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長編幕間
〜HAPPY BIRTHDAY!〜
(1)

大怪我をして昏睡したように眠りについた九龍共々車をロゼッタ協会の迎えに引き渡し、乗り換えた車で案内されて来たのは白い家だった。
車の降りた大和が「本当は九龍が案内したかったらしいがな・・」と呟くのを耳にしながら聞く。
「ここが今住んでるとこなのか?」
「あぁ、そうだ」
まだ建てられてまもないと思われる新築の白い家を見上げて、甲太郎は眉を潜めた。
(本当に借家なのか・・・?)
そう疑問に思うくらい立派な家だった。
都心に近く、立地条件も良い閑静な住宅街にあるこの家は、九龍がロゼッタ協会から借りている借家だと大和から聞いたが、一介の・・・しかも新人に貸すにしては上等すぎるんじゃないのか?と胡乱な眼で見つめた。
(しかもあんなヘボハンに・・・)
確かに九龍は、それなりの結果は出している。
初任務のヘラなんとかとかいう遺跡を攻略したと言っていたし、天香學園の遺跡は九龍が到達するまで誰も《秘宝》まで辿りついた者は居なかった。その後転校して行った北海道の遺跡も早々とクリアしたと聞いている。
(まぁ、実際はあわあわしながら、だろうけどな・・・)
確かに九龍の腕が良いとは言えないが、それでも前を向きひたすら自力で突き進む姿を覚えている。
けして諦めない眼が、まっすぐ前を向いていた。
今ではその姿こそが《宝探し屋》のそれだと、思うほどだ。

「立派過ぎるのが、気になるのか・・?」

ふと意識を引き戻されて、門の鍵を上げる大和の背中を見た。
「・・・・無理もない。普通はホテル泊まりだからな」
「普通は?」
「九龍は・・・・・・特別、なんだろうな」
「大和?」
声が一瞬固く強張ったような気配を感じ、声を駆ける。
「それよりも、覚悟しておけよ、甲太郎」
「はぁ?何言ってんだ」
ようやく振り向いた大和は、こちらをみてニヤリと含み笑いをすると門を開け、玄関までの段差を上がる。
ふと目に付いたのか、玄関先に植えられている色とりどりの花を眺めた。
「この花、綺麗だろう?」
「パンジーか」
「白岐に沢山苗をもらってな・・・・九龍と植えたんだが、裏の庭の方も凄いぞ」
「何《宝探し屋》とそのバディが、園芸してんだよ」
「良いじゃないか。華やかで」
嫌味すら歯牙にかけられずに、大和はそのまま玄関についている呼び出しボタンを押した。
「誰か居るのか?」
「ん?あぁ・・・九龍は何も言ってなかったんだな」
「・・・・・・?」
どこか面白がるような大和を睨んだ後、ふと玄関の向こうに気配を感じた。

『ど ぢ ら ざ ま で ず ガ〜?』

玄関の向こうから聞こえてきたのは奇妙なしゃがれた男の声だった。
(なんだ・・・?)
疑問に思う間に、大和は玄関の向こうに向かって答えた。
「オレだ」

『あッ、夕薙クンか!ん・・・・・あっと、えーーーっと・・・・・うーんっとぉ・・・
”以下の問いに答えよぅ〜ッ!皆守くんといえば?”』

「はぁッ!?」
奇妙な男の声に馴れ馴れしく呼ばれた上に、『と、いえば?』と聞かれる心当たりはない。
「ふッ」
軽く笑う声の主を睨みつけるが、こちらを楽しげに横目で見て言った。

「ワカメ頭」

「なッ!?」
「どうぞぅ〜!お入りくださーいッ!」
驚く自分を尻目に、軽く答えが返ってきて、玄関は開かれた。玄関先にスリッパのままで立っていたのは、見なれた級友の姿。
「おまえ・・・八千穂ッ!」
「えへへ、久しぶりだね、皆守クンッ!」
「お前が、どうしてここに・・・?」
制服を着ていないだけで変わりがないような八千穂を茫然と見つめた。
(相変わらず、無駄に元気そうだな・・・)
「あれ?九チャンに聞いてないの?」
八千穂はきょろきょろとしている。どうやら九龍を探しているらしい。
「ちょっと騒ぎが合ってな」
「そうなんだぁ・・・だから九チャン居ないんだね」
「それで・・・大丈夫なの?九龍さんは」
残念そうに言う八千穂の背後から、静かな声がした。
「白岐?いったい何の集まりだ?」
相変わらずの長い黒髪を静かに揺らして玄関先に現れた白岐は、こちらへ静かに目礼し、視線を大和へ向けた。
「あぁ・・・まぁ無事とはいいがたいが・・、大丈夫だ」
ちらりとこちらを含む視線で見てきた大和を、睨みつける。
(どこまでもしつこい奴だな)
車の中でも散々説教をされていい加減うんざりする。
まだ言い足りないのか、と睨み返すと、呆れたように大きくため息をつかれ、ますます苛立つ。
「そう、良かったわ」
「うんうん・・・・って、ちょっと待って!無事とは・・・って、もしかしてッ!?」
「あぁ少し怪我をしていてな。後で迎えに行く」
「怪我って・・・九チャン、一体なにやってるのーッ!もうッ!後できつーくお仕置きだよッ!」
「はは、八千穂のお仕置きか・・・痛そうだな」
(痛そうで済む問題か・・・?下手したら病院送りじゃないのか?)
声には出さずに、前髪を掻き揚げてため息をつく。
「頼んだぞ、八千穂」
「うん!任せといて!」
「・・・って、頼むのかよッ!」
(大和、お前九龍が大事とか言ってなかったか!?)
思わずツッコミをいれると、玄関に上がり込んだ大和が振り向き、ニヤリと笑った。
いやな予感に制止しようと口を開くが、
「九龍の怪我の半分は、そこに居る甲太郎の仕業だ」
「えッ!?九チャンに怪我させたの!?皆守クンッ!」
「・・・・・酷い人ね・・・」
八千穂がどこからか愛用のラケットを取りだし、白岐はその背後から冷たい視線で見ていた。
「ッ!!」
「ははは、甲太郎。誤魔かすのは良くないぞ?」
「なッ!?」
「それじゃ、後は任せたぞ、八千穂、白岐」
「お、おいッ!」
呼びとめようとするが、ヒラヒラと肩越しに手を振られて家の中に入っていってしまった。
それを思わず茫然と見送ったまま、突っ立っていると、ボールがいきなり飛んで来たので慌てて避ける。
「八千穂ッ!何スマッシュ打ってるんだッ!」
「だって、九チャン怪我させたんでしょ、皆守クン!あの時だって九チャン大怪我だったんだよ?また怪我させるなんて・・・ッ!」
あの時、と言われ思い出す。
副会長として九龍と戦ったあの一戦のことだろう。
その後続く連戦で九龍は大怪我を追い、倒れた。それを八千穂は崩壊する遺跡を墓地で見ている。
倒れた九龍を心配して泣いていた姿も覚えている。
「八千穂・・・」
思い出してしまって、名前を呼んだまま、何も言えずに立ち尽くす。
「八千穂さん・・・・落ちついて・・」
「白岐さん・・」
「皆守さんだって、九龍さんを怪我させたくてさせたわけじゃないと思うわ」
「・・・・うん、そうだよね・・」
白岐に庇われるとは思いも寄らず、驚いて見ていると、八千穂は白岐に笑いかけ、特大の爆弾を放った。

「だって、皆守クン、九チャンのことが、ものすごーーーーーく好きだもんねッ!」

「なッ!?」
「照れない照れないッ。九チャンをすごく大事に、大切に想ってるのは知ってるよッ!」
「・・・はぁ?」
「夕薙クンも九チャンが大好きで大事だから・・・、だから怒ってたんだね」
「えぇ、そう思うわ」
「九チャンって本当、大事にされてるなァ・・・えへへ、嬉しい」
「や、八千穂・・・お前な・・・」
はっきり言って、スマッシュで痛い目を見ていたほうがマシだと想われるくらい、居たたまれない。
「どこの小学生だ、お前は・・」
呆れて物が言えない。脱力したまま、苦労して懐からアロマを取り出す。
あまり吸わなくなっても、持ち歩いているアロマに火をつけ、香りを吸う。
「えー、だって皆守クン、九チャン好きだよね?」
「・・・・・アロマがうまいぜ」
「好きだよね?」
「聞こえないな」
「好きって言葉くらい素直に言おうよ、皆守クン!」
「何も聞こえないな」
「もうッ!」
「だいたいな、判ってるのか?八千穂」
「何が?」
「男同士で好きだのなんだの言い合っても、寒いだけだろ」
「でも九チャンは・・・」
「あいつを基準にするな」
「夕薙クンは普通に言ってたよ?九チャンに」
「・・・・あいつらは変なんだよ。一緒にするなッ!」
大和は外国暮らしが長かったせいか、恥ずかしい台詞も割とさらっと口にする。
あんなのと一緒にされては堪らない。自分は慎み深い日本人なんだ、真似なんてできるはずがない。
「それに、お前。九龍のそれを見習ってほいほい言ってると、いつか痛い目見るぞ」
「大丈夫!友達にしか言わないし、ちゃんと判ってるって!」
怪しいもんだ、と視線を送るが八千穂は気付きもしない。
ため息をついて、アロマを吸っていると、八千穂の背後にいる白岐が何か考え込むような素振りをしていることに気付いた。
(・・・・なんだ?)
気になったのは遺跡崩壊後、沈痛な表情や悲しげな顔をあまりしなくなった白岐が、以前のような表情をしていたからだ。
「白岐?」
「・・・・・え、あぁ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたから」
「どうしたの?白岐さん・・・」
「八千穂さん・・・気にしないで。本当に少し考え事をしていただけだから・・・あなたが気に病むことはないの」
「そう・・・なの?」
「えぇ・・」
白岐は頷いたが、八千穂は自分のせいじゃないかと不安そうな顔をしていた。
多分、白岐に悲しげな表情をさせたくないんだろう。
(・・・・・俺も判るからな・・・)
認めたくないが・・・九龍が時々見せる悲しげな表情を、見たくない、させたくないと思っている。
白岐も多分、そうなのだろう。端から見てると互いが互いに気を使いあっているように見えて、もどかしい。

「おい、八千穂。いい加減立ち話も疲れたんだけどな。いい加減中に入れてくれないか」

「えッ!?あ・・・・そうだった!」
「ったく・・・こっちは九龍のせいで疲れてるんだ。いつまで立話させる気だ」
八千穂が家の中にいる白岐の前に居るので、玄関口は開いている。いまのうちにさっさと入ってしまうか、と家の中へ入ろうとするとはっと気がついた八千穂が飛んできて立ちふさがった。
「なんだよ。まだあるのか?」
「答えてないッ!」
「はぁ?もう良いだろ?」
「答えてくれないと、家には上げられないんだからねッ!」
「バカバカしくてつきあってられないな」
八千穂を強引にどかして、入ろうとすると白岐と眼が合った。
(・・・・・睨むなよ・・)
思わず怯むと、背後からいささか慌てた八千穂の声が聞こえる。
「だ、だって、九チャンが・・・」
「九龍が?」
「答えない人は絶対に入れちゃダメだって」
「答えない人はオオカミ・・・・と言っていたわね」
「はぁ?なんだ、そりゃ・・・」
呆れながら、ふと思い当たったことに気付いてため息をついた。
(つまり・・・この家も喪部にばれてる可能性があるってことか・・・)
オオカミは多分、《秘宝の夜明け》の連中のことだろう。
「だからッ!答えてよねッ!”皆守クンといえばッ!?”」

「実は副会長」
「屋上の支配者と呼ばれていましたね」

「――ッ!?」
突然割って入った声に驚いて振り向くと玄関先の段差を上ってくる阿門と神鳳、2人の姿が目に入る。
「お、お前等ッ!?」
あまりにも意外な姿に呆気に取られているそばで、和やかなやり取りが交わされる。
「久しぶりね・・」
「あぁ、白岐、元気そうだな」
「えぇ」
「それは良かった・・・。八千穂さんもお変わりなく」
「はいッ!神鳳クンも阿門クンも元気みたいだね」
「あぁ」
何時の間に八千穂は阿門達と仲良くなったのかと疑問に思いながらも、口を挟む隙がない。
茫然と見ている目の前で、白岐は2人分のスリッパを玄関先に置いた。
「八千穂さん、中に入ってもらってゆっくり・・・」
「あ、そうだったね!どうぞ、お入りください〜ッ!」
八千穂が大げさな仕草で中へ入るようにう流すと、阿門は軽く頷いた。
「失礼します」
神鳳が八千穂にそう言い、頭を下げた後、ふいにこちらを向いた。
「皆守君、君は相変らずのようですね」
「・・・・なんでお前等がここに?」
「それを君が聞くんですか・・・」
「はぁ?」
「龍さんも、こんなののどこがいいんでしょうかね・・・」
「はぁ?何1人でぶつぶつ言ってるんだ。てか、こんなのとはなんだ!」
一方的に呆れたように言われ、腹が立った。神鳳を睨みつけると、更に大げさにため息をつかれる。
「おいッ!何訳のわからな・・・・ッ」
「皆守、家主の決めた決まり事は絶対だ」
スリッパを履き、さっさと中へ入ってしまった神鳳への言葉を遮られ、阿門を睨みつける。
「こんな下らないことやってられるかッ!」
「下らない、か。九龍が聞けば嘆くだろうな・・・」
「・・・・・うるさいッ!」
「フッ・・・先に行く」
静かに笑みを浮かべて去っていった阿門を見送り、こみ上げる苛立ちに髪を掻き毟った。
(なんだっていうんだッ!)
眼の端に色とりどりのパンジーが映る。

『やっと会えたな、甲太郎。『お前』に会えて俺はすごく・・・・』

そう言って嬉しそうに笑った九龍を思い出した。
「・・・・・・何か、あるのか?」
「え、何・・・って?」
「阿門に神鳳、お前に白岐・・・・何か話でもあるのか?」
そう言い、返事を待つが白岐も八千穂を口を開かない。シンと場が静まり変える。
(なんだっていうんだ・・・おかしなことでも言ったか?)
気まずい空気を拭うようにアロマを深く吸い込んだ。
「・・・・皆守クンってさ」
「なんだよ」
1分程度の静粛を破り口を開いたのは八千穂だった。
「九チャンにカレーバカとかボケボケカレーとか言われちゃいそうだね・・・・」
「なんだそりゃ」
何を言い出すかと思えば・・・と、八千穂を見ると、以外と真剣な顔とぶつかる。
「九チャン言わなかったの?あんなにはりきって出ていったのに」
「・・・何のことだ」
「九龍さん・・・あなたに会えるのを楽しみにしていたわ。今日会ったら絶対に誰よりも先に言いたいことがあるって・・・言ってたわ」
「九龍が・・・・?」
(誰よりも、先に・・・?)
白岐に言われ、浮かんだのは先程思い出した言葉を言ったときの笑顔と・・・。

『誕生日、おめでとうッ・・甲太郎』

「まさか・・・・誕生・・・」
「うん、そうッ!!皆守クンと九チャンの合同誕生パーティなの!」
「ぱ、パーティーって・・・」
思わず茫然とし、アロマを取り落としそうになった。慌てて握り返したとき、背後に人の気配を感じ振り向く。

「いいかげん、そこ、どいてもらえません?」

「夷澤ッ!?」
「なんっすか、皆守センパイ?」
「なんで、お前がここに・・・」
そこに立っていたのは天香の制服を着たままの夷澤で、こちらを見てメガネの縁をくいっと上げた。
「元会長と元会計のつきそいっすよッ!元副会長殿」
(・・・元、って言葉を強調するなッ)
嫌味ったらしい言い方に睨みつけるが、相手は変わらず鼻で笑っただけだった。
「えーッ!九チャン呼んだって聞いてるよッ!」
「九龍さん・・・悲しむわね・・」
「ま・・・まぁ、そうですけどねッ!センパイがどうしてもって言うから忙しい中来て上げたんすよ」
八千穂と白岐に畳み掛けられるように言われ、夷澤は慌てて言うが、正直腹ただしい。
「もうッ!そんなこと言ったって、九チャンに言うからねッ!」
「え、あ・・・ッ、いや、九龍センパイが寂しがるでしょうから、帰りませんけどね」
言いつくろう夷澤を戸口で阻むように立って、見下ろすと、視線が合った相手は睨み返して来た。
「・・・・俺は見下ろされるのが嫌いなんですけどねぇッ?皆守センパイ」
暗にどけと言いながら、身構える相手を鼻で笑ってやる。
「忙しいんだろ?帰りたいなら帰れよ。九龍には伝えといてやる」
「・・・・・・・・・アンタ・・・ッ」

「もうッ!2人ともいい加減にしてよねッ!」
「・・・もう放って置きましょう・・・・八千穂さん」

怒ったように言う八千穂はともかく、その後に続いて聞こえて来た白岐の言葉は、冷え切っていた。
思わず振り向いてみると、先程よりも視線がきつくなっている白岐がいた。
「え、でも・・・・」
「九龍さんが帰ってきて、どんな顔をするかしらね・・・」

八千穂へ答えるように一瞬だけ微笑み、再びこちらを向いた白岐は、八千穂へ向けた微笑とはかなりの温度差を感じさせる笑みを浮かべた。
「・・・・ちッ!」
(だから、睨むなってッ!)
アロマを吸い込み視線をそらすと、視界の隅で夷澤が後退りしていた。
「九龍さんを悲しませたくないのなら、答えて」
「・・・・あぁもう、判ったよ。答えてやるよ」
(だからもう、睨まないでくれ・・・)


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