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ヤマネコ騒動記 第7話
〜リデル編〜


その日はやけに風が強かった。
どこまでも晴れ渡る青空、涼しい海風が特徴のエルニド諸島には珍しく風雨が強い朝だった。

空中から突如として現れた道化師の格好の娘、ツクヨミは器用に空中で一回転をして静かに床に降り立った。
「ヤマネコ様〜!お待ちかねの・・・ってヤマネコ様ー!?」
いつもは行儀良く机の前に座って何かをしている時間なのに、そこにはヤマネコの姿はなく、ツクヨミは部屋の中を見渡す。
「・・・ヤマネコ様?」
主は寝台の上で眠っていた。
寝息が静かに聞こえる。
ツクヨミは不安になった。ヤマネコは朝が早い。
夜明けと共に起き出してツクヨミが部屋に現れる頃には身支度もすべて整えてぴしっとしているのに、と。
「ヤマネコ様?起きてください」
彼女はそっとベットに近寄ってその肩をゆする。
「うぅぅ・・・ううぅぅ」
うなされている。
ツクヨミは肩から手を離すと腕汲みをした。
(ヤマネコさま夢までうなされちゃってる・・可愛そう・・)
うなされる原因、それは最近激しさが増したアカシア龍騎士4天王の1人ゾアによるストーカー行為のせいだ。
お陰で最近ヤマネコは部屋の外へ出れなくなっている。
ゾアが館内に居るうちに、部屋外へ出ようとすると吐き気を模様したり、頭痛を起したり。
(ヤマネコ様不憫だよ)
ツクヨミは思わず目元ににじんだ涙を手の甲でぬぐい、先ほどよりは優しく揺り起こした。
「ヤマネコ様、起きて」
「・・・・はっ・・あ・・・・・?」
「おはようございます。もう朝だよ、ヤマネコ様」
「・・あぁ。もう朝かニャー。寝過ごした・・ニャ」
「・・・・・・・・・・・」
ツクヨミは耳を疑った。思わず自分のほっぺたをつねってしまった。
「痛い。痛いヨゥ」
「・・・ツクヨミどうかしたかニャー?」
ヤマネコは上半身を起して突然自分のほっぺたをつねって痛がっているツクヨミを心配そうに見た。
「や、ヤマ、ヤマ・・」
「山がどうかしたかニャー?」
「ヤマネコ様!!どうしたんだヨゥ!!変だよ!!」
ヤマネコは混乱した。ツクヨミの様子が変なのだ。残忍な性格と呼ばれるヤマネコだが、彼は自分を慕うものには滅法弱かった。
ツクヨミは奔放で明るく、ヤマネコ様ヤマネコ様となついてくる可愛い弟子のようなものだ。そのツクヨミが顔を真っ青にして慌てている。
「落ち着くのだニャー、どうかしたかニャー?」
「あたいは落ち着いてるよ!ヤマネコ様が変なんだよ!!」
「変?変かニャー?」
「語尾語尾が!!あわわわ!!」
アワワワと泡吹きそうなほど青ざめたツクヨミにヤマネコは驚いた。
(語尾?語尾がどうかしたのか?)
いつもどおりだと思うが・・とヤマネコは首をかしげた。
「・・ともかく、着替えるかニャー。すっかり寝過ごしたニャー」
「ニャー!ニャー!!!」
ツクヨミはすでに錯乱状態らしい。錯乱している彼女をそのままにしているのは心苦しいが寝巻きのままというのは、更に心苦しい。そういうところはちゃんとしていなければ。ちゃんと。
ヤマネコはそう自分に言うと、寝台から立ちあがろうとした。
「う、うぉう」
立ちあがれなかった。足にまったく力が入らないのだ。
「や、ヤマネコ様??」
「む!」
(む!って・・・そんなパレポリの奴じゃないんだから・・)
「どうしたものだニャー!全然力が入らぬニャー!」
身体は起せるし、動かせるのだが、足に力が入らない。つまり立ちあがれない。
こういう事は初めてでヤマネコは瞬間我を忘れてつぶやいた。
「・・・困ったニャン・・」

呆然と寝台に座るヤマネコのためにツクヨミは紅茶を淹れた。カモミールという銘柄で、神経を落ち着かせる作用がある。
「・・・おいしいニャー・・」
相変わらず語尾は”ニャー”ツクヨミはため息をついた。

(ヤマネコ様よほど昨日のがショックだったんだ・・)

昨日もっと細かく言えば昨日の夕方。悲劇は起きた。
蛇骨大佐との話し合いの後、ヤマネコは1人庭を散歩していた。
それがヤマネコの習慣であったし、日課であった。
それを当然知っているのはストーカーゾア。
あろう事か、ゾアは強引に自分のドラゴンに乗せて連れ去るという暴挙を起したらしい。ツクヨミが思念波に近い悲鳴を聞きつけて駆け付けたとき、ヤマネコはがたがたと震えていた。
毛を逆立ててゾアの腕の中に居る姿はあまりにも哀れ過ぎて、ツクヨミは怒りの余りにエレメント集中攻撃をしてしまった程だった。
ただ、一緒に散歩をしていただけ・・とゾアはカーシュにもらしたらしいが、
日頃からゾアに悩まされているヤマネコにとって拷問以上の何物でもない訳で。
あまりにも我を失っているヤマネコが哀れに思い、少しでも恐怖心が紛れるなら・・と酒をオーチャに貰い、寝る前に飲ませた。
「ん?お酒??」
「酒がどうかしたかニャ?」
「ヤマネコ様昨日のお酒・・・」
昨日の、というととたんにヤマネコの顔に影が差す。
彼らしからぬ仕草でうつむかれた。
「あ・・ええっと・・」
「・・・」
無言で指を指された。指先にあるのは床に転がっている酒の瓶。
「・・・全部呑んじゃったんだね・・ヤマネコ様」
「・・呑んではいけなかったかニャー?」
「うん・・・言うのすっかり忘れてたけど、亜人には変な作用があるから要注意なんだって・・」
「そうなのかニャ、貸してみるニャ」
ツクヨミから瓶を受け取ってしげしげと見る。確かに瓶のラベルにはそんな内容の事が書いてあった。
「スマィリ印の海猫軒・・・聞いたことあるようなないような・・ニャ」
「ヤマネコ様気がついてないみたいだけどさ、さっきから語尾に”ニャー”ってついてるよ」
「にゃに!?」
「だから語尾が・・」
「ついてないニャー気のせいだニャー」
認めたくないのか、それとも本人には普通に聞こえているのか。
その後もツクヨミは言い張ってみたが、ヤマネコは頑として聞きつけなかった。
やがて諦めたツクヨミは寝台に半身を起して座っているヤマネコに向き直った。
「ヤマネコ様、言い忘れてたけど、セルジュがテルミナについたよ」
「!!そうかニャー!」
「・・・嬉しそうだね・・」
「・・・・そうだニャー・・・」
ぱっと明るい表情になったかと思えば、急に影が差す。情緒も不安定らしい。
「え、ええっと・・」
ツクヨミは慌てた。これほどまでに消沈しているヤマネコを見るのは初めてなのだ。日も高くなったのに寝巻きのまま寝台に居ることがどうも性格的に落ち込む要因に拍車をかけているらしい。
「ツクヨミニャー、それでセルジュはどこから進入してくるのだニャー?」
「影森の森からみたい」
ツクヨミは一分始終を覗き見してきたのだ。
セルジュはアルフの仮面を怖がり、ピエールという自称勇者には話しかけさえしていない、おまけにコルチャは出会ったときの印象が最悪だったと見えて(原因はキッドだろうが・・)素通り、一番マトモそうなスラッシュを追いかけて影森の森へ出発するための準備に取りかかっていた。
そこまで覗き見てから、ツクヨミはヤマネコに報告しに来たのだが・・・。
「そうかニャー・・悪いがツクヨミ、カーシュを呼んできてもらえるかニャー」
「カーシュはとりあえず里帰りしてるらしいよ」
「とりあえず・・って何ニャー?」
「さぁ・・”とりあえず里帰り”って部屋の前のプレートに書いてあったから・・とりあえず里帰り中なんだなーって」
とりあえず何か用があったのか、とりあず一端里帰りをしてるのか、どうにも取れる理由であったが、深くは考えないで良いだろう、とヤマネコはため息をついた。
「では、マルチュラは居るかニャー」
「マルチュラは・・・」
「そのうち留守中とかニャー?それとも、ほっこりお昼寝中とかにゃ?」
「・・・ヤマネコ様・・」
今日のヤマネコ様はおかしい、おかしすぎる。むしろ変だ。帰ってきてよ、あたいのヤマネコ様・・とツクヨミは目頭に涙がにじむような気がした。気がしただけだが。
「マルチュラは・・”今日はレディスディ”で休みらしいよ」
「レディスディ・・・一体具体的に何をする日かニャー?知ってるかニャー?」
「あたいは知らないよ」
「ツクヨミはレディじゃなかったニャー」
「!!!毎日あたいの夢見やがれこん畜生ー!!!ちゅっ」
どろんと、とたんに空中に消えるツクヨミ。
かなりのショックを受けながらも、去り際のいつものセリフを忘れないツクヨミだった。
「・・・何か怒らせるようなこと言ったかにゃ?」
ヤマネコはツクヨミが消えた宙を呆然と見ながらつぶやいた。
「・・・ちっともさっぱりだニャー・・」
判らないながらも、何か傷つけることを言ってしまったんだな、と思った。
何が原因か判らないが、次に現れたら正直に謝ろう、こういうことはちゃんとしなければ。ちゃんと。
「それにしても・・どうするかニャー」
急いで準備をせねばならないのだ。
何の準備かというとセルジュを蛇骨館に迎える準備なのだが。
宝箱を館内に散りばめ、その数個をアクセントとしてボクスキッズを配置。扉と廊下には細工済みだ。
(後は・・影森の森で警戒してそうなのをさりげなく演出せねばな・・)
歓迎していることを悟られれば終わりだ。何もかもが。
「しかし・・影森へは・・ニャー・・にゃー・・にゃぁ・・」
それなりに腕が立つ強い兵士。一般の兵士でもアカシア兵チーフでもダメだろう。四天王くらいではないと・・。
「・・・しかし奴は・・奴だけはっ」
奴だけはいやなのだっっっっ!!!!!!
ヤマネコは自分の身体をぎゅーと抱きしめた。ふかふかと柔らかい毛並みの手触り。
思わずその感触に昨日の記憶を呼び覚まされて、なおもぎゅーと身体を抱きしめる。
昨日、あの悪夢のような数時間。忘れたくて堪らない数時間。
自分の身体を撫でまわす無骨な手のひら・・・・・・
「うにゃぁー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヤマネコは大きく頭を振った。勢い良く立ちあがろうとして失敗した。
膝ががくんとし、尻餅をついた。
(な、情けない・・・・・)
情けなさ過ぎる。運命の神である自分が。
いつからこんなに弱くなったのだろう。
「こんなんじゃ・・・ダメだ・・ニャー」
ヤマネコはその場でうなだれた。床をぼかっと叩く。
「・・・・セルジュニャー・・・」
早く来てくれ。とヤマネコは神にでも祈るかのように願った。


「あら、ツクヨミさんどうかなさったの?」
「・・・」
図書館へと続く吹きさらしの回廊に、ツクヨミは居た。
手すりに座り、ぼけーとそこから見える眺めを見ていた。
そこへ通りかかったのは蛇骨大佐の娘のリデルで、彼女の隣に『今日はレディスディ』のマルチュラも居た。
「今日は珍しく風が強いわね」
雨は何時の間にかに止んでいた。曇り空が風に流されてゆったりと動いている。
「・・あのさ、レディスディって具体的に何する日なんだよ?」
「あぁ。それを考えていたのですか?」
「うん、まぁそんな感じかなぁ・・」
「ここではなんですから。私の部屋に参りましょうか」
ツクヨミも特に依存はなかった。

リデルの部屋は一番高い所に合った。
何とかと何とかは高いところが好きなものだな、と何故かリデルを毛嫌いしているヤマネコ様は言ってたっけ・・とツクヨミは進められた椅子に腰掛けながら思い出していた。
「あなた、お茶をお願いできるかしら?」
部屋の中に居た侍女にリデルは言うと、優雅な振る舞いで椅子に腰掛けた。
「ええっと何の話でしたかしら」
「レディスディの意味を教えてもらえれば、あたいは良いんだけど・・」
ツクヨミは内心ゲンナリした。このお嬢様は物腰が柔らかいが性格まで柔らかいわけではないと知っているから。
(今のもわざとトボケたんだ)
「そうですねぇ・・女の子なら誰もがハッピーディ・・かしら。ねぇ?マルチュラ」
先ほどから黙って座っていたマルチュラに話しかける。
彼女は何も言わない。
「・・ハッピーって・・具体的には何をするんだよ?」
「そうですねぇ。何もしてないですね」
「はぁ??」
「女性なら誰もが休んで良い日、なんですよ・・・きっと」
「はぁ???」
きっと?きっとって何・・・。
「じゃ・・あたいも・・休んで良いのかな?」
「ええ。もちろんですよ」
「でも何でおまえ、そんな事考えてたんだ?」
「それは・・・」
「マルチュラ。ツクヨミさんに失礼ですよ」
「だって、リデルお嬢様いつも言ってるじゃないですか!む、むががぅ」
何かを言いかけたマルチュラの口に強引にシュークリームを詰めたリデルは、「あらっマルチュラったらお茶目さんね」と微笑んだ。
何を言っていたかは予想がつくような、とツクヨミは思う。
この場はさっさと出て言ったほうが得策だろう。
「あ、あたいはこの辺で」
「あら、もう行かれますの?」
「ヤマネコ様が呼んでるからさッ」
「そうですか。仕方ないですね。ヤマネコ様といえば、ゾアが何かを持って部屋に行ってましたわよ・・大丈夫かしらね」
「!!!」
しゅるんと宙に一回転して消えるツクヨミを見送ってリデルはさも楽しげに微笑んだ。
「カギを渡してしまったの・・まずかったかしらね」
「リデルお嬢様・・・」
ゾアを影で支援しているのはリデルだと言う事にヤマネコもツクヨミもまだ知らなかった。彼女は優雅に小指を立てて紅茶を飲むと、
「さて、見物に参りましょうか・・スケさんや」
「・・・・・お嬢様・・・本の読み過ぎ・・・」
スカートの裾を豪快に捲し上げて走り出すリデルにマルチュラは慌てて追いすがる。
普段は大きな猫をかぶっているリデルだが、今日この日「レディスディ」だけは猫を打ち捨てて、本性をもろだしにする。
レディスディ、今日この日。
リデルは本能のまま気ままに行動し、マルチュラはそれを寸前で止めるための「レディスディ休暇」休暇とは名ばかりの。

がちゃり、とドアのカギを解除する音が聞こえた。
「!?」
ヤマネコは床に膝ついたまま、振りかえる。ドアはまだ開かれていないが。
「・・・ツクヨミかニャー?」
この部屋へ尋ねてくる者は少ない。ドアにはゾア対策のモンスターを憑かせていて、その上合鍵一つしかないカギをつけている。
大佐や兵士が用のときは、表から声をかけるしかない。
部屋をノックしたり、カギを開けたりすれば、タイミングしだいでモンスターと戦闘になる。
それを好き好んでやる人間は居ない。ただ一人を除いては・・・。
「・・誰だニャー?」
(ツクヨミではないはずだ。ツクヨミなら空間転移で部屋に入ってくる・・では・・)
青ざめるヤマネコ。イヤな汗が背中を伝う。
「・・・・・・」
ヤマネコは無意識にじりじりと腕だけの力で下がる。何かにすがって立ちあがらなければ。
空間転移できるほどの力が出ない。身体中に力が入らないのだ。
ドアはまだ開かない。カギを解除しただけで、どこかへ行ったのか?
否、すぐそこに人の気配がする。
(・・・・ツクヨミ!!ツクヨミ!!!カゲネコでも良い早く来い!!)
カゲネコを召喚する力はない。ツクヨミに頼るしかない。
だが、先ほど確かに傷つけた。その彼女が来てくれるだろうか?
原因はわからないが。
乙女心は春の空とも言うからな、と場違いな考えをしたとたん!
がちゃ・・と扉は静かに開いた。

「うにゃぁぁぁー!!!!!!!!!!!!!!!」

瞬間館内に響き渡るほどの悲鳴をヤマネコは上げていた。

「あら、何かしら何かしら!!」
「お、お嬢様足が!!見えちゃいますって!!」
「あらマルチュラ足が見えてないと幽霊でしてよ?」
「あう・・・」
うきうきとなおも疾走するリデルにマルチュラは追いつけないでいた。
足の長さの違い、というものをイヤというほど思い知るマルチュラであった。

扉を開けたのは、予想していた通りアカシア龍騎士団4天王の一人ゾアであった。

そのたくましく大きな手にはカギがある。
表情は仮面に隠されていて判らないが、息だけが荒い。
「く・・来るニャ!来るニャー!!!!!近寄るにゃ!!!」
ヤマネコは何とか立ちあがろうとふんばった。けれど恐怖を前に完全に力が抜けきっている。
扉に立ちっぱなしのゾアは何故かその場で
「くはっ」
と、妙なダメージを受けていた。
その不気味な様子を見ながら、必死に背後に後退する。とん、と背が壁に当たる。
ヤマネコは真っ青になった。逃げ場はない。
ゾアは何とか立ち直ると一歩、ズシンと踏み出す。
「来るニャ!!!近づけば殺すにゃ!!!」
「にゃ・・にゃ・・・」
ゾアは無気味な笑いを仮面の下から響かせた。
くっくく・・と肩を揺らして笑っている。ヤマネコはさらに真っ青になった。
昨日の悪夢を思い出す。
(あぁっ!!!誰か!!誰かぁぁぁぁー!!!!)
「ひぃっ!!!」
ゾアがまた一歩踏み出す。余裕すら感じさせる歩みだ。
「ニャァァー!!!!!」
ヤマネコは死ぬ物狂いで左手にありったけに力を集める。全力だ。
「ゼロエターナルッッ!!!!!!!!!!!」
闇の力が終結し膨れ上がりゾアに襲いかかる。すべてを無に返す闇のエレメント。
「ぐぬぬぬ!!ニャッンコォォォォー!!!!!!!!」
だが、ゾアは抵抗した。それこそ全力をかけて。まだ死ねない。まだ死ねない。
目の前には怯えて毛を逆立てたニャンコが居る。
しかも語尾が!しかも語尾が!しかも語尾がっ!!!!!!
そういう思いすべてをこめて叫んだ「ニャンコォォォ!」でゾアはセロエターナルを粉砕した。
多少ダメージを受けているが、そんなもの気にするような気配はない。
「っ・・はぁはぁ・・・」
ヤマネコは左手を下ろした。手を上げる力すらない。
ゾアを見る。裂傷を負ってるが、まだ立っている。さすがだ、さすがアカシア龍騎士4天王の一人だ。
(私はここで死ぬのか・・・)
あと数日あと数日待てば、こんなところには用はなくなるのだ。
セルジュを連れて死海へ行きさえすれば。
そうすればこんな身体も必要なくなる。
(あと数日だったのに!!!)
ゾアはなおもゆっくりと近づく。ぞわっと全身の毛が逆立つ。
「い・・イヤだニャ!来るニャ!!!!!」
確かに良い行いなどしていない。
けれど、けれど・・・こんな死に方はひどすぎる!!!
(運命の神よ!!!!!!!)
あぁ・・とヤマネコは思い立つ。
そう言えば自分がそうであったな、と。
何で忘れていたんだろうか・・大間抜けにも程が有る。自分ってバカ。バカ過ぎる・・。
「はぁ・・はぁ・・・ちっちっちー・・・」
ゾアがヤマネコとの距離あと3歩というところまで歩み寄って立ち止まる。
ちっちっと舌を鳴らすかのように声を出しながらしゃがみこむ。
「!!!き、来たら舌を噛むニャ!!!」
目が合った瞬間、恐怖心が心を占領した。
ゾアはぴたりと動きを止める。
いやな予感がした。
「・・・怖がらないで・・オレの・・子猫よ・・」
ゾアは一気に距離を詰めると・・・・・。

「うにゃぁぁぁー!!!!!」

「あら!!まぁまぁハレンチな!」
「リデルお嬢様・・声が大きいよ」
「そんなこと言っても、見てみなさいよ。すごいわねぇ・・」
「・・うっぷ・・」
「こうして見るとヤマネコ様も可愛いわね。耳がぺたーんと後ろにへたっちゃって!」
「ぶ・・ぶるぶる震えてるみたいですね」
「あらあら・・どうなることかしら」
どきどきするわーvと開け放たれた扉から顔を出して覗き見するリデルとマルチュラであった。

「そんなに怯えるな・・」
「あぁ・・・うぅ・・」
「何も怖いことはない・・」
「は、放すにゃ!!!」
「にゃ・・にゃ・・くくく・・」
さらに力を増されて、ヤマネコは呼吸困難と恐怖に意識が遠のく寸前であった。
ゾアはヤマネコをぎゅぅと抱きしめている。ふかふかする毛並みは上質で、毎日手入れを怠っていないせいか、微かに香る匂いを、ふんがーと吸いこむ。
変態である。どこから見ても。立派な。
(誰か!!!)
ヤマネコは助けてもらうならプライドも何もかも投げ捨てても良い!!と言う程心の中で叫んだ。
すでに声すら出ないヤマネコの唯一出来ることであった。

「くぅぅらぁぁー!!!!!!!」
いきなり近くで怒声が聞こえた。ヤマネコにとっては救いの主、ツクヨミだった。
彼女は空中から出現したとたん、ゾアの背中に蹴りを入れた。
しかしゾアはよろめかない。ヤマネコをかばうように抱きしめたまま動かない。
「くぬぬ!!!!!ヤマネコ様を放せっ!!」
「つ・・ツクヨミニャー・・」
ニャーと言うほどゾアに力を与えているとは思いもしないヤマネコは、より一層激しい力で締めつけられる。
「ヤマネコ様!もう少し我慢してて!!」
ツクヨミは蹴りを入れても離れないゾアを睨みつけた。

「あらあら・・修羅場ですわね」
「リデルお嬢様・・危ないよ」
「でもマルチュラ。こんな面白いもの見ないでどうするのですか?勿体無い。あぁっ勿体無い」
「お嬢様貧乏臭い・・」
お金持ちなのに何故かお金にはみみっちいようなリデルの発言にマルチュラはぼそっとつぶやいた。
視線はゾアVSツクヨミに向けられたまま。

「やい!!変態!これを見ろっ!!」
ツクヨミが片手に取り出したものをゾアに向けた。
「にゃぁぁ〜」
「!!!??」
可愛らしい子猫の声が部屋に響き渡る。ツクヨミが手に出したのは白い子猫であった。
「カトリーヌ!!!!」
ゾアが叫ぶ。ヤマネコを抱きしめたまま。
「ふふん。やっと顔色が変わったね!この子がどうなっても構わないの?」
ツクヨミはネコ掴みした子猫にナイフを突き付けた。
子猫のカトリーヌには判っていないのだろう、「にゃ〜にゃー」と可愛く鳴く。
「む・・むががががが」
ゾアは仮面の下で歯噛みをした。

「ゾア・・むががが・・ですって!お聞きになりました?」
「はい・・」
「カーシュの物真似かしら?それともアカシア龍騎士4天王のお約束?」
「・・・・それはないと思う・・」
自分も4天王の一人なんだけど、と忘れていそうなリデルにちょっと怒りを覚えた。
(お約束って・・・何・・)

「ヤマネコ様から離れろ!!でないと・・」
ツクヨミはナイフをさらに近づける。子猫も顔をフリフリするせいか、ひげが切り落とされそうだ。
「かか、カトリーヌ!!!む!」

「今度は、む!ですって!」

外野で声が聞こえる。ツクヨミは背後にうるさい!!と思いつつ、さらにナイフを近づける。
ゾアの腕の中のヤマネコはすでにぐったりとしている。
真っ青を通り越して紙の様に白い。
「わ、判った・・今日は、諦めよう」
「・・な、何をだにゃー」
「ああっ!ニャーニャー!可愛いにゃー!!!!」
ぎゅむ、とゾアは思わず抱きしめる。語尾の「にゃー」はゾアにとって麻薬にも近い作用があるらしい。
「ふ・・ニャン・・」
「ゾア!!!カトリーヌちゃんがどうかなるよ!」
ツクヨミの怒声にゾアは名残惜しげにヤマネコを放した。
放されたヤマネコはぐったりと壁にもたれかかる。
「・・・とりあえず・・これを・・受け取ってくれ・・」
そう言ってゾアはヤマネコの首に赤い首輪をつけた。
何をされるかとびくっとしたヤマネコを熱い眼差しで見つめて、何かを耐えるように拳を硬く握り締める。
「こ、こんなもの!!いるわけないニャー!すぐに捨てるにゃー!」
動くとちりーんと軽やかな鈴の音がなる。
「・・・・捨てたら・・また・・」
(また!?また持ってくる・・というのか!)
ゾアは低い声でそうささやくと、立ちあがりツクヨミに手を差し伸べた。
ツクヨミは睨みながら、カトリーヌをゾアに返す。
ゾアは大事そうに子猫を抱くと、ちらりとヤマネコを見つめ、去っていった。

「ヤマネコ様!!大丈夫?」
ヤマネコは固まっていた。ぶるぶると震えている。
「ヤマネコ様!!!」
「え・・は・・・うっ」
ツクヨミの声に我に返ったヤマネコは、急激に襲いかかる吐き気に口元を押さえて前かがみになった。
「うっえぇ・・」
「ヤマネコ様ー!!!せせ、洗面器!!!」
うぐっ・・と我慢するヤマネコの目には苦しさのあまりに涙がにじむ。

「・・・・マルチュラ・・大変よ!」
「お嬢様、もう良いだろ?帰ろうよ」
「それどころじゃないでしょう!?悪阻よ!悪阻!!」
「つわ・・り?」
「つわり!!ヤマネコ様・・おめでたなのね・・」
「・・・・お嬢様・・・」

ツクヨミはヤマネコに慌てて洗面器を差し出すと、背後で隠れているつもりらしい2人をじろりと睨んだ。
「毎日あたいの夢見やがれ!ちゅっ!!!」
ばたん!とドアを閉める。
ツクヨミにとって「さようなら」等の別れの挨拶は「毎日あたいの夢見てねv」であるらしい。
「ヤマネコ様!我慢しないで出しちゃって!」
「うぅ・・」
「ほら!二日酔い!二日酔いなんだから!吐いたって当たり前、当然ぜん!!」
「・・そう・・だな・・」

「すまなかった、ツクヨミ」
寝台に横になるのを手伝うツクヨミにヤマネコが本当にすまなそうに言う。
「ううん、あたいも二日酔いの時にヤマネコ様に世話してもらったし、ね?」
「・・そんなことも合ったな・・」
酒好きなツクヨミとヤマネコはお互いで酌し合うことがよくある。
ツクヨミは今回もそれだから気にしないでと、言ってくれているのをヤマネコは感じて、思わずほろりとしてしまった。
見られたくなくてシーツをかぶる。
(ヤマネコ様語尾戻ってる・・)
ツクヨミは安心したように微笑むと、
「お休み、ヤマネコ様」と宙に消えた。
これ以上の世話はヤマネコにとって苦痛だろうとの配慮から。
ヤマネコはそれを感じて誰もいなくなった部屋の中つぶやく。

「感謝する・・ツクヨミ」
首輪がちりーんと涼やかに鳴り響き、彼は疲れ果てて眠りについた。

<END>



【感想切望中(拍手)


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