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この空に誓うよ


彼は宿屋で借り受けた一室で横になっていた。
窓からは微かに風が入り込み、そこから見える空は薄灰色とも白とも思える曇り空。
彼・・レイン・マクドールは眠ってはいなかった。窓辺にある寝台からは空が見える。
横になってずっと空を見ていた。
ぎゅるる・・・
「お腹が・・減った・・」
その日は朝から頭痛がしていた。目の奥からくる鈍痛に顔をしかめていたら、自称保護者のグレミオがうるさいほど騒ぎ立て、今は薬草と栄養有るお昼ご飯を手に入れに行ってくれている。
(グレミオ・・まだ・・・なのか・・?)
起き上がるとめまいすら襲ってくる。
多少の身体の不調くらいは我慢して外へ出て行くレインだったが、さすがに頭痛とめまいのダブル攻撃には参って大人しく寝台に横になっている。
グレミオが出ていって、かれこれ2時間。
一体どこまで調達しに行っているのか。
(・・・お腹が減った・・頭・・イタイ・・)
寝ていれば、治るかもしれない。
寝て起きれば帰ってきているかもしれない。
そう思うが寝つけない。
レインは大きくため息をつくと、空を眺めた。
「青空なら・・・良いのに・・」

目が痛むほどの灰色かかった白い空。

見ていると目が痛いので、眼を閉じる。聞こえてくるのは鮮明な外音。
足音、村の娘達の笑い声、遠くでさえずる鳥、鳥の羽音、爆音、悲鳴・・・

「って、爆音ー!?」
驚いて起きあがる。とたん襲いかかるめまい。
うめいてレインは寝台に逆戻りした。悲鳴は更に大きくなっていく。
この村はトランの辺境の村で、今まで立ち寄ったことが無いくらい小さな村だったが、
(・・行かなきゃ・・)
自分があれほど苦労して苦渋して苦難を乗り越えて、手に入れた平和だ。
(ほっとけない・・)
レインはそっと起き上がると、よろめきながら歩き出した。
駆け出したい逸る気持ちを押さえて、階下へ。
そこは小さな食事の出来る机と、奥には厨房、そして扉近くには受け付けと至って普通のどこにでもあるような宿屋の間取り。
いつもは数人の者が談話をしていたり酒を飲んでいたり賑わっているそこは、カウンターに立つ女将さん以外の人気が無かった。
「・・どうしたんでしょうか?」
「あぁ、お客さん。具合が悪くて寝こんでいたのに・・大丈夫かい?」
「何とか・・先程の爆音は・・?」
「あたしにもよくわからないよ。皆野次馬に行っちまったが、あたしはここを離れるわけにはいかなくてねぇ」
彼女はうずうずと扉を見た。
「何があったんだろうねぇ・・」
「僕も行って見ます」
「気をつけていきな」

外へ出ると焦げ臭い匂いが風に運ばれてきた。
悲鳴はまだ聞こえている。
(・・アイタタ・・)
頭の中からトンカチで叩かれるような、錐などで掘られるような、形容しがたい痛みが1歩歩くたびに増していく。
左手に持つ棍を握り締める。足元も揺れているように感じられる。
しばらく歩くと人だかりが見えた。一番近場に居た男に声をかけた。
「兄ちゃん顔色悪いぜ?」
いきなり言われ、レインは不機嫌そうに目を細めた。
無言でさっさと言え、と男を見上げた。
めまいと頭痛で苛立ち、顔色が悪いのは自分でもわかっている。
判っていることを言われると、時より無償に腹が立つ・・今のレインはまさにそれである。
「盗賊が村長の家に押し入ってるんだよ」
「盗賊・・?」
「盗賊というか、チンピラというか・・」
「・・・・・」
レインは男に軽く頭を下げ人並みをくぐりぬけて、見物人たちの一番前に出た。
(うぅ・・人波に酔いそうだ・・)
すでに酔いの症状は出ているのだが。
(・・・・頭イタイ・・・盗賊とやら・・に・・コレをぶつけてやろうか・・)
コレとは右手の紋章なのだが、ぶっそうな考えにニヤリと笑む。
手加減すれば死にはしないだろう。その方がてっとり早い。
人は激しい頭痛に見舞われると、苛々したり不機嫌になったり、短気になったり・・ぶっそうな考えになったり、弱気になったりしてしまう事が有る。
「おらぁ!!娘がどうなっても良いのか!!」
レインは声の主に注目した。髭面で熊にも似た体格の男だ。
村長の娘らしい女性にナイフを付きつけている。その背後、周りを固めるように数人の屈強な男達。
(・・ビクトール元気かなぁ?てか・・生きてるかなぁ・・)
連想でビクトールを思い出してしまい、懐かしいように思えた。
あの男に比べれば、ビクトールは美熊と呼べるが。
(・・僕、熱もありそうだ・・)
「む、娘だけはっ!!!」
「女性を人質にするとはっ!」
(どこかで聞いた声が・・今・・)
そちらへ目を向けると、地面に泣き崩れるような老けた人物・・村長と、その隣で愛用の斧を構える・・
「・・グレミオ・・」
ぼそりと思わず額に手をやってつぶやいた。
「ぼ、坊ちゃん!来てはなりません!!!!!!」
周囲にも聞こえないほどの小声に、3メートルは離れたグレミオは聞き付けたらしい。
(・・どんな耳してるんだよ・・)
「坊ちゃんだぁ?」
盗賊頭を始め、周囲の野次馬までもが注目した。
(・・・グレミオ・・ばれないとは思うけど・・・バカ・・)
「どうやら、イイトコの坊ちゃんみたいだな・・おい」
レインに向かって駆け寄ってくる手下達4人。捕まえてグレミオの動きを封じるつもりなのか、それとも身代金でも要求しようとでもいうのか。
「坊ちゃんー!!!!!!!」
グレミオが慌てて駆け出すが、すでに遅く。手下はレインの目の前に立ちふさがった。
周囲の野次馬は巻き添えを恐れて下がる。
「おい、お坊ちゃん。頭がお呼びだ・・来い!」
手下の一人が身動きしないレインの肩に触れようとした。
「坊ちゃん坊ちゃんー!!!!!!」
グレミオが手下に邪魔されながら必死に斧を振るう姿が見えた。
その姿にレインはため息をついた。自分の為に必死になってくれるのは嬉しいけれど、
「背中がら空き・・」
グレミオの背後に盗賊の手下が迫る。グレミオは気がついてない。
レインは自分を連れていこうとする手下の手をつかむと、足を払い体重をかけて勢いのまま、投げ飛ばした。
「うがっ」
手下の男達は2人揃って地に伏した。
(・・・ッ・・)
今の運動のせいで、目の前がぐるぐると回るようだ。地面が揺れ動き、ガンガンと頭痛は増すばかり。
(・・ヤバイな・・)
思わず膝ついて、何時の間にかに上がっている息を整える。
「坊ちゃん!!」
グレミオが駆け寄った。
「大丈夫ですか?お怪我は?あぁっ真っ青ですよ!?」
(み、耳元で・・)
「申し訳ありません、坊ちゃん。薬を娘さんに分けていただこうとしていたら・・暴漢が突然」
突然でない暴漢などありえるのだろうか。レインは襲い掛かるめまいを堪えながら思った。
「わ、判ったから・・早く・・」
(早く薬を・・じゃない、娘さんをっ・・ついでに薬を・・)
「僕は大丈夫だから・・グレミオ・・っ!後ろっ!」
言葉ともに、グレミオがレインを抱えて背後に飛んだ。
「坊ちゃんには指一本触れさせません!!!」
(耳元で・・ッ)
がんがんとグレミオの声に反響するように痛みが走る。
このまま、グレミオのそばに居たらひどくなるばかりだろう。
「グレミオは・・娘さん助けて、僕は周りのヤツらを・・」
「そ、そんな顔色でっいけません!坊ちゃん」
「〜〜ッ!!耳元で大声出すな!」
どん、と突き飛ばす。そのままふらついたまま、棍を構える。
(多分、一瞬しか動けない・・)
紋章を使えば楽だろうが、人質になっている女性と村長を巻き込むだろう。
「・・・・・手加減できないよ。逃げるなら・・今のうち・・」
しゃべるのですら、億劫だ。周囲も薄暗く感じる。
「はっ、子供が、何言ってんだ!!!!」
盗賊頭と思われる熊男が言うと、心得たように周囲の手下達が獲物を片手に襲い掛かってきた。
一番手近な手下の喉元を付き倒し、その勢いのまま棍を振るう。
一瞬でかたをつけるためには、一撃必殺しかない。殺すとまではいかないが、意識を奪う程度に確実に急所に棍を当てていく。
10数人居た手下の半数を倒した後、攻撃方法を切り替えたらしく矢が飛んできた。
「ッ!」
避けるほどの俊敏さが今は無い。避けずに矢を落としていく。
グレミオを見ると、盗賊頭と睨み合ったまま膠着状態に陥っていた。
(・・・そろそろヤバイ・・な・・)
盗賊はそう対して腕は立たない。グレミオ一人でも大丈夫だろう・・だが、人数が多すぎた。
「どうしてこんなことをするのですか!?」
「どげん言ってもわからんけんたい!!!」
「ど、どげん・・?」
地方の訛りが激しい頭領の言葉に、グレミオが言いよどむ。
村長が背後で「どうしてって意味です・・」と通訳をしている。
「よそもんには判らん!」
「確かに私はここの人間ではないです、が女性を盾に金品を奪うことは許されません!」
「こうでもせな、要求もとうらん。今までかしこ言ってきたばってん、耳をかさん」
(・・・妙だな)
棍で向かってくる手下を倒しながら、グレミオ達の会話に耳を済ます。
「要求は飲む!だ、だから娘だけはっ!!」
「おまんの娘は大事かとか!わしらの家族はどげんでもよかくせに!」
(・・・家族?)
「・・すまん・・」
村長が泣き崩れた。周りの野次馬もわけがわからずに見守っている中で。
「わしはどうなっても良い。娘だけは・・」
「お父様・・」
何やら事情がありそうだ。レインは棍を下げると、グレミオ達に近づいた。
手下達はレインの強さに圧倒されて近寄ってこない。
「坊ちゃん・・大丈夫ですか?」
グレミオが思わずといった様子で聞いてくる。それもそのはずで、レインの顔色は土気色に近いほど悪かった。
「・・・」
返事をする気力もすでにない。身体を動かしたことでより具合が悪くなっていた。
「・・どういうことだ?」
言葉を押し出すように、盗賊の頭領を見る。
「・・おまえらには関係なか」
「関係はある・・」
「何?顔色悪いわっぱ、黙っときんしゃい」
「・・・・・・・」
ぶち、とどこかで音がしたような気がした。
「!!!」
目にもとまらぬ早さで棍を振り落していた。盗賊頭の頭の1ミリ上で停止する。
頭領は目を見開いて腰が抜けたように座り込んだ。人質にされていた女性は掴む手が離れたとたん、父親の元へ逃げる。
「このまま脳天に叩きこんでも、僕は気にもしないよ」
言葉を区切って、一息つく。にっこりと微笑みながら
「関係ないからね」


「坊ちゃんところで具合は?」
「・・そうだね・・めまいは収まったけど頭痛はまだ・・」
レインはあの後無理がたたって、倒れた。
倒れたときのグレミオの怒声だけは覚えている。あの後ぶちきれたグレミオに完全に戦意を損失し、話し合いもスムーズに行われたそうだ。
盗賊だと思っていた者たちは近くの山で狩を生業とする一族のものたちで、大昔の身分制度の迫害の犠牲者たちだった。
武力を行使してまでかなえようとしていた要求は、ただ一つ。
村の若者と一族の娘との結婚の許可、たったそれだけだった。
「それにしても、仲直りは出来るんでしょうかね・・」
「村の人たちはそんなに彼らのことを侮蔑してなかったよ。むしろ友好的だった」
一部のバカな大人達だけが、いつまでも止めなかった。
大昔の価値観に囚われて。時代の流れを考え方の変わりようを受け止められなくて。
人が人を侮蔑する。
同じ人間には違いないのに。
「悲しいですね・・」
「そうだね。これから上手くやっていければ、問題は無いけどね」
「・・過去を変えることは誰に出来ません。ですが、今という瞬間から新しく築いてゆくことは出来るのです」
許しあい、認め合い、新たな関係を築いていくことが出来る。
「私はそれが出来ると信じてますよ。坊ちゃん」
グレミオは柔らかく微笑んだ。
(・・貴方がその手で、もたらした今だから)
「僕も、そう思うよ」

村を出発する朝、見送りに来た村長と頭領はぎこちなくむっつりと黙りこくったまま握手をした。
レインとグレミオに対しての言葉無き御礼とでも言うかのように。

「娘さん、何か言いたげだったね、グレミオ」
「・・・そうでしたか?」
「意味ありげな目で見てたよね」
「き、気のせいですよ。坊ちゃん」
「そうかなぁ・・綺麗な女性だったね」
「そうですね」
レインはグレミオの前に回りこんで覗きこんだ。
「な、なんですか?」
「・・クレオ」
「は、はい!?ど、どこかに!?」
「元気かな〜と思っただけだよ」
「ぼ、坊ちゃん!!」
2人は笑いながら、進む。
頭上には青空が広がっていた


【感想切望!(拍手)


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