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鬼と納豆と《宝探し屋》
前編

遠く微かに、騒がしい笑い声が聞こえている。
TVの音量が大きいのか、冷え切った廊下にまで声が響いている。時に混じるのは、生身の人間達の談話する声か・・。
時刻は、23時。
この時間になると常に騒がしい男子寮であっても、各自の部屋で眠りについたり、部屋でくつろいでいるのか寒々しい廊下には人気はない。
喪部は、自分の部屋の前に立ち、辺りをうかがった。

いや、正確には、斜め前の部屋を。

扉のネームプレートはまだ新しい。
この秋転校してきた喪部のそれも新品同様の新しさだが、斜め前のそれも白く埃もついていない。
ネームプレートに書かれている名は、喪部にとって興味をそそられる存在。

自分と同じ季節はずれの《転校生》。

葉佩九龍。

その正体も所属も目的も。全てここへ来る前から知っていた。
だが、それだけだ。
この学園の地下に眠る大規模な遺跡。そこにあるとされる秘宝。
ロゼッタ協会の《宝探し屋》ごとき、どうとでも出来る。
様子を見、野放しにし、機会を見て・・・始末する。

一瞬で終わる。

取るに足らない道端の屑と同等の存在でしかない。
そのはずだった。

転校初日、教壇の上から見た葉佩は、写真とはどこか違って見えた。
興味を引かれ、女子生徒と話し込む葉佩に声をかけたのは最低限の情報を引き出すことが目的だった。
こちらを見た葉佩は満面の笑みを浮かべ真正面から堂々と名乗った。
こちらの正体に気がついているのか、不敵な笑みは憎らしく、だが、不遜な態度は面白いと思った。

無邪気に笑う笑顔を浮かべたすぐ後に、こちらの隙を狙うような鋭い眼になり何度か視線が絡み合う。

それを何度も繰り返した。

(この僕の視線に気付くとはね・・・)

やるじゃないか、と笑みを浮かべ、喪部は人気のない廊下を数歩歩いた。
斜め前の部屋。葉佩九龍とネームプレートの文字が視界に写る。

気配は、ない。

それもそうだろう。葉佩が外へ・・・あの遺跡へと歩いていく姿を見ていた。
ファントムだとかいう、学園の幻影を追って。
鍵を手に入れるだろうか?
ファントムは、体(てい)の良い手駒だ。
遺跡の遥か地下・・・、最下層の玄室を開く鍵を求め、手に入れた。
最下層に辿り着くまで手を出さないつもりでいたのだが、今夜葉佩とぶつかるのだろう。
どちらが勝とうか、関係はない。

(秘宝を手に入れるのは、僕のような優秀な遺伝子の持ち主さ・・・)

頃合を見て、鍵を奪いに行かねばならない。
だが、その前に・・・。


喪部は周囲に気を配りながら、鍵をさし込む。
この鍵は、管理人室で手に入れたマスターキーの複製で、問題なく開くはず・・・・だった。

カチッと音がした。
喪部は慎重に用意していた指紋対策の薄手の手袋をし、ノブを回す。

ガキン!

「・・・・開かない・・?」

まさか。2重鍵とでも言うのか・・・?
まさか、この僕を警戒して・・・?
不信に思いながら、もう一度鍵を回す。カチッと音がし・・・・開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふッ・・・・」
(最初から開いていたとは・・・無用心だな。気が緩んでいるのか・・・?理解できないよ・・葉佩)
何となく、気まずいものを感じながら扉を開く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ファラオ・・・?」

一瞬目に飛び込んだというか、眼が合ったのはファラオの胸像。
毎日磨かれているのか、廊下の明かりに反射し光っている。
虚をつかれ、しばし見詰め合った喪部は、遠くから聞こえてきた声に扉を閉める。
部屋には明かりはついていない。いや、つけるわけにはいかない。
闇に沈む部屋を照らすのは月の光か・・・、眼が暗闇に慣れてきて窓を見た。
「・・・・・ッ!」
窓辺に人間の顔を見つけて、素早く咄嗟に身構える。
「・・・・・・ポスター・・・・・か・・」
懐から取り出したペンライトで照らしてみる。赤い戦隊スーツを着込んだ男が笑っていた。
気に食わないたぐいの笑いだ。なんて趣味が悪い。
(・・・この程度で優秀な遺伝子を持つ僕を驚かせることなんて出来ないよ・・)
鼻で葉佩の趣味の悪さを笑い、ゆっくりと辺りを照らしていく。
「武者鎧・・・?」
窓辺に何か大きなものがあるなと思っていたら、武者鎧・・・。
最初からこの部屋にあったのか・・・?それとも、これが・・・秘宝か・・・?
近づき慎重に検分してみるが、特に変わったものではないようだ。
年代もので、高価そうだが・・・、その手の店へ行けばすぐに手に入れられる程度の品だ。
しかし、この鎧も相当大事にされているのか、埃一つかぶっていない。
「・・・・・・・・・・・・・・」
くだらない、と背を向けたとたん、背後の武者鎧から大きな音がした。
「・・・・ッ!?」
先ほどと同じく、身構えながら振り向くと、鎧の間から何かがはみ出ていた。どうやらこれが倒れたらしいと肩の力を抜く。
「ふ・・・この僕を多少なりとも驚かせるとはね・・」
ぴんぴろりん♪と軽やかな音をどこからか出しながら、鎧の間からはみ出ているものを何気なしに手に取った。
「・・・・・・・・・・・うッ!?」
手に取ったそれを慌てて放り出す。それはひんやりと冷たい何かの・・・いや、ミイラの手・・・ともいうべきものだった。
冷たい萎びれた皮膚感は生々しく、重さもやたらとリアルだ。
「・・・・・・・・・・こんな模造品を仕掛けておくとはね・・・」
侵入者対策はばっちりということか・・・と呟いて、喪部はそれから離れた。
「・・・ん?」
ふと、自分が何かを抱き締めるように持っていることに気付く。先ほど仰け反ったときにベッドの上のものを掴んでしまったらしい。
遮光器土偶・・・」
柔らかなそれは遮光器土偶のぬいぐるみで、どうやら手作りらしいが生地はふんわりとした手触りだった。
「・・・・・・・・・・・・・ふん」
ぬいぐるみをベッドに放り投げ、部屋内を一瞥する。眼はたいぶ闇に慣れていた。

ベッドの上に巨大な抱き枕と、遮光器土偶のぬいぐるみ・・・、床の上に巨大な黒っぽい石。机の上に何故か居座る鍋。壁にはポスターやペナント、ダーツが所狭しと飾られている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・趣味が悪い・・・」
統一性がまるでない。
しかし、目立った所に武器や秘宝が置いてあるわけではないことに、感心する。
一般人対策はできているんだな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!
「う・・・ッ!」
思わず声が出て、慌てて押さえ込む。
武器は合った。ベッドの下・・・愛媛のみかんと書かれた箱の中に。無造作に。
弾丸も多種多様のものが、床にバラバラに置いてある・・。
視線を机の下に巡らせると、目に付くのは同じ愛媛のみかんの箱。
そこから飛び出しているのは、謎の生物の赤い・・・触手と言っても良いような・・・ものだった。
「・・・・・・・・・・なんだこれは・・・」
ビチビチビチビチビチビチビチビチと何やら新鮮に時々動いている触手から目を強引に離す。
見なかったことにしたい、そんな風に思わせた葉佩へ賛辞を送る。

(・・この僕にこんな屈辱を味合わせるとはね・・・やるね、九龍・・・)

好感度が密かにUPした喪部は、机の下のほかの物体は見ないように、机の上へと目を向けた。
ちなみに、触手以外にはみ出ているのは、謎の赤い舌。謎の食塩。謎のゼラチン。謎の牡丹肉。謎の卵のう・・・。

そして何故か「リサイクル!」と書かれた小さな夕張りメロンの箱に詰め込まれた納豆の山。

「・・納豆をリサイクル・・・?」
見間違いかと思ったが間違いなく納豆だ。麦の藁に包まれたそれは、匂いを防ぐ意味でもあるのか、透明のゴミ袋に入れられていた。
(・・・捨てた方が早いんじゃないか・・・?)
まぁ、箱に書かれた文字は、過去使ったもので単なる入れ物にすぎないのかもしれない。
まさか納豆をリサイクルに出す人間は居ないだろう。賞味期限だって、怪しいものだ。
「ふっ、僕としたことが・・・くだらないことに思考を乗っ取られてしまったよ・・」
さすがだね、九龍・・。さすが、この僕が唯一認めた人間だよ・・・・と、ピンピロピンと本人には聞こえない音をどこからか出しながらPCの前に立つ。
PCのスイッチを入れると、女性の音声が起動音を発した。

『よいしょっと・・起動するわよぉ〜』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何やら艶かしい声だったような気がしたが・・・気のせいか・・?
不思議に思いつつ、ログイン画面になるが・・・・ENTERボタンを試しに押してみただけでログインできたことに驚いた。
(勝手にPCを触られる可能性を考えてないのか・・・?)
『こっちの区画も、いいわぁ〜』
数秒送れて響いてきた声に、再び驚く。
「・・・・・・・・・ッ・・・やるね・・・」
この僕を(以下略)・・・、そんなことを思いながら、画面を見つめる。
(普通にネットにも繋がっているようだな・・・・。なんだ?このロックフォードという項目は・・・)
椅子に座り、それを選択するとHDDから読み出すような音が聞こえ、昔懐かしいファミコンゲームといった画面が現れた。
『ロックフォードアドベンチャー〜うしなわれたおうごんのみなと〜』というタイトルに興味を引かれる。
ロックフォードと言えば、こちらの組織、秘宝の夜明けの総統、シュミット・・・あの老人が若い頃競い合ったという伝説の《宝探し屋》だ。
だからこそ、組織はロゼッタ協会を・・・・いや、《宝探し屋》を敵視している。
よほど辛酸を味合わせられたと、もっぱらの噂だ。
(その《宝探し屋》のゲームなのか?)
喪部はそのまま『ロードする』を選び、ゲームをスタートさせる。どうやらラスト寸前のデーターらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
(ふん、簡単なゲームだな・・)
舞台設定や、門には興味を引かれたがそれだけだ。
だが、ロゼッタ協会がわざわざ製作しているゲームだ。何かしら情報があるだろう。そう思い、先に進む。行き止まりの近くの扉を開くとイベントシーンが始まる。
「シュミット老か・・・」
相変わらずセンスの悪い汚れが目立ちそうな白いスーツを着ている。若い頃から変わり映えがないようだ。違うところといえば、若さと怪我をしていない足、ふさふさしている髪だろうか・・。
そんなことを思っているうちに
バトルシーンに変わる。
「・・・・・・・・・・ッ・・・手強い・・・・」
ごっそりHPを削られて、回復するもゲームオーバーになった。
「・・・・・・・・・」
(簡単には勝たせてはくれないということか・・・)
さすがだね・・・とまたどこからか軽やかな音を立てながら再度ロードし、進む。
「・・・・次は勝つよ」
再度移動し、挑戦するが、一撃一撃が痛い。アイテムを開き、何かないかと探す。
「・・ヘドロばくだん?」
説明には『へどろが詰まったばくだん。どくのダメージ』と書いてある。
(・・・・・嫌がらせか・・?)
他にめにつくのは「ミニポンプ」「みずばくだん」数種類ある鞭・・・「ひかるいし」に「ネムリタケ」。
(ネムリタケ・・・?)
「ククククク・・・・ッ・・・なるほどね・・こういうことか」
ネムリタケを使い敵を眠らせると驚くほど楽に戦闘が進む。「でんげきのムチ」で麻痺らせるのも有効なようだった。
ふと気付くと、EDテーマが流れていた。画面の中ではむさ苦しい男と、少女が口付けをかわしている。
「出来過ぎた話だ・・・・くだらない」
この話が実際に合ったかどうかも疑わしい。事実だとしても誇張してあるのだろう。
それにしても何故か、どこかすっきりとしたような感があるが気のせいだろうか。能力が向上したような・・・・・。
腕時計をちらっと見ると、1時間も経過していた。
「ふ・・ッ僕としたことが・・・(以下略)」
煩わしい前髪を片手で掻き揚げ、ゲームを終了させる。
早くしなければ、九龍が戻ってきてしまう・・・。彼が遺跡を脱出するまでに遺跡入り口まで行かなければ。
(鍵を入手するのは優秀な遺伝子をも(以下略)だからね・・・その前に情報を少しでも入手しなくては・・。)
画面を見つめると『ギルドサイト』を見つける。
(まさか・・・・《宝探し屋》のみが閲覧できるというロゼッタ協会のギルドサイトか・・?)
開いてみると、『ロゼッタ協会日本支部公式ウェブサイト』とでかでかと書かれていた。
「依頼リスト・・・?」
これが噂に聞く、《宝探し屋》が請け負うクエストというものなのか?
見てみると依頼人は数多く並んでいて、あの薔薇十字財団や、大英博物館、FBIと言った面々もいる。
一部、しましま孤児院や、黒髪の未亡人といった民間人としか見えない人間も居るようだが・・・・・・。
「恵まれない少女・・・?」
場違いすぎる、と思いながら依頼リストを開いてみると・・。


『優しい伯母さんを 楽にするために 人を傷つけても ステンレス包丁を 手に入れたいの・・・』

「・・・・・・包丁・・・・・・・・・・・・・まさかな・・・・・・」
キャンセルし、他の依頼も見てみる。

『幼い弟を 楽にしてあげるために 冷たく見られても 轟炎爆薬を 手に入れたいの・・・』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふ・・ッ、やるじゃないか・・・・」
この僕が一瞬虚をつかれたよ・・・とまたもピロピロピロピンとどこからか音を出しながら、目に付いた黒髪の未亡人の依頼を見た。

『亡くなった主人の 追悼式で 思い出の品として 錆びた鉄鎖を 供えたいの』

「鉄鎖にどんな思い出が!?・・・・・ッ!僕としたことが・・思わず・・・」
誰も聞いていないのに弁解をしながら、ボタンを押してしまう。
「あ・・・・」
受けてしまって一瞬迷う。
「・・・・まぁ、気付かれないだろう・・・」
フッ、とまたも前髪を掻き揚げて、ランキングを見てみる。
(これは《宝探し屋》のランキングか・・?ロックフォードが未だに一位ということは、それを越えるハンターは居ないということか・・)
葉佩九龍の名はぎりぎり10位と9位に名前が載っていた。
「なるほど・・・ランキングに食い込むほどの実力はあるということか・・・そうでなくては、つまらないからね・・・くくく・・・」
ランキングを閉じ、『依頼を断る』という項目に気付く。
先ほど受けてしまったクエストを、九龍に不信がられれては困るなと判断し、開くと4つほどの依頼が残っていた。
「僕としたことが・・・・」
どれを受けたか忘れてしまった・・・と喪部は微かに首を傾げた。思い出せない。報酬は思い出せるが・・・。
「全部キャンセルすればいいか・・・」
あの九龍が気付くとは思えないが・・・、用心に越したことはない。


【後編へ】


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