迷える羊と逃亡行進マーチ
「はい、それじゃかわいがって上げてね」 「うんっ、大切に育てるよ」 同盟軍本拠地の城主ことくま軍のリーダーモンキから、子ブタと子羊とヒヨコを手渡されて、「放場主」・・・・ユズは可愛らしく笑って頷くと走り去っていくモンキにバイバイと手を振った。 「メェェ・・・」 「あっ、タロウ、この子達新しく入ったお友達だよ」 じいちゃんから預けられた羊の「タロウ」は、ユズを見上げてもう一声鳴いた。 どこか悲しげに聞こえる。 それには気付かない様子でユズは、もらった動物達に名前を付けようとして、考え込んでいた。 「ん〜ん〜っと・・・」 腕を組んで首を左右にひねりながら考え込んでいる。 「うん〜っ・・・と、よしっ!」 ポンッと両手をうち合わすと、足下をうろついていたヒヨコを指さして、 「からあげ!」 次に子ブタをさして、 「とんかつ!」 そしてタロウに頭をぐりぐりと押しつけている子羊に、 「羽毛布団羊肉のポワレ!」 と、次々に名を付けていった。 いつもながら見事なネーミング及び将来の使用法である。 彼女は三匹を囲いの中に追いやりながら、にこやかな微笑みを浮かべる。 「早く大きくなってね、元気に太るんだよ〜」 と、嬉しそうに話しかけていた。 「メェェ・・・」(ユズちゃん・・・) その姿を見ながら、唯一「食べ物」以外の名前を与えられた羊のタロウは、心の内で男泣きに泣いていた。 彼は自分をかわいがってくれるユズが大好きだった。 それと同じくらい・・・仲間も大切だった。 ユズが仲間に名付けた名前が、人間達が食べる「エサ」の名前だということに気付いたのは・・・最近だった。 彼の友達に「ジンギスカン」「ササミのフライ」「串上げ」と呼ばれていた友達がいた。 一緒にエサを食べたり、丸まって寝たり、無意味に走り回ったり、楽しい一時をいつも共有していた。 その友達が、ある日妙に髭が長くおまけにくるりとカールしてる上に、「〜よ〜ヨ〜」とうるさい人間に連れて行かれたのだ。 そして・・・帰って来なかった。 タロウはとても悲しんだ。 その頭をなでながら、慰めてくれたユズからは・・・・・、実に香ばしい匂いがしていた。 「ユズね、ユズはね、ジンギスカンもね、ササミのフライもね、串上げもね、大好きなんだよ」 にぃっこり 全快の笑顔を浮かべて、タロウをギューッと抱きしめた。 タロウは『僕も大好きで、いなくなって悲しいけど、元気を出して』というように鼻面をすりつける。 その時、・・・・ボトリとタロウの目の前に落ちた物があった。 ・・・ユズから香ってくる匂いのする白い包みだ。 それを見てユズは、 「あっ、ササミのフライの入ったお弁当!」 と言い、拾い上げた。 「・・・・・・・」 (ンメェェェェェ〜〜〜っっ!!) その瞬間、彼は心の中で絶叫した・・・・・。 その夜、タロウは密かに心の中で決心していた計画を実行に移した。 大好きなユズが悲しんでしまうかも、という気持ちをギリギリで耐えて、タロウは仲間と共に、ここを逃げだすことにした。 理由を話しても、理解してくれないジンギスカン達を、『月夜の散歩だ』といって、囲いから外へ出る。 タロウ自身も、ここへ来た時以来この囲いからは外へ出たことはなかった。 それでも、今逃げださなくては。 タロウ美しい光を放っているお月様を見上げると、みんなをひきつれて城の中へと入っていった。 場内はしんと静まり返っている。 この城へ逃げて来た者達は、今は安心して深く安らかな眠りについているのだろう。 タロウを先頭に、ジンギスカンその2(羊)、羽毛布団羊肉ポワレ(子羊)、”ポワレ”の上にからあげ(ヒヨコ)その後にとんかつ(子ブタ)メンチかつ(ブタ)、焼き肉(子牛)、しゃぶしゃぶ(牛)とつづく。 タロウは慎重に歩みを進める。 しかし、タロウ以外は「月夜の散歩」と思っているのか、 「ンメェェェ・・・」 「コッコッコッ・・・」 「ンモォー」 「ブヒヒッ・・・」 「ピヨピーヨッ」 と、うるさいことこの上ない。 見つかるのも時間の問題だと思えたが、タロウはそのことには全く気付かず、そしてお風呂場前へと続く廊下へ来た。 「イヒッ・・・ヒッヒヒヒッ・・・」 曲がり角を曲がったとたん、廊下の片隅から不気味に響く笑い声がした。 「メェッ!」(だ、誰だ!) タロウは身構えて、鋭く鳴いた。 その声を聞いて笑いながら片隅にうずくまっていた黒い影はゆらりと立ち上がった。顔は月影に隠れていて見えないが、双の瞳だけが浮かび上がって見えている。 怖さをこらえて、睨み付けているタロウの後ろで、何も考えてないジンギスカン達が騒ぎ出す。 「メッ!」(あっ!) 騒いでいた者達の中から、しゃぶしゃぶが黒い影に向かって飛び出した。タロウは一瞬すくんだせいで出遅れて、止められない。 ところが、その黒い影がしゃぶしゃぶを襲ったりはしなかった。 そっと、自分に近づいてきたしゃぶしゃぶをな撫でている。 「イヒヒヒヒ・・・」 不気味な笑い声を時折上げるが、その手つきは優しそうだった。 どうやら、敵ではないらしい。 タロウはそう判断すると、大人しく撫でられているしゃぶしゃぶに近寄った。 黒い影には黒い羽が生えていた。 「メッ?」(誰だろう?) タロウには普通の人間ではないということと、時々見かける羽のついた人間と同じ種族であるということしか、わからなかった。 「モーッ」(シドちゃんだわー) 「メッエ?」(シドちゃん?) 聞くとしゃぶしゃぶ(牛・オス)はおネエ言葉でタロウに説明してくれた。 それによると、しゃぶしゃぶはシドがモンキとともに、どこからかもらって来たらしい。 そのせいかは知らないが、たまに「牧場」を訪れてはエサを差し入れたりしていたらしい。タロウは見かけたことはなかったのだが。 それはともかく、シドは自分達の脱走をユズに知らせに行く気はないらしい。 こんなところで時間を食うわけにはいかないので、シドはムシして先へ行くことにする。皆を促して、再び歩きを再開する。 シドは何を考えているのか、一行の最後尾について行く。 相変わらずカメ並の遅さで彼らは進む。 実に賑やかな行進であった。その最後尾に続くシドの後から10歩進むごとにカラフルな色の小さな生き物が1匹ずつ増えていく。 「メェェー!」(よし、水路まで出たぞぉ!) 一行は城の最重要部の一つ、水路(水を貯蔵するところ)に来ていた。 階段の両脇に兵士が二人、入り口に二人、立っている。 内二人は居眠りをしているようだ。この匹数で不意打ちをすれば、かなうかも知れない。そう考えて、仲間を振り返る。 「・・・・・」 くるりとタロウは再び前を向いた。 確か自分と連れだって来たのは牧場の仲間達と不気味なおまけ1人だったはずだ。 はずだったのだが、先ほど振り向いた時、増えていたように見えた。 もう一度振り向いてみる。 「ムームッムー!!」 そこには、赤、青、緑、ピンク、黄という、目にも鮮やかな五色のマントを風に靡かせ、ポーズをとっているムササビが5匹いた。 「メェェッー!!」(ギャーッ!!) 以前ムササビにエサを取られたり、体当たりをされて脳卒中を起こしたりしたことがあったせいか、タロウはムササビが怖かった。 なので、毛を逆立てて、思わず叫んでしまった。 しかし、場所が悪すぎた。 絹を切り裂くようなタロウの悲鳴は、兵士にも当然聞こえていた。 「だ、誰だ!」 「敵か?」 「スーパーマンか?」バキッ! 「いや・・・動物だ!家畜どもが逃げだしたんだ!!」 兵士Dがタロウ達を指さし他の兵士に呼びかけている。その兵士の背後で、1人の兵士(C)が頭を抱えてうずくまっている。 その兵士Cを除いた兵士三人が走り寄って来る。 「ンメェー!!!」(しまったぁー!!) 驚いたのはタロウだけではなく、他の仲間達であった。 元々動物は自分より大きい生き物に走り寄られたりすると怯える習性があるものだ。 ある者は慌てて逃げようとして頭を壁にぶつけたり、ある者達は意味もなくポーズを取ったまま待ちかまえていたり。 ある者は隅まで行き不気味に笑っていたり・・・。 タロウも怯え、身体の毛が逆立ってしまっていた。運が悪いというか、場所が悪かった。 タロウがいた場所は出入り口よりも階段に近い場所で、怒声を上げ駆け上がってくる兵士から逃げようと身体を動かすがすくんで動きがぎこちない。 ぎこちないまま、逃げようとし・・結果、彼は勢いよく貯水漕に落下していった。 ぼっちゃ〜〜ん! よく子供向けのクイズで「池に落ちたのは男の子か女の子か」とかいうクイズがあるが、まさにそういうクイズを出したくなるような水の音だった。 今でなら幻水ファンは思わず「坊ちゃん」と答えてしまうことであろう。何なら賭けても良い。 (なに?今時クイズでこんな駄洒落みたいなものは出ない?それは禁句で!(笑)) ともかく気持ちの良いくらいの派手な音を立ててタロウは落ちた。 もちろん泳げない。 「お、おい!早く引き上げるんだ!!水が汚れる!!」 兵士Aが慌てて声を上げ、他の3人に指示を出す。 彼らにとっては羊よりも城の生活水である水が汚れ、それをシュウ軍師にしられたらどうしよう、という恐怖感しかないらしい。 しかし、水は地下から汲み上げて引いているだけに冷たく、また深い。 思わず中へ飛び込むのを躊躇してしまう兵士達。 その間にもタロウの羊の毛は水を十分に吸い、重くなり、一生懸命前足で水をかくが沈んでいくのは時間の問題。 「ンメ・・ガボガボ・・ェェー」(怖いよ、怖いよ、助けて助けてっ!!) 「おい、ロープだ!!早く!!」 「ムームームムー!!」 「メェメェッ!!」 兵士が叫び、ムササビ5匹が準備運動を始める、他の仲間達は落ちたタロウに慌てて叫んでいる。 真夜中の静寂などは、もはやこの場にはないに等しいというくらい騒がしかった。 (あぁ・・もう限界だよ・・ごめんねユズちゃん。僕もうだめみたい。ごめんね、悲しむよね・・・逃げたりして・・ご・・めん・・・僕の大切な・・) 「メェ・・」(ユズち・・・・) タロウは水面から姿を消した。沈んでいく白い影。 誰もが一瞬固まったときだった。 バサッ・・・バッチャーン!! 彼らの目の前を黒い影がすさまじい勢いで横切ると、そのまま水の中へ飛び込んでいった。 先ほどのクイズをやると、今度は誰もが「婆ちゃん」と答えそうな音を立てて。なお、「じっちゃーん」なら、「金田一少年」に違いない。彼の飛び込む音だけは特殊なのだ、私は信じている。 「な・・・今のはウィングボーイ?」 ボカ、バキ、スパーン・ぎゅっ(持っていたロープで首締め)。 誰もが水面へ注目した。ぽこぽこと浮き上がって来る空気の泡を期待を込めて見つめた。 「・・・・・・長くないか?」 「・・・・・・」 「ムー?」 さらに期待を込めて水面を見つめるが・・・・がぼっと盛大に空気の泡が出たっきり浮き上がってくる気配はない。 「たたた、大変だ!!!」 「動物はまだしも、どらえもんはまずい!!」 「それを言うなら土左衛門やろが、ぼけっ!」スパーン! 「兵士C!寒い!」 「さっきからお前寒いっ!」 「お前行け!」 4人の兵士A・B・Dは円陣を組んで兵士Cを責め立てる。Cは首にロープをつけたまんま、「いややねん、あんさんがいきや!」と、えせ関西弁まじりで反論する。 その間にも1人と1匹の命は失われようとしているのだが・・・。 そのとき騒ぎを聞きつけたリーダーを初めとするビクトール、フリック・アマダ・そしてタロウがいなくなった事に気づいてモンキとともに探していたユズが駆けつけてきた。 面々武器を携帯していることから奇襲と思ったらしい。 「おい!何の騒ぎだ!!」 「ひぃ!くま!!」 錯乱気味の兵士Cは怯えるが、その後で残りの兵士にぼこぼこにされる。 「落ち着いて、どうしたの?」 リーダーが奇襲かもしれないのに来ちゃまずいだろう、と思っているビクトールを手のひらで制してモンキが声をかける。 「そそそ・・・それがですね、家畜が逃げまして。追いかけるうちに一匹水に落ちまして・・」 「まさか羊じゃ・・」 「タロウ?タロウがいないよ、モンキさん!」 「あと、一人ウィングボートが助けに飛びこんだきり・・」 「わかった。ユズちゃん、心配しないでいいから・・他の子達を落ち着かせてて」 「うん・・・タロウをタロウをお願いします!モンキさんっ!!」 モンキは大きくうなずくと、アマダとビクトールを振り向いた。 「アマダさん、僕と一緒に潜って。僕はタロウを引き上げるから、ウィングボードの方を頼むよ。」 「おいおい。お前泳げるのかよ?」 なんせ出会った時おぼれていたのだから、この質問は当然といえる。 「あれは崖から飛び込んだからだよ。もちろん泳ぎは得意だよ」 「しかしだな・・いくら上手くても水を吸って重くなってるぞ」 「それにだ。お前に何かあったら鬼軍師の雷がおちちまう。ビクトール、俺とアマダが潜るからロープでモンキと引っ張って上げてくれ」 「・・・わかったよ、フリック、アマダ頼むね」 「おれっちが起きてて良かったなぁ。これでも海の男だ、任せといてくださいよ」 「輝く盾の紋章よ」 かなり水を飲んでしまってぐったりと意識がないシドとタロウに暖かい光が降り注ぐ。 引き上げた直後にホウアンの手を借り水は吐かせてるとはいえ、三途の川を渡りかけていただけに、戦場でかける並の力を出し4回もかけるとモンキはふらついてその場に座り込んだ。 「おいおい、大丈夫か?モンキ」 「・・・軽い貧血を起こしてますね、トウタこの布を濡らして額にのせて上げてください。こっちの方々は私に任せて。」 「はい、先生」 「お〜〜い、トウタ水に落ちるんじゃねぇぞ」 勢いよく布を手に走り去ったトウタを見送りつつその背中にビクトールがヤジを飛ばした。 「井戸水を使うでしょう」 それより・・・とホウアンはシドの傍らに膝をつくと脈をはかりだした。 その隣ではユズが寝ているタロウを心配そうにうかがっている。ユズの後ろには脱走してきた動物たちとムササビ達が神妙な顔つきで控えている。 「タロウ・・・」 「ムムー」 「ムヒー」 「メェェー」 ユズの呟くに他の動物たちの声が重なる 「タロウどうして・・・・」 ユズはタロウの顔をのぞき込んで悲しそうに瞳を揺らした。 ユズがタロウ達の脱走に気がついたのは何も偶然ではない。 タロウ達は知らないが、毎日彼女は夜中に部屋を抜け出しては、ちゃんと眠っているか外敵はいないかということを確認しにきているのだ。 当然真夜中は夢の中のタロウは知るはずがない事実だが。 「タロウ・・」 かすかにささやいた呟きにお花畑を渡りかけていたタロウがようやく目を覚ました。 「タロウ!!!」 「ムムー!!」 周りの動物達までもが嬉しそうに喜び合って騒ぎ出した。 「メェ・・・・・」 「タロウ!タロウ!」 ユズと言えば、タロウが目を覚ました瞬間安堵のあまりにその大きな目から大粒の涙を流しはじめた。 タロウは重いからだを少しだけユズの方へ向ける。 しかし・・・・水を吸い濡れた毛の重さに勢い余ってユズの膝へと倒れ込む。水を吸って重くなったタロウを、膝に乗せて重いだろう彼女は、少しもそれを出さなかった。 膝枕になってしまったタロウは恐る恐るユズを見上げた。俯いて自分を見ている彼女と目が合う。 (泣いてる・・) 涙がタロウに落ちる。その雫の温かさにタロウはひどい罪悪感を感じた。言わなくては、体中重くて動かないけど、言わなくては。 「メェェ・・」(ご・・めんなさい・・) 「もうこんな事しちゃダメだからね」 「メェ・・」 タロウは次の瞬間目にしたユズの微笑みに安堵した。 そしてそのまま、意識は沈んで行った。 「タロウの背中って温かいね!」 数日後陽の当たる牧場でタロウの背中に寄りかかったユズが青空を見上げながらそう話しかけた。タロウの陽に当たって温かいお日様の匂いがする羊毛に気持ちよさそうによりかかって。 「まるで天然のお布団みたいだね」 「メェェ〜」 「気持ち良いなぁ〜!!あ、あれぇ?」 「ハイヨー!こんにちわよー!」 「あ、ハイヨーさん!こんにちわ」 ヒゲの長い中華な料理人は両手に大きなエサ袋を抱えていた。匂いで判る、おいしそうな干し草だ。 「これ仕入れてきたよ〜!食べさせるとイイヨぉ?」 「わーい、ありがとうございますっ!」 「良いヨーこちらも助かるヨー!良い食材は良い食材で育てられるヨー!」 (メェェ!!!!!!!) 「良かったネェ!タロウ!」 タロウは透き通る青空に、逃亡計画を心に決めたという・・・・・。 <終わり?> |