みんなおなじ空の下
(後編)
この学校に来て、本当に良かったと、何度心の中で思っただろう―――。 毎日、毎日、学校へ行くのが楽しくて・・・・だからこそ、怖い。 いつかここを去らなければならない、その事が怖くて堪らない。 いつまで―――、といつもいつも思っている。 だから、甲太郎や大和との間に距離を感じても、踏み出せなかった。 ・・違う、言いわけだ・・。 踏み出せないのは、怖いから。 遠いあの日、父親に背を向けられて―――拒絶されて。 それから、踏み出すのがすごく怖くなった。 もう傷つきたくなかったから、だから踏み出せなくて。臆病で・・・・嫌になる。 いつか向かい合って、立ち向かう日が来たとしても、何も知らなければ、その日までは・・・幸せだと思ったから。 だけど、本当は―――。 もっと歩み寄りたい。 もっと色々話をしたい。 もっと、もっと―――。 我儘だな、と自分でも思う。 望み出したらきりがない。どこまでも際限なく求めてしまいそうになる。 けど、今は。 「こう・・たろう・・の」 今は―――、 「そばにいたい・・居るだけで・・・幸せなんだ・・」 「ばッ・・・ッ!バカか・・お前は・・・」 「え・・?」 すぐ近くで呆れ過ぎて疲れ果てたような声が聞こえて、目を開くと一瞬眩しい光に目がくらんだ。 「どんな寝言だ、恥ずかしい奴だな」 「こう、たろう?」 少しずつ明るい部屋に目が慣れてくるに従って、すぐ近くに居る人も見えてきた。 紫の緩い服に、見慣れたワカメ頭・・・。 「・・・もしかしなくても、甲太郎・・?」 「もしかしなくてもそうだ、葉佩」 「ちょ、ちょっと!その呼び方嫌だーッ!」 嫌な呼び方に起き上がろうとすると、急激な眩暈が襲いかかって来た。世界が回っている。 慌てて元の位置に頭を戻して目を閉じた。 「うー・・・ものすごくだるい・・」 「はぁ・・。お前、自分がどんな状態だったか、覚えてるのか?」 いきなり起きようとするなんてバカなんじゃないか?と言いたげな声にムッとする。 「うるさいなッ!そんなの覚えてるわけが・・って、あれ・・?」 「思い出したか・・」 「プールに落ちた気がする・・」 「気がするじゃないッ!落ちたんだッ!」 ベチッ!と額に軽い衝撃と冷たい布地の感触。触るとやっぱり濡れたタオルだった。 「だからこんなにダルイのかぁ・・・うぅッ・・気持ち悪い・・」 おまけに右腕の肘から下―――《秘文》がある部分が異常なくらい熱くなっていて疼いている。 どうなっているか見たいが、眩暈がひどくて確認もできない。 「大人しくしてろ、ますます酷くなるぞ」 「・・・うん・・」 正直喋るのもしんどい。指一本動かすだけで体力を消耗するようだった。 「・・吐き気はないな?」 「うん」 「頭痛とかもないな?」 「眩暈が・・酷くて、よくわからない」 「そうか」 「俺・・どうなったの?」 プールで足を滑らせて落ちたまでは覚えている。それ以後は何も覚えていない。 (多分、自力で浮かべないと思うし・・) 墨木の事件以来ジャージの下にはアサルトベストを着込んでいる。それだけで結構な重さだ。 その上、水に弱いという呪い、《秘文》のせいで―――。 (いきなり水に落ちたんだから・・多分すぐ意識なくしたと思う・・) 心構えが出来ているならどうにか耐えられるかもしれないけど、とため息をついた。情けなくて穴があったら入りたい気分だ。 「溺れて気を失ってたな」 「・・・助けてくれたのは双樹さん?」 「助けを呼んだのが双樹だ。助けたのは大和と取手と真里野だ」 「え、3人で?」 「丁度部活が終わって帰り支度してたところだったらしいな」 「そっかぁ・・」 (大和は多分部室に顔を出して帰ろうとしたところで、ってことなんだろうけど驚いただろうな・・・) ついさっきまで話をしていた相手がプールに落ちたなんてことは想像もしないことだろう。 「溺れた人間の身体は重いんだ。3人掛かりでも大変だった・・らしい」 「・・・うぅ」 「幸い水はあまり飲んでなくて叩いただけで済んだらしいが・・下手したら死んでたんだぞ」 「・・・うん・・・」 眩暈が少し治まってきて、少し余裕が出てくると気付くことがあった。 すぐ近くに居る甲太郎は、多分、かなり怒っている。声がものすごく固く冷たい。 「ごめん・・」 小さく言うと、返事の代わりに長い長いながーいため息が聞こえてきた。 「・・・ごめん」 「ヘボなのは知ってたが、遺跡の中じゃなく、プールで死にかけるとはな・・・」 「棒読み怖い怖いよー」 「葉佩、人は溺死すると2倍にも3倍にも膨れ上がる。原型も留めていない」 「・・・・できし?」 「溺れ死ぬことだ!このバカッ!」 「は、はいッ!・・・そんな死に方はイヤです・・」 「嫌なら、次からは足を滑らせて落ちるなんてことにならないように気をつけろ!」 「ラ、ラジャー・・」 「ちッ!本当にわかってるのか?」 「・・・・わかってます・・」 (あぁ、きっとものすごーく機嫌悪い顔してると思う・・こわいよー) 恐る恐る目を開くと、ぼやけた視界に甲太郎が見えた。 (え・・・?) 不機嫌そうではあったけれど、どこか疲れきった顔つきだった。 「ね、ねぇ・・、俺、どのくらい寝てた?」 「1日たって、もう夕方だ」 「え・・ええッ!?」 驚きながら思い出す。この呪いのせいで水に浸かり過ぎると昏睡状態に陥るということを。 (・・・もしかして、ずっとついててくれた・・?) 聞こうかどうか迷う。多分素直に答えてはくれないだろう。 しかしこの顔つきは・・・。 (目の下には隈が出来ているし、いつもの眠そうな顔つきじゃないし、なんかやつれてるし・・) しかもこの部屋は・・。 「・・・ここ、甲太郎の部屋だよね?」 「そうだ。あんな部屋に他の奴らや保健医呼べるわけがないからな・・仕方なくだ」 「そ、それじゃ・・ベット占領しちゃったってことかぁ・・」 「まったく、いい迷惑だ」 「ご、ごめん・・ッ!今すぐ退くからッ!」 慌てて起き上がろうとしたが、ほんの少し頭が持ち上がっただけですぐに枕に逆戻りした。眩暈が物凄い勢いで襲いかかってくる。 「うぅ・・・目が回るぅ・・」 「バカッ!大人しくしてろって言ったばかりだろッ!」 「ごめんなさい」 「はぁ・・もう良いから、もう少し寝とけ」 「・・・うん」 喋るのも大変なことに気付いたらしい甲太郎が、疲れたように言いながら目の上にずれたタオルを置き直してくれた。 そのことにお礼を言おうとして、そのまま気を失うように眠りについた。 「う~ん・・・お腹減った・・」 カレーの良い匂いに起こされて目を覚ますと、部屋中に胃袋を刺激する匂いがしていた。 目を開くと薄暗い室内、自分の部屋ではない天井が目に入る。。 (あ、そうか・・溺れて、助けてもらって、甲太郎の部屋で寝込んでたんだっけ・・?) 順序よく思い出しながらゆっくり身体を起こす。 「・・・まだちょっと・・だるいかな・・」 眩暈はまだ少しするけど、起きていれば自然に治るだろう。 毛布の上に落ちた濡れたタオルをベットの縁に載せる。 (・・まだ冷たい・・ってことは、ずっと変えててくれたのかな・・) 甲太郎の優しさに心の中で拝みながら、そっと右腕の袖を上げた。 「あぁ、やっぱり・・」 少し薄くなった朱色が目に入る。水に浸り過ぎると暫くは消えないこの《秘文》は、身体のだるさの証でもあった。 それが取れるまでは消えないだろう。 袖をそっと戻して、ふと自分が着ている服にきがついた。服はいつもと変わらないジャージだったのだが・・。 「・・・?あれ、このジャージ、甲太郎のだ」 多分濡れた服を着替えさせてくれたのだろう。 「おい、起きて大丈夫なのか?」 「あ、甲太郎」 急に声をかけられて顔を上げると、エプロンをつけた姿が目に入る。 「うん、もう大丈夫」 「・・・顔色はだいぶマシになったみたいだが・・」 「大丈夫!それよりカレー食べたい!」 「・・・寝てる時もグーグー腹鳴らしてたぞ」 「えっ!?うわー・・・」 物凄く恥ずかしいと、顔を赤くしてそっぽを向くと微かに噴き出したような笑い声がして視線を上げた。 (わ、笑ってる・・) 珍しく声を上げて笑っている。驚いて見つめていると、フッといつもの微笑みを浮かべた。 「おまえ、よほど腹が減ってたんだな・・。寝言でカレー食べたいとか言ってたぞ」 「うぅぅ・・」 「カレー作り出すと、こっちで物音立てるたびに腹の音で返事してたしな」 「あうぅ・・」 「まぁ、丸一日何も食べてないなら仕方ないだろうが・・、起き上がれそうか?」 「うん・・もう平気」 「おい、急に起き上がるとッ!」 起き上がろうと立ち上がるとふらついた。幸い近くにいた甲太郎に手を引っ張って貰ったので倒れることはなかった。 「ありがと」 「まったく世話がかかる奴だな」 「・・・ごめん」 「ほら、良いからさっさと来い。今日のカレーは辛さは控えめにしておいたが、味のバランスは随一だ」 よろけながら膝をついてクッションに座るとすぐに目の前に湯気が上るカレー皿を置かれた。 「わッッ!お、おいしそうー!!!」 スプーンを置かれる前に奪い取って食べ出す。 「・・・・ッッ!おいしぃぃぃー!」 「いきなりがっつくな!胃が驚くだろッ!」 「で、でも・・・おいしくてッ!」 「あー・・・わかった、わかったッ!量作ってあるから・・ゆっくり食えッ!」 「ホント!?やったー!」 「・・ほら水。喉も渇いてるだろ」 「うん!ありがとう~!」 「いちいちオーバーだな・・おまえは。大人しく食べろ」 「はーい!」 「ごちそーさまでしたー!」 パン!と両手を合わせて拝むと、妙な顔をした甲太郎が向かい側からアロマを片手に見ていた。 「?どうかした?」 「・・・よく食べたなと感心していたところだ・・」 「そぉ?でも本当今日のはいつもと違ってたけどおいしかったー!なんかこう、もにょっとしてうにょっとして!」 「おまえの表現はおかしい」 「えー・・わかんない?」 「分かるわけがない」 「・・・うぅ?でもおいしかったってのは分かってね!」 「まぁ、あれだけ旨そうに食べてるのを見ればな・・」 「うん!すごくおいしかったー!」 「・・・・そうか」 「うん」 ふー満足満足、と背後の壁に靠れかかる。食事をしたお陰か、カレーのお陰かは分らないが・・身体中ポカポカと暖かくなっている。 掌を見ると赤くなっていた、血の廻りが良くなったのだろう。 「あれ?包帯?」 左手とともに見た右の掌には白いものが巻きついていた。触ってみると包帯だった。 「・・・・・怪我したっけ?」 不思議に思って左手で探ってみる。掌部分には何も感じない。 「・・ッ!いたた・・腫れてるのかな?」 「おい・・・」 「あ、湿布されてるや」 「九龍」 「溺れたときに打ったのかなー」 「・・・わざとか?」 異常なくらい疲れ果てた声がして甲太郎を見ると、声を同じくらい疲れたような顔をしていた。 「え?どうかした?」 「どう・・って、おまえ・・」 何か言いかけて気まずそうに視線を逸らされた。一体何?と首をかしげると、深いため息が漏れた。 「遠まわしにイヤミ言うなんて、高度な技使えたんだな・・」 「はぃ?」 「・・・・わ、わるか・・ッ!」 再び何か言いかけて、甲太郎は激しく髪の毛を掻きむしった。 (なんか、顔真っ赤・・どうしたんだろう・・) 見ていると、だんだんとイラついて行くようで、本当にどうかしたのかと不安になってくる。 「甲太郎・・だいじょう・・」 「・・・世話してやったんだから、水に流せ」 大丈夫?と言いかけるのを遮られた。呆気にとられて、ようやく何を言われたか把握する。 「あ、そうだった!ありがと!色々面倒おかけしました」 深々とお礼をする。日本人らしく、正座をして礼。 「・・・・ッ!更に高度な技を・・お前普段猫被ってたのか・・・?」 「へ?」 小声で「いつもの考えなしの子猿は・・」とか呟いている。 (よくわからない・・) 「んと、昨日から迷惑かけちゃったしさ・・・、カレーまで食べさせてもらったし、本当に感謝してるんだよ?」 今度は心の中じゃなくて、ちゃんと拝むと、ますますしかめっ面になった。 「・・・・怒ってるのか?九龍・・」 「え?あの、甲太郎?なんかさっきから変だよ」 「変なのはお前・・・・・」 「へ?」 「・・・」 「何?」 いきなり無言になった相手を首をかしげながら伺う。 甲太郎はアロマに静かな動作で火をつけて、ゆっくりと吸い込んだ。 (吸いすぎって止めた方がいいのかな・・) たっぷり数分間無言でアロマを吸っているのを見つめながらそう思った。 「んと、お皿洗ってくるね・・?」 「待て」 無言が続くのが嫌で、目についた皿を口実に逃げようとすると止められた。おまけに皿まで奪われる。 「これは後で洗うから置いとけ・・それより、九龍」 「うん?」 「あー・・・俺に何か言いたいことは?」 「ない」 「そうか、ないか・・・って、ないのかッ!!!」 「あ、カレーがおいしかったです」 「それはもう聞いた」 「他は・・、もうお礼言っちゃったし・・足りなかった?まだ言う?」 「いらんッ!」 「じゃぁ、後はね・・・、あ、助けてくれた3人と双樹さんににお礼言いにいかなきゃ!」 「だから、待てッ!」 立ち上がりかけると再び止められる。右手を掴まれて、一瞬ちくりとした痛みがした。 「・・いッ!あ、あれぇ・・?」 その痛みに覚えがあって固まった。甲太郎と自然に視線が合う。 「あ・・・あぁぁあ!!!」 思わず大声を出して条件反射のように手を振りほどく。 「お、思い出した・・ッ!あんなに考えてたのになんで忘れてたんだッ!?」 「・・・おい」 「あんなにあんなに・・考えてたのに・・」 「おいッ!」 「こ、甲太郎・・・あ、あの・・・」 大声で呼ばれてハッと気が付いたのはいいが、目が合うと居たたまれない。 (に、逃げたい・・) 「俺、そのあの、えっと、あの・・」 「・・・・」 相手は何も言わずに見つめてくる。 (あぁぁ・・なんて言おう・・) 心構えどころか、何を言いたかったかも、混乱した頭では浮かばない。 「その・・なにも聞いてないから・・ッ!」 「は?」 「ごめん!それだけッ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 (うわッ!ますます怖い顔になったよ、どうしよう) 「こ、甲太郎」 「・・・」 「甲太郎・・」 「・・・」 「甲太郎・・・」 「うるさいッ!」 「まだ、怒ってる・・?」 「・・・・」 ますますどうしたらいいか分からなくなってくる。 (さっきまで笑ってたのに・・・なんでだろう・・) 「ごめん・・・すっかり忘れてた」 「は?」 「カレーがおいしかったり、溺れたことに驚いたりしてたら・・忘れてたみたいで・・」 「お、おまえな・・」 疲れきった声に顔をあげると、脱力したような姿が目に入る。 本当に悪かったなと思いながら、真剣に言った。 「甲太郎・・さ、俺がここに居るの、いや?」 怖々と聞くと、こちらを探るような視線を送られてくる。それに微笑みながら続けた。 「俺は・・言ったよね。あれ、寝言じゃないよ・・本当のこと。本当の気持ち」 「九龍・・」 「あと少しかもしれないけど、一緒に居たい」 驚いたように目を見開いた相手に、少しでも伝わるように見つめながらはっきり口にした。 「甲太郎が・・・その、嫌でも・・・、傍に居るだけでいいんだ」 「九龍・・お前・・」 甲太郎の表情が固く強張った。それを見つめながら、一生懸命続ける。 「届かなくてもいい・・、だけど、傍にいることだけ許して欲しい」 「・・・・」 「・・・ダメ、かな?」 「・・・・・・」 無言で視線をそらされて、胸が痛んだ。 多分、それが答えなんだろう。もう見ていられなくて視線を落とした。無意識に自分の右腕―――服の下のバングルに手を当てる。 (大丈夫・・、わかってたことだから・・) 「あ・・・あははは・・。ごめん、変なこと、言っちゃって、俺、あの・・、えっと、戻るね!」 「・・・・・」 「カレーありがとう。おいしかっ・・・うわッ!?」 瞬間視界がぐるりと回転した。 何が起こったか咄嗟に分からなかったけど、立ち上がりかけていたところに足を引っ掛けられて盛大にベッドに倒れこんだ。 柔らかい布団に顔を埋めたままそこまで把握して、慌てて顔をあげた。 「な、何・・ッ!?」 「九龍ッ」 「え、えええッ!?」 起き上がろうとしたわけではないのに、起き上がるのを阻止するように胸の上に置かれているのは―――足。 (えーと・・・左足で・・踏まれてる・・んだよなぁ・・) 何この体勢・・・と小さくつぶやくと、遥か頭上にある甲太郎から鋭く睨まれた。 「お前、何勝手なことペラペラペラペラ喋ってるんだッ!」 「・・・こ、甲太郎・・?」 「馬鹿じゃないのか?いや、馬鹿なのか。お前は」 「ばッ!馬鹿じゃないよッ!」 「馬鹿じゃなければ、ウルトラアホだな」 「う、ウルトラッ!?」 「馬鹿だと思ってたが、そこまで馬鹿だとは思わなかった」 「ちょ、ちょっと!なんだよ、それッ!さすがに怒るよ!」 「黙って聞いてれば・・、言いたい放題言いやがって」 「・・・?甲太郎?」 視線をそらした甲太郎を見て、驚いた。 顔がリンゴみたいに赤い。 こんなに照れてる甲太郎を見るのは初めてで、思わずまじまじと下から観察してしまう。 「・・・・・・・・・・・・・・・ってないぞ」 ぼそっと呟いた言葉は全然聞こえなかった。 「声がーちいさーいぞぉー!」 「ッ!」 「え、わ、いたッ!いたたッ!!!思い切り踏みしめるなー!体重掛けるなーッ!」 「う・る・さ・いッ!」 ゲシッ!と蹴られてベッドから落とされた。お尻と背中を思い切り床にぶつける。 「うぅ、ひどい・・・」 「ふん、全部お前が悪いんだ」 「な、なんだよ、それッ!おーぼー!おーぼー!」 「横暴だッ!漢字で言え!」 「な・・ッ!漢字で喋ってるよッ!甲太郎の耳が悪いんだよッ!」 あまりの仕打ちの酷さに頭にきて、甲太郎が立っているベッドのシーツを思い切り引っ張った。 「うぉッ!?」 「やーい、バッ・・・・・・ぎゃふッ!」 どすん!という音と、何かが潰れたような鈍い音と共に襲いかかる衝撃。 一瞬意識が遠くなって、咄嗟に自分を下敷きにする重いものに腕を回した時だった。 「何してるんだ、おまえたちは・・」 呆れたような声に慌てて顔をあげると、すぐ近くにその人は居た。声と同じく心底呆れたように腕組してこっちを見降ろしている。 「やま・・・と?」 「人が様子を見に来てみれば・・」 「えーっと、うんっと・・」 そう言われてもどう答えていいかわからない。そもそも踏んできた甲太郎が悪い。そう思って自分を下敷きにしている身体を思い切り引っ掻いてやった。 「痛ッ・・・!九龍ッ!お前ッ!」 「甲太郎、いつまで九龍を踏みつぶしてるつもりだ。いい加減どいてやれ」 「言っておくがな、こいつがやらかしたからこうなったんだ。悪いのはこいつだからな」 「・・・酷い。甲太郎が先に踏んできたくせに!酷い!」 「どこがだッ!明らかにお前が宇宙人なのが悪いッ!」 甲太郎がどう声を荒げた瞬間、妙な沈黙が流れた。何を言われたかよくわからない。 「へ?」 「はぁ?」 大和とほとんど同時に聞き返すと、甲太郎ははっと口元を押さえてそっぽを向いた。その表情は隠れていてよくわからない。 (うちゅうじん・・・?宇宙人って・・あの宇宙人かな・・) お前が宇宙人なのが悪い、という言葉を反芻して、大きく首をひねった。まるでわからない。 「あのー・・・俺、宇宙人、ちがう。ニッポン人、おっけい?」 「・・・・なんで片言なんだッ!」 「あー・・九龍、甲太郎の言葉は真に受けるな。誰もお前が宇宙人だなんて思ってないからな」 大和が取り成すようにそう言うと、甲太郎はものすごく嫌そうな顔をして睨みつけてくる。 「おい、大和と一緒にさっさと出て行け」 「え、そんないきなり・・」 「出・て・い・けッ!」 「えー」 「えーじゃないッ!」 「九龍、甲太郎は寝不足でイラついてるんだろう。放っておけ」 ポン、と肩をたたかれて大和を見上げると、苦笑を浮かべた表情とぶつかる。それに同じように苦笑で返して立ち上がった。 「うん、そうする。ずっと寝床占拠してたし・・・甲太郎」 「・・・・・」 返事もしない相手に少しムッと顔をしかめたが、置かれたままのカレー皿を見て思い直し、笑顔を浮かべた。 「ホント、ありがとう。すごく感謝してる・・・それでさ、えーと」 「・・・・・」 「おやすみッ!それと、えっと・・」 「なんだ、いい加減言いたいことがあるならさっさと言え」 「うん・・・甲太郎が嫌だっていっても」 「なッ・・?」 「俺は傍にいるし、ベッタリ盗り憑くから・・・だから、また明日ッ!」 「・・とりつく?お、おい」 間の抜けた甲太郎の声を聞きながら背を向け急いで扉を閉め、そのまま勢いよく走りだした。 ドアのすぐ横に大和が居て、何か声かけられたけど恥ずかしくて止まっていられない。 大急ぎで自分の部屋に飛び込んで、そのままの勢いでベッドに飛び込んだ。 「へへ・・・言ってやったぞ~」 言ってやった、それだけで十分だ。 後少ししか傍にはいられないかもしれない、いつかは向き合う日もきっと来るだろう。 それでも、可能な限り傍に居て、一緒に笑ったりしたい。 傍に居ても遠く感じる距離感も――辛いけど、離れないようにしがみ付いてでも離れてやらない。 そう、決めたから。 【END】 |