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作者・梅里きのこ様

ある日、夕薙が娯楽室へ行くと、子供がわんわん泣いていた。
ここは高校の男子寮なので高校生しかいないはずだが、なぜだかひとりだけ幼稚園児がいる。いや、幼稚園児なのは見かけだけで、彼もれっきとした18歳の高校三年生のはずだ。
しかし付き合う時間が長くなるにつれ、精神年齢も幼稚園児並みであることがよく分かってきた。

その幼稚園児というのは、夕薙のクラスにやって来た転校生、葉佩九龍である。
たった二ヶ月で生徒会執行委員を解散間際まで追いつめている<転校生>で、数々の事件を解決へ導いた彼は、しかし昼間はただのちびっこだった。
今現在も、部屋の中心に立ち尽くし、背中を丸めて両手をだらりとたらしたまま、顔は天井へ向けて、おいおいと声を放って泣いている。小さい子供がそうするように、九龍は力いっぱい泣いているのだった。
「一体どうしたんだ?」
九龍の側にしゃがみこみ、おろおろとしていた取手に声をかけると、相変わらず青白い顔を更に青ざめさせたまま事情を説明してくれた。
「はっちゃん、皆守君に叱られちゃったんだ…」
「甲太郎に?」
夕薙が意外に思って問い返すと、取手はこくんと頷いた。
確かに皆守は、いつも九龍にあれこれ注意し、しつけてはいた。しかし今日のように九龍が大泣きするほどきつく叱ったことなど今までに一度もなかった。
「珍しいな、そんなに厳しかったのか」
「うん、はっちゃんにとっては一番厳しいお仕置きかもしれない…」
まるで自分が叱られたかのように落ち込む取手。
「ふむ。何があったんだ?」
原因を探ってどうにかしない限り泣き止みそうもない九龍を見て、夕薙は取手に詳細を尋ねたのだった。


それは一週間前のことだった。
翌日が休日の場合、眠い目をこすりつつ明け方まで探索を頑張るのが常の九龍が、出かける時間になっても連絡をよこさないのでどうしたのだろうと心配になった取手は、九龍の部屋へ向かった。
その時のバディに指名されていたのは取手と皆守で、どうやら同じく心配したらしい彼と九龍の部屋の前でばったり会った。
「お前にもメールが来ないのか?」
「うん。君も?」
「ああ」
「まさかひとりで行ってしまったんじゃ…」
「とりあえず、入ってみるか」
こんこん、とノックをしてみたが返事はなかった。
「おーい、九ちゃん?」
呼びかけながら皆守がノブを回すと、鍵はかかっておらずにあっさりドアが開いた。
「はっちゃん、いるの?」
「…ぅぅう」
取手の呼びかけに答えたのは、苦しげなうめき声だった。
2人が慌てて部屋に駆け込むと、九龍は床に転がって身を捩っていた。
「どうした、九ちゃん!?」
「痛い〜、痛いよ〜」
九龍が泣きべそをかきながら訴える。皆守がその体を抱き起こし、取手が小さな手がきつく握り締めている腹のあたりに手を当てた。
「おなかが痛いのかい?」
「痛い〜、ゴチゴチするよぅ〜」
尋常ではない九龍の痛がりように、いつも冷静な皆守も顔色を失っている。
「取手、カウンセラー呼んでこい!」
「う、うん!」
いつものおっとりした動作とは比べ物にならない機敏さで、取手は立ち上がった。

酷く青ざめて慌てふためいた取手の様子に吃驚した瑞麗は、大急ぎで寮に駆けつけた。
ベッドに寝かされ、うんうん唸っていた九龍を見て一瞬険しい表情をした彼女は、しかし何故か、診察を進めるうちに面白がるような顔になり、終いには大笑いし出した。
「な、何笑ってやがる!」
めったに見られない皆守の慌てた顔を珍しそうに見物しながら、瑞麗は悠々と煙草を吹かした。
「何、たいしたことではないのでな」
「たいしたことじゃない?こんなに苦しんでいるのに?」
自分も苦しそうな表情を浮かべて取手が言うと、瑞麗はぽんぽんと九龍の腹をたたいた。
「そりゃあ苦しいだろうな。食べ過ぎで胃がぱんぱんになっているのだから」
部屋の中の時間が止まった。
そう錯覚してしまうほど、皆守も取手も、ぴたりと固まってしまった。
「…食べ過ぎ、だと?」
「ああ。食べ過ぎだ」
瑞麗がきっぱりと言う。
「消化剤を飲ませてやれば、すぐに楽になるだろう」
ほれ、と皆守の手に錠剤を乗せる。
「九龍は今まで満足に食事もとれない環境で育ったそうだから、食べ過ぎで胃が痛むなど初めてのことなのだろう。体験したことのない痛みと苦しみで、パニックに陥ったようだな」
「…そ、そうなんだ」
一体どんな病気だろうと、はらはらしていた取手は一気に脱力してその場にへたり込んだ。皆守は安堵するやら呆れるやらで、ぽかんと口を開けたまま苦しむ九龍を見下ろした。
「しかし、一体何を食べたのだろうな」
その場にいた3人の疑問を、代表するように瑞麗がつぶやいた。

そんなわけで、早速消化剤を飲ませることにした。
しかし九龍は薬を嫌がり、何度も吐き出してしまう。何とか無理矢理飲み込ませ、どうにか痛みが治まって泣き止んだ九龍に、朝から今までに口にしたものを尋ねてみた。すると、驚くべき答えが返ってきた。
「朝ご飯食べて、がっこ行って、やっちにcookieもらて、食べて、リカちゃんにcakeもらて、食べて、ほーちゃんにhot dogもらて、食べて…」
そんな調子でバディから次々とおやつをもらい、それだけではなく、クラスの女子や他学年の女子からプレゼントとしてお菓子をもらい、男子からはジュースやアイスをもらい、それらすべてを断らずに食べてしまったと言うのだ。
「そして、晩ご飯は、カレー食べた」
「良く食べられたな。腹がきつくて気持ちが悪くはなかったか?」
瑞麗が感心しながら質問すると、九龍は困った顔をして首をかしげた。
「んー、ぐわい悪いは、なんでかわからなかった」
「なるほど。食べ過ぎたことがないから、食べ過ぎの状態になっても気づけなかったわけか」
「残せばいいだろうが」
「食べ物、のこすはもったいない!」
皆守のもっともな意見に、九龍は猛反発した。
「食べ物なくて、苦しーで、悲しーのひと、いっぱいいるだのに、僕は食べられるなのに、のこすで、捨てるしたら、ひどいよっ!!」
「だからって、腹が破けそうなほど食うなよ」
「だって、みんなは僕のためにくれたよ?それ、いらないっていったら、みんなは悲しー」
「…あのな」
皆守は呆れたようにため息を吐いた。
「その時に全部食べなくても良いんだよ。部屋にもって帰って来て、何日かに分けて食べれば良いだろうが」
「だって、食べてって言うんだもん」
おそらく、九龍におやつを差し入れる者たちは、九龍が満面の笑みを浮かべて美味しいという様子が見たくて渡すのだろう。後で食べるねと言われてはがっかりしてしまうのだ。
九龍もそれがわかっているから、本人の目の前で味わうことにしているのだろう。
しかし、毎回こんなに苦しむまで食べていたら、本当に体を壊してしまう。
「はっちゃん、今度からは全部食べないで、一口だけにしたほうが良いよ…」
「そうだ。それで、残りはもって帰ってこい」
九龍の体が心配な取手と皆守がそう言い聞かせ、瑞麗もそれに賛成したので、九龍はおとなしく頷いた。


「でも、昨日またおなかを壊しちゃったんだ」
相変わらずおいおいと泣いている九龍の背中をさすって宥めながら、取手が夕薙に説明をする。
「色んな人が、よりによって同じ日にアイスばかりプレゼントしてきたらしくて、はっちゃんたら断らないで全部食べちゃったんだ。一日に6個も…」
「それは…、腹が壊れて当然だろうな」
夕薙は呆れて、泣いている九龍を見やった。
「うん。それに、虫歯になりかけてる歯もあって…。ルイ先生は、削らずに歯磨きしているだけでも治る程度だから大丈夫って言ってたけど…」
とことん心配そうな取手だった。
「で、お仕置きって言うのは?」
「うん。皆守君、はっちゃんのこと無視してるんだ」
可哀相だよね、と取手は深いため息を吐いた。
「はっちゃんにとって、皆守君はお母さんみたいなものだからね…。子供にとって、母親に無視されることほどショックで傷つくことはないだろう…?」

朝、いつものように挨拶をしても返事をしてもらえない。
いつもなら顔を拭いて、髪を梳かしてくれるのに今日はこちらを向いてもくれない。
いつもならいっしょに食べるはずの朝ご飯なのに、自分の分はない。
一緒に遊ぼうと思って部屋へ行っても、ドアを開けてももらえない。

「それで、さっき自販機にコーヒーを買いに来た皆守君に、話し掛けたんだけど応えてもらえなくて、とうとう泣き出しちゃったんだ」
「それはまた…、ずいぶんなことをするな」
「うん…でも」
渋い顔をしてみせた夕薙に、一度は頷いて同意を示した取手だったが、髪を撫で付けるように頭をさすりながら言った。
「はっちゃんが苦しむ姿をみて、僕は、心臓が止まるかと思った。このまま…このまま、死んでしまったらって、そんな考えが頭を過ぎって、目の前が真っ暗になった」
声が嗄れて、ぐすんぐすんとしゃくりあげるだけになった九龍を抱き寄せると、取手は小さな体にすがるように、腕に力を込めた。
「皆守君も、きっと僕と同じ思いをしたんだ。…いいや、僕なんかよりもっと、ずっと、恐怖を感じたと思う…。誰よりも、はっちゃんを大切に想っているのは、彼だもの…」
鼻をすすりながら、九龍が自分を抱きしめる取手を見上げた。
「…僕が、死んだら、こーちゃんは、悲しー…」
「うん。そうだよ」
今にも泣き出しそうな表情で、取手が九龍の顔を覗き込んだ。
「だから、皆守君は怒ったんだ。君が2度も苦しむようなことをしたから、とても悲しくて、怒ったんだよ…」
「…はい」
反省したのか、しょんぼりとうな垂れた九龍に、夕薙が励ますように声をかけた。
「早く謝りに行くといい。ちゃんと反省したことが伝われば、許してもらえるだろう」
「うんっ」
手の甲でごしごしと涙をぬぐった九龍は、覚悟を決めたようにきゅっと唇を結んだ。
「かっちゃん、ゆーなぎぃ、ありがとっ!」
「うん。はっちゃん、頑張って…」
「行ってこい」
優しく微笑む取手と、快活に笑う夕薙に見送られて、九龍は娯楽室を飛び出した。


今朝は入れてもらえなかった皆守の部屋の前に立つと、九龍は緊張と怯えで震える手を励まして、ドアをノックした。
「…誰だ?」
酷く機嫌が悪そうな低い声が聞こえてくる。
「僕、九龍だよ」
涙交じりの鼻声で応えると、ドアの向こうはしばらく沈黙した。
「こーちゃん、ごめんなさい。僕、もう苦しーまで食べないよ。ちゃんと、おなか大事にするよ!はみまきも、ちゃんとするよ!」
そう謝っても、皆守の答えは聞こえてこなかった。
九龍は、じわりとにじんだ涙をこぶしでぬぐい、もう一度謝った。
「ごめんなさい」
泣きながら、何度も謝った。
しばらくして、ドアがかちゃりと開くと、隙間から皆守の姿が見えた。
「…本当に、分かったんだろうな?」
「はいっ」
九龍は懸命に頷いた。
しかし、皆守は渋い顔のままだ。
「今度甘いもんを食いすぎたら、問答無用で歯医者だからな」
それを聞いた九龍は縮み上がり、ぶるぶると首を振った。
「いや〜っ、恐い〜っ!!」
「今度腹を壊したら、正露丸飲ますぞ」
「いやいや〜っ!!まずい〜っ!!」
ちぎれて飛んでいきそうな勢いで首を振り、じたばたして嫌がる九龍を見て、皆守は肩から力を抜いてふっと笑った。
「…よし、許してやるよ」
そう告げて、ドアを大きく開くとすぐさま九龍が皆守に飛びついた。
「こーちゃぁぁぁん!!」
ただでさえ泣きはらしている目から、さらに涙を吹き出させながら必死でしがみついてくる九龍に苦笑いし、皆守は小さな背中を優しくたたいた。
「…悪かったよ、無視したりして」
「むしされるは、恐い」
間接が白く浮き出すほどきつくしがみつく九龍の頭に、皆守はこつんと額をぶつけてやった。


翌日、事の顛末は寮で一部始終を見ていた生徒の口から広まり、毎日のように九龍に菓子を与えていた人々は深く反省した。
「そうだよねー、みんなでプレゼントしてたら、九チャンがおなか壊しちゃうのは当たり前だよね」
そのうちの一人である八千穂は、自分の言葉にうんうんと頷いた。
「でもでもぉ、リカは皆守クンがいけないと思うんですのぉ」
一緒にお茶を飲んでいた椎名が、頬に手を当てながらそんな意見を言い出した。
「どうしてでしゅか?」
いつも九龍と一緒にたくさんおやつを食べていた肥後は、自分が悪かったと思っているようで、リカの意見に首をかしげた。
「だって、いーっつも、九サマを一人占めしてますの。リカはぁ、大好きな九サマに少しでも振り向いて欲しくて、プレゼントをしていましたの。お茶会をする間だけしか、九サマと一緒にいられませんもの」
すねた様子で唇を尖らせた椎名の意見に、八千穂はうーんと唸った。
「それは確かに、言えてるかも!皆守クンばっかりずるいよね〜」
「お茶会がだめなら、リカはもう九サマと一緒にはいられませんの〜」
「そんなことないでしゅよ、他に良い方法があるはずでしゅ!」
悲しみに暮れる椎名を、肥後がよしよしと慰めた。
「あ、そーだ!プレゼントするもの、食べ物がだめなら、おもちゃとかにすればいいんだよ!それならおなかは壊れないもんね!」
「まあ」
八千穂がぽんと手を打って口にした案に、椎名が顔を輝かせた。
「それは素敵なアイディアですの〜!リカは、ぬいぐるみやお洋服を作って差し上げればいいんですわ」
「うーん、それなら僕は自分でプログラムしたゲームをあげるでしゅ!」
「わー、いいないいな!あたしも何かさがそっと」


こういった会議があちらこちらで開かれ、翌日から九龍のカバンはおもちゃで一杯になり、皆守は遊びに付き合わされてへとへとになるのだった。



終わり


【藤夜聖感想】
梅里きのこさん(お名前クリックでHPで飛びますv)のサイトで、8000HITキリ番ゲットしてリクエストさせて貰い頂きましたv
おかぁぁさーーーん!!!と叫びたくなりました(笑)あぁもぅ、お母さんに置いて行かれて泣くチビが愛らしいッ!お母さんも辛いんだろうなァ。「くっ」とか「うっ」とかうめいて壁に張り付いてそうです。案外そのへんの物陰から見ていたりとかありえそうです(笑)
またしてもチビが泣いている・・。泣いているリクエストばかりでごめんなさいッ!でも微笑ましいです。次も狙うぞゥ〜とハンターの目で日参してたりとかしてます(笑)迷子になる話を読んでみたいです・・・虎視眈々と狙います(笑)
それにしても、かまちがごくごく自然に「お母さん」と読んでいるところがツボです(笑)周知なのね!あぁだめです。目じりが下がります(笑)本当にありがとうございましたーv

【罰九郎さんの感想】
お母さ〜んッ!おかっ・・・お母さ〜んッ!!(涙)
早く出て来て抱きしめてあげてくださいよ〜!
チビはいい子だけど、だからこそ融通がきかないところもあるんですね〜。お腹が壊れるまで食べちゃうとは・・・
今回の話で、皆守さんがお母さん、かまちーがお父さん(それか保父さん)、夕薙さんがおじいちゃんに見えてきました(笑)
可愛い孫にちょっとしたアドバイスを・・・おいしいとこ取りです(笑)
しつけとはいえチビを泣かせまくった皆守母さんは罰としてチビの気が済むまで遊び倒してもらいたいデスな〜
思わず泣き腫らしたほっぺを撫でてやりたくなるような可愛いチビをくださった梅里きのこ様に感謝感激!


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