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懐かしの我が家
前編


理性の界という壁のない空間で、唯一存在を誇示する道の上の事だった。
「アイテムが足りないな・・」
準備万端で乗り込んできたものの、珠間瑠城攻略から続けてのダンジョンの上に敵も強く、あれ程用意していたアイテムがもう残り少なくなっていた。
「あぁ〜〜ん、お腹減ったー」
うららさんはそう言うと、がっくりとその場に座り込んむ。
確かにもう何時間も飲まず食わず、おまけに眠っている暇がないので極度の睡眠不足に皆陥っていた。
連日の戦いで、皆が皆限界をとうに越えているほどの疲労を抱えている。
ペルソナを呼び出すという行為も集中力と精神力、気力が重要で今の状態が続けばそれすらも出来なくなる恐れすらあり得る。
「そうだな、一度下に戻るか」
兄さんが皆を見回してそう言った。
「そうね。態勢を立て直すのも必要ね」
舞耶姉が兄さんの言葉にうなずく事で、一度街に戻ることが決定した。

しばらく歩き回って見つけたアラヤ神社へ続く扉を開き、街へと戻ってきた。
何かというとこの神社だ。すべての「始まり」であった場所。
ここで始まり、ここで出会い、ここで再会し・・・そしてまた「始まり」という罪を犯した。
すべてを「無かったこと」に、大切な人たちと出会い築き上げてきた絆を断ちきることで得たこの世界。
俺達がやったことは人から見れば、利己もいいところに写るかもしれない。
だけど、誰になんてののしられてもいい。
あの時はそうするしか道がなかった。いや・・・あったのかもしれない。だけど、俺達にはそれを選ぶことが出来なかった。
「達哉?」
ふと後ろから声をかけられた。声でわかる。「こちら側」の兄さんだ。
振り向くと何か言いたげな兄さん前を素通りして、先を行こうとしている舞耶姉さん達の後を追う。
通り過ぎるときにかすかに聞こえた声。
「・・・そんな目を・・するな」
瞬間、胸が小さく痛む。わき上がる感情は何て言うのかはわからない、だけど・・・ふいに泣きたくなった。
ばかだな、泣けるわけもないのに。涙を流すことすら俺には許されるはずがないのに。
今自分はきっとひどい顔をしているに違いない。見られたくなくてうつむくと、足早にアラヤ神社から外へ出ていった。

「買い出しは後で合流してから分担してやりましょう」
「おう、じゃ、今日はひとまずゆっくり休もうや」
「明日の午後2時にここで合流ね!」
蓮華台のロータス前で待ち合わせ時間の確認をし、みんな嬉しそう「今日は帰ったら何をするか」など言い合っていた。
俺は一人輪から離れて「こちら側」で買った真新しいジュッポライターのふたを弄んでいた。手になじんだものではない。
違和感を感じるたびに、自分の「罪」のほどを思い知る。
本当はここにいるべきではない自分。
本当ならば一人で戦わなければならないのに。
休む事なんて許されるはずがないのに。
「達哉?」
気が付くと兄さん達が心配そうにこちらを見ていた。この大人達と合流して以来いつもこんな眼差しで見られているように思える。
それもただ、上辺だけではなくて。心から相手のことを心配している眼差しなだけに、申し訳なく思えてならない。
俺なんて心配されるほどの価値なんて無いのに。
きっと真実を知れば、この眼差しは無くなるだろう。
きっと、真実を、俺の犯した罪を知れば・・・・。
「大丈夫?達哉君」
舞耶姉が心配そうな声をかける。
瞬間、先程の言いようのない感情がせり上がってきた。先程のよりも強い感情。今にもあふれ出そうなものをぎりぎりで耐えて、
無理矢理慣れない笑みを浮かべた。
「何でもないよ。気にしないでくれ・・・ちょっと疲れただけだから」
あぁ・・そうなんだ。きっと疲れてるからだ。
だから・・・きっと何でもないんだ。
心のどこかで「違う」と声がする。けれどその声も押さえ込んで、無理矢理そう思いこんだ。
「そう・・・。じゃ今日はゆっくり休んでね」
「マーヤ行くよ〜」
「うん。それじゃまた明日」
舞耶姉はかすかに疲れを感じさせる笑みを浮かべると、うららさんと連れだって歩いていった。
「それじゃ、俺もヤサに戻るか」
パオフゥさんは煙草を足下に放り捨て、「坊主もちゃんと寝るんだぜ?」と言葉とともに俺の頭に手をやった。
そのままくしゃくしゃと乱暴になで回す。俺はその手から逃げようと半歩下がる。
この人は苦手じゃなかった。どちらかというと、好きに近い。このパーティーの中で一番話しやすい人だった。

実の兄よりも。

そう思ったときに、ふと気が付いた。
このままだと確実に家に帰らされることに。あの家は俺の家じゃない。
「こちら側」の『達哉』の家だ。
俺は「こちら側」に来て以来家には戻っていない。安いホテルか野宿が主だった。
「パオフゥさん、頼みがあるんだ」
ふいに逃げるのをやめ、俺は彼の目を見上げた。
「なんだ?」
兄さんがパオフゥの隣から俺を見つめていた。
その視線を痛みを感じながら気づかないふりで受け止め、続けて言葉を繋いだ。
「あんたの家に行ってもいいか?」


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