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*この話は『黄龍モード』前提の話です(ネタバレ含みます)*
<当サイト緋勇さん設定(魔人学園の主人公)>
緋勇龍麻(24歳)0型8月生まれ

迷い子の探しもの
第一章(2)

気がついたら窓の外は真っ暗だった。
冷たい床から起き上がろうとすると、胸を突き刺すような痛みが走る。あまりの痛さに涙が出てきた。
「いたたッ!うーッ、死ぬほど痛いよー」
それでもどうにか起き上がる。
「皆、守さ・・ん・・・?」
辺りを見渡すけど、しんと静まり返って誰も居ない。
「皆守さん・・・?誰も居ないの・・・?」
自分の呼吸音だけがうるさく聞こえる。凄まじい痛みが走る胸に手を置いて、辺りを見渡した。
「誰か・・皆守さんッ!?どこッ!?」
どうしたんだろう?
何が起こったのか、いまいちよくわからない。

さっきまでは本当に楽しかったのに。

「どうして・・・急に・・?」

よくわからない。胸は痛いし、寒いし、身体中が痛くて。

本当に楽しかったんだ。
いつも一人で、この屋敷に居たから。
それに、もう少ししたら阿門も帰ってきて、外に一緒に行けるって約束してたから。ラーメンも、カレーラーメンもすごくおいしくて、それに一緒に食べてくれる人が居たからもっとおいしくて、嬉しくて。
はしゃいでいたから気がつかなかったのかもしれない。
「なにか、言っちゃったんだ・・・」
きっと、何か、言っちゃいけないことを、言ったんだ。
「だって、泣きそうな顔、してた・・・」
意識がなくなる寸前にみた皆守の表情が忘れられない。
とても辛そうで、泣きそうな苦しみの表情。
あんな顔をさせてしまうほどひどい事を、言ったんだ。

「追いかけないとッ」

追いかけて、謝ろう。
謝って済むことじゃないかも知れないけど、でもこのままじゃ嫌だ。
「痛ッ!!」
壁にすがって立ち上がろうとすると、突き刺すような痛みが走る。
どうにか我慢して、立ち上がった。
「阿門・・・ごめんなさい」
開いたままだった外へ通じる鉄の扉の前で、ここには居ない阿門へ謝る。
玄関も、その先にある学校へ通じるこの扉も、開いていることはずっと知ってた。
最初から逃げる気なんてなかったから、開いてても閉まってても同じことだと思ってた。
今思うと、いつでも逃げ出せる環境にわざと置かれていたのかなとも思う。
(じゃなきゃ、何度も聞かないよね・・・)
阿門と何度か話すうちに、確認するように聞かれたことがあった。
皆守と同じ質問を。
今ならまだ、逃げ出せるんだぞと確認されるように聞こえていた。

それに。

扉をくぐって、歩き出しながら思った。
『本当に利用している』人を、知ってるから。その人と、全然違うから。
その人も、手を差し伸べてくれる。
だけど、あんなに温かい手じゃない。
その人に触られると、冷たくて、苦しくて、逃げ出したくて仕方なくなる。怖くて、どうしようもなくなるくらい。
だけど、逃げることなんてできなかった。
逃げてしまえば、大切な人が、誰よりも大切な人が。

「苦しいの?」

「・・・・えッ?」
静かな声にハッとして顔を上げると、温室みたいな建物の前で髪の長い女の子がこっちを見ていた。
胸に抱えるみたいに紫色の花束を持っている。
「・・・声が聞こえたの、慟哭の声が」
「声・・?」
「そう、悲しくて、苦しい・・」
「悲しくて、苦しい?」
あんなに優しくていい人に、あんな顔をさせてしまった。
悲しそうで、苦しそうな顔で、見てた。
「その人はどこに行った!?方角だけでも良いから教えてくれないかな」
「・・・ここに」
「えッ!?ここに居るの?良かった、ありがとう!」
動くたびに突き抜ける痛みを無視して、温室だと思われる建物に駆け寄った。
「わッ!?」
横から急に白い手が伸びてきて静かに肩に触られて止められた。
驚いてその手の持ち主を見ると、女の子は静かに首を振った。
「違うわ・・・この中には誰も居ない」
「居ない?じゃあどこに・・・この辺に隠れてるのかな?」
日が落ちて暗くなった辺りを見渡すけど、隠れられそうな茂みはない。
「皆守さんッ!ごめん、出てきてッ!何でもするからーッ!」
「・・・皆守さんを探しているの?」
「うん、俺がきっと何かしちゃったんだ・・だから、あんな・・・ッ」
「皆守さんは、ここには居ないわ」
静かにそう言うと、白い手がそっと胸元に伸ばされてきた。
「え・・ッ?」
「私が聞いたのは、あなたの声」
「俺の声・・?」
「怪我してるのね・・、でも心の傷のほうがもっと深い」
「心の傷?」
女の子を正面から見つめると、その人は静かに目を伏せた。
「貴方の痛みが、響いてくるの」
「・・・・俺は大丈夫だよ」
「本当に?」
「ホントだよ」

(ウソつき)

大丈夫じゃないって、そんな風に言えない。大丈夫じゃないといけない。
だって、自分のせいで色んな人を傷付けて苦しませた。
蓋をしないと。溢れてくるから。
厭なものがいっぱい。

だから。

「大丈夫」
「・・・・・そう」
「ありがとう」
静かに佇むその人に、笑顔でそう伝える。
「どうして?」
「だって、心配してくれたんでしょ?それが嬉しかったから、ありがとう」
突然言われたお礼に一瞬だけ驚いたその人は、ほんの少し笑ってくれた。
「・・・貴方は変わった人ね」
「そうかなぁ・・普通だと思うけど」
首をかしげて笑いかけると、その人は少し何かを考えるような仕草をして手に抱えていた花束を差し出してきた。
「この花を貰ってくれるかしら」
「これ・・ラベンダーとカスミソウ?」
手渡されたものを受け取ってみると、すごくいい香りがした。
「えぇ、この花たちの花言葉をあなたは知っているかしら?」
「花言葉?そんなものがあるんだ・・ごめん、何も知らないんだ」
「花の一つ一つに、願いや祈り、投影された言葉が詰まっているの」
「そうかぁ・・こんなに綺麗で良い香りだから、きっと綺麗な言葉なんだろうね」
凄いなぁ、と心底感心して抱えた花束を抱えなおすと、その人はまた静かに微笑んで花にそっと触れた。

「今のあなたに合う言葉は」

ふわっと香りが強くなる。何故だろう凄く温かい風を感じる。

「切なる願い、私に答えてください、かしら・・・」

「へ?・・あ、あれ?え?」
身体中の痛みが急に消えて、軽くなる。
あんなに痛くて熱かったものが、今はまったく感じない。
「・・・皆守さんは、寮の方へ向かうのを見たわ」
「あの、もしかして・・?」
治してくれた?と聞こうとすると、その人は静かに首を振って遮った。
言わないほうがいいのかもしれない。
早く行きなさいと後押ししてくれるみたいに寮の方へ顔を向けたその人に深く頭を下げた。
「ありがとう」
それに少し驚いたような顔をした後、その人は静かに笑みを浮かべた。
「まだ全快じゃない、無理はしないほうが良いわ」
「うん!色々本当にありがとう!行ってきます!」
大きく手を振って駆け出すと背後で小さく「さようなら」と声がして、振り向くともうその人は居なかった。
「あ、名前聞いてなかった・・また会えるかな?」
(会えると、良いな・・)



「ちくしょー!また負けた!」
「残念でしたー!俺に勝つには100年早いよ」
ふふん、と目の前でうなだれている年の離れた同級生を見下ろして緋勇龍麻は鼻で笑った。
「おい、誰か俺の仇を取ってくれ!」
「緋勇、マジつええぇぇぇー」
背後に溜まる連中の声を聞きながら、座り心地のよろしくないパイプ椅子に座りなおす。
狭い談話室内には、男達が溢れていた。非常に暑苦しい。
目の前のテーブルの上にはトランプ、花札、麻雀が置かれている。何をしていたかは見ての通りだ。
「で?お次は誰が何で勝負する?」
周囲を煽るように言えば、男達がざわめいた。むさくるしい。
「何連勝だっけ?」
「確か37連勝かな?強すぎだろ・・・」
(ふふん、もっと褒め称えろ!しっかし、なんともまー暑苦しい空間だな・・集めたのは俺だけど)
心なしか空気が男臭い。
「おい、そこの窓際に居るメガネ」
「・・・・俺のことっすか、緋勇先輩」
窓際でつまらなそうにしている生意気そうなメガネの後輩を見て、窓を指差した。
「それ、開けて」
「はぁ?なんで俺が・・・」
ぶつくさ言い出したメガネを横目で睨み、繰り返す。
「俺が言ってるんだから、開けろ」
「―――ッ!」
メガネは一瞬燃えるように殺気立って睨み返してきたが、その背後で窓の開く音がした。空気を読んだ誰かがメガネの代わりに開けたらしい。
「おー、そこの奴ありがとな!それよりメガネ、お前なんかいい感じだから俺と遊ぶか?」
「なッ!!」
挑発するように微笑むと、メガネの後輩は威嚇する猫のように小さく身構えた。静かに立ち上がっていく特殊な氣に目を細める。

(ふぅん・・・やっぱ、こいつもか・・)

この学校は本当に面白い。
最初から、そう・・・最初から、まるで仕組まれたように、ここに来た。
そもそもの始まりから予想外なことばかりだった。
エジプトに居たのは別に何か特殊な理由があったわけじゃない。たんなる観光だった。
脳みそ筋肉猿と修行してたはいいが、早々と飽きてしまい、ここ一年くらいは観光三昧をおくっていて。
エジプト入りしたばかりで、まだろくに街も見ていない、ピラミッドすら見ていないのに・・・気がつけばここまで来ていた。
はじまりはそう―――

(曲がり角だ)

街を一人で気ままにぶらつこうとしてホテルの傍の角を曲がった途端、寒気がした。

(―――あの氣は、陰の氣の塊・・・なんであんなもの抱えていられるんだ?)

寒気の正体は小さな少年だった。10代半ばくらいの、子供。
ぶつかった瞬間とてつもない寒気がして、防衛本能のまま手加減なく相手を吹き飛ばした。
我に返り相手を助け起こそうと近づくと、子供は泣きながら日本語で来るなと叫んで逃げて行った・・・その場に荷物を丸ごと落として。

その後はただ流されるように、ここへ辿り着いた。

(・・・そもそも勝手に変な機械に名前登録したせいだろうけど・・・)

本当はいつでもここから出て行くことはできた。
罪悪感こそ抱くが、すべてを放り出してとんずらしたって構わないと今でもそう思う。
確かにここの龍脈はおかしい。強引にねじ伏せられ、封じられたような陰氣があの遺跡の中に詰め込まれている。
《黄龍の器》として陰陽の氣を安定して大量に詰め込んでいる自分には何の影響もないが、普通の人間なら長時間あの場所に留まることはできないだろう。それでなくとも、化人と呼ばれる変な化け物も大量に居る。

おかしい事だらけだが、そんなに関係はないと思っている。
あの場所を必死で守る墓守達にも興味はない。

それでも留まっているのは。

(気配が・・・するんだよね、あの子の)

手加減なしに吹き飛ばしたあの子供の気配が、この學園のどこからかするのだ。あの陰の氣はそうそう忘れられるものじゃない。
そもそも手加減をする余地もなく吹き飛ばしたはずの子供は軽く肋骨は折れているだろう。
それなのに、ここに、この學園に居る。

(面白い・・・な)

追いかけてきたんだろう、今も懐にある小さな機械を求めて。

(この《俺》から取り戻すために・・・)

「な、何笑ってんスか・・・」
身構える目の前に居る小僧はどうでもいい。軽く無視を決め込んで視線を転じた。
そこに居た人物に口元だけで微笑む。
ここにも楽しそうな獲物が二匹。
「退屈しないな、ホントに」
「は・・・はぁ?」
メガネの後輩を放置して立ち上がり、歩き去ろうとする獲物をまず一匹確保に入る。
「おーい、皆守!何通り過ぎようとしてんだよ?」
挨拶位してくれてもいいんじゃないの?と続けようとして止めた。
「皆守、お前・・・顔が変だぞ?」
「・・・うるさい、話かけるな」
「いやでもさ、何て顔してんだよ?凶悪すぎるぞ、それ」
そう言うと皆守は苛立ったように睨み付けてきた。荒々しい殺気に、緋勇は目を細めた。
「何苛立ってるんだか知らないけどさ、そんなこと俺にはどうでもいいし」
「・・・ならほっとけ」
皆守が再び歩き出そうとする気配を察知し、その前に回りこみ足止めをする。
「・・・ッ、どけよ」
「どいて欲しいなら、俺に勝ってみるんだな」
「何?」
「俺と、勝負やらないか?」
「なんだと?」
「そうだな、これでどうだ?」
「・・・・コイン?」
「そう、簡単だろ?一瞬で片がつく」
「一瞬だろうと、やるつもりはない。他を当たれ」
皆守は吐き棄てるように言うと緋勇に背を向けた。
「ふぅん、俺の勝負から逃げようとするんだ・・いい度胸だなッ!」
「―――ッ!?」
背を向けた獲物に容赦なく回し蹴りを放つと、皆守は焦りの表情を浮かべ背後に仰け反りそれを避けた。
「お?避けるのうまいな、皆守」
「緋勇ッ!」
「ふふん、今のは軽く挨拶程度だよ。次はマジだから、うっかり骨折っても気にするなよ!」
言葉とともに皆守に接近し肘打ちの体勢に入り、返答を聞くために寸前で止める。
「お前・・ッ!冗談もいい加減にしろッ!」
「冗談じゃないよ、次はマジでやるって」
「ふざけるなッ!」
皆守が身体をずらし距離をとる。不機嫌を通り越して本気で怒っているようだ。

(まだまだ若いなーこのくらいで熱くなるなんて)

とりあえず軽くのしといてやるかな、と自然な動作で立ち位置を変えるともう一人の獲物が視界に入った。
どうやらあちらのほうから近づいてきたらしい。
「その辺にしておいたらどうだ?緋勇」
「んー、俺は皆守と遊びたいだけなんだけどな・・強引過ぎたと思う?夕薙」
「・・・強引すぎだと俺は思うが・・・甲太郎も少し余裕を持ったらどうだ?」
夕薙は顎に手をやり苦笑いを浮かべながら歩み寄ってくる。
「・・・そう言うなら大和、お前が相手してやれよ」
「俺が?生憎だがゲームは得意じゃないんでな・・・とても緋勇に敵いそうにない」
「そうでもないと思うけどな」
そう言うと、夕薙と皆守の表情を確かめるように見渡す。思ったとおり気を引いたらしい、二人は少し驚いたようにこちらを見ていた。
「皆守は動体視力が良さそうだし」
「・・・・・」
無言でこちらを窺う皆守の視線が瞬間変わる。
探るようなそれに、ニヤッと笑いかけ夕薙へ矛先を向ける。
「夕薙は観察力がありそうだし」
「褒め言葉と受け取っておくよ」

(その余裕っぷりがなんか腹立つな・・)

内心ムッとなりながら、笑みを浮かべて二人を煽るように続けた。

「どうだ?俺と勝負してもし勝つことができたら・・・まぁ勝てるはずないけど、何でもしてやるぞー」
「どこから来るんだ、その自信は」
呆れた声でそう言う皆守は、こちらの隙を窺っている。少しでも隙を見せれば走り去るつもりだろう。
夕薙はともかく、皆守の気を引かなければ勝負に持ち込めそうにない。

(カレーか?それとも・・・ん?)

「じゃあ・・・俺が勝ったら教えてもらおうかな」
「・・・・何を」
「俺を探しているあの子の行方」

はっきり断言し、皆守を真っ直ぐ見つめる。
皆守はそのまま表情も変えずわずかな動きすらなかった。ただ、ゆるやかにアロマを口元から手放した。

「なんのことだかわからないな」

(その平静さが逆に怪しいっての・・・それに)

何も気を引くためだけのはったりではない。皆守に近づけば近づくほど、匂うのだ。

隠し切れない血の匂いと、その血にこびりついた特殊な《氣》

間違いない。皆守はあの子の事を知っている。

「知らない?そんなはずないよな」
「・・どこの女のことかは知らないが、俺が知るはずないだろう」
「あーまぁ、俺の事知りたいとか探してる女の子は多いだろうけど、残念ながら女の子じゃないんだよな」
「緋勇はたいした自信家だな・・・」

夕薙が腕組をしたまま呆れたように呟くのを無言でスルーし、皆守を注視する。

「女だろうが、誰だろうが、答えは一緒だ。そこをどけ」
「知らないはずないだろう?皆守」

近づきすれ違おうとする皆守の行く手を蹴りで阻む。皆守は避けようとしなかった。

「・・・どけ」

寸止めした脚をアロマを挟んだ手で押しどけようとする皆守に、素早く接近し、その耳元で囁いた。

「お前がその手で傷付けてきたばかりの相手だよ」
「―――ッ!?」

「緋勇君、皆守君」

皆守が反応した瞬間、背後から第三者の声が割り込んだ。

「神鳳・・・」

我に返ったような皆守の声に相手の名がわかる。振り向けば髪の長い男子生徒が本を抱えて立っていた。
「困りますね・・・寮内での争い事は」
「別に争ってなんかない、皆守にじゃれてただけ」
「とてもそうには見えませんでしたが・・・?」
神鳳と呼ばれた男は、皆守を横目で見るとこちらへ視線を戻した。
「それで、この集会は一体なんですか?」
「あー・・・なあ夕薙、あいつなんだよ?」
近くに居る夕薙にこそこそと聞くと、神鳳の視線が更に冷たくなる。この手のタイプは苦手だ。
「この前説明されてなかったか?《生徒会》の会計で寮長の神鳳だ」
「胸のでかいおねーちゃんしか覚えてないな」
「・・・緋勇君、この集会の首謀者は君ですね?」
「集会?たむろしてるだけだって」
「ほぅ。。。、ではテーブルの上の物はなんですか?」
ちらっとテーブルのほうへ神鳳が視線を投げると、テーブルの周囲に居た連中が慌てて何かを服の下やテーブルの下に隠した。
(今更遅いだろうが・・・)
「あれ皆で持ち寄った遊びの道具だろ?どこからどう見ても」
「・・・賭け事をしていたのではないですか?」
その言葉に連中は青ざめ、ざわめき、中には逃げ出そうとするものまで居る。
(・・・だからバレバレだろうが・・・)
内心大きく溜息をつきたいのを抑えて、相手の目を見つめ返しながらふてぶてしく答えた。
「いや?」
「そうですか・・・ですが、それは没収です」
「あーッ!俺の大事な夜の友がッッ!」
目ざとく発見された所謂男の楽しみというアレやソレをことごとく没収される。
「これはこちらで処分しましょう」
その言葉に周囲の連中がこぞってブーイングを上げるが、神鳳はまったく変わった様子もなく手を叩いた。
「さぁ、解散してください」
ぞろぞろと引き上げていく男共の背を見ながら、こみ上げてくる悔しさを抑え切れそうにない。
神鳳を全力で睨みつけるが、全く効果がないようだ。飄々とこちらを見返してくる。
「夕薙君、君も参加していたんですか?」
「興味があったんでな・・・少し見ていただけだ」
「そうですか・・・緋勇君、今後はこのようなことは控えてください」
「・・・控えるも何も、俺は皆守と夕薙と喋っていただけなんでね」
「今日のところは、そういうことにしておきましょう・・・皆守君」
「なんだよ」
「雛川先生から預かってきたプリントがあったんですが・・・おかしいですね、持っていたはずなのですが」
「・・・雛川?」
「どうやら部屋に置いてきたようです。君の部屋に届けてもいいのですが・・・面倒ですね、一緒に来てもらえますか?」
「あぁ・・・」
部屋へ取りに戻るらしい神鳳とついていく皆守をそのまま見送った。
(ちッ・・・逃げられた・・・いや、逃がされた、かな)
獲物と楽しく遊ぶことも、聞きたいことも聞けなかったが、手がかりはあった。
《あの子》がここに来ているのは間違いない。

「―――それで?」

「・・・なんだ、まだ居たのか夕薙」
わざとそう言うと、夕薙は日本人らしくない仕草で肩を落とすと顎に手をやり意味ありげに笑った。
「ちょっと気になることがあるからな」
「あぁ・・・さっきのことか?」
「そうだ。キミが探しているあの子とは誰のことだ?」
「知りたいか?」
「そんな意味ありげに言われれば、誰だって知りたいと思うだろう?」
「そりゃそうだな。いいよ、教えても」
「いいのか?」
「知りたいんだろ?でも教えるからには協力してもらおうかな、お前にも」
夕薙は意外な言葉を聴いたというような表情をし、「俺にできることならばいいだろう」と頷いた。
「まあ秘密でもなんでもないんだけど・・・俺を探している迷子がいるはずなんだよ」
「迷子?この學園の生徒じゃないのか?」
「それはわからないな・・・もしかしたら生徒かもしれないし、迷い込んでいるだけかもしれないし」
「だから迷子ということか・・・君を探しているということは、知り合いなのか?」
「知り合いってワケじゃない、一度しか会ったことないからなー」
「一度しか?」
「ちょっと出会い頭にぶつかって、その子の大事なものを俺が預かってるってワケ」
「大事なものとは?」
「ひ・み・つ」

冗談ぶりっこして言ってみた途端、夕薙の視線が冷たくなる。

「・・・・・それで手伝って欲しい事とは?」

(こいつ面白くない反応するな・・・皆守を見習えよ)

内心不機嫌になりながら、椅子に乱暴に腰掛ける。話すのが段々面倒になってきた。

「手伝いって言うか、その子見かけたら教えてくれりゃいいよ」
「・・・それは構わないが、俺はその子の名前も容姿も知らないんだが?」
「名前は・・・読みがわからないんだよな、字はこんな」
近くに放り出されていたボールペンでずっと頭に刻み込んでいる名前を書く。本名かどうか知らないが、珍しい名前なので覚えていた。
『葉佩九龍』と書いた紙を夕薙が手に取り、顎に手をやり考え込む。彼にも一発で読めなかったらしい。
「確かにめったに見かけない字だな・・・」
「だろ?名前のほうもクロウなのか、クリュウなのか、わからないし」
「この子の歳は?君の口ぶりからするとだいぶ年下のようだが」
「そんなのは知らないな・・・小さかったし声とか考えると14,5歳じゃないかな」
「ふむ。小さいというと身長は低目か?」
「そうだなーこのくらいか・・?」
音を立てて立ち上がり、ぶつかったときの事を考えながら自分の胸元より下を手の平で指した。
「なるほどな・・・だいたいわかった。キミを探している子を見かけたら教えてやるよ」
「それで?」
「それで・・・とは?」
首を傾げる夕薙を見ながら片足を組んだ。今度はこちらが質問をする番だ。
「ホントに聴きたい事は他にあるんじゃないのか?」
「・・・・そうだな、特に思い浮かばないが」
「ふぅーん・・・じゃあ俺から聞いてもいいか?」
「構わないが・・・なんだ?」
「墓場にお前居たよな?」
「・・・・・・」
獲物は餌に引き寄せられてかかった。
持て余していた暇はどうやら満たされそうだ、と微笑んだ。



「・・・君には失望しましたよ、皆守君」

寮長室へと向かう途中で、こちらに背を向けたまま神鳳がため息混じりに呟いた。
それが何を指すか判っているので苛立ちながらその背を睨む。
「ちッ・・・うるさいな」
「おや、助けてあげたのにその言い草ですか」
「誰も助けてくれなんて言ってないだろう・・・それより何か用があったんじゃないのか?」
「怒ってます」
「・・・は?」
立ち止まり振り向いた神鳳は珍しく感情を顕にしていた。思わずその顔を見つめると、神鳳は目を細めながら続けた。
「阿門様が珍しくお怒りです」
「葉佩のことか・・・」
漸く何のことか思い当たった。
葉佩を蹴り倒してきたことはもう阿門の耳に届いているようだ。
「千貫さんもお怒りです」
「・・・・・あいつの怪我、どうなんだ・・・」
「やはり君の仕業でしたか」
「・・・・・・」
「怪我人に追い討ちしたんですか?」
静かだが珍しく威圧感を感じる声に、神鳳も怒りを覚えているのかもしれない。
それを意外に思いながら、何も言わずに目を伏せた。
緋勇に一方的に絡まれる前は心がざわついて、思い出したくもないモノを思い出しそうで、激しい頭の痛みと苦しさに苛まれていたのに今は落ち着いている。

(緋勇に絡まれたせいか・・・)

緋勇に悟られないようにするために落ち着いたのが良かったのか。

「・・・・あぁ・・・そうだ」

無抵抗の何もやっていない相手に手をかけた。
ただ無邪気に『優しい』と嬉しそうに笑いかけただけの相手を。
片手に持ったままのパイプを強く握り締めた。今はこれに逃げる気になれなかった。

「あいつどうしてるんだ・・」
「葉佩君をどこに連れて行ったんですか?」
「連れて行く?あいつ居ないのか?」
「やはり君が連れ出たわけではないんですね・・・」
「おいッ!」
聞き捨てならない言葉に詰め寄ると、神鳳は嫌そうに顔をしかめた。
「うるさいですよ、落ち着いてください。ラーメンの器を君が戻しに来ない為千貫さんが回収に戻ったときには消えていたそうです」
「消えていた?」
「千貫さんが見つけたのは空の器とカレー鍋、そして倒された椅子と割れた皿、そして―――」
「・・・・・・血痕・・・か」

葉佩が力なく倒れていく姿を思い出し、両手を握り締める。
その姿に記憶の中微かに残る誰かが重なるが、両目を閉じそれを頭から強引に消した。

「彼の血痕が屋敷の外まで続いていたそうです。それに、目撃者も」
「目撃者?」
「・・・君を探していたようですよ」
「―――ッ!?」
「逃げ出したわけではないようですが、役員総出で探しています」
「・・・・・・・」

(葉佩・・・・)

何の手加減もなく放った蹴りは的確に腹に入っていた。恐らく治りかけていた身体に大打撃を加えたのは間違いない。
そんな身体で外へ出ていけても、今頃は倒れているだろう。
「緋勇さんが寮内に居るうちに探し出さなくてはなりません。まだ二人を会わせるわけにはいきませんから」
「・・・・あんな身体なんだ、そう遠くへは行けないだろう」
神鳳を追い越し、背を向けて歩き出す。
「どこへ行くのですか?」
「・・・部屋へ戻る」
「探しに行かないのですか?」
「・・・あぁ」
「最低ですね、自分がしでかした事の尻拭いすら出来ないとは」
「・・・・・・・・」
「何があったか僕は聞きません。ですが、何があったにせよ」

(うるさい・・・ッ)

話を振り切って歩き出した皆守の背に、言葉が微かに届いた。

「子供に当たるとは、みっともないことですよ」

当たった?確かにそうだ。

葉佩は無抵抗だった。
椅子に座り笑いかけてきただけだ。

『ほら、それが』

うるさい、黙れ。

『―――優しいんだって』

優しくなどない。
優しいのなら、無抵抗の人間を手にかけたりしない。

葉佩が笑う。
無邪気に、楽しそうに。
阿門が帰ってこない事に寂しそうに目を伏せて、微笑んでいた。

それを踏みにじり、血で染めたのは―――俺だ。

『お前がその手で傷付けてきたばかりの相手だよ』

そんな風に言われても、痛みすら感じない。

何も感じないんだ。

血も、涙も、一滴も・・・・・でやしない、たとえ誰かが傷ついたとしても。


「俺は・・・ッ」

いつの間にかに辿り着いた部屋の中で、ただ立ち尽くした。
日が落ちた部屋の中は、窓から漏れてくる明かり以外、明るさを感じない。
明かりをつけようとは思わなかった。
ただ無言で窓から見える闇の世界をドアを背に座り込みながら見つめた。

(・・・・葉佩は見つかっただろうか・・・)

そのまま逃げ出してしまえばいい。もう二度と戻ってこなければいい。痛い目を見て判っただろう。ここがどんな所か。


    今ならまだ、逃げ出せる。


「・・・ッ!?」
懐でバイブにしたままの携帯がなり、我に返る。
震える携帯をポケットから取り出した。
(・・・八千穂・・・?)
電話に出るかこのまま無視を決め込むか悩んだが、無意識のうちに通話ボタンを押していた。
「・・・なんだ?」
『あ、皆守クン!良かった、居たんだ・・・』
「どうした?」
『あのね、大変なの!この前校内で見かけた変質者が、一年生の男の子を体育倉庫の方へ連れて行ったの!どうしよ・・・追いかけたけど見失っちゃって・・・』
「・・・変質者?あぁ、もしかしてサングラスかけたおっさんか?」
『うん、そんな感じの人・・・警備員さん呼びに行ったんだけど、警備員さんも居なくて・・・緋勇クンにも電話かけたけど繋がらないの』

(警備員が居ない?)

葉佩を総出で探していると言う事だったから、出払っているということに思い当たる。
役員に警備員までうろうろしている最中に、そんな目立つ行動をあのおちゃらけた自称探偵はするだろうか・・・?

(・・・待てよ・・・一年の男子生徒・・・?)

葉佩は割烹着の下に天香學園のジャージを着ていた。阿門のお下がりだと言って嬉しそうに笑っていた。

(―――まさかッ!?)

『皆守クン?』
「あ・・・あぁ、聞いてる。その一年だが、お前見たんだろ?」
『うん、そうだけど・・・』
「・・・まさかと思うがジャージを着てたか?」
『えッ?なんでわかるのー?そうだよ、その子少し大きめのジャージ着てた』

(間違いない、葉佩だ・・・)

『白岐さんが、その子の事知ってるみたいで・・・、緋勇クンに繋がらなくて困ってたら、皆守クンにかけてみなさいって』
「白岐が・・・?」
『あ、白岐さんが何か言いたいことがあるみたい・・・え?その子皆守クン探してたの?』

(探していた・・・?)

神鳳もそう言っていた。
何故、探しているんだ?自分を傷付けた相手を、何故・・・。

「おい、八千穂!白岐と代われ」
『う、うん・・・』

積もる得体の知れない焦燥感に駆られて、八千穂に怒鳴るように言うとやがて静かな声が聞こえてきた。

『・・・何を聞きたいの?皆守さん』
「白岐・・・お前が、目撃者なのか?あいつを・・・葉佩を、見たのか・・・?」
『・・・・・・』
「おいッ!」
『名前は知らないわ。ただ、傷ついてボロボロになりながら必死に声を上げて探していたの』

(・・・葉佩・・・)

『皆守さん、貴方の事を必死になって探していたの』
「―――ッ!」
『・・・早く見つけてあげて欲しい、そう願わずに居られないほど』


      苦しげな声で、あなたを呼んでいた


(葉佩ッ!!)

そのまま通話ボタンを切り、立ち上がる。
何も考えられない、考えたくない。そう思うのに反し、身体は動いていた。
階段を急ぎ降り、小雨がパラつく外へ走り出した。






「や〜っと見つけた、迷子の迷子の子猫ちゃん♪」

そう声をかけられて、驚いた途端右手を捕まえられてどんなに暴れても逃げられない。
男子寮だと教えられた建物まで後もう少しという薄暗い道の途中、その人はまるで暗闇から唐突に出てきたようにそこに居た。
「・・・誰、ですか?」
(この人、気配しなかった・・・)
「お?俺か?俺の名前は鴉室洋介、ペット探しや素行調査まで依頼されたことを広く詳しく調査するのが仕事の私立探偵さ」
「あッ・・・」
ぐいっと引き寄せられてその人との距離が近づいて顔が見えるようになる。
サングラスのその人は顔を近づけて、ニヤッと笑った。
「勿論人探しもな?」
「え・・・?」
「うん、間違いないな。写真が小さな頃過ぎて探し出せるか不安だったが、君あまり顔変わってないな」
「ひとさがし・・・?」
(誰を・・・探してるって・・・?)
呆然として聞き返すと、その人は懐から何かを取り出した―――写真だ。
「これ・・・ッ!?」
「そッ、それを見りゃ判るだろ?俺の探し人の一人は君だ、葉佩九龍君?」

古い写真だった。

『家族』で、仲良さそうに、みんな笑って写っている写真。
2年前、14歳の時に、なくしたはずの―――『家族』の写真。

「俺を・・・探してた・・・の?」

震える手で、写真を受け取った。

「あぁ君の家族・・・お父さんが、君を探している」
「―――ッ!?」
「や〜もう苦労したんだぜ・・・途中から君の足取りがパッタリ消えてるし、この學園に来る筈なのに君じゃないヤツが転入してくるし」
(お父さんが、探してる・・・?)
「ウソだ・・・そんなのあるはずないッ!!」
全力でその人の手を振り払って走り出した。

(ウソだ・・・だって・・・ッ)

弱めに降り出した雨が視界を隠す。暗いほうへ走りながら、同じ言葉を繰り返した。

(お父さんが・・・探してる?・・・そんなはず、ないッ!)

「はぁ・・はぁはぁ・・・ッ」

手を握り締めてくしゃくしゃになった写真を見つめた。そこにあるのは、過ぎ去った日の思い出。

「・・・そんなことあるはずない・・・・」

壊したのは。
だって、壊したのは・・・。

「さ〜ッてと、そろそろ観念したらどうだ?」
「・・・ッ!」
振り向くとその人が息を乱しながら立っていた。雨にぬれたサングラスを片手で拭いながら。
「これでもお兄さん、忙しい身なんだ。君も片意地張ってないで、大人しくお兄さんと帰ろう、な?」
「や・・・ッ!来るなッ!」
追い詰められていた。建物と建物の間の、狭いところに。闇雲に走ったせいでここがどこかも判らない。
ドン、と冷たい建物が背中に当たって逃げ場がない事を知らされる。
(・・・どうしよう、どうしたら・・・)
逃げようにも前後左右壁と目の前の男に挟まれていて動けない。
せめて目線だけは外すまいと、相手を睨みつけた。
「ちッ、最近のガキは聞く耳を持たないのかねェ・・・良いか?よォく聞けよ?」
「信じるもんか!」
「まァ、そう言わずに聞けって」
「いやだッ!」
「だからァ、落ち着けッての」
「聞きたくないって、何度も言った!」
「おいッ、このガキッ!いい加減にしないとさすがに温厚な俺様も怒るぞッ」
「あ・・・ッ!」
ぐいッと右手を捕まえられた。咄嗟に振りほどこうとしたが、外れなかった。
「そんな目で見るなッて・・・まるで俺が悪い人攫いみたいじゃないか」
「・・・離して、お願いだから」
「ダーメダメ!離したら逃げるんだろ?逃げられたらお兄さん困っちゃう」
引き寄せられて懐に羽交い絞めにされるように捕まえられて逃げ場をなくした。
がんばって動いて暴れてみてもびくともしない。
「君のお父さん心配してたぜ?」
「ウソだ・・」
「ウソじゃないッての!お兄さんは正義の味方だからな、ウソはつかないんだ」
「だって」

だって・・・

その先を続けることが出来なくて言葉をなくした。
言いたくなくて、思い出したくなくて。
胸の奥から突き刺さるような痛みを覚えて俯いた。

「なッ悪いようにはしないからさ・・・お兄さんとお父さんの元へ帰ろうぜ?」

―――お父さんの元へ・・・帰る・・・?

帰る場所なんて・・・ないのに・・

「葉佩ッッ!!」
「・・・え・・・?」
顔を上げた瞬間、捕まえられていた腕が外れた。
思わず前向きによろけると、すぐに何かにぶつかる。暖かなそれは誰かの身体だった。
「え・・ッ?み、皆守さ・・ん?」
「いい加減にしろよ、おっさん」
「おいおい、誰かと思ったらいつぞやの無気力高校生じゃないか。あーッ、驚かせるなよッ」
乱暴に蹴り飛ばしやがって、とぐちぐち言っているオジサンから目を離して目の前に立っている背中を見つめた。

「ど・・・どうして・・・?」

どうして、ここに?
違う、そんなことより、何より、言わなきゃいけないことがあるのに。

早く言わなきゃ、いけないのに。

良かった、思ったより元気そうで。
良かった・・・本当に、良かった。

「忠告しとくぜ、おっさん。今校内は迷子捜索で警備員やら《生徒会》の連中やら総出で探し回ってる。ここもじきに人が来るだろ・・早く逃げたほうが身のためなんじゃないのか?」
「へェ、迷子、ねぇ・・」
「見逃してやるから、さっさと行けよ」
「やけに急がせるな・・無気力高校生、君その子と知り合いか何かか?」
「・・・答える義理はない。面倒ごとが嫌なら早く立ち去るんだな」
「答える義理がなくても、その子の様子見れば一目瞭然なんだけどなッ」
「はァ?・・・・ッ!?」

急に振り向かれて驚いた。

振り向いたその顔は驚きから複雑な表情に変わっていく。
それを見ながら、一生懸命言葉をひねり出そうとするけど、上手くいかない。
早く伝えなきゃ、いけないのに
いろいろなことが、あふれて、止まらなくなった。





「葉佩・・?」
背後に居た葉佩は、ボロボロと涙を零しながら必死に何か伝えようとしていた。
それを思わず呆気に取られ見つめる。
(なんで泣いてるんだ・・?)
葉佩を見つけたときは泣いていなかった。探偵に羽交い絞めにされながらも暴れるくらいには元気そうだった。
「おい・・どうしたんだ・・?」
「よか・・ッ・・」
「あーあー、無気力高校生君、泣かしちゃッた!」
「なッ!おっさんが何かしたんだろッ!」
「はァ?俺が?ジェントルマンなお兄さんがそんなことするはずないだろッ?」
探偵は嫌味なほど腹が立つ顔をしてオーバーアクションで両手を挙げた。
思わず本気で睨み付けると、「おー怖い怖い」と数歩後退り距離を取った。
「それにしても・・・名前まで知ってるとはな、お兄さん的にはそっちが気になるなァ」
「・・・話す義理はない」
まだ泣き止みそうにない葉佩を皆守は背後へ押し込んだ。そこは建物の真下でやや強くなってきた雨を凌げるだろう。
葉佩自身は気付いていないようだが、顔色が悪い上に妙によろけている。
それもそうだろう、手加減もなしに蹴り飛ばした・・こうして立っていることが不思議なくらいだ。
「ふぅん・・まぁいいさ、それよりお兄さんもな、さっさとこの場から退散したいわけなんだが」
「だったら行けばいいだろ」
「そういう訳にはいかないんだな・・これが」
「・・・・?」
気の抜けた喋りを続けていた探偵が姿勢を変えた。スッと雰囲気が変わる。
「あの時言っただろ?俺は人知れず潜伏して色々調べてるって」
「そんなことも言ってたな」
「調べ物のほかに行方不明の生徒探しと迷子を探しててな」
「・・・・」
「その子は間違いなく、俺が探していた一人なんだよ」
探偵はそう言うと真っ直ぐ背後に立っている葉佩を見つめた。
「君のお父さんは本当に心配していた・・・君が居なくなって、こちらが見ていられなくなるほど、な」
「・・・ッ」
葉佩は、背後の壁に寄りかかるように座り込んだ。小さく震えている。
「人攫いの常套句だなッ!」
葉佩を隠すように立ち塞がり、皆守は容赦なく探偵の延髄目掛けて蹴りを放った。
「ぐほあッ!?」
モロに延髄に入り、探偵は呆気なく壁際に吹き飛んだ。
「・・・避けるか何かするかと思えば・・」
「いててッ・・・いきなり何するんだッ!このガキッ!!」
「変質者に対して、いたって普通の対応だろ」
「へ、変質者だとッ!?俺はなーッ!?」


「ならば何者だ?」


よろけながら立ち上がった探偵の背後から、静かな声が響いた。
背後に居た葉佩が、小さな声で「阿門・・」と呼びかける。
黒いコートに学生服姿の阿門は、ずぶ濡れだった。今の今まで探していたらしい。
「この学園は部外者の立ち入りを一切禁じている。お前は何者だ」
「くッ、まずいな・・」
阿門は1歩探偵に向かい近づくと、こちらへ視線を投げた。
建物に寄りかかるようにして座り込む葉佩を無言で見た。
(阿門・・?)
すぐに視線を探偵に戻しだが、一瞬浮かべたそれは安堵のようなものを感じた。
常に墓守として、《生徒会》の長としてあらんとする阿門帝等には、今までなかったものだ。
(いや・・・表に出そうとしなかったもの、か・・)
阿門自身が探していたこと自体、今までになかったような行動だ。意外に思いながらその動向を観察する。
探偵は一見観念したような風情だが、油断泣く隙を窺っていた。
(どう動くつもりだ?おっさん)
そう思った矢先、探偵が動いた。
懐から一瞬で出したものを勢いよく地面に投げつける。

「逃げるが勝ちッてな!」
「なッ!?」
「阿門ッ!?」

盛大な爆竹の破裂する音と、煙幕に前方が見えなくなる。
咄嗟に身を乗り出す葉佩を捕まえ腕の中に庇うが、たんなる爆竹と煙幕だったらしい、すぐに煙も晴れた。
「阿門、大丈夫ッ!?」
「・・・・あぁ・・」
「良かった・・・」
葉佩の心配げな声に答える阿門に変化はなかった。
煙幕が晴れると、そこに居たはずの探偵は消えていた。
「ゲホッ・・!あいつは忍者かッ!」
まだ耳が痛い。至近距離の爆竹はさすがに暫く耳がやられる。
「あの・・」
「まだ耳がおかしい・・ちッ、あのおっさんやってくれるじゃないか」
「あのさ・・」
「・・・なんだ?」
「ずっと、ずっと言おうと思ってたんだ」
「・・・葉佩?」
目の前に座る葉佩を見つめる。その表情は決意に溢れていた。
先ほどまで動揺が目に見えるほど泣きながら震えていた気がするのだが、妙に立ち直りが早い。

「ごめん・・・ッ!」

急に頭を下げられて大きく仰け反った。危うく頭突きになるところだった。

「ずっと・・助けに来てくれたときから、言おうと思ったんだ!」

葉佩は顔を上げて、少し神妙な顔をして俯いた。

「だけど、なんか変な人は来るし、あんなこと・・ありえないこと、言われるし・・、なんていうのかな、動揺?ワワワーってなっちゃって、それで、それでさッ!」

再び涙声になりながら葉佩は続けた。

「あの・・それで、良かったって思ったんだ」
「何を・・」
「皆守さんが、無事で」
「・・・はぁ?」
「ごめん・・何か酷いこと言っちゃったんだよね?だからあんなに辛そうだったんだろ?」
「・・・葉佩」

(なんで・・・謝るんだ・・)

傷つけたのは、この手だ。
あの時、確かに自分は殺意を、こいつ―――葉佩にむけた。
無抵抗で無防備な、怪我人に向かい、なんの躊躇もなく、この<力>を向けた。

「―――ッ!?」

急に手を取られて驚く。いつの間にかに、葉佩が目の前に居た。

「ごめん、痛かったよね」
「お前・・・・なんで・・」
「それでさ、良かったって思ったんだ!」
「・・・は?」
「だってきっと泣いてると思ったから・・・苦しんでるんじゃないかって・・」
「なッ!?」
「もう二度と会えないんじゃないかって、思ってたから・・」
「・・・葉佩・・」

「元気そうで、良かった」

葉佩はそう言うと、心底嬉しそうに微笑んだ。

呆気に取られた。
心の底から、脱力した。

「葉佩、お前・・・」
(底なしのお人よしかッ!?それとも底なしのバカなのかッ!?)

そう怒鳴ろうとしたとたん、背後から冷たい視線を感じた。

「・・・・阿門・・ッ」
振り向くと冷たいを通り越して絶対零度の視線を投げてくる男が、腕組をして立っていた。
ずっと傍観していたらしい。
「あッ!阿門ッ!わわわわ、ごめんッ!すごい濡れてる・・こっち来て一緒に座ろうよ!」
「―――葉佩」
「・・ご、ごめんなさい・・勝手に外に出ちゃって」
慌てて駆け寄った葉佩に、阿門は静かに視線を投げた。
葉佩はそれに一瞬息を呑むと、小さな声で謝る。
「怪我は?」
「怪我?あ、親切な女の人が手当てしてくれたから・・平気だよ」
(手当て・・?女・・?白岐のことか?)
疑問に思うが、二人の会話に割り込む気はない。
このまま二人を置き去りにしてさっさと立ち去りたいが、阿門から感じる無言の威圧にそれもできそうにない。
大きくため息をつき、壁にもたれアロマを深く吸い込んだ。
「そうか・・顔色が悪いが」
「あ、これは・・雨が降ってるからだよ」
「雨・・・?」
「うん、苦手だから・・・わッ!?」
葉佩の声に地面を眺めていた視線を上げると、黒いコートを葉佩に乱暴にかぶせる阿門が見えた。
「それを雨避けにでもしていろ・・・葉佩、あの男は何を言っていた?」
「ありが・・」
ありがとう、と言いかけた葉佩はその言葉に固まった。
ぎゅっとコートを持つ手が握り締めうつむいた葉佩を阿門は静かに見下ろしている。
「皆守、あの男は何者だ」
「・・・2度ほど校内で見掛けただけだ」
あのうさんくさい男についは誰にも報告を入れていなかった。別に理由などない、面倒だったからだ。
「あの人、探偵だって言ってた」
「探偵だと?」
「俺を探してたって・・」
「誰がお前を探していると?」
阿門がそう聞いたとたん、俯く葉佩の肩が震える。
そのまま黙り込む葉佩からこちらへ視線を移されるが、答える気などない。
「・・・さんが探してるって・・」
「葉佩?」
「お父さんが探してるって・・言ってた」
「父親が?」
「・・・そんなはずない」
「どういうことだ?」
「そんなはず・・ないのに」
そう呟いた葉佩は酷く悲しげな顔をしていた。
コートを持つ手も震えていると手へ視線を移したとたん、パシッと音を立てて阿門がその手をつかんだ。
「あ、阿門ッ?」
さすがに驚いたらしい葉佩が阿門へ問いかけたときには、引きずられるように歩き出していた。
「あの男についてはこちらで手を下す」
「・・・・?」
「行くぞ」
葉佩は顔中に疑問符を浮かべて、引きづられるままついていく。
「えッ?ど、どこに?」
「見回りだ」
阿門がそっけなく答えた言葉に、葉佩が立ち止まる。
「ホ、ホントに?」
「あぁ」
頷く阿門に対し、葉佩は満面の笑みを浮かべ喜んだ。顔中に『嬉しい』と書いてある。わかりやすい。
「皆守、あの男のことは後で聞かせてもらうぞ」
「特に報告するほど知り合いじゃないんだが」
面倒だと言外に告げると、阿門はチラリと葉佩へ視線を投げた。
(葉佩とのやり取りを聞かせろってことか・・・)
大きくため息をついて、持っていたアロマパイプを軽く振る。阿門はそれに無言で頷くと静かに背を向けて歩き出した。
「あ・・・えっとッ、皆守さん・・」
阿門を追いかけようとした葉佩は立ち止まり振り向いた。
「あの・・」
「行けよ、阿門が待ってるぞ」
「うん・・・その」
少し先の建物の角で律儀に立ち止まり待つ不機嫌そうな男を葉佩は気にしながら、顔を上げた。
「来てくれて・・」
続く言葉を紡がれる前に、その頭に軽く手を置いた。
「・・・カレーは煮込みが半端だが、味は問題ない」
「へ?」
「今度は・・もう少し手の込んだカレーを教えてやるよ」
「・・・ッ!うん!」
行けよ、とその背中を押し出してやると、満面に笑顔を浮かべて手を振り阿門へと走っていった。

(いつの間にあんなに仲良くなったんだか・・・)

二人を見送った後、その場でゆったりとアロマを吸いながら雨降る夜空に視線を投げた。
なんというか、気が抜けた。今の心境はそれにつきる。
葉佩の事を白岐から聞き、その姿を見つけ出すまでの心臓を食い破りそうな不安が嘘だったかのように落ち着いている。
「葉佩か・・」
呆れたお人好しだ。葉佩に対しての印象は今はそれにつきる。
自分が傷つけられてたくせに、怪我をさせた相手を心配していた。
(バカだろ、あいつ)
良かった、と笑った笑顔を思い出して更に強くそう思った。

何よりも。

そのことに何よりも安堵している自分に対して、同じ言葉を繰り返した。


【とりあえずEND】

■おまけ〜皆守・やっちー・ひーちゃん編

(寮の玄関前の屋根の下で。八千穂と緋勇と皆守)

八千穂「あ、皆守クンッ!どうだった?あの子、見つかった??」
皆守 「八千穂・・お前何してるんだ?」
八千穂「皆守クンを待ってたの!・・・白岐さんは大丈夫だって言ってたけど電話切れちゃうし、警備の人も捕まらないし」
緋勇 「男子寮の前で不安そうにしてるから話を聞いてたんだよ。それで、見つかったのか?変質者」
皆守 「・・お前も知ってるだろ、女子寮の騒動のときの探偵だ」
緋勇 「あーあのおっさんまだ居たのか・・・それで何してたんだ?」
八千穂「1年の子、見つかった?大丈夫だった?」
緋勇 「あのおっさん、なんで1年の男子なんて連れて行ったんだ?やっぱ変態メガネなわけ?」
八千穂「やっぱり変な人なんだ!?あの子怯えてたし、あの時あたしが追いついてたらッ!」
緋勇 「でも男だろ?1年の女子ならわかるけど・・男好きなのか?うわぁ・・壬生の組織ってナニ、そーゆー趣味集団?うわぁー」
皆守 「八千穂、落ち着けッ!何ラケット取り出してるんだッ!?」
八千穂「まだ校内のどこかにいるかもしれないじゃないッ!」
緋勇 「まぁまぁ八千穂ちゃん落ち着いて。皆守の態度からすればもう見つかって保護されたんじゃないかな、その子」
八千穂「へッ?そうなの?」
皆守 「あぁ・・おっさんは逃げたけどな」
八千穂「そっかー良かった!」
緋勇 「お前が見つけたのか?」
皆守 「・・・いや、見つけたのは《生徒会》と警備らしいな」
緋勇 「ふぅ〜ん?」
皆守 「なんだよ」
緋勇 「いや・・随分吹っ切れた顔になってるな、と」
皆守 「はぁ?」
緋勇 「年中イラついてるか、だるだるかの歩く地雷原男とか思ってて悪かったな」
皆守 「お前がどう思っていようがどうでもいいな」
緋勇 「またまた強がり言っちゃって!」
皆守 「・・・・緋勇、お前は少し黙れ」
八千穂「うーん、ねぇ皆守クンはその保護された子と知り合いなんだよね?」
皆守 「たまたま顔見知りなだけだ」
八千穂「その子、変な人に何もされてないよね・・・?」
皆守 「はぁ・・・八千穂、変な想像するな」
緋勇 「変なことって、手足拘束されて変な機械つけられて薬嗅がされたり?」
皆守 「緋勇は黙ってろ」
八千穂「そんなの、そんなの許せないよッ!やっぱり探しに行って見つけたらスマッシュでッ!」
皆守 「だからお前は落ち着けッ!それに《生徒会》と警備がうろついてるんだ・・もう校内からは逃げただろうさ」
八千穂「うーでもッ!その子が可哀想だよ!」
緋勇 「・・・・・・」
皆守 「なんの想像してるんだ・・・」
八千穂「痴漢じゃないの??」
皆守 「違う。というかないだろ普通に」
緋勇 「んー八千穂ちゃん、その子見たんだよな?どんな子?」
八千穂「え?うーんと、背はあたしより少し大きいくらいで、髪型は緋勇クンと似てるかな?」
皆守 (緋勇・・・?)
緋勇 「へぇーそれは興味深いなー」
八千穂「顔は・・・うーん、遠かったし雨が降ってきて暗かったからよくは見えなかったなぁ」
緋勇 「そかーそれは残念」
皆守 「八千穂、もう良いだろ。そろそろ女子寮へ戻れ」
緋勇 「そうだな、もう遅いしさすがに少し寒くなってきたし、女の子は腰冷やしちゃダメだしな」
八千穂「うん、そうしようかな・・・でもホント、無事でよかったッ!ホッとしたらお腹へってきちゃった」
緋勇 「じゃッまた明日、八千穂ちゃん!」
八千穂「うんッ!またね緋勇クンッ!皆守クンッ!」
皆守 「あァ・・」
緋勇 「(手を振りつつ)おい、お前も無言で去るなよ」
皆守 「・・・・じゃあな」
緋勇 「無言じゃなきゃいいってわけでもないッ!単刀直入に言う、皆守」
皆守 「―――なんだよ」
緋勇 「連れて行かれたとかいう子、その子さ・・」
皆守 「・・・・・」
緋勇 「薬かがされて拘束されて変な検査とかされたんじゃないだろーな!?」
皆守 「またな」
緋勇 「ちょッ!ちょっとまてーいッ!!重要なんだって!」
皆守 「バカバカしい寝言は聞きたくない、壁にでも向かって話すんだな」
緋勇 「何それ冷たくねぇッ!?」
皆守 「お前を相手にしてたらキリがない、じゃぁな」
緋勇 「あーおいって!・・・行っちゃったよ」
緋勇 (仕方ない、風呂入ってだらだらするかなーそれにしても皆守の胡散臭さが半端ないな・・おちょくると面白いし)
緋勇 「・・・・楽しくなってきたなぁーふっふっふ」



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