」 天香の遺跡を出てから、大和に再会して、やたらと常識を身につけさせられた。 だからこそサラの言っている意味が変に聞こえて、顔に血が上っていく。 「・・・・・おや?九龍、顔が赤いが・・・」 「なんでもないッ!」 「別に恥ずかしがることではないだろう?【愛】はさまざまな形で存在する。モリリンの【愛】も、そのうちの一つだ」 「・・・前は、普通に、言われても恥ずかしいとか思わなかったんだけど・・」 (今はとても恥ずかしいと思う。どうしてだろう・・) 「ふむ。思春期だな・・・若い若い」 「・・・・・・・・・・・・えぇっと、それで、モリリンが何だよ?」 「話を逸らしたな。まぁいいが・・・、君のその右腕の秘文、それは極秘の情報だ」 「・・・・・うん」 「それを何故、あいつらが知っていたかが、気になっているのだ・・私は」 「え、でも、警告されてたし。とっくにばれてたんじゃないのかな」 天香に居る頃から・・・・いや、《宝探し屋》になる前から、護衛だなんだと、守られていたし気をつけろと警告されていた。 「いや、M+M機関は知っているらしいが、あいつらが知るはずない情報だったんだ」 「え・・・・?どういうこと?」 「君と君のお父上、そしてそこのと」 「・・・・叔父さん指して、そこの、って言うのはやめようよ」 「では、それと、で、いいかな?」 「サラさ・・・叔父さん嫌い?」 「嫌いではないが好きではないな。君を悲しませている元凶だからな」 「え、えええっと・・・・」 (何て答えたら良いんだろう・・・・) 大好きな叔父のことを好きではないといわれて、悲しいとかイヤだなとか思うのに、そう思っている理由が自分を思いやってのことで、それがとても嬉しく思えて・・・複雑だ。 困っていると、サラは大きく瞬きをして少し微笑んだ。 「困っている君は可憐だな」 「・・・・・・・・・・・かれん、って何・・・?」 「標本にして保存しておきたいほどだ」 (標本って・・・・・) サラは元々は研究員で、遺跡で見つかった秘宝を保存するための作業が得意だったらしい。 (だからかな・・・・なんかずれてるのって・・・) 「え、ええっと・・・それで、その、話の続きは?」 「おやおや、怯えなくていいのだよ。生きている君が一番だからな」 「あの、だから、続き・・・」 「ふむ。続きか。まぁいいだろう・・・君達3人が、あの遺跡に挑戦する寸前に《秘宝の夜明け》に襲われたと聞いている」 「うん・・・、そうだけど」 「あいつらが、それだけで手出しを控えたとは思えないんだよ、私は」 「・・・・?よく判らない」 「《秘宝の夜明け》は、しつこい。それこそ一度獲物をターゲットしたらどこまでも追ってくるような組織だ」 「そう、なんだ・・」 (え、俺、モリリンにタゲられた!?) ちょっとかなり嫌かもしれない。思わず身体を自分で抱き締めた。 「しかしあの遺跡攻略中にあいつらは手出しをしてこなかった。外で待ち伏せ、秘宝を奪うという手口すらも使ってこなかった」 言われて思い出したのは、ハンターになって初めて挑戦した遺跡で会った、白いスーツの男と銃を構えた一団。 (モリリンも、俺が途中まで攻略して、後少しってとこまで・・何もしてこなかったっけ・・) そういう手口なのか・・・と感心してると、サラはドアから離れてベッドに近づいた。 「そして、君が秘文を持ち、油断も隙も多大にあったハンター見習時期には一切手出しをせず・・」 「サラ・・・?」 声をかけたのは彼女が声を少し落したからだった。 もしかして、誰かに聞かれてる・・? 「・・・・君が無事、ハンターになり、天香の遺跡を攻略し、ようやくその秘文の指し示す秘宝へ向かおうとする今になって、襲われるのは不自然ではないか?」 「不自然って・・どういうこと?」 「今日、君があの場所へ1人で行くことを知っていたのは待っていた相手と、君のバディだけだったか?」 「え、一応家に呼んだ友達には、家を出るときに話をしたけど」 「・・・ふむ。君の友達ならば、大丈夫だろうが・・・」 「偶然じゃないのかなぁ・・・」 「偶然ではないな。恐らく・・・98%の確率で情報が漏れていると思って良い」 「きゅ、98%って・・・」 「いいか?あれだけの大人数を、用意するだけで数日は要する」 言われてみて思い出す。かなりの人数が居たはずだ。 「君が襲われると共に迎えが早々と来ている。その迎えがモリリンで、それとほぼ同時に公園内にあいつらは配置されていたと思っても良いだろう」 「計画的だった、ってこと?」 「あぁ。君の親友君を迎えに行くことは、いつから決まっていた?」 「え、ええっと・・・、3月の終わりあたり、かなぁ・・」 「・・・・、誰か、友達以外の人間に言ったか?」 「言ってないと思う」 「なるほどな・・・・」 「なるほど?」 「いや、まだ推理の段階だから、言わないでおくが・・・、九龍・・気を・・・ッ!」 サラが突然何かに気付いたようにしたから、どうしたのかと聞こうとした時、背後のドアが静かに開かれた。 「え・・・?」 「あぁ、すまない。ノックを忘れていたようだ」 入ってきたのは会いたくなかった相手だった。 名前は覚えていない。ロゼッタ協会の幹部の人で、偉い人ってことくらいしか、知らない。 (知らないんじゃなくて、覚えたくない・・・んだろうなぁ・・・) 「お久しぶりです・・・」 「あぁ、久しぶりだね・・九龍君。少し大きくなったようだね・・」 背の高い、白髪まじりの男の歳はよく判らない。 「はい・・・」 相手が手を伸ばして、頭に触ろうとしたので、慌てて背後に後退りする。 「あ・・・ッ、ごめんなさい」 露骨に避けてしまって、慌てて謝ると、一瞬の沈黙の後、「はははは」と笑ってくれた。 (でもなんでだろう・・・この人は苦手) 「子供は大きくなるのが早いものだな。歳は、いくつになったのかね?」 「あと3日で、17になります」 「17歳、か・・・」 「・・・・・・・?」 (なんだろう、今、何か変だった・・・) 気付いた違和感が判らなくて、相手の顔を見つめると、笑顔を張りつかせたようなにこやかな顔にぶつかる。 (やっぱり、嫌だな。目が、笑ってない・・・この人) だけど、この人には恩があるから、無下に出来ない。 (叔父さんの入院費用、ほとんど払ってもらっちゃってるからなァ・・) 半分くらいは返したらしいけど、と思っていると、サラが後ろから腕を引っ張って来た。 「・・・・?何?」 「君の大事なあれに、ムカデが」 「あれ・・って・・叔父さん?って、えっ!?ム、ムカデ!?」 慌てて身を翻しベッドに近づく。 (ど、どこにッ!?) 「あ、いたッ!な、なんでこんなとこに・・・」 黒っぽいムカデは、叔父の顔の真横に居た。うようよと動いているように見える。 「うー・・・刺される!刺されるッ!」 (とにかく、早く、どうにかしなきゃ!でも、どうしよう・・・掴むのやだしなぁ・・・) 何かないかな、と見まわして目に付いたのは灰皿で、それでそうっと取ることにした。 背後で、九龍が悪戦苦闘しながらムカデのようなモノを取り出そうとしているのを眼の端に捉えた。 (・・・九龍、メガネをかけたまえ。それは私が置いたおもちゃだ) 先程まで寝ていたらしい九龍のメガネは、ベッド脇の台の上にある。 視力がかなり悪い今の九龍には、おもちゃか本物かどうかは見えないだろう。 まるで子猫が虫をちょいと触ってびっくりして離れる、といった感じでおそるおそるムカデをどうにかしようとしている姿が非常に可愛らしい。 どうやら新米《宝探し屋》は、ムカデは苦手のようだな、と笑い出しそうなのを押さえ、正面の壮年の男に視線を向ける。 「病室にムカデ、か・・・?」 「ふふ、ちょっとしたいたずらですよ」 「サラ情報管理官。君は、私に何か話でもあるのかね?」 「えぇ。一つ、報告しておかねばならないことが」 「何かね・・・」 (可愛い子との会話を邪魔したからって、そこまでとんがることはないだろう?) いい年した爺が、小娘に対して礼節もなしか・・・と呆れ果てる。 あぁ本当になんでこんなのと話さねばならないのだろうか。そこらへんの壁の方がまだ可愛いと思える。 サラは意識して無表情を保つ。特に意識をしなくても、鉄仮面と呼ばれる仮面は、どうあがいてもはがれないのだが、眉くらいは顰めそうだから気をつけるに越したことはない。 「葉佩小五郎の、入院費用及び生命維持費についてですが」 「・・・・・それがなんだ」 「いささか多めに搾取されておりましたので、適正金額で計算をしなおし、取り過ぎていた分を彼に返済しました」 「取り過ぎ?なんのことだ」 (やはり、知らんフリをするか・・) 「貴方が九龍の代わりに出した期間分の返済は終了しています。今は九龍が天香遺跡で稼いだ分を当てています」 「・・・・・終了している?バカな・・」 「九龍はそれこそ毎日馬車馬のように働き、稼いだようです。しかし元々が多めに取られておりましたので、余剰分が出てしまってます」 「それが本当だとしても返す必要はないだろう。それに、こいつをこの病院に置かせているのは俺だッ!」 「おや?それはおかしいですね。葉佩小五郎のハンターライセンスはまだ生きています。ハンターである限り、病気や怪我等の治療や入院などは当然の権利です」 「そいつのライセンスを剥奪しないのは・・・ッ!」 (化けの皮がはがれて来たか・・) 声を荒げ、苛立ちを露にした男は、はっと息を飲んだ。 「・・・・・・ッ!」 「九龍・・・」 背後で可愛らしく大慌てしてたはずの九龍が、まるで庇うように前に出てきた。 「叔父さんが、どうかしたんですか?」 「・・・・・・・・いや・・・」 「どうしてサラを怒鳴ってるんですか・・・」 「キミには関係ない話だ」 「関係ありますッ!」 「・・・・・関係ないといってるだろうッ!」 「――ッ!」 どん、と突き飛ばされて九龍はベッド脇の台に当たる。 かしゃん、と軽い音がして、置いてあったメガネが床に落ち、更に花瓶が倒れ九龍の右腕を濡らす。 「あ・・・・ッ!」 今の九龍の服装はこの肌寒いのに半袖だ。サイズの合わないTシャツから剥き出されている右腕には、インクがにじむように血のように赤い文字が浮かぶ。 「大丈夫か、九龍」 「・・・・・うん、平気」 (・・・ますます、色が濃くなってるな・・・・衰弱の度合いも・・) 文字の色がどんどん、濃くなり、明確になってきている。 おまけに、衰弱も以前は水をかぶった程度では、目に見えるほどではなかったのが、今では気を張っていないと倒れてしまいそうな程だ。 「・・・・あぁ、そうだったな・・・関係は、ないわけではなかったな・・・」 呟かれた言葉に、男を見ると、嫌な笑みを浮かべていた。 「それがある限り、な・・・」 (まずいな・・・) 嫌な予感にサラは眉を顰めた。九龍を助け起こす手を握り締める。 「サラ・・・?」 「驚かせて悪かった、サラ情報管理官、九龍君・・・。最近耳が遠くてね・・・」 「・・・・それは大変ですね・・」 九龍が何か言いたげな視線を送ってくるが、視線で黙らせる。 「九龍君、キミを・・・」 「九龍、怪我が開いたようだな。これはまずい。ナースを呼ぼう」 「え、サ、サラ!?」 慌てる九龍の手を繋いだまま、葉佩小五郎の眠るベッドをまわり込みさり気なく・・・・とはいかないまでも、男と距離を取った。 「・・・・・・・良い態度だな、サラ情報管理官」 「私はH.A.N.Tの中の人間ですから、担当のハンターである九龍の状態を優先させるのは当然です」 答えると男は目を細め、皮肉げな笑みを浮かべた。 (ニタリ・・・と擬音が見えてしまいそうな笑みだな) ナースコールを手に取り、ボタンを押す。暫くすればナースが駆けて来るだろう。 「それに、九龍は出血しすぎて貧血だ。おまけに今は衰弱も重なっている」 「え、大丈夫だよ?」 「どこがだ、そんなに顔色悪いくせに」 指摘すると、九龍は図星を指されたせいか顔を赤くした。本当に素直な子だ。 (・・・・ずっとこのままで居て欲しいと思うが・・) ずる賢く、魑魅魍魎のような、一癖も二癖もあるような輩ばかりの業界で生きていくのは辛いだろう。 しかし九龍の素直さは、一種の武器だ。彼自身の鎧にもなるし、武器にもなるものだ。 九龍のそれは人の警戒心をたやすく解いてしまう。人懐っこい上に、素直で裏も表もないようなものなので、彼相手に壁を立てても無意味だ。 それをなくしてしまうのは、あまりにも惜しい。 だからこそ、九龍の代わりにうまくこの業界を生きていくために、《力》になれるバディは必須だ。 あの新米バディ・・・夕薙大和は、その点では花丸をつけていいくらいのバディと言えよう。 (だが、彼1人では、守りきれない場面もあるだろうな・・) 九龍が望み、欲したバディはもう1人居る。 (今は、言わなくなったがな・・・・) そのことは後でゆっくり話すか、と意識を切り替え九龍の柔らかい頬を撫でる。 「九龍、私はキミのことを心配してるのだよ?」 「・・・・・・・ありがとう・・」 言い含めようと言った言葉に帰って来たのは、はにかんだ笑みと小さな感謝の言葉。 胸をつかれるほど、優しくやんわりとした微笑みと、心の篭った言葉だった。 ありがとう、って上手く伝わっただろうか・・・、そう思いながら、九龍はサラの冷たい手をそっと離した。 (心配かけてばかりで、ごめん) 本当はもっとちゃんと胸を張って、前に進んでいきたい。 誰かに守られるんじゃなくて、守りたい。 だけど、こうして心配されることが、その優しさが、温かくて嬉しくなる。 ありがとう、ってもう一度言おうとしたとき、空気が動いた。 「――ッ!?」 ベッド越しに腕をつかまれて、強引に引き寄せられる。 ガタン!と身体が当たり、寝ている叔父の身体にも当たる。 (・・・ッ!て、点滴の管が・・・ッ!) 叔父の右腕に繋がっている点滴の管が、衝撃ではずれたらしい。血がにじむのが眼の端に映る。 「お、叔父さん・・・ッ!」 慌てて、離れようとするけど、つかまれた腕は自由にならない。 「九龍ッ!」 「邪魔をするな、小娘」 サラが手を伸ばして引き剥がそうとするのを、男は制止した。 「な・・ッ!」 サラが動きを止める。明かに脅しだった。 腹が立って、強引に腕を解こうとすると、ぎりぎりとさらに力を込められる。 「いた・・・ッ」 「・・・・九龍君、君は忘れていないだろう?」 「え・・・」 「私と契約をしたな?」 「けいやく・・?」 「そうだ。契約だ」 「あ・・・ッ」 言われてから思い出した。あの事を。 思い出して、気付く。 (ここには叔父さんが・・・ッ!) 「君は、私と、契約した」 (言わないで・・・ッ!聞こえてしまうッ!) どくん、と心臓が軋む音がした。 (ここで、言うないでッ!) 目がくらむ。 「離せッッッ!!!!」 全力で腕を振り切って、離れる。興奮し過ぎたせいで滲んできた涙を慌てて拭う。 「覚えているんだな」 「・・・・・・」 「ならば、いい」 「・・・・・」 顔をそむけて、震えないように身体に力を込めて、地面を踏みしめる。 サラが怪訝な顔をしてこっちを見ているけど、今は見えないことにする。 「九龍・・・君を失うことだけは、出来ない」 「・・・・・・」 嫌な視線だった。そうだった、この人は、こんな眼で見ていた。道具を見る眼。 気付きたくなくて、見ないふりをしていたけど・・・今は、判る。 この人は善意で叔父の入院費を払ってくれたりとか、あんな約束・・・・契約を、交わしたりしていないんだ。 (だけど、例え道具でも何でも、俺は・・・) 「・・・・・・ふッ、頃合か」 「あなたは・・・九龍に何を・・・?] 「サラ、君が知ることではないよ。まぁやがて、嫌でもわかるだろうがな・・・」 「九龍・・・?」 (ごめん、サラ。ここでは言えないんだ) 「その怪我は早く治すことだ」 「・・・・はい・・・」 「それでは、邪魔をしたね」 名前の知らない幹部の男は、また嫌な笑みを浮かべてから、去っていった。 「どういうことだ、九龍」 顔を上げると、静かな目をしたサラが、こっちをじっと見ていた。 (怒ってくれてるんだ・・・) 「ごめん、サラ」 「何故、謝る・・」 「サラには、話すよ。サラにしか頼めないこともあるから・・・、でもここでは言えない」 そう言って九龍は俯き、血がにじんでいる叔父の腕を掴んだ。 (・・・・細くなっちゃったな・・・) 自分のそれよりは逞しいけど、筋肉は落ちている。 「叔父さん、痛かった・・・?」 声をかけても、何も反応が返ってこない。 「叔父さん・・・」 弱くなっていく叔父を目の前にすると、怖くて堪らない。 「・・・・ここでは言えない、といったな」 「うん・・・」 「そろそろナースも来る。迎えも呼ばねばならないだろう・・・移動するとしよう」 「判った」 サラに頷くと、彼女は静かに部屋の外へ出ていった。 それを見送って、叔父の手を取る。 「・・・・また、来るよ」 この声が少しでも届いていれば良いのに、そう祈って、ぎゅっと握り締めてから立ちあがって、サラを追いかけた。 振り向かなかったことを、後で後悔することになるなんて思いも寄らなかった。 |