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little medicine
作者・梅里きのこ様

皆守は脇に差し入れていた体温計を抜き取り、デジタル表示の数字を眺めた。
「38度6分…」
聞いただけでぐったりしてしまう高熱だった。
やはり、11月の寒空の下、しかも曇りで日が翳っている時に、屋上で昼寝したのが悪かったようだ。
だが、昨日の保健室は大盛況でベッドが満杯だったし、教室には行く気がしなかったから、屋上でさぼるしかなかったのだ。
「まあ、寝てれば治るだろ」
幸い今日は休日なので学校は休みだ。ひとりにしておくと心配なちびっこは、同じ寮の中にいるし、バディ仲間の目も行き届きやすいだろうから安心だ。
ゆっくり休もう。そう思って、皆守は布団に深くもぐりこんで目をつぶった。
しかし、5分もしないうちに部屋のドアがノックされた。
起き上がるのも億劫なので無視してしまおうかと思ったが、ドアの向こうから聞こえてきたのはちびっこ九龍の声だった。
「こーちゃん!開けてー開けてー」
べしべしとドアを叩く音がしたので、皆守は仕方なくだるい体を引きずるように歩き、ドアを開けた。
九龍は腕一杯にバディ達から貰った玩具やお菓子を抱えていた。顔はニコニコ上機嫌だ。
「一緒に、遊ぼー」
わくわくした様子の九龍を見たら、思わず頷いてしまいそうなところだが、皆守は渋い顔をして見せた。
「あー、すまない。今は具合が悪いんで横になりたいんだ。取手に遊んでもらえ」
「ええ?ぐわい悪いの?何?」
「風邪だ、風邪」
今にも泣き出しそうなほど不安げな九龍に、なるべく軽い調子で教えると,九龍は少しほっとしたように表情を和らげた。
「そっか、風邪か。じゃあ僕、かんぴょうするぞ!」
「それを言うなら看病だろ。ダメだ」
「ええ〜」
申し出を断ると,九龍はまたまた泣きそうな顔をした。皆守は心が痛んだが,しかしぐっとこらえた。
「うつったらどうすんだ。いいか?風邪が治るまで俺の側に来るなよ」
「やだぁ」
ぐすぐす鼻を鳴らしだした九龍の目の前で,皆守はドアを閉めてしまった。
何しろ九龍は、薬を飲ませようとすれば吐いてしまうし、じっと横になっていられない上に、一度寝て覚めると、目が冴えまくりで二度寝は出来ない性質だ。風邪なんか引かせてしまったらなかなか治らずに、無駄に苦しめてしまう。
できることなら、九龍が苦しむ姿は見たくなかった。

来るべき別離の、そのときまでは。

ドアを閉められてしまった九龍は、しばし呆然とし、手に持っていた物を全て取り落としてしまった。
「…ぅう〜」
その場にがっくりと膝をついた九龍は、声を放って泣き始めた。
散乱した玩具やお菓子の中で地に突っ伏して、まるでこの世の終わりだとでも言うように絶望しきった姿で泣きじゃくるちびっこを見て、通りがかる通行人はみな思わずもらい泣きしそうになった。
当然その泣き声は部屋の中にも聞こえてきて、とうとう耐え切れなかった皆守は大きなため息をついてからドアを開けてしまったのだった。


部屋に入れてもらった九龍は、皆守の枕もとに座ると,ベッドの端に顎を乗せてじいっと皆守の寝顔を見守った。
「…あのな」
穴が開くほどみつめられて居心地が悪い皆守は、再びため息をついてちびっこのおでこを突付いた。
「じろじろ見るんじゃない。気になって眠れないだろ。その辺で遊んでろ」
「うぃー」
突付かれたおでこを摩りながら、九龍はおとなしくベッドに背を向けて、八千穂に貰ったひよこちゃんのねじを巻いた。
ゼンマイでよちよち歩くひよこちゃんを見ながら、九龍は腕を組んでうーんと唸った。

看病とは何をするべきか?

やるべきことを上げながら、どういう順序がよいかを考える。
ひよこちゃんの歩みがのろのろになり、ついには止まってしまった頃にようやく結論が出た。

1、熱を冷ます
2、暖かくする
3、水分を十分に補給させる
4、栄養をつける

そうと決まればさっそく実行だ。
九龍は颯爽と立ち上がると,急いで自分の部屋へ戻った。
散らかった部屋のあっちこっちを引っ掻き回して看病に必要そうな道具を揃える。
再び皆守の部屋へ駆け込むと、まずは手順その1、熱を冷ます、を実行した。
救急キッドの中にあった、熱を冷ますジェルが付いたシートを皆守のおでこに貼り付けた。ひやりとした感触が気持ちよかったのだろう,苦しげに歪んでいた皆守の表情がすっと穏やかになった。
「確か、脇も冷やすだと、熱はとても下がるだな」
と、言うことで、掛け布団をはがしてパジャマの前をはだけさせると,乾いたタオルで汗を拭いてから脇にもシートを貼り付けた。
「うぅ」
今度は気持ちが悪かったのか、皆守は顔をしかめて身震いした。
それにはお構いなしでパジャマを着せなおし、掛け布団を戻した九龍は、まだ何枚か余っているシートを見た。
「…熱、とても下がるだな」
余ったシートを、皆守の頬や首に隙間無く貼り付けた九龍は、よくやったと満足げに頷いた。

お次は手順その2、暖かくする、だ。
九龍は部屋から持ってきた虎の毛皮と亜麻布を、掛け布団の上に何枚も重ねた。重みに唸る皆守だったが、九龍はそれを熱でうなされているのだと思って、さらに部屋から天之羽衣まで引っ張り出してきて被せた。
暖房の温度も最大にしたし,これで大丈夫だ。
九龍は腰に手を当てて、得意げに頷いた。

手順3、水分を十分に補給させる、は、皆守が目を覚まさないと実行できないので,とりあえずありったけのミネラルウォーターを床に並べて準備しておいた。それだけでは足りないかもしれないと思い,炭酸飲料にミルク、中国酒の瓶まで並べた。

最後は、手順4、栄養をつける。
皆守は、カレーこそは最高に栄養のある料理だと言っていたが、病気のときにカレーを食べても良いのか、九龍は判断がつかなかった。
なので、普通にお粥を炊くことにした。
眠っている側でガチャガチャしては迷惑だと思い自分の部屋で調理することにして、廊下に出た九龍はばったり取手と行き会った。
「やあ、はっちゃん。ずいぶん忙しそうだけど、どうしたんだい?」
おっとりと尋ねた取手に、九龍は大張り切りで答えた。
「あのね、こーちゃんがね、風邪でぐわい悪いだから、僕がかんぴょうしてたの」
「え?そうか、それは大変だ…。ルイ先生は呼んだのかい?」
「あ」
頼りになる校医の存在をうっかり失念していた九龍は、ぽかんと自分の頭を叩いた。
「まだなら、今から薬を貰いに行くところだから伝えておくよ」
「うん!おめまいします!」
「ふふ、お願いします、だよ」
取手は優しく微笑むと、九龍の頭をそっと撫でてから階段を下っていった。
これで治療の心配は要らなくなった。あとは美味しいお粥で元気もりもりになれば、皆守は大丈夫だ。
九龍は部屋に戻ると大はしゃぎで材料をそろえ,簡易キッチンに立った。
しかし、背が届かない。
「あう〜」
すっかりへこんだ九龍は、しかしふと名案を思いついて元気を取り戻した。
一度材料を床におき、机へ駆けて行くと、キャスター付きの椅子をころころと押してきて流しの前に設置した。
試しに乗っかってみると,安定が悪いので立ち上がるのは無理だったが、膝たちでも何とか蛇口に手が届いた。
九龍は大喜びで材料を流しに上げ、さっそく米を研いだ。
力を入れると、椅子がころころと後退するので、膝で引き寄せる。また力をいれて研ぐと、椅子はさがる。芋虫のように体を伸び縮みさせながら作業し、そのうち、何だか楽しくなってきて、ダンスを踊っているような気分だった。
無事に研ぎ終わり,次は土鍋に水を張って、そこへ米を入れ、火にかけた。いつも皆守に火を使うなといわれていたので,コンロの点火スイッチを押すときはとてもドキドキした。
あとは30分、弱火でことことと炊くだけだ。
「こーちゃん、美味しーって、言うかなぁ」
九龍はドキドキワクワクしながら、土鍋を見守った。


「まったく、だからさぼりもほどほどにしろと言ったのだ」
往診を依頼された瑞麗は、何故皆守が風邪を引いたか、その理由を正しく理解していた。
男子寮へ向かいながら、やれやれとため息をつく。
3階にある皆守の部屋へ向かうと,ドアの向こうから異様な匂いがし、苦しげなうめき声が聞こえてきた。
「何だ…?」
瑞麗は美しい眉をしかめ,鍵がかかっていないドアを一気に開けた。
とたんに、むわっと熱気が溢れて来た。まるでサウナのような部屋の中には,酒とミルクの匂いが充満し、ベッドの上には大安売りでもしているのかと思うほどたくさんの布が積みあがっていた。
床一面に、わずかな隙間のみを残して並べられたペットボトルやら瓶やら缶やらを除けてベッドへ近づくと、何故か顔一面に湿布された皆守がぐったりと横たわっていた。
「…」
瑞麗はあまりの有様にしばし呆然とし、それから大笑いした。
「…だ、誰だ…?」
笑い声に反応し,目を覚ました皆守は、体がひどく重いことに気づいた。
「はっはっは。愛されているな、皆守」
「はぁ?」
何故か枕もとにたち,上機嫌で笑うカウンセラーを怪訝な顔で見上げた皆守は、彼女の足元に並ぶ無数の飲料に目を丸くした。
そして、熱帯のような室温と,顔中に何かがはられている感覚と、自身の上にこれでもかと積みあがった毛皮と布の山に気づいた。
「…九ちゃん」
がっくりと枕に頭を沈めた皆守に,瑞麗が諭すように言った。
「怒ってやるなよ。あの子はお前を治そうとして、一生懸命やったのだから」
そんなことは言われなくても分かっている。皆守は瑞麗をちらっと睨み付けると,顔のシートを剥がした。
瑞麗は暖房を切り、窓を開け、室温を調整すると、布と毛皮を除けていた皆守に、ベッドへ座るよう指示した。
おとなしく従った皆守をひととおり診察し,瑞麗はふむ、と頷いた。
「少し熱が高いが、問題ないだろう。薬を処方してやるから、それを飲んでゆっくり休むといい」
「あぁ」
聴診器を当てるために開いたパジャマの前を閉じながら、皆守はふとあたりを見回した。
「そういや、九龍はどこへいった?」
「さあな。私が来たときにはもういなかったぞ」
皆守の胸を、なんとなく不安がよぎった。その時だった。

 がしゃんごつんがたん

何処かの部屋から響いてきたものすごい騒音に,皆守も瑞麗もはっと息を呑んだ。
「く、九ちゃんか!?」
皆守は慌てて、パジャマのまま廊下へ飛び出した。九龍の部屋へ駆けつけ,ドアを開ける。
入り口のすぐ横に備え付けられた簡易キッチンに、九龍が倒れていた。床一面に白い物がぶちまけられ,何故か机の椅子が横倒しになっていた。
「九ちゃん、しっかりしろ!!」
あつあつの湯気をたてる白い海を飛び越えて、急いで九龍を抱き上げる。九龍は何が起こったのか自分でもわからないのだろう、うにゃうにゃと何か言いながらおでこを擦った。幸い、おでこをぶつけただけで,やけどはしていなかった。
ひとまずほっと胸をなでおろす皆守に,ついてきた瑞麗が状況を見て分かることを教えた。
「どうやら、その椅子を使って粥を調理していたようだな。安定が悪い足場だったので、転んでしまったのだろう。怪我は無いか?」
「ああ、大丈夫みたいだ」
皆守が、赤くなった九龍のおでこを撫でると、目を開けた九龍が不思議そうに皆守と瑞麗の顔を見た。
「…あれ?何してるの?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿!」
そう怒鳴られ、鼻をつままれた九龍は、もげーっと悲鳴を上げた。
「僕,おかう作った」
「危ないから、キッチンは使うなって言っただろうが」
「でも、えいよーつけるじゃないと、風邪なおんないもん」
そう言い、九龍は自分の作ったお粥を探してあたりを見回した。そして、ひっくり返ったお盆と,転がった土鍋を見つけた。お粥は、床一面にこぼれてしまっている。
「…おかう」
「九ちゃん…」
唇をへの字にし,ぽろぽろと涙をこぼす九龍を皆守はぎゅっと抱きしめた。
「…ありがとうな」
優しく九龍の頭を撫でる皆守と、皆守の胸に顔をうずめて泣きじゃくる九龍の姿を見守って、瑞麗は静かに微笑んでから、部屋の惨状を見回してやれやれと肩をすくめたのだった。


マミーズの舞草が差し入れてくれたお粥を昼食に取ると,皆守は再び横になった。
端麗から正しい風邪の看病を教えてもらった九龍は、やはり差し入れで貰ったお子様ランチを食べながらやりすぎだったと反省した。

皆守が眠ってしまって、しばらくはベッドの側でおとなしく絵を描いて遊んでいた九龍だったが、しんと静かな部屋の中が急に寂しくて、心細く感じた。
鼻の奥がつんとして、涙がじわじわ溢れて来る。

何の音もしない場所は、真っ白な部屋を思い出させた。
病人のいる部屋独特の空気が、いっそうリアルに感覚を呼び起こす。

九龍は慌てて鉛筆を放り出すと,ベッドの中にもぐりこんで皆守にしがみついた。
「…何だ…?」
薄っすらと目を開けた皆守は、何故か必死にしがみついてくる九龍を見て,苦笑した。
「風邪,うつっても知らないからな」
「うん」
九龍は涙が溜まった不安げな目をして皆守を見上げると,小さく呟いた。
「早く,元気、なってね」
「…あぁ」
皆守はそっと笑うと,小さな体に腕を回して抱き寄せて、あやすようにぽんぽんと肩を叩いてやった。

ちいさな子供のちいさな一言が,何よりの特効薬となったのか。
次に目覚めた時、皆守の熱はもうすっかり下がっていたのだった。



終わり


【藤夜聖感想】
梅里きのこさん(お名前クリックでHPで飛びますv)のサイトで、7777HITキリ番ゲットしてリクエストさせて貰い頂きましたv
踏んだときは嬉しさのあまりに小躍りしたのは内緒です(言ってる言ってる)
今回もチビを泣かせるリクエストでした・・・・ごめんね、チビ!お母さんに風邪を引かせるようなリクエストで(笑)でも読んでて幸せでした(笑)
おかゆを作ろう!と奮闘する姿のなんと可愛らしいことでしょうか!虎の毛皮とかうんせうんせと載せちゃうのとか、あぁもぅ可愛すぎるッvラストシーンは、思わずバ○ァリンのCM思い出しましたよ・・・。なんとも微笑ましい話をありがとうございましたー!

【罰九郎さんの感想】

可愛いチビに看病されたら風邪なんか一発で治りますよねー(笑)
なんかもう風邪がうつってもいいから皆守母さんの傍にいたいと願うチビの姿に、あ・・・涙が(笑)
なんか見事にズレまくった看病も、チビなら許せるよッ!きっと顔じゅうに張られた冷えピタは皆守母さんへの想いですね(笑)
頑張ったチビへのご褒美に皆守母さん遊んであげてね(笑)
深い親子愛(笑)を見せてくださった梅里きのこ様に感謝感激ッ☆


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