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迷い子シリーズ・短編集
阿門家居候日記その1
 〜はじまりの夜〜

「あれー?ここも違う?」
立派な扉を開いて部屋の中を確認してから首を傾げた。さっきから外ればかりだ。
ちょっとトイレに行っただけなのに、部屋の位置が分らなくなってしまった。本当に困った。
この辺だったような?と、今開けた部屋の隣の部屋も開けてみる。
「・・・・同じよーな部屋ばかりだー」
しかもどこもに誰も居ない。真っ暗な部屋ばかりだった。
こんなに部屋数があるのに、誰にも会わないのが不思議だ。誰か一人くらい居ても良いのに。
「どうしよう・・・迷っちゃった・・?」
独り言を呟いてみる。そうでもしないと灯りが最低限に落とされた暗い廊下は怖い。
自分以外の誰も居ないような、そんな気がしてくるから。
きょろきょろと辺りを見渡して途方に暮れる。
片っ端から開けて行って見ようかなとか思ったけど、怒られそうで嫌だな・・・。
「うぅ・・・寒い・・」
ぞくっと寒気がして、3階に続く階段に座り込んだ。
裸足で出てきてしまったせいで両足が冷たくて仕方ない。身体も冷え切っていて、両腕を摩擦するみたいに摩ってみる。
(大声で誰か呼べば、誰か来てくれるかな・・?)
辺りを見回してみても、人の気配は全然しない。まるで誰も居ないかのように静まり返っている。

「・・・・・・・・・」

静かなのは好きじゃない。
そう思うのは・・・ひとりだから?

(叔父さんが元気だった時は、毎日うるさいくらいだったしなぁ・・)

そっと自分の右腕を服の上から握り締めた。

叔父が《呪い》にかかって眠り始めてから2年たった。
《宝探し屋》になるためにそれだけの時間がかかったとも言う。何度も何度も試験に落ちて、やっと《宝探し屋》になれたのだ。
なった理由は勿論、叔父の《呪い》を解くため。
この右腕に宿る、《呪い》を解くための秘宝へ導く《秘文》は、唯一の《鍵》でもあって。
それを使って秘宝を手に入れるためだけに、今まで頑張ってきた。

なのに。

どうして今ここに居るんだろう?こんなところで、何をしてるんだろう・・・?

初任務を終えれば、その次か、その次には必ず目当ての秘宝を探しに行けると思っていたのに。
「何やってるんだろう・・・本当に」
抱え込んだ膝に顔を埋めて、はぁーと大きくため息をついた。

「・・・何をしている」

「へ?」
背後から重くて低い声が聞こえて、慌てて顔をあげた。急いで振り向くと、全身黒づくめの人が立っていた。
「あ、阿門・・・」
「こんなところで何をしている」
「ええっと・・・迷子・・?」
「迷子・・?」
不思議なものを見るような視線に、急に恥ずかしくなって俯いた。
「だ、だって・・・ここ、無駄に部屋の数が多いから」
「本当に迷ったのか?」
確認するような声に、視線を合わさないようにしながら頷いた。
はぁ、と大きなため息が聞こえ、呆れられたのかな・・?と思いながら見上げるとすぐ近くに阿門がいた。
「阿門・・?」
「部屋へ案内する。・・・ついて来い」
「あ、ありがとう・・・」
慌てて立ち上がろうと両膝に力を入れた――瞬間、目の前が真っ暗になった。

「――わッ!!」
「葉佩ッ!」

倒れる!と思って咄嗟に近くにあるものを掴んだ。それにグッと力を込めて踏んばる。
ビリッビリッと何かを破くような音がしたけど、目を開けていられない。
クラクラ〜フラフラ〜と世界が回るような眩暈を必死で堪えた。
(・・・雨とか降ってないし・・水だって傍にないのに、どう・・して・・?)
右腕にある《秘文》は水の性質に弱いって聞いてる。
どうしてそうなのか知らないけど、実際雨の日は身体が重くなったり、眠くて仕方がなかったり、眩暈も起きたりする。
けど、今のこれはどこか違う気がする。
ビリッとまた何か破くような音を立てて、身体がゆっくり廊下についた。
眩暈も、少し治まったようでそっと眼を開く。
「・・・・・・・ん?」
眼を開けて、ゆっくり自分の右手を見た。何かに縋りついてたはずのそこには、黒くて大きな布切れがあった。
「あー・・・・これって・・」
ビリビリッて音は、もしかして、もしかしなくても・・?
恐る恐る顔をあげると、すぐ近くに立っている人が見える。
「えーっと・・」
見上げた阿門はちょっと驚いたような顔でそこにいた。
引っ張っちゃったからなのか、片膝をついた姿勢でこっちを見ていた。
「ご、ごめんなさい」
目が合ったとたん慌てて謝ると、阿門は眉間のしわを増やしながら大きくため息をついた。
(あわわわわ、ど、どうしよう!怒ってるーッ!)
「・・・立てるか?」
「ちゃんと縫うから!お裁縫すると血まみれになるけど、黒いから平気だと思うし!・・って、はれ?」
「掴まれ」
「へ?あ、はい・・・」
怒られると思ったのに、阿門は静かに手を差し伸べてきた。
びっくりしたままその手につかまって立ちあがる。
「お、怒ってない・・・のか?」
「お前は怪我人だからな」
「え、あ、そうか・・・それで具合が悪かったんだ・・」
両足でしっかりと立つ。右腕を掴むようにして支えてくれている阿門を見上げて笑いかけると、厳しい視線がもっと厳しくなった。
「ありがとう。・・えっと、もう離してくれても大丈夫だけど・・?」
「・・・・・・・」
「あの・・?」
阿門は厳しい視線のまま、右腕をそっと離した。そのままゆっくり手が上がり、近づく。
「ちょ、ちょっと・・」
額にそっと冷たい手が押し付けられる。大きな手のひらはごつごつとしていて、遠く懐かしい記憶を揺り動かされそうで怖くなる。
「熱、ないってば!」
ばっと、両手で阿門の手を弾いて、距離をとった。
「ある」
「え?」
「歩けるようなら部屋へ戻るぞ」
「え、あッ・・・う、うん」
素気ないほど背を向けられて、頷きながら・・・・また衝動的に浮かんだ感情に混乱する。
(・・・・どうしてかな。なんか苦しい)
背を向けられて遠ざかっていく後姿を追いかけるように歩き出しながら・・・右腕を強く握りしめた。

大きな手に、遠く懐かしいあの頃を思い出し。
背を向けて去っていく姿に、おいていかないで、と叫びだしそうになる自分に戸惑った。

「部屋はここだ」
「ありがとう」
部屋まで案内されてたどり着くと、阿門が扉を開けて待っていた。
「部屋が分かりづらいのなら、厳十郎に言って目印をつけるといい」
「うん。そっか・・目印か。確かに似たようなドアばっかりだもんな」
感心して頷きながら部屋へ足を踏み入れると、部屋へ入ろうとしない阿門の袖を引っ張って中に引き込む。
「あの、あのさ、ちゃんと言ってなかったから・・・」
「どうした?」
パタンと部屋の扉を閉じてから阿門にゆっくりと向き直った。
「本当にいろいろ、ありがとう」
「葉佩?」
「俺さ・・・一人でどうにか出来ると思ってたんだ」
「・・・・・」
何も言わない阿門に背を向けて広い部屋の中心に置いてあるソファに腰掛ける。
阿門の方を向き、ポンポンとソファを叩いて座るように促してみると、大きくため息をついた阿門はこちらと向き合うような形で置いてある方へ腰かけた。
それに少しだけ笑いかけて、話を続けた。
「自分でH.A.N.Tを取り戻すつもりだったけど、無理だった。ここに来るのも、侵入するのも、一人じゃとても無理だったし・・」
「・・・・・・」
「神鳳さんに拾われなかったら、多分・・・雨でも降ったら冷たくなったまま寝ちゃって起きなかっただろうな」
「・・・・・・」
何も言わない阿門から少し目線をはずして、俯いた。
「こうして寝るところとか。今日なんて、病院にまで連れて行ってもらえたしさ。ちゃんとお礼を言っておきたかったんだ」
「・・・・礼はいらん。お前は緋勇に対する贄に過ぎん。万全を期すために必要だからこそだ」
「に、にえ・・?バンゼンをきす?」
難しい言い回しに、首を傾げると阿門はまた大きなため息をついた。呆れられてるみたいだ。
「緋勇に対する囮だ。そのためにその怪我は治してもらわねば困る」
「あ、うん・・それならわかる」
わかってる。こんなに親切にしてもらってるのは、どうしてか、だなんて。
「早く怪我治して、H.A.N.T取り返さなきゃだね!」
親切にしてもらっても、それは、好意からじゃないんだって、わかってる。
胸の奥のどこかがちくっと痛んだけど、笑って見せた。
「怪我は大丈夫だよ。このくらいなら、いつでもいける」
「厳十郎から報告を受けている。怪我の程度は分かっている」
「それじゃ・・」
明日にでも、と続けようとすると首を横に振られた。どこか厳しい視線に怯む。
「入院を断ったそうだな」
「え、だ・・・だって、そこまでお世話になるわけにはいかないし・・」
病院自体好きじゃない。消毒の匂いがする病室なんて、大嫌いだ。今も病院で眠り続けている叔父さんを思い出すから。
「それに、入院してる暇なんて、ないし・・」
すぐにでもH.A.N.Tを取り戻して、任務を終わらせないと。
焦ってくる気持ちにぎゅっと眼を閉じた。今すぐにでも走り出したいくらいの勢いをじっと耐える。
「その怪我、内臓の一部を新たに痛めてるそうだな・・・」
「・・・・それは・・」
「皆守がしたことだ。それについての治療は気にせずともよい」
「いい」
「葉佩・・?」
「いらない。今のままで十分だ」
神鳳さんの次に優しくしてくれた皆守さんのことを思い返した。
「あの人、優しいから・・・きっと気にしてしまう」
「・・・・そうか」
温かいご飯をくれたり何かと面倒見てくれた人のことを思い出して、もう一度「大丈夫だから」と繰り返した。
阿門はそれに頷くと、立ち上がって窓辺に立った。
何か考えてるようで、何も言わない。
窓にはカーテンを引いてない。部屋を出る前少しだけ外を見ていたから、そのままだった。
窓の外は大きな月と、遠くに校舎が見える。
「一つ、聞いてもいいか」
「うん、なに?」
「ここへ来ることは、一人では無理だったと言ったな」
「うん」
「協力者は、この学園にいるのか?」
「へ?協力者?」
「侵入するために手助けした者は、何者だ?」
「・・・・・それは・・」
さっきポロッと言っちゃったことを言われてるんだって気づいて、ちょっと困った。
どう言えばいいんだろう?
別に言ってもかまわないんだけど、あの人との関係はとても微妙で。説明しづらい。
「その人は・・、ここには居ないよ、協会の本部にいるはず」
「個人的な協力者というように聞こえたが・・・」
「え?あー・・うん。協会の人だけどそれだけじゃないのは確かかな」
「その者だけが、お前の動向を把握しているということだな?」
「うん・・・」
阿門は「そうか」と呟くように言うと、それ以上は何も言わなかった。
そのことに少し安心して、俯くように眼を閉じた。
あの人――協力者は、ロゼッタ協会の幹部で、そして・・・叔父さんを保護してくれてる人だ。
勿論、親切心じゃないのは分かってる。
叔父さんを護るために、あの人が要求してきたこと全部受け入れた。
感謝はしてるけど、でも。

-------オマエハ ・・・ノ ・・・・・ダ

「・・・ッ」
「葉佩?」
呼ばれてはっと顔をあげると、窓際からこっちを見ている阿門と目が合う。
「な、なに?」
「・・・・熱が」
「え?」
眉根を寄せて、ずんずんと近づいてきた阿門をぼけっと見上げていたら、また額に手を置かれた。
大きな手のひらに一瞬びっくりして逃げ出そうとするのを捕まえられて止められる。
「熱を測ったまでだ」
「う、うん・・・」
「熱が上がったな。今日はもう早く休め」
すっと手を離されて、阿門は1歩下がった。
「あ・・・」
どうしてかな・・・・また寂しい気持ちがあふれてきて無意識にその手を目で追ってしまう。
「葉佩?」
「え、あ、ち、違う!ちょっとびっくりしただけ」
「・・・そうか」
「う、うん・・おやすみ、阿門」
阿門は無表情のままで頷くと、部屋を静かに出て行った。
それを見送ってから、はぁと大きくため息をついてベッドにばふんと音を立てて横になった。
「おやすみ、くらい言ってほしかったな・・」
枕を引きよせて頭を乗せながら呟いてみた。
「昨日会ったばかりだし、仕方ないんだけど・・」

わかってる。利用されてるんだってことは。

だけど。

「だけど・・・いい人たち、だって、思うんだ・・」

皆守さんも、神鳳さんも、双樹さんも、千貫さんも・・・阿門も。
みんな良い人たちだと思う。
優しい人たちなんだと思う。
話を聞いてくれるし、困ってる時に手を貸してくれるし。
同じように『利用してる』――幹部のあの人と比べたら、よくわかる。ぜんぜん違う。
久しぶりに、こんな風に優しくしてもらえたから・・・すごく嬉しくて。
もっとあの人たちに歩み寄りたいとか、思ってしまう。

俺の代わりに来た《転校生》を倒すために利用されてるって、思ってないと・・・きっと、どんどん欲張りになってしまう。
「ホントにどうしようもないなぁ」
バカだな、って自分に言って、目を閉じた。

遠くで扉が閉まる音に、もう一度だけ「おやすみなさい」と呟いた。


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