相変わらずなボクら
(大和編・前編)
「かかって来い!全力でな」 そう宣告し足幅を広げ、《宝探し屋》――葉佩九龍の目の前に立ちふさがる。 正面に茫然とこちらを見たまま立ち尽くしている九龍は、大きく息を飲み込んだ後叫んだ。 「あれー?大和、なんでここに?いつ来たの?」 『さっき俺が言った台詞は聞いてなかったのかッ!?』と喉元まで出かかった言葉を、必死でこらえた。 「相変わらずなボクら」(大和編) 「・・・・・・・どうやって俺を倒す?」 気を取りなおして言うと、九龍は大きく小首を傾げた。 「倒す・・・・?一体なんのこ・・・・・」 動揺をしてくれて、直前のやり取りを忘れてしまったのかと思っていたが、「アホか、お前は・・・ッ!」と背後から小突いた甲太郎の仕草で最初から聞いていなかったのだと察した。 (九龍・・・・・・、お前の耳は節穴か・・・?) 頭を抱えたくなったが、神鳳に取り憑いた『この遺跡の何か』が見ている。 敵である俺が、九龍に親しくあれこれ説明するのはおかしく見えるだろう。やっと得た『秘宝への手がかり』だ。ふいにしたくない。 「お前がかかってこないのならば、俺から行くぞッ!」 そう言い放ち、身構えもしていない九龍の首筋目掛けて《力》を放つ。 鋭い銀の光の月の波動は、まっすぐ九龍へ向かい、その身体を傷つける寸前、 「よっと・・・・・・ッ!」 「わわわッ!」 背後から甲太郎が九龍の首根っこを掴み強引に避けさせた。 どうやら咄嗟にやってしまったことらしく、九龍には見えてはいないだろうが、こちらから見えた甲太郎の表情は明かに『しまった』とでもいうべき顔だった。 「あーびっくりしたーッ!甲太郎、ありがとー」 「・・・・・お前な、ぼうっとしてるなよな」 「うん。ごめんごめん」 「ッたく・・・・」 (わざと放ったんだが・・・・やはり避けたか) 今のは、警告をこめた一撃だ。 甲太郎の正体は知っているが、どんな《力》を持つかは推測でしかない。 体育の時や、ふとした時に甲太郎が無意識に見せる動体視力の良さが気になっていたのだが・・・。 (やはり見切ったか・・・) 顎に手をかけて口端を上げてニヤリとすると、眼が合った甲太郎は嫌そうに顔をそむけた。 お互いの正体は確証はないものの、それとなく察していた。 相手との探り合いの応酬を常にしてきた仲だ、今の俺の笑みが何を意味していたかは気付いただろう。 「うーッ!大和が敵だなんて・・・・・」 その声に視線を九龍に移すと、こちらを見て苦しそうな表情をした姿が見えた。 「悪いな・・・・秘宝は俺が頂く」 「大和も、《生徒会》の人なのか?」 「俺は違う。だが・・・・・キミの目の前に立ちふさがる敵だ」 「敵・・・・・なんて・・・」 九龍は悲しそうに目を細めると、俯いた。 「九龍、覚悟を決めるんだな・・・・あいつは引きそうにない」 「そうよ!ダーリン、大和ちゃんは、ダーリンの愛を裏切ったのよッ!」 「でも・・・でも、俺・・・・いやだよ・・・・」 (九龍・・・・) 胸が酷く痛む。思った以上に、九龍にほだされている自分を再度自覚した。 九龍は、今まで居たどの友人達よりも近くに居た。 心からの笑顔に、何度眼をそむけただろうか・・・。 (俺には、お前から笑顔を向けられる資格など・・・・なかったんだ) 笑顔とともに、いつしか寄せられたのは『信頼』『友愛』・・・・・、そしてどこか思慕の念を感じさせる眼差し。 九龍の明るさに惹かれた。 ――共に居れば、その優しさや温かさ、前向きな・・・けして諦めない強さに、勇気付けられてきた。 だが・・・九龍の笑顔の翳りが気になった。 ――俺を見て誰かを思い出して懐かしそうにする姿、何かに苦しむ姿を、見たくないと思う程に。 「九龍、俺はお前のことを・・・」 親友だと思っている、と言いかけると遮られた。ほかでもない九龍に。 「なんで?どうして!?もしかして3連戦!?どうしよー!もう弾丸ないよー!やだーッ!」 「お前な・・・・あれだけ余分に持っとけといつも言ってるだろうがッ!」 このヘボハン!と怒鳴って甲太郎は九龍の頭を容赦なく叩く。 (・・・・九龍が少々物覚えが悪いのは・・・お前がバシバシ叩くからじゃないのか?) 以前から眼にするたびに苦言を言って来たのだが、甲太郎が容赦することなど一度もなかったな、と思い出し、腹の底辺りからムカムカとしたものが沸き起こる。 自分の言葉を邪魔されたことよりもそちらのほうが気になった。 (だいたい、友に対してその態度は何だ) 前から思っていたのだ。九龍が可愛そうだと。 (お前だけの九龍じゃない、俺にとっても・・・・大事な友なのだからな) 考え込む自分の前で、九龍と甲太郎のやり取りは続く。 「だってー・・・・、お金がないんだよ、本当に!全然!まったく!」 「クエストで稼げよ。ちゃんとやれば弾丸くらい買えるだろうが。だいたい、判ってるのか?」 「な・・・何が?」 「近接攻撃だってろくに当たらない上弱いくせに、弾節約して生き延びることが出きるのか?死にたくなければ、ここへは安易に来るな・・・まぁ言っても無駄だろうけどな」 「そうそう!無駄無駄ッ!」 「何胸張って言ってるんだ、ヘボヘボハン!」 ビシッと容赦なくデコピンをする甲太郎を睨みつけるが、無視される。 「ヘボヘボって・・・いつもいつもいつもいつもッ!それ本当へこむんだからなッ!」 「そうか、なら自覚しろ」 「うーぅぅぅ・・・甲太郎のアロマバカッ!」 「知ってたか?ヘボいやつほどよく吼えるんだぞ」 「え、本当?い、今の・・・ウソ・・・です。はい」 「・・・・・バカだな、本当」 「甲太郎は意地悪だ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい加減にしてもらおうかッ」 (人が見ていれば、際限なくどこまでも・・・・ッ!) 非常に面白くない。 苛立ったまま2人を睨むと、その2人の背後からもう1人の人物の声が聞こえてきた。 「そうよ!そうよ!アタシを無視してイチャイチャするなんてッ!シゲミ、ジェラシィィィィィィイイイーッ!!!」 (朱堂・・・?居たのか) 気付かなかった自分は、九龍しか目に入っていなかったんだなと思い苛立ちを余所に苦笑いを浮かべた。 甲太郎が目に入ったのは、目障りだったからに違いない。 (九龍には真っ向から挑みたいんだ・・・邪魔をするな) 甲太郎を睨みつけると、眼が合った甲太郎は嫌そうに顔をしかめた。 「・・・・・・・・九龍、どう足掻こうが、俺と戦ってもらう」 「うん。わかった!」 「・・・・・なんだ、その軽いノリは」 「キーッ!アタシを素無視!?」 ギャーギャーと騒ぐオカマと、自分は関わりはしないという姿勢でありながらツッコミをいれる甲太郎がうるさい。 「外野、煩い。黙っててもらおうか」 思わず苛立ちを露にし、ひと睨みし、九龍に視線を戻した。 「・・・何故、笑っていられる」 九龍は、場にそぐわない笑顔を浮かべていた。いつもと変わりない笑顔。 胸の奥が刺されたような痛みを感じ、無意識に心臓に手を当てた。 九龍は問い掛けられた言葉を、小さな声で口にして暫く何かを考えた後言った。 「だって、俺、大和のことが好きだから」 「な・・・・ッ!」 何を言い出すんだッッ!!!と仰け反ると同時に、九龍の背後からも声が上がる。 「お、おい・・・・ッ!」 「だ、ダーリン・・・ッ!」 驚く2人を九龍は振り向いて首を傾げると、両手をポンと打ち合わせて言った。 「甲太郎も、シゲミちゃんも好きだよ」 「・・・・・・・・・・あのなぁ・・・」 朱堂は感激したのか鼻血を出しながら声にならない雄たけびを上げている。 一方甲太郎は、長い沈黙の後、疲れたように首を振ると、九龍の頭を軽く叩きながら言った。 「・・・・ったく・・・お前はいつもそれだな・・・」 「・・・・?」 「バカだってことだ」 「ま、またバカって言ったー!」 九龍が顔を赤くしてじゃれ付くように軽く殴るのを避ける。 その姿を眺めながら、どこか・・・・がっかりしたような・・・・・・。 (・・・・・・あぁ、これはあの時と同じだな。九龍に、甲太郎と八千穂のことを聞いた時と・・・・) 3人が仲良くしている姿を、遠くから眺めていた。 最初は微笑ましいと思っていたそれが、いつしか・・・・・・羨ましくなっていた。 (同じ眼を向けていたのは・・・・・俺だけじゃないがな) 白岐幽花、儚げな彼女もまた・・・・・九龍達を遠くから眺めていた。 同じ人物達を見ていたからこそ、気がついた。 (俺と白岐は・・・、根本的に似ているのかもな・・・) 白岐のことを、この遺跡の謎を解く鍵を持った持ち主だと思い近づいた。 だが、彼女自身の儚さも気になっていた。それが好意なのか、どうかは・・・・はっきりとは自分でもわからない。 彼女の、他人をあえて遠ざける言動や行動に、苛立ちを覚えた。似ているからこその自己嫌悪が伴う、苛立ち。 それは甲太郎に対しても同じように沸き起こった。 (・・・・だからこそ、甲太郎が・・・、羨ましかったのかもしれないな・・) 恐らくは九龍の信頼を裏切るような『もの』があるくせに、常に傍らに居る甲太郎が・・・・。 この気持ちの根本は・・・・、 「九龍・・・、俺もお前のことが、友として・・・いや、親友として好きだ・・・」 人として、友として、『好き』なのだろう。九龍のことが。 だからこそ、こんなにも胸が痛く・・・、彼と戦える高揚感に力が漲ってくる。 唯一認めた友だからこそ、正々堂々と相対してみたかった。 その事を伝えようと口を開く寸前、九龍が柔らかい笑みを浮かべ言った。 「・・・えッ・・・・・えっと・・・・・・嬉しい・・・」 「・・・・・・・・ッ!」 俯き加減で、目を伏せて微笑んだ九龍からは、心底から嬉しいという感情がストレートに伝わってきて息を飲んだ。 「・・・・・今時、小学生でもやらないぞ・・・恥ずかしいヤツらだな」 固まった俺を、我に返らせたのは甲太郎の言葉だった。 「・・・・・羨ましいのか?甲太郎」 「バカバカしい」 「俺、甲太郎から好きって言われたら、きっとすごく嬉しいよ」 「・・・・・・・・ッ・・・お前は・・・ッ!」 甲太郎が九龍の頭を殴ろうとするのを咄嗟に腕を掴んで止める。 「・・・離せッ!」 「離せば九龍を叩くのだろう?やめておけ」 「そうそう、叩かれるのも蹴られるのも、痛いんだぞー!」 「九龍、大和は俺の手を封じているが、足は自由・・・なんだぞッ!」 そう言うと甲太郎は容赦なく九龍の腹を蹴り飛ばした。 「ぎゃーーーーッ!」 「ッ!甲太郎ッ!」 吹っ飛んだ九龍を見て、諌めるように言うが、甲太郎は邪険に俺の腕を振り払い、離れた。 「・・・・・・・・・・・・・・・いい加減、その態度を治した方が言いと思うぞ」 「・・・・・ほっとけ」 「その調子じゃそのうち九龍も呆れておまえから去っていくんじゃないのか?」 「・・・・・・九龍の前に敵として立ちふさがっているお前が言うのか?」 「いや、違うな。俺は九龍とようやく向き合えるんだ・・・、勝とうが負けようが、その先にある想いは変わらない」 「《敵》として立ちふさがっておいて、変わらないはずはないだろ」 甲太郎が、こちらを向き、暗くぎらついた視線で睨みつけてくる。 九龍には背を向けているので、気付くことはないだろうが・・・。 「お前のその表情も九龍に見せてやるんだな」 「・・・・・・・黙れ」 少し煽り過ぎたのか、甲太郎は殺気を押さえもせずにこちらへと向けたまま、睨みつけてくる。 (・・・・そこまで切羽詰まっておきながら、なおも九龍の隣に当たり前のようにして居るのだな・・) この遺跡にある開かれていない扉は残り2つだ。だからこその焦りなのだろう。 「甲太郎、お前は・・・・」 自分で思うほど意地の悪い笑みを浮かべながら、口にしようとしたとたん、九龍の悲鳴が場を切り裂いた。 「な・・・ッ!?」 「九龍ッ!?」 慌てて2人して九龍の方を見ると、朱堂に押し倒された姿が目に入る。 「や、やめてってば!シゲミちゃん!お・・・重いぃ〜」 「あらん、ダーリンったら・・・・・、顔を赤くしちゃって・・・じゅるり・・・」 「よ、よだれ!お、落ちるッ!ぎゃー」 2人の会話を耳にしながら、沸々と沸き起こる怒りに任せて朱堂へと駆け寄り、横合いから張り飛ばそうとすると、俺よりも早く駆け寄った人物の手に・・・いや足により、朱堂は蹴り飛ばされた。 「・・・・ッたく、何やってんだお前は!」 そう言いながらも助け起こす仕草はどこか優しく、本人も気付いていないだろう笑みを浮かべていた。 「甲太郎が蹴り飛ばすからシゲミちゃんに当たっちゃって、2人でごろごろ転がってたら・・あぁなったんだよ!甲太郎が悪い!」 「・・・・・あのくらい避けろよ、《宝探し屋》」 「避けれるはずないだろー!」 顔を赤くして怒る九龍を、軽くいなして、甲太郎はアロマを吸い込んだ。 (・・・・・・反省の欠片もないのだな・・・・) その上九龍からじゃれ付かれると、邪険にしながらもどこかしょうがないとでも言うように構ってやっている。 「素直じゃないのも、問題だな・・・甲太郎」 「うるさいッ!」 「まぁ・・・・いずれ、それで後悔することになろうとも俺は構わないがな」 「ふん」 何を言ってもどうにもならない甲太郎は放っておくことにして、先ほどから気になっている点を口にした。 「・・・九龍、半分脱げているぞ」 「え、ぎゃーッ!アサルトベストまで脱げてる!」 「そのスーツもチャックを上げろ・・」 「Tスーツまでッ!いつのまに・・・・」 九龍の格好は酷かった。 アサルトベストと呼ぶものは黒の重厚なベストの事だろうが、床に落ちたままだし、下に着込んでいるつなぎの服・・Tスーツというものらしいものは、上半身だけチャックが下ろされ下に着ているTシャツが見えている。 「そこまでされていて気付かないとはな・・・」 「鈍いにも程があるだろ・・・・」 俺達の呆れた声に、必死に装備を元に戻している九龍は悲しそうに俯いた。いじめすぎたか? 「・・・・・あ〜れぇ〜おたわむれを〜って言うべきだったのかなァ・・」 「戯れを漢字で言えるようになってから言え!ってか・・・どこでそんなアホなこと覚えてきた!」 「時代劇・・・・?」 「はぁ・・・・アロマがうまいぜ・・・」 「でも、おたわむれって・・なに?なんで脱がしながら言うのかな」 その言葉に、正直力が抜ける気がした。 あぁ・・・九龍は多分、自分が脱がされる=時代劇のアレを連想して言ってるのだろうが・・・その行為がなんなのかすら判っていないのだろう。 「まったく・・・」 「え?」 「だからこそ、放っておけないのだろうな・・・・・・甲太郎?」 「・・・・さっきから・・・・うるさいッ」 そっぽを向いた甲太郎を見てフッと笑い、九龍に向き直る。 「九龍、準備は良いか?」 「ん?あ、うん!おっけー!」 「そうか・・・・・・・全力でかかってこい、九龍。お前の力を俺に見せてみろ」 「はーい!」 九龍は何やら嬉しそうに頷いて、武器を取り出した。 「大和、俺ね・・・・俺、負けないから」 「あぁ・・・だが、簡単には勝たせてはやらない」 「うん・・・。手加減とかしなくていいよ!タイマンタイマン!」 「勿論だ。九龍・・・俺の全力を受け止めてくれ」 「よぉし!全力でいくから、大和も受け止めてね!」 そう言い放つと九龍はまっすぐ俺に向かって駆け出した。 (・・・俺の罪を・・・お前に近づいた理由を、お前を利用していた俺を・・・・・) 受け止めてくれるだろうか、心の奥で不安を感じるが・・・・、九龍は、勝とうが、負けようが・・・・・九龍はきっと変わらない。 『好きだ』と言って笑ってくれた友を信じよう・・・。 (俺は、今全力でこの戦いを勝ちとるまでだ) 迎え撃つために身構え、九龍に笑いかけると、拳と拳がぶつかり合う寸前九龍は活き活きとした笑みを浮かべた。 今まで見たどの笑顔よりも、九龍らしい笑顔だった。 <とりあえず完> |