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暖かな陽射しの中で

「ジョウイ、今日は寄り道して帰ったほうがよさそうだよ」
「え?・・・・・そうだね、そうしようか」
いつもの兵士訓練の帰り道、時刻は一般的には丁度『おやつタイム』と称されている時間である。
二人がゆっくり話をしながら向かっていた先には、『帰ろう』とした古ぼけた道場が見えている。
そして、その道場から心地よい 風に乗って運ばれてくる甘い匂い・・・。
それが何を示すのかは、二人には十分過ぎるほどわかっていた。
「こりないね・・・ナナミも」
青い服の少年・・、ジョウイは、片手に持った自分の武器である「星混」で、軽く肩をとんとんとたたきながらため息をついた。
「ナナミ、だからね、仕方ないよ」
一方、赤い服の少年は慣れているのか、苦笑を浮かべるぐらいで、あっけらかんと返す。
「モンキ・・、確かにナナミらしいけど・・・、試食する僕の立場になってみてよ」
モンキと呼ばれた赤い服の少年は、情けない声を出して空を見上げた親友に、「一番の犠牲者は僕だよ」と言うと、くるりと回れ右をして、歩き出した。
元来た道を歩きながら、話の中心人物となっていた義姉のナナミの過去数々の、ジョウイ曰く「こりない」料理のもたらしたものを思い出してみた。

ある時は、炭化したケーキ、ある時は塩っ辛いケーキ、舌どころか体まで痺れるケーキ、辛いケーキ・・・・とまあ「ケーキ」だけでも、数え切れないほど悪い意味でバラエティあふれる料理を作り出してきているのだ。
それでいて悪気は無く、ただただ、誰よりも大切な幼なじみと義弟に「おいしいものを食べさせてあげたい」という、純粋な気持ちからのものなので、食べないわけにはいかないのであった。
それ以上に、彼女の笑顔にはかなわない・・という理由もあったのだが・・・。
「この匂いは・・・、クッキーかな・・」
「匂いだけなら・・本当おいしそうなんだけどね・・・。」
匂いにつられて、笑顔に負けて、悪夢のような味を体験したのは数知れず・・恐ろしさは身に染みている二人は、互いに苦笑いを浮かべると走り出した。

「♪ふ〜〜ん、ふふ〜ふ〜ん♪らら〜ら〜、らんらら〜♪」
一方話の種となっていたモンキの姉のナナミは、自分の家の台所で、二人がずばり言い当てたクッキーを焼いていた。
オーブンを覗き見て、彼女は実に満足そうに笑うと、鼻歌を歌いつづけながら、窓の外に目をやった。
(そろそろ、帰って来る頃よね!)
今日のクッキーの出来は、それはそれは素晴らしい、と彼女は思っていた。どこも焦げていないし、ふっくらとしておいしく焼けてきているし、形といい、色といい、今までで最高の出来映えだ。これならば、きっと二人に「おいしい」と喜んでもらえるだろう。その時を想像するだけで、幸せで胸が一杯になってしまう。
彼女は実に幸せそうに微笑んだ。

「ここなら見つかりっこないよね・・。」
「そうだといいけど・・ナナミは勘が鋭いからね・・」
過去にも数度、二人は逃亡したのだが、ナナミはまるで犬のように二人の居場所を突き止めてしまう。三人でかくれんぼをしても、ナナミにはすぐに隠れ場所がわかってしまっていた・・。
「でも、さすがにこんな所にいるとは思わないんじゃないかな?」
そう、二人が今いるところとは、キャロの町でも一番背の高い、木の上、だったのだ。しかも上のほうに木の葉に隠れるようにしているので、下からでは見つけようがない所であった。
「そうだといいけど・・・。」

「おそ〜〜い!!」
その頃、無事に焼き上げたクッキーを前に、おとなしく二人を待っていたナナミは、ついに我慢の限界だと言うのごとく、がたん!と音を立てて立ち上がると、家の外へと足音荒く出ていった。。
(・・・・、きっと二人で寄り道してるのね!)
外へ出ること数秒、そして何かを決意して家に駆け込むと、大きなバスケットを下げて出てきた。そのままの勢いで、駆けて行く。

「暖かいね〜ここ」
「そうだね・・日当たりが良くて・・ね、眠くなるね・・。」
高い木の上は実に見晴らしが良く、はるか遠くの「燕北の峠」まで見渡せるほどだ。その上風はとても心地よく、日当たりも良い。
ぽかぽかとした陽射しの中で、ぼっーと二人は景色を眺めていると、ついつい木の上だということを忘れて、舟をこぎたくなる。
「本当に寝ちゃダメだよ、モンキ」
「う〜〜ん・・・、」
「モンキ?」
眠たそうな声に慌てて振り向いた先には、今にもバランスを崩して落ちてしまうような、モンキがいた。
「わっ、わわわっ!あ、あぶないな〜」
どうやら眠りについてしまったらしい、モンキの体を片手で引き寄せると、より安定した位置に座りなおした。支えている少年の体は、実に軽い。その体を木にもたれ掛けさせた。これならひとまずは「寝ぼけて落下」と言う自体は避けられるからだ。
「幸せそうに寝ちゃって」
体を少々動かしても起きる気配はない。
訓練でいくらか疲れていたところに、こんな気持ちの良い風と陽射しに当たっているのだ・・・、寝るなと言うほうが無理に近い。実に幸せそうに眠る顔を覗き見て、ジョウイは苦笑を浮かべた。
そのほっぺたをつっついてみた。
ぷにぷに
それでも起きる気配はない。
なんとなく楽しくなって、今度は軽くつねってみた。
むぎゅー
「うーーーん・・・」
まるで邪魔!と言うように、手で払われた。
それでも起きたわけではないらしい。
ジョウイは声を出さずに笑った。
こうして自分の傍らで安心して眠ってくれる彼に、どこかで救われている。
よく「ほんとうに心から安心できる人」の傍らじゃないと眠れない、と言った話を聞くがこれもそうなのだろうか・・。そうなのだろうと、無意識のどこかで確信していた。
「・・・・本当・・・君らしいよ」
小さくため息と共にささやいた声は、どこか羨むような響きがあった。その手が伸びて、柔らかな髪に触れる。自分はそう簡単には人を信じられない。実の弟の前ですら眠る事なんて、出来ないのだから・・・。
母やナナミやモンキの前でなら、眠れる。安心して・・。
だけど、彼は自分が一度でも好意を持った相手の前ならば、信用しきって、安心して眠ることができるだろう・・。
「・・・君が羨ましいよ・・」

「大丈夫よ!ジョウイ!」
「え・・・?ナ・ナナミ!」

不意に頭上から、元気なとても力強い声が聞こえた。はっとして上を見上げると、彼女が笑って木の枝に座っていた。
(いつのまに・・・。)
自分がぼんやりとしていたのはわかるが、のぼってきていたのなら音だってしていただろうに・・・。気配も全く感じなかった。
「モンキが寝ちゃった後だよ、見つからないように登ったの!」
彼女は誇らしげに胸を張ると、するするとジョウイの隣に降りてきた。それはまるで・・・。
(サルみたいだ・・・)
「・・・、今、『サルみたい』とか思わなかったよね・・・ジョウイ」
目の前の木の枝に腰を下ろしたナナミが、じっ・・と、ジョウイを見つめながら言う。
(き、聞こえたのか!?)
「思うわけないだろう?ナナミ」
平静を装ってみた。彼女はじと眼でしばらくこちらを見ていたが「まっ・・いいか」と、呟いて、辺りの風景に目をやった。
「うわー、ここ!気持ちいいね!」
「うん、本当だね」
「ここでお昼寝したくなる、モンキの気持ちわかるなー」
彼女は大きくのびをすると、ジョウイの隣で健やかな寝息を立てながら眠っている弟に、優しい眼差しで見つめた。
「ジョウイ・・ジョウイが、時々まぶしそうに私達のことを見ていたの。私、知ってたよ」
「え?」
不意に真剣な声になったナナミに驚いたように顔を上げた。
そして次に言われたことに驚いた。
彼女は遠くの山々を見つめていた。
「そういう眼をしてるときのジョウイ、いつも寂しそうだった」
そばにいるのに、遠くにいるようだった。
いつも・・不思議だったの。どうしてそんな眼をしてるんだろうって。「ひとりぼっちだ」っていうような瞳だった。
「さっきの独り言で、よくわかったよ」
彼女はジョウイの方へ瞳を向けた。
「あのね!『羨ましい』って思うのは、どういうことだかしってる?」
自分がそうなりたいから・・そうなれないから・・。
「・・・そういうふうに思う気持ちが、大切なんだよ」
そう思う自分がいるから、そうなろうとする・・「慣れるか」どうかは、本当はそう問題じゃない。
「なろう」とする気持ちが大切なんだよ。
彼女は実に楽しそうに笑っていった。
「大丈夫だよ」と・・・・。
自分自身が信じられない人間は・・時にいる。
疑心悪鬼は自分にも向けられる・・。人を信じられない人間はは、自分自身も信じていない。
自分が信用できないから、その自分が信じようと思う相手もまた信じられなくなってしまう。
けれどもし・・・1人でもいいから自分を信じてくれる者がいたら?
その人のことがとても好きで、信じられる人だったら?
そういう人をうたがえる?
「わたしは、ジョウイのこと・・・とても好きよ、大好き!・・・この気持ち、信じられない?」
「・・・・そうだね・・・うん、そうだよね・・・」
ナナミやモンキの事を、心から大切だと思っている自分。
大事にしている、自分。大好きだと心から言える自分。
そして・・・彼女の言う事を・・・そのままうけとめることのできる自分。
「・・・・・ありがとう、ナナミ」
ジョウイは心の底から、そう思った。
その気持ちは彼女にもとどいたらしい。
「大丈夫!ジョウイは大丈夫だよ」
ナナミは、この温かい陽射と同じくらい温かい笑顔で笑った。

「う〜ん・・・あれ?」
わずかに身じろいで、目を覚ましたモンキは、あたりをキョロキョロとみまわした。
大方、『どうしてこんな木の上に・・・?』と思っているのだろうということが、ありありと読みとれて、ジョウイとナナミは声をあげて笑った。
「二人とも、そんなに笑わなくてもいいじゃないか」
ブーっとむくれて、彼はプンと怒る素振りをしてみる。
それが本当に怒っているのではなく、たんに照れかくしだということも二人にはわかりすぎる程わかってしまうのだが。
「ごめんごめん、モンキ」
「そうそう、ごめんってばっ!おわびにナナミちゃん特製クッキーを上げるから!」
その言葉に二人して、反応する。
すっっっかり、何のために木の上にいるのだということさえ忘れてしまっていたのだ。
二人してさーっと血の気がうせて、青ざめる。
「ぼ、僕そろそろ帰らないと・・・か、母さんが心配してるだろうし」
ジョウイは先程までの憂いのある表情からは、想像できないようなこと・・・つまりは敵前逃亡を実行しようとした。
そこに、冷たいつっこみが入る。
「ジョウイ、たしか今日は泊まって行くって言ってなっかたっけ?」
「うっ・・・も、モンキ・・その・・・予定は未定だって・・・いうし・・・」
「ナナミ、ジョウイがお土産に欲しいって!」
この時ジョウイはモンキに悪魔のしっぽがはえているのをみたような気がした・・・。
「えへへ〜、実は持ってきてるんだよ〜」
そう言って頭上・・・(すわっていた枝よりも上の方)から、バスッケトとって来ると、二人に竹の筒に入った水筒を手渡した。
「それはねぇ〜、レモンティーだよっ!でね・・これが・・・」
ごそごそ・・・
「はいっ、ジョウイ」
かわいい青いリボンをかけた包みを渡す。
モンキには赤いリボンの包みだ。
「今日はね!すっごくうまくできたんだから!」
そう言って自分用の包みをとりだす。
そしてにっこり笑って二人に「どうぞ!めし上がれ!」を言った。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
二人は互いの顔を見合わせると、観念したかのようにうなずきあった。
ちらっとナナミを見ると、祈るような目つきで二人を見ていた。食べた感想をききたいのだろう。こうなると食べないわけには行かない。
包みのリボンをほどいて、何か1つ、つまんでみる。
「この・・・形は・・・・・何、かな・・・・・」
「何だと思う?ヒントは動物だよぉ〜♪」
無邪気なナナミは、ジョウイに゛わかるはずよね!゛という目でみつめてくる。
「え?ええ・・ええーっと・・・・・・・」
困った、はっきり言って動物にはみえない。
・・・何に似ているか、といわれて思い浮かぶのは・・・・・・・・壷・・・。
壷のように・・・みえる・・・。だが壷は動物じゃないからハズレだよな・・・。
「・・・魚!!」
「ちがうよ!ウサギだよ!あ、モンキ、モンキのもっている方は鳥だよ」
そう言われて、隣にいるモンキのクッキーをみてみた。
「・・・・・・、本当だね、鳥だよね」}
どうやら彼も鳥にはみえてなかったらしい。
「ねっ!はやくたべてよ!ねっ?」
「うっ、うん・・・いただきまーす」
ぱくっと二人同時に口に入れた。
「どう?どう?どう?」
にこにこにこにこ・・・彼女の期待ははてしなく大きかった。
味は・・・よくいえば・・・いままでのナナミ手作りクッキーよりかは、良い方だった。
「まったりと甘くて、舌ざわりがいいいよ・・・・ナナミ」
さすが何年もナナミの義弟をやってきただけのことはある。
ものは言いようというようなことなのだろう。
「うんっ!ありがとう〜!モンキ!」
彼女は実にうれしそうだった。
そして『ジョウイは?』とも言うのかのようにこちらへ眼を向ける。
「え・・・えーと・・・さ、さくさくしてて・・・いいんじゃないかな?」
「おいしんだよね?よかったー!!」
ナナミは心の底からうれし気な声を出して、この温かな陽射にも似た笑顔をうかべた。
この笑顔をみれるくらいなら、何日かねこむことになってもいいかなとすら思えてしまう(すすんでたべたいとは思わないが)。
そして三人は夕陽が山にしずむ頃まで、温かなぬくもりのある木の上で、たのしげに笑い合っていた。

〈Fin〉


【感想切望!(拍手)


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