暖かな陽射しの中で
〜懐かしの日々〜
「ゲンゲン隊長!危ないよ〜」 同盟軍が本拠地としている城の広場には、昼過ぎのけだるい午後に日向ぼっこを楽しもうとする人々が思い思いゆったりとした時を過ごしていた。 誰もが静かに過ごす時の中を裂くように、ひときわ高く賑やかな声が辺りに響いた。 図書館の隣にある小さな池のほとりからであった。 「降りれなくなっちゃいますよ!」 「大丈夫だ!ゲンゲンはこのくらい、へ、へっちゃらだ!」 「わ!立っちゃダメです!膝がわ、笑っちゃってますよ!!」 「どうしたの?」 「あ、モンキさん!」 「お、モンキ!凄いだろう!隊長は!!」 池の畔に立つ大きな木の上をモンキは見上げた。2階くらいの高さにある木の枝に犬・・もといコボルトのゲンゲンが木にしがみついたまま立っていた。 どうやって登ったのだろう、とモンキが第一に思った事であった。 その木の下でトウタが上を心配そうに見上げて、降りるように説得していたらしい。 医務室の窓からホウアンも心配そうに、だがどこか面白そうに見守っていた。 偶然通りか掛かったモンキが、その声に引かれて近づいてきた、という訳である。 「うん・・・凄いね」 「そんなに尊敬しすぎるとゲンゲン照れちゃうんだな」 鼻の穴を大きくしてご満悦らしいゲンゲン。片手を照れ隠しに手放し大きくバランスを崩す。 「わわわわわん!」 「ゲンゲン隊長!!」 「!!」 だが、落ちなかった。枝にうつぶせにしがみついてどうにか落下は避けたらしい。 「あ、危なかった・・・はっ!そ、そろそろ地上に帰還するぞ!」 「・・・」 「・・・」 「・・・降りないんですか?ゲンゲンさん?」 窓辺から顔を出してホウアンが聞く。木の上のゲンゲンは威勢良く「降りる」と言った割に少しも動こうとはしなかった。 「それとも、降りれないんですか?」 「先生!どうしよう!」 「お、降りれるそ!ただ、ちょっと眺めが良いからもうしばらく、ここに居るだけだ!!」 枝にしがみついたまま言われても説得力は皆無である。 「・・・トウタ、私には木登りは無理です」 「先生〜っ!」 「まぁ、落ちた場合の手当だけは準備も万全、いつでも来いですので、安心して思い切り落ちた方が早いですよ」 下に都合良く池もありますしね、と人が良さそうな微笑みで言いのけけた。 「先生ぇぇぇ〜〜〜」 「僕が登るよ」 師弟の会話に少しだけ吹き出しながら、モンキが言う。木の幹に手を掛けての足場を探している。 「あ、危ないですよ!僕が登ります!」 「トウタ・・落ちたら痛いですよ」 ホウアンもさすがに弟子が心配らしい。ゲンゲンに言ったのとは声音が違う。 「そしたら先生が手当して下さいね!」 「・・苦いお薬がそんなに飲みたいんですか?」 「うっ」 「良いよ、トウタ。僕、木登りは得意だし」 「うっ・・い、良いです!僕も登ります!」 「登りたいのか?あの枝辺りまでなら持ち上げてやっても良いが?」 「えっ?」 背後から急に声がして振り向くと、いつもの軍服ではなく涼しげな黒いタンクトップにハーフパンツといった様相のハウザーが立っていた。武器も持っておらず、変わりに首に掛けたタオルで額の汗を拭っていた。 「ハウザー将軍・・」 「おや、ジョギングですか?」 「あぁ。ミューズ市兵時代からの日課だからな」 たまの休日も訓練に余念がない姿はよく見かける。日に焼けた肌からは汗が流れている。 「で?どうするのだ?」 「・・止めないんですか?」 軍人としての信念を持っているハウザーが君主であるモンキが怪我をするような事を進めるはずがない。 「俺は法以外の理由で軍人として行動する事はない・・・貴方が望む事ならばただ手を貸してもいい・・それだけだ」 もちろん怪我はさせないが、と目が語っている。 「お願いします」 「僕もお願いします!」 トウタは何やら嬉しそうにハウザーの元へ近づいた。懐いているらしい。 「では・・」 まずはトウタの脇の下に手を添え、持ち上げる。そのまま肩に乗せるとちょうと枝に手を掛けられる位置になる。 「うんしょっと」 身軽なトウタはそのまま枝に登りするすると木の幹を登っていった。 「次はモンキ殿ですね」 同じように登らせて貰う。 ゲンゲンの元まで辿り着くと、モンキはほっと息を付いた。 ゲンゲンは相変わらず木にしがみついたままだが、それ程小さな枝ではなく意外と丈夫で大きな幅があるためか3人の体重にも軋む事はなかった。 「わ〜眺めが良いですね〜」 暖かな陽射しが葉の間から差し込み、風は温かく眺めは遙か彼方の草原を見渡せた。 「ゲンゲン隊長??」 何やら静かなので覗き込む。 「くーーーーーーーーー」 ゲンゲンはそのままの体勢で気持ちよさそうに眠っていた。この体勢で眠れる事自体尊敬に値する。 「ね、寝ちゃってる・・」 「眠くなる気持ちも分かるけどね」 (あれ?何だろう・・・) 『ここでお昼寝したくなる、モンキの気持ちわかるなー』 (ナナミ?) 「どうしたんですか?モンキさん」 「えっ・・あ、何か懐かしい感じがするなって思って・・いつだったかな・・」 「そうですか・でも・・ね、眠たくなっちゃいますね・・」 「寝ちゃダメだよ」 『本当に寝ちゃダメだよ、モンキ』 自分の言葉に懐かしさを憶えた。 (ジョウイ?) 何時だったか・・同じように木に登って寝てしまった事があった。 寝たのは自分だったが、ジョウイの呆れた声とナナミの声と憶えている。 風の匂いも暖かな陽射しもあの頃とは違う。 決定的に違うのは・・・ (ここに2人が居ないからだ) 「モンキさん?」 「何でもないよ。だだ、懐かしかっただけだよ」 「モンキ殿どうしましたか?」 「トウタトウタトウタ〜」 下の方から心配した大人達の声がする。 「先生!猫みたいに呼ばないでくださいっ!」 「貴方が寝たかと思って呼びかけて上げたんですよ」 「うっ・・」 「早く降りてきなさい。ゲンゲンさんのように降りれなくなりますよ」 「ゲンゲン隊長寝ちゃってます」 「寝ている?」 「下からじゃわかりませんでした」 「・・・子供の手じゃその犬・・じゃないゲンゲン殿を下ろすことは出来ないだろうな」 「そうですね・・寝てると倍は重いですからね」 (僕も寝ちゃったんだっけ) あの懐かしい時、ナナミの手作りおやつを食べたくなくて僕とジョウイの2人はキャロの街で一番高い木に登った。つまり逃げたんだけど、そこはとても温かくて風も眺めもこことは比べ物にならなくて・・あまりの心地よさに寝てしまった。 温かい眠りのそこで微かに聞いたジョウイの気持ちと、ナナミの優しさ。 夢かなと思って起きたらナナミがいて、その後は地獄を見たんだけど・・今思うと懐かしくて愛おしい思い出で。 (戻りたいな・・) 「・・・還りたい」 「えっ?」 もう戻れないとわかっているからこそ、切に願う。 還りたい、と。あの頃に、あの時に。 「モンキさん・・・?」 「うっ・・あ、あぁ?・・寝てたぁー!!!」 トウタが心配そうにモンキを覗き込もうとしたときゲンゲンがようやく起きた。 「あ、ゲンゲン隊長起きたんですね。あ、う、動くとっ!!」 『寝てたー!』と勢い良く顔を上げたとたん、落ちた。トウタが慌てて手を掴んだが・・ 「わわぁー!!」 支えられるはずもなく落ちた。 ばっしゃーん!!!と派手な水音とぱすっと言う軽い音が2つ。 派手に池の中に飛び込んでいったのはゲンゲンで、ぽすっという音はハウザーがトウタを受け止めた音。 「トウタ!!大丈夫ですか!?」 「うにゃ・・目が〜回るぅ〜」 「大丈夫だ。受け止めた」 ハウザーがとっさに動いて受け止めたため無事らしい。さりげなくゲンゲンを避けてから受け止めたハウザーはその身体に似合わずに意外と素早いのかもしれない。 「トウタ!ゲンゲン!大丈夫?」 一人木の上からモンキが声を掛ける。 「大丈夫だ」とハウザーが答える。 ゲンゲンはというと、ごぼごぼと水を飲みながら溺れているので大丈夫も何も合った物ではないのだろうが・・。 「モンキ殿も危ない。早く降りて来た方が良い」 「そうだね・」 モンキはそこから見渡せる本拠地の風景を見渡した。 (あの頃に戻れない・・だけど・・) だけど、ここから見える風景を手に入れたことは後悔しない。誰しも暖かな陽射しの下のんびりと過ごす優しい時。 穏やかな表情。 明日になれば最後の決戦の地に大人数が赴くけれど、つかの間の休息を皆存分に楽しんでいるようだった。 ハイランドは抵抗するだろう。 勢力で同等もしくは勝っている同盟軍が有利だが、自分たちの「地」を守って決死の戦いとなるだろう。 死ぬかもしれない。 誰しも心のどこかで覚悟している事。 自分もしかり。 (還りたい、還れない・・戻れない) だから前に進む。前に進むことで残るこの世でたった一つの物を手に入れなくては。 ここから見える人々の安らいだ表情が、永遠になるために。 ・・・ジョウイを連れ戻すために。 モンキは雲一つない空を見上げた。透き通るような青空を見上げて、故郷の木の上で見た空を思い出す。 「見ててよ」 今は側にはいない存在に静かに言う。 そこで見ててよ・・ナナミ。 暖かな陽射しの下に還るから。ジョウイと2人で還るから。 風が優しく頬に当たった。 「僕も落ちるから受け止めてね!」 「ええっ!!」 ハウザーが下で慌てる声を聞きながら、彼は宙に舞った。 その後偶然遠くで見ていた軍師殿にひどくしかられたのは言うまでもない。 <終わり> |