薄暗くかび臭い部屋が一瞬だけ稲妻に照らされる。
窓から降り注ぐ雨は赤い文字を書き散らした床の上に溜まっている。
ベットに座る部屋の住人はうつろな眼で自分の膝を見つめていた。どこか幽鬼のような青白い横顔には狂喜だけが浮かんでいた。
部屋の中は静寂を突き破る稲妻の音と激しく床を、壁を、窓を打つ雨音だけが響いていた。
ふと彼は眼を上げると、字の塗料が溶けて赤い水たまりと化したものへ視線をやる。
まるで血のような水たまり。
そして訪れる狂喜。
「ひゃ・・は」
彼は狂ったように静かに嗤いだす。
稲妻が夜をはしる。
布を引き裂くように、闇をつんざく。
部屋が照らされ、彼が左手に持つ赤い刃が光を放つ。
先ほど人を殺した。
生温かい身体にずぶずぶと入っていく美しい刃。
罪人であった。
女であった。
願いを叶える『JOKER』。
願いは罪人に罰を・・・永劫な死を与えることであった。
しかし、どこかで声がする。
音声では表せない、声。
『声』は言う、違うと。
自分でも感じる違和感。
俺ではない、俺ではダメなのだ!!!
夢で見た幻の中の女神のように美しいあの方。
あの方の真似をしてみても、夢の世界・・・「向こう側」を作りたくても、自分には無理なのだ。
あの方ではないと・・・・!!!
夢で見たあの方のようになりたくて、仮面をかぶり、人の願いをいくつか叶えてきたが違和感は拭えない。
「俺ならば・・・『向こう側』のような失敗はしないっ・・・・!」
夢で見た『向こう側』の自分。
ふがいなく顔の半分は醜く、最期にあの男とあの女に殺された。
血を流し苦痛の果てには救いなどなく、孤独な死に様。
哀れな『自分』。
夢に同調した時に感じたのは嘲笑を伴った嘲りであった。
ふと電子音が鳴り響いた。
雨音に支配された部屋に鳴り響く。彼は静かにベットの上に放って置いた携帯に手を伸ばすと耳元へと近づけた。
声は出さない。相手が話し出すのを待つのみ。
電話の向こうの相手は繋がって居ることに驚いたらしい。
かすかに息をのむ音がした。
しばらく無言の時が流れ、小さい、まるで呟きのような声が電波に乗って彼に届く。
『・・・・・・・・・あの・・・子を・・』
耳をすまさなければ聞き取れない声。
声は焦燥感溢れ、どこが哀しげでもあった。
まるで駆け込みの訴えのような。
『ーーーー殺して』
「あぁ・・・いいぜ。そいつを消してやろう。そいつの名は?」
『・・・・・・・・・・』
女が残した名には覚えがあった。
口の端を上げ、手に持ったもうすでに血が乾いてどす黒く鋭利な刃にまとわりついた小刀を目の前まで引き上げると、気が狂ったかのように嗤いだした。
これが運命というのか。
自分があの父親に、ここへ押し込まれたのも、夢を見たのも、電波を受けたのも・・・・。
彼は嗤うのを止め、手に持った鋭利な小刀をもう片方の手で握りしめた。
痛みで現実を実感する。
雷がその瞬間激しく光り、その後に大音響でどこかに落ちていった。
激しさを増す雨音。
彼は肩を震わせたかと思うと、大声で叫びそして嗤った。
「ひゃはー!!!!ひゃーははは!!!!!」
女が残した名前は・・・・。
天野舞耶。
稲光がまるですべての始まりを合図するかのように空を明るく染める。
照らされた部屋の壁には赤い文字で書かれた「マイヤの託宣」。
雨音が嗤い声を消していった。
<END>