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心が痛むわけ〜存在否定〜
前編


「お腹が痛い・・・気がする・・」
そうぽつりと起き抜けにティーダが呟いた。
月曜の朝、先ほど開けたばかりのカーテンから差し込む日差しは明るく、一緒に開いた窓から入ってくる朝の涼しげな風も心地よい。
最近色が明るい茶から金色へと変わりつつあるティーダの髪が目にまぶしい。
しかしその持ち主は、上半身を起したまま腹の上に手を置いて俯いている。
「・・・気がするだけか?」
「・・・痛い、と思う」
はっきりしない養い子の態度にアーロンは目を細めた。
「どの辺だ?」
「・・この辺り・・」
ティーダが手でかばうように押さえている場所は、胃のある辺り。アーロンは更に眉間に皺を寄せた。
「どんな風に痛む?」
「モヤモヤする感じ」
「・・・酷く痛むか?」
「・・・・・・・」
ティーダは一瞬戸惑ったように肩を揺らしたが、やがて首を左右に振った。
「そうか。胃薬がある、それを飲んで行け」
当然その態度に気が付いたが、口には出さずにアーロンは部屋を出た。
部屋を出る瞬間小さなため息が聞こえた。

「アーロン・・」
「席につけ」
身支度を済ませ居間にやってきたティーダにそっけなく言い放つ。ティーダはまだ何か言いたそうにしていたが、大人しく椅子に腰掛ける。
食卓には暖かな味噌汁にお茶漬け、半分の大きさの目玉焼きにベーコンのホウレン草の炒め物。どれも出来立ての暖かさと湯気を立てている。
「・・・これ?」
ティーダはお茶漬けを見て、アーロンに視線を投げる。
「胃が痛むのだろう?本当は粥が良いのだが、お前は食べないからな」
「あ、ありがとう・・」
ティーダははにかむと、スプーンを手に取り食べ始める。胃が痛いと言う割に、勢い良く食べて行く養い子にアーロンは微かに安心したように眼差しを和らげた。
出会ってから3年、少年を庇護するべき母親が愛する夫の後を追うように亡くなってから2年半、初めは警戒して会話すらもままならなかったが、今ではすっかり打ち解けた間柄になっていた。
まだ、若干恐れや遠慮が見え隠れするが・・・。
しかしここ最近のティーダの態度は何やらおかしい。
出会った頃は7歳であったティーダも、10歳になり失われていた笑顔も戻ってきてよく笑い遊び、快活な印象を持っていたのだが。
最近ではその快活さも影を潜めている。
笑っていても、心からの「笑い」ではなく、どこか無理を感じさせていた。
何に思い煩っているのか。
無理に聞き出すつもりはなく、ティーダが言い出すのをアーロンは待っていた。
「あの・・」
「なんだ?」
「・・・・・今日の晩ご飯何?」
「そうだな。何にするかな」
「・・ハンバーグ食べたいな」
「胃が痛むのだろ?」
「痛いけど、そんなに痛くないから平気!だからさ〜」
「そんな油断が病の元だぞ?」
「良いじゃん。俺若いんだしさ」
ガタン、と椅子を引き立ちあがるティーダを見上げる。その顔に浮かぶ表情は口調と言葉に対してどこか翳りが見える。
「じゃっハンバーグ楽しみにして、行って来るね」
「・・・・・・あぁ。行って来い」
「今日さ、嫌な・・テストがあるんだよね。まっ頑張って来るッすよ」
「待て。薬を飲んでいけ」
「へいへい」
薬と水を貰い、ティーダは眉をひそめた。
「普段、お前も俺も胃薬など飲まんからな。苦いが我慢してくれ」
「うへー・・・苦そうな色の薬だこと」
粉薬は嫌いなんだよな、とぐちぐち言いながらも、水を口に入れ濃い緑色の粉を流しこむ。
「うぉえ」
「ほれ」
「さんきゅ」
口直しの緑茶をかぶ飲みする。
「うっし!」
バタバタとあわただしく玄関へ向かう。
「?何?」
珍しく見送りに来ているアーロンにティーダは不思議そうに聞いた。
「何もないが。行って来い」
「変なの。それより連続テレビ小説始まっちゃうよ?」
「オープニングくらい見逃しても死なん」
「そうっすか。じゃ、いってきま〜す」
ドアを閉める瞬間、小さな呟きがティーダに聞こえた。
「・・・・・」
瞬きを忘れてティーダはその場に立ち尽くした。数秒立って後ろ髪を引かれるように走り出す。
(び、びっくりした〜っ)
『頑張れ』だなんて、言われるとは思っていなかった。
どんな意味なのか、聞きに戻りたい気持ちだが。あの養い親はきっと何も言わないだろう。
(・・・もしかして)
もしかして自分が学校に行きたくなさそうなのはバレバレだったのだろうか。
朝からずっと、言いたかった言葉。
『学校休みたい』
胃が痛いのは本当のことだから仮病でも何でもないのだが。
我侭なのは百も承知で。
朝、アーロンに起される前に本当は起きていた。ベットの上でダラダラとしていたのは、そこを出たくなかったから。行きたくないワケを思い出して胃が、心が痛くなって。
(行きたくないって言おうとして)
言えなかったのだ、結局は。
行きたくない理由も、行きたくないと思ってしまう自分の弱さも、アーロンには見せたくなかったから。

温かい心使いに、勇気を奮い立たせて、少年は”戦地”へと急いだ。

学校の校門前で立ち止まる。深呼吸を一つして、ティーダは再び駆け出した。
辿り着いた昇降口に見知ったクラスメートを見かける。再び深呼吸をし、大きな声で挨拶をする。
「おはようっ」
「・・・・・・」
相手は確かに自分を振り向き、自分を見た。が、そのまま視線をそらして行ってしまう。
それを見送り、ティーダは苦笑いを浮かべた。胸がちくりと痛む。
ふぅ、と息をつき、気を取りなおすと靴箱に寄り自分の名前の書いてある場所の蓋を開ける。
「・・・またっすか」
小さな声で呟く。靴箱にはあるべき上靴はなく、ゴミと思われるものが詰めこまれていた。
とりあえず音を立てて蓋を閉めると、靴を脱ぎ校舎に上がる。昇降口の近くにあるトイレに備え付けのゴミ箱を掴むと、靴箱まで戻り中身のゴミを突っ込んだ。
(今日は生ゴミじゃなくて、良かった)
毎日の日課となってしまっている事だが、やはり生ゴミを掴むのは気持ちが悪い。
靴を開いた靴箱内に放り込む。そのままゴミ箱を抱え元に戻すと教室ではなく正面玄関へ向かう。一般生徒が出入りする門ではなく、来客専用の入り口なのだがそこには来客用のスリッパもあり上靴を忘れた生徒にも自由に貸し出していた。
「おはようございます〜」
受け付け窓に座る事務の女性にティーダはにこやかに挨拶をする。
上靴はたびたび行方不明になるので、気が付けばこの女性とも顔見知りの仲になっていた。
「おはよう。今日も上靴忘れちゃったの?」
「うん、また借りるね」
「忘れないように手に平に書いておきなさいって、ね?」
「うーんそれを忘れちゃうっす」
「そんな事言ってると早くボケちゃうわよ」
「あはは、じゃまたね」
上靴代わりのスリッパを履きこむと、ティーダはぺこりと女性に頭を下げ急いで駆け出した。もう少しでベルが鳴る。遅刻はしたくはなかった。

教室前の廊下で立ち止まる。
(居る居る・・・毎度ご苦労なことで)
教室の入り口をふさぐように立っている集団に眼を留めて、ティーダはため息をついた。そのうちの1人がティーダに気が付いた。あからかさまな指差しにティーダはムッとして睨みつけた。
(・・・絶対負けてやるか)
ティーダは覚悟を決め、ゆっくり教室へ向かう。
入り口前の集団の所で立ち止まる。
「おはようっす」
「な〜昨日のテレビさ〜」
「そうそう。面白かったよな」
「そういや宿題やってきた?」
「やってねーよ」
人数は4人、いずれもティーダを視界に入れつつも見ようとはしない。
こちらの声など聞いていないかのように。
自分の姿がまるで見えていないような風に。
無視を決め込む。
「・・・どいてくれない?」
言っても無駄なのは判っていた。ここでわざわざ出入り口を塞ぐように立っているのはティーダを入れないため。遅刻させるため。
上靴を隠したのもゴミを入れたのも、この目の前に居る集団の仕業。
何を言っても無駄なのは身を持って知っていた。
ティーダはいわゆる集団苛めのターゲットにされていた。苛めが始まったのは2ヶ月前。今目の前に立っている背の高い少し太めの少年・・イサーデという名前だが・・の家に呼ばれたのが始まりだった。
呼ばれて遊びに行って、気がついた。
確かに招待されたはずなのに、家の中にも入れてもらったのに。
・・・まるでそこには居ないように扱われた。
もう1人呼ばれていた友達ジュムラと2人して、自分を完全にシカトした。
呼んでも無視をされ、1人疎外された。
気のせいと思ってた。
もしかしたら呼ばれた日を間違えてそれで怒っているのかもしれないとも思った。
もしかしたら自分が気づかないうちに、何かしてしまったのかもしれない。
ティーダは謝った、がそれすらも無視をされる。
無理やり肩を掴んで振り向かせてみれば、まるで汚いもののように振りほどかれ無視をされる。
ティーダは溜まらずに逃げ帰った。帰り道悔し涙や悲しみが溢れそうだったが。無理やり押し殺して家に帰った。

それ以来、学校でも無視をされる日々が続いている。それも1人2人ではなく、イサーテの集団に入っている、ティーダが『友達』だと思っていた者達は全員、ほとんどのクラスメートが。
自分の存在を否定し、自分の存在を嘲笑う。
嫌がらせにももう慣れた。
陰口だって、慣れた。
だけど・・・・胸の、心の痛みは治らない。
そのたびに、心から血が流れている。
自分の存在を真っ向から否定されたような気分になるから。
自分を見てくれる存在が居ない。
それはとても辛いことで。とても孤独なことだった。
リンクして、昔のことも思い出す。父ばかり見ていた母親のこと。最後まで母はジェクトしか見ていなかった。自分のことを見る存在が居ない。

(けど、今はアーロンが居るから)
アーロンは最初から自分を見てくれていた。今まで母親が見てくれなかった分、『見て』くれている。
(だから、頑張れる)
今朝の言葉を思い出し、ティーダは身体に力をこめた。
「どけって行ってるだろっ!」
大きな声を出しても反応しない。
だがそれは、無視をされると予測して言った事で。次の瞬間行動に移した。数歩下がると勢い良く走りだし跳躍する。驚いて頭を下げるのが人間の反射というもので、その上を棒高跳びでもするように飛び越えると一回転し着地した。
放り出した荷物がその周りにどさどさと落ちてくる。
ティーダはそれを素早く拾うと、席へ急いだ。
(ふん。どうせ居ない人間、透明人間が何したって文句ないよな?ざまぁみろって)
何やら赤い顔をしてこちらを睨みつけてくる集団に無視を決め込み、椅子に座る。
チャイムが鳴り、先生が入ってきたのはティーダが席についてすぐだった。

時間がゆっくりと過ぎて行く。授業が始まり、先生の話が耳から耳へと通過する。
学校は勉強をする場所だから、勉強さえしていれば良い。
友達なんか、要らない。
1人だって生きていける。
自分は大丈夫だ。
机の上で握りこぶしを作り何かに耐えるようにふんばる。

休み時間は椅子の上で過ごした。ぼんやりと窓から見える空を眺める。
教室内に居る、イサーデ達がティーダをちらちらと見ながら笑う。
「あいつさ〜上靴また持ってきてないぜ?」
「あいつって誰だよ?」
「あいつだよ、名前?忘れた」
「ジェクトの坊ちゃんだろうが」
「そういやそんな名前のブリッツ選手も居たよな〜」
聞こえよがしに聞こえてくる会話を耳に入れつつ、ティーダはなおも空を見上げる。
聞こえていないように振舞いながらも、唯一微かに震える握りこぶしだけがティーダの激情を表していた。
(・・・・・・タスケテ)
泣きそうになるのを目に力を入れて我慢する。あいつらの前で泣かないことだけが譲れない一線だったから。

4時間目の授業は体育だった。ティーダが「行きたくない」と思っていた原因の時間。
身体を動かすのは大好きだったが・・・。
今日の体育は体育館でやるらしい。ティーダは嫌な予感を感じてため息をついた。
「皆揃ったな?じゃぁ準備運動をする。2人1組になってくれ」
(きたっ)
がやがやと周りは2人組みを作って移動する。クラスメートは偶数人数なので2人組みになって余るはずはないというのに、ティーダは1人ぽつんと取り残された。
イサーデやジュムラ達が自分を見ながら嫌な笑いをしているのを感じた。
心が裂けそうになる程痛む。
ここから逃げ出せたらどんなに幸せだろう。自分が嫌われ者だと嫌でも自覚せずにはいられない一瞬。誰も自分を・・・・・。
「ん?ティーダは1人か?」
「・・・」
泣きそうになるのを堪え、うなずく。
心の中で泣き叫んでいる自分が居た。
「そうか。お?おい!そこ3人じゃないか。1人こっちに来てティーダと組んでやってくれ」
教師の何気ない一言にも傷つく。

自分はそれ程・・・・・・・・・。

それ程。

心の奥に嫌な澱みが凝っていくのを感じる。
黒くて、重い、沈むモノ。
「・・・・っ」
心が痛くて、胸を押さえた。
「どうした?」
「何でもありません」
そんなやり取りをしていたら、先ほど呼ばれた三人のうち1人が渋々といった面持ちでやってきた。
「よし!2人組みになったな?始めてくれ」
ピィーっと笛の音が鳴り響く。
「・・・」
「・・・・」
ティーダとその少年は向き合う。相手は嫌そうにしている。
つくん、と胸がうずく。
周りがやるように、準備運動を始める。相手が自分に触れるたびに、まるで汚いものを触るように顔をしかめるのをティーダは黙って見ていた。
自分が生ゴミを触る時に、浮かべる表情と同じだった。
「終了!よし、集まってくれ」
再び先生の声がするまでの時間は途方もなく長く感じた。
相手は手をパンパンと音を立てて払い、体操着で拭っている。
つくん、と痛んだ。
怒りよりも悲しみが多い。
「これから男子はバスケットボールをやってもらう」
先生はそう言いながら背後においてあるダンボール箱を前に押し出す。
「5人ずつに別れてくれ」
「別れ方はどうするんですかー?」
「好きな人間同士でいいぞ?」
「よっしゃ〜」
「おい一緒に組もうぜ」
「あいつらにだけは負けられないね!」
がやがやと子供達が移動する。ティーダは座りこんだまま、ぼんやりしていた。
どうせ余るのだから、先生が適当に入れてくれるだろう。
誰も自分を入れてくれる気なんてないに違いない。
諦めの境地でぼんやりと楽しそうにしているクラスメートを眺めていた、その時。
「ティーダ?こっち来いよ」
そう声がした。
「え?」
びっくりして自分の名前を呼ばれた方を見た。
まず目に付いた顔はイサーデとジュムラで。ティーダを呼んだのはその2人以外の2人だった。いずれも2ヶ月前までは仲の良かった友達で。
「ティーダ一緒にやらないか?」
「え?」
思わず間抜けな顔つきになりながら、近づいて行った。
「一緒にチーム組もうぜ!」
そういう以前の友の笑顔には一片の翳りすらない。こんな目にあって相手の顔色を伺いながら生きているせいか、相手の目で大抵本心は読み取れた。読めない人間も居るけれど、根が単純な目の前の友の場合は簡単だった。
「だけど・・」
そう言いよどんでティーダはイサーデとジュムラを見た。彼らは2人で何かを話している。こちらを意識しているわけでもないようだ。
「あいつらが呼んで来いって行ったんだぜ?」
「え?」
「じゃ、先生に言って来るな」
楽しそうに先生の元へ走って行く彼を見送り、ティーダは俯いた。
(何か・・・なんだろう?モヤモヤする)
けれど、心の何処かで喜んでいる自分が居る。自分の存在を認めてもらって。
(ここに居ても良いって言ってもらったみたいで)
だけど素直に喜べない自分も何処かに居て。
イサーデとジュムラを盗み見る。何か企んでいるのだろうか・・・?
「試合を始める!」
1試合目は自分たちの試合だった。相手チームのメンバーも、自分を無視しているグループ集団で。
ティーダは気を引き締めた。

スポーツは得意中の得意だった。元々普段からブリッツのジュニアクラブで鍛えているわけだし。身軽さには自信があった。
ティーダは相手からボールを奪い、目に付いた味方へパスを出した。
ダーンダン・・・。
ボールが空しくコート外に転がった。
「・・・・」
ティーダが出したパスを受け取ろうとしなかった。確実に受け取れるパスボールだったはずなのに、避けられた。
(・・気のせい?)
気のせいではなかった。パスは全て受け止めてもらえず、自分がゴール近くでフリーであっても味方からのボールは一度もない。前半戦終了後ティーダはチームメイトに食って掛かった。
「なんで真面目にやらないんだよ!」
けれど他の4人とも、ティーダを完全に無視をする。
「なぁ!」
自分を仲間に呼んでくれた彼を見たが、目をそらされた。
「無視すんなよ!」
ピィー!と後半戦が始まる合図が響く。コートに戻るためにティーダの横をすれ違い様、ジュムラが言った。
「バカじゃねぇの?ちょっと仲間に入れてやっただけでほいほい入ってくるなよ。・・・めざわりなんだよ、お前は」
「・・・・・っ」
ティーダは立ち尽くした。
2ヶ月半の無視や陰険な嫌がらせにはなれたが、ここまではっきりと悪口を言われたことはなかった。
つくん、と胸が刺された様に痛んだ。
「泣くのか?」
トドメの様に聞こえた呟き。言ったのはイサーデで。彼らは顔を見合わせるとバカにしたような笑い声を立てた。ティーダは俯いたまま、握った拳が白くなるほど力をこめた。

(・・・・・・マケタクナイ)

逃げたい。逃げ去れたら全ての苦しみから逃れられる。
だけど。

だけど・・・。

(負けたくない)

『泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ』

(大嫌いだっ、お前等なんかっ・・・負けないっ!!!)
ティーダは顔を上げ、勢い良く振り向いた。自分を見ていた奴らを平然と見返す。
相手は思いがけないティーダの反応に意表をつかれた面持ちで立ち尽くしている。その間に開始の合図がなる。
ティーダは駆け出した。
今まで無意識にセーブしていた能力を如何なく発揮し、ボールを軽々と奪いゴールまでドリブルし速攻でシュートした。
表情は無表情で、その分鬼気迫るものがある。
「ティーダからボールを奪え!」
敵チームが猛攻をかけるが、ティーダは持ち前の身軽さでかわして行く。
1人でボールを奪い1人でシュートする。
味方がボールを受け取らないのならば。
味方がボールをパスしてくれないのならば。
(俺が同じコトしても、文句ないよな?)
ブリッツをやっている身として、同じチームプレイが大切なゲームで、チームプレイを無視した行為は、ティーダが最も嫌がる行為だった。
1人でやっても楽しくはない。
何の為のチームプレイなのか、ティーダはその意味をすでに知っていた。
だが、『今』は。
その一線すら譲ってしまう。後で自己嫌悪に陥ろうとも。

自分の意思を。(ボールをカットし奪い取る)
存在を全否定された『自分』の意思を。(その位置でシュートする)
大声で言うかわりに。(相手のパスボールを奪い取る)
皆に見せつけるために。(ドリブルをし、速攻でシュートする)

・・・・『負けないから』・・・

周りが圧倒され、周囲は静かになった。
ティーダの異常なほどの動きに誰もが魅せられた。
まるで羽根があるかのように、舞うように。
軽やかなリズムで力強く動く。
ボールを手にした後の動きはそれこそ一瞬としか思えない素早さで。

ティーダを侮蔑した者たちも。
ティーダを無視せねば、ならなかった者達も。

誰もが魅せられ、同じコートに居る者たちは翻弄された。

イサーデははっとしたように、大声を上げた。
「何、ぼさっとしてんだ!」
「畜生っあいつ!」
「ティーダぁっ!!!」

次の瞬間。スローモーションのように目に焼きついた。
ティーダが空中に飛びシュートする一瞬の隙を、右側から凄まじい衝撃が襲った。
目に焼きついたのは体当たりしてくる同じチームである味方の顔。
自分をチームへと呼んでくれた元友達・・・。
瞬間体重の軽いティーダは勢い良く吹っ飛ばされ、壁がわに置いてあったバレーボールに使用する鉄柱に激突した。
頭を強打し、視界が白く染まる。
グラリと倒れこむ鉄柱。
悲鳴。

気が付けば、白い清潔なベットの上だった。
目にうつったのは少し黒ずんだ天井。
視界を巡らせれば、涼しげな風にあおられたなびく白いカーテン。
「った・・」
頭を動かすと激痛が走った。
「おや?起きたのかい?」
周囲を仕切っていた薄水色のカーテンをシャっと音を立てて開けたのはがっちりとした身体の保健室の先生で。彼女は優しげな笑みを浮かべると、ティーダに近づいた。
「あぁ、急に動くと傷が痛むからね。そっと起きるんだよ?」
「俺・・?」
「体育の授業で怪我したんだよ。運が悪かったんだね、鉄柱の下敷きになるなんてね」
「え?」
「ぶつかって頭も打ってるよ。下敷きになったせいで左足も怪我してる。見たところ骨折はしてないけど、ヒビくらいは入っているかもしれないね」
「あぁ・・」
「思い出したかい?」
「・・・はい」
「頭も少し切ってるし殴打してる上に、その足の怪我だろう?迂闊に動かせなくてね」
「・・・・」
彼女の優しげな声に泣きそうになる。
どうやら自分は酷く傷ついているらしい。
心の中の『自分』は血まみれかもしれない。
この足の怪我では、暫くはブリッツは無理だろう。もうすぐ試合でレギュラー入りを果たしたばかりだったのに。
心の中がボロボロで。意味をなさない叫びを上げて泣けたら楽だなと思った。
「あぁ。それから保護者さんに連絡しましたからね」
「え!?」
急にアーロンの事を言われ、目に溜まっていた涙も一気に引っ込む。
「貴方を病院に連れて行かなくてはならなかったからね。けど、自分で連れて行くので迎えに来るそうですよ」
「え?え?」
「もう着いたのではないでしょうかね?」
「えー!?」
ティーダは怪我のことも忘れベットから抜け出す。
「あぃったー!」
「あらあら。何を慌てているの。貴方の怪我は大怪我なんですからね?」
「せ、先生!アーロンはどこに来るって!?」
「生徒の昇降口よ。そこで待っていると言ってたわね」
「もう居るかもって・・?」
「だって、もう1時間も前に電話したんですから。もう着いてる頃でしょうね」
「は、早く起してよー!」
「保護者さんが起きてからでいいっておっしゃったのよ」
「くぬっ!ええっと今何時!?」
「今は丁度、お給食の時間ね」
「教室戻って、荷物とって・・」
「担任の先生にはもう許可ももらってますからね」
彼女はそう言うと、持っていた小さな紙袋をティーダに手渡した。
「早退届と、病院で見せる書類よ。忘れずに渡すこと」
「は〜い」
「ほらほら、急ぎすぎて転ばないようにね」
ティーダは彼女の楽しそうな笑い声を背に保健室を飛び出した。
飛び出したといっても、足の怪我があるので限度はあるが。それでも一生懸命動く。途中、体育着を着替えに体育館備え付けのロッカーにいそぎ、怪我に悲鳴を上げながら着替え教室へ向かう。
教室は給食の時間特有の騒然とした空気で、ティーダがドアを開いても気が付く人間はわずかだった。
足を引きずりながら自分の机に向かう。
次の瞬間立ち尽くした。
「・・・・・」
カバンが、如何にも激しく踏まれましたという様相で机の上に投げ捨てられていた。
そのカバンは、ティーダがスクールに上がる時に母親が買ってくれた思い出の品で。いつも父ばかりを追い求めていた母が、唯一、一緒に買い物へ行き一緒に選んだ思い出のもので。
今では最後の楽しく大事で大切な思い出の品になっていて。
「誰だよ!!!!!」
叫んだ瞬間涙が溢れた。
悔しくて哀しくて、そして怒り。
全てが同時に溢れて弾けた。
シンとする周囲を涙を溜めた目で睨みつける。
「誰だって言ってるだろ!」
「俺だよ」
「俺達だよ」
その声にティーダは勢い良く反応する。
「イサーデ!ジュムラっ!!!」
「何怒ってるんだよ。バカじゃねぇの?」
「そうそう。そんな汚いカバン持ってくる奴が悪いんだって」
「そうそう床と同じ色ダシなァ?」
「そうそう踏まれても仕方ないって」
「おまけに大げさな怪我とかしてさ」
「同情しろって言いた・・・」
イサーデの言葉は不自然に途切れた。ティーダはその隙に怒声を上げて殴りつけようと飛び掛った。
足が痛むが、心の痛さに比べれば痛くもない。
「このやろうぅー!!!」
拳がイサーデの頬にヒットする寸前、パシっと音を立てて止まる。
ティーダの手首を大きな手が掴んで留めていた。
「やめておけ」
「アー・・ロン」
どうしてここに居るの?とか。
なんで止めるんだ、とか。
言いたいけど、声が出なかった。
涙と呻き声を上げるティーダを見つめ手を離す。
「帰るぞ」
アーロンはティーダのカバンを手にし汚れを払う。中に適当にものを入れ込む。
「・・・・・」
俯き涙が床に落ちる。止め様がない涙。ティーダはもう隠そうともしなかった。
無様でも。
みっともなくても。
涙は止まらない。
「ティーダ・・・」
アーロンが心配げに呼ぶ。
「はっ、すぐ泣く」
『すぐ泣くなァ』
「泣いたって同情すら買えないって!お前は嫌われてるんだから!」
イサーデとジュムラの声に被さって父親の声がする。
痛い、痛い、痛いッ!
「・・・・黙れ」
アーロンがティーダの頭に手をやり傷に触れないように優しく撫でた。その手の優しさに反して、声は恐ろしく冷えきっていた。
ティーダからは見えないが、アーロンの表情も凄まじい怒気を発している。
イサーデもジュムラもその恐ろしさに下がる。
アーロンはティーダのカバンごと、ティーダを腕の上に抱える。
「・・失礼したな」
「お大事に」
担任の女性の声がし、アーロンが歩き出した。
顔を上げるが、速い速度で歩いているせいか、何も見えなかった。
あっという間に昇降口まで到達する。
「お前の靴は何処だ?」
「あそこ」
「・・・スリッパ?」
涙が止まらずに、アーロンの服で拭いながらティーダはアーロンの問にしどろもどろに答える。
「・・上靴なくしちゃって・・」
「そうか」
新しく買うか。とアーロンの呟きを耳にして何もかもばれてしまったのだと暗い気持ちになる。
きっと呆れられている。
こんな情けない子供の面倒を見るのは、もう嫌だってどこかに行ってしまうかもしれない。
1人には慣れたから。
アーロンには無理をしないでほしい。
『こんな奴』だから。
自分は小さな、存在すら・・人に認めて貰えないから。
だから、だから、だから・・・・・・。


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