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嵐の中で会いましょう・中編
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レストランを出た2人は部屋に戻るべく廊下を歩いていた。手は繋いだままで、まるで引率しているような気分に陥る。温かい手のひらは小さくてモンキはまだ子供なのだと言うことを思い知らされた。
シュウはそれをちらりと振り向いて確認するとため息をついた。
(一体・・どうしたんだ)
そう思うくらい今日のモンキはいつもと違いすぎていた。
普段のモンキといってもシュウがモンキと話すことと言えば軍師としろくま軍のリーダーとして、でしかないと言っても良いほど、なかった。
たまに新しい仲間や旅先での出来事を表情豊かに話してくれるが、軍師としての応対ばかりしていたような気がする。
ふと初めて会ったときの事を思い出す。
アップルとともにラダトの自分の家で会ったのが初めてで、思えば初対面の印象はモンキにすれば最悪だったのではないだろうか?その後、寒空の下氷のように冷たい水の中でコイン探しはやらせるわ、その後もあまり誉めたような事はしていなかったように思う。
よくよく考えれば一方的な指令ばかり出して、肝心の信頼関係を気づくような交流をしていなかった。
『いたずらする子供はその対象に構って欲しいからなのよね』
『リーダーシュウ軍師になついてるんだな』
『リーダー寂しいのかな・・』
先程レストランで周囲に言われたことを思い出す。
(俺になつくだと?ばかな・・・)
自分は子供受けするような人間ではないと確信している。
けれどもし・・・そうだとしたら?モンキは寂しかったのか?構って欲しかったのか?
あまりにも自分に縁のない事だけに、すぐさま否定した。考えるだけ無駄だ。
モンキも自分に何かを軍師意外の何かを求めるような事もないだろう・・。
無意識のうちにシュウはその小さな手を強く握り直した。
「っ!」
握り直した一瞬後、モンキがその手を振り払った。
驚いて見れば、何かを耐えているような泣き出しそうな顔をしたモンキが自分を見ていた。その眼は激しい感情を含んで揺れている。

がっしゃん!!!

続けて起こした動作に息を飲んだ。
立ち止まったモンキは何かを訴えるように自分を睨み付けながら、その拳を壁にたたきつけた。手袋をはめていない拳は容赦ない力に赤くなる。
「モンキ殿!!!!」
「うるさいっ・・・」
慌てて駆け寄りその腕に手をかけようとしたとたん、左手で跳ね飛ばされた。
モンキは拳を引き戻すともう一度勢い良くたたきつけた。
ぱらぱらと壁から砂が落ちる。モンキは痛そうな顔もせずに、血がにじむ拳をぼんやりと見ていた。
「モンキ殿!お止めください!!!」
モンキはシュウの顔を見て微笑んだ。
あまりにも儚げな笑顔にシュウは動きを止める。その瞬間モンキは駆けだした。
「モンキ殿!!!!!」
(しまった!!)
シュウは駆けだしていく小さな背中を見送って自分の失態に舌打ちした。今のモンキを見て明らかになった。
あきらかに何か異変をきたしている。肉体か精神かに・・。
今のモンキが外へ出ればどうなるかもわからない。あの状態だと冷静さを欠いている分危ういだろう。シュウはモンキの後を追った。


イライラする。朝起きたときからイライラしてて、たまらない。
何もかもがむかついて、何もかも壊したくて。
衝動のまま部屋の中で紋章を使った。雷の紋章「雷撃球」。
部屋は悲惨な様相になったけど、気は晴れなかった。続けて「蒼き門の紋章」を使おうとしたら、兵士に止められた。
シュウを呼びに行った兵士の後を追いかけて・・・エレベーターに乗ってドアが開いたらシュウが立っていて。
シュウを見た瞬間イライラが倍増して。泣きたくなった。
ヒステリーと呼ばれるものかもしれない、だけど今はそんな事どうでも良い。
シュウを何とか怒らせたくてあの手この手で攻めてみた。シュウの弱点はとうの昔に掴んでいたから、それが役に立った。
普段の自分なら絶対にしないような事。
普段の自分ならやれないこと。
やろうとすら思い浮かばない事を、今日の僕ならやれると思った。
何も考えたくなかった。
人を思いやる自分、人に気を使う自分、人の望む自分、『自分』って何だろう?
僕の立場、僕の立っている所、僕の守りたかったもの、守りたいもの、僕の役割。
誰よりもわかっている。
わかってる、わかってる、わかってるから・・・何も言わないで。
『紋章』がなければ、僕はここにはいないだろう。何度も何度も思った。
紋章とゲンカクじいちゃんの名前。英雄と呼ばれるじいちゃんの名は「他人の名前」に聞こえて・・・僕は何度「違う」と言いたかっただろう?
シュウも結局「輝く盾の紋章」と「ゲンカク」という昔の英雄の名しか見ていないのかもしれない・・。
僕を見てよ。
みんな僕の背後に「希望」を夢見る。敵と言う名の「人」殺しの上に立つ「平和」を夢見る。
誰もが笑顔で安心して暮らせる「時」を手に入れるために僕は「同盟軍」を背負うことにした。
だけど本当はジョウイとナナミ、僕の大切で大事な2人が笑って過ごせる「時」のために、僕はここにいる。
何もかもを背負えるとは初めから思っていない。背負えば背負うほど僕は潰されていくだろうから。
僕は僕の望むもののために・・・・利用させて貰っている。
僕は僕の大切なもののために、彼らは彼らの「時」のために。
だけど、どうしてこんなに「イライラ」するんだろう?
僕の前を歩くシュウの背中を見た。・・・イライラする。感情が爆発しそうになる。この右手を壁にたたきつけてしまいたくなる。壊したくなる。
感情の押さえが効かなくなる。誰かどうにかして欲しい。
壁にたたきつけた拳が痛い。
シュウが握りしめた手のひらの温もりが痛い。
痛いんだよ・・・。

「はぁ・・・はぁ・・はー・・」
シュウから逃げ出して、我武者羅に走って気がつけば、図書室にいた。
「はぁ・・・何・・してるんだろ・・・・」
自分が判らない。自分は何をした?部屋をふっ飛ばし、食堂で毒をばら撒いて。
小さな痛みが、右手に走る。足元に目をやると、血が転々と落ちていた。

シンと静かな図書館には、いつもよりも人気が少なかった。
何人かが、静かに本を読んでいた。モンキに気を払っている人間は居ないようだ。
モンキは、怪我した右手もそのままに奥へと進む。
(・・・・どこか、一人になりたい・・・)
誰も居ない、静かなところへ。誰も自分を見ない場所へ。
視界がどんどんにじんでぼやけてくる。ふらふらと2階へあがる階段を上がり、明るい陽射しが差し込む窓辺に近づいた。
(ここならー・・)
ここならば、本棚が影になって自分を隠してくれる。誰も居ない。
大丈夫。ここでなら、誰も自分を見ない。
ずっと、
(ずっと)
思ってた。何度か倒れて、そのたびに、シュウに怒られた。
そのたびに・・シュウは、いつも「立場を考えろ」と言っていた。
僕の立場・・・言われなくたって判ってる。
誰よりも、誰よりも。誰よりも。
「・・・・・判ってるよ・・」
唐突に目を幾度も激しく瞬かせ、やがて、両手で顔を覆った。



「いつかはこうなると思ってたぜ」
ビクトールは大規模に破壊された軍主専用部屋を背にし、大げさにため息をついた。
部屋の中の有り様は凄まじかった。あるべき天井と壁は吹っ飛び、清々しい風と雲一つ無い青空が広がっている。
「この現状は、あんたのせいだぜ」
「ビクトール!言い過ぎだ」
フリックが諌めるが、ビクトールは構わず続ける。
「あんたは気がついてたはずだろ?」
「・・・・・・ここに居ないとなると・・」
「おい、こら、無視すんな!」
「今は、討論している暇はありませんよ?ビクトールさん」
見かねたホウアンが、シュウとシュウに詰め寄って今にも殴りかかりそうなビクトールの間に立ちふさがる。
「シュウ軍師!牧場、畑方面いらっしゃいません!!」
階段を駆け登ってきた兵士の声にシュウは眉根を寄せた。
「城の門番、ビッキー、船着場・・・確認したが外へは出ていないみたいだな」
「くそっ!フリック!俺達も探しに行くぞ!」
「判った」
フリックと共に階段へ走りかけたとき、シュウは呟いた。
「・・・・多分、図書館方面だろう。俺も行こう」
「確証でもあるのかよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「まただんまりか?」
「・・・・一人になりたいときに、行く場所はいくつかある。残る最後はそこしかない」
(早く、見つけ出さなければ)
焦れたような声音に、ビクトールは目を見張った。
「・・・あんたも不器用な男だな」
「急ぐぞ!ホウアン殿も来てくれ」
そう言うと誰よりも早く、階段のほうへ向かう。
気だけが逸る。言い知れない不安に胸騒ぎがする。

別れ際に見た、儚い笑顔が目に焼き付いて離れなかった・・・。


「モンキさん、どうかしたんですか?」
「マルロ・・・・」
背後から急に声をかけられて、モンキは我に返った。
顔を覆っていた両手をはずし、顔を上げる。振り返りは、しなかった。
「ご気分でも悪いんですか?」
「・・・なんでもないよ」
にべも無く言い放つと、モンキは背を向けたまま黙り込む。
(・・・・イライラする・・・・)
「そうだ、モンキさん!僕、ついに一つだけですけど、完成させたんですよ!」
マルロは、モンキの様子に気づかず、心なしかうきうきした口調で抱えていた冊子を差し出した。
「モンキさんとネクロードの戦いの話です。モンキさんの活躍をやっと一つ書くことが出来ました」
「活躍・・・」
「はい!まだ、下書きなんですけど・・モンキさんに読んで欲しくて」
「・・・・・」
「モンキさんは本当に凄いですね、強くて」
「・・・・・・凄くなんか・・」
「モンキさん?」
「凄くなんか、ないよ!」
勢い良く振り返り、マルロの首元を掴み上げた。
「うわぁぁぁっ」
「凄いだって!?僕が、凄いって!?」
「く、苦しいっ」
「僕は・・・・・凄くなんか・・・強くなんか・・・・・」
「・・・・?」
「ごめん・・・」
モンキは唐突にマルロを離す。力なく両手を垂らすと、歩き出した。
急に離されて盛大に尻持ちをついたマルロは、咳き込んだ。

「モンキ殿。ようやく見つけましたよ」
「シュウ!?」
図書室を出たとたん声を掛けられた。シュウとホウアン、フリック、ビクトールの面々が待ちかまえていた。
「モンキ殿・・大人しく医務室に行って貰いますよ」
「・・・僕はどこも悪くない!」
「怪我をしているでしょう」
「こんなの怪我のうちには入らない」
モンキはじりじりと後ずさる。
「モンキ・・・・大丈夫だから」
「大人しくするんだ」
フリックとビクトールが追いつめていく。モンキの背が壁に当たる。もう後はない。
「シュウ・・・」
「捕まえてくれ」
ビクトールとフリックがモンキの腕を掴む。振りほどこうと暴れるが、強く捕まれて振りほどけそうもない。
(・・・イライラする・・)
どうして放って置いてくれないのだろう?
いつもは・・・放っているくせに、どうして今日だけ。
どうして僕を見てくれないんだろう?
どうして今日は見てくれるんだろう?
どうして・・・どうして・・・
感情の押さえが効かない。爆発しそうだ。
血まみれた右手の紋章が熱くなった。自分でも何をしたのか判らない。
(爆発するっ!!!!離して!!)
「離して・・あぶなっ・・!」
瞬間ものすごい爆発と爆音が起こり、ビクトールとフリックは爆風に跳ね飛ばされた。
「な、何だ?」
驚いてモンキを見れば、右手を押さえたまま倒れ込んできた。自分の身体で爆発を押さえつけたらしく裂傷を負っている。
「モンキ殿!!!!」
シュウは駆け寄ってモンキが地面に倒れ込む寸前抱き留めた。

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