大和誕生日祝い小説
「〜道〜後編」
「九龍、・・・・もう行ったか」 今がチャンスだと声をかける間もなく、九龍はすでに突入していた。 部屋へと続く扉から中を伺う。月明かりが差し込んでいる辺り以外は一面闇。だが、目が闇になれればわずかだが見えた。 「てぇいッ!!」 ガツン!という鈍い音共に九龍の声が聞こえ、そちらへ視線を流す。 闇に溶け込みそうな小柄な身体が勢いよく跳ねあがり、敵の脳天へかかと落としを食らわせる。 「ぐはッ!」 呻き声と次いで重いものが壁か何かに激突した音がした。どうやら一人倒したらしい。 「く・・ッ!標的はこっちにいるようだぞッ!」 「何ッ!?」 突入した部屋から声がし飛び出してくる3人。人数の多さに加勢をしようかと身を乗り出そうとした瞬間、 「遅いよッ!」 ガン!バキィ!という鈍い音。そして再び何かが倒れる物音が続いた。 (暗視ゴーグルを着けているとはいえ、速い。そのうえ一撃で倒している・・) 自分が知るあの頃よりも、強くなっている。素早さも一撃で敵を倒す手腕も、見事としか言いようがない。 「おしまいッ!」 「ごはッ!」 九龍の声と、低い男の呻き声が聞こえ、騒音とともに倒れる音。どうやら終わったらしい。 「見事だな」 「へへッ!どんなもんだー!」 「何を使ったんだ?」 「え?」 「素手じゃないんだろう?」 「あ、バレてた?」 「装填しているその銃の銃声は聞こえなかったからな。他に考えられるのは素手だが、さすがに素手で武装している相手を倒すのは大変だろう」 「まぁね」 声を頼りに九龍へと近づく。すると微かに空気を震わせるような笑い声がした。 「九龍?」 「あ、あぁごめん。大和はやっぱすごいなって思ってさ」 「俺は何もしていないが」 「感心してたんだよ。こっちの武器直前まで見せてなかったのに、使ってること当てたりさ」 こっちの、と言いながら出してきたのは小さなナイフと、メイケンサック。 ナイフで牽制し、相手の武器を潰すなり機動力を削ぎ、強化した拳か、堅そうなブーツで昏倒させていた・・・ということらしい。 「素人でもそのくらいなら分かるさ」 大方予想していた通りの武器だったが、九龍自身の力によるところが大きいだろう。 使う人間が変われば武器も最大限活かされる。 九龍へ感嘆の想いをこめ言うと、、一瞬の空白の後心底嬉しそうに笑った。 「へへ・・ありがと。でも、大和だって、洞察力もあるし・・、勘も良いよね」 声の調子が真剣な色を込めていることに気付く。表情が見えないのがもどかしく思える。 「褒めても何も出ないぞ」 とりあえずそう答えると、ふと腕を掴まれた。 「九龍?」 「・・・《宝探し屋》に向いてるよ、きっと」 「九龍・・・」 再び大きく心が揺れ動くのを必死で抑え、この闇で顔が見えないことに感謝した。 今九龍を見てしまえば、心が惹かれていくのを止められそうにない。 自分だって本心では、望んでいる。共に在りたい、そう願う。 ・・・・ただし、『いつの日か』という願わくば近しい未来の話であればいいという先の話だ。 今ここで、九龍の手を取ってしまえば、4年間耐えてきた意味がない。 「俺は・・・・・」 「今日、本当は、・・・大和を・・」 九龍が何かを言いかけ、唐突に途切れた。 「九龍?」 「―――ッ!!!危ないッ!」 「なッ!?」 一瞬の出来事だった。 九龍に思い切り腕をひかれ、引き倒される。 「いたッッ!」 振り向いた瞬間誰かの身体がぶつかってくるのを咄嗟に受け止める。小柄で軽い、そして微かに硝煙の匂い―――九龍だ。 「九龍ッ!?」 「動くな」 「ッ!・・・誰だッ!」 返答はない代わりに、額に冷たく固いものを押し付けられる。 (銃口か・・・ッ!) 「動くなよ・・・・・おい、ロゼッタの小僧」 「・・・ッ・・なんだよ」 「こいつの顔面に風穴を開けたくなければ、例のモノを寄こせ」 「・・・・やっぱりあれ狙いなんだ」 「早く出せ。俺は短気なんだ。うっかりということもありえるぞ」 「・・・・・・・」 さすがプロと言うべきか、隙がない。少しでも身動きをすれば撃たれかねない。 「わかった、わかったから・・・銃を向けるならこっちにしてくれ」 「良い心がけだ。随分と素直じゃないか」 「当たり前だろ。こんなものよりも・・・かけがえない・・大切な・・・ひとなんだから」 九龍は苦しげにそう言うと、相手に向かって何かを投げた。 「おっと・・・おぉ、これか・・」 「そう、それが・・あんたたちの目当ての《秘宝》、渡したんだからさっさと・・ッ!」 「九龍ッ!!」 薄明かりの中、至近距離に居た九龍が短い押し殺した呻き声をあげ倒れた。 駆け寄ろうとするのを、変わらず額に押し付けられている銃で押しとどめられる。 「・・・貴様・・ッ」 「動くなよ、お前も・・小僧も」 「くッ・・」 「確かに俺達の目当てはこれだが・・、小僧、お前を痛めつけるのも目的でな」 「もう充分痛いんだけど」 「はッ!余裕あるじゃないか・・俺はお前のクソ生意気な面が情けなく泣き顔で歪むのを見ないと気が治まらないんでなッ!」 「―――ッ!!!大和ッッ!!!」 九龍の悲痛な悲鳴がどこか遠くで聞こえる。 視線と意識は、目の前で殺気を宿し銃を構えた男から離せない。 否、離せば・・・殺される。 そう直感で悟り、身動きもせずに見つめた。 「ほぉ、やはりこいつが大事なんだな・・、良い声じゃないか」 「や、やめ・・ッ!」 「ふん、それが素か?」 声しか聞こえない、そのことを感謝した。 今九龍の表情を見てしまえば、動揺も露に隙を出してしまいそうだ。 それほど、九龍の声は怯えが混じり切羽詰っていた。 彼にとって何よりも辛い仕打ちは自分自身への攻撃ではなく、大切な『誰か』が自分のせいで傷付いてしまうことだ。 (九龍・・・ッ) ぎりっと歯を食いしばり、後ろ手にやった左手に忌々しいと常日頃は疎遠している《力》を集める。 この身体を蝕む月の光、渇きを促すそれがもたらした副産物としての《力》。 この《力》があったからこそ、4年前学園で九龍の手助けをすることが出来た。 そんな風に前向きに考えられることができるようになったのも、九龍のお陰だ。 九龍が居なければ、いつ治るとも判らない身体を抱え、先の見えない闇に溶けていたかも知れない。 (・・・そうだったな・・) ふと思いついた言葉に、一瞬笑みが浮かぶ。 九龍はいつだって光だった。 全力で振り絞った《力》を、九龍へ意識が向いている男の脇腹へ至近距離からぶちまける。 「ぐぉッ!!!!!」 衝動で床へ跳ね飛ばされた男へさらに追撃を加えようと《力》を込める。 眩いほどに集まった月の光を放とうとする寸前、起き上がろうとしていた男がさらに吹き飛ばされた。 ・・・横合いから俊敏な動作で飛び出してきた黒い影が容赦なく蹴りを入れたのだ。 鈍い骨が折れる音がして男が失神したのを見た。 「え・・・・?」 間抜けな九龍の声に我に返り目をこらした。 薄明かりに見えている記憶の中の姿よりも背が伸び大人びた、どこか野生の豹を思わせる―――。 「甲太郎か?」 「あぁ、久しぶりだな・・・大和」 「な、なんで・・ここに!?」 「九龍?」 動揺したような慌てた声を出した九龍へ疑問を投げかけると、彼ははっとしたようにこちらを見た。 「あ・・・大和、大丈夫か?怪我してないよね?」 「あぁ大丈夫だ」 「そっか、良かった・・・ッいたッッ!!!」 ゴチン、とこちらまで聞こえてくるほどの音を立てて九龍の頭を拳骨で殴ったのは近づいて来ていた甲太郎だった。 あちらも痛かったらしく、殴った方の手をさすっている。 「なにするんだッ!!」 「ふん、お前がバカだからだ」 「バ、バカー!?」 「バカだろ。追跡を考えずに《秘宝》を持ったままこんな所まで直行して来て、ご丁寧に敵をぞろぞろ引きつれて・・何やってんだ、お前」 「う、うぅぅ・・」 「つけられてる事にも気付かないとはな・・それでもお前プロの《宝探し屋》か?」 「あうぅぅ」 「ヘボなのは知ってたが、ここまでだと呆れを通り越して褒めてやりたいところだな」 「い、痛い・・・言葉のトゲが痛いよーやまとぉぉぉ」 縋りついてきた九龍を条件反射で受け止めるが、正面に立つ甲太郎の視線が突き刺さる。どうやら『甘やかすな』ということらしい。 「あー・・・・それより甲太郎、久しぶりだな」 「そうだな。・・・大和」 「なんだ?」 「何と言うか、老けたな・・」 「・・・・・・・・お前もな」 「何言ってんだよ、甲太郎!大和はなー!さらに渋みが増したっていうんだよッ!!」 力拳を握り締めてフォローしてくれるのはありがたいが、九龍が言っていることも甲太郎とそう変わりはない。 「まぁその不精鬚を剃れば、少しはましになるんじゃないか?」 頭を押さえて沈黙していると、甲太郎がさり気無くフォローめいたことを言った。 「・・・・甲太郎、お前も大人になったんだな」 以前もそれなりに九龍のフォローだのはやっていた覚えはあるが、他人への気遣いをさり気無くやれるようになったことを見れば、どうしても月日を感じてしまう。4年と言う長い月日が、確実に九龍や甲太郎との間にはあるのを自覚した。 「長いこと、このバカのフォローをしてればな・・」 「ほぉ、つまり甲太郎はやはり?」 心の奥底でチリッと焼けつくようなものを感じたが、一切表情に出さずに問いかけた。 「あぁ、まさか俺がこんな面倒な奴と面倒なことをし続けることになるとは思わなかったがな」 「面倒って・・・」 とたん不機嫌になった九龍が、ぶすくれた表情になった。 「一度だけって約束だったのに、勝手に付いて来たのはそっちじゃんか」 俺は誘ってないからな!と九龍は弁解するように叫んだ。 その事に無意識に安堵した自分に内心呆れつつ、判ったというように頷く。 「ホントだよ!甲太郎の目当ては全世界カレー巡りだし!フリーターするより儲かるし、保証あるし・・・それでついて来てるんだ!」 「そうなのか?」 「まぁな。こいつについていけば、嫌でも全世界を巡ることになるしな」 「・・・・オレは、大和にしか言わないって決めてるから」 「九龍?」 「今日ここに来たのも、それを言うためだったし」 縋りついたままだった手に力がこもる。下から見上げてきた九龍の眼差しは真剣で逸らせない。 「オレのバディは、大和だけなんだ。もう待てないんだ・・・一緒に来てほしい」 「・・・ッ!」 息をのんだ。正面から突き刺さる真摯な眼差しと、真摯な言葉に、圧倒される。 再び揺れ動く心に、止めを刺したのは気弱そうな「だめかな?」という笑顔だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・負けたよ」 「・・・・・・え」 「降参だ」 「ほ、ホント・・?」 「あぁ・・最初から抗えるはずがなかったんだ・・」 九龍が今日この場所へ来てくれた時から決まっていたようなものだ。 いつか、いつの日か、と長い時間を一人で過ごし、苛まれてきた。その疲れきった心はすっかり癒されている。 (・・・九龍と過ごしたわずか1時間ほどで・・) これ程までに、自分が九龍を必要としていたことに気付かなかった。 水を得た魚のように、渇きが潤ってくる。 「九龍・・・、俺の身体はあの時のままだ。多少は緩和はしているが変わりはない」 それでもいいのか?と再度問いかけると、九龍は真剣な顔つきを和らげた。 「大和・・、俺さ、ずっと言いたかった。でも、言えなかった」 「何だ・・?」 「学園に居た時に待っててくれって・・言ったよね?あの時は頷いたけど、本当はすごく止めたかった」 「九龍・・」 「俺が治すから、俺が絶対見つけてみせるから・・・、そう言いたかった」 「・・・・・それは・・」 言わせなかっただけだ、という声は九龍が首を振ったことで遮られた。 「言えなかったんだ。大和を守れる自信がなかった・・・大和だけじゃなくて、ほかの人も。みんなも」 「九龍・・」 「だけど今は、少しだけど力も度胸も、自信もついたと思う。まだ・・・危ない時は怯んじゃうけど・・さ」 さっきみたいにさ、そう言うと九龍は苦笑いを浮かべた。 「そんなことはない。君の成長に焦りを感じたほどだ」 「え、そう?えへへ、すごく嬉しいかも」 「お世辞だろ」 急に第三者の声がしてハッとして真横を見れば、窓辺の壁に寄りかかりアロマを吸う甲太郎が居た。 (・・・忘れていたな・・) その存在をすっかり忘れていた。 それだけ九龍へ意識が集中していたということだろう。 「お世辞でも何でも。嬉しいものは嬉しいんだよッ!」 「世辞ではない、本心だ」 「ほら!・・・って、ほ、ホント?」 「あぁ」 「・・・ッ!あ、ありがとう・・・」 嬉しそうに笑った九龍の頭を軽く撫で、甲太郎へ視線を流す。 「んだよ?」 「九龍の成長をだれよりも知っているのは自分だと、今でも口にはしないんだな」 「なッ!」 そう水を向けてやれば図星だったようで、うろたえた様にアロマを手放し身を起こした。 「4年も経っているというのに、お前のその性格は治ってなかったんだな」 「・・・・うるさいな」 「え、ええ・・?どーゆーこと?」 一人会話から外れてしまった九龍が疑問符を浮かべながら見上げてくる。 「そのままの意味だ」 あえて深くは説明はしない。自分よりも長く九龍と共に居た甲太郎への嫉妬めいた感情ゆえに。 説明をして甲太郎の株をみすみす上げてやる必要はないだろう。 「何の話?」 「・・・・ふん、それよりも九龍。俺がどうしてここに来たのか、気になるだろ?」 気にならないのか?ではなく、気になるだろう?・・・断定か。 甲太郎もそれなりに成長しているようだ・・、より性質が悪くなった気もするが。 「あぁそういえば・・甲太郎来ないって言い張ってたのに、なんで追いかけてきたんだ?」 「俺だって来たくて来たわけじゃない。誰がわざわざ真夜中に登山なんか好き好んでするかッ!」 「じゃぁなんで?」 「・・・・・・・」 甲太郎は疑問を浮かべる九龍に珍しい笑みを浮かべた。 そう、『何か面白い事を思いつきました』とでもいうような笑みを。 「な、何?」 案の定九龍が警戒して後退すると、ゆったりと立ち姿勢を整えた甲太郎がさらに笑みを深くした。そして・・ 「大和」 意外にも自分の名前を呼ばれ、少々驚く。九龍に対して何か仕掛けるつもりじゃないのか? 「誕生日だってな?」 「あぁ・・そうだが・・」 「そうか」 甲太郎は一旦間をおき、九龍を意味ありげに見て再び笑った。 「こ、甲太郎?」 「・・・・誕生日おめでとう、大和」 見たことがないほど深い微笑を浮かべ、何かを差し出してきたのを咄嗟に受け取った。茫然としたまま。 「―――ッッ!!!!ああああーーーー!」 急に大声を側から出されて耳を抑える。見るとこちら・・手の中にある萌黄色の包みを指さしている。 「あああーッ!そ、そッそれッ!!」 「これか?」 「俺からの、プレゼントだ。ありがたく受け取れよ」 横目で見ればアロマを吸いながらニヤっと笑う甲太郎。 「なななッ!甲太郎ッ!こここ!おおお・・・オレオレッ!」 「・・・九龍、落ち着け」 何を言ってるかさっぱりわからなくなった九龍の肩を押さえて宥める。パニックに陥ったり、突発的事項に対処しきれなくなったり、疲労などでも、九龍の言語能力は激しく低下する。 (まぁ何を言ってるかは何となくわかるが・・) 「や、大和・・・」 振り向いた九龍は泣きそうな情けない顔をしていた。 「大丈夫だ、わかってる」 「へ・・?」 「これは九龍から、俺へのプレゼントだろ・・?」 「そ、そうなんだ!そうそう!!!オレからの!!」 嬉しそうに頷いた九龍は良かったとホッとしたように笑い、アロマを吸って悠々としている甲太郎を睨みつけた。 「オレが大和に渡そうって何カ月も前から用意してたのに!!なんで甲太郎が持ってるんだよッ」 「俺は落ちてたものを拾っただけだ。手元にあったから誕生日だとか言う大和にやっただけだ」 「なッ!なんだよ、それ・・オレ、落してなんかないよ!大事に持ってたもん」 「ほぉ?じゃぁ泊ってたホテルの部屋の真中に落ちてたそれは、お前のじゃないんだな」 「え・・・・?」 「お前のそのベストから思い切り落ちたのを見たんだが、違ったんだな?」 「ええッ・・そ、それじゃ・・ホントに落とした・・?」 「最初からそう言ってる」 「がーーーーーーーーんッ!」 ヨロリとよろけた九龍を支える。よほどショックだったのか青ざめている。 「だ・・・大事に懐でいつも温めてたのに!」 (・・・九龍、お前の前世は鳥か何かか・・) よくトリ頭だのなんだの言われていたが、事実九龍は鳥っぽいところがある。その自由な気質が鳥を象徴しているとも言えるが。 「それをわざわざ拾って、早々と先へ行くお前を追いかけて、おまけに登山までさせられて」 「あうぅぅ・・」 「その上バカは間抜けにもレリックドーンをぞろぞろと引連れて気付きもしない上に、ピンチに陥ってたしな」 「・・・・うぅ」 「俺はどこまでお前の尻拭いをすればいいんだろうな?」 「・・・ゴメンナサイ・・」 「聞こえないな」 「ごめんってば!!!」 「ふん、反省しろ」 「大和ーッ!!」 2人のやりとりは口を挟む隙さえなく、傍観しているだけだった。泣きついてきた九龍の頭を撫でてやりながら知らず知らずにため息をついた。 「大和も、呆れてる?」 「あぁ、すまない。違うんだ」 「・・・?」 説明をしようとして再びため息をついた。どうしたって4年の年月共に居た甲太郎には敵わない。 複雑なこの心境を上手く伝えることができるとも思えない。 「大和?」 首をかしげる九龍の意識を他へ向けるべく手渡されたまま持っていたプレゼントのリボンに手をかけた。 「あッ」 「あ?」 手をかけたとたん何か言いかけられ手を止めて見れば、九龍が何やら言いたそうな顔をしていた。 「どうした」 「・・・わたしなおし」 「は?」 「渡し、直し、したい!」 「あぁ」 何て言ってたのかを把握して頷けば、九龍が両手を差し出してきた。渡せ、ということらしい。 「・・・・・・ふむ」 「大和?」 「少し待っててくれ」 「え?」 「おい、大和?」 疑問の声を投げかける2人をその場に置いて先ほどまで居た部屋へと戻る。 賊が突入時に部屋の明かりを狙撃したせいか暗い。わずかに開いたカーテンから差し込む月明かりがうっすらと部屋を照らしていた。 (そういえば、この辺りに・・) 備えで置いてあった電気スタンドを手探りで探しスイッチをONにする。古びた造りだが、それは問題なく明かりを灯した。 「さて・・・どこにしまったか・・」 荷物はいつ移動してもいいようにまとめておいてあるが、それでも細かく分けられており何年も開けてない袋などもある。 目的のものは二つ目の荷物の中の底で見つかった。大事に取っておいたそれを優しく撫で、立ち上がり振り向いた。 「九龍」 「大和?何探してたの?」 疑問の表情を浮かべる九龍に甲太郎から渡された九龍のプレゼントを手渡す。 「渡し直してくれるか?」 「え、あ・・・うん」 受けとり逡巡した後、九龍は顔をあげた。まっすぐな眼差しと視線が合う。 「改めて・・っての、なんか照れちゃうなぁ」 照れて一瞬だけ視線を外してから、萌黄色をした包みを差し出して笑った。 「誕生日、おめでとう。大和」 「ありがとう、九龍。・・そしてこれを受けとってくれないか?」 受け取り礼を言いながら九龍の手を取り、持ってきたものを手渡す。 「え・・・?これ・・」 「君に持っていて貰いたい」 「大和・・」 九龍はゆっくり瞬きをし俯くと、手渡したそれを大事に胸に抱いた。 「まだ持ってたんだ・・・、天香の生徒手帳」 「あぁ・・・捨てるに捨てられなくてな」 「ずいぶん、古びてるな」 甲太郎が言うように、それはとても古びている。4年と言う長い年月と、過酷な旅の日々がその手帳には詰まっているからだ。 そう口にする前に、九龍が言った。 「それだけ、ずっと・・・大和と共に在ったんだね」 「九龍・・」 「大事にする・・・ありがとう」 受けとってくれたことへの喜びと、九龍から手渡された真心が嬉しい。 多分今、自分は微笑んでいるだろう。あの時と同じように。 「・・・・君の手を取ることに、抵抗がないと言えば嘘になる」 九龍は何も言わずに真摯に見つめてくる。 「今も俺は恐れている。もし・・・この身体せいで、君が傷つくようなことになったら・・・命を落とすようなことにでもなったら・・と」 「大和・・・」 「だが・・・・・・俺自身も、もう待てないみたいだ」 果てしなく続くような孤独の旅路に、渇き、誰も知らぬ場所で果てる日も・・・九龍が今日ここに来なければ近かったかもしれない。 思い知ったのだ。 どれだけ、九龍を・・・・九龍という存在を、光を、渇望していたか。 「それに、君はいつも・・・・・無茶ばかりしてたんだろう?」 「え・・?」 「この怪我もそうだ」 そう言い、わずかな灯りに照らされた九龍の脇腹辺りに手をかざし、意識を集中する。 ほのかに光を発しだした手のひらを眺めながら、力を注ぐ。 「いたた・・ッ」 「ヒビくらいは入ってるな・・・」 「そんなの、大したこと、ないって・・」 「それが無茶だと言ってるんだ」 「でも、これは・・」 「きっとこれからも君は見えないところで無茶を続けていくんだろうな」 「大和・・?」 目の前で君が斃れる姿を見るなんて耐えられない、とあの時俺はそう言った。 だが、遠く離れた場所で君が無茶をし、斃れても・・・きっと俺は堪えられないだろう。 「今日、君がここへ来たのは・・・君の手を取る最後のチャンスなのかもしれないな」 「一緒に来てくれるんだよな!?」 「あぁ・・・・遠くで君の無事を祈るよりも、君のそばで、君を助けたいんだ。足を引っ張るかもしれないがな・・」 「大丈夫、大丈夫だよ、大和!」 「九龍?」 「俺も大和を助けるから!」 「・・・・・・そうか」 「うん!」 「よろしく頼む」 「おぅ!こっちもよろしく頼みまーす!」 顔を見合せて視線を合せ、大きな声で笑い出した。互いの手で相手の背中を軽く叩きながら笑う。 昨日までは、今日がこんな日になろうとは思いもしなかった。 『誕生日』という、今日この日から新たに進む---道。 ふらふらと歩いてきた。 ----渇いた瞳で、重い荷物を抱え。 ゆらゆらと歩いてきた。 ---泥沼を歩くような暗い道を。 思えば随分遠回りして、たどり着いた・・・・道。 それはきっと。窓の外に見える、あの空の星のように光り輝いていることだろう。 星という名の、光・・・・・九龍に照らされて。 【END】 |
【とりあえず後書き】 書き終えました・・・というか間に合わせたというか(笑) この小説は夕薙大和同盟様に大和誕生日祝いとして投稿させてもらいました。ありがとうございます! 実はこの話、去年の誕生日にUPするはずでしたが、ラストシーンで放置してたんです。 何となく今回書き上げてて放置した理由がラスト書いてわかりまして・・・。 大和は初志貫徹な人っぽいですし、迷っても九龍の手を取らずに「いつか」を約束しなおして・・・・な感じがしたんですよね・・。そっちが「らしい」んじゃないかーと。 そっちサイドの方が実は書きやすいし、結末まで持って行けるんですが・・・・。 『もう待てない!!』ってのがどうしてもありまして、こんな感じになったわけです。 ファンの方はどっちを選びます?とか聞いてみたいです。 で。空気化どころか二酸化炭素くらいになってそうな皆守さんなのですが、ラストは多分遠くでハンカチを噛みしめてるんじゃなかろうかと。 その謎は後日おまけとして書きますので。もうしばらくお待ちください。 それでは読んでくださってありがとうございましたー! |