フォントサイズを自由に変更できます

読みやすいサイズをお選びください

*オリジナル小説*
空を掴もう

真夏の太陽がアスファルトを妬き、生ぬるい風が顔に当たる。
午後の陽射しがまぶしい。
私はセミの大合唱の中、木陰にある公園のベンチに腰掛けて冷たいかき氷を食べていた。
キンと頭に響くほどの冷たさが心地よい。
夏にはかかせない痛さだよな、と妙に納得する。

ギャギャギャ・・・

「やったー!取れた〜!」
急に聞こえた声の方を向くと、小さな男の子が2人網を手に持ち、その網の中から捕まえたらしい。セミを掴み出していた。今はめっきり数が減ったクマゼミで、捕まえた男の子は大物に満足したように笑っていた。もう1人の男の子はそれを羨ましそうに見ていた。
(懐かしいなァ〜)
自分もこの子達と同じ位の年頃の時、セミ取りを競い合った思い出がある。
ありふれたアブラセミよりも、ミンミンセミやクマセミがポイント高く、より多く捕まえた子が勝ち。
何も賭けたりはしないけど、勝ったら嬉しかったものだ。
(あの頃は・・毎日夕方まで走りまわっていたっけ)
『あの頃は・・』とか言い出したら、その時点で歳を取った証拠だと、どこかで聞いた。
何時の間にこんなに歳を取ったんだろう?ついこの間までは元気に外を走りまわっていたのに。
(22歳なのに・・・私も歳だよねぇ・・精神的に・・)
はぁ・・とため息をついた。
(一体なんでこんなとこに居るんだろ・・)
家に居たくなくて飛び出してきた。
人気の多いところは嫌で、辺りをウロウロしていたら・・この公園を見つけて涼しいベンチに落ちついたわけだけど。
「はぁ・・」
また一口かき氷をほおばる。冷たいイチゴ味の氷が口の中で溶けていく。
心の中の焦りや不安も、一緒に溶けてくれないかな。そうすれば気が楽なのに。

短大を卒業して、就職して3ヶ月で辞めた。何故辞めたのか、どうして辞めたのか。
何がダメだったのか。
1年経った自分は、とうの昔に気が付いていることだ。
皆は言う「甘えてる」「限界だったから仕方ないんだよ」「会社の対応が悪い」。
慰められたり、けなされたり。陰で言われたり。
色々思うところはある。甘えてる。確かに。どうしようもないほどに。
会社が悪かった。そう、それもある。
・・・でも一番の原因は。
(・・・とうの昔から気が付いてるさ・・)
辞めてからずっと短い時間のバイトしかやっていない。余った時間のすべてをダラダラと過ごしている。
『こんなんじゃダメなんだ』
自分の中で声が聞こえる。それは日に日に強くなって、私を追い詰める。

同じ歳の友達や知り合いは、就職活動を始めたり続けていたり。
聞くたびに焦りが積もる。

『私は?』

・・・このままじゃダメなんだ。

『比べて私は?』

・・・このままじゃダメなんだ。

「暑いね〜これから泳ぎに行こうよ」
「そうだね。水着取りに戻るか!」
「うん!」
ぼんやりと眺めていた先の男の子達は、元気よく走り出した。これからプールにでも行くのだろう。
(・・・良いな・・・涼しそうで)
空を見た。良い天気。雲一つない青空。時計を見た、丁度2時。一番暑い時間。
「・・・・・私も泳ごうかな」
ここでどうしようもない考えに浸っていても不毛なだけだ。
私は思い立つと、近くに留めておいた自転車に跨り走り出した。

水着を受付で借り、タオルを数枚購入する。咄嗟にやってきても泳ぐのには支障はないのが救いだ。
中学以来水着を着ていない。泳ぐのも15歳以来なのだ。
着替えてシャワーを浴び、さっそく水に入る。
市営のプールは広く、子供が多かったが、深い競泳用プールには人はまばらだった。
水に入ると、子供の頃に一度来た時のことを思い出す。
(確か足がつかなくて溺れそうになって慌てたんだっけ)
今では余裕で足をつける。そう小さくない身長に感謝した。

幸い泳いでいる人も少なくなった。自分が居るコースには人は居ない。
ゴーグルも何もしていない。数年も泳いでないし身体を動かしていないから、
25メートルも泳げないだろう。
それでも、泳ぎたくて仕方なかった。
壁を蹴り、水をかく。足を懸命に動かす。
・・・私は小学5年生までろくに泳げなかった。ずっと自分は運動が苦手だと思っていた。
実際はそうではなく。球技や瞬発力を要する競技は普通もしくは少し上手にこなせた。
何かを探るように水を掻く。
果てに何か大事なものがあるような気がして必死に水を蹴る。
・・苦手だと思ってたのは。
『自信がなかったから』

自信がない。今でも今までも。
私はいじめられっ子だった。苛めと言っても、塾でトイレに閉じ込められたり、学校でクラスで無視をされたり。
ドッチボールをやる時、チーム決めるとき。一番最後に余っていた私。

私は嫌われ者だから。
ー・・・否定される存在
私は居なくても良い存在だから。

ずっと誰かにすがって生きていた「あの頃」。
自信など持てるはずもなく、いつも誰かにへこへこと腰低く従う自分が嫌いだった。


私が泳げたあの日。始めて50メートル泳ぎきったあの日。
今でも覚えてる。

泳げないからという理由で、担任の先生に泳ぎを教えてもらっていた。
先生はたびたび私に言った。
『絶対泳げます。自信を持ちなさい』
1人だけ皆から離れて特訓する。・・5年生の夏中、それが続いた。
クラスの女の子達は私を影で笑っていた。
泳げるはずが無いと。
ようやく12メートル泳げるようになった頃、学年対抗水泳大会が企画された。
私を気まぐれに無視をして楽しむ女の子が、50メートルリレーに私を推した。
泳げないのに。
泳げるわけが無いのに。
クラス中が意図を汲んであざ笑った。泳げるはずが無いと。
悔しさに拳を握り締める私。

大会当日まで頑張っても25メートルは泳げなかった。
大会の朝、登校中に先生に出くわした。先生は何も言わないで肩をたたいた。
声には出さないけど、『頑張れ』と。
ほんの小さな勇気だけど。ほんの少しの意地だけど。
『負けたくない』
そう思った。
泳ぐためにスタンバイする直前、クラスの女の子が声をかけてきた。
「どうせ泳げないから皆期待してないよ」
私は言った。「泳ぎきったら、謝れ」と。
彼女達はバカにしたように笑うと、うなずいた。表情がどうせ無理だと語っていた。

必死だった。死んでも良いとすら思った。
負けたくない、負けて溜まるか。
悔しさが原動力になった。死ぬ思いで水を掻く、足を動かす。
一度も諦めないで、ゴールにたどり着いたとき。
順位は3位と聞こえたとき。

空は青々しく、どこまでも透き通っていた。
私の心も。
始めて『負けないこと、諦めない事』を体感した日。

「っはぁ!!!」
私は思いきり水から顔を出した。霞む目をこすりながら振り向くと、
「・・ブランクあるわりに、泳げるじゃない」
25メートル先まではあと少し。
けれどもう体力の限界だった。私はそのまま上を向いたまま水に浮かぶ。
泳ぎながら思い出した空と、今見上げている空。
違うけど同じ空。
泳ぐことで思い出したこと。
泳ぐことで忘れていた大切なこと。
諦めない事。
自分に・・負けないこと。
ほんの少しの勇気。

私はきっと諦めていた。
誰かと比べたり羨んだり。自分に自信が無いと思うことで。
諦めていた。

私は空を見上げたまま、水の中に沈んでいった。
水中から見上げる空が好きだった。
光がまぶしいくらい、青が霞む。
手を伸ばせば届きそうな空。

『きっとあの頃みたいに、まだ頑張れる』
自分に負けたとき。諦めたとき。
・・・大事な『空』を手放してしまうんだろう。きっと。
私は反転すると、泳ぎ出した。ゴールに向かって。
空を掴もうと手を伸ばして。

<終わり>


【感想切望!(拍手)


<その他TOP> <TOP>