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迷い子シリーズ・短編集
阿門家居候日記その2
 〜おかえりなさい〜

「おはようッ!いってらっしゃい!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
勇気を出した一言に対しての反応は、無言と振り向きもしない態度だった。


「なんだよッ!返事くらいしてくれてもいいじゃんかー!ケチんぼ!」
「まぁまぁ葉佩さん、坊ちゃんは驚かれただけでございますよ」
「え?そうなんだ?」
「はい。坊ちゃんは、私以外の見送りははじめてなのですよ」
にこやかに微笑む千貫さんを見上げながら、ふんふんと頷いた。
よく思い返してみたら、驚いていたように見えた・・・ような?ちょっと仰け反ってたし。
「そっかー、驚かせちゃったのか」
「はい。・・・ところで、坊ちゃんと仲良くなられたようでございますね」
嬉しく思います、って言われて微笑まれて、ちょっと照れ臭くなって俯いた。
「な、仲良くなった・・ってほどじゃないと思うけど・・」
「そうですか?」
「うー・・・え、ええっと、その、あの・・」
「どうしました?」
「仲良くなれたらいいなって・・思います」
「私もそう願っております」
千貫さんはそう言ってもう一度微笑むと、「朝食の準備が出来ておりますので、こちらへ」と食堂へ案内してくれた。


朝食を終えると、何もすることがない。
千貫さんはお昼から学園の方にあるお店に行くらしく、朝から忙しそうに働いている。
何か手伝おうかと思って声を掛けたけど、お休みくださいとか言われて部屋に押し込められてしまった。
「あーあ、暇だなぁ・・」
ふかふかのベッドの上でゴロゴロするのも飽きて、窓から見える校舎をじっと眺めてみる。
「あそこで皆、今頃授業受けてるんだろうな・・・」
どんな感じなんだろう?ふとそう思った。
考えてみたら自分が学校に行ってたのは小学校までで、中学生になった頃から育ての親の叔父さんにくっついてバディの真似事とかしてた。

離れたくなくて、ずっと一緒に居たくて。
独りで居たくなくて。

その甘えとわがままが、結果的に「あの事件」を引き寄せたようなものだ。
叔父さん一人だったら、あんな遺跡楽に突破できただろうし、脱出もできただろう。
(俺がいたから・・・あんなことに)
暗い考えになりそうなのを頭を振って振りはらう。ここで「あの時」のことを悔やんでも起こってしまったものはどうしようもない。
「・・・・・学校、か」
視線をもう一度遠くに見える校舎に移した。
本当なら今頃はあの校舎の中で授業を受けていたんだな、と思うと、そう出来なくなった原因を思い出してふかふかの布団に顔を埋めた。
「なにやってるんだろ・・・俺」
こんなところで。
急がなきゃいけないのに。この任務を失敗するわけにはいかないのに。
早く遺跡へ行って任務を終わらせなきゃいけないのに。
早くしないと、いけないのに。
はやく・・しないと・・。

「あ、あれ・・!?」

はっと気がつくと、いつの間にかに日が暮れかけていた。
窓から見える校舎は夕焼けに染まっていてすごく奇麗だ。ほんの少し見とれながら、身体を起こした。
「いつの間にか、寝ちゃってたんだ・・」
お昼御飯も食べずに寝てしまったらしい。そう思ったとたん、お腹が空腹を訴える。
「よいしょっ・・・痛ッッ」
ベッドから降りた途端身体の中心に痛みが走って動きを止める。
そうだった、肋骨をやってたんだった・・・。
痛みが鎮まるのを待ち、部屋の外に出た。

しんと静かな廊下、人の気配なんか全然しない。
誰も、いない。
そう思ったとたん、胸の底が焼け付くような痛みがした。
世界中から一人、取り残されたみたいな、そんな感じ。

「・・・・・・さびしいな」

こんなところで、本当に何をしてるんだろう。
こんなところで、独りで、何を・・・。
くり返しくり返し、そればかり。

「寂しいよ、叔父さん・・・・・・逢いたい・・・よ・・」

寂しくて苦しくて、胸の奥から湧き上がってくるものを、ぎゅっと我慢する。
1階から2階へ上がる階段に腰掛けて膝を抱える。そこから見える夕陽をぼんやり眺めた。
広い屋敷のなかは、ここまで降りてきても誰も居ない。しんと静まりかえって物音一つしない。
(・・・阿門は、寂しくないのかな?こんな広い家で、独りで)
お昼過ぎから夜遅くまで千貫さんは帰ってこないって聞いた。
この家の使用人も、お昼までで帰ってしまうとか。
だから、阿門が家に帰ってきても・・・出迎えてくれる人は居ないんだ。
(寂しくないのかな・・)

独りになってみるとよくわかる、出迎えてくれる人の大切さが。

『おかえり』
そう言ってもらえると、すごく安心できた。
どんなことがあっても、そこに行けば味方になってくれる人が居て、温かくて。

『ただいま』
ちゃんと無事に帰ってきてくれたことに、すごく安心して。

(阿門は、どうなんだろう・・・)
膝を抱えたまま、無機質な灯りを灯している玄関へ視線をなげた。
奇麗で豪華なそこは、どこか空虚で冷たく見えた。
(言ってみようか・・)
今朝は思い切り無視されたけど、それでも嫌がられたわけではない。
千貫さんの言う通り、驚かれただけなら。

言ってみようか。
この家にいる間だけでも。

誰かを送り出して、出迎えて。
それで少しでも、自分も、阿門も、寂しくなくなればいい。

(阿門が寂しいかどうかは、わからないけど・・)
このままだと、ずっと同じことばかり考えてしまう。
今もそうだ。少しでも油断すると、すぐ同じことばかり考えてしまう。

さびしくて、前に進めない状況に苦しんで。
自分の情けなさに、絶望するばかりで。苦しくて。

『おかえりなさい』『いってらっしゃい』
それだけで、少しでも気が紛れるなら。

(思い切り嫌がられちゃうかもしれなけど、さ・・・)
そう思ってほんの少しだけ笑ったとき、視線の先の空気が動いた。
豪華な玄関の鍵が解除され、開かれる。

「・・・・・・」

扉が開かれて、外の冷たい空気が流れ込む。
新鮮な空気を吸いこんでから、怪訝そうな視線をよこす相手に向かって笑った。

「おかえりなさい」


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