そっと 悲しみに こんにちは(前編)
(2010・手直しver)
ぐぉあぉぎゃぉぉーんぐぉぉぉきゅる・・・・ぐぅ じぃーーーーーーーーーー (・・・・・・・・無視だ無視。) グゥゴルゥゥゥガルゥウゥキュルルーン じぃーーーーーーーっ (・・・・・・・・。) ぐぅ・・・・きゅるる・・・・きゅるるるぅぅるる ・・・・バタリ・・・ 「あ?お、おい!?」 慌てて給水塔に凭れていた身体を起こすと、騒音と視線の主の元へ駆け寄った。 先ほどから止む事が無かった騒音、まるで獣の唸り声のようなそれは、先日転校してきた≪宝探し屋≫の腹の音だ。 その人物は今、目の前にうつ伏せで倒れていた。死んではいないようで(当たり前)時々投げ出された両手がピクピクと動いている。 「おい・・?」 抱き起こすなどという面倒くさい行為をするつもりはないが、とりあえず足先ではさすがにまずかろうと、右手を伸ばして背中を軽く揺さぶる。 「葉佩?」 ぎゅーーーーきゅるるるぅぅるるるー 「おい、大丈夫か?」 ぐぅぐぉぉぉぐぁきゅるごるるぅぅぅ〜 「・・・・・・・・・」 きゅぅ・・・・きゅるるるるるる〜 「腹の音で返事をするな!!!」 地鳴りのような腹の音に、皆守は切れた。思わず大声で怒鳴ると 「・・・・・お腹・・・・・・へっ・・・・・た・・・・」 死んだように身動きをしなかった葉佩がわずかに顔を上げ、普段よりもか細く掠れた力のない声で呟く。 「腹が減っているのはわかる。その騒音だしな」 「み・・・皆守さん・・・そ、その・・・か、カレーパンを・・・」 葉佩はフルフルと震え、力のない動作で皆守の後ろを指差す。 そこには昼飯用に買い込んだカレーパンが残り2つ、袋から顔を出していた。 「・・・・・・」 (まぁやっても良いんだが・・・) それを眼の端に留めて思案する。 「お願いだからぁ・・・・」 「まァ良いけどな・・・ほれ」 どうせ一つは食べてしまって、残りは間食用だ。そのうち返してもらえば良いか、と紙袋からカレーパンを一つ手に取る。 そのまま渡そうと差し出すと、葉佩の視線がカレーパンに固定されたままその動きを追っていた。 ぎらぎらと獲物を狙う肉食獣の眼で。 どうやらものすごく飢えているらしい。猫が猫じゃらしにじゃれつくような構えでカレーパンに飛びつこうとしている。 何となく面白くなって手を伸ばし捕獲しようとした葉佩の手をひょいと避け、そのまま逆の方角にカレーパンを移動させた。 「・・・・皆守さん?」 「欲しいなら奪ってみな?」 「こ、このやろー!」 「奪えたら、全部やってもいいぞ?」 「!!!!いりますいりますー!てかッ、ゲットトレジャー!!!!」 先ほどまで力なく倒れていた人間とは思えぬほどの大声で叫ぶと、身体全体でカレーパンに向かって突進してくる。 (単純だな) 性格と同様、動きも直情的。 見切るまでも無くひょいと避ける。葉佩はそのままの勢いで壁に向かって激突した。 ゴツンッ! 「お、おい・・?今すごい音がしたが・・・・生きてるか?」 葉佩はそのまま、倒れ伏せたまま動かない。 さすがに心配になって、近寄る。 「おい?葉佩?」 葉佩の傍らにしゃがみ込んだ、その時だった。 ガバッ!と身を起こした葉佩が素早い動作でカレーパンに手を伸ばしてくる。 「ッ!」 思わず見切り避けると、葉佩は突進してきた勢いのままズザザッと顔面から床に滑っていった。 「・・・・・あー悪い、つい、な・・・・・・大丈夫か?」 がしがしと頭を掻きながら覗きこむと、葉佩はほんの少し動いた。 どうやら意識はあるようで、ぶつぶつと小さな声で何か言っている。 「ぱ・・・・・・・」 「ぱ?」 「パトラ・・・シュ・・・」 (パトラッシュ??) 「もうだめだ・・・パトラッシュ・・・僕はもう・・だめだよ・・最後に肉、肉クイタイ・・。パトラッシュ・・?なんで逃げてるの・・?ねぇ・・コッチおいでよ・・・肉・・・じゃないパトラッシュ・・ 」 「パトラッシュ食う気かよッ!」 「あぁ・・・肉・・・・さぁおいで」 「誰が肉だ!てか、俺がパトラッシュで肉なのか!?おい、こらッ!手招きするなッ!」 「あぁそうだったね・・・パトラッシュはカレーパンだったね・・」 「葉佩?いい加減にしろ?」 「そうか・・本当はカレーパンマンだったのか・・・え?僕の顔をお食べよ?良いの・・?」 「・・・・おい・・・」 「あぁでもきっと食べたら垂れるね。中身のカレー。香ばしい匂いがっ!」 「・・・・・・・・いい加減にしろッ!」 大声で怒鳴り、身を伏せたままの葉佩の足を蹴り飛ばすと、葉佩は一瞬顔をしかめた。 「・・・あー・・・・・ダメだ・・死ぬゥ・・」 ぐーきゅるるーぐぇぐぅごぉぉぉごぅきゅるるーと、再び腹の音が唸りを上げる。 「ちッ・・・あとで倍にして返せよ」 「えっ!ホント!?ありがとう〜!!!!!!」 葉佩は勢いよく起き上がり、差し出された2つのカレーパンを嬉しそうに受け取り袋を破ると、がつがつと凄まじい勢いで食べ終えた。 「はぁ〜少し落ちついた〜」 「・・・なんでそんなに飢えてるんだ?」 隣に座りつつ聞くと、葉佩は自分の腹をぽんぽんと叩きながら給水塔の壁に寄りかかる。 (なんだ・・?よく見ると、こいつ・・・) 「・・・朝飯食ってなかったのか?お前何か・・げっそりしてるが・・」 「あーうん。食べてない」 「寝坊でもしたなら、ここ来る前に購買なり寄るなりすりゃいいだろうが。まだ足りないならさっさと自力で行って来い」 「そうしたいのは山々なんだけどさー。お金がないんだ」 「はァ?昨日も一昨日もその前も、クエストとやらで稼いでただろうが」 (昨日も一昨日もその前も付き合わされたけどな・・・・) 知り合って2週間にも満たないはずなのに、気がつけば隣に居る。それがあまりにも自然で、もはや違和感すら感じなかった。 探索の手伝いも強引に連れ出される。寝ていても鍵をぶち開けて強引に。 放置を決め込むと寮内に響き渡るような声で「皆守さーん!一緒いきましょう!」と小学生みたいな誘い方をする。止めろといってもまったく聞く耳を持たない。いや、話を聞いているそぶりすらない。 お陰で寝不足だ。その足りない睡眠を補うために屋上に居たのだが、安眠は寝不足の原因である≪宝探し屋≫によって破られてしまったわけだ。 「うーん、転校で結構物入りだったから・・滞納してて。で、まとまったお金が手に入ったから納めて・・・すっからかん」 「協会とやらは、経費払っちゃくれないのか?」 「ん?いや、学費とか制服とか必要なものは経費で貰えるけど。装備とか弾丸とかは自分で揃えなきゃだし」 「納めるってのは何だ、協会とやらは集金でもするのか?それか貯金でもしてるのか?」 「えっ?もしかして興味持ってくれてる?だったら・・・う、嬉しいかな・・」 葉佩は本気で照れているらしい。顔が赤くなって眼が泳いでいる。 気にしてくれて本当に嬉しいと繰り返し呟く葉佩に、動揺した。 「アホかッ」 まさか、ここまで正直な反応を返されるとこちらまで照れてくる。 (・・・ッ!!いや、俺は・・・照れとかは・・・ッ断じて違うッ) 「えっと・・・貯金は毎日、ブタさんの貯金箱につもり貯金をしてたりする・・かなぁ」 「つもり貯金?何かを買ったつもりで貯金するあれか?」 「そうそう!結構地味に溜まっていくから密かに楽しいよ、あれ」 「お前な・・・。貯金は良いが、飢えて行き倒れるまでやることはないだろうが?」 「さすがに今回は、ブタさん割ろうかと考えこんじゃったけど、ね」 「で?まとまった金はどこに納めたんだ?10万20万じゃないだろ」 「あー・・・・うん・・・」 先ほどそれとなく逸らされた話題を蒸し返してみれば、葉佩は言い難そうに口篭もった。 (言いたくないのか・・?) そう思い、引っかかる。言いたくなさそうな葉佩に内心少しだけ面白くないものを感じた自分に戸惑いを覚えた。 「・・・・・・まァ、俺には関係の無い話だが、ぶっ倒れるまで・・・ん・・?そういやお前、何日食べてないんだ?昨日は食べたのか?」 「・・・・・・なんいーよっとね。ちゃんと食べとっとよ。そぎゃんいわんでも大丈夫とー」 「葉佩、お前はウソを付くとき目線が泳ぐ上に方言が出て何言ってるかサッパリなんだが?」 「うッ!えーえーとですねぇ・・」 「言い逃れしようなんざ思うなよ?さっきのカレーパンに利子つけるからな?」 「うぅ・・・もう、3日くらいは水と牛乳とやっちーに貰ったお菓子くらいしか食べてないデス・・ハイ」 「3日って・・お前・・・。パン買うくらいの金もないのか?」 「探索で弾とか爆薬使うから・・・黒板消しとか石と木で作った斧売っても、すぐなくなっちゃってさ・・」 今俺の財布の中身こんだけ、と葉佩は財布の中身を皆守に見せた。 「・・・・・・・・・・・・・33円・・・・マジか・・」 今時珍しいがま口の財布(しかもファンシーなクマの顔の物)の中身は、淀んだ色の10円玉3枚と何故か新しい一円玉硬貨で。 黒板消しは教材だ!学校の物だ!勝手に私物化して売るな!とツッコミをいれたくなった声も、固まってしまった。 「消費税さえなければ、パンの耳とか買うのに・・」 「・・・葉佩」 「はい?」 「・・・・・・付いて来い」 「へ?」 「良いから何も言わずに黙ってついて来いッ!」 「・・・・・・・え、えと。黙って俺について来いだってーかっこいいー!」 つかつかと早歩きで歩き出した皆守の背後で、戸惑っているのを隠そうとでもしているのか、妙なテンションで葉佩がついていく。 1階に降りた辺りで振り向くと、葉佩は力なく階段を降りていた。 「カレーパンのエネルギーでも切れたのか?葉佩」 「ううん!そんなことないよ!元気元気!」 (こいつの道化は、仮面か・・?) わざとバカをやっている感じがたまにある。演じているわけではないのは判るのだが・・・。 (性格でもあるんだろうが・・・) 自分の弱みを隠そうとでもしているのか。強がりとでもいうのだろうか・・・。 (俺には関係のないはず、なんだけどな・・・) 必要以上に、構わないようにしているのに、目に付くところで行き倒れられたりとかしているせいだ。 自分自身に言い訳をして、葉佩に背を向け歩き出す。 「もう少し頑張ればいいことがあるかもしれないぜ?」 「え?」 「・・・・・・・・・外、行くぞ」 昼休みも残り少ない時間帯のマミーズは、人もまばらだった。 「いらっしゃいませーっ!マミーズへようこそーッ!」 駆け寄ってきた店員、舞草の台詞に先回りするように「2人だ」と答える。 「うぅ、またも先に言われてしまいましたッ!奈々子しっかりッ!次こそファイトッ!」 おぼんを抱えてどこか遠くを見て叫んでいる舞草。相変わらず元気が無駄に溢れている。 「それはいいから、とっとと席に案内してくれないか?飢えて死にそうなやつがいるんでな」 「へッ?そ、それは大変ッ!急いでお席にッ、こちらですッ!」 一瞬戸惑って皆守と葉佩の顔を眺めた舞草は、葉佩の顔色の悪さとげっそりとした顔に驚いたのか葉佩の背を押すように席に案内した。 「いつもの2つ」 「はいッ!かしこまりましたーっ」 毎度やっているやり取りすら省略して、舞草は駆けて行った。 それだけ誰の目にも明らかなほどの様子に何故気がつかなかったのか。 (・・・・意識して、見ないようにしてたのか・・・・もな・・) アロマを取り出し、その香りを胸に吸い込む。 気にしないように、意識をしすぎないように冷徹に監視しようとする意思と、なぜか気になってしまう心。相反する自分の心に、焦燥する気持ちを落ち着かせる。 「あの・・・えっと・・」 「言っておくが・・後で倍にして返してもらうからな」 「うん!ちゃんと返すよ!カレーパンのも」 心底嬉しそうに笑うと、葉佩はこちらをじっと見つめて「ありがとう」とはっきりと口にした。 「ッ・・・別に、お前のためじゃない。あんな風に行き倒れられてた方が迷惑だからだ」 視線をそむけると、アロマを吸い店内を眺めている振りをしながら葉佩の様子をうかがう。 葉佩はもう一度「ありがとう」と静かに言うと、厨房から匂ってくる食欲を誘われる香りに、腹の虫が収まらなくなったのか腹を押さえてテーブルに突っ伏した。 そのまま眼を閉じてじっと動かなくなった。 「葉佩、おまえ借金でもしてるのか?」 「・・・?」 「さっき言ってただろ。滞納してた、と。借金か何かなのか?」 自分らしくない踏み込んだ言い方だと、思いながらも問い掛ける。 これは監視のためだ、とか。これは情報を収集するためだ、とか。胸のうちで渦巻く感情を言い訳にして。 ・・・本当はもっとこいつの事を知りたい、とか・・・・。 「ッ・・別に、おまえのことを気にしてとかじゃないからなッ」 「俺としてはそうだったら、すごく嬉しいんだけどなー」 葉佩はテーブルに突っ伏した顔を上げると、嬉しそうに微笑んだ。 「なッ!?」 「お金のことはね、うーん・・・・・ちょっと毎月払わないとダメなのがあってさ。俺まだハンターなり立てだから今まで溜まってるのもあるからさ。内職とかしてるんだけどねー」 「内職?」 「調合も内職なんだろうけど。普通に紙袋とか造花作りとかしてたりもする」 「おまえ、そんなに金がないのか・・・」 「へへっ、恥ずかしながらそうなんだよね」 葉佩は照れたような笑いを浮かべて窓の外に写る歩道を眺めた。 「天香来たのだって・・・」 葉佩は一瞬とても辛そうな何かを飲み込むような、そんな表情をして笑顔を作った。 「お金が欲しかったのもあるけど寮生活だろ?毎食ちゃんと出るものだと思ってたのに出ないんだもんなぁ。詐欺だよ詐欺ッ!」 そう言いながら窓の外で談話する生徒たちを見て、楽しげに眺めて笑う。 「・・・でも来てよかった。毎日楽しいし、友達も出来たし・・・・あ、あのさっ」 「なんだよ」 「俺さぁ、小学校までしか学校通ってないんだ。だからさ、余計に、こうやってるのが楽しいんだ」 満面の笑みに、少々おされ気味になりながら、話を促す。 「だからか、お前の常識のなさは」 授業の時間の長さに驚いていたり、掃除は昼食後だと思っていたり、「数学」のことをいつまでも「算数」と呼んでいたり・・と、数々の奇抜な行動は帰国子女だからだと思っていたが違ったらしい。 葉佩はその指摘に顔を赤くしてむっとしたように言う。 「なんだよ、その言い方は・・・でも、一応ここ来る前に勉強とかしたんだけど・・変なのか?」 「なんの勉強だ?」 「学校生活の勉強」 「・・・・・・高校レベルの勉強とかじゃなくてか・・」 「そんなの今更やったって判るわけないじゃん〜!」 「・・・開き直るな、バカ。で?何を使って、どんな生活の勉強をしたんだ?」 「日本の漫画とかゲーム。面白いよなァ〜」 「・・・・たとえば、どんなやつだ」 「漫画だと名前忘れたけど・・・今の流行ってモヒカン頭なんだなーと、サングラス買って、髪形も変えようとしたら止められた」 「・・・・・・・いつの時代の流行だ・・古すぎだろッ」 「あとゲームはなんか女の子と学校行ったりするやつ!学校生活はデートで出来てるのか〜とか・・」 「出来てない。そもそも外出は出来ないって言っただろうが・・・・・」 「うッ!夢を壊したなァー!」 「・・・どんな夢だよ」 ぼそりをパイプを噛みながら呟くと、葉佩は眼を丸くしたあと、笑い出した。 「皆守さんってツッコミうまいなー!でも、本当、学校生活楽しいよ〜こうやって一緒に食卓を囲めるし」 「なッ・・・・・お、お前な・・・」 「それに、おごってもらえるし?本当、ありがとう」 「・・・・・・・・お前・・・」 普段とはまるで違う微笑みは、どこか儚く見えた。 その笑みは一瞬で掻き消え、いつものように無邪気な顔で「腹減った〜〜ッ」と笑っている。 (・・・・・気のせい、か?) 自分らしくないと思いながらも、その一瞬の微笑が、いつまでも心に残って消えなかった。 その数日後、女子寮を覗いていた犯人を追って遺跡に降り立った。 「おっ、なんか明るいトコに出たなァ」 鍵が解かれ開かれていた扉をくぐり、ぐるりと周囲を見渡して葉佩は暢気に口にした。 緊張感の欠片すらない。あるのは初めて踏み入れるエリアへの探求心だけなようで、踊るかのような軽い足取りで階段を上り出した。 「お前なぁ、もう少し気を引き締めておいたほうが良いんじゃないか?」 「大丈夫だって!」 「大きな遺跡なんだね。どれくらいの規模なのか僕には想像つかないよ…」 取手が不安そうな面持ちで、用心深く周囲を慎重に見渡しながら葉佩の後に続く。 「・・・お前ら足して2で割れば丁度良いんじゃないか?」 「なんだよ、それー!」 「地獄耳だな・・・」 ぼそりと呟いた言葉を耳聡く取られたらしい葉佩に、感心する。 自分は階段の下、相手は10段以上あるような階段の上、聞こえるはずがないと思っていたのだが。 「僕も聞こえたよ・・」 「へぇ、取手も耳が良いんだな」 「葉佩君もね」 「俺は視力悪いから、耳と鼻が逆に良くなったみたいな感じかな・・」 「確かに動物並だな、お前の嗅覚は」 寮の部屋でカレーを作っていたら、寮の玄関から嗅ぎ付けて走ってきた葉佩を揶揄してみる。 葉佩はそれに、得意気に笑みを浮かべて笑っている。 (・・・・・嫌味も通じないのか、このバカは) 「葉佩君は、勘も良いよね。この前2年生が上から上靴を落としてきたの、避けてたし」 「え、見られてたのか・・・。うーん。なんか、訓練のときに気配を感じて避けるのとか徹底的にやらされたからなぁ」 「訓練?なんだそりゃ」 階段をゆっくりと上がって追いつくと、葉佩は「遅いよ」という目で見た後、頷いた。 「左目を怪我して傷つけちゃって、視力が急激に落ちたんだけど」 石碑に手をかけ、覗き込むようにして続ける。 「・・・・それで、眼に頼らないで他の五感で気配を感じて攻撃をかわしたりするやり方をね、やらされたんだ」 「ハンターって大変なんだね・・」 「・・・・うん、だけどどんなに大変でも、そのためなら・・・」 「そのため?」 取手が首を傾げて問い掛けると、葉佩は一瞬硬直したように石碑の文字を辿る指を止めた。 (・・・・・?緊張した・・?いや、動揺か・・) 身体が強張ったように見えた。 「ん?んん?いやいや、うん」 「どうした?」 「喋りながらやってたら解析間違えちゃった」 あはは、と苦笑しながら笑うと、石碑に向き直る。 「邪魔しちゃったかな・・・」 隣で取手が申し訳なさそうに、小さな声で呟くのをみて、ため息をつく。 「気にすることはないさ・・・あいつがヘボだからだろ」 「でも・・」 「よし、オッケーっと!あ、取手違うからな!ミスったのは俺が悪いんだから、気にするなよ?」 「いや、僕も悪かったと思うよ・・。調べてるときに話しかけたりしたから・・」 「いやだから、違うのー!本当に、違うから、だから、気にしちゃだめ!」 「そう、かい・・?」 「うん!」 「取手、こいつ自身も自分がヘボだからと言ってるだろ。それより、先に行こうぜ」 「またヘボって言ったなぁぁー」 「言った言った・・・それより、また蝶がいるぞ?」 「あ、本当だ」 葉佩がH.A.N.Tを取りだし、下に落ちた紙をスキャンしようと身をかがめる。そしてそのままの姿で今度は判りやすく硬直した。 「どうしたんだい?葉佩君」 「こ、これッ!」 「なんだい?」 「なんだ?」 落ちている紙を葉佩が指でそっと拾い上げ、こちらに見せるように掲げあげる。 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 なんだ、これは。紙からずざっと身を離して思う。背筋が寒くなった気がした。 見たくはないが眼に入った口紅の跡が生々しい。付けてまだ時間がたっていないそれは、指で触ると塗料が付きそうだ。 「げッ、やめろッ!」 付きそうだと思っていたら、目の前の葉佩はそれを触ろうとしていた。 慌ててその手首を掴んで止める。 「へ?これ、模様じゃなの?」 「模様じゃない、つくから止めとけ」 「そうだよ、ここだと手を洗いに行くのも大変だしね。せっけんもないし」 取手が顔をしかめて言う。何気に潔癖症だったらしい。 「そうかぁ・・・やめとく」 「そうしてくれ」 「びゅーてぃーはんたーさんの名前は・・・・しゅどうもげみ?」 「すどうしげみ、だ・・・漢字も読めないのか、お前」 「ちょ、ちょっと間違えただけだよ!」 「石碑も漢字を読むのに時間がかかってるんじゃないか?」 そう言うと葉佩は、「うッ」と呻めくとくるりと踵を返して、正面の扉に手をかけた。 (本当に判りやすいな、こいつ) 喜怒哀楽の率直さに、思わず笑いの衝動が起こる。それを耐えながら近づくと、もうすでに気分を切り替えたらしい葉佩が、勢い良く扉を開けた。 「すどりん待ってろよーッ!」 「律儀に呼ぶな」 そう言い、扉をくぐり一歩進んだところで、背後の扉がカチリという音と共に閉まる。 「え・・・まさか・・・ッ!」 葉佩の声と同時にH.A.N.Tの愛想のないナビ音声が、罠を告げた。 その言葉すら掻き消されるような轟音と共に、天井がゆっくりと迫ってきていた。 「なるほど・・・吊り天井か。潰される前になんとかしないとな・・」 「そうだね・・・葉佩君?」 取手の声に、自分の前に立つ葉佩を見る。 葉佩はゴーグルを嵌めた顔を天井に向けたまま、呆然とした面持ちで立っていた。 表情は見えないが、その両手は硬く握り締められていた。 「・・・おい、葉佩!呆けてないで、罠を解除するものを捜すぞッ!」 ぐい、と肩を掴んで振り向かせる。 「・・・・う、うん・・・」 「葉佩?」 ゴーグルで眼こそは見えないが・・・・・。 (・・・・震えてないか?こいつ・・) 「大丈夫、大丈夫だから・・」 ほんの少し前まであった覇気がごっそりと消えている。葉佩は自分に言い含めるように繰り返すと、走り出した。 取手がその後姿を不安げな面持ちで見ていた。 (・・・・ここのトラップは確か・・・) 記憶にある、遺跡のからくりを思い出す。意地の悪いトラップではあるが、侵入者を脅すだけの小手先の罠でしかないはずだ。 (お手並み、拝見ということか・・・) トラップの意図は脅しと警告、そしてその度胸を計る意味合いがあると、聞いた事を思い出し、葉佩の後に続く。 蛇の杖の前で葉佩は硬直していた。 「そんなッ・・・・ウソ・・だ・・・」 「葉佩君?」 「解除したはずなのに、止まらない・・ッ」 葉佩は迫り来る鋭いトゲのついた天井を見上げて、叫ぶと、近くにあった扉を調べる。 無常な機械の音声が、扉に鍵がかかっていると告げる。扉を拳で殴ると、再び杖を掴んで動かそうと試みる。 「歯車が・・・・途中で止まってしまったみたいだね・・・・・」 「ウソッ・・・そんな・・・そんなッ」 「おい・・?」 「・・・ッ!」 返事をせずに、来た方の扉まで走っていく姿が、隠せない動揺を表していた。 視線の先で葉佩は扉に蹴りを入れていた。 そして再びこちらへ戻ってきながら壁を見渡している。 「・・・・・どうしようッ・・・・壊せそうな壁もない・・ッ」 ゴーグルを額に引き上げ、今度は地面を見渡し始めた。 「葉佩君・・・」 背の高い取手の頭まで、天井は下がってきている。身をかがめながら、取手は深呼吸をした。 「・・・・怖くないのか?」 「うん、彼が居るから・・・でも・・」 その視線は、動揺している葉佩を心配するようないたわりに満ちていた。 「・・・強くなったんだな」 少し前の取手なら青ざめて動けなくなっていただろう。 「彼のお陰でね・・僕は・・・・ッ!葉佩君!」 取手が叫ぶ。 振り返ると共に爆音と爆風に煽られる。 「・・・・・・・そんな・・・・なんだよッ!この扉!鉄ででも出来てるのかよーッ!」 葉佩が拳で扉を殴りつけながら、叫ぶ。どうやら先ほどの爆風は、扉に爆弾を投げつけたらしい。 ガン!ガン!と殴る音すら聞こえないほどの轟音と共に、天井が迫る。 「ッ・・・・・・諦めないッ!」 蛇の杖を再び握り、力を込めるが、動かない。 「くッ!このままだとまずいな・・・」 「・・・・・・・くッ!」 「・・・・葉佩?」 天井はまだ止まらない。葉佩の身長すれすれまで天井は来ている。 座り込みながら、葉佩を見上げる。 「・・・・・んな・・・」 「葉佩君?危ないよッ」 葉佩の腕を取り、取手が座らせようと引っ張るままに、座り込む。 「そんなッ・・・・・そんな・・・・また・・・?また・・・・俺の・・・せい・・・で・・」 (また・・・?) 呟かれた言葉に、引っかかりを感じる。そのことを問い掛ける暇はなく、取手の声にはっとした。 「葉佩君、怪我してるじゃないか!」 よく見れば、葉佩の頬や剥き出しの首筋に傷がついていた。 爆風で飛んできた石の欠片で切ったのだろう。 取手が手を伸ばして血を拭おうとするのを、拒む。そしてそのまま自分の前髪を握り締めて俯き、震え出した。 「葉佩・・・?」 「葉佩君・・・」 (パニックを起こしてやがるッ!) 「おい、落ちつけッ!」 その肩に触れようと伸ばした手を止めた。何か呟いている。 「どうしよう・・・・・どうしよう・・どうしようッ!ま、また・・・またッ・・・あれだけッ・・あれだけ繰り返さないって・・・」 (繰り返さない・・・?) 「――ッ!ダメだッ!」 葉佩は顔を上げると、着ているベストから爆弾を数個取りだし、その手に握る。 「・・・おいッ!?」 「まさか・・ッ!」 四つ這いになって、扉へ近づくと、爆弾を握った拳を扉に向かって振りかざした。 「――ッ!このバカッ!」 「だめだよッ!」 取手と二人で慌てて止める。 「離せッ!このままじゃ、お前らだって死んじゃうんだぞッ!?」 「バカッ!爆死する気かッ!?」 背後からホールドしたまま、取手に爆弾を取るように指示する。身を伏せながら、長い腕を器用に使ってしっかりと掴む爆弾を取り外す。 「・・・・・取手、返してよ・・」 「ダメだよッ!キミを死なせたくないッ!」 「このままじゃ、押しつぶされるだろ!?もうそれしかないんだよ!」 そのやり取りの間も、天井が迫ってくる。 (ちッ!まだ止まらないのか!?) 罠の内容を知っていても、ここまでぎりぎりだとさすがに焦ってくる。 (・・・・ッ!くそッ!) 「・・・九龍ッ!良いから黙っとけ!」 抱き込んで覆い被さる。腕の中で暴れていた身体がびくりと震え、固まった。 「や・・・・・・・・・・やだーッ!」 「おい・・・?」 「ダメッ・・・・叔父さんッ!」 「・・・・だれがおじさんだ」 思わずツッコミを入れた声にも葉佩は反応しない。腕の中でぶるぶると震えだしている。歯の根が合わないのか、ガチガチと・・・音がする。 「・・・・・ごめん、ごめんなさいッ・・・・俺がッ・・・だめッ・・・ダメだよ、放してッ」 「おいッ!九龍!」 悲痛な痛ましい声に、目を細める。哀れに思った。葉佩の力の篭っていない手が、腕にかかるがそれすらもがくがくと震えていた。 (・・・・こいつも・・・なのか・・?) ――何かを失っているのは。 「イヤ・・・イヤだッ・・・やめーッ!」 絶叫と共に、天井が止まる。H.A.N.Tのナビ音声が罠が解除されたことを告げた。 「・・・・・・・・・・助かったみたいだね・・・」 ズズズと、音が鳴り天井が引き上げられていく。 それを見上げて、身を起こす。葉佩は腕の中でじっとしたままで、瞬きをしている。 表情は無表情で蒼白だ。 「おい・・・?九龍?」 「葉佩君・・・?大丈夫かい?」 「・・・・・」 ぶるぶると、震え、歯の根さえ合わないらしい、自分で自分を守るようにぎゅうと抱きしめている。 身を放し、顔をのぞき込む。その表情は強張り、唇を噛み締めていた。 「九龍・・?」 「・・・・・・」 呼びかけが聞こえているのかも、判らない。 「取手、とりあえず一旦大広間の魂の井戸まで戻るぞ」 「・・・・そうだね」 「立てるか?」 「・・・・・」 「仕方ないな・・・おい、取手そっちから支えてくれ」 腕の下から身体を寄せ、支える。脚に力が入らないらしい。取手が同じように片側から支えるのを見ると、歩き出す。本当は抱えてやったほうがいいのだろうが、葉佩の体重だけならまだしも、装備品の重さは10キロくらいはありそうだ。 葉佩は抵抗なく大人しく支えられてよろよろと、歩いている。 表情は強張って、固まったままだ。指先もまだ震えが止まっていない。 自分にも見覚えのある表情で・・、痛ましい。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ご・・・めん」 「葉佩君?大丈夫かい?」 大広間に出たところで、葉佩は小さな声で呟いた。正面を空ろに見たまま、口だけが動いている。 「・・・・ごめん」 「・・・何がだ」 「・・・・・・・・怖・・・い・・思いを・・させちゃって・・・」 「お前が、怖い思いをしたんじゃないのか?」 「・・・・うん・・・すごく・・・・・すごく・・・こ・・・」 「葉佩君?」 「こわ・・・か・・・ッ!」 声が涙声混じりになったとたん、バッと支えていた身体を振りほどかれる。 驚いて葉佩を見れば、どさどさと、装備していた武器やベスト、H.A.N.Tにゴーグルを床に乱暴に落としていた。 「おいッ・・?」 「葉佩君!?」 身軽になった葉佩は、くるりと踵を返して脱兎のごとく走り出した。その背中に声をかけるが、答えない。 あっという間に、その姿は階段の角を曲がり消える。 「ちッ!取手、悪いが装備を持って魂の井戸のところに居てくれないか?」 「え、うん・・・わかったよ」 「俺はあいつを見てくる・・・何かあったら、メールする」 (・・・朱堂は、逃げないだろうしな) 遺跡に逃げ込んだ朱堂の事を思い出したが、アレでも墓を守る執行委員なのだろう。追って入ってきた侵入者を見逃して一人逃げることはないはずだ。 「あ・・・・皆守君!」 「・・なんだ」 「・・・・葉佩君のことなんだけど・・・・泣いてたと思う・・・頼んだよ・・」 「あぁ・・」 がっしりとした太いロープを上り、遺跡の外へ這い出る。 外灯もない墓なのに、いつもよりは明るい。見上げれば頭上に月が出ていた。 「ちッ・・・どこへ行きやがった・・」 見渡してもその姿はない。遺跡の中ではないのは揺れていたロープで判ったが、その後どこへ行ったかは見当がつかない。 (寮か・・・?) とりあえず墓地を出るかと、歩き出したとたん、人の気配。 「――ッ!」 (気配を、消していやがったな・・・) 動揺して冷静ではない今の葉佩に気配を殺すことなど、出来ないだろう。そこまで気が回るのなら、逃げたりはしない。 (執行委員か・・・役員か・・・?) どちらにしろ、厄介だ。 ざくざくと、土を踏みしめる音がして、その姿が月明かりに見えた。 「あんたは・・・」 「・・・・・墓荒らしの小僧なら、泣きながら森へ逃げていったぞ」 月明かりにうっすらと浮かぶ、墓守の老人は、ゆっくりをこちらを見て、不気味に笑った。 (・・・・・・この気配に・・・口元の・・・傷・・・・・・) 以前からずっと気になってはいたが、ここまで至近距離、2人きりで対面するのは始めてだ。 干乾びて皺だらけの顔、スコップを持つ手は細く萎びている。 目だけが不気味な程鋭く、光っている。 その口元の傷は、同級生のあの男を彷彿させた。 以前から、墓守の老人の気配が気になっていた。そしてその傷。 確証はない、推測でしかないし、変装にしてはこの老人の皮膚は作り物ではない。 ありえないことだろうが、隠しきれない気配と、不思議に符合する口元の傷。 (憶測でしか、ないけどな・・) 「大方、墓の中で怖いものでも見たんだろう・・・くくくッ」 「・・・・・・」 「震えて怯える背後から、襲い掛かって、棺に埋めてやろうと思ったが・・・」 「・・・・森へ、行ったんだな?」 「あぁ・・・夜の森は物騒だ・・・野犬や毒蛇に襲われていなければいいがな」 「悪いな」 踵を返し、歩き出す。背後の気配が再び無気味に笑った。 「皆守 甲太郎・・・、小僧を殺すつもりなら、棺を一つ開けておいてやるぞ?」 言われた言葉に、足を止める。動揺はしない。ざわめくものを意志の力で押し込める。 「・・・どういう意味だ?」 「あいつを処罰するんじゃないのか・・?」 「・・・・・・・・意味がわからないな」 「くくくッ・・・」 「おまえこそ・・・」 振り向き、真っ直ぐ見据える。 「身体はもう良いのか?・・・今日は休んでいただろう?」 「・・・・・・・・・面白いことを言うな、皆守甲太郎」 「お互い様だろ」 ポケットからゆっくりと、アロマを取り出し火をつける。仄かに香るラベンダーの香りに落ちつく。 「ふっ・・・まぁ良い・・・小僧を早く追いかけてやるんだな」 「呼びとめたのはそっちだろうが・・・じゃぁな」 「・・・・・・・」 墓守は何も言わなかった。森へと向かう己の背中に、痛いほどの緯線を感じたが、無視を決め込む。 森は深い闇に包まれていた。 |