「・・・やば!」 休み時間、移動教室で階段に差し掛かったとき、聞き慣れた声が聞こえて来た。ボクよりも高くてよく通る、落ち着いた声・・・のはずが、今日はいつもと違っていた。 「・・・・・・え、は、はっちゃ・・・?」 「か、かまち!?ってうわわわわわッ」 「あ、あぶない・・・ッ」 階段の手摺りから身を乗り出しているのは、はっちゃん・・・葉佩九龍君だった。何でそんなところから飛び降りようとしてるんだい?そんなところから飛び降りたら危ないよ・・・。あぁ、でもその前に僕がはっちゃんの下敷きになるかな・・・。 「・・・・・・ッ」 思わず身構えるけど、来るはずの衝撃は来なかった。はっちゃんは手摺りを掴んで態勢を変えると、僕を避けるように着地する。すごい・・・君は運動神経がいいんだね。でもバランスが悪かったのか・・・・・・あッ、はっちゃんが落ち・・・!? 「・・・ッ!!」 「・・・はっちゃんッ!!」 「・・・あ、あれ?」 「大丈夫かい・・・?はっちゃん」 「かかかかまち!?」 よかった・・・、無事だね?とっさとはいえ、手を伸ばしたおかげで、はっちゃんの頭をかばえたようだ。本当によかった、君が無事で・・・。 「ごごごごめん、かまちッ!」 「あ・・・、まだ起きない方が・・・」 「・・・いってぇ!?」 飛び起きようとしたはっちゃんの身体がぐらりと傾くと、倒れ込んできた。あぁ・・・、きっと足を捻ったんだね。あんな無茶な態勢から落ちたんだ、もしかするとどこか痛めたのかも知れない。 「つぁ~ッ」 はっちゃんの顔が痛みに歪む。足首を抑えたまま立とうとするけど、僕はその肩を押し留めるようにそっと抑えた。 「・・・無理しないで、はっちゃん・・・。きっと足、痛めてるから・・・」 「うん・・・。あ、そうだ!かまちは大丈夫か?俺お前のこと思いっきり下敷きに・・・ッ」 「だいじょうぶだよ・・・」 「ホントのホントのホントに平気なのか!?」 「・・・本当の本当の本当に大丈夫だから。心配しないで・・・」 にっこりと微笑んで見せると、はっちゃんは脱力したかのようにほっと息をついた。はっちゃんは自分の怪我はほったらかす癖に、僕達の怪我には、敏感過ぎるほどに敏感なんだ。本気で心配してくれてるのが伝わって来て、不謹慎だけど・・・ちょっと嬉しい。 でも、僕のそんな感情とは逆に、はっちゃんの表情はみるみるうちに曇っていった。・・・・・・どうしたんだい、はっちゃん? 「う~・・・ごめんよ、かまち」 そういうと、はっちゃんは唸るように俯いてしまった。覗き込もうと上半身を屈めるけれど、ふいっと顔を反らされてしまう。・・・・・・・・・・・・はっちゃん。もしかして、僕余計なことしちゃったのかな・・・。 「・・・・・・・・・ッ」 「か・・・かまち?ちょッ・・・な、泣くなよ!何で泣いてんだよ~!?」 いつのまにか、僕の目からはポタポタと溢れるように涙が零れていた。その涙は、ボクの真下にいるはっちゃんの髪を濡らす。あぁ・・・ごめんよ。はっちゃんが濡れちゃうね。あふれる涙を拭おうと制服の袖で拭うけど、まるで追い付かない。 「・・・ごめッ」 「なんでかまちがあやまんの?悪いのは上から降って来て、かまちを下敷きにしちゃった俺!でしょ?・・・あああ~頼むから泣きやんでくれ~」 はっちゃんは伸び上がると、僕の頭を引き寄せて優しくなでてくれた。そしてもう片方の手で涙を拭ってくれる。思いがけず近くなった視線に、僕の心臓はどきどきと高鳴った。はっちゃん・・・・・・・・・。 「や~い、葉佩が取手を泣かしたぞ~」 「いじめっこ葉佩~」 「うっさい!お前らッ」 周囲のからかうような声も僕はちっとも気にならなかった。とくとくと響く優しい音色―――はっちゃんの心臓の音。僕の心臓の音と重なるように響いて、耳に心地いい。はっちゃん・・・、君はただ傍にいてくれるだけで、こんなにも暖かいんだね。まるで姉さんの様に・・・・・・。 「大丈夫か?」 はっちゃんが心配そうに覗き込んでくる。僕の涙はいつのまにか止まっていたようだ。・・・・・・はっちゃん。 「うん・・・ありがとう」 「そっか、よかった!」 はっちゃんが嬉しそうに笑う。あぁ、やっぱりはっちゃんはそういう顔が一番似合う気がするよ・・・。でも、どうしてあんな無茶な事をしたんだろう・・・。 「・・・どうしてあんなところから降りようとしたんだい?」 「あぁ、それが茂美ちゃんに追っかけられてさ~」 「・・・朱堂君に?」 「んで、階段昇ったふりして降りようとしたら、ちょうど真下にかまちがいたわけ。・・・俺としたことが、とんだ失態ですよ」 「・・・・・・そう」 とほほ、とはっちゃんはため息をついたけど、僕はそんなことよりもはっちゃんに怪我を負わせた朱堂君のことで頭がいっぱいだった。・・・・・・朱堂君、はっちゃんに手を出すなんて・・・僕は許さないよ・・・。 でも、とりあえず今ははっちゃんを保健室に連れていかないと・・・。 「はっちゃん・・・、保健室にいこう・・・?」 「げッ!?」 はっちゃんの顔色が見る見るうちに青ざめた。僕にはわからないけど、はっちゃんは瑞麗先生が苦手らしい。・・・いい先生だよ? 「ほら・・・行こう?」 「うぅ・・・どうしても行かなきゃだめか?」 上目使いで聞いてくるはっちゃんは、なんだか子どもみたいで可愛い。でも・・・やっぱりしっかり治療しなきゃダメだよ・・・ね? 「はっちゃん・・・」 「ううぅ~・・・ッ」 僕は言葉にするのが得意じゃないから、気持ちを込めてじっとはっちゃんを見つめた。 「・・・・・・」 「・・・わかったよ!俺の負け負け!・・・しょうがない、行ってきますか」 根負けしたはっちゃんが足を庇いながら立ち上がった。歩き方がぎこちない。・・・やっぱり無理してるんじゃないかな・・・。 「・・・はっちゃん」 「ん~?ってかまち!?」 僕ははっちゃんの肩を掴むと、担ぎ上げた。・・・はっちゃんて、軽いなぁ・・・。 「ななななんでおんぶなんだよ!?」 「・・・足、痛そうだから・・・。しっかり捕まっててね、はっちゃん」 「~ッ!!」 しっかり担ぎ上げると、観念したのかはっちゃんは大人しくなった。でも僕に気付かれないように、はっちゃんがぼそっと言った言葉は聞き逃さなかった。 「・・・・・・かまちって以外と強引だよな」 それはね、はっちゃんがくれたものだよ・・・。僕がそう見えるのも、はっちゃんが僕の宝を取り戻してくれたから・・・。 はっちゃんの言葉と、少しずつ変わっていく自分が嬉しくて、僕はそっと微笑んだ。 「お~い、そろそろ降ろしてくれよ、かまち~」 「ダメだよ。だって降ろしたら、はっちゃんすぐ逃げちゃうだろ・・・?」 「うぅッ!?」 「・・・・・・・・・何してんだ、お前ら」 「よッ!皆守」 「・・・皆守君」 「・・・なんで取手に背負われてんだ、お前」 「え、え~と~・・・」 「・・・はっちゃんが階段から落ちて怪我したみたいなんだ。だから保健室に・・・」 「階段から落ちただ?・・・馬鹿かお前」 「あ、あはは~・・・面目ない」 「・・・まぁいい。それで、今から保健室に行くつもりか?」 「そのつもりだけど・・・」 「ふん、生憎だがカウンセラーならいないぞ」 「えッ!?(喜)」 「・・・はっちゃん、喜んでない?」 「いやいやいやいや、そんなことはあるようなないような・・・」 「はぁ・・・、でどうするつもりだ」 「瑞麗センセがいないんなら仕方ないね。包帯も何もないし、今日はもう早退するかな~」 「・・・仕方ないな、だったら俺が連れていってやろう」 「皆守・・・俺を早退の理由に使わないでくれる?」 「・・・・・・気のせいだろ?」 「まったく・・・。あぁかまち、ありがとな!あとは俺、皆守に連行されるからここまででいいよ」 「・・・そう(はっちゃん・・・、皆守君とずいぶん仲良くなったんだね・・・。皆守君、僕も負けないよ・・・)」 「かまち?」 「・・・ううん、なんでもないよ、はっちゃん。皆守君・・・、はっちゃんの事よろしくね・・(朱堂君には僕が言っておくから・・)」 「・・・・あぁ。ほらとっとと行くぞ」 「はいはいはい!今行きますって!じゃあな~かまち!今度御礼にふわふわオムライスあげるからな~」 「・・・うん。ありがとう はっちゃん」 |