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*この話は『黄龍モード』前提の話です(ネタバレ含みます)*
<当サイト緋勇さん設定(魔人学園の主人公)>
緋勇龍麻(24歳)0型8月生まれ

迷い子の探しもの
第一章(1)

緋勇龍麻がこの学園に《転校生》としてやってきてから2か月がたった。
その間なるべく近くで観察してきたが、あの男のことはどうもよくわからない。
深いのか浅いのか、頭がいいのか悪いのか、それすらも全く見極められない。理解できない。
そもそも言動からして理解の範疇を超えている。

屋上で皆守が憩いの時間を過ごしていた時、彼は唐突にやって来て力拳を握り締めながらこう言った。

『俺さ、しみじみ思ったよ。金髪外人ボンキュボン!セクシーィ女教師も良い。誘惑されたいさ!黒髪清楚系・・・でも実際はウフフフの目が笑ってないよ!系女教師もまぁいい。・・・笑顔が怖いけど。ツッコミ癖のある少し天然なピンクスーツな先生も可愛い。萌えるね!けど、もっといいのは、清楚で可愛くて楚々とした一輪の可憐な花みたいな女教師!しかもそれでいて下着の色はだいたんなんだぞ!なんだよ、なんだよ・・・女教師の頂点に立てるよな!メガネかけた才女系もいいけどさー!皆守はどう思う?お前絶対女教師好きそう』

もちろん蹴った。全力で。避けられたが。
またある時、保健室で眠りについていたところを叩き起された時はこう言っていた。

『俺さー実は昔すごく好きな子が居てさ・・・聞いてるか?皆守。 でさ、その子なんか俺のことすごく好きですオーラ出しててさー!その時学園の聖女なのか裏番なのかよくわからないマドンナ的同級生と、ちょっといいムードで!!モテる男は辛いなー!と思いながらも、そいつと付き合ってるわけではなかったから・・・・、そのデートしたわけだよ!聞いてっかー?皆守。いや、俺も一度は断ったわけよ。一応葵・・・じゃない、その同級生といいムードだったしさ。まだその頃はあんなに怖いなんて思ってもいなくてさ・・・。まぁそれはいい。断っても必死に頼んできたんだよ、一度で良いからデートしてくれませんか?ってな。今の、すごい可憐じゃなかった?真似したけど、どう?・・・聞けよ!ワカメっていうぞ!』

もちろん蹴り落とそうとした。避けられたが。
奴はそれに構わずベラベラ話を進めた。

『情にほだされてデートした。水族館に行ったぞ。こっそり手も繋いでみたりした・・・赤くなったその子は可愛くて、守ってあげたくなる儚さで。それで、俺も好きになったんだよ。本気になっちゃったわけ。あははー照れちゃうぅ!ってそこで引くなよ!皆守!で翌日、帰ろうとしたら、俺の知り合いの女の子を攫ったって感じの脅迫状が届いてさ。俺の知り合いというか友達の女子は簡単に攫われるようなタイプじゃないから真っ先に思い浮かんだのは、あの子だった。急いで脅迫状の通り一人で指定の場所に行ったら・・・捕まっちまったんだよ。・・・その子と犯人は家族・・兄妹でさ・・・、わかった時は心で泣いたね!それで俺意識奪われて、眠らされてたらしい。3日位。その間何されたかさっぱりだし、なんか半裸だし、その子の兄ちゃんってのがまた怪しげな奴でさ・・・。あれはなんていうの?改造とかしちゃおうとしてたのか?竜巻ベルトとかつけられそうになってた!?それとも貞操の危機だったのかな!?いまだにわからなくてさ・・どう思うよ!皆守!』

知るかよッッ!!!
思い出してもそうとしかいえない。なんだその境遇は。

『仲間・・・あー友達もさ、薄情な奴らでさ!3日も学校休んでるのに誰一人気にしないんだぜ!普通心配して探しにいくとか、連絡するとかするよな・・?お前はしろよ?約束だぞ?俺はしないけど・・・・で。助けられたんだけど・・・まぁいろいろあって、その子は・・・。』

一瞬見せた沈痛な表情が、やけに悲しげに見えて思わず「大丈夫か?」と聞いた。今は後悔している。

『ん?大丈夫!死んだかと思ったあの子は・・まぁ死んでたんだけど、立派に蘇って元気に看護師してるしなー!ここら辺の化人なら鼻歌だけで倒しちゃうぜ!えへへへ、とか言いながらさ!見るたびに、お前・・たくましくなったな・・とか思って称えたくなるくらいなんだぞ!俺も鼻歌で麻痺とか凍結とかつけた攻撃してみたい・・』

しみじみ思った。こいつの話に真面目に付き合うのは止そうと。
他にも多々話をした。違う、話を無理やり聞かされた。
緋勇はどうも話をするのが好きらしい。それも自分語りが好きなタイプらしい。始末に負えない。
ある時はサル頭の剣道バカの話。ある時は八千穂に似ているという友達思いの女の話、ある時は武道バカのトラ男の話。
数えきれないほどの話をあいつは懐かしげにベラベラと喋り、決まって『あの頃は楽しかったなー若かったなー』と空を見上げて微笑む。
その時だけは煩くて騒がしい男が急に気配を潜め、ひっそりと懐かしむような、過ぎ去った時間を愛おしむような・・・深い表情を垣間見せる。
いつの話かと聞けば、『5年前?ちょうど高校の頃の・・・・おっとー!今のはちがーう!マンガ、マンガの話かと間違えた!ふはははははは!』と誤魔化し再び煩くなる。
ここまでよくわからない奴も珍しい。


---そう話し終えると、目の前の大きな椅子に腕組をして腰かけた阿門は深々とため息をついた。
「年上だという推察はほぼ確実・・・か」
「ええ・・阿門様。まさか皆守の嗜好まで当ててしまうなんて・・・洞察力もあなどれないみたいね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕は皆守君の嗜好より、実験されかけた話の方が気になりますね・・。貞操云々はありえないとしてですが」
「ふむ。唯人ならざぬ魔人ならばこそ、だな」
「あたしとしては彼の嗜好が気になるわね・・。緋勇はとても独特な《香り》がするもの。とても魅力的」
「僕には双樹さんの《力》はわかりかねますが・・・、彼の発する《氣》と言いますか・・、吸い寄せられるような何かとてつもないものを感じますね」
暗い生徒会室の中に居る双樹と神鳳がそれぞれの意見を述べると、中央に座る阿門は重々しく口を開いた。
「5年前か・・。とすると緋勇は22歳から24歳くらいだということか」
「あぁ、驚くほど若作りだが・・・多分な」
「仲間という言葉からして唯事ではない何かが起こったと思われますが・・・」
神鳳はふむ、と呟き片手を頤下に添え独り言のように続けた。
「緋勇君が通っていた学校は、どうも東京にあるような気がします」
「そうね、あたしもそう思うわ」
「はぁ?何を根拠に・・」
問いながら阿門と向い合せにあるソファーに寄りかかり、アロマを取り出す。
許可も得ずに火を灯すと、神鳳が一瞬嫌そうに睨んできた。それを軽くかわし、アロマを吸い込んだ。
「皆守はカレー以外の事にも目を向けなさい。彼の話にはある言葉・・お店の名前が繰り返し出てきてるの」
「店?」
「ええ、ひとつは”ラーメン”。ひとつは”王華”。彼は繰り返し皆でラーメンを食べに行った、うまかった、王華の味噌ラーメンは最高だ・・・と」
「そういや言ってるな。けどそれだけで東京だってわかるのか?」
「だから皆守、カレー以外の事にも興味を持ちなさいよ」
「はぁ?」
「王華は新宿にあるラーメン屋だ。チェーン店とは違い老舗のそこは隠れた名店だとか・・」
「あ、阿門・・・お前、なんでそんなに詳しいんだ!?」
「ふッ・・・皆守、たまにはカレー以外のことにも目を向けるんだな」
「お前までそれかよッ!」
「さすが阿門様。御存じだったなんて・・、あたしも食べに行ったことはないけど、そこまでおいしいって言うのなら一度食べてみたいわね」
「出前はやってるのでしょうか・・個人経営店の場合難しそうですが・・」
「そうね、後で調べておくわ」
「お願いします。双樹さん」
「おいッ!」
「阿門様は、何ラーメンになさいます?あたしは醤油かしら・・」
「僕も醤油で。出来ればチャーシュー厚めがいいですね」
「そうだな・・。緋勇は味噌か・・。味噌を試してみるのもいいか・・」
「千貫さんと葉佩はどうかしら?」
「厳十郎は・・醤油派だ。葉佩は・・・わからん」
「おいッ!聞けよッ!」
「葉佩君は九州地方出身だとか。あちらは確か、とんこつが主流だと思いますから、とんこつなのではないでしょうか?」
「そうか・・。あいつは何でもよく食べるが、故郷の味があれば喜ぶだろうな」

「いいからッ!聞けッ!!!」

思わず大声を出すと和気あいあいとしていた3人は一斉にこちらを向いた。
「な、なんだよ・・」
「皆守、カレーじゃないからって拗ねないで頂戴」
「そうですよ、カレーばかり食べて飽きないんですか?」
「皆守・・たまにはカレー以外も食べてみろ」
「ッッ!お、お前らな・・・ッ!ちょ、おいこらッ!双樹、電話帳を広げるなッ!」
電話帳を膝の上に広げ出した双樹からそれを奪い取り、テーブルの上に乱暴に置く。
「だ・れ・がッ!カレーじゃないから拗ねてるだと!?俺はそこまで心はせまくないッ!」
「じゃぁ皆守は塩ラーメンね」
「なッ!カレーラーメンに決まってるだろ!まぁ・・・麺が細い分カレーに負けやすいが・・麺と合わせるならうどんが・・・って違うッ!」
「いやね、ノリツッコミ?」
「見事なノリツッコミですね。さすがです、皆守君」
「ふざけるなッ!」
「やはりカレーか・・・」
「うるさい、阿門ッ!ったくなんでラーメン出前する話になってるんだよ!緋勇が5年前東京の高校に通っていたってことを言いたいんだろ!ようするに!」
「おや、気がつきましたか・・さすが副会長ですね」
「ホントね。さすが副会長(休職中)ね」
「直感は衰えてないようだな・・」
「・・・・ッ、それがあいつの素性を探る手掛かりになるんだろ?」
「そうだ。すぐにでも調べさせよう」
「阿門様、千貫さんに連絡を取るのでしたら葉佩は何がいいかついでに聞いてくださらないかしら?」
「あぁ、聞いてみよう」
「ちょ、まてッ!何準備万端電話する気満々なんだ、双樹ッ!阿門も・・・ッ!人の話を聞けーッ!」
「やれやれ、騒がしい人ですね」
「本当、小うるさいおかん属性なんだから」
「誰がおかんだッ!」



「・・・・なんで俺が配達のまねごとなんてやらされるんだ・・」
翌日の日曜日の午前。いつもの休日なら昼過ぎまで惰眠をむさぼっているはずなのに、今日は健康的な時間に神鳳からたたき起こされた。
昨日のラーメン話はあの後すぐに実行に移されたが、配達はやっていないということだった。
諦めたかと思ったのは間違いで、本日午後昼食時を狙い計画は進んでいた。
千貫が注文しておいたラーメンを受け取り戻ったのがつい先ほど。
《生徒会》のメンバーは今週末行われる学園祭の準備で日曜だというのに生徒会室に詰めている。そこでどうやら仲良く食べるらしい。副会長補佐だとかいう2年も含めて。(2年は塩ラーメンを押し付けられていた)
金魚係りとしか認識してないがあの補佐がいる限り、生徒会室に近づくわけにはいかない。
そういう経緯で、バーで開店準備をしていた千貫からラーメン2人前を受け取り、葉佩の分を届けに阿門邸に向かっているところだった。
手に持ったどんぶりからは食欲を刺激する匂いが漏れている。カレーの匂いとラーメンの匂いだ。
あれほどバカにしていた割に、双樹はカレーラーメンを注文しておいてくれたらしい。そこだけは褒めてもいい。
前々からラーメンと交わるカレーに関しては興味があった。
マミーズでも食べられるが、マミーズの場合はラーメンにカレーを乗せただけで味の絡み合い具合に齟齬感があるのだ。
老舗と呼ばれるほどの、あの変わり者の緋勇さえも一目置くラーメン屋の、カレーラーメンはどうだろうか。
「・・・・香りは合格点やれるな」
無意識に歩を早め、皆守は阿門邸の門をくぐった。

「おかえりなさい阿門ッ!って、アレ?」

門をくぐり屋敷の扉を許可もなく開いたとたん、元気な声に出迎えられて驚く。
「葉佩・・・・?」
「え、あれ?皆守さん?」
「何やってるんだ、お前・・」
目を丸くして立っている葉佩を上から下まで眺める。葉佩は学園指定のジャージ・・・やっぱり裾は曲げている・・の上に白い割烹着を着こみ、頭はバンダナで髪をくくり、はたきを手にしていた。
「えっと、お掃除?」
「なんで疑問形なんだ」
「えーっと・・・色々あって。それより阿門は?帰ってくるって聞いたんだけど」
「あいつは生徒会室だ。忙しそうだったからしばらくは戻らないだろうな」
「そっかー・・」
「お前いつの間にあいつと仲良くなったんだ?」
本当に残念そうに肩を落とした葉佩に聞くと、照れ隠しのように片手ではたきを振り回しながら「それもまぁ色々とあって」と答えが返る。
「なんだよ、色々って」
「それよりさ、それ何?」
「あ・・?あぁ、聞いてるだろ?お前の昼飯だ」
「俺のとんこつ!?持ってきてくれたんだ!わーいわーい!」
ぱっと表情に喜びを張り付けながら、バンザーイ!と両手を上げて喜ぶ葉佩を見て呆れかえる。
まるっきり子供だ。
(こんな奴でも《宝探し屋》になれるもんなんだな・・・)
資格試験とかないのだろうか・・・。それとも自称したらなれるものなんだろうか。
「皆守さん?」
呼ばれてはっとすると、きょとんと首をかしげた葉佩と視線が合う。
「ね、早く食べようよ!伸びちゃうよ!」
「え、あぁ・・そうだったな・・」
「うん!食べよ!食べよ!」
そう言うと跳ねるように駆け出していった。


「ごちそうさまでしたー!」
パン!と手を打ち合わせて元気に言う葉佩を眺めた。その手元のラーメン鉢は見事に空になっている。
「ん?なに?」
「いや・・・早食いだなと思っただけだ」
「あぁ!だってさ、すごくおいしかったから」
「そうか」
ゆっくりスープを啜り味を楽しみながら答えると、葉佩は眼をきらきらさせてこちらを・・・違う、カレーラーメン丼を熱く見つめてきた。
「・・・なんだ」
「なんでもないよー」
そう言いながらも視線は皆守が味わっているカレーラーメンに釘付けだ。
「・・・・欲しいのか」
「えへへ」
照れくさそうに笑う葉佩に呆れながら、綺麗に空になった鉢にスープと麺を分けてやる。
「わ!ありがとう!」
分けた分を葉佩のほうへ押しやり、自分の分を味わう。
(今まで食べたカレーラーメンの中ではトップクラスだな)
スープをじっくり味いながら、麺をすする。カレーに負けずうまい。
「うわ・・・おいしい」
「そうだろう?時間がたって麺が伸びても味が衰えない・・すごいな」
「カレーラーメンってこんな味なんだー・・」
「なんだ、初めて食べたのか?」
「うん!本当おいしい。ラーメン屋さんのカレーなのにすごくおいしい」
「よくわかってるじゃないか。マミーズにあるカレーラーメンも中華麺で麺は邪道だと思っていたんだが・・これは同じ中華麺でもそれとは違う」
「ふむふむ」
「カレーとスープと麺が重なり合い一つになってるな・・」
「ラーメンなんだけど、カレーがすごくおいしくて。麺も延びてもおいしいし」
「あぁ・・、今まで色々食べてきたが、ここまで旨いのは俺も初めてだな」
「ここのカレーライスも食べてみたいな、ないのかなぁ・・」
「俺も気になるな・・・あとでネットで調べてみるか。ここまで旨ければラーメン通の間じゃ名が通っていそうだしな」
今度自分でもこの味を再現してみるか、と考えながら食べ終えると、目の前にすわる葉佩の白い割烹着が目に付いた。
「お前、それ・・カレーの染みじゃないのか?」
「えッ?あ!あーッ!水で落ちるかな!?」
「待て」
慌てて立ち上がりコップの水をかけようとするのを止め、染みを観察する。
「・・・これくらいならすぐに取れるな」
「ホント!?」
「あぁ、とりあえずそれ脱げ」
「うん・・・うんしょっと。えーとやっぱり洗濯?」
「とりあえずティッシュ取ってくれ」
「はい!」
葉佩が取りに言っている間にテーブルの上を片付ける。その上に染みの裏側を向けてテーブルに広げる。
「もってきましたー!」
「やって見せるから覚えとけ。お前はどうせまたやりそうな気がするからな」
「はーい」
子供のような返事を聞きながら、染みの裏側にティッシュを当て、葉佩が居ない間に濡らしていたおしぼりで上から軽くたたいた。
葉佩は脇から覗きこみながら、真剣に眺めている。
「これでとりあえず色は薄くなる。この程度ならこの後洗濯して日干しにすれば色は消えると思うが」
「え、でも黄色い染みはっきり見えてるよ?」
「黄色いのはターメリックというスパイスに含まれるクルクミンという色素の色だ。クルクミンは紫外線で分解される。日干しにしておけば色は消えるだろう」
「へぇぇ・・すごい、黄色い理由はそれなんだー」
子供のように目を輝かせて素直に感心する葉佩を見て、無意識に笑みを浮かべた。
最近ひねくれた夕薙やら、よくわからない緋勇やら、謎かけのようなことばかり言う白岐や、理解しがたい薀蓄を語りだして止まらない七瀬みたいな人物とばかり話していたせいか、こう素直な反応を返してくれる存在に妙に安心するというか。
(《生徒会》の連中も癖がありすぎるからな・・・)
「ねぇ、もっとひどい染みだったらどうしたらいい?」
「そうだな・・中性洗剤とクエン酸を1対1の割合で混ぜ、シミ抜き用洗剤を作るんだが・・」
「あ、俺そういうの得意!すごく好き」
「そうか、面倒だがやってみせるか」
「うん!お願いします、先生ー!」
そしてそのままわざと汚した割烹着の染み取り講座が始まった。


「今何時かなぁ?」
「集中しろ、危ないだろ!・・・そうだな昼食べて2時間ってところか?」
「そっか、阿門はまだ帰ってこないのかな・・」
「なんだ?何かあるのか?・・・そこ、よそ見してると切るぞ」
「わわ!危なかった!気をつけまーす!」
染み取り講座の後カレーの話になり、カレーの作り方をレクチャーし始めてから妙にそわそわしだした葉佩は危うく切るところだった指を包丁から引き離した。
それなりに料理を作っていたのか、包丁捌きには不安はない。集中力があるならばだが。
皆守は寮へ一度戻り持ってきたスパイスを調合しながら片手で葉佩を軽く叩いた。
「インスタントルーを使うからな・・スパイスはそれに合わせてみた」
「あんまり辛いのは得意じゃないよ?」
「阿門も辛いのは苦手らしいからな、そこはうまく調整するから気にするな」
「そっか!良かった・・阿門喜んでくれるかな?」
「カレーは嫌いじゃないらしいからな」
嬉しそうに笑みを浮かべ、じゃがいも切りを再開した。手つきは安定している。
「早く帰ってこないかな〜今日はさ、夕方になったら初めて外に連れて行ってくれるって約束なんだ」
「外?あぁ・・・校内か」
「えーと・・学園祭の準備で、今日はみんな日曜なのに登校してて、3時か4時には全員退去だから云々で人が居ないからだって」
「まぁ日曜まで借り出されてようやく開放されるのに居残る物好きもそう居ないだろうしな」
「学校を見せてくれるって約束したんだ!音楽室とか、理科室とか、図書室とか!」
「あの阿門が校内を案内・・?何考えてるんだ・・」
(それよりもあの阿門とそんな約束をするほど仲良くなったのか?)
そういえば、あまり態度には出ていなかったがラーメンを注文する話のときも葉佩のことを気にするような発言をしていたことを思い出す。
「阿門とはよく話すのか?」
「うん、最近やっと一緒に晩御飯食べてくれるようになったし」
「阿門と晩飯?」
(会話が弾むのか?なんか一方的に葉佩がしゃべってるイメージしか湧かないが)
「よっし!全部切り終えたー次は次は?バターで炒めればいいのかな?」
「いや、それは・・」

それから葉佩にあれこれ指示し、後は煮込みが終わるのを待つのみとなってようやく椅子に座ることができた。
一服しようとアロマを取り出す。そういえば昼から一度も吸っていなかった。
(・・・あれから4時間か・・・吸うのを忘れるくらい喋ったのは久々だな)
このところ憩いの時間を邪魔してくる緋勇のせいで本数が増えていた。そのくらい吸っていたのに、先ほどまではすっかり忘れていた。
「カレーの事に夢中になりすぎたか・・・?」
「うん、すごく楽しかった」
独り言に返事が返ってきて顔を上げると、いつ近づいたのかすぐ近くの椅子に葉佩が座っていた。
「いつも昼間は一人だから、楽しかった」
「そうか・・・」
葉佩は一瞬さびしそうな顔をしたが、すぐに顔を上げ笑う。
「カレー後は煮込んでおくだけ?」
「あぁ、味付けも終わってるからな。本当は煮込みに半日はかけたいところだが、まぁすぐ食べれるだろう」
「うん、わかった。それにしても阿門遅いなぁ・・」
「学園祭が近いからな・・、色々忙しいみたいだったが」
「そっかぁ・・それなら仕方ないかー」
「・・・・阿門とは仲が良いみたいだが」
「うん!友達だよ」
「----利用されてるとわかっていてもか?」
思わず口にした言葉に自分で驚いた。持っていたアロマを握り締めると、視線を正面の葉佩へ向ける。
葉佩は静かにそこに居た。何も変わらず表情も変化はない。
「・・・・うん、わかってる」
「葉佩」
「わかってるよ。俺は緋勇さんに対する駒なんだろ?利用されてなくても、俺は緋勇さんから自分の役割を取り返すつもりだし、ここでの任務だってやり遂げてみせる」
「・・・・それでも、か?」
葉佩を化け物じみた緋勇に当てるという話は、葉佩がここに来る前にした。
それを葉佩は了承した上でこの屋敷に保護されている。
「阿門にも言ったよ。俺は緋勇さんと戦って取り戻す。取り戻して、敵同士になるけど・・・、やり遂げるって」
そう言うと視線を落とし、続けた。
「その時は阿門たちと敵対すると思うけど、負けないって、覚悟しとけよって言った」
「はぁ・・・」
無意識に止めていた息を吐き出すと、葉佩はむっとしてにらみつけて来た。それに鼻で笑いながらアロマを吸う。
「無理だろ」
「な、なんだって!?」
「聞こえなかったのか?無理だろって言ったんだ」
「なんだよ!やってもいないのになんで無理だって決め付けるんだよ!」
「お前は緋勇を知らないだろ?あいつは人ならざる特殊な<力>を手にした墓守ですら敵わない化け物だぞ」
「人なら猿、力?」
「ひとならさる、じゃなく、人ならざる、だ!」
「えッ、人じゃないの!?」
「・・・・・・・・・簡単に言うなら、普通の人間とは違う特別な力を持つ墓守・・《生徒会》の連中のことだ」
なぜだろうか、子供に話している気になってくる。
葉佩は暫く首をひねっていた。わかっているか怪しい。
「えーと・・どんな力があるのかな・・?すごく力持ちとか?」
「お前、TVでよくあるびっくり人間系を思い浮かべてないか?」
「うん、違うの?それとも口からカードとか出す人?すごい!見たい!」
思わず脱力して、椅子に背中を預けた。
(訂正する。子供だ子供。こいつは間違いなく子供だ)
「阿門に実際に見せてもらうんだな・・」
「わー・・・楽しみだー」
「・・・・葉佩」
気を取り直し椅子に座りなおしながら、話を引き戻した。
「化け物じみた緋勇にお前が勝てるとは思っていない。それで何故お前をあいつと戦わせるか、わかってるのか?」
決め付けるなよ!と言いたげだった葉佩は押し黙り、俯いた。
「緋勇さんが、俺を待ってるかもしれないから・・・だろ?」
「あぁ。こちらとしてはお前が戦わなくても緋勇さえ消えればそれでいいんだ」
「うん・・・」
「阿門・・・いや《生徒会》は、その後お前がどうなろうが・・もしおまえ自身の役割に戻ったとしても、お前なら倒せると踏んでる」
緋勇が葉佩を待っているのは間違いないだろう。
遺跡探索はやる気がないようだし、普段意味もなく校内をうろついて何かを探している節がある。
屋上によく来るのはあの場所からなら校門がよく見えるからじゃないかと思っている。
探りを入れようにも、緋勇に話しかけたが最後よくわからない自分語りに話が飛んでしまう。そもそも緋勇にコミュニケーションを求めること自体が間違いだ。
(女以外とは会話らしい会話にならないしな・・)
「あの・・・さ」
「なんだよ?」
「なんで阿門も皆守さんも、そんなに親切なわけ?」
「・・・・は?」
親切と聞こえたが、気のせいだろうか?
思わず葉佩を見つめると、葉佩は嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり、いい人達なんだな」
「なんでそうなる!お前、利用されてるって言っただろ!」
立ち上がりいらいらと髪の毛を掻き毟りながら怒鳴ると、葉佩はきょとんとした表情で見上げてきた。
「だって。普通は利用している相手に利用してるんだぞとか、何回も釘刺したりしないでしょ?」
「それは・・・そうだが・・」
(というか、阿門も同じようなことを言ったのか・・?)
「俺は決めたし、言った。逃げないって、やり遂げるって言った」
「言ったな」
生徒会室で、《生徒会》役員の前で葉佩はそう宣言した。
「それでも何度も聞いてくれる。まだ逃げ出せるって、逃げ道をまるで教えてくれるみたいだ」
「俺は別に・・ッ」
「それにさ、聞かれるたびに思うんだ」
「何を」
葉佩はこちらを見上げたまま、楽しそうに笑っていった。
「こんな状態になったのに、独りじゃないんだなって」
「・・・緋勇だけじゃない。《生徒会》、阿門だって敵なんだぞッ!?」
「ほら、それが優しいんだって。利用してるならわざわざ教えてくれなくてもいいのに」

何故笑える?

敵になるということがわからないのか?

殺されるということが、わからないのか・・ッ!?

無意識の行動だった。
椅子に座ったままの葉佩に、蹴りを放ち壁際へ吹き飛ばした。
くぐもった悲鳴を上げた葉佩がぐったりと倒れこむ。
「俺だって《生徒会》の人間だ。やろうと思えば今すぐにでもやれる。それでもお前は、優しいと言うのかッ!?」
「ゴホッ!・・・ッぅ・・」
「・・・・ッ!」
倒れ伏せたままの葉佩は咳き込んだ。口の端から血が流れる。
見覚えある真っ赤な血液に、心臓が軋む。

(アレは、ドコで、見た?)

頭が割れるように痛んだ。


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