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大和誕生日祝い小説
「〜道〜前編」

小さく窓を叩くような音で目覚めると、久しぶりに会う懐かしい友が・・・・窓の一部を切り取って鍵を開けているところだった。

「・・・・・・・九龍」

目覚めたばかりではっきりとはしない頭がさらに混乱する。
寝覚めは良い方だと思っていたが、夢だと思いたいという希望というか願望というか・・、そんなものが夕薙大和の中にはあった。
「夢じゃないよ!オレ、本物ー!」
「はぁ・・・」
「何ため息ついてるんだよ、起きたんだから開けて、開けてー!」
「・・・・・・はぁ」
現実というものは酷なものだ。夢の中や思い出の中の葉佩九龍も元気過ぎて騒がしいと思っていたが、現実はそれを遙かに上回る。今も満面の笑顔を浮かべて、「あけてーあけてー」と鍵を違法な行為で開けるのを諦めたのか窓をカリカリと掻いている。
「まだ寝ぼけてんの?オレだってば、間違いなく!オレオレオレ!」
「・・オレオレ詐欺か、それは・・」
呆れながら窓辺に近づくと、九龍は首を傾げて「何それ、新種の鳥とか?」と、呟いた。
「間違いなく、本物だな」
昔どこかでやったようなやり取りを繰り返して、大きくため息をついた。間違いなく本物だ。
「うん、そう!さっきから言ってるじゃん!疑い深いなーさすが大和!」
「褒めてるのか、それは・・」
「もちろん!それより、そろそろ落ちちゃいそうだから、中入れて」
「来るなら下の入口から入ってくればいいだろう・・」
どうせ鍵は君の前では在ってないようなものだろう?とため息をついて窓を開く。
切り取られた窓の一部がその拍子に落ちかけるのを器用に受け止めながら九龍を見下ろす。
3階の窓辺で、手すりもなければ、足場もない。壁の出っ張りがあるくらいのそこに九龍は器用に立っていた。数センチ上にワイヤー弾が壁に打ち込まれているのが見える。
「九龍、ここは人から借り受けている部屋で、この家も俺の家ではないんだが」
「そうなの?悪いことしたかな」
「そう思うなら玄関から入ってきてくれ」
「お邪魔しまーす!」
器用に靴を脱ぎながら入ってきた九龍は、そのまま荷物を下ろす。都合の悪いことは右から左へと流れていくらしい。その行動に一切遠慮というものはない。
慣れと言うか諦めの混じったため息を深々とつき、窓を閉めた。
「はー、やれやれ、どっこいっしょ」
年寄りくさい掛声とともに床に座り込んだ九龍に近場にあったクッションを手渡し、自分は今まで寝ていたベッドに腰をおろした。
「・・・・・・・それで?」
腕を組み、床に座り込んだ九龍を見下ろす。
視線が合ったとたん、そわそわと落ち着かない様子でこちらを伺いだす。
「え、えーっと・・・その、ね・・」
急に戸惑いだした九龍を見つつベット脇に置いてある目覚し時計を確認すると、時刻は真夜中2時を過ぎた頃だった。
「わざわざ3階のこの部屋まで侵入するような手段を用いてまでの用件なんだろうな?勿論」
「や、大和・・・・・怖い、よ?」
「怖い?心外だな・・それは」
ここまで丁寧に丁重に持てなしているのに怖いとは。
「も、もしもーし?」
怯えたように座ったまま後退りした九龍へと笑みを浮かべる。
「これが君以外なら、窓から蹴落としていたところだぞ」
「・・・・ッ!ご、ごめん」
「君以外なら、と言っただろう?怯えなくていい」
更に笑いかけると、九龍は青ざめたまま土下座した。
「ごめんなさい!」
泣きそうな声に笑いの発作が起こるのを抑える。
「わ、笑ってるし・・」
「あ・・あぁすまない・・・くくッ」
「や、大和・・」
「ははは、すまん。あまりにも変わりがないものだからな・・・久しぶりだな、九龍」
笑いを何とか抑え込んでみると、すっかり拗ねたような表情になった九龍がいた。

(本当に変わらないな・・)

九龍とは、あの時---、天香学園が九龍の手によって『解放』された年、そして夕陽の射す中庭で約束を交わしたあの日以来・・・3、4度会っただけで、最後に会ったときから一年以上もの時が経過していた。
4年もの年月が流れたにも関わらず、九龍は身長が少し伸びたくらいであまり変化を感じられなかった。
変わらない九龍に内心安堵を覚えながら、壁にべっとりと張り付いて泣きそうな九龍の頭を優しく撫でた。
こうしていると、年の離れた弟の面倒を見ている兄貴のような心境になるのだから不思議だ。
「・・・へへッ」
「ん?」
「大和、変わらないな・・って思ってさ」
「そう、か・・?」
(同じ事を考えてたんだな・・)
内心驚きながら九龍を見ると、嬉しそうに頷き微笑んだ。


「それにしても、よくここがわかったな」
九龍の好物だという緑茶を淹れ手渡しながら言うと、よほど身体が冷えていたのか飛びつくように受け取って心底嬉しそうに飲み始めた。
「んーおいしいッ!ここ寒いから温まる」
「夜は気温が下がるんだ。雪が積もることがある」
「そうか・・、どーりで寒いわけだ」
「まぁ山頂にあるからな、ここは」
「うん・・登ってくるの大変だった」
笑いながらそう言って飲み終えたカップを床に無造作に置き、壁に背を預け疲れたように手足を伸ばした。
「はふーちょっと疲れた」
「・・・こんなところまで、わざわざ夜中に上がってきたのは」
「ん?」
「何かあったからか?」
ここ、この場所は日本ではない。日本からは遠い異国のしかも都心ではなく田舎だ。おまけに山間にあるせいか、来るだけでも時間がかかってしまう。
ここへ来て1週間足らずだが、その間に九龍へ居場所を知らせる手段を取った覚えはない。
遠まわしに何故ここがわかったかと尋ねると、九龍は視線を若干逸らしながら白状した。
「ごめん、実はこっそり、調べちゃった」
「まぁそうだろうとは思っていたが・・」
「どうしても今日会いたくて」
「今日?」
「うん」
九龍は頷くと、真剣な表情で腕を掴んできた。逃がさないというような強さに身動きが取れなくなる。
「九龍?」
必死な表情に圧倒され、目を離せなくなる。
「どうしても、今日、言いたいことがあって」
「九龍・・」
「でもそれだけじゃなくって・・・・・・」
「・・・どんなことであろうと」
指先が白くなるほどの力で己にしがみ付いてくる手を、上から掌で覆う。
冷たい手を温めてやりながら、必死の表情の中に切羽詰ったようなものを覗かせる九龍へ笑いかけた。
「・・・いくらでも聞こう」
「へ・・へへ、ありがとう」
一瞬呆気にとられたような表情の後、満面の笑みを浮かべた九龍は安心したように腕を離した。
どうやら、何かを気負い過ぎて焦っていたらしい。
「えっと・・・・あの、ね・・」
「あぁ」
「その、ええっと」
改めて正面から向き合うと、視線が合った途端照れくさそうに逸らされる。
「そんなに言いづらいことなのか?」
何を言いたいのかはわからないが、照れくさいのだろうということは分かる。
そう問えば九龍は激しく首を横に振って、俯き何事かを呟いた。
「・・・・・よ、よぉし、言うぞぅッ!」
「なんだ?」
「うッ!・・・・や、大和、笑顔禁止ッ!」
「はぁ?」
「なんか・・なんか、照れちゃうから、禁止ッ!」
「よくわからんが・・・」
笑っていたのか・・・と自覚のない笑みを浮かべていたらしい自分にくすぐったいものを感じつつ、なるべく真剣そうな表情を作って九龍と向きなおった。
相手はスーハーと深呼吸を繰り返してから、決心したように顔をあげ言った。

「誕生日、おめでとう」
言葉とともに九龍は微笑みを浮かべた。

「・・・・あぁ、そうか」
心のこもった言葉と、柔らかい陽射しのような笑顔に、不意をつかれた。胸の底から温かいものが溢れてくるようだ。
「すっかり忘れていたよ・・」
その感情共に、自分の心が酷く渇いていたことに初めて気づいた。
まるで砂漠で水を得たかのように、干からびた心が潤っていくような心地。
「君にはいつも驚かされる」
自分が把握していなかったものに気付かされ、以前もそうだったなと思った。
「どうやら、俺は・・いつしか心まで渇いてしまっていたようだ」
あれから4年だ。
この忌々しい身体を抱え、どこかに必ずこの身体を治す手段があると信じてありとあらゆる場所へ旅をした。
邪険にされるならまだいい。
あの村―――ハイチの村の様に、忌まわしいものとして追われることもあった。
そうしながら、流れに流れ、いつしか・・・孤独に苛まれ、焦りと苛立ちで余裕もなくなり、自分の誕生日など気づくこともなかった。
「大和・・・」
「―――君と共に行く・・その日を待ちわびながら、4年も経ったんだな」
そう口にすると、はっきりと自覚できる。
日々を数えるのはとっくの昔に止めてしまった。考えれば、焦りと苛立ちで潰されかねない・・・そう思ったのかもしれない。
「あれから、あちこち回ったよ。漢方が効くということを頼りに中国中渡り歩いたりもした」
「うん・・・知ってる」
「そうか」
「大和は、メールとか手紙とかよくくれたけど・・、泣き言とか全然書いてなくて・・心配してた」
「泣き言か・・、文字にするとだんだんそれが大きくなっていくようでな・・」
「・・・うん」
「君と交わした約束は・・俺にとっては永遠だが、君にとってはどうだろうか・・と女々しいことを考えたこともある」
そう言った途端、九龍が弾かれたように顔を上げた。
「大和も・・?」
「九龍・・?」
どこかいつもと様子が違う。掴まれた腕が、震えている。
「俺もだよ・・」
「九龍」
「俺も・・・なんだよ」
「・・・・そう、なのか・・?」
九龍がそう言ったことが意外に思えた。
彼ならば、どんな場所でもどんな状況でも、あらゆる人を惹きつけ、絆を作っていくだろう・・と。
(俺もそのうちの一人だと・・・思うようになっていたのかもしれないな・・)
九龍ならば、どこでだってやっていけると。
それは信頼の証なのだが・・・。
「・・・長い日々の中で、思い出の中の君を、いつしか万能な人間だと・・思っていたのかもしれない」
「ば、万能ぅッ!?ないない!ありえなーいッ!」
大げさに否定するように首を振る九龍を、正面から見下ろした。
「そうか?」
「そうだよッ!俺、相変わらずヘッポコだし、よく失敗するし・・・・怪我するし」
「九龍・・」
「いつも思うんだ。遺跡の中とか、街を歩いてる時に・・・・大和が居てくれたらな、って」
「・・・・そう、か・・」
(参った・・)
渇きを癒すのは、たった一滴の水―――九龍の何気ない一言。
「いつもいつも、ずっと、思ってる。今も・・」
そっと手を取られて柔らかく握られる。先ほどまで冷たかった指先が、温もりを宿していた。

「大和・・・、一緒に行こう・・・ううん、来てほしい」

「九龍・・・・」
真剣な言葉に気持ちが揺らぐ。
あの時、九龍へ言った言葉は・・・断腸の思いで口にした言葉だ。
共に在りたいという道を諦め、決意をして臨んだ道の上にある・・・今ここに居る自分は。
あの時の誓いを、反故にすることは・・・いくら自分自身が求めていたとしても出来ない。選べない。
「俺は・・・ッ!?」
ハッとし、耳を澄ませる。今聞こえた音は間違いない。
「大和?どうし・・」
「九龍、誰かに追われているんじゃないか?」
「えッ!?」
九龍は心当たりがあるようで同じように気配を探ると青ざめた。
「・・・・げげッ!つけられてた!?」
「気配の殺し方からするとプロだな」
「う・・・ッ!それ、多分・・」
「多分?」
「レリックドーン・・《秘宝の夜明け》、覚えてるだろ?」
「あぁ・・喪部か。未だにやりあってるのか?」
「うん。なんか敵視されちゃってるみたいで、ホントしつこいッ!」
「・・・それはともかくもうこの家に侵入されてるな。1、2階は無人だ・・じきにここにも来るぞ」
「あぁもうッ!なんでこんな大事な時に!邪魔すんなよ!」
頭を抱え憤る九龍に気付かれないように、内心安堵した。少しでも返事を先延ばしに出来ることに。
今の自分は揺れ動く心のままに答えを返してしまいそうで怖かった。
まるで目の前に大きな分かれ道が現れたような心境だ。どちらもすんなりとは選べない。
騒動とはいえ、先延ばし出来たことに気が楽になった。
「人数は分かるか?」
「ここに来る前に一応振り切って来た・・・つもりだから、人数は少ないはず、多分」
窓の外をカーテンの陰からそっと覗きこむ横顔は、遺跡の中でしか見れない《宝探し屋》の表情をしていた。
「外に3人、中に4人・・かな」
「よく分かるな」
感心して言うと、九龍は照れたのか耳を赤くしてそぅぽを向いた。
「・・・え、ええっと・・み、耳良いから・・」
「褒めてるんだ・・、上達したんだな」
「・・・・・・・」
「ん?」
ふいに振り向いた九龍は、この場面に相応しくない微笑みを浮かべていた。
柔らかく嬉しそうに、微笑んだ。
「大和にそんな風に言ってもらえると、ホントに嬉しい」
「・・・・・・・・」
不意をつかれてのけ反った。
(あの頃と変わらず・・素直なままなのだな・・)
記憶の中の姿ではありえないほど、眩しく思えて目を細めた。
「んと、それじゃ、撃退してくるね!大和はそこで待って・・・・ッ!?」
「九龍ッ!」
窓ガラスが派手に割れると共に銃声が響く。
「あ、危なかった・・」
「大丈夫か?」
「うん、当たってない」
今の攻撃で部屋の電気を狙撃されたらしい。部屋は闇に包まれた。
薄らと見える、身を伏せた九龍の元へ、同じように這っていく。
「窓の外からは来れないと思う。俺だって苦労したし」
「つまり逃げることも不可能か」
「うん・・・窓から出るのは危ない・・狙撃してる奴がいるみたいだし」
「なるほどな・・、音や気配を感じないということは・・すぐそこで身を潜めている恐れもあるな」
「まぁ、なんとかなるんじゃない?」
「・・・楽観的だな」
「最初から気持ちで負けてたら、ホントに負けちゃうしさ。要は気合いだよ!大丈夫!」
「気合いか」
「うん。気合い!大丈夫だよ」
大丈夫だと繰り返した九龍を、夜の微かな光の下で眺めた。
学園に同じように《秘宝の夜明け》が攻めてきたことがあった、その時の事を思い出す。
あの時九龍は・・自分のせいだと罪悪感を持っていた。
『絶対に・・皆を、守るから・・』
そう言って必死に闘っていた姿を覚えている。
あの時の九龍は震えながらも、決して諦めなかった。
今の九龍は、その時の九龍よりも余裕があるように見えるが・・・。
「わッ!?な、なに?」
武器を手に扉をあけ出て行こうとした九龍を、腕を掴んで引きとめた。
(自己暗示、か)
緊張のせいか微かに震えている。明るければ、青ざめていた顔色を見たのかもしれない。
「・・・大丈夫だよ、今までだってどうにかしてきたし」
「九龍」
「大和はタンスとか、障害物の後ろに隠れてて」
「・・・落ち着け、九龍」
「ッ!お、落ちついてるよッ!」
「それならいいが、とりあえず聞け」
「う、うん・・なに?」
「暗闇の中迎え撃つのならば、この家の事を把握している方が有利だ」
「うん」
「狭い家へ襲撃をかける際は、前もって家の設計図などを手に入れることが重要だが・・・この家の内部を知る者は居ないだろう」
「え・・?どうして」
「この家を管理していた人は亡くなっている、その上長いこと空き家だった」
「そうなんだ」
「下の村の者は、この家が3階建てだということすら知らなかったからな・・・例え知る者がいたとしても、短時間で探せることではないだろう」
「じゃぁ家の中はバレてないってことか・・」
「それにこの家は増築を数回重ねたのか、内部がかなり複雑でな」
「そうなんだ・・?」
「あぁ、君が素直に1階から入ってくれば確実に探索モードに突入していたなと思うほどだ」
「迷路屋敷みたいな感じ?」
「そうだ。この部屋への入口も2か所ある。1か所は分かりやすい通路に面しているが、もう1か所・・こちらは長いこと使っていない」
九龍へ説明をしながら腕をつかんだまま移動する。落ち着いたらしい九龍はもう震えてはいなかった。
暗闇の中手探りで進み、目的のものに指先が当たる。
「ここのタンスをどかせば、扉がある」
「おっけー!」
暗視ゴーグルをつけたのか、九龍は元気よく返事をするとタンスを動かそうとした。
「うん、しょぉぉぉおおおーッ!!」
「九龍」
「あ、あれ?う、動かないーッ!」
なんでー!?と声を顰めながら盛大に嘆く九龍に、そんな時ではないと知りながらも吹き出してしまうことを止めることができなかった。
「くッ・・・・」
「や、大和ッ!笑わなくてもいいじゃないかーッ!」
「いやいやすまん、悪かった」
怒りだした九龍を宥めながらタンスに手をかけ、一気に押した。
「これは一度押してからじゃないと動かないんだ」
言いながら実際に動かしてみる。今度は簡単に動いた。
「それならそうと最初から言えよッ!」
「言う暇がなかったんだ」
「ウソだー!ウソだー!ウ・・ッむがぁッ!」
「静かにしろッ!気付かれたらどうする」
騒ぎ立てる九龍の口を手で押さえたまま開かれた扉の先に進む。
気配を伺うが、さすが腐ってもプロ集団と言うべきか、悟ることは出来ないようだ。
「むぅ・・むぅぅぅッ!んんッ!」
「ん?あぁ・・締めすぎてたか」
無意識に九龍を完璧に抑え込んでたことに気付き慌てて手を放してやる。
「ハァハァ・・苦しかった・・・」
「悪い悪い。無意識にな・・」
「む、無意識で、柔道の技掛けられたくないよッ!」
「はははは」
身に付いた習性とは恐ろしいものだと笑うと、九龍は呆れたかのように大きく長いため息をつき気を取り直したのか周囲を観察しだした。
「んー・・・、狭い廊下だね」
「あぁ。ここは部屋と部屋に挟まれてる。設計ミスに近い形で出来たのだろう」
「俺くらいで動くのが辛いくらいだから、大和だと・・カニ歩き必須?」
「・・・だな。こうして立ってるだけでも肩が両側から圧迫されてるからな・・」
返事をしつつ今出てきたばかりの扉が開かないように元のように閉める。こうすれば多少時間は稼げるだろう。
振り向くと九龍は廊下の突き当りの扉に耳を張り付けていた。
「・・・どうだ?」
「多分、居る。でも、こっち側じゃない方にかたまってるみたい」
「ふむ。つまり先ほどまで居た部屋へ通じるもう一つの扉側だ」
「北とか南とか言えたらいいんだろうけど」
「ん?」
「方向音痴だからどっちがどっちか、良く分からなくなってくるんだよなぁ・・」
「《宝探し屋》として、どうなんだ・・それは」
「うッ!痛いところつくなぁ・・大和」
「方位磁石は必須だな」
「うん、そうなんだ・・・っと、あちらさん突撃しかけるみたい」
「そうか。・・・どうする?」
「もちろん、同時に仕掛けるよ。その方が隙が出来るから」
「なるほど」
「大和は・・、ここに居て」
くるりと振り向いた九龍の表情は今までのものとは一変していた。
「・・・久々に見た気がするな」
「え?」
「《宝探し屋》の顔だ。自覚はないだろうが・・・、とても活き活きしてるように見える」
眩しいほどに一直線で迷いがない。それはまるで一本の名刀のようだ。鋭く美しい意志、そのもの。
「や、大和って・・」
「なんだ?」
ギギギ、と音が出そうなほどぎこちなく振り向いた九龍は、そのまま大きなため息をついた。
「・・・なんでもない」
「なんだ、気になるだろう?」
目をそらす九龍の腕を掴むと、その手を振りほどかれながら小さなつぶやきが聞こえた。
「・・・・殺し文句言いすぎッ!」
思わず呆気に取られると、瞬間何かを弾き飛ばしたかのような家を揺るがす大きな物音と共に爆発音が聞こえた。
どうやら、あちらは突入を仕掛けたらしい。


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