リュックは今にも歯軋りをしそうな勢いで睨んでいた。
彼女の視線の先には、魔物と闘う三人の姿がある。メンバーはキマリ、ユウナ、そして新たに仲間に加わったカウト。
リュックは三人から少し離れたところで他の仲間達と待機しているのだが、リュックは落ちつきなく拳を震わせていた。
ティーダが隣から訝しげに見ているが、構ってはいられない。
(キマリのばかばかばかばかばかーっ!!!)
頭を巡るのはキマリへの罵りの言葉だけ。今にも声に出しそうなほど、リュックは怒っていた。
「!!!」
リュックは更に目を見開く。アルベド族特有の不思議な文様を称えた碧の眼が、更に怒りに燃えた。
目の前ではキマリがユウナをかばい血を流していた。
ユウナは慌ててキマリにケアルガを使い、傷を癒す。
ユウナに、大丈夫だと言うかのように微笑む、キマリ。
・・・それを辛そうな瞳で見ているカウト。
ちくり、と痛むと共に。
(ぐぬぅぅぅぅぅーっ!!!!!!)
リュックの怒りは更に増した。
ぐっと、抑えているが踏みしめた両足、握り締めて白くなっている拳、わなわなと全身震えていた。
今にも怒声を上げたい強暴な感情をリュックは耐えていた。
「てぇいやっ!」
カウトが固い甲羅に覆われた魔物へ飛びかかり鋭く突き刺す。
魔物は淡い幻光虫になって消えて行く。カウトが油断したその時、他の2匹がカウトヘ襲いかかった。
「!」
いつものカウトなら避けれる攻撃だが、どこか動きが鈍かった。
「「カウトーっ!!!」」
リュックは思わず悲鳴を上げる。同時にキマリも雄叫び、倒れこんだカウトの元へ走り魔物に斬り付ける。
2匹は傷を受けながらも生きていた。
次の標的は呆然としていたユウナだった。
「ユウナ!!!」
リュックの背後からたくましい声がした。アーロンだ。その声に我に返ったユウナがひらりと回避する。
「ユウナ!お前は下がっていろ」
そう言い放ち、アーロンは駆け出した。
ユウナとすれ違い、アーロンは持ち場に立ち低い声で言った。
「雑魚が、図に乗るな!!」
「リュック。さっきから殺気を感じるッス」
「おっ、ティーダ!ナイス駄洒落!」
「・・・・」
ワッカの合いの手に照れくさそうに笑みを浮かべたティーダを、ぎろん、とリュックは射殺しそうな眼差しをに向ける。
その背後で「ぷっ・・くくく・・」と吹き出している声が聞こえたが、構ってはいられない。
「ティーダのせいなんだからね!」
「一体何怒ってんだよ?」
ティーダはその碧の眼に圧倒されて数歩下がる。
「俺なんかしたっけ?」
「あんたがしっかりしないからでしょー!!!」
「はぁ?」
訳がわからないと困惑した表情でティーダはまだツボにはまって腹を抱えて笑っているアーロンを見た。
助けてくれ、とでも言うような視線を受け、アーロンはげほげほと咳き込みつつリュックに向き直る。
「こいつは直接的に言わないと理解できんぞ」
フォローになっていない!と養父に蹴りを入れるティーダだが、びくともしない。
「・・・・じゃぁ聞くけど・・・チィ、「かばう」か「鉄壁」覚えた!?」
「おどすとわいろは覚えた!」
「何してんだよっ!まずかばうを覚えてよ!」
「いや、だって・・おどすの楽しいじゃん」
「楽しいな」
と、顎に手を当ててうれしそうにうなずくアーロンをリュックはギロリと睨みつける。
「チィがそんなだから!そんなだからーっ!!!」
リュックは怒りのまま手を振り上げる。そのままティーダの胸を叩こうとしたが寸前で誰かの手に止められる。
「リュック!どうしだんだよ?」
手首を持って止めていたのは、少し離れてみていたはずのカウトだった。
「カウト・・・」
「どうした?」
「カウトん・・・」
リュックはとたんに力を抜いた。泣きかけたリュックを見て慌てたのはカウトだった。
「わ!わ!!!っ・・てめーら何したー!」
リュックをぎゅと自分の胸の中に抱きしめて、周りを見る。
ティーダは訳がわからないと首を傾げ、ワッカは何となく羨ましそうに見ている。アーロンはスフィアを構え撮影を始めてる。
カウトはそれを見てため息をつき、リュックを連れて皆から離れた。
ちろりと、キマリに目をやれば・・・ずくんと胸が疼く。
ユウナの斜め前に立ち、油断なく守るその姿。
痛い、と思ったとたん、
カウトに抱き寄せられていたリュックがぐい、と腕を引いた。
慌てて見下ろすと、リュックの碧の眼はまっすぐカウトを見つめていた。
そのままぎゅぅとぬくもりを与えるように抱き付いてくる。
カウトは照れくさそうに笑みを浮かべると、その髪をくしゃりと撫でた。
キマリがユウナをかばう姿。
好きな人が誰かをかばう姿は辛い。よほど心が広くない限り多かれ少なかれ嫉妬してしまう。
キマリがユウナを守るように立つ姿。
それが彼の役目だとわかっていても、ガードとして当然だとしても。
(見ていたくない・・)
キマリが傷つくのも見たくない。
守りたい。
カウトが辛そうに眼を伏せるたびに。
カウトが悲しそうにため息をつくたびに。
妬きこげそうな想いが溢れて泣きたくなる。
その悲しみから守りたい。
一行から少し離れた川辺に2人は落ちついた。並んで座り暫く動かない。
「・・どうしたんだ?って聞くのは・・・ヤボかな・・」
ぼそりとカウトが呟く。彼女は何となくわかっていた。
「・・・その・・・ありがと・・」
照れくさそうに言うカウトの髪をリュックは撫でた。
「・・・あたし・・怒ってるんだ」
「俺を?」
「違うっ!!!!」
リュックはカウトが間違った深読みをしないように、安心させるように、腕に抱きついた。
「対象は・・ユウナなのかキマリなのかティーダなのか・・わかんないんだ」
(カウトんが、哀しそうにする原因に、かな?)
カウトがキマリとユウナが寄り添っているのを見るたびに、悲しそうに目を伏せていたのをリュックはずっと見ていた。
リュックもカウトを見ていたから。
悟られない様に毅然と振舞うカウトを見るたびにリュックはやるせなくて怒りとも悲しみとも言えない気持ちで溢れた。
「あたし・・カウトんがとても好きだよ」
カウトという存在がとても好きだよ、とリュックは言った。
誰でも嫉妬をする。感情のうちで最も強く、共通するものだろう。
嫉妬と呼ばれる感情は、その人の内面を蝕む。
嫉妬する自分が、とてつもなく醜く感じても。
嫉妬の炎に焼き倒れても。
「・・・自分を嫌いにならないで」
リュックはそう言うと、言葉に出来ない想いをぎゅぅと抱きしめる事で伝えようとする。
そんなあなたも好きだから、と。
顔を見ていると上手く言えなくてもどかしい。
「・・・・」
「・・・・」
お互いが黙り込む。
がさり、と音がしたのはその時だった。
「!誰だ!」
カウトが素早く音のした茂みを向き、リュックをかばうように武器を構えた。
「・・・キマリ・・」
のぞりと出てきたのはキマリだった。その背後にスフィアを構えたまま地に寝そべり、草木に隠れているつもりらしいアーロンが見えたが構ってはいられない。
「・・・心配で見に来た」
「・・・」
カウトは答えない。言葉が見つからなくて。
カウトの代わりに、リュックが答えた。
「カウトんはあたしが幸せにするんだから!」
「は?」
脈略ない言葉に戸惑ったのはカウトとキマリだった。アーロンはグッと親指を立てて喜んでいる。
「おっさん・・・オヤジっぽいよ・・」
その横に身を伏せたままティーダが呟く。
「あ・・あのリュック?」
カウトが困惑して問いかける。
リュックは勢いよくカウトに向き直る。
どこから取り出したのか赤いリボンを手に取ると、角に結ぶ。
衝撃を受けたのはキマリだった。
「!!!!リュック!!!」
「カウト可愛いよv」
照れるカウトを見てにっこりを笑うと、ふふんと言うようにキマリに向かって不適に笑う。
「ロンゾ族はオスの角に何かを巻くことで求婚の意味があるんだ」
「え?マジっすか?」
「女から角に結ぶ場合は求愛だな。男同士だと・・・寒い世界だが」
どんな世界だと説明するアーロンに聞いてみたいが、ティーダは思いながらも口にしない。
カウトが両性具有だと言う事は知っている。
(そうっすか・・・リュックはカウトを・・そうっすかー)
まるで娘を嫁に出すような気分になり、なんだがちょっと寂しくなるティーダだった。
「キマリが何時までたってもわからずやだから!あたしがカウトんを貰うよ!」
「あ・・?えぇ?」
「っ!」
リュックの真剣な碧の眼と対峙して視線をそらさないキマリとの間でカウトが慌てる。
「キマリが何時までたっても、ユウナ離れが出来ないから!」
「・・・」
「ティーダを認めたらならティーダに任せれば良いじゃないか!キマリが何時までもユウナを過保護にするから!カウトが・・」
「キマリはガードだ」
ガードは召喚士を守る、キマリにはガードとしてのプライドもあった。
「けれどカウトも守る」
「ついでに?」
「違う・・ユウナもカウトも大事だからだ」
「・・・それだから!」
リュックがキマリに指を付きつける。
「守って、傷つく姿を見てカウトんがどれだけっ!」
そのままキマリに飛びかかりそうなのをカウトが抱き上げてとめる。両脇に手を添えられて足先が中に浮く。
「リュック・・もう良いから」
「良くないっ!!!!」
「カウトはやれない。カウトはキマリが幸せにする」
「っ!」
とたんに真っ赤になるカウトを見て、リュックは悔しそうに眉を寄せた。
「カウトんはあたしがお嫁に貰うんだ!」
「えぇっ!?」
カウトに抱き上げられたまま、驚くカウトの頭をぎゅうと抱きしめる。角が頬っぺたを抉ったが構ってはいられない。
「リュ、リュックー!血!!!血出てる!てかごめんー!」
頬っぺたから流れてくる血に慌てるのはカウトで、慌ててその身体を下ろそうとするが抱きしめられていて出来ない。
離してくれ、と優しく言って見てもしがみついて離さない。
「・・・良い図だな」
「あんた、好い加減スフィア撮るのやめとけよ」
「これでお前がキマリに『娘さんは俺が幸せにするっすー!』とでも言えば、更に美味しくなるのだが・・」
「おいしいって・・・オイオイ・・・あんたなぁ・・・・(呆)」
「ジェクトへの冥土の土産だ。無論コピーしたものだが」
「・・・おっさん・・スフィアのコピー行為は違法っす・・」
二人が暢気に会話をしていた間にも、三人は膠着状態にあった。
「リュック・・・ありがとう」
カウトが静かにささやいた。
「俺は大丈夫だからさ?」
「・・・お婿でも良いよ」
「いや・・そういうんじゃなくて」
嬉しいんだけど・・ごにょごにょと顔を赤くして言うカウトに、リュックはささやいた。
「・・・・・カウトが」
「え?」
「・・・笑ってくれるようになるなら・・」
「リュック・・」
好きな人にはずっと笑っていて欲しい。
幸せで居て欲しい。
その笑顔を守るためなら、ため息や悲しみから守るためなら。
「ありったけの・・情熱で、あたしはカウトを守ってあげたい」
幸せになるべき人だから。
「・・・カウトを幸せにする」
「キマリ・・」
「誰よりも幸せにしてみせる」
「・・・・・」
「お前に誓おう」
だから自分に返してくれ、とキマリはリュックに伝える。
「・・・しょうがないな〜」
リュックは顔を上げた。カウトが地面にそっと下ろす。
「あたし「鉄壁」取得済みだからね!あたしの「鉄壁」以上にカウトを守れるの?」
素早さではメンバー随一のリュックがキマリにびしっと指を付きつけて問い掛ける。
「勿論だ」
「・・・カウトんが、少しでも悲しそうな顔をしたら!横から掻っ攫うからね!」
「覚悟しておく」
「・・・・んじゃ、おっちゃんとティーダ!行くよー」
リュックはくるりと軽快に走り去る。
カウトはあっけにとられて見送った。
「カウト」
「え!?あ・・」
カウトはどきどきと顔を赤らめながらキマリを見る。
「幸せにする。約束しよう」
二人は静かに寄り添った。
「な!な・・リュック」
「何?」
「あ・・あのさ・・・元気出せよな」
「?あたし今しあわせだけど?」
「え?で・・でも失恋・・」
ティーダは気まずそうにリュックを見る。
「そうだね〜・・勿体無かったな〜」
「あ?」
「カウトんがお嫁さん・・・お婿さん・・・」
何やら想像してにやけているリュックにティーダはちょっと引く。
「確かに勿体無いな」
と何やら納得して頷いている養父にティーダは更に後退する。
「でも失恋した覚えはないよ」
「へ?」
「恋にも似てるけど・・うーん」
「愛情には言葉に出来ないものもあるということだ」
「そうそ!おっちゃん良い事言うじゃん」
「で?お前は結局何をしたかったんだ?」
「あたし?カウトんが幸せに笑ってくれればそれでオッケーなんだよぅ」
悲しい顔をさせていたキマリにもヤキモキさせたからね!満足!と付けたし豪快に笑う。
そのまま走り出した。
いつもの笑顔が好きだよ
ありったけの情熱で君を悲しみから ずっと守っていたい・・・・・・・
<終わり>